「長岡は1時間程遅れる。中等部に顔を出してくるそうだ」
今日は球技大会の実行委員会あったよって彰子と跡部は若干遅れてきた。一緒に来ると思うてたんやけど、来たんは跡部だけで、そう言うた。そして、今日のマネージャーサポートのチームに指示を出した後、跡部は何処か面白そうな顔をして俺に近づいてくる。
「忍足、鳳の奴が長岡のこと誘ってたぞ」
跡部はニヤリと笑って言う。楽しんどるっちゅう顔や……。
「ほー。デートか」
跡部の面白そうな顔にむかつきつつ、表面上はなんもないふうを装って応える俺やけど……。
鳳の奴……。彰子をデートに誘うなんて生意気やないか!
考えてみれば……俺は彰子とデートなんてしたことあらへん。
毎日一緒やけど、それは通学やし。休日に一緒にどこかに2人で出かけるっちゅうこともあらへんしな……。
彰子が引っ越してきたばっかりの頃、買い物に付き合うたことはあるけど……あれはデートとは言えへんしなぁ。
仁王かて合格祝いと称して1度はデートしとるっちゅうのに……。
もしかして、俺出遅れとるんやないか?
くそー。俺かてデートに誘ったる!
部活も終わり、帰宅途中のバスの中で。
「明日初めての秋葉原~」
と彰子は楽しそうに言うた。明日っちゅことは……鳳と行くってヤツやな。
「秋葉原っちゅうことはパソコンかなんかかいな」
「うん。なんかチョタがパソコン買うらしくて、選ぶの手伝って欲しいんだって。こっちに来たときから行ってみたいって思ってたから楽しみ」
彰子はそう答える。
なんや、心配することはあらへんな。
彰子の中では明日は『鳳とデート』やのうて『初めての秋葉原』っちゅう認識みたいやし。
「鳳とデートなんか?」
態とそう言ってみれば……
「デート? それってチョタに失礼だよ。ただのパソコンに詳しい先輩に頼んだだけなんだし」
と全く意識してへんらしい。鳳、ご愁傷様。
「パソコンかぁ。俺もそろそろ新しいの欲しいねんけどな。明日やと俺は行かれへんか」
ホンマやったら、俺も新しいんを買うっちゅうことで邪魔したいとこやねんけど。
明日は実家戻らなあかんねん。
「法事だっけ。朝一の新幹線でしょ」
「そ。めんどいわ……」
本家の長男やし、じいちゃんの5周忌やし、行かんわけにはいかへんからな。久しぶりの実家っちゅうことで、土日の1泊2日や。
彰子と知り合うてから、2日も離れるなんて初めてやな。なんやかんやで毎日顔合わせとるし。まぁ、知り合うた初めの頃は土日は会わんこともあったんやけど……。彰子が合格決まってからは会わへんかった日は1日もない。
「彰子と知り合うてから初めてやな。会われへん日は」
これまでは会おうと思えばいつでも会えた。なんせお隣さんやし。けど、明日は会おうと思うても会えへんのや。明後日は即朝一にでもこっちに戻ってこよう思うてんねんけどな。
「そういえばそうだね。でも侑士も久しぶりの実家なんだし、のんびりしておいでよ」
「ああ、せやな」
冗談やろ。ほんまは土曜のうちにでも戻ってきたいんやで。
「けど、関東に備えて体整えんとあかんしな。日曜の早めの時間に戻ってきて、部屋でのんびりするわ。そのほうが気楽やしな」
ほんまは彰子の傍にいたいからやねんけど。
「あ、なんかそれ判る。1人暮らししてると、仮令家族でも人がいたらのんびり出来ないっていうか。久しぶりに会う家族だと妙に気を使うというか……」
「そうそう。そう言うことやねん。特にうちのオカン、これ食えあれ食えって五月蝿いねん」
彰子の同意に頷き。
けど、彰子なんや実感こもってるなぁ。こっちに来るまで家族と住んでたはずやのに、なんや1人暮らしの経験があるようなこと言うとるし。
彰子は俺と同じ15歳の高校1年生のはずやねんけど……ホンマにそうなんやろうかって時々不思議なことを思うことがある。
確かに大人びとるけど、でも確かに俺と同じ歳なんやけど……。
何なんやろうなぁ。
まぁ、俺も彰子の全てを知っとるわけやあらへんし、まだまだ判らへんことだらけやねんけどな。これから知っていく楽しみにしとくか。
「せや、彰子。関東終わって時間空いたらパソコン買いに行くの、俺にも付き合うてくれへん?」
ネット購入で済ませようかとも思うたけど、これもチャンスやしな。鳳の真似っこみたいでちょっと癪やけど。
「うん、別にいいよー。でも早めに欲しいならネットでも買えるけど……」
「それも考えたんやけどな」
折角彰子と出かけるチャンスやで。それをふいにはしとうないやん。
そんなことを話しつつ、あっという間に自宅に着いてしまう。
通学時間短いんは助かるんやけど……もっと長く彰子と一緒におりたいなぁ。
「あ……ね、侑士。うちで晩御飯食べない?」
と……珍しゅう彰子が誘ってくれる。
「ええの? 今から作るん面倒臭い思うてたんや」
「その代わり、ドイツ語教えてね」
ああ、今日のドイツ語、課題出てたなぁ。彰子は高等部からの編入やから、中等部からの内部進学組に比べたら遅れとるもんな。
「ええよ」
「じゃあ、今から準備するから、1時間後でいいかな」
「了解」
久しぶりに彰子と晩飯や。
……明日朝一の新幹線やなかったら、これはチャンスやったのに……なんて思うてしもうたんは、健全なオトコノコとしては普通のコトやと思います。
風呂入って、明日の準備して、ドイツ語の教科書とノート準備して……とやっとったら、約束の時間やった。
彰子の部屋に行けば彰子はキッチンにおって、俺を出迎えてくれたんは猫たちだけ。
「彰子、鍵開けっ放しは無用心やろ」
「だって、侑士来るの判ってたし。それにオートロックなんだし……」
料理の仕上げをしながら彰子はそう言うんやけど……。オートロックかて万全やあらへんやろ!
インターフォン鳴らさんと入ってきた俺が言うのもなんやけどな。
「もうちょっとで出来るから、少し待っててね」
今日のメニューは彰子曰く『得意の手抜きメニュー』らしい。ああ、鶏肉のオレンジジュース煮込みか。確かにこの系統はよう作ってるな。鶏肉・豚肉とタマネギ・きのこ類をオレンジ・グレープフルーツ・トマト・ニンジンなんかの果汁100%ジュースで煮込む奴。味付けがコンソメと塩コショウだけらしゅうて、材料一気に鍋に入れて煮込むだけやから手間が掛からんらしい。それとガーリックライスに洋風冷奴か。
彰子の邪魔をせんようにリビングに行ってソファのいつもの位置に座れば、待ち構えとったみたいに猫たちが擦り寄ってくる。
「おー、真朱、萌葱、撫子、元気やったか」
脛にすりすりと額を押し付けてくる猫たちに声をかければ『んにゃ』と返事をする。額すりすりは何でも『仲間への挨拶』らしゅうて、どうやらこいつらは俺を仲間と思うとるらしい。
まぁ、確かに『彰子大好き』仲間やな。
萌葱は肩によじ登ろうとするし、撫子もソファに上って俺に『撫でて撫でて』って目で見上げてくる。残り1匹真朱は彰子のところへ戻っとる。ホンマ、真朱は彰子べったりやなぁ。
「真朱、ママお料理してるから危ないよ。侑士に遊んでもらって」
包丁を使うとるからと真朱に声をかける彰子。以前は猫にそう言うたかてどこまで通じるんやろうと思うてたんやけど、こいつら人間の言葉確り理解しとるらしくて、彰子だけやのうて遊びに来た俺らが言うたときでもちゃんと聞くんや。まぁ……彰子が言うよりは素直に行動しぃひんけどな。
「せやで、真朱。彰子ママの邪魔したらあかんで。侑士パパのところに来ぃ」
俺が呼んだからちゅうよりは彰子に言われたからやろうけど、真朱はおとなしゅう俺のところに来る。
せやけど……ママにパパかぁ……。ええなぁ。いずれそうなったる!
彰子に似た娘が『ママのお手伝いするのー』とか言うて、キッチンに立つ彰子にまとわり着いて。『危ないでしょ。パパと遊んでてね』とか、彰子が優しい顔して言うて。『ほら、パパんとこおいで。おとなしゅう待ってるんやで』とか俺も言うて。
ええなぁ。うん。ごっつうええ!
「侑士、お待たせ……って、なんか変な顔」
呼びに来た彰子に不審者を見るような目で見られてもうた……。
食事の後は、ドイツ語のお勉強。
彰子は学年トップやから頭ええねんけど、英語とドイツ語は若干苦手らしい。というても読解や筆記は特に問題あらへんねん。オーラルコミュニケーション、所謂会話が苦手なんやと。特に発音が苦手やというてた。
今日の課題は夏の予定を5分程度のスピーチにまとめて、次回の授業で発表するっちゅう奴で。既に日本語での原稿は出来とるよってそれをドイツ語に訳してスピーチの練習。
訳するところまでは割合スムーズに進んだんやけど、そこからが彰子にとっては難関なんや。英語や日本語にあらへん発音なんかあるしな。
彰子が音読したんを俺が修正して再度彰子が音読。それを繰り返してほぼ問題なしになったんは既に11時近うなってからやった。
「もうこんな時間。侑士明日早いのにごめんね」
彰子は申し訳なさそうに言うけど、問題あらへん。っちゅか得した気分や。いつもなら、彰子と晩飯食うた日でも9時には自分の部屋に戻るよってな。
「ああ、そうやな。何やもう帰るの億劫やなぁ。彰子泊めてくれへん」
断られるのは百も承知でそう言うてみる。案の定、
「歩いて10秒の癖に何言ってんの」
と彰子は笑う。
「せやな。ま、明日は新幹線で寝るよって問題あらへんわ。ああ……それとな、やっぱパソコン早めに欲しいよってネットで買おうと思うねんけど、お勧めあらへん?」
思うところあって、そう言う。明日は彰子が鳳と2人っきりでデートやと思い出したら……ここで少しでも距離詰めておきたい……っちゅう思いもあったしな。
まだ行動には出ぇへんよ。それは時期尚早や。
「んー……じゃあ、一緒に見てみようか。ちょっと待ってて」
少し迷った後、彰子はそう言うと寝室へと向かう。ネット環境は寝室にしかあらへんからな。
──彰子の寝室に入ること。それが狙いやった。
これまで何度も彰子の部屋には来とる。俺だけやのうて跡部たちも何度か来とる。せやけど、流石に寝室にまでは誰も入ったことあらへんねん。やっぱり、同世代の男が女の子の寝室に入るんは拙いやろ。
けど……敢えてそこを一歩踏み込んでみようと思うたんや。俺がどこまで踏み込むことを許されるんか、量ってみたいって思うたんや。
彰子が俺を意識し始めとるのは知っとる。最近は以前と近い状態に戻ったみたいやけど、それでも不意のボディタッチなんかには前よりも敏感に反応するしな。
「侑士、OK。ちょっと散らかってたから」
寝室から出てきた彰子がそう声をかける。
初めての彰子の寝室……。なんやドキドキするな。
んー、いかにも彰子らしい部屋やな。ベッドサイドに置かれたでかいクマのぬいぐるみがちょっと女の子っぽい程度で、後は俺の部屋と大差あらへん感じや。パソコン用の机と勉強机が分かれてるっちゅうのも、本棚にぎっしりと色んな小説や漫画、ゲームの攻略本なんかがあるのも、彰子らしい。
「どんなパソコン欲しいの?」
パソコンデスクについて、パソコンショップのサイトを開きながら彰子は訊いてくる。
「彰子がやっとるネットゲームって『Lineage』やっけ? それが出来る奴がええな」
彰子が面白そうにやっとるから興味あるねん、とそう付け加える。
「へぇ。じゃあ、侑士もLineage始めるんだ」
『も』?
「チョタもやりたいって言ってたの。過疎ってるゲームだから新規ユーザー増えるのは嬉しいな」
彰子は嬉しそうに言うけど……。
鳳の奴!! どうせ、『ゲームなら誰にも邪魔されず彰子先輩と遊べる』とか思うたに違いあらへんわ! そうは問屋がおろさへんで。
「Lineageは低スペックでも遊べるからねー。予算はどれくらい?」
「モニター込みで15万くらいやな。ああ、レポート作るんにやっぱWORDとEXCELはほしいなぁ」
モニターを覗き込むっちゅう建前で彰子の背後に立ち、肩に手をかける。ちょっと彰子の肩が震えて一瞬緊張したのがはっきりと掌に伝わる。
全然意識されとらんかった頃に比べたら一歩は前進しとるな。
「LineageはVista不具合あるからXPがいいわね。……スペック的にこれくらいあれば余裕かな」
若干震えとる声。……思ってた以上に彰子は俺のこと意識してるのかも知れへん。
「12万か。ええな、これ。うん、これにするわ。部屋に帰ったら注文しとく。ああ、それとLineage関係のホームページいくつか教えてくれへん?」
「うん……。そうだな、全部教えるの面倒くさいから、1つ教えておくね。私がいるクラン……グループのサイト。そこから公式にも情報サイトにも飛べるから楽だと思うし」
彰子は別タブでそのホームページを開き、見せてくれる。
「侑士のメルアドにこことさっきのPCショップのサイトとPCの型番送っとくね」
「ああ、メモするよってええよ。ちょっと借りるで」
確信犯的に彰子の背後から手を伸ばし、デスクの置くに置いてあるメモ用紙とペンを取る。
「なんや、彰子。俺に密着されて照れとるん?」
うっすらと彰子の頬が染まっとる。まぁ、かなり密着しとるし。
「み……耳元で侑士の声は犯罪だよ……」
「そうなん?」
態と耳に息を吹きかけるように囁けば、彰子の朱色は更に濃くなる。
「もうっ、馬鹿侑士ッ」
「堪忍堪忍」
引き際は間違えたらあかんからな。謝って密着を解く。
「おおきに、彰子。参考になったわ」
「……うん」
まだ赤い顔をしつつも、彰子は何処か安心したように頷いた。──少し残念そうな寂しそうな色が浮かんでたと思うたんは俺の願望やろうか?
結局彰子の部屋を出たんは12時近くになってた。
部屋に戻った俺は早速新しいパソコンを注文した後、Lineageの公式サイトにアクセスしてクライアント(プログラム)ダウンロードして、アカウント(ID)とって。
ダウンロードしとる間に教えてもろうた彰子のグループのサイトを見て、彰子がプレイしとるサーバーとキャラ名を確認した。
それから攻略情報のサイトで大まかなシステムを頭に入れた頃、ダウンロードも終わって。
早速ゲームにアクセスして、キャラクターを作った。彰子はゲームしてへんかったみたいやけど。
彰子はどうやら回復や支援が中心のエルフっちゅうクラスみたいやから、俺は攻撃系で行くことにした。そのほうが一緒に遊べるやろ。ダークエルフとナイトとあって迷ったんやけど、どうやら彰子のグループはナイトが少ないみたいやったからナイトを選んだ。
鳳、ゲームで彰子を独占しようとしたかてそうはいかへんで。
そうして、徹夜でレベルあげをして、赤い目をした俺は慌てて東京駅へ向かう羽目になったんやった。