喜多の言に従い彰子の部屋を出た政宗は、小十郎と共に自室へと戻った。
部屋に入って小十郎以外の誰の目もなくなると、政宗は怒りを爆発させる。これまで彰子に余計な心労を与えぬよう、怒りを抑え込んでいたのだ。手当たり次第に物に当たり散らし、行き場の判らぬ怒りを露わにする。
そんな政宗を小十郎は静かに見守る。成実と綱元はそれぞれ己の役割を果たす為に動いている。成実は捜査の指揮を執り警護体制を見直す為に黒脛巾頭領の許へ行き、綱元は領内で商いをする他国の者を調べる為に自分の執務室へと戻っている。
だとすれば激昂している政宗を宥め落ち着かせるのは、幼い頃からの傅役である小十郎の役割だった。
「お気が済まれましたか、政宗様」
散々物に当たり散らし肩で息をする政宗に、小十郎の冷静な声が届く。
まだ怒りの冷めやらぬ──しかし随分落ち着きを取り戻した表情で政宗は己の右目を振り返った。
「Sorry.もう大丈夫だ」
暴れた所為で乱雑に散らかった調度を片しながら、政宗は落ち着いた声で応じる。怒りを撒き散らして物に当たり、それを片付けることでクールダウンする。それが政宗のやり方だった。
完全に元通りというわけではないが、ある程度片付くと政宗は腰を下ろし、こちらは完全に冷静さを取り戻した声で小十郎に語り掛けた、
「彰子を狙ったのはウチの奴らか、それとも他国の奴か。如何思う、小十郎」
暴れたときに政宗の頭の中にあったのは、愛しい女を殺そうとした者への怒りだった。彼女を永劫に失ってしまうかもしれないという恐怖だった。そして、彼女の暗殺未遂を齎してしまった自分への激しい怒りだった。
「彰子個人が命を狙われる可能性は殆どねぇはずだ。あいつは人の恨みを買うような女じゃねぇ」
そう呟く政宗に、小十郎は頷く。
彰子は城内の多くの者に好意的に受け容れられている。平成の世に戻れぬと判った衝撃から寝込んでしまった彰子の為に、寺社へ平癒祈願に赴いた兵士や女中も少なくなかった。更には輝宗・義姫夫妻は見舞いの品を贈り、小次郎などはまた庭師のふりをして直接様子を見に来たくらいだった。
それほど、彰子は人々に慕われてきつつあったのだ。彰子自身が原因で奥州の者から殺意を抱かれるほどの問題があるとは考えにくい。
「だとすりゃ……あいつが狙われた原因は一つ。オレの寵妾だから……だな」
苦しげに政宗は吐き出す。
「この城の中にあいつを狙った奴がいるとは考えにくいが……」
呟きながら政宗は城内の者たちを思い浮かべる。反政宗ともいえる旧領主たちが彰子を狙うとは思えない。彼らの目的は自分を廃することであって、側室を狙ったりすれば自分たちの警戒を招くだけの愚策でしかない。
そう政宗が言えば、これにも小十郎は首肯する。仮にも戦国乱世を生きている武将たちだ。そこまで愚かだとは思えない。
「女中たちが怪しいかもしれませぬな」
小十郎の言葉に、政宗は少しばかり驚いた表情をする。己の傍近くに仕える女中たちは皆、彰子に好意的だったはずだ。
「政宗様付きの者の中には、御方様を快く思わぬ者もございます。その者たちには御方様のお人柄など関係のないこと。ただ政宗様のご寵愛深い側室というだけで疎んじております」
尤もそういった女中たちは政宗付きの女中頭──喜多の片腕的な存在──が政宗から遠ざけている。しかし、それが余計に彼女たちに彰子への悪感情を抱かせる結果となってしまっていた。
「これまでにも御方様や真朱たちが嫌がらせを受けておいでです。姉上から厳しく叱責され、真朱らに100倍返しされているようにございますが」
真朱曰く『10倍返しですわよ』とのことだが、如何見てもあれは100倍返しだと小督が呟いていた。自分たちが受けた嫌がらせについて真朱たちは細かく語らないが、彰子が受けたものに関しては彰子が知らせる以上に喜多と小十郎に詳細に知らせてくる猫たちだった。勿論、自分たちが仕返しした後で。
だが、今の今までそれを知らなかった政宗は、初めて知らされた事実に頭にカッと血を上らせる。
「何故、オレに知らせなかった!!」
「御方様のご命令にございます」
政宗の怒りに動じることなく、小十郎は冷静に応じる。実際には彰子からは命令されたのではなく、頼まれたのだ。彰子の性格上、如何しても『命令』は出来ず、衛門や小督、常葉丸にさえ『依頼・お願い』という形を取っている。それが余計に彼女たちの忠誠心を刺激する結果となっていることに彰子は気付いていない。
「女同士の諍いなど些細なこと。そのようなことを政宗様のお耳に入れて御心を騒がせてはならぬ。政宗様は日々お忙しく、奥州筆頭として大事なお役目があられる。奥のことは自分たちで何とかする。──そのようなことを仰せにございました。政宗様に余計な心配をかけたくない、ご自分のことで煩わせたくない、そう思し召されたのでございましょう」
如何にも彰子らしい心配りに、政宗も何も言えなくなる。自分のことは後回しにして、周囲のことばかり気遣う彰子らしい。それでも一人で抱え込まずに喜多には相談していたらしいから、それでよしとしておくべきだろう。
「──真朱が100倍返しっつったな。じゃあ、もしかして、何人か物の怪が出たっつって勤めを辞めたのは……」
「然り。真朱たちの仕返しでございますな」
これには小十郎も何処か遠い目をしてしまう。一度真朱に何をしたのだと問い質したこともあったが、『小十郎さん、世の中には知らないほうが幸せなこともございましてよ』なんて言われてしまった。そのとき嫣然と笑った(ように見えた)真朱に、竜の右目ともあろう者が背筋にゾワゾワと寒気が走り恐怖を感じてしまったのだ。
「あー……だけど、あいつらに彰子の命を狙うような度胸はないだろ」
聊か強引に政宗は話を戻す。
「はい、御方様に好意的ではないとはいえ、お命を狙うほどでもございますまい」
そこまで根深い嫉妬でもなく、また寵妾を害するほどの胆力も持ち合わせていないだろう。何より腐っても奥勤めの侍女なのだ。そこまで短慮ではないはずだった。
「側室見習いとやらは如何なのです、小十郎さん」
3人目の声にぎょっとして振り返ると、ちょこんと小十郎の後ろに話題の主・真朱が座っていた。
襖の開いた気配もなかったのにいつの間にと小十郎が驚いていると、同じように政宗も驚いた表情をしている。いや、自分以上だ。信じられない者を見たというように目を見開き、ぽかんと口を開けている。滅多に見られない政宗の間の抜けた表情だった。
「突然現れるとは……真朱、てめぇ、やっぱり化け猫か」
「失礼な。萌葱たちが変身能力を得たのと同じです。草紙神から貰った能力ですわ。わたくしたち3匹とも、ママかお前のいる場所へなら、瞬間移動が出来るようになりましたの」
そう言って真朱は小十郎の後ろから政宗の膝の上へと一瞬で移動した。
テレパシーと変身能力、そしてこのテレポーテーションが草紙神がつけてくれた化け猫オプションだ。尤もテレパシーといっても3匹内でのことだから、それは敢えて政宗には伝えなかった。テレパシーが如何いったものかを説明するのも面倒だったことだし。
最早小十郎は言葉もない。彰子たちがこの世界の摩訶不思議を『BASARAだから』で済ませるように、小十郎たち三傑と喜多も猫たちについては『真朱たちだから』で済ませるようになっているのだ。
そうとは知らぬ真朱は政宗の膝から降りると、しゃんと背筋を伸ばし、二人を見遣る。その視線の厳しさは何処か喜多を彷彿させ、知らず政宗と小十郎も背筋が伸びた。
「小督から聞きましたけれど、側室見習いとやらがいるそうではありませんの。まぁ、政宗の本意ではないことは判っていますし、まだ一度も会っていないようですけれどね」
彰子超大事の真朱はジロリと政宗を睨みながら言う。真朱の彰子大事に比べれば、幸村のお館様命もかすがの謙信様激愛も大したことじゃないというのは、最早政宗側近たちの共通見解だった。真朱は身近にいる分、諸に小十郎たちが被害を蒙るのだ。
「ここのところ、わたくしたち、あちらのほうから悪意に満ちた気配を感じておりましたの」
そう言って真朱が示すのは、まさに野菊の室がある方向だった。
「しかし、真朱。牧野殿のご息女ともあろう娘がそのような……」
朴訥で実直を絵に描いたような野菊の父・牧野朝信を思い浮かべ、小十郎は控えめな反論をする。だか、真朱はそれを鼻で笑い飛ばす。
「その牧野さんとやらが如何いった方かは存じませんけれどね、小十郎さん。鳶が鷹を産むこともあれば、その逆もありますでしょ。小十郎さんたちが直接その女をご存じなわけではありませんでしょう」
尤もな真朱の言葉に政宗も小十郎も言葉がない。野菊の入城直前に彰子のあの事件が起こった所為で、野菊のことは完全放置しているのだ。政宗も小十郎も未だに直に野菊と対面したこともなければ、姿を見たこともない。
「撫子がそれなりに探っておりますけれど、如何やら大馬鹿娘のようです。自尊心肥大の自意識過剰。政宗に寵愛されて当たり前と思っているようでしてよ。教育係の皆さんの頭痛の種だとか」
最早この城の中で猫たちの知らぬことはないのではないか──そんなことを思ってしまう奥州双竜である。
「その女の周辺を探るのがいいと、わたくしたちは思いますの。ただ、ママには別の思案がおありのようですわ」
真朱はそう告げると。首をコキコキと鳴らした。ずっと見上げていて首が疲れたのだ。そして『ちょっと失礼』と言うと、いきなり真朱の体が淡い光を発した。萌葱や撫子が変身したときと同じ現象だ。光が収まるとそこには年の頃は30歳前後といった女性が端座していた。
「真朱……てめぇは人間になれるのか」
「……」
呆然と政宗は呟き、小十郎はパクパクと口を開閉させるだけだ。
「人間にもなれる、と申しておきますわ。萌葱も撫子も虎や鷹だけではありませんことよ」
ニッコリと笑って真朱は衝撃的な内容を何でもないことのように告げる。実は真朱は霊長類、萌葱は猫科肉食獣、撫子は鳥類ならば何にでも変身出来るようになっているのだ。
因みに真朱は喜多に準じた上臈女中の格好をしており、その顔は彰子が平成の世にいた頃に大ファンだった某歌劇団の元トップスターのものである。
「お前たちを見上げて話すのも疲れますからね。さて、話を戻しますわよ」
一人だけ冷静な──マイペースな真朱だった。
「ママは、ご自分が狙われた原因を分析していらっしゃいます。政宗の側室だからと判じられたのはお前たちと同様です。でも、ママは側室見習いの存在をご存じではありませんからね。違う原因に思い至られたようですわ」
そう言って真朱は説明を始めた。
伊達が武田・上杉と同盟を結んだことは、既に周知の事実となっている。戦巧者・猛将として名高い3人の同盟だ。甲斐の虎・越後の竜・奥州の独眼竜が結んだとなれば、他の勢力にとっては脅威以外の何物でもないはずだ。今は厳冬期ということもあり、この3国に戦を仕掛けてくる者はないが、直接の仙洞はないにしても、離間策を弄してくることも考えられる。
そこでキーパーソンとなるのが彰子だ。
表向き、彰子は真田幸村の異母姉ということになっている。異母姉とはいえ、幸村はこの姉を敬愛し溺愛しているというのが周囲の認識となっている。そして、その幸村は武田信玄の秘蔵っ子と思われている。当然その姉にも信玄が目をかけているであろうことは想像に難くない。
更には彰子は政宗に強い要望で奥州へ嫁いだことになっている。その輿入れは同盟締結と同時だ。今は側室とはいえ、身分的にも後ろ盾的にも政宗の寵愛的にも、跡継ぎさえ産めば正室になるのではないかともいわれている。
そういった表面的な事象を見れば、彰子を害することで三国同盟を破綻させるには至らずとも、甲斐の奥州への信頼を薄くすることは出来る──対立する勢力がそう考えたとしてもおかしくはない。
そう考えたとき彰子の頭にあったのは豊臣だった。より正確にいうならば竹中半兵衛だ。ゲームやアニメの印象から、あの男なら様子を探る意図も含めて、それくらいの策は弄しそうな気がした。
「これはママご自身が狙われた場合の可能性ですわね。尤もこれについては然程高くないとも仰ってましたわ。正室ならともかく、側室にそこまでの労力を割くはずもないと」
沈思している政宗と小十郎を見遣りながら、真朱は言う。
「それから、これが最も可能性が高く、奥州にとって危険な可能性とママはお考えなのですけれど。ママは利用され巻き添えを食らっただけということも考えられますの。これを知らせる為に、ママはわたくしをお前の許に向かわせたのです」
彰子の傍を離れることは不本意だったといわんばかりの表情で真朱は言う。なまじ整った顔をしているだけに、その不満げな表情は能面のようで怖かった。まるで女版綱元だ。
「偶々今回は政宗が執務中でしたから、被害はママだけでした。幸いママは大事には至りませんでしたけれど……。でも普段であれば、あのお茶を最初に口にしたのは政宗である可能性が高いとは思いませんこと?」
真朱の言葉にハッとしたように小十郎が彼女を見つめる。
確かにそうだ。政宗は休息を取るときには彰子の許へと赴く。そこで大抵彰子は茶を立てる。衛門が太鼓判を押した美味で珍しい茶であれば、彰子はそれを政宗に供しただろう。とすれば、政宗が毒を盛られることになる。しかも、その茶を立てたのが彰子となれば、彰子は暗殺未遂の容疑をかけられる。衛門がそうだったように。
政宗が服毒死すれば奥州は混乱する。その毒殺犯が政宗の側室である『上田御前』となれば、当然奥州と甲斐の関係は悪化する。政宗が大事に至らずとも、そこは毒殺犯が毒殺未遂犯になるだけで大した違いはない。
今回は彰子の意向もあり公にすることはしないが、服毒したのが政宗となれば自ずと大事になる。
「ですから、ママはご自分よりも政宗の周囲に警戒態勢を取るようにと望まれているのです」
言うべきことは全て話したのか、真朱は再び猫姿に戻った。着ていた衣装もきれいさっぱり消えている。そんな場合ではないのに、一瞬如何いう原理なんだろうと政宗は不思議に思った。
「I see.Honey考えは判ったぜ。しかし、よくそれだけのことを考え付いたな、Honeyは。まだあれから一刻程度しか経っちゃいねぇだろ」
「まこと、御方様は得難いお方にございますな」
そのうちの殆どは自分たちと共に過ごしていたというのに、良くそこまで考え付いたものだと政宗と小十郎は感心する。
「当然ですわ。政宗も知ってのとおり、ママは歴史に詳しいでしょう。朝廷や王家の歴史は暗殺の歴史ともいわれますもの。それにママは趣味で物語も書いておられましたからね。想像力は豊かなのです」
真朱はこの事件を奇禍と考えていた。彰子が毒殺されかかったことは激怒する出来事だったが、大事には至っていない。
だが、命を狙われた彰子は、新たな危難によって古い苦しみを払拭したのだ。平成の世に戻れない哀しみや苦しみが、暗殺未遂という出来事によって消え去った。『奥州筆頭の側室の暗殺未遂』という出来事の背景に思いを巡らすことで、彰子は精神的に起き上がり、前へと進み始めたのだ。
「政宗さんをおいては逝けないって思ったの。あんな顔見ちゃうとね。政宗さんを守りたいの。協力して、真朱」
自分を送り出すとき、彰子は確かにそう言った。その瞳には光があり、生命力に満ちていた。
(腕の見せ所ですわよ、政宗。ここで男を上げなさい)
彰子の意見を踏まえて小十郎とあれこれ相談する政宗を見ながら、真朱は心の中でそうエールを送る。
「オレを殺すついでに、彰子を犯人に仕立てて甲斐との同盟に亀裂を入れるか。如何にもどっかの策謀家が考えそうな手だな」
真朱の齎した彰子の考えに政宗は呟く。奥州を一番厄介視しているだろう勢力の軍師の存在が頭に浮かぶ。
「ですが、彼奴の策にしては詰めが甘いようにも思われますな。あの茶に毒を仕込んでも確実に政宗のお命を狙うことは出来ません」
事実、今回政宗はなんら危険に曝されていないし、彰子も命に別状はなかった。もし仮に竹中半兵衛の策なのであれば、政宗も彰子も今こうして無事ではいないだろう。命は助かっていたとしても。
「ママもそうですけれど、お前たちは竹中半兵衛とやらが裏にいると考えているのですね」
確り彰子と共にアニメを見、ゲーム画面を見ていた真朱は二人にそう問いかける。実は彰子の受ける講義を傍で聞き、それなりにこの世界の情勢にも通じている猫たちなのだ。当然、全ては愛する主を守る為だった。
「でも、竹中とやらが黒幕ではないと思いましてよ。政宗や小十郎さんが認めるほどの策謀家の策にしては杜撰すぎますでしょ」
彰子には敢えて竹中策謀説は否定せずにおいた真朱だが、政宗たちにははっきりと否定する。彰子に関しては自分が狙われたと考えるよりも政宗が狙われたと思わせておくほうがいいと判断したのだ。理由は二つある。一つは多少復活したとはいえ、平成の世に還れないショックが未だ癒えていない彰子に、これ以上のショックを与えるのを避ける為。そしてもう一つは政宗が狙われたと考えたことにより、彰子が苦しみを吹き飛ばしたからだった。自分以外の大切な人の為なら、彰子はいくらでも強くなる。頭をフル回転させ、政宗を、政宗の治める奥州を守ろうとするだろう。それは間違いなく、彰子を今の状況から脱却させる。
だが、現実問題としては、竹中半兵衛の策であると考えるには無理が多い。天才軍師が考える策にしては行き当たりばったりだ。それに早い段階で犯人を絞り込んで捜査するのは可能性を狭めることになり、色々なことを見落としてしまう可能性が高い。彰子が竹中の策である可能性を基準として考えるのであれば、政宗たちは逆に竹中以外の策であるという前提で捜査したほうがいいだろう。
「確かにそうかもしれねぇな」
真朱の考えに小十郎も頷く。あまりに杜撰で穴だらけな計画なのだ。やはり、政宗の寵愛を妬み、深い考えなしに彰子を狙った者がいると考えるほうが妥当だと思える。しかし、それにしては態々堺から商人を呼び寄せ毒を仕込むなど手がかかり過ぎている。しかも、一度は毒などないことを衛門が確かめた上で購った茶に毒を仕込んでいるのだ。衛門が嘘を付いているとは思えない。茶を立てた後か、購った後に毒入りの茶と摩り替えていることになる。
暗殺そのものについては狙いがあやふやで杜撰なものであるのに、そこに至るまでの毒の持込に関しては、恐ろしいほどに計画的に確実に実行されている。そこに違和感を感じるのだ。持込に関しては考えなしの女中の策とも思えず、暗殺に関しては竹中の策とも思えない。何かちぐはぐな印象を受けてしまう。
「ママもあれこれ考えているようですから、また何かあったら知らせますわ。政宗や小十郎さんでは考え付かないことも、ママなら違った視点から見えてくるかもしれませんしね」
伝えるべきことは全て伝えたと、真朱は立ち上がる。今度はきちんと自分の足で歩いて彰子の許へ戻る心算らしい。小十郎が襖を開けてやると、真朱は部屋を出た。
「政宗、ママを頼みますよ。ママの命も心も守れるのはお前だけなのですからね。私たちの義父を目指しなさい。少しは応援してあげましてよ」
そう言いおいて。