昨日は秋葉原に行って、一日時間が潰れた所為で、家のことが全く出来なかったから、朝から大忙し。
一昨日はよく眠れなかったこともあって、爆睡してて……目が覚めたら10時過ぎてた。
昨日は疲れてたから早めに寝ちゃったし……10時間以上寝てたな。
眠りすぎて少し重い頭をすっきりさせるために、熱いシャワーを浴びて。
それからは掃除してお洗濯して、お布団干して。食料品の買出しもしないといけないから、冷蔵庫の中身とパン・お米・コーヒー・紅茶・お砂糖などなど、備蓄(?)状況を確認して、必要なものを書き出して。
掃除機かけるときには猫たちが大騒ぎ。掃除機の音が苦手らしい。真朱なんて、掃除機出した瞬間にソファとクッションの間に潜り込んで、じっとこっちを見つめてたし。
一通り家事を終えたら時間はお昼になってた。
一旦休憩してお昼ご飯にするかな。午後は買出しに行って、その後は先週分の部誌チェックして。それから真朱たち猫と遊んで、Lineageする暇あるかな? ああ、明日の予習もしておかないと。数学と英語は当たりそうだし。
休日が1日潰れるとやることいっぱいだわ。
起き抜けで食欲もなくて朝ごはん抜いたから(まぁ、休日はブランチにすることのほうが多いんだけど)、そろそろお腹も空いてきた。
面倒くさいから冷凍食品のパスタでも食べようかな。それとも買出し兼ねてファーストフードでも行くかなぁ。でも休日だから多いだろうし……なんてと思っていたときに、不意にドアフォンが鳴った。
でも……エントランスからのインターフォンではなく、玄関からのドアフォン。
ということは……侑士。
そう気付いて、ドキっとした。
昨日1日会っていないだけ。たったそれだけなのに、なんだか妙に寂しかった。
電話も来なくて……声も聞かなかった。
用もないのにただ寂しいから……声を聞きたくなったなんて電話が出来るはずもなくて。
侑士から電話かかってこないかな……なんて思ってた。
でも侑士からの電話もなくて。
ううん、別に恋人でもなんでもないんだから、休日に会わないことがあっても普通だし、会わなかったからといって電話をする義務もない。
だから、私が寂しいなんて思うのは……変なんだ。
どれだけ侑士が自分の生活の中で『いて当たり前』の存在になってたか……昨日はそれをいやというほど実感した。
もう一度ドアフォンが鳴り、慌てて玄関に向かう。──猫たちは誰が来たのか判っているかのようで、萌葱は既に玄関にいる。
真朱は『ママ、忍足ですわよ。どうなさったの?』とでも言うかのように私を見上げてくる。
この仔、聡いからなぁ……。
「ごめん、お待たせ」
玄関のドアを開けると案の定侑士が立ってた。
侑士の姿を見た途端に、一昨日の侑士が甦ってきた。
揶揄うかのように、必要以上にスキンシップを取ってきた侑士……。
あの所為で、一昨日はよく眠れなかったのに。だから、正直昨日全く会わずに済んだのはラッキーだった。
そう思ってたのに……でも……全く接触のなかった昨日は妙に寂しかった。
1日会わなかっただけなのに、なんだか随分長い間会っていなかったような不思議な感覚が私を襲う。
「昼飯、もう食うた?」
そんな私の戸惑いなんて知らぬ気に(当然知らないんだけど)、侑士はいつもと変わらぬ態度でそう聞いてくる。
「まだ……。面倒だから冷食のパスタでもって……」
「そんならちょうど良かったわ。ピザ取ったんや。一緒に食おう思うてな」
確かに侑士の手には某デリバリーピザとサイドメニューらしいものがあって。
侑士は勝手知ったるなんとやらとばかりにさっさと部屋の中に入っていく。
至って普通の様子の侑士。一昨日のことなんて、忘れたかのように。昨日離れてたことなんて何でもないかのように。
そうだよね……。意識してるのは私だけなんだ。それを寂しく感じるなんて、私が我侭なんだよね。
侑士にとっては私はお隣さんで、クラスメイトでテニス部の仲間。ただそれだけなんだから。
「何のピザ? 私シーフードが好きなんだけどな」
意識してるのは私だけなんだから……いつも通りに振舞わなきゃ侑士が変に思うかもしれない。
「せや思うて、ちゃんとシーフードやで。サイドはスパイシーチキンとオニオンリングや」
さっさとダイニングテーブルにピザを並べながら侑士は言う。
確り私の好みのメニューを頼んでくれているあたり、流石侑士だと思う。こういうさり気ない気遣いが、侑士はとても上手だ。
「飲み物アイスコーヒーでいい?」
ピザは侑士が準備してくれているから、私は飲み物。冷蔵庫にアイスコーヒーとアイスティー、ハーブティを作っておいてあるからね。
「ハーブティ、何なん?」
「今日はカモミールとレモングラスのブレンド」
「ならハーブティがええな」
「オッケー」
グラスを取り出して、氷を入れて、ハーブティを注ぐ。ダイニングテーブルにはピザが大皿に、チキンとオニオンは2つの小皿に取り分けてあった。
「起きたの遅かったから朝ごはん食べてないんだ。いただきます」
いつものように向かい合わせに座り、一緒にランチを摂る。他愛もない話をしながら。
「親戚のおっちゃんおばちゃんの面倒みんといかんから、おかんが俺に構う暇あらへんくって助かったわ」
そんなことを言う侑士。確かに15歳じゃ親はウザったいだけかもしれない。特に1人暮らしをして自分のペースで物事を進めることが普通になっている侑士にしてみれば尚更。
「あはは、判る」
「従兄弟に謙也いうんがいてるんやけど」
溜息混じりに侑士は言う。
謙也……ああ、あれか。四天王寺だかなんだかの選手。そういえば侑士の従兄弟だったなぁ。(※四天宝寺です、本当は)
「従兄弟さんがどうかしたの?」
「そいつも大阪でテニスやってんねんけどな。どこからか氷帝に美人マネ出来たって聞きつけておってなぁ」
美人マネって……。私か!?
「へ……へぇ。なんで……大阪まで情報回ってんだろうね」
四天王寺(だから四天宝寺だって)って、えーと……ああ、お笑いテニスやってたとこか。あそこってデータマンとかいるんだっけ? 漫画では読んでなかったけど……青学戦のDVD見て唖然としたんだよね……。
「大阪まで情報いってんやったら、都内の学校は皆知ってるかもしれへんなぁ。『氷帝の美人マネージャー』のこと」
そういう形容詞が苦手な私を知ってて、侑士は態と揶揄うように言ってくる。
「別にマネージャーなんて珍しくもないでしょうに……」
「せやけど、うちは今までいてへんかったからな。跡部の隣に女が、しかもレギュラージャージ着てる女いてたらやっぱ目立つやろ」
元々跡部が目立つヤツやしな。
侑士はそう付け加える。
確かに……目立ってはいたかもね。かなりの視線を感じてはいたし……興味津々って感じの。勿論跡部たちのファンらしい他校女子高生の『何あの女!』的な嫉妬ビシバシな視線も相当ありましたがね……。
「で……侑士はその従兄弟さんに変なことは言ってないんだよね?」
「当たり前やん。誰があないな阿呆に大事な俺の彰子のこと教えるかいな」
『大事な俺の彰子』って……。
べ……別に侑士は深い意味を持って言ってるわけじゃない。ただ、そう言って私の反応を楽しんでるだけ……だよね。
「誰が誰の彰子なのかなー。他に彰子さんっているのかしら」
だから、出来るだけいつものように返す。
揶揄われているんだとしても……嬉しいと感じてしまったことが声や顔に出ていませんように。
「目の前にいてる彰子しか、俺は知らへんで。目の前のごっつう美人やけど、どっか抜けてて、せやけど跡部を顎で使える彰子のことや」
ニヤニヤと侑士は笑ってる。
「揶揄うのもいい加減にして」
思わず語気が強くなる。侑士を意識し始めてしまったから……侑士の一言一言に過敏になってる自分がいる。
侑士は驚いたように目を見開いた後、
「堪忍な。揶揄い過ぎた。けど……彰子のこと大事やって思うとるのは本気やで」
思いもかけない真剣な目でそう言った。
「……うん。侑士たちが私のこと大切にしてくれてるのは判ってる。でも……容姿のこと言われるのは慣れてないから……」
侑士が私を大切に思ってくれるのは、友達として、仲間として。それ以上を期待してはダメ。
「……可愛いな、彰子は」
どこか困ったような、苦笑するような口調で侑士は言う。
「容姿のことやないで。態度やら性格のことな。不器用なトコ可愛いわ」
そう言うと侑士は私が何か言うよりも早く、空になった食器を持って立ち上がる。
「後片付けは俺やるよって、彰子は自分の用事しとき。昨日1日潰れとるんやったら、やること仰山あるやろ」
こうやってさり気なく気を遣える侑士は凄いと思う。そしてズルい。こんな風にされたら……。
ランチの後、侑士が食料品の買出しに付き合ってくれて、その後はまた侑士は当然のように私の部屋に。
「遅うなったけど、これ土産な」
2人リビングでコーヒーを飲みつつ、ついでとばかりに数学を見てもらってたら、侑士に紙袋を渡された。
「態々良かったのに……」
ありがたく受け取ると、抹茶の八橋と練香のセット。私がお香好きなの覚えててくれたんだ。八橋も抹茶のやつだし……。
「ありがと、侑士。このお香欲しかったの」
通販もネット販売もしていない、お店に行かなきゃ手に入らないお香のセット。ずっと欲しいと思ってて、京都に行く機会があったら絶対買いに行こうと思ってたものだった。
「せやったん? 彰子アロマとかお香とか好きやからって思うて買うてきてんけど。喜んで貰えて嬉しいわ」
本当に知らなかったのかな? なんか侑士だったら判ってて買ってくれたような気もするんだけど。
早速、スティックタイプの白檀のお香に火を点す。うん、上品ないい香り。
「ありがとう、侑士。凄く嬉しい」
侑士が私の好みをちゃんと知っててくれてることがとても嬉しい。
「そないに喜ばれるとちょっと照れるな。あ、土産買うてきたん彰子にだけやねん。岳人にばれると五月蝿いよって内緒な」
侑士は悪戯っ子のような顔をして言う。
「りょーかい。お香はともかく八橋は文句言いそうよね、がっくん」
「せやなぁ」
私だけ、特別扱いなのかと、やっぱり嬉しくなってしまう。他のメンバーと違って女だから、付き合いがまだ浅いから、お隣だから……。特別扱いの理由はいくらでも思い当たる。別に侑士にとって特別な存在だなんて自惚れてはいない。
でも……侑士が気にかけてくれてるのがとても嬉しい。
再度数学に取り組み、予習が終わったのは3時ごろ。すると……
「彰子、ちょっと隣来てんか」
突然侑士が手招きする。別にテーブルの逆L字部分に互いに座ってるからほぼ隣り合って座ってるようなものなんだけど……。
「ええから、隣座ってや」
「うん?」
なんだろうと思いつつ、隣に座ると……
「昨日、あんま寝てへんねん。ごっつう眠いわ」
侑士はコロンと私の膝の上に頭を乗せて寝転がって……つまり、膝枕。
「ちょ……侑士」
「1時間経ったら起こしてや」
私の反論を封じるように侑士は眼鏡を外してテーブルに置き、目を閉じてしまう。
嘘か本当か、数秒後には寝息を立て始めて……私は身動きも何も出来ない。
……これって現実? 私夢見てるんじゃないの?
そりゃ侑士は結構スキンシップ取ってくるほうだと思う。よく髪触ったり頬や肩触ったりするから。
まぁ、ジロちゃんみたいに抱きついてくるなんてことはないんだけどね。というか、ジロちゃんのキャラならともかく、侑士がそれやったら確実にセクハラだし……。
とはいえ……今までこんなこと、したことなかったのに。
いきなり膝枕とか……。
あ……意識した途端、心臓バクバクいい始めた。
「んにゃ?」
いつのまにやら猫たちが側に来ていて、真朱と萌葱がどこか不満げに侑士の顔に猫パンチをしようとしている。
「ダメよ、真朱、萌葱。侑士疲れて寝てるんだから」
と言ってる間に、今度は撫子が膝の上に乗ろうとして場所がないのか侑士の顔の上で丸くなろうとする。
「こら、撫子。顔の上はやめぃ」
慌てて撫子を抱き上げて肩に乗せる。
猫たちの行動にふっと気分が軽くなってるのが判る。
穏やかな寝息を立ててる侑士の顔を見下ろせば……長い睫が顔に影を落としてる。
髪もさらさらだし、睫長いし……端整な顔立ちしてるよね。普段は丸眼鏡の所為で隠れてるけど。
跡部もそうだけど、侑士も『綺麗』って表現がとても似合う。『きれい』でも『キレイ』でも『奇麗』でもなく、『綺麗』。なんとなくこの字のほうが艶やかでキラキラしてる感じがして侑士には似合う気がする。
そんなに疲れてたのかな? さっきから萌葱が侑士のお腹の上で寝ようとして動き回ってるのに起きる気配ないし。
熟睡してるみたい。
きっと侑士は私に心を許してくれてるから、気軽にこんなことするんだろう。
仮令それが、友達に過ぎないとしても。
それを嬉しいと感じる私と、寂しいと感じる私がいる。
……そろそろ、自分の気持ちを認めるべきなのかもしれない。
認めて……それでどうなるのかは判んないけど。
落ち着くかもしれないし、余計意識してしまうかもしれない。
でも、闇雲に自分の気持ちから目をそらすよりはいい……と思う。
尤も、恋愛は苦手な私だし。
これで何かが変わるとは思わないけどね。