部室でのひとコマ

 3日間の関東大会を終え、これで暫くはゆっくり出来るかと思いきや……。

 かなり忙しい。

 全国大会──考えてみりゃ、インターハイなんだからテニス以外も同時進行なんだよね。

 で、その団結式とかあるわけだし……。

 団結式までの約1ヶ月の間に、偏差値テスト、地域交流対抗戦、期末テストにオペラ鑑賞会、校内水泳大会とあるわけで……。

 テスト2回もあったし……。

 まぁ、偏差値テストと地域交流対抗戦は関東前から準備してたヤツだし。

 期末は……科目数多かったから泣きそうになった。

 しかも跡部が『順位落としたら許さねぇ』とか言うし……。

 幸いと言うかラッキーと言うか、中間テストと偏差値テストは何とか首位キープ出来てましたよ。科目数少なかったし。

 でも、期末はドイツ語あったのよー!

 嫌いじゃないよ、ドイツ語。好きな作家の作品の影響でドイツ語を大学で第2外語に選んでたし、あっちの世界で創作活動してたときも、英語よりもドイツ語で作品タイトル考えたりしてたし。

 でも勉強となると別物なのよね。

 それでもなんとか、僅差で跡部に勝利し、首位キープ。何故か詩史が『俺様に3連勝おめでとう!』とお祝いしてくれたんだけど……。

 まぁ、実際にはドイツ語は跡部や侑士より点は悪かったです。その分国語と世界史でカバーしましたけど……。

 なんか悔しいから、N○Kの基礎ドイツ語講座でもやろうかしら……。

 学校行事で残りは、オペラ鑑賞会と校内水泳大会、それから生徒総会。

 オペラ鑑賞会は生徒はノータッチだから問題ないし、校内水泳大会も運営は教師陣だし、生徒会が準備しなきゃいけないのは総会だけ。

 水泳大会はちょっと楽しみだったんだけどなー。あっちの世界にいた頃はスイミングクラブに入ってて、取り敢えず九州大会くらいまでは出場できる選手だったし。

 でも……何故か侑士に反対された。理由は『他のヤツラに彰子の水着姿見せるんは俺がイヤやねん』って……。

 彼氏でもなんでもないのに、その台詞は反則でしょ。彼氏でも従う義理はないけど。

 だけど……ちょっと嬉しかったのも事実。イロコイの独占欲ではないだろうけど……少しは『女』として見てくれてるのかなぁ……なんて。

 結局、大会に出るなら放課後それなりに練習もあるらしくて、練習参加はどうやっても時間的に無理というわけで、出るのはやめたんだけどね。

 生徒会関係の忙しさはそこまででもなかったけど、テニス部関係では走り回る毎日。

 全国に向けての準備もしないといけないし、夏休み入って直ぐの合宿の準備もしないといけない。

 例年合宿は8月に入ってからだったんだけど、今年は全国出場が決まったから前倒しなんだよね。その分準備も大慌て。

 場所は氷帝学園の合宿施設だから、備品とかはばっちりらしくて、物品の準備も食事関係も掃除洗濯関係も全く何もしなくていいらしいんだけど。でも練習のメニュー組んだり部屋割りしたりはやらなきゃね。

 ああ、その前に7月度トーナメントもあったなぁ。3年の先輩たちは7月度トーナメントには出ないから、抜けた分を1・2年生から選んでトーナメント組まないと……。

 そんなこんなで、バタバタと忙しい中……。

「長岡、偵察が来たらうぜぇから久世たちに言っとけ」

 ある日の部室で俺様が仰いました。

 まだ学期中だから全然他校生とか来てないけど……。確か漫画ではそれなりに氷帝も立海も勿論青学も偵察来てたなぁ。

 でも……昨今の不審者・安全対策で結構無関係な人の出入りは制限されてるだろうに。

 学生なら問題なし……って通れちゃうのかな。

「偵察邪魔しろって? 何、偵察厄介なの?」

 漫画ではなんか北海道だかのマネージャーが偵察に来てて跡部に纏わり付いてる振りしてたっけ。殆どそれ以降出番のない捨てキャラだったけど。

「見られようがデータ取られようが問題はねぇがな。うぜぇんだよ」

 確かになぁ……。こいつらが人目を気にするタイプとは思えないし、それで集中力を欠くようなヤワなタマでもないけど……でも、『集中出来る環境』は必要だし、それを整えるのもマネージャーである私の役割だよね。

 そういえば……

「うちからは偵察出さないの?」

 主要校の試合は全部撮影してるけど……試合以外のデータ収集とかはしないのかな? するなら私も行ってみたいな。

「必要ねぇだろ。俺たちは俺たちの持てる力を出すだけだ」

 別に気負うわけでもなく、普通の口調で跡部は言う。流石跡部様。ううん、流石うちの部長。部員たちの力を、自分たちの力を過信するわけでもなく正確に把握して、冷静に分析した上での自信。跡部はこうでなくちゃね。

「ふーん……私偵察行こうかな」

 でも、それじゃ面白くないなーなんて思う私もいるわけでして。やっぱり、他校偵察ってマネージャーのお約束じゃない?

「何処にやねん」

 それまで黙ってパソコンいじってた侑士が顔を上げる。因みに侑士は関東の青学対立海の試合のDVDを見てたみたい。

「うーん、青学とか立海とか?」

「今更偵察する意味ねぇだろ。お互いよく知ってんだしよ」

 宍戸はそう言うけど……一応立海は去年の中等部のメンバーじゃないから偵察する意味はあると思うんだけどなぁ。いや、実力的には去年のメンバーより劣ってるから、やっぱり意味はないか。

「じゃあ、大阪とか愛知とか」

 他県で関東以外だとデータもないしね。そう思って言えば……

「どこぞのアイドルのドームツアーのついでにか」

「違うもんっ」

 こっちの世界にはジャニーズいないんですが……似たような美少年メインな芸能プロダクションはありましたよ。まぁ、ちょっとはファンだったりしますよ。でも、コンサートとか行かないし。

 第一、なまじ周りに無駄に美形が揃ってますから、あの程度のアイドルたちじゃ、目の保養にはなりません。

「偵察なんざ必要ねぇってんだろ。俺たちが注意すべきは青学と立海だ」

 きっぱりばっさり切り捨てるように跡部は言う。

 でもね。特定校ばかり意識しすぎるのはどうかと思うよ?

「てな油断で中学のときは不動峰に負けたんだよね。油断大敵注意一秒怪我一生」

 皆不快かもしれないけど、敢えて不動峰を例に挙げる。この敗北がなければ、宍戸のステップアップはなかっただろうし、そうなると宍戸とチョタという素晴らしいペアも出来なかった。

 油断が生んだ失敗とはいえ、でも彼らはそれを見事に活かし成長したんだ。

「……っ」

 それでも苦い記憶には違いないようで、跡部は絶句してしまう。跡部の反論を封じたところで、偵察どうしようかな。

 既に出揃っている出場校リストをぱらぱらと捲る。……って。えええええええええええ!! 元の世界の地元の代表校……母校じゃないか! テニス強かったのか、うち……。ラグビーとバスケはそこそこ強かった記憶あるけど……。野球が常に1回戦敗退だった記憶しかないけど……。そうかぁ……テニス部強かったのかぁ。とはいえ、卒業して10数年経ってるから、私が在校当時も強かったとは限らないけどね。

「さし中って今度の休みは……」

 リストを閉じて。

「たっぷり寝よ」

 疲れてるし。

「なんでそうなるんだよ、クソ長岡ッ」

 途端にそれまでジロちゃんと遊んでたがっくんがぷりぷりと怒り出す。

 実際には跡部に却下された時点で偵察行く気なくなってたんだけどね。部長である跡部が必要ないと判断したのであれば、私はそれに従うだけだもの。

「長岡……いい加減跡部で遊ぶの止せ……。俺たちが八つ当たりされる……」

 宍戸も一気に疲れたような表情です。宍戸は元々私が偵察に行く気がないことは判ってたみたい。

「えっ、跡部そんなことしてたん!? 可哀想、宍戸……」

「……誰の所為だよ」

「心の狭い跡部様」

 間髪いれずに応えれば、宍戸は深い深~~い溜息をつく。

「……先輩方、そこで笑ってみてないで、こいつ止めてくださいよ。こいつ先輩たちの言うことなら大人しく聞きますから」

 そして助けを求めるかのように、傍観者に徹していた3年レギュラー陣を見遣る。

「でもなぁ……長岡に対抗できるのって跡部と忍足くらいだろ」

 クスクスと笑いながら井上先輩が言えば、

「俺たちは傍観者」

 と超楽しそうな表情で関先輩が応じ、

「そうそう。俺たちはもう引退なんだしね」

 更に塩沢先輩にニコニコ笑いながら言われ、

「頑張れ、宍戸」

 ニッコリという擬態語が聞こえそうな鈴置先輩の笑顔で止めを刺される宍戸。可哀想に。

 先輩たちって……特に誰かの味方をするってことないんだよね……。傍観者の位置で話を振られたら誰かを揶揄う感じ。

 まぁ……大概は私か宍戸がターゲットになるんですけど。

「せやけど、なんで彰子先輩たちにはイイ子なん。先輩やからっちゅうわけでもあらへんやろ……」

 不思議そうに侑士が訊いてくる。別にイイ子ってわけじゃないと思うんだけど。

 それに先輩として立てるに値しない人にはメッチャ冷たいしね、私。

 4人の先輩たち、そして、準レギュラーの先輩たちは尊敬に値する人たちだと思ってるから、それが態度に出てるだけかな?

 それに……

「声が好きー!」

「なんやねん、それは!」

 と、まぁ。

 そのときは、まだ……この4人の先輩たちが私に大きく関わってくるなんて予想だにしていなかった。




 夏休みまで、あと10日余り。

 私の人生は急展開を迎えようとしてた。