Prologue

 私は自分のことが好きではなかった。

 平均寿命の三分の一に達しようかという年齢にもなって、将来のことなんて何も見えていなかった。

 人生をかけられるような仕事に出会えたわけでもなく、ただ糊口を凌ぐ為の派遣社員として勤務して。

 一生を共にするような伴侶にも出会えず、夢を託せるような我が子を得たわけでもない。

 ただただ、その日をなんとなく生きて、そんな日が続いている。そんな人生だった。

 勿論、日々の楽しみがなかったわけじゃない。趣味のネットゲームや二次創作、そんな楽しみはあった。好きな作家の新刊を待ったり、好きな歌手のコンサートに行ったり。

 でも、そんな流されるような日々に、建設的な将来の展望なんてなかった。

 ただ生きているだけ。ただ、死んでいないだけ。

 だから、いつ死んでもいい。そんなふうに思っていた。

 出来るなら、人生をやり直したい。そんなことを思っていた。

 ──それがまさか現実になるなんて思いもしなかった。





 ある日、目覚めると見知らぬ部屋にいた。私を叩き起こしたのは、轟悠の姿をした自称神様だった。何でも二次創作素人作家の守護神らしい。神様は『草紙神』と名乗った。

 そして、教えてくれた。

 これは異世界トリップなのだと。私の好きな少年漫画『テニスの王子様』の世界に私は来たのだと。ついでに人生をやり直したいと願っていた私の希望を叶える為に、年齢も若返らせてくれ、容姿もかなり上方修正された。

 元の年齢の半分にまで若返って、私は高校入学から人生をやり直すことになった。

 その代償は、元の世界で私の存在が抹消されるということ。私は初めから生まれてもいない、存在しない者。両親も親戚も友人たちも、誰一人私という人間が存在したことを知らない。それが、生き直す為の代償。

 それでもいいと思った。自分なんて嫌いだったから。






 心残りはあった。元の世界で私の心の慰めだった、愛猫たちの存在。真朱まそお萌葱もえぎ、撫子。誰よりも、両親よりも大切な『家族』。

 けれど、あの子たちも私の世界にやって来た。存在を抹消されたはずの世界で、私のことを忘れなかったあの子たちは、草紙神によって魂だけをこの世界に連れて来られて、新たな体を与えられ、再び私の飼い猫として生きていくことになった。






 折角のやり直し人生。今度こそ、悔いのないように生きていこうと思った。

 二度目の高校生活で出会った友人たち。そして、かつての人生は持ち得なかった、心から大切に思う恋人。

 以前の世界では漫画の登場人物だった彼らは、ここでは生きている人間で、友人になった。私のことを片腕として信頼してくれる跡部景吾、妹のように世話を焼いてくれる宍戸亮と滝萩之介、甘えん坊なくせに鋭い向日岳人と芥川慈郎、姉のように慕ってくれる鳳長太郎。そして、誰よりも大切な人、忍足侑士──恋人。

 信頼し、信頼され、共に歩む仲間たちと一緒に、ずっと生きていくのだとそう思っていた。

 かつてのように死んでいない、ただ命があるだけだなんて虚しくて寂しい人生ではなく、充実した人生を生きていけるのだと思っていた。

 ──そう、思っていた。






 あんな竹箆返しがあるとは、思いもしなかった。

 切っ掛けはやはり異世界トリップだった。私の許へ、とある人物──ゲームキャラクター──が逆トリップして来たことから、全ては始まるのだった。











 えーと……これは一体如何いうこと? 目の前で何が起こっているんだろう……?

 本日、4月某日、土曜日。

 久しぶりに部活が休みの貴重な土曜日で、私は朝から機嫌が良い。目覚めもすっきり爽快で、朝から掃除も洗濯も完璧に終わらせてしまったし。

 これまた久しぶりに侑士とのデートだから、余計に楽しみでルンルンといった気分。なんせ、3年に進級してから初めてのデートなんだから。

 付き合い始めたのは約半年前とはいえ、お互いに色々と忙しい身ではデートの時間なんて殆ど取れなくて。

 まぁ、家が同じマンションの隣同士、2年まではクラスメイト、更には同じ部活の副部長とマネージャーという関係もあって、ほぼ登下校は一緒、学校でも離れるのは選択授業と体育とトイレに行くときだけ……なんていう、離れている時間のほうが少ない私たちではあったけれど。

 それでも春休み中は合宿やら友達との旅行やらがあったりして、殆どデートなんて出来なかった上に、3年では理系文系でクラスが分かれた。因みに医学部進学予定の侑士は理系で、政治経済学科進学予定の私は文系。

 校舎こそ同じではあるけれど、教室が3階と4階で別になったこともあって、これまでの2年間とは大違い。部活の朝練が終わってから放課後の部活までの時間で唯一会うのは昼休みのランチだけになった。

 侑士はそれが詰まらなかったらしくて、今まではあまり言わなかった休日のデートを口にするようになった。正直なところ休日も部活があったり、共に一人暮らしをしている学生としては日頃出来ない掃除洗濯でデートする時間もなかったんだけど。

 それでも私だって、やっぱり日常の生活とは別に、恋人らしいデートもしたいなぁなんて思ってた。だから、今日のデートはとても楽しみにしてた。

 それは侑士も同じようで、マンションが隣の部屋なのに、態々駅前で待ち合わせという、如何にも! なデートをしようということになってた。丁度侑士が見たがっていた映画が今日公開だったし、映画を観て、ランチして、お買い物して……って。二人であれこれと計画を立ててた。

 5月の後半からはインターハイ予選の都大会が始まるし、その後6月には関東大会、8月には全国大会と部活の忙しさは増していく。名門強豪校であり、全国大会上位常連でもある我が部が途中で負けるなんてことは考えられないけど、それに油断して練習を疎かにするほど馬鹿なメンバーでもない。だから、練習はハードさを増す。そして皆当たり前の顔をして全国大会決勝まで進むだろう。

 7月に入れば全国大会に向けて練習は一層ハードになる。私たちも高校3年生。つまり、今年が最後の全国大会。だから皆かなり張り切ってる。部長の跡部をはじめレギュラー陣にしてみれば、中学からの因縁のあるライバルたちと対戦出来るラストチャンス。だからこそ悔いが残らないように、例年以上に跡部は力が入ってる。一見クールに見える跡部が実は熱血漢のかなり熱い男であることは、この2年の付き合いでよーく知ってるし。

 全国大会が終われば高校3年生ということで、後は大学受験に向けて一直線。まぁ、跡部と私は大学部への内部進学だし、一応お互いに成績上位をキープしてるから既に内々定出てるようなもんだけど。

 でも侑士は外部の大学を受験する。しかもご両親との約束もあって、地元に戻ることになってる。京都の大学へと進学することになる。彼も成績は常にトップクラスだし、万が一にも不合格なんてことにはならないだろう。

 つまり、大学に進めば私たちは遠距離恋愛になるわけで、一緒に過ごせる時間はあと1年もない。

 そういうこれから先の諸々もあるから、今日のデートは貴重な一日なんだけど……。なんか、無理かもしれない。

 というのも、乙女らしくデートに着ていく服をアレでもないコレでもないとクローゼットをひっくり返す勢いで選んでいたところに、突然奇妙な音がしたから。その音が始まりでどう考えても有り得ない現象が起こったから。

 聞こえた奇妙な音は、間近な上空を飛行機が飛んでいるような轟音。でも我が家の上空は飛行ルートじゃない。高校入学前から丸2年以上住んでるけど、一度だって飛んだことはない。

 同時に愛猫3匹の唸り声。その声は間違いなく警戒と威嚇。

「真朱、萌葱、撫子、如何し……」

 猫たちを振り返って絶句する。──はい?

 振り返った空間はぱっくりと黒い口を開けていた。

 そう表現するのが一番あっていると思う。本来何もないはずの空間、床から1メートルほどのところに、真っ黒な円が浮かんでいる。球体じゃなくて円。平面、二次元。しかもその円は私たちの困惑を意に介さず(円に意思があるかは甚だ疑問ではあるけれど)、ぐんぐんとその表面積を増していく。床との角度は45度くらい、円は斜めに浮かんでいる。まるで瓶の口を床に向けて水を流す準備をしているような、そんな感じ。

 円の直径が2メートル程度になったところで、円は成長を止めた。

 余りの異常事態に私は茫然自失。猫たちは尻尾を束子状態にして毛を逆立てて唸ってる。怖いだろうに私の後ろに隠れたりせず、寧ろ私を守るように私の前に3匹揃っている。流石に自分たちは私のナイトだと日頃から豪語しているだけはある。有限実行素敵だよ、にゃんこたち。

「ねぇ、真朱。ママ、現実逃避していいよね」

「ママ、逃げないでくださいませ。現実から眼を背けても何も変わりませんわ」

 うん、そうだね、真朱。いつも冷静な判断をありがとう。でもね、そんなに尻尾を束子状態にして言っても、ちょっと説得力ないかもよ。警戒心だけじゃなくて明らかにビビリ入ってるでしょ。

「取り敢えず、かーちゃんとねーちゃんと撫子、俺の後ろに隠れてろ!」

 おお、萌葱! 流石唯一の男の子!! 頼もしいよー!!

「パパ、カッコイイ!!」

 こら、お転婆撫子。パパより前に出たら危ないでしょうに。折角パパが格好つけて母と妻と娘を守ろうとしてるのに。……萌葱が一番ケンカ弱いんだけどね。

 とまぁ、軽く現実逃避している間にも円は更なる芸を披露。いや、芸じゃないか。

 そんなことを思っていると、その真っ黒な円から何かが飛び出してきた。より正確に言うならば、吐き出されたというか、落ちてきたというか。

「……人間?」

 頭があって、胴体があって、腕があって、足がある。別にバラバラに落ちてきたわけじゃなくて、全部ちゃんと繋がってる完全体の普通の人間。バラバラだったらどんな猟奇的事件だっつー話。絶対正気じゃいられない。

 どさっと音がして、その人間らしい物体は床に落ちる。音からしてマネキンとかではなさそう。人の形をしたモノではなく、ちゃんとした生物で哺乳類のホモサピエンスな人間みたいだ。

 吐き出し終えた円は役目を終えたとばかりに休息に収縮し、あっという間に消える。コラ待て。事情を説明しろ、真っ黒クロスケ!!

 心の中で毒づきながら、恐る恐るその人間擬きの物体に近づく。いや、認めよう。如何見てもそれは人間。

 おっかなびっくり近づく私たちを尻目に、一番好奇心が強くて怖いもの知らずな撫子はテクテクとその人物に近づくと、前足でフニフニと頬を押す。

「温かいし柔らかいし、おかーさん、生きてるみたいだよ」

 撫子は振り返ってそう言う。

 そうそう、今更だけど、実は我が家の猫たちは人間の言葉が話せる。別に猫たちが魔物だとか天使だとかそういうファンタジーな存在というわけではない。まぁ、ある意味異世界トリップをしている私を含めてファンタジー系というかSF系というかオカルト系というか、そんな存在ではあるのだけれど。

 昔アニメにもなった某オレンジ色の猫と同じ。自身の健気な努力によってこの子たちは人間の言葉をマスターし、今では流暢に言葉を操る。

 とはいえ、猫が喋る──しかもテレビなんかに出てくるような単語が『そう聞こうと思って聞けばそう聞こえる』レベルではなく、まさに『話す』──なんてことになれば、良くて動物実験・研究材料、悪けりゃ化け猫扱いで殺処分。当然、猫たちが話せることは我が家のトップシークレットだ。四六時中我が家に出入りし、私の次に猫たちの信頼を得ている侑士ですら、このことは知らない。

 一人暮らしだから家族も知らないことだし、そもそもこの世界に私に家族はいない。便宜上、書類上の親戚として叔父はいるけれど、その叔父は普段はこの世界にはいない。──元々私自身がこの世界には存在しない人間だったのだから。

 この世界は私が生まれ育った世界ではない。私が生まれたのは現代の日本。住んでいたのは九州のとある地方都市。今いるここは同じ現代日本とはいえ、私がいた世界には存在しなかった町、所謂パラレルワールドだ。

 そう、私は異世界トリップをしてこの世界にやって来た。元々の世界で人生に厭いていた私を草紙神と名乗る二次創作作家の守護神が異世界トリップさせたのだ。それが今から2年ちょっと前のこと。青春時代からやり直せということで、年齢が15歳まで若返り、高校時代からやり直すことになったというわけだ。如何してそんなことになったかといえば、ある意味負け組への救済措置に奇跡的な確率で巡り会ったということだろう。

 ともあれ、そんなわけで私に家族はいない。便宜上の叔父とはこの草紙神のことだ。一応両親も書類上存在することになってはいるけれど、会ったことはない。草紙神によれば必要な場合には、面白いことが大好きな他の神様が化けて演じてくれる……そうだ。結構、日本の神様ってお茶目な方が多いらしい。

 そんな異世界トリッパーというファンタジーな存在である所為なのか? 私の許にこういう現実では理解し難い超常現象が起こったのは!? 突然何もない空間に穴が開いて人間が飛び出してくるとか、超常現象以外の何者でもないよね!?

 と、再び現実逃避しつつ、倒れている人物に近づく。

 性別男だと思う。女性のような線の細さや円やかさがないし、背も高そうだし。それから、多分黄色人種・モンゴロイド。ついでに多分、日本人。しかし……

「…………コスプレ?」

 春の祭典にはまだ時間あるよね……? でも如何見ても普通の服じゃない。だけど見覚えのある格好ではある。ゲーム画面とかテレビ画面で。尤もゲーム画面は専ら第二衣装のほうを使ってるんだけど。

 だけど、あのコスプレにしてはトレードマークの弦月の前立の兜がないな。ああ、平時のコスプレなのかな。小袖の上にこれまたトレードマークのような蒼い陣羽織を着ているけど。

 いやー、お兄さん。あのキャラのコスは顔面偏差値東大クラスじゃないと失笑モンですよ? 二次創作の世界じゃ『美形』『美人』と評されている御方ですし……なんてことを思いつつ、未だ意識のないお兄さんの頭の横にしゃがみこむ。多分、お兄さんだよね。お姉さんでこんなに背が高かったら、即宝塚の男役になるべきだ。

 顔を覆っていた長い前髪をかき上げて顔を見る。ちゃんと眼帯までしてる。うん、これもやらなきゃ、あのキャラのコスプレにはならないもんね。……って。

 待て。待て。待て!! これ、本当にコスプレか!? このお兄さんはコスプレに人生懸けていて、その為に整形までしちゃったのか!? 如何見てもあのキャラそのものの顔してるんですけど!! そりゃ、CGとナマの違いはあるけど、某RPGのティーダ=藤原竜也とユウナ=広末涼子くらいの近似率はあるぞ!!

 まさか、まさか、まさか、まさかーーーー!!!!

「ママ……なんだか、この人に見覚えがある気がするんですけれど、気の所為ですわよね?」

「うん、そうだね、真朱! そんなはずないもんね」

 目の前のモノが信じ難くて真朱とそう頷き合えば……

「かーちゃんもねーちゃんも現実から目ェ背けてねーか?」

 冷静なツッコミをありがとう、萌葱。でもね、君の立ち位置、微妙に一番後ろなんですけど。まぁ、萌葱が一番ビビリなのは知ってるけどさ。

「おかーさん、これ、あのゲームのルーだよね」

 物怖じしない撫子はお兄さんの顔を覗き込む。小首傾げて振り返る姿がとってもプリティよ、撫子ちゃん。でも、あの人はルー大柴じゃないよ。そんなこと言ったらファンの人たちに袋叩きにされちゃうよー。

 再び現実逃避しかける意識を何とか現実に向ける。目の前で起こったことなんだから受け容れるしかない。

 これがコスプレイヤーだとしてもあのキャラ本人だとしても、突然目の前に現れた逆ブラックホール擬きから落ちてきたことには変わりない。充分、超常現象だ。やっぱり、私自身が超常現象体験者だから、ここにやって来たのかな。

 さて、目の前にいるこのお兄さん。十中八九コスプレじゃない。あのキャラクター本人に違いない。着ている陣羽織も小袖も現代の化学繊維っぽくないし、陣羽織は明らかに高級そうな織物だし。こんな高価なコスプレをする人はそうそういないだろう。

「おかーさんがやってたゲームの俺様でしょ?」

 そう、親友から『絶対にハマるよ!』と勧められ、アクション苦手なくせにプレイしていたゲーム。幸い難しくなかったからハマってやってた。元々題材が題材なだけに興味あったし。プレイしているときには猫たちがキャラの動きに合わせて画面に猫パンチしては、私に邪魔ーと怒られてたっけ。

 そのゲームのタイトルは『戦国BASARA』。武田信玄と伊達政宗が同時代にいて、伊達政宗と毛利元就がほぼ同世代っていう、とんでもない設定のゲーム。色々と有り得なさ過ぎて歴史好きの失笑を買うか、或いは夢の対決実現と狂喜するかの評価が分かれるだろうなーってヤツ。私の場合、プレイするまでは前者に近かったんだけど、プレイしてからは所詮フィクションだし面白ければいいかって思うようになった。

 さて、ズルズル引っ張って認めないのもここまでだ。

 目の前に倒れているのは、多分、ほぼ確実に、『戦国BASARA』伊達政宗。

「取り敢えず、今日のデートはキャンセルするしかないよね」

 未だ意識を取り戻さない伊達政宗(仮←最後の足掻き)を放って出かけるわけにもいかないし、目が覚めたら覚めたで出かける余裕はなさそうだし……。

「これってさー、かーちゃんがネットで読んでた逆トリップってやつ?」

 私がネットしていると膝の上でいつもパソコンを覗いている萌葱はそう聞いてくる。因みに真朱はマウスを扱う私の右手の上に座り込んでマウス操作を邪魔してくる。猫だけにマウスが好きですってか?

「如何やらそうみたいね」

 現実世界から作品世界に行くのがトリップ。作品世界から現実世界へ来るのが逆トリップ。

 自分がトリップで某少年漫画の世界に来たくせに、まさか自分のところに誰かが異世界トリップしてくるなんて思いもしなかった。まぁ、普通は思わないんだろうけど。

 伊達政宗(仮)がいつまでこの世界にいるのか判らないけど……もしかしたらずっとこっちの世界にいるのかもしれないし、数時間で帰るのかもしれないけど、どちらにしろ、取り敢えず今日の予定は全部キャンセルしたほうが無難ではあるだろう。

 はぁ、と溜息を漏らし、携帯を取り出す。侑士に連絡しておかないとね。

 ワンコールで出てくれた侑士にデートのキャンセルと伝える。言い訳には実在しない両親を使う。急に両親が帰国して、当分の間私の部屋に滞在することになった。少なくとも今日明日の土日は会えないって。

 流石に本当のことなんて言えないしね。伊達政宗(仮)の滞在が長引くようなら侑士には話すことも考えないといけないけど、短期間で帰ってくれるなら隠しておいたほうが色々と面倒も少ないだろうし。

 因みに当然ながら、侑士も友人たちも私が異世界トリップしてきたことは知らない。友人たちには両親は海外在住で滅多に帰国しないと説明してある。だからこそ、こういう『突然両親が帰国した』という手は結構有効だったりするんだけどね。

『仕方あらへんな。久しぶりの家族団欒なんやし、俺が邪魔するわけにもいかんやろ』

 残念そうな侑士の声音に罪悪感。でも、今日を楽しみにしてたのは私も同じなんだよ。

『ご両親帰らはったら、やり直しデートしよな』

 侑士はそう言って気にするなと笑ってくれる。ありがとう、本当に貴方は私に勿体無いほど出来た恋人です。

 侑士に申し訳ないのと、デートを潰された恨めしさで目の前に横たわる伊達政宗(仮←しつこい)を睨みつける。蹴り入れてやりたい!!

 するとそれに反応したのか、伊達政宗(仮)の瞼がヒクヒクと痙攣する。意識を取り戻しかけているらしい。

 もう一度侑士に謝って通話を終了。目の前の(仮)が目を開けたのは、それと同時のことだった。