ぐいぐいと何処かに体が引っ張られるような感触と共に、政宗の周囲の景色が徐々に薄れていく。
(ああ、オレは『還る』んだな)
そう思い、薄れ霞んでいく目の前の愛しい女の姿を眼に焼き付ける。
No matter how much time goes by, I love you.
届かないと判っていても……否、届かないと判っているからこそ、そう呟く。
どれだけの歳月が過ぎ去ろうとも、お前を愛している。
決して告げることの出来ない言葉を。
彰子の姿が完全に消え、周囲が闇に包まれる。そして、一瞬の後、周囲の景色は一変した。
「政宗様!」
「梵!?」
「殿!!」
懐かしい声がする。
「Ha,Crazyだな。一体どうなってやがるんだ」
政宗は自分の状況に呆れた声を出す。トリップ前にいた場所ではなく、行き成り自分の居城の、自分の部屋に戻っていたのだ。目の前にはあるのは彰子の優しげな美しい顔ではなく、強面の守役の驚愕一杯の顔だった。こんな表情滅多に見れるものではない。年下の従弟など、そのまま目が零れ落ちるのではないかというほど大きく目を見開いている。普段から表情変化の乏しい綱元でさえ、僅かに目を見開き珍しく驚きを表情にのせている。
「I'm home.還ったぜ」
政宗は思いがけず出迎えることになった側近たちに、ニヤリと常のふてぶてしい笑顔を向けたのであった。
案の定、政宗の行方不明は内密にされており、伊達三傑と乳母である喜多、黒脛巾組の一部にしか知らされていなかった。
「ようございました。流石に郭に居続けと誤魔化すにしても5日が限度と思うておりましたゆえ」
そう竜の右目と呼ばれる側近は深く息をつきながら言った。そして、自分が行方不明になって今日で3日目だということを知らされだのだ。時の流れが違っていたことに政宗は安堵を覚える。3日なら大勢に影響はなかっただろう。小十郎の胃に穴は開きかけたかもしれないが。
この場にいるのは、政宗の不在を知っていた者だけだ。片倉景綱、伊達成実、鬼庭綱元、喜多、黒脛巾組の頭領の5人が集まっている。
「でも、殿。今まで如何してたのさ」
漸く落ち着いたらしい従弟に問われ、政宗はこれまでの己の1ヶ月を包み隠さず話した。
平成と呼ばれる425年先の世に行っていたこと、しかし、そこは自分たちの未来ではなく、似た世界であったこと。その世界で1ヶ月を過ごしたこと。
そして、そこで出逢った愛しい女のこと。
初めは信じられないといった表情をしていた5人も、政宗が突然何もなかったはずの空間から沸いて出て来た現場を見ているのだから信じざるを得なかった。
「ご無事でようございました。お疲れではございませぬか」
一番最初に衝撃から立ち直ったのは、乳母の喜多だった。意外に女性というものは肝が据わっているのだ、男よりも。
「疲れちゃいねぇさ。それより、仕事溜まってるんだろ。さっさと片付けるぞ」
これからやらなければならないこと、やりたいことは沢山あるのだ。
今日から、新たな一歩を踏み出すのだ。
「忙しくなるぜ。──天下はオレが獲る」
これまで以上に強い力を持った言葉に、家臣たちは目を瞠る。
「民が安心して10年後、20年後を語れる世を創る。その為に天下を獲る。これまで以上に働いてもらうぜ」
政宗は自分の前に座る腹心たちの顔を力強い眼差しで見遣る。
小十郎も成実も綱元も、喜多も頭領も……心が震えるのを感じた。殿は必ず天下を獲られる。そう確信した。
「御意」
5人は居住まいを正し、政宗に頭を垂れた。
約束したからな、彰子。オレは必ず天下を獲るぜ。
二度と会えない愛しい少女に、政宗はそう誓う。
そんな政宗を真昼の月が見つめていた。