合格祝い(仁王視点)

 今日は高等部の合格発表の日じゃったが、彰子は氷帝の発表を見に行く言うて、こっちには来ん。あいつの第一志望は氷帝じゃけん、仕方ないっちゃ仕方ないんのだが、面白くないのぅ。確か郵送でも今日中に連絡は行くはずじゃが、見に行ってみるか。




 彰子との出会いは、あいつがうちの下見にきたときじゃった。駅から5分ほどの場所で迷子になっとって、俺と柳生に道を訊いてきたのがきっかけ。俺たちは丁度学校に行くところじゃったきに、彰子と一緒に学校に向かった。

 彰子は見た目はかなりの美少女じゃった。迷子になって恥ずかしそうにしとったが、雰囲気は大人びとうて、同じ年の女どもよりも遥かに好印象じゃった。まぁ、うちのテニス部の連中はブン太と赤也以外は老けちょるからあまり違和感はなかったがの。

 学校に着いても何か離れがとうて、柳生を先に行かせて校内を案内し、その後テニス部の見学に誘った。初めは遠慮していた彰子も重ねて誘うと『それなら、少しだけ』と了承してくれたんじゃ。

 俺が女を連れて行くことなどこれまでになかったことやき、皆あいつに興味津々じゃった。特に赤也は好奇心丸出しで彰子にあれこれ尋ね、ついにはあまりの五月蝿さに彰子は切れてしもうた。それまではどちらかと言えば大人しい印象の彰子じゃったが、その怒声はどこかの方言丸出しで、彰子の印象をガラリと変えた。

 知らぬからとはいえ、赤也に怒鳴りつけることの出来る女。それがきっかけで、皆更に彰子に興味を持つようになったんぜよ。

 結局その日は最後まで見学していき、帰りは俺が駅まで送っていった。その時こっそりと自分の携帯番号とメルアドを書いたメモをあいつのコートのポケットに忍ばせて。あいつから連絡があったがは翌日の午後11時ごろで、『さっき気付きました』というメールじゃった。メールには電話番号も書いてあり、それからは毎日のように電話かメールをした。

 そんな中で俺はあいつを彰子と呼ぶようになり、あいつは俺を『におちゃん』と呼ぶようになった。

 九州から引っ越してきたこと、一人暮らしをしていること、隣人しか友人がいないことも聞いた。俺が2人目の友人なのだと嬉しそうに言っとった。友人希望ではないんじゃがと思いはしたが、彰子の嬉しそうな声を聞けば、当分はそれでもええかと思うた。時折誰かが側にいる気配がしちょったが、それが隣人なんじゃろう。




 受験の日には彰子が方向音痴なのを口実に駅まで迎えに行った。

「うー……緊張する……」

 等と言っちょったが、俺から見て彰子は十分にリラックスしちょった。案の定帰りに待ち合わせたときも『9割方出来たと思う』と言っちょったくらいやきに。

「4月から同じ学校になれるといいのう」

 そう言った俺に彰子は少しばかり申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん、第一志望は氷帝なの。うちから近いし……」

 てっきり立海が第一志望じゃと、春からは同じ学校に通えるんじゃ思うとった俺は少なからずショックじゃった。しかし、立海は通学に約2時間かかり、氷帝は30分も掛からないと聞いてしまっては

「氷帝に受かればよかね」

 としか言えんかったがな。




 そして、今日、合格発表の日。掲示板を見に行ってみれば、そこにはなぜかレギュラー陣が揃っちょる。

「仁王先輩、長岡先輩の番号は何番っすか」

 と赤也が尋ねてくる。

「なんでお前さんらがおるんじゃ……」

「気になったからに決まってるだろう」

 ニッコリと笑う幸村。

「仁王君が初めて本気で好きになった女性ですから、気になりますよ」

 というがはダブルスのパートナーでもある柳生で……。

「プリッ」

 取り敢えず、ノーコメントで通すしかない。

「彰子の番号は──39番、合格じゃ」

「ふむ、39番といえば、満点か」

 参謀柳は教師から聞き出しちょったんじゃろう。

「やったな、仁王。春から一緒じゃねーか」

 ブン太がバシバシと背中を叩く。痛かじゃなかか。

「いや、彰子の第一志望は氷帝やき。立海で満点取れるんじゃったら、氷帝も合格しちょうが」

 途端に皆落胆した表情になるが、一番残念に思っちょるんは俺じゃ。

 携帯を取り出し、彰子に合格していたことを連絡するメールを送る。ほどなくして、彰子からお礼と氷帝にも合格したという返事がきた。

 再度おめでとうとメールを打ち、少しばかり怨じて『立海に来ないのは残念ナリ』と付け加えると、『いつでも会えるよ。受験終わったし、また遊びに行くね』と返事が来る。しかし、いつかまたではいつになるか解らんき。合格祝いを口実に会いに行こう。

「幸村、俺はこれから彰子のところに行って来るきに、部活は休むぜよ」

 授業もサボってこのまま東京へと向かいたいところじゃが、学校をサボった事が解れば彰子に雷を落とされるのは必至じゃきに、我慢する。怒った彰子も可愛いんじゃが、そんなことで貴重な時間を無駄には出来んからのぅ。




 というわけで、授業が終わるや俺は東京へと向こうた。真田などは俺が部活を休むことにいい顔をせなんだが、幸村から許可は取ってあるから問題はないし、そんなことを気にする俺でもなか。

 電車に乗ってから、彰子にメールを打つ。彰子のことだから、立海には行かないのに合格祝いなどといわれれば遠慮するに決まっちょる。じゃきに、既に東京に向かっている状態で連絡をしたんじゃ。そうすれば、彰子の性格からして断れんきに。

 午後2時に待ち合わせをし、遅いランチとその後にはショッピングか、映画でも……などと予定を立てつつ、なんとか友人から一歩でも前進したいと願う俺じゃった。




 約束の時間の10分前に待ち合わせの場所に到着し、彰子を待つ。彰子はまだきちょらん。今日は入学後の部活の打ち合わせがあるといっちょったから、それで遅れるのかもしれん。何でも隣人の関係で、既に入学後の部活が決まったのだといっちょった。

「におちゃん、お待たせ」

 程なく、彰子が駆けてくる。

「大して待っちょらんきに」

 走って自分の元にきてくれるのが嬉しいと感じる。

「まずは、氷帝合格おめでとうさん」

 そう言って、買っておいた小さな花束を渡す。枯れんよう、邪魔にならんよう、小さなシルクフラワーの花束を。

「ありがと、におちゃん」

 嬉しそうに笑う彰子の表情が可愛らしく、抱きしめたくなるのを我慢する。

「じゃあ、先ずは飯食いに行くか。ハラペコじゃ」

「うん、私も」

 笑う彰子の左手を握り、手をつないで歩く。

「人が多いきに、彰子はぐれそうじゃしな」

 そんな風に言うと、彰子はひどーいと笑い、そのまま手をつないでいてくれる。この俺がこんな如何にも中学生なデートをしちょるなど、レギュラー陣が知ったら唖然とするじゃろうな。

 だが、彰子相手にあせりは禁物。大事な女だからこそ、ゆっくりと距離を縮めていかなならん……。




 2人とも制服姿じゃき、無難なところということでファミリーレストランに入り、先ずは遅めのランチを取る。

 2人で色々なこと……主に彰子が聞きたがっていたレギュラー陣の様子などを話しながら食事を終え、それから映画を見に行くことにした。丁度彰子が観たいと思っていた映画が今日から公開なのだという。それなりに映画を楽しんだ後、近くのファーストフードに入り、また話をする。

「におちゃん、ちらちら見られてるね」

 くすくすと彰子は笑う。

「かっこいいから目立っちゃうね」

 まぁ、それなりにもてるのは否定せん。じゃが、今は目の前の彰子しか目に入らん。

「俺には彰子しか目にはいっちょらんきに、関係なか」

 本音を冗談のような口調で言うと彰子はまたクスクスと笑う。そう言う彰子だって、かなり男どもの視線を集めていることに気付いちょらん。彰子は自分が美少女だという自覚がなか。まぁ、自覚して鼻にかける女よりは数段マシじゃけんど。それでも少しは自覚して警戒して欲しか……。

「そういえば、入学後の部活の打ち合わせって、何じゃったんじゃ? 入学前から参加するなんて珍しいじゃろ」

 スポーツ特待ならばわかるけんど、彰子は一般入試じゃし、それに体があまり丈夫ではなくスポーツは観るほう専門だといっちょったのに。

「ああ、男子テニス部のマネージャーやるの。入学前に実際のマネージャー業務の勉強を兼ねて臨時マネージャー」

 氷帝の男子テニス部!?

「におちゃんもテニス部だから、知ってるのかな。忍足侑士君がお隣さんでね、最初のお友達。私が友達いないの知ってるから、テニス部の皆を紹介してくれてね。見学に行ったときに、跡部君に誘われたの」

 去年……今年度は直接対決こそなかったが、何度も練習試合で顔を合わせちょる氷帝テニス部。立海と同じく全国区である跡部景吾、俺と同じく食わせ物と言われる忍足侑士……。そいつらが彰子の側におるがか。

「何度か練習試合で顔を合わせちょる。公式戦では中ったことはないがな」

 彰子の隣人は何の疑いもなく同性だと思っちょった。それが忍足だったとは……。

「彰子が立海に来とったら、うちのマネージャーやってもらえたのにのう」

「立海だと通学時間から考えて無理だよ。部活やってたら、帰宅するの9時近くになっちゃう」

「そんときは俺のところに泊まればよか」

「あはは……叔父さんに怒られちゃうよ」

 ポーカーフェイスを装い話すものの、心の中は穏やかではおられんかった。

 忍足侑士。奴が、彰子のいつも話していた心配性で優しい隣人。恐らく、ライバルとなる男。




 彰子と過ごす時間はあっという間に過ぎ、気付けば午後7時を過ぎていた。これから帰宅するとなると午後9時近くになる。彰子は思いのほか遅くなったことに慌てちょった。自分がどうのというのではなく、俺のことを心配して。

「大丈夫じゃ、男じゃきに。危ない事なんてありゃあせん」

「うん……でも、におちゃん、美少年だから心配……」

 真面目な顔でそんなことを言う彰子に思わず吹き出す。

「もう、真面目に心配してるのに」

「すまん、すまん。気をつけるきに」

 しかし、冬のこの時間ともなれば、すっかり夜で。彰子を1人で帰すのも心配じゃと送っていこうと言うと、案の定拒否される。更に俺の帰宅が遅くなるからと。彰子が乗るバスの停留所で押し問答しているときに、彰子の携帯が鳴る。

「あ……侑士君。うん、今から帰るとこ。13分のバスに乗るの。……え? ……いいよ、そんな。過保護だって。うん。うん。解った。じゃあ、またね」

 どうやら相手は忍足のようで。

「侑士君が心配して、バス停まで迎えに来てくれるって。だから心配しなくていいよ、におちゃん」

 別の意味で心配なんじゃが……。とは流石に口に出せず、今の過保護な電話でやはり忍足も彰子に惚れているのだと確信した。

 彰子を見送り、俺も神奈川へ戻る。

 しかし……忍足が、氷帝がライバルか。テニスでも彰子のことでも負ける気はないぜよ。

 忍足は隣人でもあり、同じ学校同じ部活……過ごす時間は俺のほうがかなり不利。だか、忍足は彰子に近すぎる。

 決して忍足が有利ではないと言い聞かせながら、早速幸村に氷帝との練習試合を組ませようとメールを打った俺じゃった。