穏かな寝顔

 彰子付きの侍女・衛門が持ってきた文を読んだ政宗は、それを嬉しそうに懐にしまった。

「殿、彰子ちゃんは何て書いてきたの? 見せてくれてもいいんじゃない?」

「Ha! 誰が見せるか。勿体ねぇ。人のLove Letter見ようなんざ、趣味が悪いぜ、成実」

 共に朝食を摂っていた成実は、興味津々の体で政宗の懐を覗き込む。

「ケチだね、梵。いいじゃないか、減るもんじゃないし」

「減る。てめぇに見せたら確実に減る」

「何が如何減るってのさ。梵のケチケチケチ」

 朝餉の席で従兄弟同士の他愛もない喧嘩が始まる。成実が興味を持っても仕方ない。何せこれまでの従兄はとんと女性とは縁がなかったのだ。確かに時折遊里へと出かけてはいたが、女性と心を繋いだことは一度もない。

 その彼が、生涯で最初の──そして恐らく最後の恋をしている。決して結ばれることはない恋だが、それでも従兄は幸せそうに見えた。

「後朝の歌ねぇ……。私は贈ってないや」

 既に妻帯している成実は己の婚礼のときを思い出して呟く。成実は政宗よりも一つ年少の18歳だが、別に早婚というわけではない。寧ろ領主なのに未だ妻帯していない政宗や三十路前というのに独身の小十郎のほうが、この世界にあっては異常といえる。領主の息子ともなれば元服を終えると同時に、もしくは数年のうちに結婚することのほうが多いのだ。政宗は11歳で元服し既に8年。周りがどれだけ勧めても一向に正室どころか側室すら持たなかった。母との確執もその一因ではないかと小十郎たちは見ているのだが、それにしてもこの時代にあっては稀有な例となるだろう。

「昨晩は巧くいったとAppealする必要があるからな」

 誰にとは言わずともすぐに判る。心配性の老臣たちばかりではない。城内中が政宗と彰子の『初夜』を固唾を呑んで見守っていたといっても過言ではないのだ。だから、今は廃れた『後朝の文』なんて古風な習慣を使ってまで、政宗は周囲にアピールしたというわけだ。

 けれど、決してその理由ばかりではないことも、ちゃんと成実は気付いていて、従兄を揶揄う。

「とかなんとか言っちゃって。結構嬉しそうに歌書いてたじゃないか。花だって自ら選んで摘んでたし」

 まさに恋するオトコノコだった先ほどの政宗を思い出し、自然と成実は笑みを浮かべる。

 何もない初夜だと判ってはいたが、それでも心配で朝っぱらから政宗の部屋を訪れてみれば、政宗は着替えもそこそこに庭に下りて花を選んでいた。文机に置かれた紙は美しい透き文様の入った薄様だったし、悩んで選んだ花は少しでも長く彰子が楽しめるようにと咲き初めの美しい桔梗だった。そして部屋に戻ると、筆を執って薄様に嬉しそうに歌を書きつけ、小姓の常葉丸を呼ぶ段になって初めて、成実が来ていたことに気付いたのだ。

 見られていたことに決まり悪そうな顔をしながらも、常葉丸に『これを上田御前に』と普段の彼からすれば想像もつかないくらい優しい声音で託していた。

 それから小十郎もやって来て朝餉となったが、別に小十郎も約束があって来たわけではなく、成実と同様、昨晩の首尾が気になってやって来てしまったようだった。

 その朝餉の席でも政宗はそわそわと落ち着かず、戻ってきた常葉丸がお菓子のお土産だけを持ち返歌を持ち帰らなかったことには少しがっかりしているようだった。

「御方様はこのような習慣には馴染みがございませぬゆえ」

 と思わず小十郎が慰めてしまうくらいのがっかり具合だった。

 そこに衛門が現れ、これまた咲き初めの一輪に桜色の薄様を結んだ返歌が届けられ、一転政宗の表情は輝かんばかりになったのだ。

(いいねぇいいねぇ、恋ってやっぱりいいもんだねぇ)

 などと、成実の脳裏で何処ぞの風来坊の声がしたとしても無理はないだろう。

「うるせぇぞ、成実」

 ニマニマと笑っている成実に政宗はムッとするが、成実はそんなものも何処吹く風といった風情である。嬉しくて仕方ないのだ。一つ年上の従兄の、こんな歳相応の恋する青年な一面が見られるなど、これまで思いもしなかったのだから。

「照れてるし。可愛いなぁ、梵」

「梵って言うんじゃねぇ!」

「だったら彰子ちゃんの文になんて書いてあったか教えてよ」

「誰が教えるか」

「ケチだなぁ」

「ケチで結構。てめぇなんざにゃ絶対見せねぇ」

「では、私には見せてくださいますな」

「さり気なく混ざるんじゃねぇ、小十郎!」

「ほらほら、小十郎もこう言ってるんだし、見せてよ」

 いつになく騒がしい朝餉の席となった。けれど、何処かそれは幸せな温かな空気を纏ったものだった。

(これも彰子ちゃんのおかげかな。殿に内緒で会いに行ってみようかな)

 そんなことを思いながら、成実は小十郎に『いい加減にしねぇと、政宗様のHELL DRGON喰らう破目になるぞ』という言葉に窘められるまで揶揄い続けたのであった。






 実際に成実が彰子と会うことが出来たのは、そんな朝餉の席から3日ほど経った日のことだった。

 その間も政宗と彰子は仲睦まじい様子で、政宗に心酔する家臣たちは『上田御前が参られたことは殿の御為にまことに善きこと』と喜び、彰子のことを好意的に受け容れ始めていた。況してや政宗を『筆頭』『頭』と呼んで慕っている下級の武士たちにしてみれば、政宗が側室とはいえ妻を迎えたことは実に嬉しいことであり、既に影では彰子のこと『姐さん』と呼び始めている。身分的に彰子の姿を見ることは出来ないが、敬愛する筆頭が溺愛している側室を想像しては、皆であれこれと噂をしているようだ。

 その彰子は自分の『側室』という立場を弁えているようで、特に目立つような行動をとったりはしなかった。自分に与えられた部屋や庭で過ごすだけだが、それでも接する機会が増えた政宗の侍女や小姓たちには細かな心配りを見せた。それもあって、一部の女中たちを除き、彰子の存在は比較的好意的に受け容れられているようにも見えた。特に初日に文遣いをした小姓の常葉丸などはすっかり彰子に懐いている。小姓頭でもあるこの少年の行動は他の小姓たちにも影響を与えており、小姓たちはいつの間にやら彰子を主とも姉とも慕うようになってきている。

(彰子ちゃんって、結構殿と似てるのかもな。『かりすま』ってやつかな)

 そんなことを考えながら、仕事の間の一休みにと庭を散策していた成実は、漸く念願叶って彰子と会うことが出来た。それは偶然の出来事だった。

 日課であった日記の清書という名の手習いも全て終えてしまい、することのなくなった彰子は、衛門の勧めで庭の散策に出ていたのだ。

 慣れない草履の所為でゆったりと歩く彰子の後ろには衛門と小督が付き従い、足元には嬉しげに尻尾を立てた真朱と萌葱がいる。撫子は部屋の見張りとして残っている。

「私、細作猫だもん! おかーさんがいない間に嫌がらせとか仕掛けられないように見張っとくの」

 と宣言し、寝たふりで部屋を見張っているのだ。

「きれいなお庭ですわね、ママ」

「それに空気も旨いし、土の匂いがちゃんとするのもいいよなー」

 萌葱は護衛の心算でついてきているのだが、真朱は大好きなママとのお散歩だと思っているようだ。一番警戒心の強い真朱だが、青葉城に入ってからはかなり気を緩めているらしい。尤も、政宗と三傑、喜多、衛門、小督以外の人間に対してはやはり強い警戒心を持っているようだが。

「本当ね。なんか、優しい感じのお庭だよね」

 真朱たちの言葉に頷きつつ、彰子はゆっくりと歩を進める。

 閏8月ともなれば、秋も深まりつつある頃だ。平成の頃と違い、旧暦では7月から秋に入る。何よりあの世界は地球規模で温暖化が進んでいて、秋は夏の続きのようなものだった。ここ数年は異常気象なのか、残暑が続いたかと思えばいきなり冬が来るような感じで、秋の存在感は薄くなっている。こんなにも『秋』らしい秋を感じるのは子供の頃以来かもしれないと彰子は少し嬉しく感じた。

 そして、足元の大地は紛れもない土だ。アスファルトなんかではない。近頃では地方都市ですら土の大地を見つけるのは難しいだろうというくらい、今は何処でも舗装されてしまっている。だが、この世界にアスファルトがあるわけもなく、紛れもなく土の大地だ。おまけに化学物質に汚染されていない土は何処か懐かしい『土の香り』もする。

 汚染されていないといえば、空気だってそうだ。偶に自然溢れる山林に行って『空気美味しいー』なんて思っていた自分が哀れになるほど、清浄で美味しい空気だった。

 そんな土や空気、水によって育まれた草木はこれもまた美しい自然の色合いをその身に纏っている。

 今彰子が散策している庭もそんな秋の草花に彩られている。彰子が住む奥の庭は細い柔らかな印象の木々と花々、さらさらと流れる小さな川と池があった。意趣を凝らしたふうには見えない自然で素朴な、それでいて優しい庭だった。けれど、それが趣味のよい人物によって計算され尽くして造られたものであることを彰子は感じ取っていた。恐らくこの庭は政宗が造ったものだろう。

 政宗はその好戦的な武将としての一面からは想像しにくいが、かなり風雅に長けた趣味人でもある。彰子の為に設えた調度や衣装、政宗自身の持ち物からもそれは窺われる。この庭も同じだ。

(なんか、こっちに来てから、政宗さんの色んな顔が見えてきたなぁ)

 平成の世にいた頃には見せなかった政宗の色々な『顔』がこちらに来て見えるようになった。その最たるものは領主として、武将としての顔だ。けれどそれだけではなく、あちらの世界でも見ていたはずの政宗の姿は、より自然でより鮮やかなものとして彰子の目に映った。

「これは、成実様」

 庭を眺めながら政宗のことを考えていた彰子の意識を、衛門の声が現実に引き戻した。振り返れば政宗によく似た青年が立っている。成実だ。衛門と小督は身を屈め頭を垂れている。

「やぁ、彰子ちゃん。お散歩?」

 気軽に声をかけてくる成実に彰子は若干戸惑いつつ応じた。初対面の日以降、成実に会うのは初めてだ。小十郎には何度か会ってはいるのだが。

「はい。気持ちのよい天気ですので、部屋に篭っているのも勿体ないと思いまして。成実様は如何なされたのですか?」

「私もそうだよ。仕事がひと段落ついたからね」

「然様でございましたか」

 失礼のないようにと細心の注意を払いつつ、彰子は成実に対する。なんといっても相手は一門の第二席。一番政宗に近しい血を持つ重臣中の重臣、VIPだ。失礼があってはいけない。──尤も一番偉い当主であり領主の政宗に対してはスコーンとそれを忘れていて、そんな注意は払っちゃいない彰子である。

「……」

 が、その彰子の態度は何故か成実のお気に召さなかったらしい。成実は如何してか不満げな目で彰子を見つめた。

「成実様……?」

 じとーっと見つめられて、彰子は背筋に冷や汗をかきながら問いかける。すると……

「確か彰子ちゃん、小十郎のことは『小十郎さん』って呼んでたよね」

 いきなり何を言い出すのかと、彰子の頭の中は『?』でいっぱいになる。確かにそう呼んではいるが、だからなんだというのだ。もしかして不敬だというのだろうか。

「なのに如何して、私は他人行儀に『成実様』なのさ!」

 そっちかよ! と彰子と真朱と萌葱が内心で突っ込んだのは言うまでもない。

「己の立場ゆえにございます。成実様は殿のお従弟で重臣であられますもの」

「小十郎だって家老だし重臣だよ」

「はい。ですから、公の場では片倉様と申し上げることにしております」

 小十郎からは『片倉』でいいと言われたのだが、正室ならともかく側室ならば身分は高くないはずだと考えた彰子は、家老格の重臣は『様』、それ以外の家臣には『殿』をつけることにしていた。一応政宗や小十郎、喜多にも相談して、そうすることに決めたのだ。

「じゃあ、私もぷらいべーとでは成実さんって呼んでよ」

 実はプライベートではついついなるみと言ってるのだが、そうとは言えず、彰子は戸惑う。

「殿のことだって政宗さんだし、小十郎だって小十郎さんなのに、私だけ成実様じゃ、寂しいじゃないか」

 バランスが取れないのではなく寂しいのかよ! と再び彰子と真朱と萌葱は内心で以下略。

「プライベート……でなら」

 戸惑いつつも彰子がそう応じれば、途端に成実はパーっと顔を輝かせるように笑った。そのストレートな感情表現に彰子は苦笑する。

「ねぇ、彰子ちゃん。あっちでの殿の話を聞かせてほしいな」

 傍に控えている衛門と小督の耳を意識して、『平成』という言葉を使わず、成実は言う。

「殿からも聞いてはいるけど、きっと殿のことだから失敗談とかは話してくれてないと思うしさ」

 興味津々の体で尋ねてくる成実に、自然に彰子も笑顔になる。

「それは構いませんけど、お仕事は大丈夫なんですか、成実さん」

 呼称に合わせて言葉遣いも若干砕けたものにする。それに成実は更に嬉しそうに笑った。

「大丈夫。彰子ちゃんが来てから殿も真面目に仕事してるからね。私の負担は減ってるんだ。今日はもう終わってる。じゃあ、彰子ちゃんの部屋に行こうか」

 やっぱり普段はサボってんのかと内心で彰子と真朱と萌葱が突っ込んだのは言うまでもない。






 彰子の部屋へとやって来た成実は嬉しそうな表情で部屋の設えを眺めた。彰子が入城した日にこの部屋に一度やってきたが、そのときはまだここは『彰子の部屋』というほどには彰子の色はなかった。だが10日にも満たない間にこの部屋はすっかり彰子に馴染み『彰子の部屋』へと変わっている。

 自分に上座を譲ろうとした彰子に苦笑しつつ、『ぷらいべーとなんだからそういうのなしね!』と成実は笑い、庭に背を向けて座った。彰子はその対面に座り、彰子が座った途端お留守番をしていた撫子が彰子の膝の上に乗った。文句を言いたげだった真朱はしぶしぶと彰子の隣にぴったりと寄り添って丸くなり、萌葱はこれまた当然というように成実の膝の上で丸くなった。

「殿も結構傍若無人に好き勝手やらかすけど、この猫たちに比べたらまだマシなのかもなぁ」

「……すみません」

 苦笑する成実に彰子としてはそう言うしかない。猫は元々ゴーイングマイウェイな動物だが、この猫たちは己が気を許している相手に対しては強引にマイウェイになってしまうのだ。そういう意味では政宗と猫たちは似ているかもしれない。

「いいよ。殿から、この子たちが私たちを信用してくれたからこんなふうなんだって聞いてるし」

 萌葱の顎の下を擽りながら成実は笑う。萌葱は気持ちいいのかゴロゴロと喉を鳴らしている。

 ゆっくり話したいからと衛門と小督を下がらせると、成実は好奇心丸出しの表情へと変化した。

「でさ、平成の世での殿──梵のこと聞かせてよ」

 殿ではなく『梵』と言い直したことに彰子は成実の配慮を感じた。『奥州筆頭の配下、一門第二席』としての成実ではなく、政宗の幼馴染で年下の従弟として話を聞きたいと言っているのだ。そのほうが彰子も話しやすいだろうと配慮してくれたのだろう。

「そうですね……。うーん、基本はこっちにいるときと変わってないと思いますよ。人の話聞かないし、自分のやりたいようにやるし」

 勿論それだけではないけれど、成実が聞きたいのはきっと19歳の青年らしい政宗の話だろうと察した彰子は出来るだけそんなエピソードを選んで話した。それに真朱たちが補足したり、彰子も知らなかったような政宗の行動を話したりした。

 それらの話を成実は時に笑い、時に驚き、時に呆れつつ楽しそうに聞いていた。

 成実にしてみれば政宗は生まれたときから奥州王となるべく責務を背負った己の主だった。歳の近い従弟ということもあって、それだけではない一面も見ては来たが、それは飽くまでもほんの僅かな部分だけだった。

 けれど彰子たちの話す政宗の姿は『奥州筆頭』という枷のない、等身大であるがままの一人の青年のものだった。そんな政宗の話は成実にはとても興味深く、楽しく、嬉しいものだった。

(殿は絶対彰子ちゃんを還すって言ってたけど……やっぱり残ってほしいな。ホントに彰子ちゃんが殿の妻になってくれたらいいのに)

 そんなふうに思ってしまうほど、彰子たちの話に出てくる政宗の姿は好ましいものだった。

 成実も彰子から話を聞くばかりではなく、話題に合わせて政宗の子供の頃の話もした。それを彰子が楽しそうに、そして何処か嬉しそうに聞くものだから、成実のその思いは余計に強くなった。

 政宗から彰子は一つ年下と聞いていた成実は自分と彰子が同じ歳だと思っていて、それが親近感にも繋がり、彰子たちと話す時間を楽しんでいた。が、そんな楽しい時間を邪魔した者がいた。話題の主がやってきてしまったのだ。

「おい、成実、人のHoneyと何やってんだ」

 自分のいない間に何やってんだと子供っぽいヤキモチを露わにする政宗に成実は苦笑する。こんな政宗を見るのも初めてだ。

「彰子ちゃんの話聞いて、梵の子供の頃の話してあげてただけだよ」

 そう応じれば、フンと鼻を鳴らし政宗は彰子が用意した円座の上に腰を下ろす。

「政宗さん、いきなり如何したの? いつもなら常葉丸くんが先触れにくるのに。あ、もしかして政宗さん、仕事サボってない?」

 彰子の言葉に成実はまた嬉しくなる。彰子の遠慮のない口調もそうだし、内容もだ。いつもなら、というくらいに政宗は彰子の許へ来ているのだ。そして恐らく政宗は何のしがらみもなく、気兼ねもいらない心から寛げる時間を過ごしているのだろう。

「Honey、オレはいつもサボってるわけじゃねーぞ」

「どーだか……」

「殿がもし仕事抜け出したんなら、すぐに小十郎か綱元がここに来てるはずだから、今日は大丈夫なんじゃない?」

 苦笑して成実が助け舟を出せば、

「成実さんがそう言うなら、そうなのかしら」

 と彰子が応じる。これには政宗もムッとしたようだが、口には何も出さなかった。その代わりにゴロリと横になると、彰子の膝枕で寝る体勢に入った。当然膝から追い出された撫子は抗議するが、政宗は撫子を懐に抱き込んで本格的にお昼寝体勢になる。

「っつーか、政宗さん、重いんですけど」

「No problem」

「問題大有りですが」

 彰子も口では抗議しながら、既に諦めている。というよりも政宗がかなりの激務をこなしていることは知っているから大人しく政宗を膝枕しているのだった。

 仕方ないなぁ……そんなふうに苦笑する彰子と愛しい女の膝枕で寛いでいつの間にやら寝息を立てている政宗に、成実は自然と笑みが零れていた。

「如何かしました? 成実さん」

 ニコニコと嬉しそうに笑っている成実に気付き彰子が問いかけると、成実は笑顔のまま応じる。

「梵は彰子ちゃんの傍だと本当にりらっくすするんだね」

 こんなにも寛いで安心した表情で眠っている政宗を見るのは初めてだ。成実──武の成実といわれるほどの猛将であり信頼する側近がいるとはいえ、ここまで政宗が無防備な寝顔を見せるなど、これまでなら有り得ないことだ。それほど、彰子の存在は大きいのだろう。

「私や小十郎や綱元の前でも気楽にはしてるけど、如何しても私たちは家臣だからね。彰子ちゃんがいてくれると殿も心休まるんだろうな」

 成実の心からの言葉に彰子は暫し思案する。同じ歳の政宗は自分では想像もつかないほどの重責を担っている。そして戦国武将として戦いに身を置き──常に命の危険と隣り合わせなのだ。重圧と緊張の中に身を置いているといってもいいだろう。もし、自分がいることが政宗にとって少しでも楽になるのなら、出来る限りのことはしようと思った。

「私といることで政宗さんが少しでも心安らぐなら……時が来るまで傍にいます」

 穏やかな寝顔を政宗の見ながら、彰子は柔らかな声で応えていた。







 そして、そんな二人の姿を見た成実はかつての小十郎と同じように、彰子をこの世界に留める方法がないか探ろうと決めたのだった。