ホスト部とご対面

 立海の下見に行った翌日。やっぱり迷子になったことを侑士に笑われて。

「次の氷帝の下見ん時には俺いてるから大丈夫やな」

 と言われた。まぁ、今回はホントに迷子だったので反論できないんだけどね。

「そういや、皆日曜楽しみにしとるで」

 は……?

「皆って……紹介してくれるっていうテニス部の?」

「せや」

 せや……って……。何で!?

「俺が彰子ちゃんのこと、よう話しとるしな。皆興味持っとるねん」

 何を話してるんだろう……。

「跡部とか岳人とかジローが興味津々でな。岳人なんて早よ会わせろ言うて五月蠅いんやで」

 何でも部活帰りのファーストフードに付き合わなくなったことを追求されて、うちで晩御飯食べてることを話したのがきっかけらしい。

「土曜日に迷子になって電話してきたこととか、喋ってもうたしなー」

「なっ……!!」

 ひ……ひどいー。

「他にも色々と……」

 あの迷子以上のボケはかましてないはずだけど……。

「なんか、氷帝の人たちに変なイメージ付いてそう……」

 侑士のバカー。

「ま、色々ばれてるし、緊張することあらへんってことや」

 ──なるほど。

 ここでも気を配ってくれたわけだ。人見知りをする私が少しでも打ち解けやすいように。そういえば夕食のときの話題もレギュラー陣の話が多かったな。あれも私に情報を与えて初対面でも緊張しなくて済むようにしてくれてたってことか。

 侑士の心遣いが本当にありがたい。何よりこうして一緒にいてくれるおかげで1人でも寂しさをあまり感じずに済む。

「もう……。変なヤツとか思われてたら侑士君の所為だからね!」

 心遣いに礼を言う代わりにそういう。

 心遣いに気づいて御礼を言ったりすると、侑士は『しまった、気づかれた』ってバツの悪そうな顔をするから。だから、何回かに1回は気づかないふりをする。

 飲み終わったコーヒーのカップ(いつの間にか侑士はマイカップとマイ箸を持ち込んでる)を洗いにキッチンへ行き。片し終えて、ふと食器棚を見ると……。

「しまった……」

 明日の朝の分のパンがない。今日のお昼にホットサンドに使ったんだった。

 というわけでコンビニに行くことにしたんだけど、もう10時になってることもあって、侑士が付き合ってくれた。例によって『心配だからついて行く』とは言わずに。今度は『ありがとう』と言ったら『あれ、ばれとった?』という感じで苦笑してた。




 コートを取りに寝室に入り、ポケットに財布を滑り込ませて……。

 ん……? ポケットに何か入ってる。取り出してみるとメモが1枚。


  090-xxxx-xxxx

  nioh-m-1204@doxxxx.xx.xx

  Tel、メール待っとるぜよ

  仁王雅治


 仁王……いつの間に。メモを机の前のコルクボードに貼り付けて部屋を出る。帰ったら携帯に登録して……仁王にメールしよう。メモリー2件目。




 1週間はあっという間に過ぎて。今週取り組んだ氷帝の過去問は概ね9割以上の正答率。侑士が情報を集めてくれて、例年合格ボーダーは8割ということらしいから、ちょっと安心する。

 そして愈々、氷帝レギュラー陣とのご対面の日がやってきたのである。氷帝レギュラー陣との対面ということでちょっと気合を入れて身支度を整える。とはいえ、学校の下見だから制服なんだけど。因みに悠兄さんが用意してくれた中学の制服は私の中学の制服。ごく普通の紺のセーラー服に臙脂のスカーフ。懐かしいなぁ。

 元の世界の私が着たらイメクラかコスプレだけど、こっちの私はまだ15歳だからノープロブレム。中学時代にはそのまま来ていたセーラーを、昨日のうちに脇を少し詰めてみた。今の私は、太めだった元の世界の私とは違うから、ちょっとはお洒落してみようという気にもなる。髪は1つに括るのもお下げもイヤなので、両サイドを編みこんでみる。中学生だから、お化粧は必要なし。今時は中学生どころか、小学生でもお化粧するけど、この若い、ツヤツヤスベスベの肌に化粧するなんて勿体無さ過ぎる。(一応洗顔後の化粧水・乳液での水分補充はしてるけど)

 コートはいつものダッフルコートにして、靴は紺のローファー。ついでに靴下ではなく、紺のタイツ。だって寒いし! 持ち物チェックして、忘れ物もなし。

 準備が整ったところに、侑士が迎えに来てくれた。今日は部内での練習試合があるのだとか。氷帝レギュラー陣の試合が見れると思うとワクワクする。

 侑士は私を案内する為に、ちょっと早めに学校へ行ってくれる。ありがと。




 自宅近くのバス停から氷帝までは乗り換えなしでいける。この立地、明らかに『氷帝に行け』ってことじゃないですか、悠兄さん。立海はバスからJRに乗り換えて所要時間約1時間半。プラス徒歩15分。でも氷帝はバスで約30分で、しかも停留所は『氷帝学園前』。

「ね、侑士君……。これって、迷子になりようがないと思うんだけど……」

 これで迷子になったらある意味天才だわ。

「ここまではな」

 そういって笑う侑士。

 そう──校内に入ってから、その侑士の笑みを理解した。広い。無駄に広すぎる。私が通ってた中学・高校・大学を合わせてもまだ足りないくらい。

「入試は特別教室棟であるよって、こっちや」

 そういって侑士は案内してくれる。入試日は在校生も学年末試験だから、そこを使うらしい。しかし……どれだけ建物があるんだ。しかもどの建物も洒落た感じで『校舎』って感じじゃない。

「当日は一緒に昼飯食おうな。交流棟開放されるはずやし。特別教室棟まで迎えに行くよってな」

「うん。──ホントに広いね。迷子になりそう」

「彰子ちゃんならあり得るな」

 侑士は笑いながら、例年新入生のうち1割くらいは迷子になるのだと教えてくれた。然もありなん。

 一通り必要な施設を案内してもらい、愈々テニスコートへ。うわ、ドキドキしてきた。

「緊張せんかて大丈夫やって。皆好い奴らやで。濃いけどな」

「侑士君から色々聞いてるから心配はしてないけど……やっぱりドキドキするよ」

 貴様何様跡部様とか、飛んでみそとか、居眠り羊とか、激ダサだぜとか、ウス……とか、大型ワンコとか、下克上とか。

 本物に会えるんだー。




 テニスコートは……これまた広かった。

 侑士に連れられて部室へ行き、流石に着替えるわけだから中へは入らずに外で待つ。荷物は持ってると邪魔になるだろうといわれ、侑士のロッカーに入れてもらった(携帯と財布はポケットだけど)。

 テニスコートに行くと、すんごい人。流石に200人超の大所帯。侑士に挨拶をする部員たちは横にいる私に好奇の目を向ける。レギュラー陣が使うコートには既に皆集まっているようだった。今日の練習試合は旧レギュラー陣と現レギュラー陣で行うらしい。

「まず、監督に挨拶しとこか」

 えっ! 榊太郎(43)が居るの!?

 おおー、マジでいた。

 ……どう見ても中学教師には見えません。100歩譲って大学教授でしょう……。

「監督、彼女が先日お話した長岡さんです」

 侑士に紹介されて挨拶をする。

「本日は見学させていただきますので、よろしくお願いします」

「我が校を受験するそうだね。頑張りなさい」

 うわー、美声だ! しぶい!!

「では監督。俺らは戻ります」

 と侑士が挨拶し。

 ドキドキドキ

 出るかな、出るかな?

「うむ。行ってよし!」(ゼスチャー付き)

 出たーーーー!! 生・行ってよし。




 侑士に連れられてレギュラー陣が揃っているコートに行き。超ドキドキ。いるいる。跡部、向日、ジロー、宍戸、滝、チョタ、樺地、日吉。勢ぞろいだぁ。それぞれがウォーミングアップしているらしく、侑士は先ず跡部に声をかける。

「跡部、連れてきたで。彰子ちゃんや」

 跡部が目の前に……。うあー。綺麗だわ。格好いいというより、綺麗だわ、この人。

「跡部景吾です。お噂はかねがね」

 そういってにやりと笑う。

「……長岡彰子です。こちらこそ、忍足君からお噂は伺ってます」

 正面からばっちり目を合わせてご挨拶。

 思ってたような尊大な態度ではなかったけど、『ニヤリ』は余計だっ。

「今日は楽しんでいってください。忍足の話では長岡さんは合格確実のようですし、4月からは同じ学校の生徒になりますからね」

 跡部でも敬語使うのかー。というか、財閥御曹司なら付き合い上も言葉遣いはきちんとしてて当然か。

「同じ年ですし、敬語ではなくて結構ですよ、跡部君」

 にっこりと笑って言うと、跡部も笑った。

「ではお互いに」

 といったときに、乱入者。

「侑士っ、俺にも紹介!」

「俺もー! 挨拶したいC~!」

 これは……向日とジローか。

「五月蠅いの来おったわ……」

 ボソっと呟く侑士に苦笑し、振り向くと。声の主以外も揃ってました。

「揃っとるし……。まとめて紹介するわ」

 といって侑士は皆を紹介してくれる。向日、ジロー、宍戸、滝、チョタ、樺地、日吉。うーん、向日と日吉の髪型はちょっと……。おまけに向日とジローは無駄にテンション高いし。

「長岡彰子です。皆さんのことは忍足君から色々伺っていたので、今日お会いできるのを楽しみにしてました」

 社交辞令ではなく、本当に楽しみだった。テニプリで一番好きな学校……だからではなく。こちらで出来た最初の友達・侑士が大切にしている仲間だから。仲良くなれたらいいな、そう思っていた。




 新旧レギュラー16人の対戦かと思ったら、2年生は新旧どっちにも属してるのが3人いたわけで、13人での試合だった。

 侑士はダブルスで向日と組んで宍戸・鳳ペアと、シングルスでラストに跡部と試合らしい。跡部vs侑士って……なんか、『手塚vs不二』とか『幸村vs真田』って感じの、敢えて当たらせない試合って感じ。どっちが勝っても可笑しくなくて、でもきっちり勝敗つけちゃうと物語設定的に実はまずいんだよーって感じかな。どんな試合になるのか楽しみ。

 というか、テニプリの、特に後半は有り得ない技とか出てきて、かなり不満だったんだよね。無我の境地とか、百錬自得の極みとか、才気煥発の極みとか天衣無縫の極みとか……。まぁ、手塚ゾーンは理論上可能とは聞いてるし(別の、約20年以上前のテニス漫画でも似た様な技は既に出てたし)、不二のトリプルカウンター(最初の3つだけね)、海堂のスネイクもありだろう。氷帝サイドに関しても突拍子もない技はなくて、跡部のインサイトは洞察力の深さ(でも『氷の世界』は有り得ないだろ)、侑士の心を閉ざすのはプロスポーツ選手ならある程度は出来ることと思えなくもない。

 私はテニスといえば『エースをねらえ!』(山本鈴香)と『スマッシュ! メグ』(佐伯かよの)で育ったから、現実的なスポーツとして有り得ない技は漫画でも許容範囲外だったりする。(だから、技が可笑しくなり始めた、菊丸の1人ダブルスあたりから青学がイヤになった)。

 まさか、ここの彼らはあんな技使ったりするんだろうか? まぁ、氷帝は比較的まともだから、大丈夫かな。とはいえ、向日のアクロバティックは生身の人間の身体能力的に可能なんだろうか……?




 ゲームは3面のコートを使って同時進行。Aコートでは、侑士・向日ペアvs宍戸・鳳ペア。Bコートでは、滝vs新レギュラー。Cコートでは、樺地vs新レギュラー。というわけで、Aコート観戦。

「テニスのルールは知ってるんだよな」

 何故か隣には跡部がいて、反対側にはジローがいる。

「うん、テレビで観戦したり、漫画で覚えたルールだけど」

「じゃあ、解説はいらねぇな」

 なんてことを話してるうちに、ゲームスタート。

「向日君って……身が軽いのねぇ……」

 ホントに飛び跳ねてる。あれって……サル山にいる小猿みたいだわ。

「その分、体力消耗も激しそう。だから、ペアで侑士君がゲームメイクするわけか」

 漫画でもそうだったけど、実際のプレイもそんな感じ。ボールコントロールで向日に集まり過ぎないようにしてる。

「宍戸君と鳳君はホントにお互いを信頼してるって感じね」

 目で確認しなくても互いの位置も判ってて。まさにダブルスのお手本……みたいな印象。宍戸・チョタペアがまさに共同戦線のタッグで、侑士・向日ペアは司令塔の侑士と実行部隊の向日という感じで、対照的なペアだ。

「中々鋭いな」

 跡部は驚いたように言う。

「そうかな? 見て感じたままにいったんだけど」

「初見でそこまで判れば十分すぎるだろう。しかも素人だしな」

 漫画での予備知識があるからなんだけどね。問われるままに感じたことを行っていく。

 宍戸は本能でプレイしてる感じ。自分の役割は攻め(でもBLだったら、絶対受けだと思う)なんだと、ボールに食らいついていく。鳳はそんな宍戸がプレイしやすいように、宍戸の為に動いてる感じ。ああ、忠犬チョタ公。向日は何も考えてなさげ。ただボールに食らい付いて相手に返してるように見える。──五月蠅いガキがキライだから、点が辛いかも? 侑士は全て計算してプレイしているように感じる。無駄がないというか。

 なんてことを話していたら……。

「長岡、入学したらマネージャーにならないか」

 とんでもないことを跡部が言い出した。

「は……?」

「うちはマネージャーはとらないんだが……部長が仕切るだけじゃ手が回らない部分もある。長岡は冷静に客観的にプレイスタイルを見てるし、そういうのも向いてそうだしな」

 イヤ、向日評はバリバリ主観ですけど。

「それEね! 俺も彰子ちゃんがマネージャーやってくれたら嬉C!」

 と……それまでベンチで横になってたジローまで起き上がって言う。

「跡部君、芥川君、それ買い被りすぎ」

 そりゃ、縁の下の力持ち系作業は嫌いじゃない。データ分析したりするのも結構好きだし。でもマネージャーって……。ドリーム小説じゃ、妬まれ、やっかまれ、女子生徒に目の敵にされる存在じゃないですかー!

「入学するまでに考えて、返事してくれればいい」

 そう跡部は言うけど。もし、2次創作でよくあるように、テニス部が超人気のあるクラブだったら。跡部とか侑士のファンクラブとか親衛隊とかあるようだったら……。既に侑士とお隣さんでかなり親しくしているわけで、それだけでも十分危険。なのにマネージャーまで引き受けちゃったら、平和な高校生活が送れない気がする。

 そう思う一方で、出会ったばかりの跡部が私を認めてくれるのが嬉しくて、その期待に応えたい気持ちも芽生えてる。

「入試終わったら、試しに臨時マネージャーやってみないか? 実際にやってみて、どうしても無理なら断ってくれていい」

 とまで、跡部は提案してくれる。

「そうね、それもいいかも。出来るかどうかも判らないし、そんな状態で答えは出せないしね」

 行きなおし人生。何事も前向きに捉えてみよう。因みに話してるうちに試合は終わり、案の定向日のパワー切れで侑士たちは4-6で負けていた。




 その後は試合のないメンバーが入れ替わり立ち代りやってきて、色々話をしてくれた。名前も、跡部・宍戸・向日は『長岡』、滝・ジローは『彰子ちゃん』、チョタは『彰子先輩』で樺地・日吉は『長岡先輩』と呼ぶことで落ち着いた。彼らの呼び名も、向日は『がっくん』、ジローは『ジロちゃん』で、鳳は『チョタ』、後は苗字+君。

 当初は全員、苗字+君のつもりでいたんだけど……。まだ親しくもないのに渾名も躊躇われたし……。でもがっくんに「もう友達だろ!」と言われて嬉しくて。彼らの主張のままにニックネームで呼ぶことになった。

「じゃあ、跡部君をげごたん、宍戸君をししどんって呼ぼうかな」

「「やめろ」」

 即座に、異口同音に拒否されて笑う。たった数時間一緒に居ただけなのに、既に私は心を開いていた。




 最後の試合は侑士vs跡部で。なんとこの2人が対戦することはこれまでになかったらしく、部員も皆興味津々。インサイト・氷の世界を駆使して攻める跡部と、冷静に対処して隙を突く侑士。一進一退でゲームは進み、結果は7-5で跡部の勝ちだった。

「彰子ちゃんの前で勝ちたかったなぁ」

 帰りのバスの中で侑士はぼやいていた。

「侑士君負けちゃったけど、凄かったよ。テニスしてるときの侑士君、凄く格好よかった」

 真剣な表情でプレイする侑士は文句なく素敵だった。

「おおきに。今日は楽しめたか?」

「うん。皆、いい子……いい人だね。入学するのが楽しみになった。紹介してくれてありがとう、侑士君」

 元々立地から氷帝が第一志望ではあったけど、今日のことで絶対に氷帝に入りたいと思った。

「それならよかった」

 侑士もホッとしたように笑う。

 携帯のメモリーも一気に増えた。跡部、滝、宍戸、がっくん、ジロちゃん、チョタ、樺地。意外にも日吉も教えてくれたし。それに何故か榊先生まで。『困ったことがあったら連絡しなさい。保護者がおじさんだけでは心もとないときもあるだろう』なんていって。もしかして……逆ハー?

「マネージャーの件も前向きに考えてみてや。皆彰子ちゃんのこと気に入ったみたいやし」

「うん、考えてみる。ま、兎に角合格しなきゃ、話にならないから。今は合格できるように頑張るよ」

 かなり、マネージャーをやる方向に心は傾いていた。