伏兵(詩史視点)

「なんですってぇぇぇぇぇぇぇ!」

 誰も想像してなかった予想外の展開。

 多分、彰子本人だって予想してなかったはずよねぇ……。











 明日は久しぶりの彰子とのランチの日♥とうきうきしていると、愛しの彰子ちゃんから珍しく電話。

 それはとてもショッキングな内容で、私は冒頭のような叫び声を上げてしまった。

「姉上、いかがなされたっ!?」

 バタバタバタ、バンッ!! と慌しい足音の後ドアを蹴破ってきたのは、我が弟。氷帝学園中等部1年のコヤツは今某似非戦国アクションゲーム(時代考証ってナンデスカー? なゲーム)に嵌っている所為か、言葉遣いがどこか変。

 それはさておき、私と彰子とのラブラブ電話タイムを邪魔するヤツは仮令愛しい弟と言えど許さん。

 うっさいんじゃ! とクッションを投げつけて弟を退室させると、改めて電話に集中する。

『もう、詩史ってば、声大きすぎ! 撫子がびびってソファの陰に隠れちゃったじゃない』

 今日は撫子ちゃんが彰子の膝の上にいたのか。

 彰子の愛猫の3匹の猫ちゃんたちは私と拮抗するほどの彰子Love♥な仔たちで、いつもべったりなんだよね。

「だって驚くに決まってるでしょ!? 関先輩と付き合うってどういうことよ!」

 そう、彰子からの用件は「関先輩と付き合うことになったから、明日のランチはキャンセルさせて」ってことだったのよ。

 大体彰子は忍足のこと好きだったんじゃないの?

『うん、ちょっと事情があってね。関先輩に今日言われて、諸事情鑑みまして、今はそうすることがベターかなと判断したわけなんです』

 事情……ねぇ。

 こういう言い方するってことは、彰子はこれ以上の『事情』とやらは教えてくれないだろう。

「ふぅん……。『事情』ねぇ……。じゃあ、彰子は関先輩のことを恋愛的な意味では好きじゃないってこと?」

 確認をこめてそう問えば、

『詩史、私の気持ち知ってるじゃない』

 と予想通りの答え。

『ま、先輩に告られたときはちょっとときめいたけどね』

 くすっと笑って言う彰子。

 ふむ。あんまり思いつめてるって感じもないし、深刻そうでもないな。

「関先輩ねぇ……。完全なダークホースだったわね」

 鈍い彰子は気付いてないと思うんだけど、彰子は結構もてる。

 彰子は自分が誰かの恋愛対象になるという認識が欠落してるらしくて、男子生徒から呼び出し食らっても『忙しいのに一々相手してられっか』とスルーしてるしね……。

 呼び出す連中も馬鹿ばっかりで名前も名乗らずいきなりサロンとかに呼びつけてるらしいし。あの彰子がそんな無礼者相手にするはずもないしね……。

 まぁ、大抵の男子生徒は跡部と忍足にびびって彰子に告ろうなんて度胸のあるやついないんだけどさ。

 生徒会長・テニス部部長である跡部、クラスメイトでお隣さんでもある忍足。この2人のどちらかが常に彰子と一緒にいるような状態だし、彰子がこの2人と離れるのってトイレや体育のときくらいじゃないのかなぁってくらいだし。

 だから、校内では彰子は跡部若しくは忍足どちらかの彼女になるんじゃないかなんて噂もあるくらいだしね。

 尤も、テニス部のファンの中でも常識のあるメンバー(ファンの9割)は彰子や跡部にその気がないことはよーく知ってる。

 忍足の気持ちには気付いてるメンバーもいるみたいだけど、それで忍足のファンが暴走することも今のところはないんだよね。忍足の片思いなのはバレバレだし……。

 彰子と忍足が付き合う可能性がかなり低いって思ってる所為もあるのか『長岡さんなら、まぁ、忍足君と付き合うことになっても仕方ないかなぁ』と認識されてるっぽいんだけど……でも実際に付き合うことになったら、また違ってくるんだろうとは思う。

 安全牌だと思ってるうちは容認出来てもそれが現実となったらまた別物。乙女心は難しいのよね。

 だから、ちょっと最近は微妙な感じもあったんだよね。

 彰子が頑なに自分の気持ちを認めようとしてなかった頃には、あからさまではないにしろ忍足を避けてるところあったし、多少勘の鋭い人なら彰子が忍足を意識し始めたのは気付いたはず。

 尤も自覚してからの彰子は見事なポーカーフェイスで綺麗さっぱりとそれを隠してるから、現在でのファンクラブの認識は『きっと忍足君がセクハラかまして長岡さんはそれで意識しちゃってたんだろう』ってものに変わってるんだけど。

 いや、その理由付けは私他数名で流した噂なんだけど、それがファンにすんなり受け入れられてるって、忍足……あんたが如何思われてるか凄くよく判る反応よね。

 ただ、このちょっと微妙になった時期に美弥子さんたちから何らかの対策は採ったほうがいいかもしれないとも言われた。

 ここまで綺麗に彰子が自分の感情を隠せるとは思ってなかったこともあったからなんだけど。

 彰子の態度が元に戻ったことでファンクラブも平常に戻った頃、美弥子さんから再度私たちファンクラブのトップに彰子の周囲に目を配るようにとの指示があった。因みにこのファンクラブはテニス部ファンクラブではなく彰子のファンクラブね。

 何でも、忍足の元彼女たちが不穏な動きをしてるらしい。

 高等部には忍足の元カノはいないけど、大学部にはいるからねぇ……。ホンの数ヶ月前まで義務教育中だったというに、あの節操のない下半身男は……。

 あいつの所為で彰子に何かあったら絶対タダじゃおかないんだから!

 そんなことを思っていたときに、彰子からのこの報告。

「まぁ……関先輩は悪い人じゃないし……。でも、彰子。その事情が話せるようになったら真っ先に私に話してよね。忍足よりも先に!」

 凡そのことは想像付くけどね。

『うん、判った。あ、でも、事情あるってことは秘密ね。侑士にも跡部にも、誰にもね』

 私と彰子だけの秘密ね! 2人だけの秘密! ああ、なんて甘美な響きかしら……。まぁ、関先輩も知ってることだけど。

 関先輩かぁ……。

 一見目立たない先輩ではあるんだよね。前年度生徒会副会長で前テニス部部長という華やかな肩書きの割には目立たない。

 でもそれは関先輩が目立たない・能力が低いってわけじゃなくて、その逆。

 跡部のような派手さは一切ない。でも、多分あの人が本気を出したら、跡部なんて赤ちゃんも同然なんじゃないかと思う。

 美弥子さんの幼馴染というか、美弥子さんの主家筋にあたる家柄の次期当主でもある関玲彦という人はなんというか、本当に『政治家』なんだよね。

 今は自分の力を誇示する時期じゃないと判断して、敢えて副会長・副部長というNo.2の位置にいるって感じ。生徒会長には見た目がゴージャスで人目を惹きつける美弥子さんを据え、部長には爽やかで敵を作りにくい如何にも好青年な井上さんを据え、自分はその影で取り仕切る。キングメーカーっていうのかな? そんな感じの人。

 一見温厚で無害に見えるんだけど、多分氷帝一厄介な人な気もするんだよねぇ……。

 ただ、見る限り、彰子のことは本当に可愛がってるから、彰子にとってマイナスになることをするとは思えないから安心はしてるんだけど。

「忍足には言ったの?」

『うん……』

 途端に彰子の声が暗くなる。……忍足、てめぇ何言った!?

『明日から玲先輩と一緒に登校するって言ったのね』

 当然のように忍足はどうしてなのか事情を聞いたわけで、彰子はそれで関先輩と付き合うことになったと言ったらしい。

『彰子のことやから、付き合ってほしいって言われて『何処にですか』とかボケたんと違うんか? って明るく言われちゃった』

 彰子の声が寂しそうで……更に忍足に対しての怒りが沸いてくる。

 しかも、これまで彰子に作ってもらってたお弁当もいらないと言ったらしい。

 いや……忍足の気持ちも判るわよ? そりゃショックでしょうよ、鳶に油揚げ攫われちゃったんだから。

 彰子の気持ちにまだ気付いてない忍足にしてみたら、そう言って『友達』の反応するしかないんでしょうけど!

 でも、それでも!!

 こんな寂しそうな彰子の声聞いたら、ムカつく!!

「そっか……。ちょっとキツイね、それは」

『うん……。侑士は私のこと友達としか思ってないんだし、それが当然の反応としてもね……。我侭だよね……』

 彰子の声音に、私まで切なくなる。

 忍足がさっさと彰子の気持ちに気付かないから!

 あんたがさっさと行動起こさないから、彰子は関先輩と付き合うことになっちゃって、こんな寂しそうな声出すようになっちゃって!!

 全部貴様が悪い、忍足!!

 とはいえ……忍足も切ないよねぇ……。

 なまじどっちの気持ちも知ってるから、私としても複雑だわ。

 ま、私は120%彰子の味方ですけどね。

「彰子が何らかの事情があって関先輩と付き合うってことも、忍足のことを好きってことも私は知ってるわけだしさ。辛くなる前に私に言うのよ? 彰子は溜め込んじゃうタイプだから煮詰まっちゃう前に私に言うこと! いいわね?」

 もう、いくらでも私が聞いてあげるわよ! それが親友の役目じゃない!

『ありがと、詩史』

 漸く笑った声で彰子は言った。











 案の定、忍足の落ち込みようは目も当てられないくらいだった。

 それこそ、漫画のように『どよーん』と書き文字が背景にある状態。つんつんとつついてふーっと息を吹きかければ、灰になってさらさらと流れていきそう。

 それでもまぁ、彰子の前では気丈にいつも通りの忍足を演じてるところは評価してあげよう。中々おとこじゃない。

 彰子と仲の良かったメンバー……つまり去年のレギュラー陣だけど、皆彰子『彼氏』が出来たことが意外だったみたいいね。

 まぁ……気持ちは判らなくもないかな。彰子はあれだけ美人さんでスタイルも良くて、見た目はまさに『女性』なんだけど、性格とか言動がね……。見てるこっちも男同士というか性別関係ないって印象あったし、多分、忍足以外は彰子を女として意識はしてなかったと思う。

 それが『彼氏』出来たってことで一気に『長岡は女だったんだ』って再認識させられたって感じみたい。だからといってみんなの態度が変わったってわけでもなさそうなんだけど。

 ただ、皆ちょっと寂しそうかな? これまで休日ですら彰子のところで遊んでたりした連中が、それを出来なくなったわけだし当然かな。

 でも……彰子に懐いてる芥川君と向日君が『お姉ちゃん盗られた!』とばかりに不機嫌なのは予想の範囲内だったんだけど、意外だったのは跡部が不機嫌になってたこと。まさか……跡部も参戦なわけ?