恋の花が咲く――運命の物語よりも、あなたと紡ぐ恋を。

第四話 あなたのための贈り物

 エティエンヌの16歳の誕生日が近づいていた。

 王宮では誕生日を祝う宴の準備が進み、王族や貴族たちから贈り物が届けられていた。その中で、エティエンヌが最も楽しみにしていたのは、ロクサンヌからの贈り物だった。

 幼いころから、彼女は毎年、心を込めた贈り物を用意してくれる。今年は何だろう。そのことを考えるだけで、エティエンヌは頬が緩んでしまう。

「殿下。お顔が緩んでおります」

「緩んでいない!」

「ロクサンヌ様からの贈り物をお待ちなのですね」

「……悪いか」

「いいえ。微笑ましい限りでございます」

 侍従は笑いをこらえた。

 一方、そのころ。ロクサンヌもまた、贈り物の準備に取り組んでいた。

 今年は、刺繍を施したハンカチを贈ろうと決めていたのだ。布地は、エティエンヌの瞳と同じ澄んだ青色。そこに、小さな桜色の花を刺繍する。花びらは五枚。幼いころ、二人の周りに咲いた花を思い出しながら、一針ずつ丁寧に縫い進めていった。

 勿論、簡単ではなかった。何度も糸が絡まり、花びらの形が歪み、侍女に手伝ってもらいながら、漸く完成した。

「……出来ましたわ!」

 ロクサンヌは、ハンカチを両手で持ち上げた。

 完璧とは言えない。けれど、心を込めて作ったものだった。

「お嬢様、とても素敵ですわ」

「本当?」

「ええ。殿下もきっとお喜びになります」

 ロクサンヌは、ほっと息をついた。

 そして、贈り物に小さなカードを添えた。

『エティエンヌ様。

 お誕生日おめでとうございます。

 殿下にとって、素晴らしい1年になりますように。

 そして、これからもたくさん笑顔を見せてくださいませ。

     ロクサンヌ』

 

 

 

 誕生日の宴。

 エティエンヌは、ロクサンヌからの贈り物を受け取ると、丁寧に包みを開いた。

 中から現れたのは、青いハンカチ。その隅には、桜色の花が刺繍されていた。

「……これは」

「わたくしが刺繍しましたの。少し歪んでしまいましたけれど……」

 ロクサンヌは、恥ずかしそうに目を伏せた。

 エティエンヌは、暫くハンカチを見つめていた。やがて、顔を上げる。

「……嬉しい」

「殿下?」

「とても嬉しい。ありがとう、ロクサンヌ」

 エティエンヌは、ハンカチを大切そうに握りしめた。

「私のために、時間をかけて作ってくれたんだね」

「はい」

「ならば、これは私の宝物だ」

「た、宝物だなんて……!」

「本当だよ。どんな宝石より嬉しい」

 ロクサンヌの頬が、みるみる赤くなった。

 少し離れた場所で見守っていた王太子妃は、扇で口元を隠した。

「まあ……。あの子ったら」

 次期公爵夫人も、嬉しそうに微笑む。

 但し、ロクサンヌの父は違った。

「……殿下。ハンカチ1枚で、そこまで喜ばなくてもよろしいのでは?」

「お父様!」

「いや、しかしだな……」

「見苦しいぞ」

 ジュヴェ公爵が、孫を溺愛する息子を窘めた。

「エティエンヌ殿下は、ロクサンヌが心を込めた贈り物を喜んでくださったのだ。よいことではないか」

「ですが、父上……!」

「お前も、妻から贈り物をもらったときは嬉しかっただろう?」

「それは……!」

「ならば、殿下の気持ちも解るはずだ」

 次期公爵は、ぐっと言葉に詰まった。その隙に、エティエンヌはハンカチを胸元へしまった。ロクサンヌが嬉しそうに微笑む。

 その笑顔を見た瞬間、エティエンヌは思った。

 ――ああ、やっぱり。

 ――私は、この人が好きだ。

 幼いころは、ただ一緒にいたいと思っていた。

 今は違う。彼女の笑顔を守りたい。彼女が大切にしているものを、自分も大切にしたい。彼女が悲しいときには、側にいたい。そして、彼女が自分の隣で笑い続けてくれる未来を、自分の手で選びたい。

 エティエンヌは、胸元のハンカチにそっと触れた。桜色の花が、そこにある。

 彼は、その花を決して忘れないだろうと思った。