第七話 わたくしの恋は、誰にも決められません
レオニーの噂は、少しずつ広がっていた。
けれど、ロクサンヌは慌てなかった。エティエンヌもまた、感情的に反論することはなかった。二人は、何が事実で、何が誤解で、何が意図的な嘘なのかを確認することにした。
エロイーズの協力もあり、レオニーが周囲に話していた内容と、実際に起きた出来事の間には、いくつもの食い違いがあることが判った。
更に、レオニーをエティエンヌに紹介したエロイーズの弟についても、事情が明らかになった。弟は、レオニーから頼まれ、王族に挨拶する機会を作ったのだった。
彼女が何を企んでいるのかまでは知らなかった。しかし、彼女の話を十分に確かめず、王族との接点を作ったことは軽率だった。
エロイーズは弟を叱責し、二度と同じことをしないよう約束させた。そのうえで、弟の行動と家の総意を明確に区別した。
ロクサンヌは、その姿勢を高く評価した。
やがて、レオニーは焦り始めた。エティエンヌは自分を選ばない。ロクサンヌは、自分の噂に動じない。周囲の人々も、以前ほど自分の話を信じてくれなくなった。
そこで彼女は、王族や高位貴族が集まる行事で、ロクサンヌを公然と非難することにした。
王宮で開かれた催しの日。
レオニーは、エティエンヌの前へ進み出た。
「殿下。少し、お話ししたいことがあります」
「何だろうか」
「……ロクサンヌ様のことです」
周囲が静まった。レオニーは、意を決したように続けた。
「あたし、ずっと我慢してきました。殿下のお役に立ちたいだけなのに、ロクサンヌ様に邪魔されているんです」
ロクサンヌは、静かに彼女を見つめた。エティエンヌは、表情を変えなかった。
「具体的には、どのようなことがあったのだろうか」
「えっ?」
「君は、私の婚約者が何をしたと主張しているのか。具体的に説明してほしい」
レオニーは、戸惑った。彼女は、エティエンヌがロクサンヌを問い詰めてくれることを期待していたのだ。
「ですから、ロクサンヌ様はあたしが殿下に近づくのを嫌がって……」
「それは、私の婚約者として当然の感情ではないだろうか」
「……っ!」
「君が私に挨拶をすることを、彼女が禁じたわけではない。君が私に相談を持ちかけた際にも、私は必要な担当者を紹介した。君の相談を拒絶したわけでもない」
エティエンヌは、落ち着いた声で続けた。
「それでも、君は私の婚約者が君を不当に扱ったと主張するのだろうか?」
レオニーは、言葉に詰まった。その場には、関係者の証言や記録が用意されていた。彼女が話していた内容には、事実と異なる部分がある。ロクサンヌがレオニーを公然と侮辱したという主張にも、裏付けはなかった。
寧ろ、レオニー自身が周囲に話した内容を誇張し、他人の言葉を自分に都合よく伝えていたことが明らかになった。
「……そんなの、あたしは悪くない!」
レオニーの声が大きくなった。
「だって、あたしは主人公なのよ! 殿下は、あたしを選ぶはずなのに!」
周囲がざわめいた。
エティエンヌは、静かに尋ねた。
「主人公とは、何のことだろうか」
「……っ!」
レオニーは、はっと口を押さえた。しかし、もう遅かった。
彼女は、自分の願望を現実よりも優先していた。自分が望む相手は、自分を選ぶべきだと思い込んでいた。そのために、他人の気持ちや立場を顧みず、事実を曲げてしまったのだ。
エティエンヌは、ロクサンヌの隣に立った。
「君が私を慕ってくれたこと自体を、罪だとは思わない。しかし、誰かの名誉を傷つけ、自分の望みを叶えるために事実を曲げることは許されない」
「でも……!」
「私は、君を選ばなかったのではない」
エティエンヌは、はっきりと言った。
「最初から、自分の意思で
ロクサンヌは、彼の横顔を見つめた。
胸がいっぱいになった。彼は、自分を守るために怒りに任せて権力を振るっているのではない。王族として、公正に判断しようとしている。そして、自分の意思で、ロクサンヌを選んでいる。
レオニーは、その場で処分を受けることになった。虚偽の告発については訂正と謝罪を求められ、今後の学園での行動についても制限を受けた。更に、悪質な行為については、関係者による正式な調査が続けられることになった。
彼女の望んだ物語は、もうどこにもなかった。
催しが終わったあと。
ロクサンヌは、エティエンヌと二人きりになった。
「……殿下」
「うん?」
「わたくし、ずっと怖かったのです」
エティエンヌは、彼女の手を取った。
「うん」
「どれだけ殿下に愛していただいても、ゲームのシナリオが、それを奪ってしまうのではないかと」
エティエンヌは、彼女の手を握りしめた。
「君が未来を知っていたから、私は自分の未来を考えることが出来た。でも、私が君を選んだのは、未来を変えるためだけではない」
「……では、どうして?」
「君が好きだからだ」
エティエンヌは、優しく微笑んだ。
「君と話したい。君と笑いたい。君が嬉しいと私も嬉しい。君が悲しいと、どうしたら笑顔になってくれるのか考える。私はずっと、そうやって君を好きになってきた」
ロクサンヌの目から、涙が零れた。
「わたくしも……わたくしも、殿下が大好きです」
エティエンヌは、そっと彼女を抱きしめた。
「ありがとう、ロクサンヌ」
ロクサンヌは、彼の胸に顔を埋めた。
そこには、確かな温もりがあった。ゲームのシナリオではない。誰かが決めた運命でもない。彼女が愛した人が、彼女を抱きしめてくれている。
それだけで、十分だった。