長岡に彼氏ねぇ……。本当のところどうなんだろうね。
本当だとして、君はどう出るんだい、仁王。
恒例化する予定の氷帝との合同合宿2回目。場所は前回と同じ跡部の別荘で、参加者も4人増えて残りは一緒。赤也が跡部に突っかかりそうで面倒だけど、俺もいるし長岡もいるし、第一跡部は相手にしないだろうから問題はない。
今回の合宿での興味は1つだけ。それは長岡の彼氏とそれに対する仁王の反応だ。
俺がそれを知ったのは当然のことながら蓮二情報。
「へぇ、長岡に恋人ねぇ」
「ああ。氷帝の関玲彦だそうだ。で、仁王には伝えるか?」
「いや、伝えなくていいだろう。蓮二の情報に間違いはないだろうけど、それは俺たち第三者が伝えるべきことじゃない」
長岡自身から伝えられるか、仁王が偶然知るか、そのどちらかであるべきだろうしね。
というわけで、この情報は俺と蓮二の間で留めておいた。
まぁ、蓮二の情報収集力を以ってしても2人が付き合っていることは判っても、それ以上のことは全く不明だった。
関玲彦についてはそれなりに俺も知ってる。去年まで氷帝で唯一立海に勝っていたペアの片割れだから。上流階級の子息で政治家の長男というのは蓮二情報で判ったことだけど、氷帝の場合大半の生徒が上流階級だからこれは然程特筆事項でもないだろうな。
彼氏のことを長岡に訊いたらどんな反応をするだろうと少し楽しみだった。仁王や忍足の反応も含めてね。
でも俺が訊く前に相手が現れた。初日の昼に長岡の恋人・関氏がやってきたんだ。
予想外の人物の登場にうちのメンバーは興味津々。氷帝側は予想済みなのか、驚いていたのは中学生だけだったけど。尤も無表情の樺地と日吉はよく判らないや。
今まで長岡のことを彰子と呼んでいたのは仁王と忍足だけで、俺たちはその呼び名はある種特別なものだと認識していた。だから、たった2人にだけ許された呼称であり、その2人の何れかがそのうち長岡の『特別』になるんだろうと思っていた。
でもそこに第三の男が登場。しかもいかにも自分は長岡にとって『特別』であると匂わせてる。
当然俺たちはあるものは心配そうに、あるものは興味深そうに仁王の様子を窺った。けれど……仁王は至って普通の態度で。
長岡が関氏と出掛けてしまったからショックを受けたかと思ったのに。
「平気そうだな。つまらない」
「お前さんを楽しませてやる義理はないきに」
飄々としたいつもの態度で仁王は応じる。
「知ってたのかい?」
「全国のときにな。経緯は忍足から聞いちょるし」
ふーん。ライバル同士情報は交換してるってわけかい。面白くないねぇ。
「そういうお前さんこそ、知っておったようじゃの」
「蓮二から事前に情報が来てたからね」
「それで俺の反応を楽しんどったんか。悪趣味じゃのう」
悪趣味なのは認めるよ。でもお前の初めての本気の恋なんだから、興味を持たないほうが可笑しいだろ。
「まぁ、俺の気持ちは変わっちょらんきに。元々長期戦は覚悟しちょったんじゃし、なんも問題はないぜよ」
お前がそう言うなら、それでいいんだけどね。
「態々言うのもなんやけど……一応説明にきたわ」
そこに忍足の声。振り返れば忍足と跡部がいた。
「お前等が興味ありまくりな目ェで見とった所為で彰子が恥ずかしがってたよってな」
忍足は苦笑する。好きな女に恋人についての説明……ねぇ。忍足も切ない役割……かな?
「さっきのはうちの3年で前副部長の関玲彦さんや。彰子の彼氏で夏休みのちょい前から付き合うとる。まだ1ヶ月にもならへん。告ったんは関さん。以上」
「それだけかよ!」
説明というには余りに短いそれにブン太が突っ込む。
「せやかて、他に言うことあらへんし」
なぁ。と跡部に同意を求めている。
「だな。付け加えるとすれば、あの2人は昭和テイストの清く正しく高校生らしい男女交際をしているってことくらいだな」
昭和テイスト……ねぇ。男女交際なんて言葉、殆ど死語じゃないのかい。
「まるで昭和50年代の少女漫画か青春ドラマみたいな爽やかなオツキアイやで。彰子は晩生やよって、初心な彰子に関さんがペースを合わせとる感じやな」
苦笑しつつ言う忍足の話を聞けば、確かに昭和テイストという言葉にも頷ける。
「うむ。それこそ高校生としてあるべき姿だ。大体今時の高校生は乱れすぎなのだ」
長岡たちの時代遅れな交際に呆れてた俺たちには気付かないのか真田は言う。今時の高校生ってお前だってそうだろうに。ああ、お前も確かに昭和テイストな男だったね。いや、お前は明治テイストかもしれないな。
「ま、そういうことや。彰子は自分の恋愛話しとか出来る性格やないし、あれこれ訊かれたら恥ずかしがって切れるかもしれへんしな。あんまり訊かんといてや」
恥ずかしがる長岡に聞き出すから面白いんだけどね。長岡の女の子な面なんて殆ど見る機会がないから興味あるし。
そんな俺の表情に気付いたのか、
「俺や仁王かて面白うないしな」
忍足は付け加える。そう言われてしまっては俺としても頷くしかない。確かに長岡に恋している2人にしてみればそんな長岡を見るのは苦痛だろうし。俺だって鬼じゃないからね。友人たちを苦しめたいわけじゃない。
「OK。判ったよ。俺たちだって切れた長岡に熊本弁で怒鳴られるのはごめんだしね」
「そうッスね。あれマジで怖ぇし」
冬に怒鳴られた事のある赤也が頷く。あれは迫力あったからな。赤也は未だにちょっと長岡を怖がってるし。
ともあれ一通りのことが判って満足したのか、それぞれが残りの休憩時間を過ごすために散っていく。その場に残ったのは俺と仁王、跡部と忍足。
「で……本当のところ、あの2人の関係はどうなんだい?」
僅かな時間しか見てはいないが、恋人というには少し違和感を感じる。長岡の態度がね。戸惑っているというか……。恋人とは思えないんだけど。
「長岡のことだ。合宿は部活の延長だと思ってるようだし、公私混同を気にしてるんだろ」
跡部の言葉は確かに長岡ならそれも有り得ると思えるもので、納得しそうになる。でも、跡部。自分が信じていない言葉を他人が信じると思うかい?
「関さんにしたら恋人がこないに男に囲まれとったら面白うないやろ。それでケンカでもしたんかもしれんな」
総勢17人の男の中に女が1人。その男たちのうち少なくとも2人は長岡に特別な感情を持ってる。だとすれば、恋人である関氏には面白くないだろうし、そんな合宿に長岡が参加することに反対していたとしても可笑しくはない。長岡は長岡でテニス部のことを大事にしているし、反対されたことでケンカになったとしても変じゃない。
でも、それもなんだか少し違う気がするけどね。
「幸村が何を感じとるんかは知らんけどな。とにかくあの2人は恋人や。2人ともそう言うてるんやしな。俺たちにどう見えようが、それが事実や。周りが詮索することやあらへん」
「そういうことじゃ。幸村、余計なこと言って引っ掻き回すんじゃなかよ」
長岡に恋する当事者2人がそう言うのなら俺は静観するけどね。
でもさ、忍足。君のその発言、君だってあの2人が本当は恋人じゃないんだと疑ってるようにも聞こえるよ。
休憩終わり間際に戻ってきた長岡は明るい表情をしていた。
忍足や仁王には引っ掻き回すなと釘を刺されたけど、ちょっと雑談程度に触れるくらいなら構わないだろう。全く話題にしないというのも変な話だしね。
「忍足から聞いたよ。彼氏だって?」
ドリンクを補充する長岡を手伝いながらそう言えば、
「私に彼氏が出来るなんて意外だって言いたいんでしょ。散々言われたわ」
屈託ない笑顔で長岡は応じる。
「そうだね。あまり長岡に女性を感じたことはなかったからね」
「失礼ね。まぁ、友達だから性別なんて意識しないんだろうけど。第一私が自分で時々忘れてるしね、女だってこと」
それはそれで問題あるんじゃないか、長岡。
「彼氏なんて初めてで戸惑うこと一杯でね。侑士たちには心配されて、世話焼かれてるわ」
世話を焼く振りして探りいれてるんだと思うけどな。
「幸村も心配してるんでしょ。ありがと。でも大丈夫よ。玲先輩といると楽しいし、凄く安心出来るの」
長岡の笑顔に嘘はないようだね。安心出来る相手……ね。
でも、長岡。なんだか君の言葉は全部『用意された返事』に聞こえるよ。
俺が疑り深いのかな?
「仁王には言ってなかったみたいだね」
「ああ……。うん。なんかさ、『彼氏出来たの』なんて恥ずかしくて言えなくて」
長岡の性格からすればそれもそうだろうな。
「におちゃん、黙ってたこと怒ってるかな」
「怒ってはいなかったよ。長岡の性格は仁王も判ってるしね」
「良かった。あ、ねぇ、あんまり玲先輩のこと話題にしないでね。恥ずかしいから」
照れくさそうに長岡は言う。本当に恥ずかしいのか、それとも他に意図があるのかは長岡の表情からは読み取れない。
「長岡が自ら惚気ない限りは訊かないよ。ああ、でも、訊かれたくないけど惚気は聞いてっていうのも嫌だな」
「惚気ないし。惚気話は女の子同士でやります」
クスクスと長岡は笑う。
どうやら、これ以上は長岡から情報を引き出せそうにはないな。
忍足にも仁王にも釘を刺されていることだし、これ以上の詮索はやめておくか。
疑問をそのままにするのは俺の性には合わないんだけど、仕方ない。
だけど、長岡。
俺としては君と関氏の関係が本当は恋人じゃないことを願うよ。
これでも俺にだって仁王を友人として心配する気持ちはあるんだからね。