「お久しぶりにございまする、姉上」
そう言って頼もしげに笑う二人の『弟』に、彰子は何度目になるか判らぬ恒例の魔法の呪文を心の中で唱えたのだった。
小督が上田へ向かった翌日の午前中に、彰子は佐助と再会することになった。上田城と青葉城の距離は今なら身を以って知っている彰子である。心の中でいつもの呪文『BASARAだから(タカラだから@タカラスタ○ダードのリズムで)』と唱えたのも無理からぬことだ。しかし、実は昨夜のうちに到着していたと聞くと、『細作って本当に人間!? サイボーグとか超能力者じゃないの!?』と疑問を持っても仕方ないだろう。ある意味BASARA者は超能力者には違いないのだが。
「今日か明日には旦那と西堂丸様も到着すると思うよ。表向きは新年祝賀の使者だけどさ。二人とも姉上に会えるってすんごい楽しみにしてたよ」
「そうなの? 私もお二人にお会いするのが楽しみだわ」
上田を離れて約4ヶ月。その間に彰子は幸村や景虎と幾度も文の遣り取りをしている。幸村は信玄や上田の人々の様子を伝えてきたり、萌葱との鍛錬が出来なくなったことを残念がったりしていた。景虎は謙信や自分の日常を書き綴っていた。まるで離れた地に在る家族に近況を伝えるように。そして二人に共通するのは彰子を案じる言葉だった。二人とも彰子のことを『姉上』と綴り、心温まる優しい言葉で彰子のことを案じてくれていた。
彰子も彰子で二人のことが本当に弟のように思え、飾ることのない言葉で文を返し、優しく思い遣りあう交流が続いている。
「ただ、二人とも今回のこと、本当に心配してるからね。彰子ちゃんが鬱陶しいって思うくらいに過保護になっちゃうかもしれない」
苦笑しつつ佐助が言えば、彰子も同じく苦笑で応じる。
「毒とはいえ、命を狙われたわけじゃないんだけどね。本当に殺す心算だったら、あんなに弱い毒は使わないと思うわ」
彰子は血を吐いたがそれは毒性の刺激によって喉を焼きそこから出血しただけだった。内臓を傷つけての吐血や喀血ではなかったのだ。毒性そのものは強くなかったとの報告を受けている。やはり毒は茶に仕込まれており、残った茶を調べたところ、彰子が喫した茶を立てるのに使ったのと同量では鼠すら死ななかったのだという。尤も刺激性は高かった為、それゆえの苦しみは強かったようだが。
「でも、お二人が心配してくれるのは、私を大事に思ってくれてるってことだし、素直に嬉しいわ。少し擽ったい気分だけど」
だから、少々過保護でもそれを疎んじることはないだろう。度を越せばキレるかもしれないが。
そもそも彰子の周囲には過保護な者たちが多い。テニプリの世界では、忍足を筆頭に跡部や詩史、先輩たちがそうだった。この世界でも政宗がそうだし、親しくしている人たちには大なり小なりその傾向が見られる。猫たちなどは言うまでもない。彰子が自分の苦しみや痛みを後回しにし、或いは自分では気付かず、周囲のことばかりを優先して考え行動してしまう所為でそうなってしまうのだ。
『彰子は俺らが過保護やて言うけど、お前がも少し自分のこと大事にしてくれるんやったら、俺らかてここまで過保護にはならへんのやで』
とはあちらの世界の超絶過保護大魔神(命名撫子)忍足の弁だ。
「ま、覚悟はしておいて。あと、今回の件は小督ちゃんや右目の旦那たちから大体のことは聞いてる。彰子ちゃんからの話は旦那たちが来てから一緒に聞くよ。何度も同じ話するの面倒だろ?」
佐助はそう言って詳しい話を聞こうとはしなかった。仮令命に別状はなかったとしても、戦のない命の遣り取りとは縁遠い世界で一般庶民として暮らしていた彰子にとって、毒を盛られるなど恐ろしい事態だったに違いないのだ。それを何度も思い出させ話をさせることなど佐助には出来なかった。
尤も彰子は口には出さないそんな佐助の心遣いに気付いているようで、穏やかな微笑を浮かべている。
(……彰子ちゃん、なんかお見通し? 俺様ハズカシ~)
そんなことを思いつつ、佐助は照れを誤魔化すように話題を変えた。
「しっかし……萌葱が虎に戻ったのは状況的に判るけどさー。撫子が鷹になるって、なんかおかしくない? 猫が鳥になるって」
彰子の横には白虎姿の萌葱、後ろの止まり木(綱元が手配してくれた。余程頭に乗られたときの爪が痛かったらしい)には鷹姿の撫子がいる。そんな2匹を佐助は苦笑しながら眺めやる。それには彰子も苦笑しつつ頷く。彰子も思ったのだ。猫科同士・哺乳類同士ならばまだ納得も出来るが、哺乳類と鳥類とはと。だが、草紙神の置き土産だから、やっぱり何でもありなのだ。
「鳥なら自由が利くでしょ。空飛べるんだも~ん。おかーさんを直接守るのはパパがやるから、私は情報収集担当なのー」
文句あるかとばかりに胸を張り、撫子は言う。
「うん。2匹の心意気は判ってるし、虎と鷹はいいんだけどね。でもさ……なんで真朱殿はソレなわけ?」
真朱は彰子の膝の上にいるのだが、その姿は猫ではなかった。そこにいるのはまるでDA○GOと旅をしたサクラ、或いは某風来坊の相棒を彷彿させる愛らしい小猿だったのだ。
「何か文句でもあるのですか、佐助」
愛らしい小猿姿からは想像もつかない高飛車な声音で小猿は応じる。声音も口調も紛れもなく真朱だった。
「いえ、文句なんてとんでもない」
佐助は即答する。彰子絡みで真朱に逆らうのは魔王や覇王に武器もなしに喧嘩を売るくらい面倒なことだと佐助は実感しているのだ。
ただ、やっぱりこの猫たちって化け猫だよなーと佐助は心の中で呟いた。口に出せば倍以上の反論を受けるから、飽くまでも心の中で。
「でも如何して猿なのかなぁって。あ、もしかして、実は真朱殿ってば俺様のこと大好きで、だから名前にあやかって……イテッ」
佐助が言い終える前に真朱は齧っていた木の実を渾身の力で投げ付け、見事佐助の眉間に命中させる。尤も小猿の力など大したことはなく、急所に当たったとはいえ殆どダメージはない。それが判っているから佐助も態と避けなかったのだ。こういう行動が場を和ませると判っていたから、少しでも彰子の慰めになればいいなと思って。
「寝言は寝ていいなさい、ボケ猿。萌葱はママのお命とお体を守る為に虎になりました。撫子はその為に必要な情報を集めようと鷹になりました。わたくしはママのお心を守りお慰めする為に愛らしい小猿になったのですよ」
小猿は胸を張って佐助に告げる。自然に周囲の人間たちを含めて役割分担が出来ている猫たちなのだ。
「そっか。じゃあ、今日か明日からはうちの旦那や西堂丸様も仲間に入れてやってよ。真朱殿たちの大事な彰子ちゃんを守る為にさ」
猫に頼むのもなんだかなーと思わないでもないが、この猫たちがどれほど頼りになるのかは佐助も充分に知っている。人ではない分、純粋に彰子の為だけを思って行動出来るのがこの猫たちなのだ。政宗にだって命令するほどの猫たちだ。怖いものなしだろう。佐助は知らないことだが、テニプリの世界では神である草紙神ですら顎で使っていた猫たちである。
「まぁ、取り敢えずさ。俺様も小督ちゃんに協力することになったから、彰子ちゃんは安心しててよ」
猫たち(今は猿と虎と鷹だが)からその主に視線を移し、佐助は請け負う。
「うん、ありがとう、佐助さん。来てくれただけでも充分心強いわ」
彰子は微笑んで応じる。佐助の手を煩わせるのは申し訳ないと思う。しかし、場合によっては同盟にも関わってくるだけに、彰子は素直に厚意に甘えることにした。
その翌日、やはり彰子たちに『BASARAだから』と思わせる速さで幸村と景虎が到着した。
新年祝賀の使者とはいえ、まだ年明けには数日ある。正式な使者としての挨拶は後日となり、幸村たちは軽く政宗と対面しただけで、すぐに彰子の許へとやってきた。
彰子の部屋で3人は対面することになった。彰子の傍には謹慎の明けた衛門、小督が従っている。猫たちも萌葱は虎姿だが、残りの2匹は本来の猫姿で当然のように部屋に居座っている。因みに萌葱が虎姿なのは、幸村と景虎は彼を虎だと思っているからだ。
久しぶりの対面の挨拶を交わした後、幸村はすぐに本題に入った。小督からの知らせを受けて以来、心配で堪らなかったのだ。景虎と共にあれこれ選んでいた姉への土産すら持たず、最低限度の支度だけ整うと、景虎と2騎夜を徹して駆けてきたのである。用意していた土産や伊達家への挨拶の品は、幸村の様子を見た家臣たちが気を利かせ、後日届くように手配してくれた。
約4ヶ月ぶりに会う彰子は少しばかり痩せたように見えた。やはり様々な心労が重なっているのだろうと幸村たちは推測した。政宗の寵愛があるとはいえ、他に頼る者もない身では苦労も多いことだろう。いや、寵愛が深いからこそ降りかかるものもある。今回のように。
佐助も同席の上で、彰子は改めて事情を説明した。客観的で冷静なそれは、彰子自身が被害者であるとは感じさせないものだった。事実のみを淡々と過不足なく話した後、自分の分析を付け加える。
「なるほど、判り申した。探索は佐助ら細作に任せ、我ら弟二人は姉上をお傍でお守り致しまする。どうかご安心を」
頼もしい表情で幸村は告げる。政宗殿が頼りにならないのであれば、自分が姉上を守る──そう思っているかのようだった。
「ありがとう、幸村殿、景虎殿。二人が傍にいてくれるだけでも、とても心強いわ」
心からそう思う。彰子は命を狙われているとは思えぬ穏やかな微笑で二人に応じた。
「……姉上、もう少し、御身を大切になさいませ。姉上はあまりにも他者への思い遣りが過ぎまするぞ」
それが彰子らしいとは思う。それゆえにこそ、自分は彰子を実の姉のように慕うのだということも判っている。けれど、ついつい苦言めいた口調になってしまう景虎だった。
それは幸村も同じようで、『然り然り』というように隣で頷いている。
「あら、奥州の者として政宗様を第一に考えるのは当たり前のことでしょう? それに今回のことは私自身が考えが足りなかった所為で、ちゃんと予防策を取れていなかったことが原因だし……」
天下を狙う奥州筆頭の側室としての危機管理がなっていなかった。彰子はそう思ったのだ。普通はそこまで考える現代人もいないだろうが、この世界では考えねばならないことだ。ゆえにあの事件以降彰子は喜多に頼んで、毒薬や解毒に関する知識も学ぶようになった。それは自分の為というよりも周りの為でもあった。これ以上心配をかけないように、手間をかけないように、自分の出来る範囲の防衛策は取らなければと。
「私のことは私以上に政宗様や真朱たちが守ってくれているのだもの。だったらその分、私は政宗様をお守りしなきゃ」
「姉上……」
ついつい頭を抱えたくなってしまう景虎だった。幸村も似たようなものらしく、珍しく眉間に皺を寄せている。
「姉上がご自分のことをもっとお考えくだされば、政宗殿とてもう少し気楽になられましょうに」
そう言いつつも幸村は『政宗殿は姉上のことを守り切れていないではないか』と少々怒りを抱いている。実際彰子は暗殺未遂というとんでもない目に遭っているのだ。
「性格だから、そうそう変わらないとは思うけど……気を付けるわ。幸村殿や景虎殿の胃痛の種になってしまいそうだし」
これまでずっとそうして生きてきたのだから簡単に変わるとは思えないが、幸村や景虎の心配の種を少しでも除く為に、彰子はそう言った。その答え自体が自分の為ではなく相手の為だということに彰子は気付いていない
幸村と景虎は溜息をつき互いに顔を見合わせる。やはり姉上はこういうお方なのだ。自分たちが守らねばならないと。
「ところで、幸村殿と景虎殿がこのことをご存じということは、お館様や謙信様のお耳にも?」
「いいえ、まだご報告申し上げてはおりませぬ。詳細が判らぬまま事を大きくするのも如何かと。伊達内部の問題であれば話さずとも良いことにございますゆえ」
幸村の返答に彰子はホッとする。外部の者の力を借りるよう提案したのは自分だが、信玄たちまで巻き込むとなると流石に事が大きくなりすぎる。幸村と景虎に知られただけでも事が大きくなっちゃったと思っている彰子なのだ。
「されど、これが内部の問題ではない、或いは内部の問題に留まらない場合には、話も変わってまいります。姉上のご推察の通りに他国の者が糸を引いているようであれば、それは三国同盟にも関わること。そのときには義父上のお耳にも入れねばなりますまい」
幸村の後を継いだ景虎の言葉に彰子は頷く。それは仕方のないことだ。内部だけの問題か否かで甲斐や越後の対応が変わるのは当然だ。二人は弟として訪れているとはいえ、一人は甲斐武田の重臣、もう一人は越後上杉の後継者なのだから。
ひとまず彰子との対面を終え、幸村と景虎は滞在の折の自室となった部屋へと引き取った。とはいえ、それぞれの部屋に戻ったのではなく、佐助も含めて3人で幸村の部屋へと集まった。
「幾分、姉上はお窶れになられたようだな」
彼に似合わぬ暗い声で幸村は呟く。ここ暫くの心労もあって食も細くなっていると小督から聞かされているだけに、余計に心配になる。
しかし、実際のところ、彰子の食が細くなっていた原因は元の世界に戻れないショックであり、命を狙われて以降は逆に食欲を取り戻している。政宗を守らなければという思い、こんな非常事態に自分のことで心配をかけてはいけないという思い。それらによって彰子は深刻なダメージから立ち直っているのだ。
それに本当に自分が狙われているとすれば、自分が健康を損なっていれば余計に相手の思う壺になってしまう。己が身を守る為にも体調を整えておくことが必要なのだ。彰子自身が自分の身を守ろうと意識することがひいては奥州を守ることにもなるのだと懇々と諭された。それは主に喜多と小十郎からだったが、義姫からも態々文が来たくらいだし、綱元や成実、衛門や小督にも言われている。況や猫たちなど、おはようとおやすみの代わりに説教するほどだった。
「うーん、衛門ちゃんたちの話によればさ、彰子ちゃんも今はちゃんと睡眠取って食事もきちんと摂ってるみたいだから、そこまで心配は要らないと思うよ。右目の旦那のお姉さんから薙刀の手解きも受けて体も鍛えてるみたいだし」
実際は真朱に聞いたことを二人の心配性な弟を安心させる為に佐助は告げる。
「旦那たちが心配するのも判るけどさ、必要以上に心配したら彰子ちゃんに鬱陶しいって怒られるよ。実際さー、調べが行き詰ってるから外からの視点が必要じゃないかって言ったのも彰子ちゃんなわけだし、彰子ちゃんの精神面の心配は要らないと思うんだけど」
確かに彰子の憔悴ぶりを見れば、義姉を溺愛しまくっている弟たちも心配で堪らないだろう。しかし既に彰子は立ち直っている。自己申告だけなら信用出来ないが真朱がそう言っているのだから間違いない。彰子の精神状態ついては本人よりも猫たちの情報のほうが信頼度が勝るのは仕方ないだろう。
そして、その真朱が言っていた。暗殺未遂という劇薬のおかげで彰子は古い痛いを忘れることが出来たと。何れまた思い出すこともあるだろうが、そのときにはそれを乗り越えられるだけの存在を得ているだろうと。その存在は政宗であり、小十郎や衛門ら近臣であり、幸村や佐助、信玄、景虎ら『家族』だ。
「下手人の探索は俺たち細作に任せてさ。旦那たちは彰子ちゃんに張り付いて下手人を焦燥らせてよ。旦那たちがいることで下手人が襤褸を出すかもしれないしさ」
彰子も猫たちも、政宗らも、これで彰子への被害が終わったなどと思ってはいない。再び彰子が狙われるであろうことを予測している。だから、当然、未然に防ぐ為の措置は取っている。
現在、彰子が口にするものを調理するのは衛門と喜多の二人だけだ(偶に政宗も加わるが)。食材も小十郎の畑で採れた野菜と萌葱と撫子が獲ってきた肉と魚介類のみが使われている。関わる者を極端に制限しているのは、万が一事が起こってしまった場合に無実の者が疑われることを避ける為でもある。それは捜査範囲を絞り込むことにも役立つ。
徹底した護りによって、今の彰子には容易に手出しは出来ない。そのことに犯人は相当な苛立ちを感じているはずだ。現に野菊kは乳母や教育係に当たり散らし、顰蹙を買っている。
そこに更に強力な護衛が二人加わるのだ。実家の弟である幸村は政宗が好敵手と認めるほどの猛き若武者であり、同盟国の重臣。上杉景虎は同盟国の次期当主であり、名門北条家の御曹司。そして真朱曰く二人揃って重度のシスコン。下手なことをすれば、外交問題に発展しかねない。その若さにも関わらず景虎は結構な策士でもあり、大事な姉の為なら針小棒大にして騒ぎかねない。
実は政宗らが幸村と景虎を受け容れたのには、この『外交問題に発展しかねない』危惧があるからだ。そのことを危惧しているのではない。利用しようとしているのだ。自分たちの予想通り黒幕がいるとして、その黒幕が予想通りの人物で三国同盟に罅を入れることを狙っているのだとしたら、この二人の訪問を好機と捉えるだろう。
「下手人は判っておるのだな」
さっさと捕まえて姉上の安全を確固たるものにすれば良いのにと幸村は思う。
「らしいね。でも、証拠がない。それに下手人とは別の思惑で動いてる黒幕の存在も見え隠れしてるからね。全部纏めてけりをつけたいってとこらしいよ」
政宗とて本当はさっさと終わらせたいのだ。だから、野菊が犯人だという状況証拠が揃ったときに、彼女を城から出そうと考えた。それを止めたのは他ならぬ彰子自身だった。
彰子は野菊が側室候補とは知らない。猫たちは『奥女中として行儀見習いに来た世間知らずの馬鹿娘が、政宗の側室になりたいと分不相応な望みを持って、その手段として自分を磨いて政宗を振り向かせるという手間のかかることよりも、邪魔者を排除するという安易な策に走ってママを狙った』と告げているのだ。
ともかく、今の彰子は自分が狙われた理由と最有力容疑者を知っている。その上で、やはり動機の稚拙さ、刺激物程度でしかなかった毒の弱さ、周到な準備という違和感から、別の思惑を持つ黒幕の存在を確信している。だからこそ『今その人を家に帰しちゃうと、毒草を刈り取って根を残すってことになるんじゃないかしら』と政宗を止めたのだ。
「姉上は聡明であられるが……己が身を囮にするのは止めていただきたいものだな」
溜息をつきながら景虎が言えば、幸村も同意する。佐助とて内心ではそう思っている。
とはいえ、現状でそれが有効な手段であることは認めざるを得ない。
「だから、旦那たちが傍できっちり彰子ちゃんを護ってよね。竜の旦那に対しての嫌がらせにもなるし、いいんじゃない?」
今、姉の心の中にどんと居座っている独眼竜を思い浮かべ、二人の弟は少しばかり人の悪い笑みを浮かべる。
彰子の状況は状況として、重度のシスコン弟たちはこれ幸いと姉と心行くまで仲良く過ごしたいと思っている。大切な大切な姉を独占する男に対して、弟としては面白くない思いを抱いているのだ。実際には片思いに過ぎない政宗がそれを知れば、『オレの苦労も知らないで』と文句を言うのは間違いない。
「それもそうだな。弟であればずっとお傍におったとて、聊かの問題もあるまい」
「久しぶりに会う弟が姉上に甘えるのも至極当然。姉上が我らにお甘いのも日頃離れておれば、これまた仕方のないことであろう」
政宗が必死になっている裏で、自分たちは姉との蜜月を堪能してやろう。姉を護れておらぬ政宗にはそれくらい当然の罰ではないか。
二人はそう笑い、佐助は引き攣った笑いを浮かべ、敢えてコメントは避けたのだった。