「大丈夫やったかなぁ……」
鳳と桃城の試合を見ながら全く別のことを考えている俺やった。
「例の隣の女か」
同じく2人の試合を観察しとる跡部が俺の言葉に反応する。週始めに跡部に彰子ちゃんのことを話してから、何度か彼女のことを話題にしとったから、跡部もピンときたんやろ。
「今日、立海の下見に行っとるんやけど、彰子ちゃん方向音痴やしなぁ」
──昨日思いっきり迷子になっとったし。
昨日彰子ちゃんは買い物に行っとった。日用雑貨を探しに行く言うて。俺は一緒に行きたかったんやけど、たまの休日にはしっかり体休めぇ言われて、家でゴロゴロしとった。そしたら……夕方に彰子ちゃんから電話あったんや。涙声で『ここどこ……?』って。
迷子になってもうたらしく。タクシーも通らへん。どうしようものうなって、俺に電話してきたんやけど……。いきなり『ここどこ』言われたかて、俺に判るわけないやん! 何とか周囲にある店の名前をネットで検索して場所を割り出し。自宅からは7~8Kmは離れてる隣の、更に隣の町やった。っつーか、区が既に違うとるし!
しゃーないから彰子ちゃんにはその店(幸いカフェやった)に居るように命じて(強く言わんとウロウロしかねん。困った姫さんや)、俺はタクシー使うて迎えに行った。彰子ちゃんがごっつう申し訳なさがってたから、夕飯奢って貰ういうことで手を打ったわけやけど。
何でも彰子ちゃんは知らん道に興味を惹かれるらしい。『この道はドコに続いているんだろう』そう思うて、気の向くままに歩く。そうすると、彰子ちゃん的に掘り出し物的な店を発見したりするらしい。……尤も適当に歩いとるから、行き方が後から判らんようになるらしいんやけど(最近は看板とか携帯で写真とって、後からネットで検索するようにしたんやと)。
せやから、彰子ちゃん的には方向音痴では絶対にない! という主張で……。
「なんだ、それは……」
と、跡部も呆れとる。
「せやから、今日も迷子になってないか、心配でなぁ」
立海やったら、俺も練習試合で何度か行ったことあるし、ついて行こうって言うたんやけど、今日は他校との練習試合組まれとったから、彰子ちゃんに断られた。因みに俺ら3年は出ぇへんのやけどな。ついでに相手は青学やった。
「面白そうなヤツだな、彰子は」
ちょうい、景ちゃん。何彰子ちゃんを呼び捨てにしてんねん! 俺かてまだそこまで行ってへんのに。そう思うて睨むと、鼻で哂われる。
あかん。あんま彰子ちゃんのこと話しすぎたわ。今度の日曜にこいつらを彰子ちゃんに紹介することになっとったから、少しでも知っといてもらおう思うて喋ったのがあかんかったかな。せやけど、彰子ちゃんは人見知りする言うてたし、人付き合い馴れてへん言うてたからなぁ。俺らサイドがある程度彰子ちゃんのこと知っとれば、多少マシかもしれんと思うて話しとった。
例えば……。体があまり丈夫ではなく、中学は殆ど行ってへんで家庭教師と通信教育で勉強しとったこととか。ほぼ独学やのにかなり頭いいとか(多分俺より上やな)。出身は九州で、親がアメリカ転勤になったから、叔父さんのおる東京に来たこととか。スポーツは見るのが好きで、テニスもよう見るとか。かなりの読書家で、小説も漫画もかなり読んどるとか。PCに詳しゅうて、ホームページやブログなんかも作れるとか。ゲーム好きやとか。料理めっちゃ上手やっていうことも言うたな。あれは15歳のレベルやあらへんわ。
そして、気遣いが上手やってこと。部活のない水曜日の晩飯はあっさり目で、部活がハードな日には胃にもたれんようなさっぱり系で量はたっぷり……とかな。
なんや、俺、えらい彰子ちゃんのことペラペラと喋っとるなぁ。その所為か、跡部はもとより、岳人もジローも興味持っとったしなぁ。
ん……メール? ポケットに入れておいた携帯が震えてメール着信を知らせる。携帯を取り出した俺に跡部が眉を顰める。──部活中やしな。けど、彰子ちゃんがまた迷子になってSOS送ってくるかもしれんから、今日は堪忍な。
案の定、メールは彰子ちゃんからやったけど、内容は『無事下見終了。今、帰りの電車の中』っちゅーもんで。今回は迷子にならへんかったとホッとしたのやった。──GPSつき携帯持たせたい気分や。
土日は晩飯一緒やないから、つまらへんねんけど。今日は月曜やし、恒例のお勉強会と晩飯。
「立海はどないやったん?」
因みに今日は親子丼と澄まし汁に大根のあんかけ。『ちょっと手抜き』言うて『ちょっ○どんぶり』使うたっていうてたけど、十分手かかってるやろ……。
「実は立海に行く前に迷子になっちゃって」
テヘっと笑う彰子ちゃん。
「やっぱしかいな……」
「だって、地図判りにくかったんだよ」
自分が悪いんじゃないもん! というように反論するところが可愛い。、
「でも幸い、立海の人に会ってね。連れて行ってもらった」
ちゃんと道は覚えてきたよと笑う。
「でも立海はやっぱり遠い。おじさんに勧められての受験だけど、受かっても行かないだろうなぁ。もし氷帝ダメだったら行くしかないけどね」
「大丈夫やろ。俺よか頭ええんやし」
俺が解けへん問題でもスラスラ解いてるくせに……。これでも俺はトップを跡部と競い合ってんねんで。
「んー。でも油断は禁物。何があるか判らないしね」
そういう彰子ちゃんは冷静やった。浮かれて天狗になることもなく、常に冷静に自分の置かれとる状況を見とる。俺も跡部も年の割にはそういうとこあるけど、彰子ちゃんは更に上をいっとる感じや。
かと思えば迷子になったり、それをムキになって否定したり。可愛いとか別嬪さんとか言えば真っ赤になって照れたり。
そないなギャップもええ感じや。
夕飯終わって、勉強もひと段落したとき。
「……しまった……」
キッチンで呟く彰子ちゃん。
「どないしたん?」
勉強道具を片付けながら訊くと、朝飯用のパンを切らしてたらしい。
「コンビニしか開いてないか」
溜息混じりに言うてる。今から買いに行くんか……。1人やと危ないわ。もう10時やし。
「俺も行くわ。小腹空いたしな」
危ないからついて行く言うたら、絶対遠慮するから、そう言う。
「……ありがと」
まぁ、見抜かれとるけど。
コンビニまで歩きながら、また他愛ない話をして。コンビニで彰子ちゃんは食パンとコーンフレークを買う。俺は口実にしたオニギリ1個買う。──と、彰子ちゃんはスイーツの前で悩んどる。チョコレートムースとカスタードのムース、2つのうち、どちらにするかで迷うとるらしい。2つとも食うと太る……とかかな。一所懸命迷うて悩んどる彰子ちゃんが可愛くて、笑いが漏れる。俺は2つとも自分の籠に入れて。
「半分ずつ食おうな」
こうすれば、マンション戻った後もまた暫く一緒に居れるし。
「侑士君……ありがと」
驚いたように俺を見た後、笑う。
この笑顔見る為やったら、何でもやりそうやな、俺。かなり彰子ちゃんにマジになっとることを改めて自覚した俺やった。