「長岡、4日の夜は空いてるか?」
いつもの如く部活後、跡部・侑士と明日の確認をしていると、突然跡部がそうのたまった。
「4日? 特に予定はないはずだけど」
中間テスト近いからテスト勉強するくらいかなぁ。
あれ……確か4日って……。昔あっちの世界で読んだはずのテニプリ20.5巻を思い出す。
「ちょい待ち、跡部。何、人の彼女を夜のデートに誘っとるんや」
そんな跡部に侑士がちょっと待ったコール(古ッ)。
というか、別に侑士の彼女じゃないんだけどね。一応、表向きは今でも玲先輩の彼女だし。
まぁ、既に玲先輩がネタバラシしてるんで、侑士と跡部は事情を知ってるだけど。因みに他のレギュラー陣には言ってない。信用していないとかそういうことじゃない。秘密を守るベストな方法は、その秘密を必要最低限の人間しか知らないこと、だからね。知る人が多くなればその分バレる確率は跳ね上がるから。宍戸とかがっくんとか、嘘つくの苦手そうだし。
「デートのわけねぇだろ、ボケ。夜のデートならもっと色気のある女にする」
ちょっと待て、跡部!! なんだと、こらぁ!
「あ、それもそうやな」
ちょ……侑士も即納得しないでよ!
誰が色気マイナスなのよ!(そこまで言ってない)
「どういう意味よ。私にだって色気くらい……」
ある……よね? 多分。……ない、かな……? ないかも……。
でもでもでも、スタイルは悪くないと思うんだけど(少なくともあっちにいた頃よりは)。──スタイル=色気でもないけど。
くそぉぉぉ。杉本彩姐さんに弟子入りしてやるー!
「冗談はおいておいて。4日にパーティがあるんだ。それに出席しろ」
パーティ? しかも命令!?
「あー、お前の誕生日か。今年もパーティするんか」
やっぱりそうだったか。うろ覚えだったんだよね、キャラ誕。
でも、なんで私がパーティに? あ、テニス部のレギュラー皆とか?
「いや、呼ぶのは長岡だけだ。子供が出るようなパーティじゃねぇ。多少は取引先のガキも来るには来るがな」
侑士たちは……呼ばないんだ。まぁ、跡部家のパーティなら、普通の『お誕生会』じゃないし……それも尤も。なのに、どうして私だけ?
もしかして跡部、私に惚れた!? イヤ、それはないな。
「長岡は俺の補佐役だから当然だろうが」
いや、当然じゃないから!! 補佐役っていってもそれは生徒会とテニス部……つまり学校内部に限ったことじゃないか。
「──跡部、勝手に彰子の将来決めたらあかんて」
侑士が溜息混じりに言う。私の将来って……。
「別に勝手に決めてるわけじゃねぇ。俺の希望だ」
「先ずは彰子の意思確認やろ。彰子の将来は彰子のもんやで」
話が見えません、先生。
「私の将来って……まさか、私に高校卒業後も跡部のお守りしろって?」
将来っていうからには、就職とか、そういうこと……だよね。
「お前に将来的には俺の秘書になってもらいたい」
「はぁ!?」
いきなりそんなことを言われても……。
「長岡を1年近く見てきて、お前が1番的確に俺を補佐してくれると感じてるんでな。将来俺が跡部を継ぐときにお前が補佐役として秘書になってくれていれば心強い」
そう言う跡部の表情は決して冗談を言っているものでも揶揄っているものでもなくて。本気でそう思ってくれているのが判る。
「ありがとう、跡部。そこまで私を評価してくれて」
私にそんな価値があるのかは判んないけど……少なくとも跡部は人を見る目はあるし、これまでの私の行動からそう判断してくれているわけで……純粋に嬉しい。
「でも、返事は保留ね。いきなり言われてもそんな先のことまではまだ考えられない」
いきなり就職決まっちゃうから、それじゃ。就職活動しなくていいのは楽で助かるけど。
あっちにいた頃、学生時代になりたかったもの……。小学校の先生、マンガ家、小説家、雑誌編集者。結局どれにもならずに、塾の講師をしてたんだけど(しいて言えば小学校教師に近いか)。
今の私は、将来なりたい職業はまだ未定。漠然と、大学では心理学か国文学を勉強したいなぁ……って思ってる程度。
あっちにいた頃の夢だった小説家は、今は特になりたいとは思ってない。創作意欲も沸かなくて、小説自体書くことをこっちではしてないし。
跡部の秘書……かぁ。本当にそうなるかは別として、秘書に必要な知識を身につけるのは悪いことじゃない。いくつかの外国語、ビジネスマナー、経済学、スケジュール管理……どれも普通に会社勤めするにしても役に立ちこそすれ邪魔になる知識じゃないし。
「ああ、俺はこう考えていると知っておいてくれればいい。これから先もしかしたらお前以上に適任だと思う奴が現れるかもしれねぇしな。可能性は低いが」
「でも……だとしてもどうして私がパーティに……。柄じゃないし」
跡部は一応上流階級で……私はそんなものとは無縁。というか、跡部やら美弥子さんやら玲先輩を知らなければ、日本に『上流階級』なんて階級が現実にあるとは思わなかっただろうな。絶対マンガとか映画とかフィクションの世界のモノと思ってた。縁がなかったからだけど。
「実はな……じぃさんがお前に興味を持ってて、呼べってうるせぇんだ」
跡部のおじいさんというと、現在の跡部グループ総裁か。日本でも十指に入るお金持ちの1人だわ……。
「テニス部やら生徒会やらで常にお前が俺の傍にいることを聞いたらしくてな。まぁ……今年のパーティは今までとは違うし、その所為もあるんだろう」
跡部は面倒くさそうに溜息をつく。
「今までと違うって、なんやねん」
会話に置いてけぼり状態だった侑士が言う。
「じいさんが今年引退するんだよ。親父が総裁になる」
ああ、なるほど。去年までは総裁の孫のお誕生日だったけど、今年は次期総裁の誕生日ってわけか。
というか、引退って早くない? 跡部のおじいさんって確かまだ60代半ばくらいのはずじゃ。新聞とかテレビとかで見たけど、渋いロマンスグレー(古ッ)の『おじいさん』って呼ぶのが申し訳ないような方だったんだけどなぁ。
「定年退職だ。本人曰くな」
定年……って。雇われ社長じゃあるまいし。
「この不況でグループ内でも早期退職制度も取ってるくらいだからな。トップが範を示すんだとかほざいてやがった」
確かに社員はとっとと定年退職で追い出しながら首脳部を老人が占めてちゃ説得力はないから、一理あるといえなくもない……かな。跡部の口調からはなんかいい印象持ってないみたいに感じるけど。
因みに、65歳とか、全然老人じゃないから!
「じじぃの本音は面倒な仕事は親父に押し付けて、楽隠居してぇってことだ。ばぁさんと旅行やら趣味やらを満喫して悠々自適な老後を送りてぇらしいな」
跡部くらいの大きな会社のトップを長年務めてこられたんだから、別にいいんじゃないかなぁ。跡部のお父様だって凄腕の実業家だって評価だし、おじいさんにしてみれば安心して跡を託せるってことでしょ。
「ま、じじぃの我侭に付き合わせることになって長岡には申し訳ねぇが……こういう機会に違う世界見てみるのもいいだろ。ってことで、4日の6時に迎えをやる」
決定かよ!
侑士と帰宅しながら、溜息が出る。
「彰子もほんま大変やなぁ」
侑士は苦笑してる。苦笑するしかないっところかな。
「面倒だし、知らない世界で怖いけど……仕方ないよね。跡部だもん」
私も苦笑するしかない。
「せやけど、場所が帝国ホテルって……流石としかいいようがあらへんなぁ」
だよねぇ……。16歳のお誕生会が帝国ホテル。まさにお坊ちゃま!
「何着ていけばいいんだろ……」
やっぱりパーティだからドレスとかなのかなぁ。ドレスコードってあるんだろうか。誕生日パーティなんだから……略礼装くらいかなぁ? まぁ、正礼装ってことはないだろうな。
「さっき招待状貰たやろ。それにドレスコード書いてあるんやない?」
そういえば貰ってたな。
鞄の中から招待状を取り出して……あ、あった。『BLACK TIE』……ってことは準礼装かぁ。じゃあ、ワンピースとかスーツはNG……だったかな。後で調べてみようっと。
「準礼装やな。それやったら彰子、ドレスやん。ロングドレスかカクテルドレスやな。持ってる……わけあらへんよな」
あらへんあらへん。普通の高校生は持ってないと思うよ。まぁ、氷帝の大半の生徒は持っていそうな気もするけど。
「後でネットで調べてみる。高校生だとどれくらいのがいいんだろ……。いっそ制服で出たいくらいだわ」
溜息が出る。学生には制服って正装だからね。冠婚葬祭どれでもOKな。
まぁ、ロングドレスはともかく、カクテルドレスなら結婚式にでるときのような服だから、高校生らしいものもあるだろう。とはいえ……跡部のパーティなんだから安物は着ていけないしな。予定外の出費だわ。
「明日、部活休みやし……放課後渋谷あたり見てみるか」
「それもそうだね……」
ん……。待てよ。用意周到な悠兄さんのことだ。もしかしたらクローゼットに入ってたりするかもしれない。先ず帰ったらクローゼットをチェックだな。