乙女たちの内緒の恋バナ(詩史視点)

 5年ぶりだというテニス部の全国大会出場に学校が沸いている。

 中等部のテニス部と違って高等部のテニス部は都内の強豪って程度でしかなかったからねぇ。

 今年、私たちが入学して、跡部と忍足がテニス部の実権握って。

 更には彰子という超素晴らしいマネージャーを得て、テニス部は生まれ変わったのよ。

 彰子は有能なマネージャーとして跡部をサポートして、テニスに打ち込める環境を作り上げて。

 それが今年の全国大会出場を可能にしたの。

 流石は私の彰子!











 関東大会が終わって1週間経って、漸くお祭騒ぎも落ち着いた。

『関東優勝くらいで騒ぐんじゃねぇ。俺たちが目指すのは全国制覇だ』

 なーんてあほべ……もとい、跡部が言ったりしたから、余計に騒ぎは大きくなってたんだけど。

 でも、今年のテニス部なら、全国制覇も有り得るかななんて思ってる。

「もー、鬼のように忙しい毎日だった……」

 くたっとテーブルに倒れこむのは、私の彰子ちゃん。

 よしよし、お疲れ様だったね。

 まぁ、無理もないわよね。

 関東大会終わった直後に、偏差値テストあって、それから地域交流対抗戦があったわけだし。

 生徒会副会長の彰子は当然忙しかった。

 更に期末テストの後は校内水泳大会・オペラ鑑賞会・生徒総会とまた行事目白押しだからその準備もあるし……。

「期末テスト捨てたいーーー」

 よっぽど疲れてるのね、彰子。そんな涙目になっちゃって。

「跡部のあほが『順位落とすんじゃねぇぞ』とか言うし……」

 順位落とすなって……彰子トップなのに。しかも2位跡部・3位忍足って……確かこの前の偏差値テストは1、2点の点差でしかなかったはず。無茶言うなぁ、跡部。

 とはいえ、忙しさの条件は跡部も同じだもんねぇ。

「偏差値テストも中間テストもドイツ語なかったから何とかなったけど……」

 彰子はぐずぐずと愚痴を言う。

「数学だって苦手なのにー。物理キライーーー」

 ああ、疲れきって幼児化してるわ、彰子ってば。

「ほらほら、ぐずらないの。美味しいケーキあるでしょ」

 初めて彰子のお宅にお邪魔するからと張り切って作ったチーズケーキ。美味しいんだからね。

「うん、詩史。ありがとー」

 漸くテーブルから顔を上げて彰子は言う。慰めるように顔をぺろぺろ舐めていた猫ちゃん(真朱ちゃんだったかな)が彰子の膝の上に移動して丸くなる。可愛いなぁ。

「ねぇ、夏休み一緒に旅行でもしない?」

 気分を変えるようにそう言ってみたんだけど。

 彰子と旅行! 素敵だわー。邪魔者がいないところで思う存分彰子を独り占めよ。ショッピングして、遊んで、夜遅くまでお喋りして。

 ああ、なんて素敵なのかしら。

「んー……無理だと思う」

 ええええええええええええ、そんなー!

「夏休み入って直ぐ、テニス部の合宿あるし、その後全国大会でしょ。全国終わったら、立海や青学と合同合宿だし……」

 全国大会は仕方ないにしても合宿しすぎじゃない!

「合宿って長いの?」

「テニス部のは1週間。レギュラー陣は全国に向けての調整もしないといけないからね。そんなに長くはやれない。合同合宿は……跡部と幸村次第かなぁ……」

 合同合宿とは言ってるけど、実際は部活でもなんでもなく、有志が集まってやるだけらしい。つまり『お友達同士のテニス旅行』ってことだから……期間は未定。

「テニスバカばっかりだから、下手したら残りの期間全部……なんてことにもなりかねないよ」

 彰子はそう苦笑するけど……

「じゃあ、姉妹校研修旅行はどうするの?」

 海外の姉妹校へ研修に行くという名目の海外旅行。彰子と同じところに行こうと思ってたのに!

「絶対行かなきゃいけないわけでもないし……少なくとも今年はパスね」

 むぅ。残念。

 テニス部ってば、彰子独占しすぎ。

「おいしー。詩史お菓子作り上手ね」

 ニコニコと笑いながら言う彰子に思わず頬が緩む。

 元々彰子はかなりの美人なんだけど……時々言動が凄く可愛いのよね。

「彰子、甘いものあんまり好きじゃないでしょ。だから甘さ抑え目」

 彰子は元々ケーキとかスイーツはあまり食べない。でも時々無性に食べたくなると言ってたし、このところ忙しかったからそろそろ欲しいかなと思って作ってみたんだけど、正解だったみたい。

 まぁ、ケーキよりも大福とかお団子のほうが好きらしいんだけどね。

「ありがと、詩史。凄く美味しい」

 どうやら気分も浮上したみたいね。

 だったら、そろそろ本題に入ろうかな。










 お姉さま方とつい最近話題になったこと。お姉さま方との話題といえばテニス部か彰子のことなんだけど(比率は1:4くらいで)。

『彰子、近頃綺麗になりましたわね。恋でもしているのかしら』

 薄々感じてはいたことだったんだけど、美弥子さんにそう言われて、ああやっぱり、って思ったのよね。

 彰子がなんとなく忍足を意識し始めてたことは感じてたんだけど……。妙に忍足の話題を避けてたし。

 でも近頃は避けなくなった。だからといって忍足以外の男に目を向けてる感じもないし……。

 となると、彰子は忍足への気持ちを認めたのかなって。

 彰子との付き合いで判ったことなんだけど、彰子は恋愛に鈍感なのと同時に、恋愛に対して臆病なんだと思う。

『私なんかが……』って、どこかで自分を卑下してるところあるし。

 こんなに美人で頭も良くてスタイルもいいのに、どうしてこんなに彰子は自分に自信がもてないのか不思議でしかたない。

 忍足によれば『性格がとっつきにくいって思うてるみたいやで。友達いてへんかったみたいやし、家族ともうまくいってへんみたいや』ってことで、こっちに来るまでの人間関係のトラウマっぽいんだけど……。

 でもね、彰子。

 今のあんたは皆に好かれてるんだよ?

 あの跡部や忍足があんたのことめちゃくちゃ信頼してて、女に対しては一歩引いたところのあるテニス部の連中があんたのことを仲間として大事に大事にしてるんだから。

 もっと自信持ちなよね。

 ああ、話逸れそう。

 自分に自信がないせいか、彰子は恋愛に対して凄く消極的で。

 それもあって自分に寄せられる想いにも全然気付いていない。

 忍足なんて見る人が見れば直ぐ判るのにね。それにこの前の関東大会で見かけた立海の仁王だって、あれは確実に彰子に惚れてる。

 恋愛的な意味で彰子に好意を持ってるのは今のところこの2人だけだと思うのよね。

 芥川くんや向日くんも懐いてはいるけど、あれは弟みたいなものだし。彰子も完全に弟扱いしてるし。

 跡部は……今のところ恋愛感情はないと思う。けど、信頼度合いは深いからこれからどう転ぶかは判らないってところかなぁ。

「ねぇ、彰子。鳳とデートしたんだって?」

 まずは探りを入れてみる。

「チョタと……? ああ、もう1ヶ月くらい前の話ね。デートっていうか、PC買いに行くのに付き合っただけよ」

 なんでもないことのように彰子は言うけど……鳳ってあれ、彰子に惚れてると思うんだけどなぁ。やっぱり彰子気付いてないのか。

「彰子にそのつもりはなくても鳳はデートだと思ってたんじゃない?」

 中等部の後輩が、翌日鳳が浮かれてたって言ってたし。

「鳳って、彰子のこと好きでしょ。恋してる」

 そう言っても彰子のことだから気づいてないんだろうなぁ。『えっ、そんなことないでしょ。チョタに失礼だよ』とかボケそう。

「詩史」

 だけど、返ってきた声は思いのほか強い、嗜めるようなもので……。

「私はチョタから何も言われてない。チョタは飽くまでも後輩として私に接してくれてるのよ。チョタの本当の気持ちがどうあれ、今彼は私に先輩後輩以上の関係は望んでない。余計な詮索はなしね」

 ……もしかして、彰子、鳳の気持ちに気付いてる?

「チョタが何も言わない以上、私はただチョタが望むように先輩として接するだけよ」

 彰子はそう言って微笑む。……どこかとても大人びた微笑。

「気持ちに気付いたとしても気付かない振り。チョタが関係を変えることを望んでないんだから。尤も望まれたとしても応えようがないんだけどね」

 鳳の気持ちに応えられないから気付かない振りを通すと彰子は言った。

「チョタは人の気持ちに敏感で思い遣れる子だから、私が先輩としてしか接しなければ踏み込んでこないと思うの。そのままでいれば、少なくともチョタが私に何かを要求してくることもないだろうし、そうすれば私もチョタを傷つける言動を取らずに済むわ」

 それって、鳳に告白させる隙を作らないってことか……。それも鳳にとっては厳しい状況だよね。

「告白すらさせないってのも、結構酷い状態だと思うけど?」

「かもね」

 また彰子は微笑む。少し寂しそうな表情で。

「でも……告白されても私はチョタが望む答えは返せないもの。優しいチョタだよ。私に余計な気遣いさせたって、きっと悔やむと思うの」

 そしたら今までのような先輩後輩の関係すら保てなくなるかもしれない。

「だから……彰子も忍足に何も言わないんだ?」

 彰子は驚いたように私を見る。

「……バレバレ?」

「バレバレ」

 あちゃーしまった、とでもいうような表情になる彰子。

「忍足は気付いてないと思うよ」

 探りいれてみた感じ『ちょい意識してもらえるようになった』くらいの認識だったし。

「そっか」

 ほっとしたように彰子は息をつく。

「やっと自分の気持ち自覚したんだね」

 明らかに忍足を男として意識してたくせに、それを認めようとしてなかった彰子。見ていてもどかしかった。

 どうして好きという気持ちを認めないんだろうって。

 どうしてそんなにも恋愛を忌避するんだろうって。

「純粋にね、テニスに打ち込む侑士を応援したかったの。でも、そこに恋愛感情絡んじゃうと、独占欲とか、色々沸いてきて純粋に応援出来なくなる気がしたの」

 それに関係を壊したくないから……。

 彰子はそう言う。鳳のパターンと同じか、やっぱり。

 忍足……あんた『いい人』やりすぎたみたいよ?

「関係壊すも何も、忍足も彰子のこと好きかもしれないじゃない」

 かも、じゃないんだけど……。というか、彰子どうして気付かない! 鈍感にも程があるよ。あれだけ忍足が彰子のこと特別扱いしてるのに。

「侑士が? それはないよ。侑士は私を大事にしてくれてるけど、それは侑士が優しいからだもん。最初に知り合ったのが侑士だったから、最初は庇護欲と責任感からだったと思う。今は友達だって思ってくれてるだろうけど」

 ……忍足、報われないね、あんた……。

「侑士を好きよ。でも、今はその気持ちだけでいいんだ。告白とか、考えられない。侑士の迷惑になるだけだもん。侑士を困らせたくないから」

 困りゃしないって。狂喜乱舞するって!

 そう思うけど、忍足が動いてない以上忍足の気持ち私が言っちゃうわけにも行かないし……。

 それに、そういった彰子の表情は寂しげだけど何処か凛としてて……綺麗で。

 何も言えなかった。

「……判った。彰子の好きにしなよ。私は何も言わない。ただ、彰子の味方だからね」

 忍足を嗾けるべきかな。そう思ったけど。

 でも彰子は『今のままがいい』そう思ってる。忍足の気持ちが自分にあるなんて想像すらしていないからこその言葉とはいえ……彰子がそう望んでるなら、忍足自身が彰子の気持ちに気付くまで放っておこう。

 早く気付けよ、忍足!










 この判断が間違いだったと気付くのは夏休みに入る直前のことだった。