再び毒を盛られてから数日後、彰子は輿に乗って旅路にあった。向かう先は越後である。
あの日景虎は政宗に『一時的に彰子を避難させては如何か』と提案したのだ。その結果、今こうして彰子は越後へと向かっている。同行するのは綱元、衛門、幸村、景虎、それから政宗の代理として小姓の常葉丸も一緒だ。当然道中護衛の武士たちもいる。それから真朱。萌葱と撫子は引き続き奥州で事件解決の為に動いている。佐助と小督も同様だ。
今回の同行者に綱元が選ばれたのは猫たちの推薦があったからだ。本当は政宗自身が同行したかったのだが、流石に国主が国を空けるわけにはいかない。小十郎は政宗の片腕として、ともすれば暴走しそうになる政宗のストッパーとしてやはり奥州から離れることが出来ない。ならば成実か綱元となるが、そこに猫たちが意見したのだ。『綱元さんの冷静さと距離感がママにとっては一番良いと思いますわよ』と。綱元も彰子個人に好意的ではあるが、最も公私の別をつけている。小十郎や成実が彰子を『政宗の妻』に望んでいるのに対し、綱元は政宗個人の妻としてよりも『奥州筆頭の妻』として彰子を求めている。その区別が彰子を説得する際に重要だと真朱たちは判断したのだ。
そんなわけで、彰子には綱元が同行することになった。家老格の重臣でもあり、政宗の側近でもある彼が実質的な使者となる。
尤も景虎の申し出に初め政宗は躊躇した。けれどすぐにそれを受け容れた。幸いにも彰子は一命を取り留めたが、それはまたしても毒が致死量未満しか仕込まれていなかったからだ。野菊の思惑は如何あれ、裏で策謀を巡らしている人物は彰子を殺す心算はないらしい。だがそれは逆に『殺そうと思えばいつでも殺せる』といっているのと同義だった。野菊の手足として実行犯となっていた乳母は既に死亡しているが、それで安心も出来ない。寧ろ乳母が殺された可能性を考えると、厳しい警備の目を掻い潜って忍び込み口を封じる侮れない相手がいることになる。
ならば、奥州から一時避難させるのも一つの方策だろう。今は何より彰子の命を守ることが大事だった。それに、彰子が奥州からいなくなることで野菊が何らかの襤褸を出す可能性も高い。
既にその時点で景虎の許には謙信からの承諾の返答も届いており、彰子は越後へ向かうことになった。実家の上田で守ることも考えたが、『実家』であることから無用の誤解を招きかねない。離縁されたと思われる可能性がある。ゆえに同盟国越後へ正室格の彰子と家老の綱元が新年祝賀の返礼に赴くという体裁を取ることになった。
「ママ、ご気分は如何ですか? お辛くはありませんか?」
彰子の膝の上で心配そうに彼女を見上げ、真朱は尋ねる。いつもならば彰子独占に喜ぶ真朱だが、今はそんな場合ではない。つい先日床払いしたばかりの彰子だ。まだ微熱は続いている。その上に奥州から越後という、雪国間での長距離移動である。彰子の体調を鑑み、出来るだけ休息は多めに取ることにしているが、移動に日数が掛かればその分危険も増す。彰子の体調を慮りつつ、強行軍にならぬ程度で一行は越後へと向かっていた。
「大丈夫よ、真朱。心配性ね」
喉を擽りながら彰子は答える。毒を盛られたときは怖かった。死ぬのではないかと思った。苦しくて苦しくて死んだほうがましかと思うほど苦しかった。けれど、その一方で負けてたまるかと思いもした。自分が死ねば喜ぶ人間がいる。そんな奴に負けたくなどなかった。そして、自分が新で悲しむ人たちもいる。大切な人たちを悲しませるなんてしたくなかった。
「ママはすぐ無理をなさいますから。景虎の話では、今日の夕刻には春日山城に入れそうだということですわ。今日は早めにお休みになってくださいね。謙信公へのご挨拶は綱元さんが為さるそうですし」
「えー、謙信様、お会いしたい」
「ママと謙信様のご対面は明日ですわ。慌しくご挨拶申し上げるのも失礼でしてよ、ママ」
これではどちらが『ママ』か判らない会話をしながら、真朱は少し安堵していた。毒殺未遂、しかも二度目とあって彰子の精神状態が心配だったのだが、如何やら落ち着いているし、然程のダメージは受けていないらしい。
(これも政宗のおかげかもしれませんわね)
真朱は彰子の膝の上で丸くなりながらそんなことを考える。政宗がずっと彰子の傍にいてくれたことは大きい。彼の真摯な眼差しと思い遣りに溢れた態度が彰子の心を安定させているのだ。尤もまだ彰子が彼の想いに気付いた気配はない。
(ママは鈍感な上に色々ありましたし、仕方ありませんわね。まぁ、精々お頑張りなさい、政宗)
背を撫でる彰子の手を心地よく感じながら、真朱はふぁーと欠伸をする。
「寝ていいのよ、真朱」
「嫌ですわ。折角ママを独占出来るチャンスですのに」
「真朱は萌葱が来るまでずっと一人っ子だったじゃない。撫子なんて生まれた時から真朱と萌葱がいて、私を独占なんて出来なかったわよ」
「仕方ありませんでしょ。わたくしと萌葱の子供ですもの」
何処までもマイペースで唯我独尊(例外:彰子)の真朱だ。額を彰子に擦り付け所有権を主張する。
そのとき輿が止まり、外から綱元の声がした。
「御方様、暫しご休息となります」
そう言って綱元は輿の扉を開ける。如何やらこの村の庄屋のような人物の家の離れを休息所として借り受けているらしい。ずっと輿の中だった彰子自身はそれほど疲れてはいないが、
すぐにも彰子にお茶をと動き始める衛門に気を遣わずに休むように言うものの、彰子大事の衛門がそれを聞くはずもない。そこで彰子の意を受けた真朱が人型になって、衛門よりも先にさっさとお茶の用意をする。
彰子、綱元、衛門、常葉丸がお茶を飲みつつ一息ついているとき、1羽の鷹が部屋に飛び込んできた。青葉城に残してきた撫子である。
「また来たのですか、撫子」
呆れたように真朱が言う。実は撫子が来るのは初めてではない。2日目の昼に政宗からの文を持ってやってきて以来、これで3度目になる。綱元の前でホバーリングして足に結びつけてある文を外してもらうと、幸村も景虎もいないことを確認して鷹から猫に変じた。
「寒い寒い~~~おかーさん、寒い!!」
猫になった瞬間、母真朱を蹴飛ばして彰子の膝の上に丸くなる。
「よしよし、ご苦労様」
苦笑しながら彰子が背を撫で労うと、撫子はご機嫌な様子でゴロゴロと喉を鳴らした。対照的に真朱は人間ならば額に青筋が浮かんでいるところだ。
「御方様」
そんな猫たちの様子に苦笑し、綱元は受け取った文を彰子に渡す。撫子が持ってくるのは彰子への私信だけだ。綱元への指示は出発前に受けているし、何かあった場合は黒脛巾が持ってくる。
それを彰子はそっと着物の袷に仕舞う。すぐに読むのではなく、輿の中で移動中に読むのだ。
「撫子、疲れただろうからゆっくりお休みなさい。また明日奥州に戻ればいいわ」
そう優しく言う彰子に撫子は『うん!』と甘えた返事をする。撫子はここまで大体5時間ほどかかって飛んできたのだから疲れているだろう。彰子はそう思ったのだが、実はそうではない。そう、猫たちの化け猫オプションによって、彰子或いは政宗がいる場所であれば、猫たちは瞬間移動出来るのである。
実際今日も飛んできたのではなく、屋根の上までテレポートして、そこから飛んできただけだ。猫たちが瞬間移動出来ることは本猫たちと双竜しかしらない。別に彰子に秘密にしていたわけではないが、話しそびれてしまい、そのままとなっているのである。
それに長時間かけて飛んできたと思われたほうが彰子も甘やかしてくれるし、撫子にしてみればそのほうが嬉しいから態々瞬間移動のことをばらしたりはしなかった。
「そろそろ時間ですな。御方様、出発してもよろしゅうございましょうか」
綱元の問いに頷くと、彰子は真朱と撫子を抱いて輿に戻った。因みに幸村と景虎も同行しているのだが、休息の時間は配下たちに指示を出したり労ったりしている為、彰子の許へはやって来ない。それゆえ猫たちも喋ることが出来るし、変身も出来るのだ。
輿が進み始めたところで、彰子は文を開く。1日おきに届く文の内容は毎回ほぼ同じだ。彰子の体を、心を気遣う温かさに溢れている。政宗の文を読むだけで彰子の心は温かくなる。
「政宗も筆豆ですわねぇ……」
「ほーんと。お遣いするこっちの身にもなってほしいよねー。まぁ、私はおかーさんに会えるからいいんだけど」
政宗の文を横から覗き込みながら、真朱は言う。真朱はいつの間にか読むだけならこの時代の文字も読めるようになっている。最早賢いというレベルではないと彰子と政宗は思っている。ハイスペック過ぎて、完全に化け猫レベルだ。それを言えば一騒動起きるから真朱には何も言ってはいないのだが。
「あっちにいた頃も1時間に1回メールしてきてたしね」
クスクスと笑いながら彰子は読み終えた文を文箱に仕舞う。この7日間に届けられた文が収められている。
「撫子、今夜返事書くから、明日届けてね」
「あら、ママ。明日謙信様とご対面なさるのですから、それを終えてからのほうが良いのではありませんの?」
「えー、無理。政宗が明日は帰って来いって言ってるしー。ていうか、政宗ってばおかーさんからのお手紙が待ち遠しくて仕方ないって感じだよー。一日千秋の想いっていうやつ?」
本当は撫子も明後日返事を持って帰るほうがいい。その分彰子と一緒にいられる。だが、出発時に政宗に
それに今の撫子は政宗の恋を応援している。これは萌葱も同じだ。真朱の場合は彰子の恋人=邪魔者なので応援などしない。彰子が政宗を想うようになれば渋々応援するだろうが。かつての忍足のときがそうだった。尤も、彰子の心に次第に政宗の占める比重が大きくなっていることに真朱も気付いているから、現時点では消極的応援(=邪魔はしない)になっている。
「政宗さん、忙しいよね? 無理してない?」
「ちょっとしてるかも。早く事件解決したいって頑張ってるから」
撫子の言葉に彰子は眉を寄せる。自分の所為で政宗に負担をかけているのが申し訳ない。ただでさえ奥州筆頭として忙しい政宗なのに。
「おかーさん、私の所為でとか考えてるでしょー。でも政宗が頑張ってるのは、早くおかーさんと一緒に暮らしたいからだよ。奥州が危なかったら、おかーさんと一緒にのんびりラブラブなんて出来ないでしょ」
彰子の表情を読んで撫子は言う。撫子とて長いこと彰子の側にいるのだから、その考えなんてお見通しだ。
「ラブラブって……」
撫子の言葉に苦笑する。自分と政宗はそんな関係ではないのに。そう思うと何故か胸がチクリと痛んだ。
自分の心理に戸惑っている彰子を見、真朱と撫子は目を見合わせる。如何やらやはりまだ彰子は自覚するに至っていないようだ。しかし脈はある。これは政宗と彰子が本当に夫婦になる日が来るかもしれない。それは喜ばしいことだと2匹は思った。
彰子自身はまだ結果的に引き裂かれてしまった恋人への想いも残している。それなのに新たな恋が訪れてしまえば、忍足に対する罪悪感を抱きかねない。というか彰子の性格であれば絶対に抱く。それが判っているから、猫たちはそれを踏まえて政宗を嗾けなければならない。忍足への罪悪感を抱き続ける彰子ごと政宗が包み込めるように。
彰子にとって政宗を愛することは、この世界で生きていく上で重要なことだと真朱たちは思っている。否、相手は政宗でなくともよい。この世界で愛する男と巡り合うことが大事だ。彰子の為ならば相手は実際のところ誰でもいいのだが、やはり猫たちにしてみれば政宗と相思相愛になればいいと思う。平成の世にいる頃から政宗が彰子を想っていることを知っている。それに政宗はあれで結構頼りになるいい男だ。本人には言ってやらないが。
「今、奥州を離れたのは丁度良かったのかもね。これからのこと、考えなきゃ」
ポツリと彰子が呟く。それを受けて真朱と撫子は彰子が政宗をくっつけるべく、考えを巡らすのであった。
夕陽に降り積もった雪が赤く染まる頃、一行は春日山城へと入城した。撫子は一旦鷹になって輿から出て行っており彰子が部屋に入った後また合流する予定だ。
「よくきましたね、りんどう」
輿から降りた彰子を出迎えたのは謙信その人だった。国主自らの出迎えに彰子と綱元は恐縮する。
「謙信様、ありがとうございます」
恐縮しつつ頭を下げる彰子に謙信ははんなりと笑った。
「どくがんりゅうのたいせつなおくがたです。とうぜんでしょう」
こちらへ、と謙信は微笑みながら自ら彰子たちを城へと招き入れた。
「ながたびのつかれもありましょう。そなたからのあいさつはあすうけることといたしましょう。こよいはゆっくりとおやすみなさい」
彰子を部屋へと案内し、謙信は優しく微笑むと出て行った。その後を景虎と綱元がついて行く。綱元は政宗の遣いでもあり、これから政治の話となるはずだ。
「それでは、姉上。それがしも上田に戻りまする」
ここまで彰子の護衛として付き従っていた幸村が辞去の挨拶を述べる。本当は彰子の許にいたいところではあるが、流石にそう長く上田を留守にするわけにもいかない。堺に調べに行っている真田忍隊の指揮を執り報告も聞かなければならない。
「今までありがとう、幸村殿。貴方がいてくれて本当に心強かったわ」
「なんの。弟にございますれば、当然のことにござる」
心からの感謝を告げる彰子に幸村は明るく返す。この明るい笑顔にどれだけ彰子が力づけられたか判らない。
「姉上、何かございましたら遠慮などなさらず、それがしを頼ってくださりませ。姉上に頼られぬ弟など情けのうございまする」
彰子の遠慮深い性格を思って幸村は言う。
「ええ。そのときはお願いね」
「絶対に、頼ってくださいますな」
「ええ。絶対ね」
諄いほどに幸村は念を押す。それに彰子は苦笑すると同時に嬉しくなった。こんなにも自分を姉として大切にしてくれる幸村の存在に心が温かくなる。最早あの世界に戻ることは出来ないが、こうして自分を受け容れてくれる人たちがいる。そのことに彰子は心が慰められた。そして、この世界がこれから自分の生きていく世界なのだと前向きに思えた。
彰子の笑顔に安堵したように笑って、幸村は上田に戻っていった。既に夕刻とはいえ、幸村の馬であれば上田は比較的近いこともあって一刻もかからずに帰り着けるはずだ。
幸村が帰った後、彰子は猫たちと夕餉を摂り、政宗への返事を認めた。
無事越後へ着いたこと、謙信自ら出迎えてくれたこと、謙信との正式な挨拶は明日になること。それらの報告の後、彰子は政宗の体を気遣った。忙しいかもしれないけれど、私のことで無理はしないで。ちゃんと食事をして睡眠を取ってね、と。自分のことなのに政宗さんに任せっきりなのは心苦しいけれど、今自分に出来ることは何もない。だから、今の私は療養に努めて元気になることが第一だと弁えて、大人しくしています。奥州に帰るときには完全に体も心も回復させておくから心配しないでね。
そう、彰子は綴った。
書き終えた文を一旦文箱に仕舞い、そろそろ休もうかと思ったときに来訪者があった。
「彰子、薬湯を持ってきた。疲れもとれぐっすり眠れるようにな」
部屋に入ってきたのはかすがだった。いつのも細作装束ではなく小袖姿だ。足元には姿の見えなかった撫子もいる。
「かすがさん、態々ありがとうございます」
突然のかすがの来訪に驚きながらも、彰子は頭を下げる。かすがの為に衛門が座を用意すると、かすがはそこに座った。
「私が煎じた薬湯ゆえ、安心しろ。撫子もずっと見ておったから心配はいらぬ」
彰子の毒殺未遂の事情を知っているから、かすがはそう言って彰子を──というよりも側で警戒している衛門を安心させる。撫子も『にゃ~』と同意するように鳴いた。
「ごめんなさい、かすがさん。衛門に悪気はないのです。でも、わたくしのことを心配して、用心深くなっているの」
「気にするな。側に仕える者として当然のことだ」
己とて謙信の身に同じことが起これば、衛門のように周囲全てを警戒するだろう。
「ああ、そういえば彰子はもう独眼竜の奥方なのだから、このような口の利きかたは拙いな。済まぬ」
以前に対面したときは幸村の祐筆というだけの家臣同士だったが、今では身分が違う。彰子は伊達政宗の寵妾で唯一の室だ。
「気になさらないでください、かすがさん。公の場ならともかく、普段はこれまでどおりになさってください」
生真面目なかすがに苦笑を漏らし、彰子は言う。言葉遣いが変わると距離も遠くなってしまったように感じる。今の彰子の周囲には対等な言葉遣いで話してくれる存在は政宗しかいない(猫たち除外)。他は皆全て自分を身分の高い者として扱うから、それが少しばかり寂しかったのだ。
「そうか? お前が望むのならそうしよう。だが、お前も私に丁寧に話す必要などないぞ。衛門や猫たちに話すのと同じように気楽に話せばよい。……寂しいではないか」
少し照れたように言うかすがに彰子は目を丸くする。
「ありがとう、かすがさん。じゃあ、これからはそうするわね」
如何やらかすがは自分に友情のようなものを感じてくれているらしい。それに嬉しくなった。かすがとは1、2回会った程度でしかないが、自分に好意的な何かを感じてくれているようだ。
「うん、私もお前と色々話してみたかったのだ。お前は興味深いからな。越後にいる間は私を頼ってくれ。謙信様からも言われているし」
やっぱり謙信激ラブなんだとくすっと彰子は笑う。しかし、次のかすがの言葉で再び驚くことになった。
「独眼竜からもよろしく頼むと言われたしな」
「政宗さんが……?」
意外なかすがの言葉に彰子は目を見開く。
「ああ、そうだぞ。態々私に文まで寄越したくらいだ。本当にお前は独眼竜に愛されているのだな」
愛されている、その言葉に彰子は頬が熱くなるのを感じた。そんなことはない、そう思うのに、何故か頬が熱くなる。かすがはロマンチストで結構恋愛脳だから、そんなふうに誤解しているだけだと思おうとする。
「なんだ、照れているのか。お前、あんなに独眼竜に愛されているのに、まさか気付いていなかったのか?」
流石は純情真田の姉だな、そう言ってかすがは苦笑する。
「え、いえ、あ、あの……かすがさん、ちょっと色々誤解してるような」
「誤解なものか。私は奥州にも度々行ってるんだぞ。そこで独眼竜の様子も見ている。あれほど深い愛情をお前に注ぐ男などおらぬと思うぞ」
彰子は意外に恋愛に晩生なのだなとかすがは思った。あれほどの愛情を一身に受けながらそれに気付かないとは。
呆れたように彰子を見やるかすがと戸惑っている彰子を眺めながら、衛門は『かすが殿、素晴らしい!』と感動に目を潤ませ、真朱と撫子は『かすが、グッジョブ』と呟いていた。
こうして、気恥ずかしい戸惑いと共に彰子の越後での療養生活が始まったのであった。