新しい季節(詩史視点)

「4連覇おめでとうー!」

「あはは。ありがとー」

「次は10月の中間テストね」

「プレッシャーかけないでよ、詩史ー」

 入学以来常に学年トップの成績を保ってる彰子。あの跡部が首位じゃないなんて、中等部時代には考えられなかったこと。なのに、高等部に入ってからは僅差とはいえ跡部が連戦連敗。んで、今日は彰子の4連覇お祝いということで、我が家にお招きしたというわけ。

 2学期が始まって、最初の日曜日。今日は愛しの大親友彰子と久々のデートなのよ!

 波乱の夏休みを終えて、漸く私としては一息つけた9月。彼氏にお邪魔虫と並み居る難敵を押しのけて、彰子と休日を過ごす権利を獲得した私はそれだけでもご機嫌。おまけに今日は我が家に初めて彰子を招いての2人だけのお茶会。我が家だから邪魔が入ることもないし。

 彰子の格好はラフすぎないパンツスタイルで、制服よりもちょっと大人びた感じ。どっちかというと童顔で背も低い私からしてみると彰子のすらりとした長身もメリハリの利いたスタイルも大人びた顔立ちも羨ましい限りなのよね。

 それに彰子ってば物腰だって落ち着いてるし……。さっきママに『本当に詩史ちゃんと同級生なの?』って言われちゃったわよ。

 まぁ……彰子ったらしっかり手土産持参だったもんね。私も好きな洋菓子店のスイーツ。ちゃんと家族の分+αといった気の遣いようだったし。これまでうちに来たことのある同級生で手土産もってきた子なんていなかったし、パパやママにもきちんと丁寧な挨拶してたから、うちの両親の好意ポイントもばっちり獲得しちゃったのよね。流石は私の彰子。

「日曜にお出かけなんて、猫ちゃんたち拗ねなかった?」

「拗ねた拗ねた。でも詩史のおうちに行くのよって言ったら、『詩史ちゃんなら仕方ないなぁ。お留守番してあげるわよ』って顔してた」

 彰子の3匹の愛猫たちはなんでも休日に彰子が出かけようとするとご機嫌斜めになるらしくて。もう、彰子ったら猫ちゃんたちに関しては超がつくほど親馬鹿なんだよね。『うちの子達は頭いいのよ』って。

 確かに聞いてるとそうかなーって思えるけど。例えば、彰子の帰宅時間把握してて、1時間以上帰宅が遅れると拗ねて出迎えてくれないとか、休日に出かけようとすると阻止しようとするとか。登校のための時間だと大人しく見送るらしいし。

 おまけにご飯の前にはお座り・お手・おかわりするっていうし。

 はっきり言って、猫ちゃんたちは忍足や関さんよりもずっと手ごわいライバルよね。彰子の私生活は猫ちゃんたち中心に回っているといっても過言じゃないもの。

 でもたまにはこうして女の子同士おしゃべりに時間を使うのもいいものだしね。

「だけど、暫くはまた土日も練習になるから、猫たち拗ねちゃうかも。侑士や跡部を引っかいちゃうかもなぁ」

 苦笑混じりに彰子は言う。猫ちゃんたちも自分たちと彰子のラブラブ時間を邪魔するのがテニス部だって判ってるみたいで、余りにストレス溜まると跡部や忍足に唸ったりするらしい。うんうん、気持ちは判るよ、猫ちゃんたち。

「今度は新人戦だっけ」

「うん。新レギュラーが出ることになるからね。大忙し」

 夏休みの終わりに新レギュラーが決まって、そのメンバーで臨むのが9月の新人戦。旧レギュラーのうち、3年生だった井上さん、関さん、鈴置さん、塩沢さんが引退して、その代わり1年から向日くん、芥川くん、滝くんがレギュラー入り。もう1人は2年生だったな。顔覚えてないわ。ともかく、跡部としては都内の大会でもあるし、氷帝でベスト8独占するくらいの目標で臨んでるらしくて、また彰子は忙しくなりそうな気配なのよね。っていうか、青学の手塚や不二いるんだし、独占は無理じゃないかなぁと思うんだけどさ。

「今度の新人戦は個人戦でシングルスだけだからいいんだけど……。ダブルスをどうするかが問題なんだよね」

 彰子はそう言って悩ましげな溜息をつく。中等部の頃の組み合わせでいけば、忍足と向日くんなんだろうけど、どうやら彰子と跡部は忍足をシングルスで使いたいみたい。

「まぁ、テニス部のことは今日は忘れて。いつもテニス部のことばっかり考えてたら胃に穴開いちゃうわよ」

 私といるのに忍足のことなんてどうでもいいじゃない、彰子! ……とはいえ、ちょっと気になることもあるのよね。

「で、彰子。その後どうなのよ」

「え?」

 そう。忍足とはどうなってるのよ、彰子! 今日はそれを確かめたいっていうのもあったの。

 夏休みの終わりに彰子からどうして関さんと付き合い始めたのかの理由を教えてもらって。正直驚いたわよ。彰子が下郎どもに狙われてたってこと。それを私にも隠してたってこと。まぁ、忍足や跡部にも隠してたってことだから、黙ってたことは大目に見てあげるけどさ。水臭いなぁって思っちゃった。だけど、関さんが巧く処理してくれたから問題にはならなかったと聞いてホッとしたわ。流石、影の支配者関玲彦よね……。

 で、私が彰子から聞いたのと同じ頃、忍足(と跡部)も関さんから理由を聞いたらしい。つまり、彰子が関さんと恋愛感情なしで恋人になっているってこと。まだ忍足にもチャンスは残ってるってことをね。

 あの日偶然忍足と会ったけど、ホンットに判りやすいくらい忍足はウキウキしてた。そのまま羽が生えて空飛んじゃうんじゃないってくらい。スキップしてるように見えたもの。

「忍足とは巧くいってんの?」

 まぁ、1週間かそこらで進展とも思えないんだけどね。

「巧く……って。詩史も知ってる通りだよ」

 きょとんとして彰子は答える。私が知ってるって……それじゃあ1学期──関さんとのお付き合い以前と全く変化はないってことか。

 やっぱり彰子はまだ忍足の気持ちに気付いてないのか。

「ただね、ちょっと……侑士が私を女の子扱いすることが増えたかもとは思う」

 少し頬を染めて言う彰子。……ちょっと、可愛いじゃない、彰子!

 ということは、忍足も全く動いてないわけじゃなくて、徐々に距離を詰めて行ってるって感じなのかしら。

「元々侑士はフェミニストだし、私が特別って訳じゃないと思うんだけど……」

 明らかに特別だから! 気付こうよ、彰子……。

 けど、気付いたら気付いたでまた彰子悩みそうだなぁ。関さんと別れるのは関さんの卒業後数ヶ月経ってからって決めてるみたいだし。ほら、卒業して疎遠になって別れてしまうってありがちなことだからね。そのほうが自然だもの。仮にも恋人がいる状態で忍足の気持ちに気付いて本当は相思相愛なんてことになったら、彰子は忍足に申し訳ないとか変に気をまわしそうよね。

「んー。女性としてはどうか判んないけど、ある意味忍足にとって彰子は特別だと思うよ。これまであいつが女に対して跡部と同等の信頼を置くなんてことなかったわけだし」

 彰子の幸せのためにもちょっとだけ忍足の援護射撃をしてみる。それに彰子はこっちにくるまで友人に恵まれてなかったらしくて、友達とか仲間っていうのをとっても大切にしてる。仲間として信頼される、友達として大切にされるっていうことを凄く嬉しがるんだよね。

 私が何でも彰子に言って我が侭言うことだってあるし、時々ケンカしたりもする。それすら彰子には嬉しいことみたい。おまけにこんな風に愚痴を言い合ったり、お互いの家を行き来したりなんて、彰子は余りやったことがないみたい。

 私が親友って連呼するのにも初めは戸惑ってたんだよね。彰子にとっては『親友』っていうのは中々ハードルが高いみたいで。

 確かに今は『親友』とか『友達』って言葉、軽くなってるとは思うの。ほら、昔の漫画なんかだと、親友って互いに命を預けられるような本当に心から信頼し合える友達を指すでしょ。生涯に1人現れるかどうかの特別な友達のこと。それに比べれば、今の若者は軽く親友って言葉を使うのよね。って、私だって今の若者だけど。

 正直、中学時代にも『私たち親友よねー』なんていう友達はいた。他の子よりちょっと仲良しって程度の子だったけど。

 だけど、彰子は違うのよね。彰子のために命をかけられるかといわれれば即答は出来ないけど、でも、やっぱり彰子は特別な友達だと思うもの。一生友達でいたいって。だからお互いに何でも言い合いたいし、耳に痛いことだって言う。彰子になら言われてもいい。私のことを考えていってくれるって判るから。

「ありがと、詩史。こうやって詩史が色々聞いてくれるから、凄く気持ちが楽になる。聞かないでいてくれるし」

 彰子の言葉は深い。ちゃんと判ってくれてるのが嬉しい。うん、やっぱり彰子は親友だわ。

「当たり前でしょ。私は彰子の親友なんだから」

 ニッコリ笑ってそう言えば、彰子も笑う。うわー……その笑顔、写メ撮っていいですか。私にこんな風に笑ってくれるのよフフンって忍足に自慢してやりたい。いや、こんな笑顔忍足に見せるの勿体無い。独占よ、独占。

「うん。私も詩史のこと親友だって思ってる。大好きよ、詩史のこと」

 大好き頂きましたー!! 嬉しさで悶絶死しそうよ、彰子。

「私の話ばっかりじゃなくて、詩史のことも聞きたいなー。特に詩史の恋バナ。いないの?」

 クスクスと笑いながら彰子はいたずらっ子の目で私を見てくる。

「跡部とか忍足とか、顔はいいけど問題ありな連中ばっかり見てるからね。どうにも現実の男には目が向かないわ」

「ちょっと……そこに名前が挙がった人を好きな私はどうすればいいんですか、詩史さん」

「まぁ蓼食う虫も好き好きだもの。いいんじゃない」

「ひどーい」

 お互いにクスクスと笑いあう。

「あーあ、現実に小十郎みたいな渋い人いないかしら」

「いるとは思うけど……小十郎はやっぱり西郷輝彦だと思うの」

「古いわよ、彰子! 昭和の話よ」

「……悪かったわね。どうせオジコンよ」

「太郎ちゃんに走らないでよ」

「あれはないから」

「でも小十郎いいよー。こじゅ好きー」

「うんうん。あ、でも、全然クリア出来ないのよね……」

「彰子アクションゲーム苦手だもんね」

「母の胎内に反射神経と運動神経置いてきたから」

 ケーキをつつきながら、乙女の会話は尽きない。おまけに実は彰子とは趣味が似ていて、どんどんオタクトークになり始める。彰子も結構色々ゲームやるらしいし。彰子からは割と古いけど面白いゲームを教えてもらったり。

 そういえば、彰子が面白いよって勧めてくれるものって、結構古い物が多いなぁ。映画も小説も漫画も。

 そういう古いものも知ってるから、彰子の雑学知識は豊富なんだろうけど。兄姉がいるわけでもないのに、古いものよく知ってるのよね。

 彰子ってちょっと不思議なところがあるわよね。家族の話とか聞いたことないし。氷帝に来てるんだから、それなりにお金持ちの家だとは思うんだけどな。あのマンションだって結構いいところだし……。ご両親が海外在住で、こっちでの保護者は叔父さんっていうくらいしか聞いてないや。

 忍足情報によれば、多分家族との関係は余り巧くいってないっぽいところもあるんだよね。友人関係も含めて、それもあるから彰子は自己評価が低いみたい。

 まぁ……彰子が話さないことを無理に聞く必要もないか。知らなくても問題のないことだもん。今私の目の前にいる彰子、それが全てなんだから。






 そうして、私は久しぶりの彰子独占な楽しい時間を満喫。

 ついでに、シルバーウィークは彰子のおうちにお泊りの約束を取り付けてとってもハッピーな一日を過ごしたのでした。