政宗がトリップして来てから5日目がやってきた。
いつも通り政宗は日が昇った頃に起き、彰子と挨拶を交わし鍛錬へと出かける。初日には萌葱が付き添っていたが、2日目──昨日からは一人だ。
彰子に教えてもらった公園で四半刻ほどランニングをし、それから竹刀を振るう。彰子によって購ってもらった竹刀は重さも握りも丁度よく、手によく馴染む。決して安いものではなかったが、彰子は文句一つ言わずあっさりとこの竹刀を購入してくれた。
今自分が身に纏っているもの全て、自分の衣食住の全てが彰子に与えられたものだ。自分の身体以外、全てが彰子によって与えられたもの。しかも、彰子はそれに対して何の見返りも求めず、至極あっさりと『拾ったワンコの世話はちゃんと最後までしないと。あ、政宗さんはワンコというよりはニャンコだね』と言ったのだ。勿論、ワンコ&ニャンコ扱いには厳重注意をしておいたが、それも彰子流の心遣いであることは政宗も理解している。
自分が彰子に経済的に頼り切っていることを申し訳なく思っていると、そのことを彰子は気にする。彰子が全くの善意で自分の面倒を見てくれていることは理解している。政宗が『済まない』『申し訳ない』と言うたびに、彰子の柳眉が寄せられるのだ。己が卑屈になればその彰子の善意を汚すような気がして、彰子がお金を使うことに関しては『Sorry』という言葉を封じ、感謝の意を示すようにした。そうすると彰子は微かに笑いつつ『どういたしまして』と言うのだ。
政宗は城主だ。常に回りに人がいて自分に奉仕してくれる。趣味で厨に立つことはあるが、基本的に衣食住全て他人が世話をする。だが、彼らがそうするのはそれが仕事だからだ。彼らには己に仕えることで俸給を与えている。中には俸給以上の働きをする者もあるし、主君と臣下という垣根を越えた心の交流を持つ者もいる。けれど、基本的に『雇用主』と『被雇用者』の関係であることに変わりはない。
だが、彰子は違う。彰子は政宗に仕えているわけではない。完全に無償で自分の面倒を見てくれている。不本意ながら……というのでもなく、突然やって来た自分という厄介事を『政宗さんが悪いわけでもないしね』と当然のように受け容れてくれている。
「変な女だぜ……」
そう呟いてはみるものの、それが嫌なわけではない。この時代の女全てが彰子のようにあっさりとしているのかと思えば、テレビドラマという絵芝居を見ればそうでもないことが判る。真朱も『多分、ママは18歳の女子高校生としてはかなり変わっていると思いますわ。考え方が大人びていますし、割り切りも早いですし』と言っていた。確かに女子高生というものは、もっと姦しいものだと政宗は思う。
つい昨日、暇だからと夕刻に(萌葱も連れて行けと言ったので抱っこして)散歩に出かけた先で、政宗は『女子高生』という生き物に囲まれた。所謂逆ナンである。年の頃は彰子とそう変わらないだろうに、同じ生物かと疑問を抱くほど喧しいものだった。言っている言葉もかなり意味不明だった。一瞬異国人かと思った。しかし、片言で喋る宣教師たちのほうが余程意味が通じる。
女子高生にしてみれば、サングラスをかけた超イケメンが愛らしい猫を抱っこしている姿もツボだったらしく、テンションがあがったのだろうが、そんな事情は政宗の知ったことではない。余りの姦しさに普段は愛想のいい萌葱ですら唸るほどだった。
自分の都合も鑑みず、何処ぞへと行こうと五月蝿く迫ってくる無遠慮な慮外者に政宗は危うく切れそうになった。『お前が面倒起こすとかーちゃんが責任取らされるんだからな』と、政宗の怒りに気付いた萌葱がそっと耳打ちしてくれたことによって、政宗は低くドスの聞いた声で『うるせぇ、失せろ』と言うに留めることが出来た。戦国武将である政宗のド迫力は現代の女子高生には殺気を向けられるに等しく、慌てて逃げていったのだ。尤も『ちょっとくらいカッコイイからって頭に乗ってんじゃねーよ』と捨て台詞も残していったが。
「ああいうのが全部じゃねーぞ。かーちゃんみたいなのもいるし、かーちゃんの友達だってああじゃねぇからな」
萌葱がそう言ってこの時代の女子高生全般の擁護発言をしたが、政宗にとって『女子高生』という生物は忌避すべき対象として決定付けられていた。
ともあれ、彰子はやはりこの時代の感覚からしても『変』らしいと政宗は結論付けた。彰子が聞けば反論しまくりだろうが。同世代に比べて少々落ち着いている、気持ちの切り替えが早い性格だというに過ぎない。それも、それなりに社会経験のある元30代会社員なのだから、当然といえば当然であり、『変』といわれるほどのものでもない。実際に学校の友人たちとはそれなりにワーワーキャーキャー騒ぐことはある。例えば某ゲーム画面を見ながら『これありえねぇぇぇぇぇぇ』とか『おやかたさまぁぁぁぁぁぁ』とか。『こじゅって絶対893よね!』『でもかっこいいー』『シブイッ。大人の魅力よーーー』とか。つまりTPOを弁えてるだけの話で、根は結構ミーハー(死語)なところもあるのだ。
一通りの鍛錬を終え、マンションへと戻る。これもまた彰子に与えられた腕時計を見れば時間は7時を過ぎたあたり。政宗の時代風にいえば卯の下刻。『時計』というカラクリは政宗の時代にもある。南蛮から渡ってきたものだ。しかし、南蛮渡来品であるから高価なものでもあり、政宗も南蛮の商人から献上されたものが一つ自室に置いてあるだけだ。こんなにも小さく携帯が出来る時計などはない。それだけこの時代は技術が進んでいるのだと政宗は感動したものだ。自分たちの世界も400年経てばこれほどの発達を遂げるのだろうか。
「科学技術は、残念なことに戦争がその躍進のきっかけになることも多いわ。でも、それが継続的に発展する為には平和であることが重要なの。少なくとも自国内で戦争がないからこそ、技術の蓄積が出来るんだもの」
そう彰子が言っていたことを思い出す。この世界では徳川によって260年もの平和な時代が訪れた。その期間に様々な文化が花開いたという。その文化は南蛮の芸術にも影響を齎したほどだと彰子は言った。今の技術は徳川の世が終わってから発展したものだとも言っていたが……。
技術の発達も文化の成熟も、戦いのある世では難しい。今、自分たちの世界は戦国乱世だ。一部の地域──京などではそれなりの文化はある。しかしそれは新たな文化が花開いたわけでもなく、歴史の蓄積の中で培われたものを受け継いでいるに過ぎない。とはいえ、受け継ぐことが出来るのも、京の都そのものが帝への配慮から合戦場とはなっておらず、文化を伝承している公家が保護されているからこそ為し得ているものだ。文化を継承する一部の者は戦乱の世にあっても戦いとは無縁であるべく保護されているのだろう。
しかし、それ以外の地域──自国やその周囲を見渡しても、『文化』といえるものはない。それを持ち、育てる余裕がないのだ。まずは生きること、国を守ること。それをしなければならない。領民は生きることに必死だ。城下町ではお膝元ということもありそれなりの発展もしているが、一歩外に出れば、その日を、その年を生き延びることに必死なのだ。作物を育て、税を納める。多少の余剰があれば念の為に蓄えておく。しかし、実際には蓄えるのではなく、余剰分は兵を養う為に徴収されることのほうが多い。自国や近隣の甲斐・越後はこの時代にあっては仁政を敷いており、年貢の中から兵糧を賄っているし、領民からは相場に応じた価格で買い上げるという方針を採っている。しかし、中には余剰分どころか、領民が生きるに必要な分まで兵糧を全て領民に負担させる国もある。
このままでは日ノ本全てが痩せ細っていく。この豊かな世界を見て、政宗は改めてそう実感した。文化を成熟させるとか技術を発達させる以前の状態なのだ、自分たちの世界は。このままでは自分たちの日ノ本は領民が──何の力もない無辜の民、そして一番の国を支える基盤が疲弊し、潰れてしまう。
政宗は天下統一に名乗りを上げている。一族の悲願でもあった仙道七郡を手に入れ、その勢いを駆って奥州を掌握した。政宗の覇気はそれでは満足せず、時代の潮流に乗るように天下を目指した。仙道七郡を手に入れる為の戦いは物心ついたときから当たり前のように受け止めていた。一族の悲願──仙道七郡を奪回することが伊達家の全てといっても過言ではないほど。だから、戦いに出ること──戦を起こすことを疑問に思うことはなかった。自軍が戦をすることによって民に負担が掛かることは判っていた。民が疲弊すれば軍も弱体化する。それが判っていたから民に篤い政を行った。戦いに疑問を持たず、民が兵を養うことを当然と思っていた。
だが……密かに政宗の中で疑問は芽生えていた。オレは如何して天下統一を目指しているのだろう、と。己の野望の為に兵を戦いに向かわせるのは果たして是なのか非なのか。ただ、何の理想もなく信念もなく、時代に流され天下を目指しているのではないか。
その疑問が政宗の覇気を削いでいたのは事実だ。戦で民が疲れているから──そう理由をつけて戦を起こさなかった。側近たちはそれも事実であり、国力を充実させることは害になるどころか利であることもあり、反対はしなかった。
自分が軟弱になった気がしていた。奥州を統一しただけで満足する小者なのかと唾棄したくなった。けれど、何故天下統一を成し遂げたいのか、それが判らなくなった。それまで政宗にとって天下統一は目標であった。目的ではなかったのだ。天下を統一することによって、日ノ本を如何したいのか。天下を統一することによって日ノ本が如何なるのか。それをこれまで考えてこなかったのだ。それは政宗が本気で天下統一を見据えたがゆえに沸いた疑問だった。
考える時間が欲しかった。奥州を離れ、誰も居ないところで、自分が何を為したいのか、それを考えたかった。
「戦のない、豊かな世界か。戦国乱世を経て……泰平の世となった世界」
この世界に自分が落とされたことは大きな意味があるのかもしれない。ここで自分はこれから如何すべきなのか、その指針を見つけられるかもしれない。政宗はそんな予感を抱いていた。
彰子の家に戻ると、既に彰子は学校へ出かけた後だった。帰宅した政宗を猫たちが出迎え、何事もなく無事に戻ってきた政宗の姿に安心したかのようにまた部屋の中へ戻る。この猫たちは自分の保護者の心算でいるらしい。確かに換算年齢からいえば、自分よりも年上になるのだろうが、相手は猫だ。生意気なことこの上もない。そんな猫たちに苦笑しつつ、政宗はキッチンへと入る。
テーブルの上にはいつものように彰子の書いたメモがある。
『おかえりなさい。昼食は冷蔵庫の中。お昼になったらチンして食べてください。帰宅はいつも通り八時前後の予定。外出するときは、戸締りと消灯、ガスの確認を忘れずに』
といつもと同じ内容が書かれている。書かれている文字は女性らしい柔らかさをもった美しいものだ。書はその人を表すといい、自分たちの時代では手蹟の美しさ、力強さは人格判断の重要な基準ともなる。汚い文字はそれだけで侮られるのだ。政宗も幼い頃から厳しく手習いを指導され、今では『雄々しく美しい
そして、その字体そのものは自分たちの時代とさして変わりはない。普段の彰子の文字とは違う。普段は書物にも使われている活字と同じような文字を書く。それは楷書体という文字であり、政宗宛のメモは草書体という字体なのだと彰子は言った。この時代では普段の生活ではほぼ楷書しか使わないらしい。だが、敢えて彰子は政宗へのメモにはこの草書で書いてくれている。完全に政宗の時代とは同じではないが、近い方が読みやすいだろうからと。
必要のないメモを態々残していくことといい、字体といい、彰子の心遣いに政宗は胸が温かくなる。さり気ない、それでいて細やかな気遣いが心地いい。
「……メシを食い終わったら、Studyを頑張ってる彰子の為に、掃除して美味い飯を作るか」
彰子の心遣いに応えるべく、今日も家事に精を出す筆頭なのである。
「ほう、明日は学校はないのか。だが、平日ってやつじゃねぇのか? 木曜だろ」
「そこまで理解してるのね。凄いな、政宗さん。……で、そこでEnterを押すの」
彰子が学校から帰宅し、政宗作の夕食を終え、入浴も済ませ、二人は彰子の寝室にいる。ついでに猫たちもベッドの上で思い思いに寛いでいる。政宗と彰子が何をしているかといえば、政宗にパソコンの操作を教えているのだ。
何しろ好奇心の塊の政宗である。テレビを見たり、散歩に出た町並みの中で見たり聞いたりしたことをメモし、毎日のように彰子に尋ねてくる。とはいえ、彰子は全ての質問に答えられるわけでもなく、また応える時間もない。午後8時過ぎに帰宅し、食事・入浴をし、更には翌日の授業の予習もしなくてはならない。滅多に宿題は出ないが、復習とて欠かせない。なんせ、彰子が通う高校は名門私立である。授業のレベルはかなり高い。部活もあるから朝は5時には起きる為、遅くとも日付が変わる前には布団に入らなければならず、勉強時間は限られている。
ついでにいえば、一人であれば『ながら飯』も出来るのだ。行儀が悪いと判ってはいるが、ノートの見直しでの復習をしつつ夕食を摂るというような。実際にこれまではそうしていて、時間の有効利用をしていた。しかし、今は政宗がいる為、それは出来ない。会話をしながらの食事になる。
更にその上、本来なら勉強時間にあてるはずの時間を政宗に割かれてしまっては、自分の学習が出来なくなる。何も成績第一主義ではない。しかしながら、入学以来常にトップを貴様何様俺様野郎な跡部と争っている彰子であり、何気に負けず嫌いなところがある。跡部には負けたくないのだ。普段の部活や生徒会活動(跡部は生徒会長でもある)で彼に散々振り回されている彰子にしてみれば、テストの成績くらい彼の上に立ちたいと思ったとしても無理はないだろう。
そんなわけで、自分の疑問は自分で解決出来るように、パソコン──ネットの使い方を教えることにしたのだ。つまり『ggr』というわけだ。月曜の時点で『勉強時間が削られる』可能性に気付いた彰子は、昨日の内に自分のパソコンにフィルタリングをかけている。幸い今日水曜の授業は7時間の内4時間が芸術・体育・家庭科・LHRといった予習の必要のないものであったこともあり、昨日全ての作業を終えることが出来たのである。政宗のユーザーIDを作り、見られては困るファイルにはアクセス出来ないように設定し、ネットでも『戦国BASARA』関連のウェブサイトにはアクセス出来ないようにした。ついでに検索時にBASARA関連のサイトがヒットしても検索結果に表示されないようにもした。
その上で、こうしてパソコンの使い方を教えているのである。
「Enterだな。……Oh、確かに表示されたな」
求める単語を検索することが出来て政宗は喜んでいる。因みに入力は両手の人差し指だけの覚束ないものになっているのは仕方ない。ついでにいえば、入力はかな入力だ。政宗の時代にはまだローマ字は日本で確立されてはいないのだ。
「そう。木曜は普通は平日だから、学校なんだけど、明日は祝日なの。祝日は日曜と同じ休日だから、お休みになるわけ」
更に検索結果の見方を説明しつつ、彰子は答える。
「とはいえ、部活はあるから、午前中……8時から12時くらいまでは学校に行くけどね」
都大会に向けての練習があるから完全オフではないが、それでも休日には変わりない。いつもよりも出かける時間も遅くていい。だから、今日は彰子も精神的に余裕があり、のんびりと政宗にパソコンとネットの使い方を教えることが出来るのだが。
彰子が休日ということは1日中家にいるのだろうと思っていた政宗は、そうではないことを何故か残念に思った。その自分の心情に気付いた政宗はそれ自体を不快に感じた。何故、そう思うのか。まるで寂しがる子供のようではないかと。
「学校──か。学問所は見てみてぇな。民に勉学させるのは悪いことじゃねぇ。いつか世が落ち着いたら、オレも民が自由に学べるところを作ってやりたい」
世の中が平和な世になったら──否。平和な世にしたら。
この世界のように豊かな穏かな世になるように、民にも出来る限りのことをしてやりたい。そう政宗は自然に願っていた。
「そうね……。識字率を上げるだけでも、政だって随分遣り易くなると思うわ。お布令が誤解なく、途中で捻じ曲がることなく民に行き渡るだろうし」
学校を見てみたいという政宗の要望に答えるのは難しいかもしれない。案内するにしても政宗のことを未だ隠している状態では、かなり難しいだろう。
「学校そのものを見せることは今すぐには無理だけど……」
ふと思いついて、彰子キーボードを自分の方に向けると検索バーに自校の名前と入力し、自校のウェブサイトを表示させる。政宗のIDでログオンしている為、お気に入りに入っていないのだ。キーボードの位置を戻し、彰子は開いたページの説明をする。
「ここが私の通う学校を紹介するウェブサイトよ。如何いった歴史を持つ学校なのか、如何いう教育方針なのか、どんなカリキュラムがあるのか。そういったことを説明してあるわ」
「これがHoneyが通っている学問所か」
政宗は興味津々でページを読み進める。沿革、教育理念、学校紹介。高等部の紹介のページには彰子の写真もあった。『高等部生徒会副会長』と書かれている。同じページには『高等部生徒会会長』として1人の男の写真も並べられている。
「Honeyがいるな。学問所で何かやってるのか?」
「もういい加減突っ込むの飽きたんだけど、ハニーはやめれ。生徒会っていう生徒の自治組織があるの。そこの纏め役が会長で、私はその補佐をしてるんだ。まぁ、こいつは部活でも部長っていう纏め役をやってて、そっちでも私は補佐役になってるんだけどね。そういえば、少し政宗さんと似てるところあるかもしれない」
俺様なところもそうだが、強いカリスマ性をもっていることも、懐が深いところも。ついでに無駄に美形なところも。
「ほう……オレに似てる……ねぇ」
確かに写真で見る生徒会長とやらは意志の強そうな眼をしている。己に自信を持っていることも表情から判る。彰子の口ぶりからこの男を信頼していることは判るから、恐らく人間的にも信頼出来る男なのだろう。──彰子が信頼する男がいる。それが何処か面白くなかった。
「オレと似てるんであれば、さぞかしNice Guyなんだろうな」
「そういう、変に自信たっぷりなところとかよく似てるよ」
クスクスと彰子は笑いながら応じる。
「で、こいつがHoneyのLoverなのか?」
「はぁ!? 跡部が? 冗談じゃないわ。確かにこいつは客観的にはいい男だし、性格だって人柄だって悪くはない。けど、私は絶対こいつと恋人なんてなりたくないや」
跡部は飽くまでも友人。とても大切な仲間であり友人だ。信頼しているし、好意はあるが、それは恋愛ではない。恋愛関係にするには勿体無いと思うような、友人関係だ。
「なんだ、オレに似た好い男だなんていうから、てっきりそうかと思ったぜ」
こいつではないのか……では、彰子の『恋人』とやらは一体どんな男なのか。
「ちょっと待て。政宗さんに似てるとは言ったけど、どっちも好い男なんて言ってないし」
「オレがNice Guyじゃないとでも?」
「イヤ、政宗さんはないすがいです。はい」
「なんで棒読みなんだ」
「気の所為です、筆頭。さて、私は勉強するから、政宗さんは好きにネットしてて」
弄られそうな気配に彰子はさっさと戦略的撤退をすることにした。葵の御紋よろしく『勉強する』という言葉を出せば、政宗も追及はしてこない。『勉強』が『学生』である彰子にとって大切なものであることは政宗も理解しているのだ。
彰子はパソコンデスクとは別の勉強机に向かい、金曜の予習を始めたのだった。