全国大会も無事終わり、優勝は逃したものの、5年ぶりの出場で準優勝という学校としては中々の好成績を残せた。
まぁ、跡部や侑士は悔しがってたけどね。相手は青学だったし……。今回は事前のオーダーから考えてS3宍戸・S2跡部・S1侑士にしてたのよね。青学がS3橘・S2不二・S1手塚と予想して。ところが相手も然るもの引っかくもの。ハイ!?なイレギュラーオーダーだったのよ……。D2が大石・菊丸、D1が手塚・不二、S3が大和というね……。
結果、S2に周らずにストレート負け。1年生ペアに負けてしまったダブルス4人の先輩たちの落ち込みようといったら……。全く予想外のオーダーにしてやられました……。試合自体は全部タイブレークに持ち込んでの接戦で、いい試合だった。
前半1勝出来てたら、その後のS2・S1は余裕で勝てたと思うんだけどな。S2佐伯にS1橘だったし……。
それでも先輩たちは初めて出た全国大会で準優勝というこれまでからすれば格段に違う好成績で高校最後のテニスを締めくくれたから悔しくはあったものの満足はしていたみたい。
先輩たち3年生はこれで部活引退。
「今年は惜しくも優勝は逃したけど、俺たちは満足してる。でもお前等は満足しちゃいないだろ。来年は全国獲れよ」
最後に前部長だった井上先輩がそう締めくくって、3年生は部を去っていった。これからは部室やコートで先輩たちと接することはもうないんだと思うと凄く寂しいけど……これで縁が切れるわけでもないもんね。
全国大会終了後はテニス部も夏休みに入ることになってて、練習は夏休み終了前1週間から再開することになった。
部活は休みだけど、合宿はある。そう、立海との合同合宿。
今回青学も一緒にという話もあったんだけど、堅物手塚氏が『学校への申請が間に合わない』とか面倒なことをおっしゃるもんで、青学は不参加とさせていただきました。今回も飽くまでも『友人たちが集まってテニスを楽しむ』という建前だからね。
で、中等部も3年は引退済みなわけで、今回はうちからチョタ・樺ちゃん・ピヨ、立海からは切原も参加することになった。というわけで、メンバーはうちが跡部・侑士・宍戸・滝・がっくん・ジロちゃん・チョタ・樺ちゃん・ピヨ・私の10人、立海が幸村・におちゃん・真田・柳・柳生・丸井・ジャッカル・切原の8人、総勢18人となりました。
場所はGWと同じ跡部の別荘。但し今回は人数が増えたこともあって、跡部が料理や掃除洗濯に関しては跡部家の使用人さんたちに任せるように指示してて、私は通常のマネージャー業務のみやることになったのよね。
というか……跡部は私は不参加の方向で考えてたみたい。
理由は玲先輩。
全国が終わって直ぐ、合宿の打ち合わせをしたんだけど、そのときに言われたの。
「長岡は参加しなくていい」
ってね。
私は参加するつもりだったし、当然驚いて理由を訊いたら
「彼氏持ちだろ」
という一言のお返事。
つまり……合同『合宿』と言ってはいるけど、学校側に届けも出していないし、部活ではない活動。飽くまでも友人たちが集まってテニスをするというだけ。私以外は全員男。
そんなところに、女がたった1人で参加するのは……ってことらしい。GWもそうだったとはいえ、今の私は一応『彼氏』持ちなわけで、その彼氏にしてみればそういうことは面白くないだろうって。
跡部に言われるまで考えてもいなかった。私にとってテニスは部活とかの括りじゃなくて、侑士や跡部、におちゃんたちが打ち込んでいるもので、テニスに関わることなら全てサポートして当然だと思ってた。だから、合同合宿も参加して当たり前で、準備も進めてたし。
それに……玲先輩が反対するとか考えてもいなかった。というか、玲先輩が何かを言うとか想像もしてなかった。そもそも、仮令彼氏であろうとも私の行動を制限する権利はないと思ってるし。
「私は跡部たちの友達として、仲間としてマネージャーやることで一緒に頑張ってるつもりだったんだけどな……」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。私はプレーヤーじゃないけど、異性ではあるけれど、仲間だって思ってたのに。立場は違うけど、同じものを目指してるって思ってたのに。
「彰子は俺たちの仲間やで。けど、女なのも事実やし。彼氏持ちなんもな。GWのときとは状況違っとるし、関さんかて面白うないやろ」
侑士にまでそう言われてしまう。
「……玲先輩が参加してもいいって言ったら、行ってもいい?」
私なりの妥協点。本当は玲先輩がどう言おうが参加したいんだけど、跡部と侑士がこうまで言うからには玲先輩自身から『彰子を参加させてくれ』とでも言われない限り参加させてくれそうにない。
「まぁ……関さんがいいって言うなら構わないが」
長岡がいたほうが俺たちがやりやすいのは事実だしな、跡部はそう言ってくれたんでホッとする。
「じゃあ、明日か明後日には参加不参加を連絡するね」
と、まぁ、そういうことでそのときは終わって。
その夜に玲先輩に電話したら
『確かに彼氏としては面白くないだろうなぁ。跡部に忍足、立海の幸村に仁王……ざっと見てもいい男予備軍ばっかりだし』
クスクスと楽しそうに玲先輩は笑ってた。
『でも彰子は参加したいんだろ? 別に俺に気を遣う必要ないから。ああ、気を遣ってるのは跡部と忍足か。彰子は仮令彼氏だろうと自分の行動を制限されるのは納得しないだろうから』
なんて鋭い発言もしてくれました。流石は玲先輩。
『跡部には俺からも連絡しておくよ。彰子は気にせず参加すればいい』
と、協力も約束してくれて参加出来ることになって。
実は跡部の別荘の近くに玲先輩の御宅の別荘もあるそうで。夏休みはそこで過ごすことが多いらしい。で、丁度合宿期間にその別荘に滞在することにすれば顔を出すことも出来るし……ってことで跡部たちへのカモフラージュにもなるだろうと言われた。
『フリータイムくらいあるだろ。少しはデートしよう』
この先輩の発言にはちょっと困ってしまった。
だって、立海との合同合宿だし……。玲先輩が現れれば私に『彼氏』がいることがにおちゃんたちにも知れるわけで……。嘘をつく人数増やしたくないなぁ……って。でもまぁ……仕方ないよね。
そんなわけで、跡部の別荘での合同合宿が始まりました。
GWと同じように跡部家所有のバスで先ず私と侑士が迎えに来てもらい、それから宍戸・チョタ・滝・ピヨ・がっくん・ジロちゃんと迎えにいって、神奈川の駅で立海勢と合流。あ、樺ちゃんは最初から跡部と一緒にいたからね。チョタなんて、再会した途端ぶんぶん尻尾振り回してるのが見えるようでした。宍戸と一緒なのも相当嬉しいらしい。切原は……大人しかったかな。まだ2月に怒鳴ったことにびびってるのかしら。そんなに怖かったかなぁ……。
ともかくも合宿はスタート。
到着したら先ずは部屋割り。18人いるのに、1人1部屋使えて……どんだけ広いんだよ、この別荘は! という感じです、ハイ。1階に跡部と樺ちゃんを除く氷帝全員。私の部屋だけはリビングを挟んで他のメンバーがいるのとは違うエリアという、跡部指示による配置。私がいるエリアには2階に繋がる階段はないし、一応『女』扱いでガードされてるってことらしい。つまり、GWのときは女扱いされてなかったわけね。
で、2階に立海全員で、3階が跡部と樺ちゃん。
荷物を置いたら、ミーティング。客間の1つをミーティングルームにしてあって(というか、元々そう言う目的で使う部屋があるあたり……流石としかいいようがない)、全員そこに集合してのスケジュール確認をする。
GWの合宿は途中で食料の買出しとか別荘全体の色んな準備とかあってミーティングが終わったときには丁度お昼な時間帯だったんだけど、今回はそういうことは全てお手伝いさんたちがやってくださるわけで、到着して荷解きしたら即ミーティングが出来た。
ミーティングの後は私はドリンクの準備をして、他のメンバーはコートの準備とロードワーク。
いよいよ練習の始まりとなったわけでした。
それが起ったのは、初日のお昼過ぎ。午前中の練習を終えたところで別荘に来客があった。
来たのは……玲先輩だった。
「OBからの差し入れだ」
って、大きなスイカ持ってきてくれたんだけど……
正直、こういうときどんな表情をすればいいのか判らない。彼氏が来てくれたんだから、嬉しいって顔すればいいのかな。
玲先輩は軽く跡部たちと言葉を交わした後、私を手招きする。
「彰子、今日は練習何時まで? ディナーに誘いたいんだけどな」
玲先輩はそう言って、明らかに私が単なる後輩ではないって態度で接する。……うん、それが当然だよね。恋人としてここに現れたわけだし。
「練習は6時までだけど……夕食の後はミーティングもあるし」
皆とは少し離れたところで話してるんだけど、皆興味津々といった表情でこっちを窺ってる。まぁ、氷帝高等部メンバーは判ってることだからそれほどでもないんだけど。あ、ジロちゃんがちょっと拗ねてる。
一応玲先輩はレギュラーだったし、去年までも全国区の選手だったから、におちゃんたち立海メンバーも『関玲彦』というプレーヤーのことは知ってる。でも、その先輩がなんで私と一緒にいるのか、私を誘うのかを不思議がってる感じ……かな。
彼女としてはどう返事をするのがベストなんだろう。嬉しがって跡部に『玲先輩と食事に行くね』って言えばいいの?
「ミーティングは9時からですから、それまでに長岡を送り届けてもらえれば」
戸惑ってる私を助けるかのように、跡部が横から口を挟んでくる。助け舟だったのか、それとも崖から突き落とされたのか……よく自分でも判らないや。
「そうか。じゃあ、6時半くらいに迎えに来る。ああ、跡部暫く彰子を借りていいかな」
「今は休憩中ですし……そもそも部活でもなんでもないですから構いませんよ」
私抜きで話が進んでしまう。玲先輩のいかにも恋人であることを見せ付けるかのような態度にも戸惑いを感じつつ、迷っていたら侑士に肩を叩かれた。
「関先輩と散歩でもしてき。興味津々のあいつ等は俺等が何とか適当に言うとくよって。彰子はこういう話題で質問攻めは苦手やろ」
それは助かるけど……
でも……侑士が『あれは彰子の恋人』って説明するの? なんだか……嫌だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて彰子借りるよ。練習再開までには返す」
玲先輩は私の背を押して私を促す。
確かに私の口から皆に嘘をつかなくて済むのは有り難いけど、それを説明するのが侑士なのはなんとなく嫌だった。好きな人に……そんなこと言われるのは正直辛い。
ああ、全部が面倒だ。全部嫌だ。
立海勢の興味津々な視線も、嘘をついてることも。
大声で叫びだしたくなる。もう嫌って。
何でこんな気持ちにならなきゃいけないのって……玲先輩に対してすら、イライラが募ってくる。
それが間違いなのは判ってる。
玲先輩は悪くない。玲先輩が恋人としての行動を取るのは、私を守るためのお芝居なんだから。恋人の振りをすることで守ってもらうことを決めたのは私なんだから。玲先輩には面倒こそあれ、メリットなんて何もないことなのに。それどころか、私は侑士を好きなままで、それは玲先輩にもお見通しで……。私を好きだと言ってくれた玲先輩を傷つけてるのに。
「彰子、俺のことは気にしなくていいぞ」
無言で隣を歩いていた私に、突然玲先輩はそう言う。
「え?」
「俺に悪いとか思わなくていいってこと。俺が提案して、彰子がテニス部を思う気持ちを利用して始めた芝居なんだから」
私の気持ちなんてお見通し、ってことか。
「でも……」
「まぁ、色々考えるのは仕方ないけどな。だけど、俺は今の状況を楽しんでるよ。彰子と一緒にいるのは楽しいし、彰子を独占出来るのもいい気分だ。彰子はお兄ちゃんと一緒にいる程度の気持ちでいればいいんだよ。兄貴なら妹を守るために手を尽くすのも当然だろ」
玲先輩の声はとても優しい。
「悪かったな。俺の気持ち伝えたばっかりに彰子を悩ませることになって」
「いえ……玲先輩の気持ちは嬉しかったです。私自身を見てくれて、好きになってくれて……。少し自分に自信が持てるようになりました」
元の世界では持てなかった自分への自信。自分自身ですら私のことをあまり好きにはなれなかった。
でもこっちに来て、跡部や侑士たちに仲間と認められてちょっとずつ自分に自信が持てるようになって、少しずつ自分が好きになれて。
そして玲先輩が『女』としての私にも自信を持たせてくれた。
だからこそ、先輩の想いに応えられないことが申し訳なくて。
恋をすれば必ずしもそれが叶うわけじゃないことくらい知ってる。
「俺はね、家の関係で恋愛は避けてたんだ。だから本当は彰子が俺を好きになってくれたら嬉しいけど困るんだよな。俺の恋愛には将来はないからね」
穏かに先輩は言う。多分、先輩はそうなんだとは思ってた。
「だから、今の関係で俺は満足なんだ。彰子にキツイ思いさせてるのは申し訳ないけどね。卒業までの関係と割り切って、好きな女と恋人として過ごせる。それだけで十分なんだ。だから、彰子。俺に負い目は持たないで欲しい。申し訳ないなんて思わずに、甘えてくれていい。いや、甘えて欲しいんだよ」
「玲先輩、優しすぎ……」
「彰子にだけだよ」
甘えていいのかな……。それを先輩が望んでくれるなら……。
甘えることが、先輩の想いに、優しさに応えることになるのだろうか。
「だったら……甘えます」
玲先輩の優しさに応えるように、笑ってみせる。
「ああ、そうしてくれ。実は今日ディナーに誘ったのは俺を助けて欲しいからなんだよな」
玲先輩は優しく笑って突然の話題転換。
「別荘には恭平と美弥子も来ててね。あの2人実は許婚者でさ……あてられるんだよな」
ええええええ! 美弥子さんと井上先輩ってそういう関係だったのか!!
「彰子が来れば美弥子は彰子に構いまくりだろうから、その間は俺もあいつ等のラブラブオーラ回避出来るわけ」
美弥子さんがラブラブオーラ出すところなんて想像出来ないんだけど……玲先輩の表情を見る限り事実っぽいな……。
「判りました。玲先輩の精神的平和のためにも一肌脱ぎましょ」
明るく言って笑う。
「あ、そろそろ午後の練習始まるから戻らないと」
時計を見れば後10分しかない。
「ああ、じゃあまた後でな。迎えにくるから」
「ええ、待ってますね」
玲先輩に手を振って、跡部の別荘へと戻る。
出かけたときとは違って、気分はかなり軽くなってた。
玲先輩、ありがとう。