俺様vs俺様

「あのさー……絶対かーちゃん怒ると思うぜ」

「No problem.心配すんな、萌葱」

「いや、有問題だって……」

「止めても無駄ですわ、萌葱。政宗も貴様何様俺様野郎ですもの」

「そうそう。パパ、時間の無駄だって」

「Ha! そういうことだ。じゃあ、出かけてくる」

 心配そうな萌葱と呆れ返っている真朱・撫子を残し、政宗は意気揚々と家を出て行く。

 昨晩見せられたウェブサイトの記述を頼りに政宗はバスに乗り込んだ。行き先は確認したし、このバスで問題ないはずだ。バスは目的地のすぐ前に停車すると書いてあったから、そこから迷うこともないだろう。

(オレを見たらどんな顔をするんだろうな、Honeyは。まぁ、萌葱の言うとおり怒るだろうが……)

 怒られるからといって行動を制限する政宗ではない。強面の側近に始終怒られている自分だ。彰子の怒った姿など怖くもない。それどころか可愛くすらある。

 そんなことを考えつつバスに揺られること約15分。車内アナウンスが目的地に着いたことを告げる。

 バスを降り、目的地の正門に政宗は辿り着く。

 ──学校法人 氷帝学園

 煉瓦作りの門には、そう書かれていた。






 昨今の安全管理の厳しい中にあって、政宗は何故か警備員に見咎められることなく学園内に入ることが出来た。余りに堂々とした悪びれない態度と流石一国の主だけはある威風堂々とした威厳が『学園OBなのだろう』と勝手な誤解を与え、不審を持たれなかったのだ。悪いことは堂々とやると不審に思われない──良い子は真似をしないように。

「これが学び舎か……。でけぇな」

 この学園には約6000人近くの『児童・生徒』がいるとウェブサイトには書かれていたのも納得だ。自分の居城もすっぽり入るのではないかという大きさがある。だが、それだけの大きさがありながら、ここは平和な学び舎なのだ。時代と世界が違うとはいえ、その広大な土地の利用方法の差に政宗は一国を治める者として考えさせられる。

(いつか、必ずこういう時代になる。その為の礎をオレは作る)

 決意を新たにしながら、政宗は構内に設置された見取り図を見る。彰子がいるのは『高等部テニスコート』のはず。

 現在地からのルートを確認し、政宗は歩き出した。

 その姿は休日ながらも部活の為に登校していた生徒たちの注目を集める。政宗の格好は至ってラフなものだ。白いTシャツの上から黒いドレスシャツを羽織り、下はジーンズ。初日に彰子が買って来た1000円のアンサンブルと880円のジーンズだ。外出時には眼帯ではなくサングラスを着用。ジーンズの後ろのポケットに財布と猫携帯を突っ込んだだけ。ごくごく普通のにーちゃんのいでたちだ。

 しかし腐っても鯛。超イケメンである。ついでにオーラも放っている華のある容姿だ。フェロモン垂れ流してるといってもいい。そんな政宗が着ていれば、デフレジーンズもお買い得シャツもまるでアルマーニのような品格を醸し出す。恐るべし、イケメンパワー。

 あちらこちらでヒソヒソと好奇心に満ちた囁きが聞こえる。流石に『理解不能生物』と政宗に認識された女子高生とは違い、名門お坊ちゃんお嬢様学校の生徒たちは露骨に政宗に近づいてくることはない。遠巻きに眺めている──見つめているだけだ。とはいえ、傍若無人な好奇心に満ちた視線は気持ちのいいものではない。政宗は不快さを感じ、ジロリと無遠慮な観察者を睨む。しかし、傷をも隠す、色の濃いサングラスを着用している。当然政宗の直に見ていれば震え上がるだろう眼光も隠されてしまっている。よって視線を向けられた相手は単に『目を向けてもらえた』としか認識しなかった。『キャー』と喜んでいるギャラリーは無視することにして、政宗は目的地に向かって再び足を踏み出した。






「……なんか騒がしいね」

「せやな。今日はいつもよりギャラリー少ないはずなんやけど」

 テニスコートで彰子と忍足は騒がしくなったギャラリーを不思議そうに眺める。

 今日は休日であることもあり、練習はレギュラーと準レギュラーの13人だけ。一般部員202名は休みだ。その分彰子の仕事も楽で、コートを駆け回ることなく、ベンチで練習試合のスコアを整理していた。忍足は今は休憩時間である。目の前のコートでは準レギュラーペアとレギュラーのD1ペアが試合をしている。

「……五月蝿いと気が散る。長岡、なんとかしてこい」

 明らかに苛ついた声音で跡部が彰子に言う。部長の厳しい目で目の前の試合を観察し分析しているのに、雑音が酷すぎるのだ。

 常であれば、練習中は選手の気が散らないように静かにしているギャラリーが今日はやたらと五月蝿い。しかし、彼女たちの視線はコートにはなさそうだ。

「なんで、私が……」

「マネージャーだろうが」

 面倒臭いなぁと思いつつも、いつもなら使い走りをしてくれる一般部員がいない為、彰子は仕方ないと立ち上がる。レギュラーや準レギュラーが行こうものならギャラリーが更に五月蝿くなるのは目に見えている。ギャラリーは彼等のファンなのだから。

 スコアブックを忍足に渡すと、彰子はギャラリーの屯するフェンスへと近づいた。そして在り得ないものを見た。

 見たものを脳がはっきりと認識した瞬間、彰子はコートから飛び出し、レギュラ―陣が驚くほどの俊足でギャラリーの雑音の原因の元へと駆けつけた。

「なんでっ! なんでここにいるんですか、政宗さん!!」

 目の前には、近づいてくるギャラリーを鬱陶しそうに追い払っている政宗が立っていた。

「Hey,Honey.見学に来たぜ」

 無駄にいい笑顔で、元凶はそう宣う。

「見学……って……」

 政宗の言葉に頭痛がするのは気の所為ではないだろう。

「そんなに見たかったんなら、もう少し待ってくれればちゃんと許可とって案内したのに……」

「それじゃ、Honeyの驚いた顔が見れねぇだろ」

「だから、Honeyはやめろと何度も……」

 特にここは学校なのだ。人目があるのに。今だってギャラリーは興味津々で自分たちの会話に聞き耳を立てている。まぁ、ある程度の距離は取っているから聞こえないだろうが。聞こえないことを願いたい。

 ずきずきと痛む蟀谷を押えながら、彰子はギャラリーのざわめきが大きくなったことに気付いた。政宗に対するものではなく……これは……。

「……政宗さん、例の設定で紹介しますから」

「I see.Let's party」

 パーティじゃねえよと心の中で突っ込みながら、彰子は意を決して振り返った。案の定、そこには跡部や忍足をはじめとするテニス部のメンバーが揃っていた。

「長岡……一体何やってんだ」

「ごめん。いるはずのない人を見つけて動揺しまくりました」

 部活中に飛び出したのは間違いないから先ず詫びておく。

「えーと……その元凶になった、父方の叔父です」

 妙に畏まってお行儀よく立っている彰子の肩を抱きながら、政宗は現れた10人の男にニヤリと笑った。






 昨晩、彰子は政宗に今後の為にと、『政宗さんは私の父方の叔父ってことにする。父の一番下の弟ね』と設定付けを説明した。政宗の存在を隠し通すことが難しくなった場合は、友人や周囲にそのように説明すると。

 政宗としては何故叔父なのかが疑問ではあった。歳が近いのだから従兄妹のほうが無理のない設定ではないか。

「うーん、歳の近い異性の従兄妹が二人で同居するってのは……ちょっとね。周囲から変な目で見られることもあるし、まぁ、誤解を受けやすいから。でも叔父と姪ならそれはないから」

 この世界のこの時代の日本では三親等以内の親族の婚姻が禁じられているから、叔父と姪であれば一般的には同居していても『保護者と被保護者』と認識されるのだ。仮令歳が近くても。彰子は18歳だから一つしか変わらない(まだ数え年と実年齢の違いを説明していないので、政宗は彰子が年下だと思っている)とはいえ、歳の近い叔父などいくらでもいる。自分の世界では叔父や叔母のほうが年下ということもそれほど珍しいことではない。一方歳の近い従兄妹となれば、変な勘繰りをする輩も出てくるというわけである。

「I see.恋人に誤解されたくねぇってことだな」

 なんとなくムッとしつつ、政宗はそう了承した。

 誤解させてやりたい気もしないではなかったが、それは彰子と恋人の間に波風を立てることになる。自分は何れ元の世界に帰らなくてはならない人間だ。彰子に余計な負担をかけるべきではない。

「うん……まぁ、そういうこと」

 忍足だけではなく、過保護な先輩(今は大学部に在籍している)とか、過保護な親友詩史とか、過保護な俺様跡部とか。他校の過保護な友人仁王とか。彰子が家族と離れていることを知っている、そして確り者に見える彰子が意外に不器用な寂しがり屋であることを知っている友人たちは彰子に対してかなり過保護な心配性なのである。異性と同居などと知られれば、大挙して押しかけ、政宗を自宅に無理やり招いてでも同居を止めさせようとするだろう。親友にそんなことをされたら、政宗の正体がばれかねない。親友の弟はBASARAのヘビーユーザーだ。因みに幸村が好きらしい。

「そいつは面倒だな」

 彰子との同居解消は御免蒙りたい。事情を知らぬ人間の許へ行くこともだが、彰子自身と『還る』以外の同居解消は真っ平だ。彰子の家は居心地がいい。生意気な猫たちも、自分の行動に安全面以外での制限をかけない彰子も政宗は気に入っている。いや、気に入っているどころではなく……。

「OK.確かにHoneyとのsweet lifeを台無しにされるのも御免だしな」

「友達のいるところでは、絶対にHoneyはやめてね。軽口であっても不快に思う人もいるし、それこそ要らぬトラブルの原因になりかねないから」

 既に家庭内では諦めつつある。何度も何度も突っ込みを入れているのに一向に改善されないから。

「I see.Honeyはオレのことを叔父と呼ぶのか?」

「政宗さんって呼ぶわ。別の叔父のことを兄さんって呼んでるし、別に友達も違和感は感じないでしょ。如何見ても政宗さん叔父さんって感じじゃないし」

 ぱっと見とても10代には見えない政宗ではある。20代半ばまでならどの年齢でも通用するだろう。だが、やはり叔父と呼ぶには若い。

 更に週末から同居することになったこと、同居期間は未定であることなどを打ち合わせる。尤も基本的には顔を合わせるようなことは出来るだけ避け、引き合わせる心算もないことを彰子は政宗に説明した。妙に鋭く敏い友人たちだから、政宗の細かな態度や言葉から不審感を持たれかねないからだ。そう説明した彰子に政宗も納得した。──はずだったのだが。






 というわけで、彰子の『叔父』政宗が誕生したのではあるが、まさか早速その設定を利用することになるとは彰子も思っていなかった。念の為の設定を作ってしまったことで、政宗は他者と接触してもOKと判断してしまったのかもしれないと彰子は頭が痛くなる。

 取り敢えず、そのままでは注目を浴びて鬱陶しいということで、政宗を含めた一行は場所を移すことにした。テニス部のレギュラー用部室のロッカールームである。ロッカールームとはいえ、金持ち学校であることもあって、部室はやたらと広く備品も豪華だ。3人掛けのソファが三つと二人掛けのソファが一つ。壁にはレギュラー個人専用のパソコン8台と部管理用のものが置いてある。更には当然ロッカ―もある。それでいて床にはごろ寝出来るほどの余裕もある。

「えーと……改めて紹介しますと……父方の叔父の長岡政宗です」

 二人掛けソファに政宗と並んで座り、彰子はそう紹介する。政宗に視線が集中し、隣の彰子はなんとも居心地が悪い。政宗は意に介さず余裕を見せた顔をしている。

「ってことだ。いつもこいつが世話になってるらしいな」

 隣の彰子の頭をくしゃくしゃと撫でながら政宗は如何にも『叔父です』というように告げる。そんな政宗にある者は好奇心に満ちた目を向け、ある者は品定めをするような鋭くある意味険しい視線を向ける。鋭い視線を向けてくるのは忍足と跡部だ。

 政宗は自分に視線を向けてくる男たちを観察する。確かに跡部は自分と似ているかもしれない。強い覇気と意志を感じさせる男だ。そしてもう一人……長めの黒髪と丸い眼鏡で顔を隠し目を隠しているが、中々に綺麗な顔立ちをした男。彼が彰子の恋人なのだろう。自分を見る目は鋭く値踏みしているようだ。一筋縄ではいかなそうな手強さを感じさせる男だ。政宗の人物鑑定は間違ってはいない。跡部は学園において『キング』と称されるカリスマ性に富んだリーダーであり、忍足は『食わせ者』と言われる策士型の跡部の片腕でもある。

「……で、実は週末からうちで同居することになってたんだけど、なんか予定を早めて来たらしくて……ついでに私を驚かせようと突然学校に来たみたい」

 空気重いなー、不審感バリバリ出してるしなー……なんてことを思いつつ、彰子は言葉を継いだ。

「っていうかさ……跡部、人の叔父をそんな不審者見るような目で見ないでくれない?」

 隣にいる私まで視線が痛いんですけど……。心の中でそう付け加える。まぁ、跡部と忍足のこの警戒心は自分を心配してくれているからこそと理解しているので、あまり強くは言えないのだが。

「人と話すときに、初対面でサングラスで目を隠してるヤツに払う礼儀はねぇよ」

 人と人との対話はまず目を見て話すことから始まる。目を見て話せない奴は信用出来ない。それが跡部の持論だ。目を逸らす、或いは目を隠すというのはそれだけで何か疚しいところがあるといっているようなものだ。これは忍足にも彰子にもほぼ共通している考えだから、跡部の気持ちは判らないでもない。とはいえ、政宗は疚しさから目を隠しているわけではない。

「あのね、政宗さん子供の頃に怪我して傷があるの。だから……」

 別にこのままでもいいでしょうと彰子は続けようとするが、それを遮ったのは政宗だった。

「Oh,Sorry.確かにそれはそうだな。だが、これを外すと醜いもん見せちまうことになるからな。それでもいいか?」

 政宗とて武将として領主として人と接するときにはまず目を見る。自分の視線を受け止めることが出来るかどうかで最初の人物判定を行うのだ。彰子のときもそうだった。彰子は自分の険しく鋭い視線を受け止め、逸らすことなく見つめ返してきた。だからこそ、話を聞く気になったのだ。あのとき彰子が目を逸らしていれば、政宗は彰子を斬っていたかもしれない。いや、そこまでしなくとも、彰子の話を信用はしなかっただろう。最終的に信用せざるを得なかったとしても、ここまで彼女の存在に気を許すことはなかったと断言出来る。

 サングラスを外し、跡部らを正面から見据える。疚しさなど微塵もない。堂々とした意志の強い眼を彼等に向ける。

「彰子の叔父の長岡政宗だ。よろしくな」

 ニヤリと口の端を吊り上げ、笑う。己への自信に満ちた表情だ。それを見て跡部はふっと息をつく。

「失礼しました。テニス部の部長を務める跡部景吾です」

 視線を和らげ、そう自己紹介をする。

「彰子さんにはいつもよく補佐していただいております。私にとって欠くことの出来ない優秀な補佐ですよ、彼女は」

 跡部の口調は完全に改まっている。政宗を認めたということだ。同時に政宗に向けられていたもう一つの険しい視線も幾分穏かなものへと変化する。それに気付いた政宗は今度は彰子の恋人へと顔を向ける。

「副部長の忍足侑士です。彰子さんとはマンションが隣で、お付き合いさせていただいております」

 さり気なく恋人であることも告げる男に、今度は政宗が値踏みするような視線を送る。

「あんたが、ね。オレの可愛いHoneyに見合う男なのか、見極めさせてもらうぜ、Boy」

 だからHoneyは止めろって言っただろー! つーか何気に挑発してないか、政宗さん。何でそんなことしてるんだー!! と彰子は心の中で叫ぶ。

「俺が彰子さんをどれだけ想っているのかは、さして時間もかからずにご理解いただけると思います」

 忍足は政宗の発言を受け止め、一見穏かな口調で応じる。(こえー! こえぇぇよ!! 黒いオ―ラ出てるよ!!)と向日は怯えていたが。

 一通りその後彰子が他のメンバーを紹介し終えた頃には、一応穏かな空気にはなっていた。本当に穏かなのかは微妙だったが。何しろ政宗は未だ彰子の肩を抱いたままで何かといえば『Honey』連呼だし、スキンシップ過剰だし。それに対して忍足は密かに蟀谷に青筋立ててるし。

「でさ、跡部。こうして政宗さんが来ちゃったし、やっぱり合宿パスね」

「ああ……仕方ねぇな」

 互いの紹介もひと段落したところで、彰子は跡部にそう告げ、彼も了承する。それに驚いたのは何も知らなかった忍足だ。

「彰子、参加せぇへんのか!? なんでや」

 折角の4泊5日の小旅行だ。合宿とはいえ、折角24時間猫の邪魔なしに一緒に過ごせるのに。そりゃ他のメンバーもいるからいちゃこら出来ないし、夜だって別々の部屋で大人しく寝るしかないが、やはり一緒に過ごせる意味は大きい。

「仕方ないでしょ。政宗さんの面倒見なきゃいけないし」

「Hey,Honey.オレも聞いてねぇぞ。合宿ってなんだ」

 政宗の質問の意図は『合宿とは如何いうものなのだ』。だが、周囲は『合宿に行くとは如何いうことだ』と捉える。まぁ、無理はない。

「だって政宗さんには言ってないし。行かないから説明する必要もないでしょ」

 どちらの疑問にも応えられる言葉で彰子は応じる。『合宿』が如何いうものなのかは後で説明すればいい。

「ってことで、叔父さんのあれこれやらなきゃいけないから、先に帰るね。コ―トの整備と片付けよろしく」

 これ以上あれこれ聞かれて襤褸が出る前に退散したいと、彰子は辞去の意を告げて立ち上がる。政宗を部室から追い出し、自身もバッグに制服を突っ込みジャージのまま部屋を出る。

「じゃ、また明日ね」

 呆気に取られている部員らにそう告げて、彰子は逃げるように学校を後にした。

 どうせ明日には質問攻めに会うだろう。合宿不参加のこととか、『叔父』の詳しい説明とか。だが、政宗が一緒にいるときに説明するよりはマシなはずだ。政宗がどんなチャチャを入れてくるか判らないし、政宗の態度に不審を抱かれることもない。……その分遠慮なく追及されそうだが。






 帰りのバスの中では彰子はずっと不機嫌だった。それはマンションに戻ってからも継続した。

「だから言ったのにさ。政宗って馬鹿だよなー」

「ホント。これだから男は……」

 プリプリと怒って政宗に文句を言っている彰子と叱られている政宗を見ながら萌葱と撫子は呆れた表情を隠そうともしない。因みに真朱は彰子と共に政宗にお説教をしている。

「ほんっとに驚いたんだからね。すっごい焦ったわよ。何でいるのー! って」

「確かにあのときのHoneyの慌てぶりは凄かったな。Sorry。でも可愛かったぜ」

「反省してないしー!!」

 設定を作ったのがいけなかったのか、それを教えた私の所為なのかと彰子は更に頭が痛くなる。そう、設定を作ったとはいえ、友人たちに『叔父さんが同居してる』と告げるだけにする予定だったのに。本当に紹介することになるとは思っていなかったし、紹介する心算もなかったのに。

「Honeyの学校を見てみたかったし、信頼している仲間ってのにも会ってみたかった。だが、彰子に余計な負担をかけちまったな。済まない」

 頭を抱える彰子に政宗は殊勝にそう詫びる。

「……ま、もういいよ。仕方ないし」

 反省の色を見せた政宗に彰子も苦笑し、これでこの話は終了ということにする。心配していたゲーム大好きな慈郎や向日にも政宗の正体が気付かれることもなかったし良しとするかと。というか、そもそもゲ―ムキャラが現実にいるとは思わないから正体が気付かれることなどないのだが。精々『似てるなー』と思われる程度で。

「ところで、『合宿』ってのはなんなんだ?」

「ああ、説明してなかったね」

 改めて彰子は合宿についての説明をする。泊り込んで1日中テニスをするのだということ、土曜から4泊5日の予定で、彰子も世話係として参加する予定だったこと。

「そうか、オレの所為で予定をcancelしなきゃならなかったんだな。Sorry」

「いいよ、仕方ないことだもん。政宗さん一人にしていくのも心配で、合宿に集中出来ないだろうしね」

 そう屈託なく微笑む彰子に政宗は尚更申し訳なく思う。テニス部というものを彰子が大切に思っているのは日頃の彰子を見ていれば容易に判ることだ。そのテニス部の合宿──

「……彰子、テニス部の合宿には誰が参加する予定だったんだ?」

 突然の政宗の質問に彰子は意図が判らず首を傾げる。

「えっと、さっき会った10人と、他校から20人くらいかな」

「……全部男か?」

「うん。男子テニス部だし」

「…………世話役は彰子一人だと言ってたな」

「そうだね。マネージャーいるの、うちだけだし」

 彰子の返答のたびに、政宗の隠れた蟀谷にピキピキと青筋が立っていった。

「彰子、ここに座れ」

 低くドスの効いた声で政宗は自分の目の前の床を示す。

「は?」

「座れ」

「……はい」

 訳が判らぬまま、彰子は言われたとおりに政宗の前に正座する。

「てめぇはもっと危機感を持てッ。歳の近い野郎ども30人と泊り込みだと!? 女一人でか!!」

「はぁ……!?」

「オレが言うことじゃねぇが、オレたちの年代はヤりたい盛りなんだぞ。判ってんのか」

「いや、だって、今までも……」

「だってじゃねぇ! てめぇは女であいつらは男だ。何が起こってもおかしくねぇんだよ!!」

「いや、その、別に彼らは女に不自由してないし……」

「そういう問題じゃねぇ! てめぇの危機感のなさが問題なんだ」

「もっと言っておやりなさい、政宗。こればかりはわたくしも同感です」

「いや、それは大丈夫じゃね? 忍足がついてんだし、忍足が守るじゃん」

「それに、皆、おか―さんのこと女と思ってないしね」

「お黙りなさい、萌葱、撫子。これはママの女性としての危機感のなさを改めていただくいい機会です」

「いいか、彰子。てめぇは女なんだってこともっと自覚しろ」

「はぁ……」

「はぁ、ではありませんことよ、ママ!」

 なんで私は政宗と真朱に説教されてるんだろう……ちゃんと合宿のときには部屋割りとか、配慮してるのになぁ。私の部屋はちゃんと鍵が掛かる部屋にしてもらってるし……と彰子は溜息をつく。

「聞いてんのか!」

「はいッ」

 延々と危機感がないだの、女の自覚を持てだの、彰子は説教されることになった。

 それは

「でもね、危機感を持ってたら、政宗を同居させなかったと思うんだけど?」

 という、撫子の冷静な突込みが入るまで続いたのだった。