こちらの世界に来て、約10日。初日に忍足侑士に出会い。まるで仕組まれていたかのようにあれよあれよと親しくなった。この私が、既に『侑士君』なんて呼んでいる。
一緒に晩御飯を食べて、勉強して。私がこっちに知り合いがいないと知っているから(というか、知合いいたらある意味怖い)、寂しくないようにと1日に数回メールを送ってくれる。
携帯のメールは正直苦手。文字打つのが面倒臭い。パソコンだとオンラインゲームやチャットの影響でブラインドタッチできるし、タイピング速度もそれなりに速いんだけど。携帯だと1文字ずつだし……。あっちの世界にいた頃はよく使うフレーズは定型文登録していたくらいだ。それでも侑士の心遣いが嬉しいので返信はちゃんとしてるし、あっちにいた頃のような超短文でもない。
侑士のおかげで暗くならず、寂しくならずに済んでいる。次の日曜には、テニス部の仲間を紹介してくれるといってた。テニス部の仲間となると、やっぱ、氷帝レギュラー陣だよね。『俺様の美技に酔いな』な貴様何様跡部様とか、『飛んでみそ』の向日とか、『激ダサだぜ』な宍戸とか、影の薄い滝とか。
かなり楽しみだったりする。侑士と知り合うにつれ、『テニプリ』から想像していた忍足侑士と現実の侑士とは切り離して考えられるようになった。違いを見つけるたびに、侑士は今此処で生きている人間なんだと実感を深くする。
だから、他のテニプリの登場人物に出会っても、『漫画の中の人』と思うことはもうないだろう。まぁ、きめ台詞を聞いたら、始めは「きゃ~」って感じかもしれないけど。ああ、高等部だから、榊太郎の生『行ってよし』は聞けないよなぁ。
小杉十郎太さんの声で『行ってよし!』聞きたかったかも……。そう、彼らの声はアニメテニプリと同じっぽい。といってもまだ侑士しか聞いたことないんだけど。
私は年季の入った声優好きだった。中学の頃から。当時主役級だった人たちは年齢的な問題からか既に主役を張ることが少なくなり、それに従い私も離れていたけど。だから、テニプリの声優で解るのは、榊役の小杉さん、手塚役の置鮎さん、阿久津役の佐々木さんくらいなもの。(因みに、芸暦15年未満は声優とは認めねぇ! というとんでもないファンだったりする)
まぁ、それはおいといて(かなり脱線したし)。
次の日曜──1週間後には氷帝メンバーに会う。メインは学校の下見なんだけどね。そして、今日は立海の下見。
「彰子ちゃん、意外に方向音痴やし……大丈夫か? 俺ついて行ったろか?」
僅か10日で実は方向音痴がばれてしまっていたりする。正確には方向音痴なわけじゃない。私は李絳攸じゃない! 単に脇道があると入ってみたくなる性分なだけ。知らない道が何処に続いているか知りたいだけ。──結果として、隣町どころか更にその次の町に行ってしまい、現在地不明で侑士に電話したことがあるというだけだ。
…………。
心配した侑士に付き添うといわれたのを断り(今日は練習試合らしい)、地図をプリントアウトしてきたわけだけど。
此処は何処。えーい、この地図の目印が大雑把なのがいけないんだぁぁぁぁぁ。
──ハイ。迷子です。侑士の予感的中です。
一旦駅に戻るにしても、駅はどっちだろう……。こうなったら人に聞くしかないか。
きょろきょろと周りを見渡すと、ラッキーなことに、立海の制服発見。前を行く立海の制服に向かって走る。目標は2人の男子学生。1人は清潔そうな綺麗に整えられた黒髪。そしてもう1人は銀色で襟足が尻尾。
──え……。銀髪で尻尾? もしかして、ここでもサービスのよさ発揮か? 何とか前方の2名に追いつき、まさかと思いつつ、恐る恐る声をかける。
「あのすみません……道をお尋ねしたいんですが」
呼び止め、振り向いた2人。──ビンゴ。
「どうされました?」
ジェントルマン・柳生比呂士と、コートの詐欺師・仁王雅治でした。
立海受験の為下見に来たこと、地図を見ていたがどこかで道を間違ってしまったらしいことを説明し、立海までの道を尋ねる。
「確かにこの地図では解り辛いですね。私たちも学校へ向かうところですので、ご案内しますよ」
流石ジェントルマン柳生! まさに紳士といった態度で申し出てくれる。
「ありがとうございます、助かります」
ありがとう柳生。救いの神だ!
「こっちじゃ」
仁王はそういうとスタスタと歩く。
「仁王君、そっちは……」
柳生が呼び止めようとするけど、仁王は足を止めない。5分ほど歩いたところで柳生は『ああ成る程』と呟く。
「お前さんが来た駅はここでええんじゃな?」
仁王に言われて見上げた建物は、確かにスタート地点の駅だった。私が頷くと仁王は「ならええ」とだけ言ってまた来た道を戻り始める。え……もしかして、私に道が解るように態々駅まで引き返してくれたの?
「……仁王君、態々ありがとう」
先を行く仁王に駆け寄り、お礼を言う。因みにそれぞれ自己紹介済み。
「スタート地点が判らんと意味ないけんのう」
あっさりとなんでもないことのように仁王は言う。でも普通は簡単に思いつくことじゃない。仁王ってこんな細やかな心配りのできる人なんだ。それからも仁王は目印になるようなものを教えてくれて、私が次に来るときに迷わないようにしてくれた。
「駅から今のペースで歩いて約15分というところじゃの。次は迷うんじゃなかよ」
校内に辿り着くと仁王はそう言う。
「本当にありがとう、仁王君、柳生君。とても助かりました」
感謝の気持ち一杯で頭を下げる。
「お気になさらずに、長岡さん。当然のことをしたまでです」
流石はジェントル(以下略)
「柳生、先行って幸村に少し遅れるっちゅーといてくれんか。このお嬢さんは校内でも迷子になりかねんきに案内してくる」
仁王が意外なことを言う。
「そこまでご迷惑は……」
校内で迷子はないだろうと言いかけて止める。──無駄に広い。流石に中高大学一貫教育……。迷子になるかもしれない。
「そうですね、そのほうがよいでしょう。では私はお先に」
柳生は仁王に頷き、私に『入試頑張ってくださいね』と言うと恐らくテニスコートへ向かって去っていった。
「長岡さん、こっちじゃ」
仁王は先に立って歩き始める。
「仁王君、何から何までありがとう。ごめんね、部活遅れちゃうね」
「別に俺が好きでしよることじゃきに、長岡さんが気にする必要ないぜよ」
そういって、仁王はこれ以上の謝罪を封じる。うーん、この心配り、本当に中学生か?
「入試は高等部の校舎を使うから、こっちじゃ」
ここでも仁王は目印を教えてくれた。
「うん、判った。校内は大丈夫そう。ありがとう」
道順を頭に入れて思い返しながら言う。
「長岡さん、これも何かの縁じゃし、テニス部の練習見ていかんか?」
意外な仁王の提案だった。
この後は単に帰宅するだけ。土曜の昨日のうちに洗濯も掃除も買出し(学生が多い町なので、土曜日が安売り日と設定してあるらしい)も済ませてるから、特に帰宅後もやることはない。まぁ、ネットサーフィンで『BLEACH』サイト周るか(テニプリは当然この世界に存在しなかったが、BLEACHは存在した)、ネットゲーム(結局プレイしてる)するか、だしね。
仁王に連れられてテニスコートに行くと……うわ、いるいる。此処まで仁王と一緒に案内してくれた柳生。あのスキンヘッドは苦労性のジャッカルね。ブン太くん……コートでガムはやめようよ。ワカメ頭の赤也もいるし……。コートの外にはビッグ3が揃ってる。
「こっちじゃ」
手招きされてついて行く。仁王が向かったのはビッグ3のいるベンチ。
「遅れてすまんのう、幸村」
「事情は柳生から聞いてる。何も問題はないよ」
そう言うのは大魔王(かどうかはまだ不明)な、でも、か~な~り細身美青年な幸村。丸坊主跡部までしか漫画は読んでないから、幸村のテニスする姿は見てないんだよねー。どんな感じなんだろう。
「長岡さん、紹介するぜよ。元部長の幸村精市と、元副部長の真田弦一郎、それから柳蓮二じゃ」
と3人をまとめて紹介してくれる。
「今日は仁王君と柳生君にお世話になりました。長岡彰子と申します」
3人をそれぞれ見つめてから、お辞儀をする。
「俺は着替えてくるきに、長岡さんのこと頼むぜよ」
と仁王は部室へ行く。
「長岡さん、テニスはするの?」
残された私に気を遣ってか、幸村が聞いてくる。
「いえ、スポーツは専ら見るほうばかりです。──あまり体が丈夫ではなかったので」
こっちでは『体が弱くで学校に殆ど行っていない』設定だったなぁ。テニスは結構好きで、プロテニスの試合は割りと見てた(マッケンロー、レンドル、エドベリ、ベッカーあたりの全盛期)。そもそもアニメ『エースを狙え!』世代だし。テニス部でないのに、何故かラケット持ってたし。今でも一応ルールくらいは判るはず。
「そうなんだ」
にっこりと幸村は笑う。普通の笑顔のはずなのに、何故か何か企んでいるように見えるのはきっと2次創作からの先入観に違いない。
「今コートにいらっしゃる方たちがお上手なことは判ります。フォームも綺麗だし」
今コートにいるのは柳生と丸井。赤也とジャッカル。それぞれが軽く打ち合ってる。ウォーミングアップというところかな。
「お邪魔にならないように見てますから、皆さんも私に構わず、練習に戻られてください」
というか、幸村のプレイ見てみたいなー。しかし、その私の願いとは裏腹に、立海メンバーは私が気になるのか、コートにいるメンバーもちらちらとこちらを見てる。因みにジェントルマン柳生は一度会釈をしてくれて終了。
「……皆長岡さんが気になってるみたいだね」
苦笑して幸村が言う。
「無理もない。仁王が誰かを自ら連れてきたことなどなかったからな」
そう応じるのは柳。
「全く……たるんどる!」
おおおおお。生『たるんどる』。って、真田、君は一体何歳なんだ。リアル30代の私だって『たるんどる』なんて言わないよ……。
「練習のお邪魔になっているようだし、帰りますね」
そういって立ち上がりかける(ベンチに座っていたのだ)と、幸村に留められた。
「それじゃ、後から俺が皆に文句言われてしまうからね。紹介してしまえば真面目に練習するだろう」
というや、幸村はコートの4人に声をかけ、ちょうどそこに着替えを終えた仁王もやってきて、立海レギュラー陣勢揃い。そして既に自己紹介済みの柳生を覗いた3人と互いに名乗りあう。はっきり言って、テニプリでの立海は仁王以外どうでもよくて。
っつーか、寧ろあまり好きではなく。特に赤也はどっちかっつーとキラいで(うざいガキはキライ。同じ理由で氷帝の向日、青学の菊丸・桃城も好きじゃない)。
なのに……。
「仁王先輩とはどういう関係っすか?」
「立海受けるんすか?」
「中学ドコっすか?」
などなど などなど……色々聞いてくる。仁王とは出会ったばかりでどんなも何もないっつーの! それに立海受けないヤツが下見にはこねーだろ、普通に考えて。他のメンバーがコートに入ってる間、赤也がまとわり付く。
「俺が女を連れてくるなんて初めてじゃきに、気になるようじゃの。すまんの、長岡さん」
と仁王は謝ってくれるけど……。
しかし……。元々好きじゃない赤也+しつこい+うざい=……ブチッ。
「せからしかっ! ちったぁ黙らんね!!」
──と、熊本弁丸出しで怒鳴ってしまったのでした。
それからは赤也も大人しくなり、約2時間ほど練習を見学。
帰るときには仁王がまた駅まで送ってくれた(迷子にならないように……と)。
駅で仁王と別れ、ちょうど来た電車に乗って東京に帰る。
うーん、電車だけでも1時間半かぁ。往復3時間はきついなぁ。
氷帝に合格したら、氷帝に進学することを決め、電車に揺られたのだった。