種明かし(忍足視点)

「話があるんだ。彰子にも関係のあることで」

 関玲彦がそう言うてきたんは、夏休みも残り10日程になった頃やった。

 テニス部の夏休みも残り1日の最終日に俺は関玲彦に呼び出され、関家へと出向くことになったんや。

 関さんにはまぁ、色んな思いがあるよって積極的に関わりとうはなかってんけど、彰子にも関係のあることやと言われたら無視するわけにもいかへんしな。

 しかも俺だけやのうて、跡部まで呼んどるらしくて、そうなるとかなり重要な話やと想像つくし。

 俺1人やったら、釘刺しとも考えられんこともないんやけど……あのお人がそないなセコイことするとも思われへん。彰子のことで複雑な相手ではあるけど、これでもあの人のことは評価してんねんで。

 で、今、その関家の門前におる。横には跡部もいてる。

 なんや、恋敵のアジトに乗り込むみたいで緊張してまうな……。

「俺だけやのうて、跡部まで呼ばれとるっちゅうことは……強ち跡部の考えすぎいうわけやなかったってことみたいやな」

「その可能性は強そうだな」

 家の人に案内されながら俺と跡部は小声で話す。

 跡部は彰子と関さんの関係を怪しんどった。ホンマは恋人とちゃうんやないかって。2人が付き合い始めたタイミングやら、それまでの2人の態度から疑うとった。

 けど、俺は跡部の疑問に素直には同意出来ひんかった。余りにそれは俺にとって都合のいい疑問やから。彰子が関さんのことを恋愛的な意味で好きなんやない──ってことになれば、俺にも可能性は残されとるっちゅうことや。

 勿論、俺は彰子がホンマに関さんのこと好きなんやとしても諦める気ィはあらへんのやけど……それでもそうであれば気持ちはかなり軽うなる。俺自身の気持ちにとってもやけど、何より何れ必ず来る関さんとの別れで彰子が傷つくことはないからな。

「折角の休日に態々済まないね」

 俺等が部屋に通されると関さんはそう言わはって、座るよう促す。

「いえ、別に構いません」

 勧められるまま、俺と跡部は腰掛け、対面に関さんも座る。

「早速本題に入らせてもらうな。跡部も忍足も疑問を持ってるだろう、彰子と俺の関係についてだ」

 座るや否や、関さんはそう話を切り出した。まぁ、確かに当たり障りのない会話で腹の探り合いなんて面倒やし、それでええねんけど。一応彰子の彼氏やから余り長いこと顔見ていたい相手でもあらへんし。

「俺と彰子が恋人だってことに疑いを持ってるだろ、跡部」

「はい。交際を始めたのが余りに唐突に感じましたので。それまで長岡も貴方も互いを意識しているようには全く見えませんでしたからね」

 彰子は関さんのこと好いてはいた。けどそれは飽くまでも先輩としての域を出てへんかったと思う。寧ろ……男としては俺のことを意識してくれてたように感じとるし。

「うん、そうだな。時間があればそこらへんも巧くやれたとは思うんだが、何しろ時間的な余裕もなくてな」

 関さんは苦笑しながら言う。

「これから話すことは彰子と俺、そして井上・塩沢・鈴置──つまり当事者と俺のブレーンしか知らないことだ。後は……多分今頃彰子が久世には話してるだろうけど」

 そう前置きして関さんは事情を話してくれはった。

「俺と彰子は恋愛関係じゃない。どっちかっていうと兄妹みたいな色気はない関係だな。でも、周りには俺たちが恋人だと思わせておく必要があってそうしてる」

 理由は2つやった。

 1つは、俺等が冷泉女史から知らされた、俺の元カノ連中から守るため。

 冷泉女史からその話を聞かされたとき、俺等も彰子に俺やない『男』がいてるという噂を流そうとしてた。そうすれば少なくとも俺の元カノ連中は彰子に手ぇ出したりしいひん思うたからな。

「でも理由がそれだけだったら、彰子の『彼氏』は俺じゃなくても良かった。お前等も立海のヤツに頼むつもりでいたんじゃないか?」

 鋭いお人やな。仁王か幸村あたりに頼む予定にしてたんやし。

「他校の彼氏であれば氷帝内での行動を彰子が変える必要もないし、そのほうが楽だっただろうな。でも、それじゃダメな事態になった。それが2つめの理由だ。彰子自身を狙ってる奴等がいたんだ」

 欲望の対象として、彰子を狙っていた男たちがいた──。

「彰子への好意なんて可愛いもんじゃない。彰子の外見だけを見て……体だけが目的の奴等だ」

 苦々しげに関さんは吐き出す。

 俺等かて胸糞悪うなる。純粋に彰子に惚れて彰子を欲しいと思うんなら判る。けどそいつ等はそうやない。己の欲望を満たす為だけに彰子を欲しがっとる連中。彰子自身の内面なんてどうでもええ、ただ彰子の体だけが目的でそれを玩びたいと思うとる奴等がいてたなんて……それに気付かへんかったなんて、自分自身にも腹が立つ。

「しかも、そいつ等は跡部の配慮や思惑なんて無視してる連中だ」

 確かにせやろな。跡部の配慮に気付いてそれを尊重する奴等やったら、彰子に手ェ出そうとするはずがない。大体、彰子を──1人の人間を玩具のように玩ぼうとする奴等が他人のことを配慮するなんて思われへん。けど、実際に自分のことしか考えへん奴等もいてる。そういう奴等への牽制の為に『跡部』が彰子を片腕やと公言してたんやけどな。『跡部』の影響力は氷帝の中でも強いよって、その後継者である跡部景吾の機嫌損ねるようなことをしてまで彰子を傷つける奴はいぃひんやろうと思うてた。

「そいつ等にとって自分たち以外の人間は自分たちに奉仕すべき存在、自分たちに利用される道具、自分たちの欲望を満たすための玩具でしかないんだ」

 そう言うて関さんは幾人かの名前を挙げた。途端に跡部の顔が険しゅうなる。それまでも眉間に皺寄せて不快な顔しとってんけど……。

「成る程……」

 俺はそいつ等のことを知らへんのやけど、跡部はどういう奴等か判ってるみたいや。

「彰子を狙ってる奴等がいると知れば、お前等は彰子を守ろうとしただろうな。でもあいつ等が相手だとすれば、お前等に有効な手は打てなかった。少なくともかなりの時間と労力を割かれることになったはずだ」

 一筋縄ではいかへん連中やったってことか。跡部が名前に反応してあないな表情するってことは……恐らく社会的には跡部よりも格上な家柄の奴なんやろう。

 普通の高校やったら人間関係はそいつ自身の持つ能力や性格で決まる。跡部がキングって言われるんも本人の俺様気質・カリスマ性、そして懐の深さが認められとるからや。けど……氷帝のような学校ではそれだけでは済まん部分もある。政治家やら財閥系やら、そんな家の子供が集まってる所為で実家の力関係が学内にも持ち込まれる。面倒やな。

「彰子にしてみれば自分の為にお前等が労力を割かれるのは申し訳ないって思ったみたいでね。全国に集中して欲しいって俺の案に乗ってくれたわけだ。俺なら彰子を恋人にするだけで奴等から守れるからな」

 関さんは政治家の家系やしなぁ。お祖父さんが確か与党の重鎮やったはずやし。家柄やらその力関係やらにしか価値観置いてへん連中にしたら関さんは敵に回したらあかん相手やもん。

「本当にお前等のことが大事なんだよ、彰子は」

 そう言って関さんは笑うたけど……少し寂しそうにも見えた。

「お前等が自分のことを大切にしてくれてることも彰子はちゃんと判ってる。だから、自分を守ろうとしてくれるだろうことも、そうすればお前等に危険が及ぶことも予想がつく。奴等は自分の欲望を満たす為ならなんだってやるからな。流石にお前等の命を奪うことまではしないだろうが、暴力を使うことも罪悪感もなくやっちまう連中だ」

 そないな連中に彰子は狙われとったんか……。全く気付いとらんかった自分に憤りを感じるわ。お気楽すぎやろ、自分……。

 跡部もまさかそんなことがあったとは気付いてへんかったみたいで、表情が硬くなっとる。

「まぁ、今はほぼ片がついて、念の為に俺の卒業までは恋人で通すことにしてるという状況だな」

 問題そのものはもう解決しているのだと関さんは言う。関さんのことやから憶測やのうてちゃんと調べて確証を持ってそう言うてるんやろう。

「彰子に何かしかけてくるなら、あいつ等の会社ごと潰してやる気満々だったんだけどな」

 関さん……その笑顔怖いですよって辞めてください。冗談やのうてホンマにそれが可能な力持ってはるはずやしな……。

「と、まぁ。ここまでがこれまでの事情。今後のこともあってお前等には事情を話しておいたほうがいいと思ってな」

 最低限関さんの卒業までは彰子との恋人関係は続けることになるけど……彰子の一番近い場所にいる俺と跡部にはちゃんと話しておこうということになったらしい。

「彰子が気に病んでたんだよ。自分を信頼して自分も信頼しているお前等に嘘をついてるのが嫌だったらしくてね」

 彰子らしいなぁ……。

「彰子としては滝や宍戸……1年の準レギュラーメンバーにも本当のことを話したかったらしいけど、それは俺が止めた。秘密を知ってる人間は少ないに越したことはないからね」

「まぁ、秘密は守れる奴等ですが、態度に違いが出てくることは否めませんね。嘘をつけない奴等ですし」

 特に岳人とか慈郎とか。自らばらすことはないやろうし、人前での言動には注意するやろうけど、何処にどんな目があるか判らへんしな。

「俺の卒業前には彰子が事情を話すと言ってた。その頃に俺たちも『別れる』からな。そうするとあいつ等も心配するだろ」

 心配かけへん為にか。結構自分もしんどい思いしてたやろうに人のことばっかり気ぃ遣いおって……。

 彰子は結構寂しがりやや。友達が少なかったこともあって、高校に入ってからは俺等と遊ぶのが楽しゅうてしょうがないちゅう感じやった。休日に一緒に過ごすことも、部室でワイワイ騒ぐこともホンマ楽しそうに、幸せそうにしてた。

 けど、関さんとの交際が始まってからは俺等も遠慮あったから、そういうのなくなってしもうたからな。それだけでも結構彰子にはダメージあったて思う。

 その上、彰子のことやから、俺等を騙しとるって、俺等に嘘ついとるって罪悪感持ってそうやし。

「お前等だけでも事情を知ってれば、彰子も少しは気が楽になるだろ」

 少しは、な。

 それに俺等が事情を知ってれば彰子の心理的負担を軽くしてやることも出来るやろ。

 2学期からは朝とランチは夏休み前と同じく関さんと彰子が一緒に行動し、放課後だけ別。関さんが放課後彰子と一緒に行動することはほぼなくなるっちゅうことやった。予備校に行くことになってるかららしいねんけど……関さんでも予備校なんて行くんか。

 休日はデートと称して息抜きに誘うこともあるやろうけど、自分たちの意識は恋人やのうて兄妹やから心配はするな言われた。

「彰子のお前等を面倒に巻き込みたくないって意思を尊重して、協力を頼むよ」

 彰子の行動は全部俺等の為なんやとい関さんは締めくくる。

 そうやろうな……。彰子は自分の為やったら自分で動く奴やし。橋渡しやつなぎをとるのに協力を頼むことはあってもそれ以降のことは全部自分の力で何とかしようとする奴やもんな。

 それがほぼ100%関さんの力を借りて対処しとるんは自分を守る為やのうて、俺等を守る為……。

「愛されてるな、お前等」

 関さんはそう笑うた。

 せやな。

 仮令友情という名の愛情やとしても、俺等は彰子に愛されとるんやなぁ。