完全な夏休み

「うわ、広い……」

 夏休みも残り10日余りの本日、玲先輩の別荘にお邪魔しています。合宿をした跡部の別荘とご近所のモノではなくて、海辺にある別の別荘なんだけど……。

 別荘2つ……ねぇ。やっぱ玲先輩もお金持ちなんだな。

 今朝突然、玲先輩から電話があって、暇ならドライブしようと誘われて。

 玲先輩は既に18歳で免許も直ぐに取ったんだって。で、車は国産のエコカーでした。ベンツとかBMとかフェラーリとか超高級外車じゃなくてなんとなくホッとした。

 別荘までの道のりは当たり障りのない話題だったんだけど……これから今日の本題に入るのかな。その為にじっくり邪魔が入らない別荘に来たんだと思うし。

 私の部屋でも別に良かったんだけど、2人きりは止めておこうと先輩に言われたのよね。先輩なりのけじめ、かな? 別荘なら他にお手伝いさんとかいるし。

 先輩に案内されて、風通しのいいテラスに出る。目の前にはビーチ。プライベートビーチってやつですか……。うーん、別世界だわ。

 お手伝いさんが飲み物とお菓子を持ってきてくれて、直ぐに下がって行って。

 ちょっと一息ついたところで、玲先輩は本題を切り出した。

「2学期からの俺たちの行動だけどな。朝は今までどおり迎えに行くよ」

 部活引退したわけだから、朝練はないんだけど……いいのかな。

「放課後は俺も予備校あるから一緒には帰れないし、ランチタイムだけだと少々弱いかと思うんだ」

 付き合ってるアピールかぁ。

「でも、1学期の間に玲先輩と私が付き合ってるってのはほぼ全校生徒知ってるし、ランチタイムだけでも別に信憑性が落ちるとかはないと思うけど」

「まぁね。ただ、長期休暇明けってのは色々噂が飛び交うからな」

 確かにそうだなぁ。何処のカップルが別れたとか、進展したらしいとか……あっちにいた頃も多少そんな噂は活発になってた……かな。あんまり興味なかったから意識してなかったけど。

「俺たちの場合、付き合いだしてから夏休みに入るまでの期間が短かったからな。付き合ってることは判っても情報不足で皆興味津々だと思うよ」

「というか……他人のことなんて放っておけよって思うんだけど……」

 誰と誰がどんな経緯でどんなふうに付き合おうが関係ないじゃないって思うんだけどな。

「皆が皆、彰子みたいに思ってるわけじゃないからな。結構ゴシップ好きは多いんだよ」

 玲先輩は苦笑して肩を竦める。まぁ……女の子は噂好きだしね。興味はあるかもしれないなぁ。

「いつどんなふうに付き合いだしたのか、何処まで進展してるのか……そんな情報は飛び交うな。噂好きのお喋り雀の間では。で、俺たちの場合、まだそういう情報は出回らないまま夏休みに入ったからね。噂好きの連中にしてみれば2学期が楽しみで仕方ないんだよ。一応俺も彰子も有名人だしな」

 有名人……かぁ。お互いにテニス部だし、生徒会役員だったし……先輩は家柄のこともあるし、私も入学前から侑士や跡部関連で噂ばら撒かれてたから確かにそうではあるんだよね。

「芸能人の恋愛話に興味を持つ一般人って感じ……ってこと?」

「それに近いね」

 うーん。

 元々私自身が芸能人のゴシップに興味がない所為もあるけど……今一そういうゴシップ好きの心理が判らない。でも、玲先輩と付き合うことにした時点で噂になることを覚悟してるというか、噂になること前提で行動してるから、これも仕方のないことかな。

「まぁ、周りがどう思おうがどう噂しようが、俺たちは普通にしてればいいさ」

「ですね。先輩が私に告って、私が受けて付き合ってるってのは事実なわけだし」

 そう。

 ずっと『付き合ってる振り』『恋人の振り』と思ってたけど、私たちが恋人であり付き合ってるというのは事実なんだよね。それが相思相愛じゃないというだけで。

『お芝居をしてる』と思ってたから、周りを騙してると思ってたから、結構しんどかった。

 でも、経緯はどうあれ、玲先輩と私が付き合ってるのは事実。

 政略結婚って別に互いに相思相愛だから結婚するわけじゃない。互いの家とかの状況で利害関係が一致するから結婚する。相思相愛じゃないから偽装結婚ってことじゃなく、それも1つの紛れもない夫婦の形の1つなわけだし。

 玲先輩との関係もそれと同じ。お互いに信頼関係はあるし、それぞれの事情を承知の上で恋人になったんだから……政略恋人みたいなものかなぁって。政略というと大げさだけど、謀略恋人? いや、謀略ってなんかイメージ良くないな。でもまぁ、そんな感じ。

 それでも周りに私たちは相思相愛の恋人と誤解させてるんで、嘘はついてるわけだけど……。

「で、話を元に戻すけど。朝とランチタイムは今までと同じで一緒に行動。放課後は別行動な」

「了解です。っていうか、先輩予備校行くんだね」

 玲先輩は学年トップだから必要ない気がするんだけど。……私たちって学年トップ同士のカップルだったのか。成績トップの新旧生徒副会長同士のカップル……うわー、なんか絵に描いたような嫌味な優等生カップルじゃない?

「油断は禁物だしな。予備校で受験技術を身につけることも必要だし。それに氷帝以外の世界も知っておかないとな」

 幼稚舎から氷帝の先輩にしてみれば、確かに外の世界を知ることは必要……かな? 大学は外部(当然というか東大志望だそうです)に進むからそれで十分じゃないかなと思うけど。

 因みに朝の時間帯は先輩は早めに登校することになるけど、その分勉強時間にあてるから不都合はないらしい。私だったらその分家で寝てるほうがいいな……なんて思っちゃった。

「それで……ここからが本題。2学期に入る前に、跡部と忍足には俺たちの関係をちゃんと説明しようと思うんだ」

 え?

 それって……相思相愛じゃなくて理由があって付き合ってるんだってことをばらすってこと?

 秘密を知ってるのは最小限に留めておいたほうがいいって玲先輩が言ってたのに。

「理由は大きく分けて2つ」

 私の疑問に応えるように玲先輩は説明を始める。

「まずは跡部が俺たちの関係を疑ってる」

 ああ、確かに疑ってるね。私のも色々探りいれてきたもの。というかそのものずばり『本当に付き合ってるのか』なんて訊かれたくらいだし。

「跡部が疑ってるとなると、結構周囲への影響は大きいからな。何しろ氷帝のキングだ」

 そうなのよね。跡部の影響力って思ってた以上で半端ないから……。

「跡部は疑問に思ったことをそのまま放置するタイプじゃないものね。露骨に動かないにしても色々探りは入れてきそう」

 あの跡部の鋭い視線で観察されたら正直胃が痛くなるな……。なんせ、インサイトの持ち主ですよ。

「そう。色々動かれると何処でどう綻びが生じるか判らないからな。それよりは事情を説明して協力してもらったほうがいいだろ」

 それもそうかな。跡部が私たちの仲を認めていれば何よりも強い信憑性の裏づけになるだろうし。

「忍足は跡部ほど疑ってはいないようだけど、100%信じてるわけでもないからね。あいつは跡部以上に曲者だからな。忍足にも話しておいたほうがいいだろう」

 曲者度合いでいうと、侑士は跡部の遥か上を行くと思う。なんだかんだいって、跡部って真っ直ぐなんだよね。侑士がひん曲がってるってわけじゃないけど。

「判りました。じゃあ、2人には事情を話して協力してもらうってことで」

 余計な負担をかけることにならないかは心配だけど……。でもまぁ、諸悪の根源連中は玲先輩と付き合った時点で引き下がってるから大丈夫かな。

「あの2人に事情を話してしまえば、彰子も気が楽になるだろ。少なくとも嘘をつかなくて良くなるから」

 それが……2つ目の理由。

「今はある程度割り切れた顔してるけど……結構彰子辛そうだったからな。やっぱり好きなヤツや信頼してるヤツに嘘つくの、嫌だろ」

 私のため……。

 玲先輩、やっぱり優しい。

 信頼してくれてる仲間に嘘をついてるのはキツイんだよね。特に皆私が恋愛に疎いことは判ってるから心配してくれるし……。

 それに、侑士が私のことを友達としか思ってないにしても、やっぱり別の人を好きだと誤解されてるのは辛い。それで揶揄われたりすると居た堪れないというか、身勝手と知りつつイライラしたりする。

「ありがと、玲先輩」

「いいんだよ。俺も彰子が辛そうなのは嫌だしな。なんかなぁ……彰子と過ごす時間が長くなるに連れてだんだん俺も変わってきたんだよね」

 先輩はフッと息をつく。そして徐に私の腕を引っ張って……

 ちょっと、先輩!! この体勢は何!?

「ギャッ」

「……もう少し色気のある声は出せないかなぁ……」

 無理です!!

 いきなり膝に乗せられて首筋に顔埋められて!!

 突然のことに『きゃっ♥』なんて可愛い声なんて出ねぇよっ。

「普通さ、好きな女の子が膝の上にいて、美味しそうな首筋が目の前にあって、それ舐めたりして、視線を落とせば谷間が見えるなんてシチュエーションだったらさ」

 状況説明しなくていいって。すんごい恥ずかしいんですけど。

 ジタバタ藻掻いても私を拘束してる先輩の腕はビクともしなくて……やっぱり細身に見えてもスポーツマンな高校生男児……。

「こういう状況なら当然、青少年としては体が反応しそうになると思うんだけどな」

 性少年ってことですか……。

「全く反応しないんだよね。つまり、彰子は俺にとって女じゃないのかもな」

 ……それはどういう意味?

「彰子のことを嫌いになったとかどうでも良くなったってわけじゃないんだ。寧ろ愛しいって思う気持ちは増してる。だけど、庇護欲とか保護欲とか……そういうものが強くなってしまったというか」

 玲先輩は相変わらず私を膝に置いたまま、取り敢えず顔だけは首筋から離してくれた。首筋に息が当たるとか……刺激強すぎだからね、先輩。

「もはや恋人とか想い人って感じじゃなくて娘や妹に近い感覚だな」

 本当……かな。私に負担をかけないようにそう言ってるだけじゃなくて……?

「彰子、兄弟は?」

「一人っ子だけど……」

 あっちにいた頃は妹がいたけど、こっちでは一人っ子設定だったよね、確か。

「じゃあ、お兄ちゃん欲しいって思ったことは?」

「ある。というか、お兄ちゃんずっと欲しいなぁって思ってた」

 幼馴染に2つ年上のお兄ちゃんがいて、彼女がお兄ちゃんに勉強教えてもらったり、お兄ちゃんに叱られたりしてるのが羨ましかったな。

「俺もね、一人っ子だから妹欲しいって思ってたんだよな。ってことで、彰子は俺をお兄ちゃんと思うってのはどうだ? 俺は彰子を既に妹と思ってるんだけど」

「玲先輩がお兄ちゃん……かぁ。いいかも」

 玲先輩みたいな優しくてカッコいいお兄ちゃんなんて、超理想的な兄貴だわ。

 でも、本当にそれでいいの?

「じゃあ決まりな」

 先輩はニッコリ笑って

「ぎゃっ」

「……だから、可愛い反応しろって」

「いきなりほっぺチューとかされて無理だって! 大体兄妹ではしないでしょ」

「超シスコンな兄貴だからするんだよ」

 ……えーと。そういうもん?

「まぁ……玲先輩がお兄ちゃんなら私も超ブラコンな妹になりそうだけど……」

 お兄ちゃんだと思えば……甘えられる、かな? 今までよりも気楽にはなるかな。

「そろそろ下ろして。重いでしょ」

「やだね。可愛い妹はお兄ちゃんに抱っこされてなさい」

「セクハラ兄貴」

「過度のシスコンです」

 言い合いながら互いにクスクスと笑いが漏れる。

 こんな関係なら……楽しいかな。

「あ、先輩。侑士と跡部にだけ話すの?」

「そうだな。秘密を知ってるのは出来るだけ少人数のほうがいい。他の連中に話すとしたら別れた後かな」

 確かに秘密を知ってる人が多ければばれる可能性は高くなるもんね。でも……

「宍戸たちには別れる前に話しておきたいな。別れるときには心配されるだろうから……」

 仲間思いで優しい彼らだから、きっと自分のことのように心配して気遣ってくれるだろう。でもその前に種明かししておけばそんな心配させずに済むし。

「それもそうだな。それに関しては彰子に任せるよ」

「あと、詩史には早めに話しておきたいんだけど。詩史は私たちのこと薄々事情があるのは察してくれてるし」

 そのときに『忍足より先に事情説明すること』と言われてるしね。

「久世なら信頼出来るし問題ないな。彰子からちゃんと話しておいてくれ。俺も久世に敵視されるの嫌だし」

 敵視……って。まぁ、私に言い寄ってきた連中に対してはかなり冷たい態度取ってたりするけどね、詩史も。

「あと、忍足たちには俺から事情を話しておくよ」

「私も一緒に話さなくていいの?」

「男同士のほうが話しやすいからな」

 そういうものなのかな。まぁ、玲先輩がそういうなら任せるけど。先輩のことだから何か考えがあるんだろうし。私に聞かせたくない話があるのかもしれない。

「判った。じゃあお任せします」

 侑士たちに種明かしか。

 少し気楽になる。嘘を重ねなくて良くなるし……何より私は玲先輩を好きだっていう誤解が解けるから。

 勿論、だからといって侑士との何かが変わるわけじゃないけど。

「事実知ったら忍足も安心するだろうな」

「かな。凄く心配してくれてたし……」

 それが友達として、保護者感覚として……でもね。

「保護者……ねぇ。それだけじゃないと思うけどな」

 保護者だけじゃない……って。それってまさか、侑士が私を女としてみてる……ってこと?

「……まさか。それはないと思う」

 もし、見てくれたら嬉しいけど。

 でも、侑士にそんな素振りはないし、先輩の考えすぎだと思う。

「そうかな。ま、彰子がそう思ってるならそれでいいけどね」

 玲先輩は妙に意味深に笑う。

 もし先輩の勘が当たってたら、嬉しい、かな。嬉しいけど、戸惑いもある。

 先輩の勘繰り過ぎだとは思うけど……つい先輩の言葉に期待しそうになるのは恋する乙女なら仕方ないよね。

 だけど……それはない。

 期待なんかしちゃったら、自分が傷つくだけだもん。

 侑士を好きになっただけでいいんだから。

 思い返されたら嬉しいけど、思い返されなくてもいい。そこまで望んではいない。まだ、今のところはね。これから先は判らないけど……。






 その後は先輩と買い物に行ったりして……超シスコンの兄と超ブラコンの妹は傍目には恋人同士のように仲良くデートと相成りました。何気にお揃いの携帯ストラップとか買っちゃったし……。18歳男子の携帯ストラップが『りらっ○ま』なのはちょっと微妙かなと思わないでもなかったりして。