恋の花が咲く――運命の物語よりも、あなたと紡ぐ恋を。

第三話 私の婚約者は世界一かわいい

 それから8年。

 エティエンヌとロクサンヌは、順調に成長した。

 15歳になった二人は、幼いころのように毎日手を繋いで庭園を駆け回ることはなくなった。けれど、会えば必ず笑顔になる。手紙は週に何度も行き交い、王宮で顔を合わせれば、互いの近況を話す時間を何より楽しみにしていた。

 そして、エティエンヌは相変わらず、ロクサンヌに夢中だった。もっとも、本人はそれを隠せているつもりである。

 

 

 

 エティエンヌは、机の前で頭を抱えていた。

「……駄目だ」

 手元には、便箋が3枚。

 1枚目には、こう書かれていた。

『ロクサンヌ嬢。

 先日は王宮でお会い出来て嬉しく思います。

 今後ともよろしくお願いいたします。

     エティエンヌ』

「……他人行儀すぎる」

 2枚目。

『ロクサンヌへ。

 今日も君はとても美しかった。

 また会いたい。

     エティエンヌ』

「……軽すぎる!」

 3枚目。

『愛しいロクサンヌ。

 君の笑顔を思い出すと、私は夜も眠れない。

 君に会いたくてたまらない。

 君のことを考えると胸が苦しくなる。

 早く君に会いたい。

 君のことが大好きだ。

     エティエンヌ』

「……」

 エティエンヌは、便箋を裏返した。

「これは、流石に……」

「何をなさっているのですか、殿下?」

 背後から声がした。振り向けば、侍従が立っている。

「な、何でもない!」

「そうですか。ところで、ロクサンヌ様へのお手紙は完成いたしましたか?」

「……まだだ」

「かれこれ2時間ほど、便箋と格闘していらっしゃいますが」

「うるさい!」

 エティエンヌは顔を赤くした。

「君は、恋文を書いたことがあるのか?」

「ございますよ」

「……そうか」

 侍従は、にこりと笑った。

「殿下。お相手の方に伝えたいことを、そのままお書きになればよろしいのではありませんか?」

「それが出来れば苦労はしない!」

 エティエンヌは、机に突っ伏した。

 ロクサンヌに格好よく見られたい。大人びた、素敵な婚約者だと思われたい。けれど、彼女を前にすると、嬉しくて、照れくさくて、つい余計なことを言ってしまう。幼いころから、何も変わっていない。

 いや、変わったこともある。幼いころは、ロクサンヌが笑ってくれるだけで満足だった。今は違う。彼女の隣に立ちたい。彼女に頼られたい。彼女が困ったときには、真っ先に相談してほしい。

 そして、彼女の未来に、自分が当たり前のように存在していたらいいと思う。

「……君に言われなくても、解っている」

 エティエンヌは、3枚目の便箋を引き寄せた。そして、もう一度、最初から書き直した。

 

 

 

 数日後。

 ロクサンヌの部屋には、一通の手紙が届いた。差出人は、エティエンヌ。彼女は封を切り、丁寧に書かれた文字を追った。

『ロクサンヌへ。

 次に会える日を、私はいつも楽しみにしています。

 君と話していると、時間が過ぎるのがとても早く感じます。

 君が笑ってくれると嬉しいし、君が何かに悩んでいると、力になりたいと思います。

 私は、君と一緒に過ごす時間が好きです。

 これからも、たくさん話をしよう。

 君が嬉しかったことも、悲しかったことも、何でも聞かせてほしい。

 私も、君に聞いてほしいことがたくさんあります。

 次に会える日を楽しみにしています。

     エティエンヌ』

「……まあ」

 ロクサンヌは、手紙を胸に抱きしめた。

 派手な愛の言葉はない。けれど、一つ一つの言葉から、エティエンヌの気持ちが伝わってくる。彼は、昔から変わらない。自分のことを大切にしてくれる。自分の話を聞きたいと思ってくれる。そして、これからも一緒にいたいと願ってくれる。

「……わたくしも、お会いしたいですわ」

 ロクサンヌは、頬を赤く染めた。

 その日のうちに返事を書き、翌日にはエティエンヌのもとへ届いた。手紙には、こう記されていた。

『エティエンヌ様。

 わたくしも、殿下とお話しする時間が大好きです。

 次にお会い出来る日を、心待ちにしております。

 そのときは、たくさんお話ししましょうね。

     ロクサンヌ』

 手紙を受け取ったエティエンヌは、暫くそれを眺めたあと、誰にも見られないように大切に引き出しへしまった。

 勿論、その日の午後には、兄である第一王子に見つかった。

「エティエンヌ。お前、またロクサンヌから手紙をもらったのか?」

「……兄上!」

「毎日楽しそうだな」

「兄上には関係ありません!」

「そうか。ところで、父上が呼んでいたぞ」

「えっ?」

「ロクサンヌの父君も一緒らしい」

 エティエンヌの顔が引きつった。

 ロクサンヌの父。娘を溺愛する、あの次期公爵である。エティエンヌは慌てて身だしなみを整えた。

 第一王子は、弟の背中を見ながら笑った。

「頑張れよ、エティエンヌ」

「何をですか!」

「義父上に気に入られることだ」

「まだ義父上ではありません!」

「そのうち、そうなるだろう?」

 エティエンヌは顔を真っ赤にした。

 第一王子は、ますます楽しそうに笑った。