「では、御方様、ごゆるりとお
衛門がそう言って部屋を出て行くと、広い部屋には彰子と雌猫2匹だけが残された。萌葱は『今日は政宗ンとこで寝る。久しぶりだから、男同士色々積もる話もあるしね!』と夕餉の後、部屋を出て行っている。夕餉前にもお城の中を探検して来たらしく、政宗や小十郎たちの部屋の位置も把握したようだ。
「さ、ママ。早く休みましょう。旅の疲れもあることでしょうし」
まるで母親のように真朱は彰子を布団に追い立てる。彰子も入浴を済ませた後、緊張もほぐれた所為か一気にこれまでの疲れが出てしまっているように感じていた。
「そうだね。考えてみればずっと慌しかったし、疲れてるかも」
ずっと精神状態が悪くその所為で体が弱っていたところに政宗がやってきて、翌日には速駆けで甲府行き。4日間の滞在中は一応ゆっくりと出来たことは出来たが、すぐにその後上田に帰り、翌日には奥州へと旅立った。奥州への道中はそれなりにゆったりとしたペースの旅ではあったが、ずっと馬に乗っていたこともあり、どんどん疲れは蓄積していった。
「ママのこれまでから考えて、気が緩んだら熱を出す可能性もありますもの。早めに休んで体力を回復させるのが一番ですわ」
「だよねー。でも、おかーさん、ちゃんとご飯食べてたし、そこまで心配は要らないかなぁ」
横になった彰子の枕元に丸くなりながら、真朱と撫子はそんなことを言う。
「真朱にも撫子にもいっぱい心配かけたね。ごめんね」
上田にいる頃、どれほどこの愛猫たちが気を配って心を砕いてくれていたかを思うと、彰子は心から申し訳なく思う。既にこの猫たちはペットという言葉では表せないほどの存在だ。やはり家族というのが一番ぴったりだと思う。全猫が過保護なくらいの家族だが。
「いいんですのよ、ママ。無事に帰ったら梅が枝餅とミルクプリンと鯛のお刺身を食べさせてくれれば充分ですわ」
「あー、私は鰤の照り焼きと鯖の塩焼きがいいな。あとねー、甘栗」
「了解。帰ったらおデブちゃんになるくらい食べさせてあげる。あ、でも、お魚はこっちのほうがいいかもよ? ほら、三陸近いし、お魚は絶対こっちのほうが美味しそうじゃない? 海だってきれいだし」
「それもそうですわね。早速政宗に命じて、お魚をたっぷり食べさせてもらいましょう」
「うわー、美味しそう~。あ、涎出ちゃった」
「もう、撫子ったら食いしん坊なんだから」
「だって、上田ではお魚あんまり食べられなかったんだもん。内陸だから仕方ないけどさ。ううー、早くお魚食べたーい」
「ちゃんと頼んであげるから、今はまだ我慢しなさい」
クスクスと彰子は笑う。真朱も撫子もすっかりリラックスしているのが判る。こんなにも寛いで安心した表情の猫たちを見るのは、この世界に来てから初めてかもしれない。そして、恐らく自分も同じような表情をしているのだろう。
「うん、おかーさん、絶対お願いしてね! 楽しみ~♪」
「意地汚いですよ、撫子。本当にお前はそういうところも萌葱に似たんですのね」
そんなふうに真朱・撫子とお喋りをしながら、やがて彰子は深い眠りに就いた。その穏やかな安心しきった寝顔を見て、真朱と撫子もホッとしたように顔を見合わせると寝息を立て始めたのだった。
翌日から彰子はこれといって特別何かしなければならないこともなく、日中は手持ち無沙汰を解消する為に上田に着いてからノートにつけていた日記を毛筆で清書することにした。幸村が花嫁道具として揃えてくれた文具の中に、数十枚の白紙を綴じた和綴じ本もあった。如何やらかつて彰子が日記をつけていると言っていたのを幸村は覚えていてくれたらしい。別に書くのは日記ではなくとも良かったのだが、文字を書くことが目的で一々文章を考えるのも面倒だし、かといっていろは歌や覚えている古文などでは文字が限られてくるので、日記の清書は丁度都合も良かった。筆とこの時代の文字に慣れるという意味での作業なのだ。
「しかし、読み返してみると結構ネガってるなぁ……」
筆を置いて、彰子は溜息をつく。日記の内容はストレートでそのときの自分の心情を素直に吐き出しているのだ。還れない焦燥り苛立ち不安。そういったものを文字にすることで発散しようとしていた。けれどそれでも追いつかず、結局政宗が来てくれるまでどんどん心は弱っていったのだが。
「ママは元々そうではありませんの。口では言えないことを文字にして吐き出すところがおありでしたでしょ」
日向で寛ぎながら真朱が応じる。自分のことに関しては口が重いというか言葉にすることを躊躇うのが彰子なのだ。一度口に出したことはもう取り返せない。けれど日記に書いたことなら消してしまえばなかったことに出来る。自分しか見ないのだから。
勿論日記に書いているのはネガティブなことばかりでもない。幸村観察日記というような部分もあれば、お館様敬愛日記もあり、佐助同情日記もある。因みに佐助同情日記と幸村観察日記は内容のエピソードが重なることも多い。
「まぁ、いいんじゃねー? 別に誰かに見せるわけでもねーし」
ふぁーっと欠伸をしながら萌葱も言う。萌葱は猫に戻ってからというもの彰子にべったりくっついている。今も膝の上でこそないものの(当初は膝の上に座っていたが彰子に邪魔だからと降ろされてしまった)、彰子の横に体をくっつけるようにして座っている。
「そうそう。いつか、こんな日もあったなぁって懐かしく思えるよ」
と応じた撫子の言葉に彰子の脳裏で『こんな時代もあったねと』と中島み○きが歌い始めた。
「それもそうだね。これをネガってるって笑えるのも、今は落ち着いて好い状態になってきてる証拠みたいなもんだしね」
今の自分が当時よりもマシな精神状態になっているからこそ、苦笑が漏れるのだ。
「これからは政宗観察日記になるのではありませんの? 今日も政宗が小十郎さんに叱られてたとか、今日の政宗は綱元さんに軟禁されてた、とか」
政宗が聞けば『真朱、お前オレをなんだと思ってるんだ』と文句を言いそうなことを真朱は言う。それには彰子も萌葱も撫子も笑ってしまう。
「でも綱元さんってちょっとイメージと違ったよね」
真朱の言葉に触発され、彰子は先日対面した綱元を思い返した。ゲームやこれまでのドラマ(一番影響が大きいのは当然某国営放送の大河ドラマ)からのイメージと実際の綱元は大きく違っていた。それは成実も同様だ。
そもそもゲームではステージによって容姿が違う(年代まで違う)モブ武将だし、アニメや漫画には名付きキャラとしては出てこない。某大河ドラマでは成実の三浦友和はともかく綱元の村田雄浩は印象に残っていない。なんせ20年以上昔のドラマだ。
ただ、政宗から綱元は『なまじ整った顔をしているから怒ると小十郎より怖い』、成実は『オレとよく似ている』と聞いていたから、ある程度のイメージ修正はしていたのだが、それでも長年抱いていたイメージの影響は大きい。
「そうですわね。綱元さんってお綺麗な顔立ちなさってましたわ」
如何しても無骨な印象を受ける村田さんとはかけ離れている。
「うん、でも表情乏しいっていうか、鉄面皮っていうかー、能面?」
さり気なく酷いことを言う撫子である。
「撫子、言葉に気をつけようね」
彰子は嗜めつつも、撫子の言葉に内心頷いてもいた。よく言えばポーカーフェイスなのかもしれないが、無表情といったほうがしっくり来る。だがそれも『能吏』らしいと思えなくもない。頭脳明晰な怜悧な能吏という言葉がぴったりだ。雰囲気も容姿も。
「なるみちゃんは、政宗をやんちゃにしてチャラくした感じだよねー」
既に猫たちの間では成実は『やんちゃ系チャラ男』というイメージで固定されているらしい。
「彼は人は見かけによらないってタイプじゃないのかなぁ。政宗さんの代理をやれる人なんだからホントにチャラ男じゃないでしょ」
見た目チャラ男は否定していない彰子である。成実なら現代の衣服を着れば渋谷や原宿あたりに違和感なく溶け込みそうな感じがする。
因みに小十郎に関してはイメージによる違和感はあまりなかった。既にゲームやアニメで充分すぎるほど『BASARAの小十郎』を見てきているから、政宗や信玄・謙信と同様に、平成の世のドラマから受けるイメージと、この世界の彼らとは別物だという区別がついているのだ。
「そーいやさ、つなもーとなるみ、かーちゃんのこと『嫋やかで儚げな女性』っつってたぜー」
萌葱の言葉に彰子は危うくお茶を噴き出しかけた。因みにこのお茶は薄茶(抹茶)である。この時代、まだ煎茶は一般的ではないのである。
「まぁ、見る目がありますわね、二人とも」
「いや、目が曇ってるって言うんじゃないの、それ……」
感心したように言う真朱に、即座に撫子が突っ込みを入れる。
「何を言うのです、撫子。ママは嫋やかで……」
反論しようとした真朱はそのまま黙ってしまう。如何やら、やはりその言葉には到底彰子が該当しないことに思い当たったのだろう。
「まー、この前はかーちゃん、猫被ってたからなー。ねーちゃん級の超どデカい猫」
「色々突っ込みたいところですけれど、強ち間違ってはおりませんわね」
「おかーさん、結構人見知りするからね。最初は大人しい人って誤解されがちだよね」
言いたい放題の猫たちだが、彰子も言っている内容が事実なだけに怒るに怒れず苦笑するしかない。綱元や成実の誤解は、この分であれば政宗と萌葱が訂正しているだろうし、これから交流を持つに従って修正されていくだろう。
「ともかく、皆さん、ママのことを好意的に受け入れてくださっているようで安心致しましたわ。政宗のおかげですわね」
しみじみと呟いた真朱の言葉に彰子は心から同意した。これまで読んだ異世界トリップの物語ならば、三傑に警戒されなくなるまでに数話或いは数十話かかる話も多かったのだ。それが出会う前からすんなりと受け容れられていたことは有り難いことだ。すんなりすぎて『ちっとは警戒しろや!!』と突っ込みたくなるくらいに。これも政宗の逆トリップの恩恵といったところだろう。
「そうだね。政宗さんには感謝してもしきれないや。だからせめて、こっちにいる間は少しでも政宗さんの役に立てるように頑張らなきゃね」
彰子は微笑んで猫たちに言う。そんな彰子の言葉に猫たちが『ホントに生真面目なんだから』と少々呆れていたことは秘密だ。
とはいえ、この数日、政宗は忙しいのか、彰子のところへやってくることはなく、小十郎も成実も綱元も来ない。喜多から甲斐との同盟のことで忙しいと聞いているのでそれを不満に思うことはないが、少々寂しい気もしている。だが仕方のないことだ、寂しいと思うのは自分の我が侭なんだと言い聞かせ、そんな自分に彰子は戸惑ってもいた。いつからこんなに自分は寂しがりやになったのだろう。たった数日会っていないだけなのに。元々自分は一人でも平気だったはずなのに、と。
だから、ある意味、政宗が忙しくて顔を合わせないで済むのは有り難くもあった。今の自分が政宗に会ったら、柄にもなく甘えて弱音を言ってしまいそうだ。政宗に励まし慰めてほしくて。そんなのは自分らしくないというのに。
それに第一、今の自分は『政宗の側室』なのだ。政宗の側近と喜多はそれが建前でしかないことは知っているが、他は違う。ことに自分付きとなった衛門と小督などは、政宗が彰子をほったらかしにしていることに少々不満めいた気持ちを持っているらしい。
「御方様のお体を気遣っておいでなのでしょうけれど、少しも顔をお見せくださらないなんて酷いですわ」
「衛門。殿に対してそのようなことを申すではない。殿が御方様を愛しく思うておられることは傍目にもよく判る。だが、まぁ、あまり放っておかれるのもな……」
なんて会話を彰子のいないところでしていたらしいのだ。因みにこれはこっそり聞いていた撫子が教えてくれた。
そんな、当然のこととはいえ、自分を『側室』として見ている侍女たちの前であれば、彰子も側室つまり妻として政宗に対さなくてはならないわけで、『新妻!? 若妻!? どんな顔すりゃいいのよー!!』と戸惑いまくってしまうのである。だから、政宗が顔を見せないのは助かるといえば助かるのだ。
会いたいけれど会いたくない。
自分自身の気持ちと周囲の期待(?)から微妙な心持になっている彰子だった。
(まぁ、政宗さんが来るとしても日中だろうし、そうなると忙しいのがひと段落するまでは来ないだろうから、それまでになんとか対処法考えるか)
きっと政宗の忙しさがひと段落したら、今後のことを打ち合わせる時間も取れるようになるだろう。そのときにどんな『妻』を演じるか相談して決めればいい。それまでには自分の心の整理もついているはずだ。
再会したばかりだから、ついつい甘えたくなる。弱っていたから甘えたくなるだけなのだ。もう少し落ち着けば、いつもの自分に戻るだろう。そうすれば『側室』という立場のお芝居も案外楽しめるかもしれない。そんなふうに彰子は考えた。自分で思っている以上に、政宗に対して依存していることに、彰子はまだ気付いていない。
そして、そんな彰子の考えを『甘いんだよ、ばーか』と笑うかのように、試練はその日の夜にやってきた。
夕餉を終え、入浴も済ませ後は寝るだけとなって寛いでいた彰子の許へ見慣れぬ侍女がやってきた。何処か権高い、彰子より少々年嵩の侍女だった。
「上田御前、殿のお召しにござりまする。すぐに殿のご寝所へと参られませ」
一応彰子に対して頭を垂れてはいるものの態度は慇懃無礼そのものだ。突然やってきた側室を快く思っていないのがありありと判る態度に、猫たちと衛門がムッとする。
当の彰子はといえば突然の『お召し』に内心パニックになっていた。『夜のお召し』っていうことはそれは即ち夜伽……。ええええーーーー!? というところである。
「殿をお待たせするわけには参りませぬ。疾く参られませ。案内仕りまする」
呆然としている彰子を侍女は急かす。慌てて立ち上がった彰子に衛門が袿を着せかけ、己もついていこうとする。が、衛門はその侍女に止められた。
(え、如何いうこと。まさか……ホントに側室!? イヤイヤそんなはずは)
などと未だパニックのまま彰子は侍女の後についていく。やがて政宗の寝所と思しき部屋へと通され、袿と小袖を剥ぎ取られ、
「では、殿のお越しまでお待ちくださいますよう」
侍女はそう言うとさっさと部屋から出て行った。
政宗の寝所には当然ながら布団が一組敷かれているだけだ。
(まさか本当にイタすわけじゃないよね。周りの目があるから呼んだだけだよね。うーん、だったら先に説明しといてよ! 政宗さんが私なんかに欲情するわけないし、大丈夫だよね)
一人悶々と悩んでしまう彰子である。まさかいきなり寝所に呼ばれて単に剥かれるとは思ってもいなかったのだ。単──つまり下着姿と同意だ。
有り得ないと思いつつも状況が状況だけについつい貞操の危機を感じてしまう彰子である。政宗を信じてはいるが、それでも状況が状況だ。もしかしたら天井裏あたりに老臣たちの手の細作が潜んでいて自分たちを監視してるなんてこともあるかもしれない。
そんなことを考えていると、襖が開き、部屋の主が現れた。彰子と同じく単姿の政宗だ。入ってきた政宗にビクッと震えてしまったのは仕方のないことだろう。
「すまねぇな、Honey.いきなり呼んじまって」
「う……ううん! 気にしないで」
政宗の言葉に応じた彰子の声が若干ひっくり返り気味だったことに政宗は苦笑する。
「ほら、寝るぞ。布団に入れ」
びくついている彰子に可笑しさと若干の不満を感じつつ、政宗はさっさと布団に入る。そして隣に入るように彰子を促す。しかし、彰子は根が生えたかのように動かない。
「心配するな。何もしねぇよ。──それともしてほしいのか、Honey?」
「全力でご辞退申し上げますッ」
甘くセクシーな声でそんなことを言うなんて反則だと思いつつ、彰子は即行で拒否する。そして政宗の声が揶揄いの色を含んでいたことに漸く気付く。見れば政宗は面白そうにニヤニヤと笑っている。
「別にさ、同じ布団じゃなくてもいいと思うんだけど」
「側室なんだから仕方ねぇだろ。夜に呼ぶってのはそういうことだって思われるんだからな」
それは判るけど……と思いつつ、彰子としてはやはり抵抗がある。赤の他人の異性──しかも恋人ではない超イケメンと同じ布団に入るのは拙い気がする。
「老臣どもの息のかかった女中もいるんでな。Honeyを呼んでないってのが老臣どもにばれてせっつかれたんだよ。だからこれから先もHoneyはオレと同衾してもらわなきゃならねぇ。安心しな。手は出さねぇよ」
彰子の逡巡も理解出来るが、政宗としても如何しようもないことなのだ。流石に天井裏に細作を張り付かせることは何とか阻止したが、今もこの部屋の様子を遠巻きに幾人かの女中が監視していることだろう。
「うん……まぁ、政宗さんのことは信頼してるから。心配はしてないんだけど」
確かに見張られているとなれば同じ布団に入らなければならないだろう。影で自分たちの位置は外からも判っているだろうし。いや、それは明かりを消してしまえば問題ないだろうが、毎日のように床に寝るとか座ったまま一晩過ごすというのは体がもたない。
だがそれでもやはり恋人以外の同世代の男性と同じ布団に入ることへの抵抗は強い。
「Honey.あんたはオレの姪だろ。いや、兄と妹のほうが近いかもしれねぇな。家族なんだから別にかまやしねぇだろうが」
自分を安心させる為か平成の世での自分たちの建前上の関係を政宗は持ち出し、そんなことを言う。
「兄妹つっても歳は同じなんだけどねぇ」
彰子もまだ幾分冷静にはなっていなかったようで、如何でもいいことに返事をしてしまう。
「Ah? Honeyは18だろ。オレより一つ下じゃねぇか」
「こっちとあっちでは数え方が違うの。こっちふうにいえば私は19歳になるから政宗さんと同じ歳だよ」
「ほう。そりゃ興味深いな。明日にでも教えろ。っつーか、オレは朝が早いんだから睡眠時間削らせるな。さっさと布団に入れ」
ついに政宗は掛け布団(正確には代わりの衾)を持ち上げ彰子を招く。
「うん」
漸く彰子も観念して布団に入る。が、出来るだけ政宗との距離を取り布団の端っこに横たわった。
そんな彰子に政宗は内心舌打ちすると、腕を引き寄せ己の腕の中に彰子を抱き込む。
「ま……政宗さん!?」
「五月蝿ぇ。寒いんだよ、隙間が開くとな。奥州はもう秋なんだ。朝方は冷えるんだよ。大人しく
政宗はそう言って彰子の反論を封じる。季節は既に秋へと入っており、北国の奥州はそれなりに寒くなっているのは事実だった。無論、政宗がそれだけで彰子を抱き寄せたわけではないが。
抱き寄せられた彰子は恋人とは違う香りと逞しい腕に心が騒ぐ。決して政宗の腕が不快ではないことも心を波立たせる。
「お前が忍足の許へ還るまでオレが守ってやるから、お前は何も心配しなくていい」
耳元で囁かれた政宗の声に彰子はハッとして政宗を見上げる。そこには優しい目をした政宗がいた。
「おやすみ、Honey」
政宗は彰子の額にキスを落とすと目を閉じた。眠るという意思表示だ。けれど腕の力は緩まない。彰子を放さないというかのように。
「……おやすみなさい、政宗さん」
苦しいほどの強い力ではないが、振りほどけない腕に包まれたまま、彰子も目を閉じた。
政宗さんは私の嫌がることなんてしない──そんな安心感があった。
この人の傍にいれば、自分は何も心配することはないのだ。全てを預けられる。
心の何処かでそんなことを思いながら彰子は眠りの中に落ちていった。