二度目の涙(忍足視点)

 金曜日に出逢って。土曜日に買出しに付き合うという名目でデートして。出逢って3日目の日曜日は、会うこともなくて寂しかった。

 せやけど、今日から毎日一緒に夕飯食って、一緒にお勉強や。テストまでの平日のみ、っちゅー条件ではあるけれど。ごっつー楽しみや。

「忍足、何ニヤついてやがるんだ。気色悪い」

 おっと、今は部活中やった。3年の1月で、既に引退済みとはいえ、受験もあらへんし高校入ったかてやっぱテニスはするわけで。これまで通り部活には顔を出しとる。まぁ、後輩の指導が主やけどな。

 そんなときに、跡部に気色悪い言われたんやけど、俺のニヤケは止まらんかった。彰子ちゃんと夕方以降ずっと一緒に居れるんやから。




 せやけど、一昨日は驚いた。知り合うて2日目にして、親密度はかなり上がった感じやってんけど、泣かしてしもうた。昼飯食ってたファミレスで。

 俺が『彰子ちゃん』て呼んだら、泣かれてしもうた。これまで家族以外に呼ばれたことなかった言うて。せやから嬉しいって。

 まだ涙の残る目で、それでもそう言うて笑った彰子ちゃんは、ものごっつう可愛かった。出逢った日に綺麗な子やと好感は持ってた。けど、あの笑顔で完全にヤラれてもうた。




 半日買い物に付き合うて。そのお礼やと夕飯ご馳走になって(料理も上手やったな)。もっと一緒に居りとうて、もっと彰子ちゃんを知りとうて。一緒に試験勉強しようと持ちかけた。幸い彰子ちゃんはうちの高等部受けるわけやし。はじめは迷うてたらしい彰子ちゃんもOKしてくれた。ただ、毎日は無理があるということで、平日の学校がある日だけになったんやけど。それでも、メシ含めて1日3時間程度は一緒にすごせるはず。

 まだ出逢うて4日目やけど、えらい気になる子やった。美人さんやけど、物慣れない感じで──明らかに男に免疫あらへん。大人びとってホンマに同じ年なんやろうかと思うこともある。かと思えば、ボケを天然でかますこともあり──……。僅か4日の間に、色んな顔見せられたなぁ。

 人とのスキンシップが苦手みたいで、人付き合いが苦手やとも言うてた。家族以外に名前で呼ばれたこともない言うてたし。あれだけ美人さんやと同性からは妬まれ、異性は近づきにくかったんやろうなぁ。一見とっつきにくい感じもあるしな。

 けど、可愛いんや。一緒に過ごした、決して長くはない時間でも、それは解った。ネコ見てるときなんて、ごっつー優しい顔して、めっちゃ可愛かったわ。

「せや、跡部」

 確か、ネコ飼うてなかったっけ。

「どうした」

 今は部活中とはいえ、俺らはコートの外から後輩の指導中。

「お前んとこのネコ、子供産んだとか言うてなかったか?」

「そうだが、それがどうした」

 やっぱ、記憶違いやあらへんかったな。

「1匹譲ってほしいねん」

 跡部の飼うとるネコは当然っちゅーか、血統書つきの、コンクール入賞歴もあるネコ。それをクレっつーんやから、俺も大概図々しいな。

「てめぇが飼うのか」

 意外そうに跡部が俺を見る。ま、これまでネコ好きとか言うたことあらへんし、無理もないな。

「いや、俺やのうて。知り合いがネコ飼いたい言うてんねん」

 今は飼えない言うてたけど、ホンマは飼いたそうやったもんなぁ、彰子ちゃん。あー、せやけど、やっぱ種類とか、好きなんがええかなぁ。

「ソマリ飼いたいみたいやねんけど……跡部トコのネコ、なんやっけ?」

「うちのもソマリだが……誰だ?」

 ラッキー。俺が他人の為に動くことはあまりあらへんから、跡部は不審そうに聞いてくる。

「んー、彰子ちゃん言うてな。お隣さんなんや。今度内の高等部受験する子やねんけど、1人暮らししとって寂しいみたいなん」

 これでも跡部は自分のネコ可愛がっとるから、下手な相手には渡したくあらへんやろ。せやから、跡部が子猫渡してもええと思うてくれるように言葉を継ぐ。

「ごっつういい子なんやで。ネコも飼うてたらしいねんけど、こっちには連れてこれんやったって寂しそうに言うてたわ」

 ペットショップで可愛い言うて、愛しそうにネコを見てた彰子ちゃんを思い出す。

「まだこっちに来て4日目なんや。こっちには知り合いなんておらんから、まだ俺しか友達──いてへんのや」

 自分がこっちに越してきたとき、テニス部に入る為に1人で東京に来たときは男の俺でもごっつう寂しかったし、心細かった。

 女の子の彰子ちゃんは余計に寂しいんやないか。

「フン……なるほどな。子猫はまだ離乳すんでねぇからな。後1ヶ月くらい経ってからならいいぞ」

 跡部は意味ありげに俺を見つめた後、そう言う。

「一番健康で人懐こいヤツをその彰子とやらにやるよ」

「おおきに、景ちゃん!!」

 言うてみるもんやな。まぁ、1ヵ月後やったら、うちの入試も終わっとるし、ちょうど時期的にもええやろ。

「えらくその女気に入ってるみたいじゃねぇか」

 ヤバイ……。跡部が興味もったかもしれん。思わず沈黙してしもうた俺を跡部は可笑しそうに見る。

「ま、そのうち会わせろ。ネコ渡す前に一度は会っておきてぇからな」

「──せやな。うちの下見来る言うてたし、そのときにでも……」

 なんとなーく、嫌な予感がしたんやった。




 部活が終わると、岳人のファーストフード行こうっちゅー誘いも断り、即帰宅する。

 バスに揺られ、彰子ちゃんに連絡メール入れようとして、はたと気づく。俺としたことが、携帯の番号もメルアドも聞いてへんやんかっ! アホやな、俺……。

 マンションに着き、汗を流し(彰子ちゃんに汗臭い男なんて思われとうないし)、爽やかに格好よく見えるように服を選ぶ。

 あんま気張ってます! ってほど格好付けるわけにもいかへんから、あくまで普段着やけどな。それから口実でもある、試験勉強のための勉強道具。学校で使うとる問題集を数冊に、ノートと筆記用具。それから番号とメルアド聞かんといかんから、携帯。

 あんまり早くに行っても迷惑やし、約束しとった7時の5分前に彰子ちゃん家のベルを鳴らす。

「はーい」

 中から声がして、ドアが開く。

 うわ。今日の彰子ちゃん、セクシーやないか。いや、普通に黒のセーターにジーンズなんやけど。Vネックのセーターは襟ぐりが広うて。身長差から──谷間見えるやん。

「いらっしゃい、侑士君」

「あ……お邪魔します」

 鼻の下伸びてたかもしれん。ヤバイヤバイ。

「うちの学校で使うてる問題集持ってきたで。これあればうちのレベル解るやろ」

 なんてことを平静を装い言いつつ、部屋に上がる。

 既に晩飯の準備はできとって。どうやら今日はポトフらしい。勧められるまま食卓に着くと、彰子ちゃんが飯をよそってくれる。

「お口に合うといいけど」

 そんなことを言う、彰子ちゃん。

「口のほうあわせるから、問題あらへんで」

 この前のパスタも旨かったし、心配あらへんやろ」

 ポトフもポテトサラダも彰子ちゃんの手作りで、ごっつー旨かった。

「うわ、なんやこのニンジン。ごっつー甘いわ」

「野菜の味、濃いでしょ。もうね、包丁入れた瞬間に『ニンジン!!』って香りがしたの」

 彰子ちゃんはニコニコと笑って言う。

「商店街の八百屋さんが、土が付いたままの野菜売ってるの! もう選ぶのが凄く楽しかった」

 そう言う彰子ちゃんは目がキラキラしてかなり可愛い。どうやらじっくり煮込んであるらしいポトフは野菜も肉もトロトロに柔らかく、贔屓目抜きに旨い。

「旨いわ~。彰子ちゃん、料理上手やな」

「え、そう? ありがと」

 照れたように笑う彰子ちゃん。

「でも、かなり手抜きだよ。コンソメの元と塩コショウしかしてないもの。お野菜の味がしっかりしてるからだよ」

 かもしれんけど、料理は同じ材料使うても、まずいもんはまずいしな。

「明日はこれをベースにカレーにするの」

 鍋一杯に作ったポトフに、明日はカレーを入れるんやと。そうすると、十分に味が染み出たスープがベースやからカレーもかなり旨くなるらしい。

「手抜き第2弾」

 ふふふと笑う彰子ちゃん。

「手抜き言うか……生活の知恵やない」

 そう言うと、

「よく言えばね」

 と笑う。

 今日はよう笑うてくれるな。だいぶ俺に気ぃ許してくれるようになったっちゅーことかな。そうやったら嬉しいな。




 和気藹々と食事を終え、食器を片す彰子ちゃん。ご馳走になったお礼やと後片付けしようとしたら、「侑士君は部活で疲れてるでしょ」と断られた。言われるままにリビングへ行き、口実の勉強の準備。今回は学年末やし、試験範囲は全学年分。中学の内容全部や。ま、入試問題と同じ問題なわけやし、それも当然やな。

 やがて彰子ちゃんも勉強道具を持ってリビングへ来て。2人でお勉強開始や。──意外というか、予想以上に彰子ちゃんは頭いいらしく。俺が苦戦しとる問題もすらすらと解いていく。

「侑士君、その問題は補助線2本入れると簡単だよ」

 なんて、俺が梃子摺ってるとアドバイスくれる。アドバイスに従って解くと、ホンマにあっさりと解けた。

「彰子ちゃん、これ解るか?」

 難問マークのついとる問題がどうしても解けんで、そう聞いてみると……。

「んー、これかぁ。面倒だよねぇ」

 といいながら、問題集を覗き込んでくる。うわ、顔近っ。

「これはね、ここをこうして……」

 問題に書き込みをしながら、説明してくれるんやけど……俺の目は問題集ではなく彰子ちゃんの顔に釘付け。当然ながら

「侑士君、聞いてる?」

 と叱られてしまったのやった。




 1時間も勉強した頃、ちょっと休憩しようということになり。俺は彰子ちゃんに携帯の番号を聞いた。

「あ……うん」

 教えてくれへん? って言うたら、驚いた顔の彰子ちゃん。

 そこまで親しい友達はいてへんみたいやったけど、今時携帯番号の交換なんて、知り合えば直ぐにするもんやない? 女の子って。

 赤外線通信で互いの番号とメルアドを送り、登録。

「これでいつでもメールや電話できるな」

 そう言うて彰子ちゃんを見ると──泣いとった。

「ど……どないしたん、彰子ちゃん」

 オロオロとしてしまう、俺。もしかして、ホンマはイヤやったんかな……。

「嬉しい……」

 え……?

「侑士君が初めての登録だから……。今までメモリー空っぽだったから……」

 そう言うて彰子ちゃんは涙を零す。

「今までね、『必要』って人以外、番号とか交換したことなかったの。だからメモリー件数っていつも少なくて……。こっち着てからは誰もいなくて……」

 引越し前のメモリーは、引越し後も引き継ぎたいほどのものはあらへんかったらしい。

「ほな、これも俺が第一号やな。きっとこれからどんどん増えるで」

 ほんまに親しい人とかいてへんかったんやな。友達が殆どいてへんかったと言うてたんはホンマやったんか。寂しかったんやろうなぁ。

「今度、うちの下見来る言うてたやろ? その時に俺の友達紹介するわ。皆イイ奴らやで。濃いけどな」

 人付き合いが苦手やというなら、それで寂しいと感じとるんやったら。少しでも仲立ちしたろうと思うた。仲良うなるんは彰子ちゃんとあいつら次第やけど、きっかけ作るくらいは俺がしたってもええやろ。

「侑士君の、友達?」

「せや。テニス部の連中やで。俺の仲間で、信頼できる奴らや」

 俺の友達やから、怖いことあらへんで──そう応える。

「うん……ありがと。楽しみにしてる」

 漸く涙の止まった彰子ちゃんは、笑ってくれた。