突然におちゃんから、合格祝いをしようといわれて、しかも用意周到というか既に東京に向かっている状態で連絡があり。ありがたくにおちゃんの好意を受けて、デート(?)してきた。
侑士もそうなんだけど、におちゃんも話題が豊富で、一緒にいて話が尽きることなく、気が付けばもう7時を過ぎていた。それからにおちゃんが帰宅するとなると午後9時近くになってしまう。中学生が帰宅する時間としてはかなり遅い……。まぁ、におちゃんは最近まで寮に入っていて高等部進学を機に一人暮らしをすることにしたらしくて、帰宅が遅くなっても怒る人は誰もいないんだけどね。
とはいえ、流石に申し訳なく思ってるところに、
「女の子に夜道を1人で歩かせるわけにはいかん」
と、私を送ろうとする。いやいや、そうなると、におちゃん帰宅が10時近くになっちゃうから。明日も学校あるし、流石に10時は拙いでしょう。そう言って断るのに、におちゃんは聞いてくれない。偶には私の言うこと聞けっつーの! まぁ、紳士的でいいとは思うんだけどね……。
そんなときに救いの神(?) 侑士から携帯に電話があった。
『何処おんねん』
開口一番、侑士は言う。かなり不機嫌そうな声。
「今から帰るとこ。13分のバスに乗るの」
滅多に聞かない侑士の不機嫌な声から、帰宅が遅い私を心配してくれてるんだと解る。でも、まだ7時ですが……。
『もう、日が暮れてしもうとるから、バス停まで迎えに行く』
とこれまた過保護ぶりを発揮してくれる。
「いいよ、大丈夫だし」
『あかん』
「過保護だって……」
『迎えに行くゆうたら、行く。女の子なんやから』
侑士は結構頑固だから、こうなったら何を言っても無駄。諦めて迎えに来てもらうことにした。まぁ、これでにおちゃんも安心するだろうし。
侑士が迎えに来ると言ったら、におちゃんはちょっと変な顔をして、それから『なら安心じゃの』と言って、私を見送ってくれた。
バスに揺られて今日一日を思い返す。
氷帝にも立海にも合格して、侑士初め皆がお祝いしてくれた。におちゃんから聞いたのか、幸村たち立海メンバーからもお祝いメールが来た。正確にはにおちゃんからのメールに、皆がメッセージを書き込んでくれてたんだけど。におちゃんは態々神奈川から出てきてお祝いしてくれたし……。
今の私は友人に恵まれてるんじゃないかな。あちらにいた頃とは大違い。しかも何気に皆美少年だし(樺ちゃんと真田と柳はちょっと当てはまらないか……)。
こんなに恵まれてていいのかな。
バスが目的の停留所についたのは、やがて8時になろうかという時間で。バスを降りたら目の前に怒った顔の侑士がいた。
「遅いで、彰子ちゃん」
「……ごめんなさい……」
やっぱり、中学生が遊んで帰宅する時間には遅いよね……。あっちでは30代だったから、8時なんてこれから飲みに行くか~って時間だったんだけど……。
「心配するやろ。もっと早よ帰ってこなあかん」
すっかり保護者と化している侑士に叱られてシュンとしてしまう。でも、心配してくれてるのが嬉しくもある。
「心配掛けてごめんなさい。迎えに来てくれてありがとう」
「……ま、もう、ええわ。帰ろか」
侑士はそう言って私の手を握る。……冷たい。すっかり冷え切ってる。
「もしかして……だいぶ待ってくれてた?」
「…………」
問い掛けると侑士は『しまった』という顔をする。
「ありがと、侑士君」
侑士の手を握り返して、ぎゅっとつなぐ。少しでも温かいように。
マンションについて、部屋の前で別れる間際。
「10分くらいしたらそっち行くよって」
侑士は言う。
「……? 解った」
何だろうと思いつつ、部屋に入り、とりあえず着替える。侑士が来るなら流石にパジャマじゃ拙いから、普通にセーターとジーンズだけど。
におちゃんから貰ったシルクフラワーをテーブルに飾り(花籠に入ってるからそのまま飾れた)、侑士が来るならと、コーヒーメーカーでコーヒーを沸かす。
約束どおり10分後にはベルが鳴り、ドアを開けるとそこには何故か跡部もいた。2人とも後ろ手に何か隠している……。
「夜分にすまないな、長岡」
「ううん。……跡部君もいるからびっくりした」
侑士は何も言ってなかったし。
「どうぞ、あがって」
2人にスリッパを出して、先にリビングへ戻る。コーヒー足りるかな。……カフェオレにしちゃお。急いでホットミルクを作って、カフェオレを淹れる。侑士は勝手知ったるなんとやらでさっさとソファに腰掛け、跡部もその隣に座っている。
「カフェオレだけど、どうぞ。跡部君の口に合うかな」
そんなことを言いつつ、カップを渡す。跡部ってコーヒーもいい豆使ったの飲んでそうだし。
「突然来て、出されたもんに文句つけたりしねぇよ」
あちらにいた頃に読んだ漫画や二次創作では俺様な跡部だったけど、こっちではちょっと違ってた。俺様であることには代わりはないんだけど、ちゃんと礼儀も気遣いもある俺様。本当はとてもこまやかな気遣いが出来る人なんだと感じてる。
「今日は遅かったんだな。忍足がヤキモキしてたぞ」
跡部は放課後ずっと侑士の家にいたと言う。
「もしかして、跡部君も私待っててくれたの? ごめんね」
「別に俺はかまわねぇんだがな。忍足がな」
よっぽど侑士は不機嫌だったらしい。でも、如何してそこまで不機嫌になったんだろう?
「ごめんね。ランチして、映画見て、おしゃべりしてたら遅くなっちゃって……。におちゃん話が上手だから、話が尽きなくて」
マックで2時間くらいは喋ってたもんなぁ。時計見なきゃまだ喋ってたかもしれない……。
「におちゃん……?」
侑士が不審そうに聞いてくる。ああ、そういえば侑士には立海の友達が仁王雅治であることはおろか、立海に友達が出来たことすら報告してなかったっけ。ライバル校だし、なんとなく言いづらかったってのもあるんだけど。
「多分、侑士君も跡部君も知ってると思うんだけど、立海テニス部の仁王雅治君。下見に行ったときに知り合って、それからメールのやり取りとかしてたの」
「…………聞いてへん……」
ムスっとした声で言う侑士。侑士は私に少しでも友達が出来やすいようにと色々配慮してくれてたのに、報告してなかったのは申しわけなかったな……。
「ごめんね、言ってなくて」
「長岡が謝ることじゃねぇだろ。単に忍足はヤキモチ焼いてるだけなんだから」
「跡部ッ」
は? ヤキモチ?
「……ま、ええわ。で、彰子ちゃん、今日は渡したいモンあんねん」
渡したいもの……?
「ちょぉ、目ぇ瞑っててや」
「? うん」
言われるままに目を瞑り……侑士と跡部がなにかガサゴソやってる音がする。それと共に、微かな「ニーニー」という、…………これは仔猫の声……?
「開けてええで」
言われて目を開けると……侑士が2匹、跡部が1匹……仔猫を抱いていた。
「彰子ちゃん、猫飼いたがってたやろ。跡部んとこで仔猫生まれたよって、貰うてきたんや」
まだ漸く離乳が済んだくらいの、ソマリの仔猫……。仔猫たちはじっと私を見ている。そして、2人の腕から飛び出そうとするかのようにもがいて暴れ、ついには2人の腕から飛び出して、おぼつかない足取りで私のところへやってくる。
「1匹のつもりなんだが、なんでかその3匹がやたらとまとわりついてな……」
長岡のところに連れて行けと鳴いてるような気がして3匹とも連れてきたんだ。跡部が言う。
「可愛い……」
仔猫たちはよちよちと私のところへやってきて、膝の上に上ろうとする。1匹ずつ抱き上げて膝の上に載せると、そのうちの1匹はセーターに爪を掛けて肩に登ろうとする。
「今、肩に登ってるヤツがオスで、膝の上にいる2匹がメスだ。好きなやつ選んでいいぞ。どれも健康だし、どれでもいい」
跡部はそう言ってくれる。
「いいの……? ソマリって高いのに……」
跡部の猫だというのなら、絶対血統書つきだろうし……。
「ペットを売るつもりはねぇ。ブリーダーじゃねぇんだから。可愛がってくれるやつに貰われるのがそいつらにも幸せだからな」
とても愛情を持ってペットに接しているのだろう。3匹とも可愛くて、まるで私が母猫であるかのように3匹はぴったりとくっついて離れようとしない。
≪ママ……≫
一瞬、何処からか子供のような声がした。でも、ここには子供なんていないから、気のせいよね……。
「1匹かぁ……。迷うね……」
仔猫たちを1匹ずつ抱き上げて顔を見る。
≪ママ≫
≪母ちゃん≫
≪お母さん≫
また、声がする。今度は3人。
「…………どないしたん?」
驚いている私に、侑士が不審そうに声を掛ける。……侑士たちにはこの声は聞こえていない? この状況からいくと、この声は仔猫たち……。いや、そんな……みかんやこりんごじゃあるまいし……。
「ううん、なんでもない」
1匹を選べと言われるが、どの仔も可愛くて。そして、何故かどの仔も懐かしい気がして。選ぶに選べない。1匹を抱き上げれば、他の2匹が非難するように鳴き、3匹が3匹とも私から離れようとしない。
いつの間にやら私の近くでカーペットの上に座り込んでいた侑士と跡部。
「えらい彰子ちゃんに懐いてとるなぁ……。ほら、こっち来てみ」
と侑士が手を伸ばすと、フギャー!!と威嚇し……
「おい、長岡が迷ってるだろ。1匹こっちこい」
と現飼い主の跡部が手を伸ばせば、これまた猫パンチで拒否する……。
侑士と跡部がどうやっても3匹は離れようとしない。セーターに爪を立てて私にしがみついてる。一体なんだと言うんだろう。
「……離れやがらねぇ……」
現飼い主としてはショックを隠し切れない様子の跡部が憮然と呟く。
「跡部君……3匹ともって……ダメだよね」
なんだか3匹とも別れがたい。どの仔も選べない。
「別に構わねぇが……大変じゃねぇか?」
確かに多頭飼いは少々大変ではあるけれど、でも……。
「大丈夫だと思う。こっちに来る前も3匹飼ってたし……。それに両親が飼ってる犬も4匹いて、動物がいっぱいいるのは慣れてるの」
そう、あちらの実家では犬もいて、犬と猫も一緒のソファーで昼寝する程度には仲が良かった。おまけにワンコのご飯風景を見ていた所為か、猫もおすわりとお手を覚えてたり……。
「長岡がいいなら、俺も構わないぜ。こいつらをお前から引き離すのは……母猫と引き離すより難しそうだ」
跡部はそう言って苦笑する。
「じゃあ、1匹は予定通り忍足から、1匹は俺から、後1匹は……テニス部からの合格祝いってことで、全部お前へのプレゼントだ」
「ありがとう、跡部君、侑士君」
とても嬉しい合格祝い。
「せやったら……」
侑士は立ち上がり、ソファーのところへ戻るとなにやら取り出している。
「忍足がな、1ヶ月くらい前……お前と知り合ったばかりの頃に俺に猫をくれと言ったんだ」
侑士が離れている隙に跡部がこっそりと囁く。
え……侑士が……? もしかして、あのホームセンターで猫を見てたから?
「そう、だったんだ……」
そんな前から、準備してくれてたんだ。
「彰子ちゃん、とりあえず、猫トイレとペットフードと餌入れ。それから首輪あんねん」
侑士が紙袋を渡してくれる。
「助かるわ」
紙袋を見るとちゃんとトイレに猫砂、仔猫用のペットフード。餌入れは1つしかないけど、この時期の仔猫なら一度にはそんなに食べないから小皿にとってあげればいいだろう。
「名前考えなあかんな」
「そうだね」
侑士から首輪……黒いベルベットのような布地に小さな銀のクロス、クロスの真中にはそれぞれ紅・オレンジ・蒼の石がついているチョーカーを受け取り、膝の上の仔猫たちをカーペットの上に降ろす。3匹皆を引き取ることになってから、それが解ったかのように3匹とも大人しくなり、膝から下ろすときも暴れたり嫌がったりしなかった。
「じゃあ、先ず、男の子は……萌葱」
そう言うと、1匹が「んにゃ」と鳴く。……返事?
「返事しとるわ、こいつ……」
「……だな」
やっぱり2人にもそう思えたのか。
「よし、お前が萌葱やな」
侑士は萌葱を抱き上げると、私から蒼い石のついたチョーカーを受け取り嵌める。
「えっと……それから、真朱……」
どっちにしようと名前を呟くと、1匹が「にゃん」といって、一歩前に出る。
「「「…………」」」
えーと……。
「じゃあ、最後は撫子ね」
と言えば……最後の1匹が「な~ん」とこれまた返事をして猫パンチ……いや、これは挙手……?
撫子に跡部がオレンジの石がついたチョーカーを嵌め、私が真朱に紅い石のついたチョーカーを嵌める。
妙に3人とも無言になってしまう。
「……こいつら、自分で名前に立候補してへん……?」
「出欠確認みたいだったな……」
「うん……」
今の命名は……どう見ても猫たちが既に自分の名前を持っていて、「それは私!」と主張していたように思える。
「一体……」
どういうこと、と続けようとしたところで携帯が鳴り……テーブルに置いていたのを侑士が取って渡してくれる。ディスプレイには仁王雅治の文字があり、電話に出ると『今帰りついた。彰子が心配しちょると思うて一応連絡じゃ』とのこと。侑士たちが来ているからと告げれば『連絡だけじゃきに』と用件だけで通話を終える。
「もう遅いし、俺たちはそろそろ帰るぜ」
時間を見れば早くも9時を過ぎていて。
猫3匹を抱っこして、玄関まで2人を見送る。
「今日はほんとにありがと。この子達大事に育てるね」
「ああ、じゃあ、また明日学校で」
跡部が応えてドアを開け……
「侑士君、ほんとにありがとう。とっても嬉しかった」
猫のプレゼントだけじゃなくて。事前に準備していてくれたことも、今日とても心配してくれたことも。
「……ええよ。俺の気持ちやし」
そう言って侑士は優しく笑ってくれた。
「ほな、おやすみ、彰子ちゃん。また明日の放課後な」
「うん、おやすみ、侑士君」
ドアが閉まり、2人の姿が見えなくなる。
≪ふう、やっと邪魔者がいなくなりましたわね≫
え……!?
この声は……
≪母ちゃん、会いたかった!!≫
≪寂しかったんだよ、お母さん≫
……猫が、喋っていた。