嫉妬(忍足視点)

 彰子ちゃん……いや、彰子に猫を渡して、部屋を出る。

 ごっつう喜んでくれとったなぁ……。部屋を出るときに、改めて礼を言った彰子。あれは色んな意味が含まれとったように感じる。やっぱ、彰子にはかなわんなぁ……。あの笑顔に心が温かくなると同時に、それだけやない、どす黒いもんも、むくむくと頭を擡げてくる。

「悪人面になってるぞ、忍足」

「景ちゃんに言われたないわ」

 ニヤリと笑いながら跡部は当然のように俺の部屋へと入る。さっさとリビングを抜けキッチンに入るや、冷蔵庫からハイネケンを取り出し1本を俺に放り投げる。未成年やけど……まぁ、ビールくらいは飲むよってな。

 俺の対面のソファに座り、携帯を取り出す跡部。因みに俺はカーペットの上に直に座っとる。

「ああ、俺だ。今日は泊まるから、明日6時に迎えに来てくれ。面倒を掛けるが頼んだぞ」

 どうやら、運転手にかけとるらしい。何も言わんとお泊りかいな。……伊達に親友やってへんな。鋭いわ。ま……照れるよってお互い親友やなんて言わへんけど。

「で。仁王がそんなに気になるのか」

 確りばれとるし。

「電話……聞こえてたやろ」

 溜息混じりに告げる。

 帰る直前、彰子に掛かってきた電話。立海の仁王雅治からの電話やった。結構彰子は携帯の受話器音量を上げていて、その所為か仁王の声は耳を澄ませばある程度は聞こえてた。それに、彰子が俺らが来とることを告げとったから、仁王も何か含むところがあったんやろう、態と聞こえるように話しとったように思う。

 そして……『彰子』と呼んどった……。彰子も何も言うてへんかったから、恐らく普段から仁王は彰子を呼び捨てにしてたんやな。

 ……それがかなりショックやった。そもそも、俺は彰子が仁王と知り合っていることすら知らんかった。彰子に俺の知らへん交友関係が出来とるなんて、思ってもみんかった。

 別に……全部を報告して欲しいなんて思うてたわけやないはずなんやけど……。せやけど、俺が知らん間に友達が……しかも毎日のようにメールや電話をするほど親しい友達がいてたなんて、ショックやった。

 彰子に友達が出来るんはええことやと思う。それが、女友達やったら、「よかったなぁ」って後からは言えた思う。教えてくれてへんかったんは寂しいけどな。まぁ、彰子はテニス部の戦績なんかも調べとったから、立海がライバル校やからと気ィ遣うて言わへんかったんやと思うねんけど。

 でも……その『友達』が仁王だと知ったとき。思うてもみぃひんかった独占欲と嫉妬が俺の胸に湧き上がったんや。ジローが彰子に抱きつこうとすることや跡部が彰子と2人きりで打ち合わせしてたことも面白うはなかったけど、そんなんどうでもええとさえ思うた。仁王が『彰子』と呼び捨てるのを聞いてしまった今となっては……。

「仁王、長岡を呼び捨てにしてたな。それが気に食わねぇのか」

「気に食わん言うか……まぁ、そうなんやろな」

 俺かて『彰子ちゃん』やし……。

 けどな、例えば同じ立海でも丸井や桑原、或いは真田や柳生やったらこないに気にならんと思うんや。仁王……言うのがな。テニス部同士、何度か対戦したことはある。今年度の公式戦は対戦してへんけど、立海と氷帝はそれなりに練習試合もやるしな。合同合宿なんかも、何回かはあったし。せやから、ある程度俺らも向こうもお互いのことを知っとる。

 仁王は……俺と似たタイプやと思う。食わせ者と言われるところも、心をみせんところも。あいつも俺もある意味胡散臭いと言わとるからな。それに、あいつが結構女遊びしとることも知っとるし。

 その仁王が、彰子の『友達』……。彰子の性格からして、自分から近づいたとは思えへんし、となると仁王から接近したんやろう。仁王が純粋に友達として彰子に接近するとは思えへん。

 俺もそうやけど、仁王は滅多に本心を見せん。それは他人に対して用心深く信用しないっちゅーことや。仁王が信頼するのはテニス部のレギュラー陣くらいなもんやろう。これも恐らく俺と同じや。

「仁王はともかく、長岡は仁王に友情以外は感じてねぇだろ。惚れられてることも気づいてねぇぞ」

 それは解る。彰子は結構好意に鈍感というか……。友情による好意と恋愛による好意を区別出来てへんと言う感じやな。

「それは俺も解ってんねん……。俺の気持ちかて気づいてへんからな」

 結構俺好き好きオーラだしてるんやないかと思うんやけどなぁ。跡部には即バレとるし。俺が今日不機嫌やったんも、ヤキモチやいとるなんて思いもしてへんやろ。

「長岡に近いのはお前だし、仁王はそうそう長岡に会えるわけでもねぇ。お前の方が有利じゃねぇのか」

 励ましてくれとるらしい。

「ま……せやな。近すぎる気ぃもするけど、遠くにいてるよりは有利やな」

 俺かて彰子は男として意識してへん気がする。いい人やりすぎたかも知れんなぁ……。けど、彰子を守りたい、泣かせとうない。それは紛れもなく俺の本心やし。

 彰子が楽しく学生生活を送れるようにしてやりたいと思うたし、友達作るのが下手やという彰子のためにも協力したろうと思うのも本心からの思いやし。

「彰子相手やし……焦りは禁物やなぁ……」

 鈍感やし。それに……彰子が俺に友情以上の感情を持ってない状態で俺の気持ちに気づいたら。彰子は俺から離れるんやないかと思う。俺と同じ想いを返せへんから。

 そうなったら……彰子は今一番頼っとる『忍足侑士』という友達を失うことになってしまう。そして、俺を介して知り合った跡部たちとも距離をとるかもしれへん。彰子は不器用やから。真面目やから。そして優しいから。

「長期戦覚悟やなぁ」

 苦笑が漏れる。

「仕方ねぇだろ。相手は長岡だ」

 跡部も苦笑する。

「学校入ったらもてそうやしなぁ……」

 あれだけの美少女やで。しかも性格かて悪うない。頭はええけど堅物でもあらへんし、冷静かと思えば可愛らしいところもあるし。

「学内は心配いらねぇだろ。お前と俺が側にいてテニス部がついていて、それを相手に長岡に手ぇ出す野郎はいねぇだろ」

 まぁ……そうかもしれへんなぁ。跡部は氷帝のキングやし、俺かて一般的な評価は頭脳明晰スポーツ万能眉目秀麗の完璧少年や。テニス部は氷帝において別格扱いやしな。それを敵に回してまで彰子の恋人になろうとする奴はいてへんやろ。寧ろ、それでもという奴なら、彰子がそいつを好きになったんやったら俺らは味方になるな(俺は嫉妬しまくるやろうけど)。俺らを敵に回してもというくらいなら骨のある奴やし、それだけ本気で彰子を好きなんやろうから。

「学内で心配なんは跡部やな」

 既にかなり彰子に興味持ってるし。跡部が彰子に惚れたら……それはそれで別に構わんのやないかと思うてる。こいつのことはよう知っとるし、姑息なことは絶対せん奴やし。彰子が跡部に惚れてもうたら……まぁ、ショックやろうけど、応援出来るんやないかと思う。その程度には俺は跡部を認めとるし、信頼もしとる。

「現段階では、興味だな。惚れるとこまではいってねぇが……将来的には解らねぇぞ」

 堂々とこういう事を言うから、信頼出来るんやな。

「ま、そんときはそんときや」

 負ける気あらへんけどな。




「それはそうと、高等部に入ってからのことなんだがな」

 と跡部は話題を変える。いや、彰子絡みであることに変わりはあらへんのやけど。

「長岡とお前は同じクラスだ」

「あ、やっぱそうなるか」

 うちの高等部は学年末と外部受験者の成績を順番に並べ、上位60人を2クラスに分ける。で、1・3・5位……という奇数順位はA組、2・4・6位……という偶数順位がB組になるんや。純粋に成績順やから男女比は1:1にはならへんのやけどな。今回の成績は恐らく彰子がトップや。498点やっていうし。在校生では跡部が1位やろ。

「教師に探りを入れたら、あっさり教えてくれた」

 いや、お前の存在そのものが十分に教師に対して威圧になっとるから。ま、それによれば、総合順位は彰子が1位、跡部が2位、俺が3位やったらしい。予想通りか。

 これでクラスも一緒、部活も一緒、住むところもほぼ一緒。一緒にいてへん時間は僅かやな。その有利な条件をどれだけ活かせるかが勝負やなぁ。

「因みに、高等部に入って即、また俺が生徒会長とテニス部部長だ」

 言わんでも判りきっとることやん。

「……もしかして、副会長に彰子指名する気か?」

「マネージャーの能力次第だな」

 どれだけマネージャーとして全体に目を配り、跡部をサポートできるか。けど、彰子なら十分跡部の期待に応えると思う。いや、期待以上のことをやるんやないかという確信に似た予感がある。

 彰子と知り合うて1ヶ月ちょいやけど、彰子の頭のよさ(偏差値的なものではなく)、気遣いなんかは俺もよう知っとるしな。

「副会長で俺の片腕……しかもほぼ満点でのトップ合格。その肩書きがあれば……」

「下手に手出しは出来ひん言うことやな」

 俺が言葉を引き継ぐと跡部はニヤリと笑う。

 俺らテニス部は学内で一番人気のある部活や。レギュラー陣にはそれぞれファンクラブが出来るくらいにな。特に跡部と俺のファンクラブには過激な奴もいてる。跡部の場合、財閥後継者ということもあって、玉の輿狙いの奴らやらいててかなり過激なことしよる。

 これまでにもマネージャーが全くいてへんかったわけやない。何人かおった。けど、ファンクラブに苛められてた。勿論俺らかて、ファンクラブを抑えたし、マネのフォローもしてた。けどな。マネージャーは俺らをサポートする為にいてるんやで。

 俺らがテニスに、純粋に練習に打ち込めるようにするんが、マネの役目や。そのマネージャーが苛められそれを俺らが守らなならんとなると、テニスの他に気をまわさんといかんようになる。本末転倒や。せやから、この1年半はマネは断っとったんや。

 けど、彰子を見つけた。能力・人柄的にマネージャーに相応しいと思える彰子を。彰子は人を包み込むようなところがある。

 俺以外は接した時間など、下見に来た日と入試のときだけ。それでも十分に感じ取れてた。彰子が俺らにとって必要な人物になるだろうことは。

 だから、今日、食堂でもそのことは話題になったんや。これまでのことから考えて、彰子は虐めの対象になる。ただテニス部のマネージャーというだけで。仮に虐めがあっても、彰子は対処出来るような気はするんやけど、でもないならないほうがええ。それに、もし虐めがあったら、彰子は俺らには隠す気がする。俺らを煩わさんために。既に彰子はマネージャーの役割を正確に把握してると跡部も言うてたからな。

 せやから、事が起きてから守るんやのうて、事が起こらんように予防線張ったほうがええ。その予防線が、『生徒会副会長』の肩書き。それは、つまり跡部の片腕という意味になる。跡部が片腕だと宣言している相手に手を出すということは、つまり跡部を敵に回すということや。跡部が敵に回れば即ち俺もテニス部も学園の大多数をも敵に回すということになる。

「長岡はテニス部にとって欠くべからざる存在になる」

「ああ、俺もそんな予感してるわ」

 俺が惚れとるとか、そないなことは抜きにして。純粋に彰子の能力などから考えてもそれは確実なことやと思う。

 そしてテニス部という集団を抜きにしても、俺らにとって彰子は貴重な大切な存在になる。

 せやから、守るんや。