束の間の休日

 枕もとの目覚まし時計の音に、ごそごそとベッドから起き上がる。

 うう……眠い。

 夕べは中々寝付けなかったからなぁ……。

 ベッドから出ると、布団の上で寝ていた猫たちも起きて飛び降り、『にゃにゃお~』と鳴く。……段々人間語に近づいてきた? 本当にみかんやこりんごみたいに喋るようになるかもしれない……。

 こっちで再会した日に言ってた通り、どうやら猫たちは人間語の練習をしているらしく、時々私が言った言葉を繰り返してる。ヒアリングは既にばっちりらしく、私だけではなく侑士たちの言葉にも返事をしている。

 侑士……か。

 8時だし、もう新幹線の中かな。始発は6時だって言ってたから……大体2時間くらいだし、そろそろ着く頃だ。

「はぁ……」

 我知らず溜息が漏れる。

 いかんいかん、朝からこんなんじゃ。

 気持ちを切り替える為に風呂に入ることにして、お湯を落とす。

 その間に朝ご飯の準備。トーストは風呂出てから焼くことにして、サラダだけでも作っておこうかな……。面倒くさい。トーストだけでいいや……。

 猫たちに朝ご飯をあげてから寝室に戻り、パソコンの電源を入れる。起動している間に、今日持っていくものを準備。

 チョタがネットカフェでLineage教えて欲しいって言ってたから、セキュリティカード持って行かなきゃね。後は……財布と携帯、ハンカチ、ティッシュ。取り敢えず手帳とペン。

 持ち物を今日使うバッグに入れたところでパソコンが準備完了。

 ネットに繋ぎ、昨日は見る気になれなかったゲーム仲間のブログを見て回る。

 ああ、昨日撮ったSS(スクリーンショット。ゲーム画面のキャプチャ画像)も加工してないや。

 駅に10時の待ち合わせだから9時半に出れば余裕だから、昨日の分のブログも書いておこうかな。

 SSを加工しようとPhotoShopを立ち上げたところで、『お湯が貯まりました』のお知らせメロディ。

 バスローブと適当に小説を持って風呂場に行く。

 ここはさっぱりするようにカモミールの精油を使おうかな。

 精油をお湯に2~3滴落として、髪は濡れないようにアップにして。

 大好きな『アルスラーン戦記』を持って湯船に入る。因みにこれはお風呂用の本。通常読む用とお風呂用は分けてるからね。お風呂用は濡れちゃうし。

 お湯に浸かり、本を読み始めるけど……内容は頭に入ってこない。こんな読み方じゃアルスラーン陛下に失礼だ。

 本を濡れないように脱衣所に置いて、再びお湯に浸かる。猫たちが浴槽のふちに乗って、波紋を描くお湯をじっと見つめては前足を伸ばしたりしている。

 いつもなら、お風呂に入ってこんな猫たちの可愛い姿を見てアルスラーン陛下読んでたら気分もすっきり楽しくなるのに。

 未だにもやもやしてるのは決して寝起きだからってわけじゃない。──侑士の所為だ。

 昨日侑士にドイツ語を見てもらって。『ネットでPC買うから一緒に選んで』と言われた。別にそれは構わないんだけど……問題は私のネット接続できるパソコンは寝室にしかないってこと。

 侑士を寝室に入れる……。一瞬躊躇ってしまった。だって、一応年頃の男と女なわけだし。

 でもまぁ……別に『友達』なんだから、意識するほうが変かなと思い直して、一緒にネットで調べたんだけどね。

 妙に侑士が体に触れてきたんだよね……。肩とかはいつものことなんだけど……。

 背中に密着して耳元で囁いたりなんかして……。

 破壊的ですから。侑士の声を耳元で……なんて。

 そりゃ、故塩沢兼人さんとか、池田秀一さんとか井上和彦さんとか堀内賢雄さんとかに耳元で囁かれた日にゃ、悶絶死しかねませんけどね。

 不必要なほどの密着と耳元の声……。絶対侑士は私を揶揄ってる。確かに私は男慣れしてないし……侑士にしてみたら反応が面白いのかもしれないけど。

 でも……あまり『男』って意識させないで。

 今はまだ、恋なんてしたくないんだから。






 風呂から出たら、もう9時になってた。

 慌てて食パンとアイスコーヒーを持って寝室へ行き、行儀悪いけど食べながらSSを処理する。幸いSSは10枚程度だったから、食べ終わると同時に加工は終わった。まぁ、トリミングして明度調整するくらいだったから。

 グラスをキッチンに持って行き、急いで歯を磨いて。寝室に戻ってパソコンシャットダウンしながら着替える。うーん、こういうとき、高校生って楽でいいわー。あっちの世界じゃ出かけるにはまずお化粧だったしねー。

 ラフにデザインTシャツにジーンズ、麻のジャケットを着て髪を梳かし鏡でチェック。うん、可笑しいところはないな。

 シッピングとネットカフェだと足も浮腫みそうだし、パンプスは止めてスニーカーにしとこ。

 バッグの中を忘れ物がないか確かめて、ガス・電気を確認して。戸締りもオッケー。

「真朱、萌葱、撫子。ママお出かけしてくるからいい子でお留守番しててね」

「んにゃー」

 猫たちはそう返事をするけど、何処か不満げに見える。休みの日なのに出かけるからかな。

「帰ってきたら遊んであげるから! 明日もいっぱい遊んであげるから」

 そう約束して、慌てて家を出たのは、予定より5分遅れてのことだった。






 約束の10分前についたら、チョタは既に来ていて待っててくれた。

「おはよ、チョタ。お待たせ」

「おはようございます、彰子先輩。今日はよろしくお願いします」

 朝から爽やかな笑顔のチョタだなぁ。

 けど……侑士にしろ、におちゃんにしろ、チョタにしろ、約束の時間前にちゃんと来てるのっていいなぁ。

 うん、普通は当然のことなのかもしれないけど、あっちにいた頃プライベートで付き合いのあった男性陣(恋人という意味だけではなく)って、早くて30分遅れ、1時間遅れがデフォルトな人たちばっかりだったかな……。

 まぁ、こっちもそれが判ってるから待ち合わせの場所は本屋とかCDショップとかだったんだけど。

「じゃ、行こうか」

 チョタと並んで歩きながら、やっぱパンプスにするんだったと思った私でした。だって、身長差ありすぎて首痛い……。






 チョタの希望は、①インターネットが出来る ②メールが出来る ③動画編集が出来る パソコンだった。

 ネット出来りゃ普通はメールも出来るんだけどね。動画はテニスの試合の映像を纏めたり編集したりしたいんだって。

 動画編集なら、ある程度のスペック要るなぁ。メモリもCPUも。

 2人で色々なお店を見て回りながら、性能と値段をチェック。動画の編集ソフトは本格的に作るのでなければネット上にいくらでもフリーのソフトがあるから、それを色々試してみることを勧めた。だって、まともなソフト買うと高いからね。

 お昼になるころ、漸くパソコンが決まって、早速チョタは購入。迅速配達がモットーのお店だったらしくて明日の午前中には配送してくれるらしい。

 ああ、私ももう1台欲しいなぁ。Macが。デザイン好きなんだよねー。でも買ったとしても、サイトの環境確認くらいしか使わないもんな。CG描くわけでもないし。

 ランチはメイド喫茶でも執事喫茶でもなく、普通にファーストフード。執事喫茶にも結構心惹かれたんだけど、いかんせんこっちに来てから跡部・侑士はじめ無駄に美形な連中に囲まれてる所為か目が肥えちゃったからね。失望したくないんで止めておいた。もし好みの人がいたらいたで、チョタに退かれそうなくらい興奮してしまったらヤバイし。

 チョタは『付き合っていただいたんですから』と私の分もお金を出そうとしたけど断った。チョタだってまだお小遣いを貰ってる身だもの。私も余裕ありまくりな生活費を貰ってるからお金には余裕あるし。

 ランチしつつ、最近の中等部のことなんかを聞いて。ピヨも樺ちゃんも頑張ってるらしい。都大会までは青学との対戦がなくて、関東で中るかどうか。中ったら去年の雪辱を果たすんだってピヨが結構熱くなってるんだって。

「今年は絶対負けませんよ。去年に比べたらうちも青学も戦力は落ちてます。青学はエースの越前が残ってるとはいえ、手塚さん、不二さん、大石さん・菊丸さんペアが抜けた穴は大きいです。俺も日吉も樺地も桃城や海堂には負けませんし」

 チョタは自信たっぷりに言う。

 マンガのテニスの王子様では、去年のメンバーは10年に1度の強豪が集まった時代って言われてた。

 立海の幸村・真田・柳・切原。青学の手塚・不二・越前。そしてうちの跡部と侑士。

 作品中ではもっとたくさんの選手が強豪選手として描かれていたけど、私が本当に『10年に1人の逸材』と思ってたのはこの9人。そのうち7人が同じ学年なわけだから、トップ取るのは高校でも大変だわ。

 7人が同じ学年だから……去年のレギュラーが残っている学校も少ない。いっそ不動峰なんかは橘が抜けただけだから戦力に大きな落差はないだろうな。

 立海は1名、青学が3人、氷帝も3人。去年のレギュラーはそれだけしか残ってない。

 それで言えば、一番不利なのは立海。有利なのは去年の優勝の立役者でもあるリューマが残ってる青学。

 でもね。立海は『常勝立海』とまで言われた伝統校。うちは部員200名を超えて太郎ちゃんの厳しい超実力主義に鍛えられてる。うちと立海は選手層が厚い。

「うちの平部員でも、青学に行けばレギュラーには慣れますからね」

 ニッコリと笑うチョタ。……それは爽やかな自信なの? それとも黒いの……? チョタは白いって信じていいよね!?

 とはいえ、確かにそう思う。立海と氷帝。伊達に伝統校なわけじゃない。伝統に裏付けられた実力があるからこそ、常に強豪校と言われてきたんだから。

「そうだね。高等部は都大会で負けちゃってるから……チョタたちには勝ってほしいな」

 勿論、関東以降で負ける気はないけどね。

「ええ。青学にも立海にも勝って先輩にご報告します」

 チョタは今度こそ本当に爽やかに笑って、自信ありげに言った。






 そして、ランチの後は、チョタの要望でネットカフェへ。『Lineage』教えて欲しいって言ってたからね。

 けど、侑士もLineageやるって言ってたし、チョタもかぁ。

 Lineageはプレーヤーが結構減ってるから新規ユーザーは嬉しいことなんだけどね。ラグナロクみたいな可愛い系3頭身キャラじゃない、6頭身の2D画像は、今時の綺麗な3Dグラフィックのゲームに押され気味。

 それでもLineageにはLineageのいいところがあるし、慣れてるってこともあって、私は好きなんだけど。

 ただ、リアル知り合いと一緒には余り遊びたくなかったりする。

 ゲームの中は仮想現実の世界。現実とは違うもう1人の私になる。『長岡彰子』という人間じゃなくて『セノーラ』というエルフに。

 そこには現実とは違ったコミュニティがあるわけで……。顔も名前も性別も年齢も知らない人たちとゲームの世界を共有して、一緒に『生きて』いる。

 その中に『長岡彰子』の知り合いである侑士やチョタが入るということは、あまり私としては嬉しくなかったりして。

 でもまぁ、飽くまでも私は入り口を案内するだけ。侑士たちがそのままプレイを続けるのか、お試しで終わるのかそれは彼ら次第だし、同じサーバーにいるとしても、同じクラン(グループ)に所属するとも限らない。チョタの場合は最初は同じクラン希望らしいけど、Lineageに慣れれば別の自分に合ったクランを見つけるだろうし。

 アカウントを取得して、それから公式サイトと情報サイトで簡単なキャラクターのクラスを説明して。後はゲーム内でやりゃあいいかなと。

 私は4キャラのうち、メインである『セノーラ』でログインして。あとの3キャラは倉庫姫とWIZとDEでどれもレベルは低いし、クランにも所属してない。チョタが私がいるクランに入りたいというのなら、私はセノーラでインしたほうがいいしね。

「最初は育てやすいクラスがいいかもね。慣れたらやりたいクラスのキャラクター作ればいいし」

 一番初心者に育てやすいのは単純に殴り作業のナイトなんだけど、このクラスは魔法が使えない分ゲーム内でのお金がかかる。そういった要素も踏まえて楽なのはエルフかなとエルフを勧めてみる。

 まぁ……レベルが上がってクランハントなんかのパーティ狩り(狩りはモンスターと戦うこと)をするようになると、一番臨機応変に攻撃と支援と魔法が要求されるクラスでもあるんだけどね……。

「じゃあ、エルフにします。先輩と同じですね」

「そうね。エルフ同士は結構一緒に戦ったりもしやすいからいいかも」

 チョタは男性エルフを選び、『チョタ』と名前をつけてキャラクターを作成。初期のステータス割り振りはこれも育てやすいものを勧めておいた。

「画面に案内が出るから、その通りにね。最初は歌う島ってとこの訓練所だから」

 そう説明しながら、私は私でINしていたクランのメンバーたちとチャットで会話。

【セノーラ、いいトコ来た! 今からラ城いかね?】

 INの挨拶するや否や、DE……ダークエルフでプレイしている『ロムストール』が言って。

【1WIZしかいないから、NB様カム♥】

 と、WIZ(魔術師)の『シャリ』が言う。因みにNBというのはエルフの魔法の一種でレベル50以上の水属性エルフが使える魔法だ。パーティメンバー全員のHP(ヒットポイント)を一気に回復できるから、上位狩場には欠かせない。

【ごめん! 今は無理。知り合いがリネ始めるから一緒にいるんだ】

 そう返せば……

【姫! セノの知り合い拉致だ。クランに入れろー】

 そう言うのはナイトの【シェス】。

【姫。知り合い暫くJoin(血盟加入)させて貰ってもいいですか? まだホントに初心者なんですけど】

 姫ークランのリーダーである、君主というクラスのフィアンナにそう尋ねる。

【OK。いいよー。今SI?】

【はい、今コブリン叩いてます】

 SIは歌う島のことで、コブリンは横でチョタのキャラクターが戦っているモンスター。作ったばかりのキャラクターはSIの訓練所である程度まで育てる。一応レベル3になれば訓練所を出ることは出来るけど、レベル3程度じゃ何も出来ないから最低限レベル10まではそこで育てるようにとチョタには言ってある。

【えーと、今まだレベル3なんで……10になったらまた言います】

 画面を横から覗いて、姫にそう報告。

【ほいほーい。りょーかい】

「先輩の画面と俺の画面、なんか違いますね。この欄が……」

 だいぶ操作に慣れてきたのか、チョタが私の画面を覗いて示したのは、チャットが表示されるチャット欄。チョタのチャット欄はワールドチャットとモンスターからの取得アイテム情報が流れるだけ。

 一方の私はクラン員と話をしているから、ワールドチャットとクランチャット、周囲にいる人たちの白チャが流れている。

「ああ、このチャット欄には全種類のチャットが表示されるの。チョタの画面にあるのは全員が見れるワールドチャットね。文字が水色でしょ。それからチョタにしか見えない黄色の文字はモンスターのドロップ情報。で、私のほうは白い文字が周囲にいる人たちの会話で緑の文字がクラン員だけにしか見えないクランチャット」

 説明しつつ、私の手はキーボードを叩く。

 あとで、情報サイト教えておいたほうがいいな。そこにシステムは判りやすく説明してあるし。

【ねね、セノちゃん。入る子って男? 女?】

【男です】

 姫の問いにそう答えた瞬間、クランチャットが急に賑やかになる。

 因みに姫はキャラクターは女だけど、中の人(プレーヤー)は男性らしい。でもゲーム内では女性に徹していてそこらの女性よりも女性らしい……。けど、飽くまでもゲーム内だけであって、現実では普通の男性なんだって。

【何々、セノーラさんの彼氏とか!?】

 とエルフのカフィスが食いついてきて、【セノにも彼氏いたんだ】【あわせろー】などと妙に皆はしゃいでいる。

 ああ、リアル知り合いなんてばらすんじゃなかった。でもチョタの言動でどうせばれるだろうしな……。

 こういうのがあるから、リアル知り合いは面倒くさいんだよねぇ……。

【後輩です。彼氏じゃねーよ】

 ……ゲーム内では割と言葉遣いが荒いんだよね、私。元の世界では男性の振りしてたから……ていうのもあるかな?

【なーんだ、つまんねー】

 ロムストールがぼやくけど、別に私はあんたを楽しませる為にゲームしてるわけじゃないし!

【てか、ラ城行ってんじゃないの?】

 ラ城……ラスタバド城は結構強いモンスターが数もたくさん出る上位狩場だから、そこで狩りしてるならこんなにチャットする余裕ないはずなんだけどな……。

【1WIZじゃ無理】

 確かに……今INしてるメンバーはDEのロムストールとナイトのシェス、姫のフィアンナにエルフのカフィス、WIZのシャリ、そして私。ロムストール・シェス・姫は殴り職だし、カフィスは土属性のエルフ。シャリ1人じゃ回復きついな。因みにカフィス以外はそれなりに高レベルといわれるプレーヤーだから、あと1人回復魔法担当がいれば余裕でいけるんだけど。

【それにセノの彼氏が気になるしなー】

【だから、彼氏じゃねーってば。人の話聞けや】

 そうこうしているうちに

「先輩、レベル10になりました。なんか途中で『レベル1魔法が覚えられます』とかメッセージが出たんですけど……」

 見ればチョタの『チョタ』はレベルアップしてて、訓練所を出ていた。

「じゃあ、これから質問はチャットでね。私もチャットで話すから」

 チャットしながらやるこのゲーム。チャットに慣れないことには話にならないから。






 ゲームに慣れさせる為に、極力直接会話はせず、ゲーム内のチャットで色々教える。チョタのキャラクターがある程度成長した段階で、うちのクランのリーダーに連絡して、クラン加入。

 そこでクランのシステムとかチャットの仕方なんかを教えてたんだけど……。

 クランのメンバーに聞かれるままにチョタはポロっと私たちのリアル情報を話してしまった。

 基本的にこういうオンラインゲームではプレーヤー(中の人とも言う)のリアル情報……例えば年齢とか性別、職業とか居住地域なんてものは態々教えない。

 普段の会話の中で『今日、めっちゃ寒い。吹雪いてる』『何処だっけ?』『青森~』みたいな感じでわかることはあるけど。

 年齢だって精々学生か社会人かが会話で判るくらいだし、性別は中の人が自己申告しない限りキャラクターの性別で対応するしね。実際元の世界にいた頃は私はメインキャラクターが男で、プレイしていた数年間ずっと男で通してた。言動から女とばれなかったのは果たして喜ぶべきなのかどうかは微妙なところなんだけど……。

 クランのメンバーに私の後輩なのかと聞かれて……チョタは正直に『テニス部の先輩です。俺はまだ中等部なので今は離れてますけど』と答えちゃって。ゲーム内でそこまで個人情報漏らさなくていいの。

【セノって女子高生だったのか!? もっと上だと思ってた】

【セノが女子高生…………】

 別にゲーム内では年齢とか職業とか言わないからねぇ……。話しているうちに判ることはあるけど。

「もしかして、俺まずいこと言っちゃいましたか?」

 クランチャットの様子を見てチョタは心配そうに聞いてくる。

「んー、これくらいは問題ないかな。でもゲームだし、本名とか歳とか学校名とかいう必要ないし、個人情報はあまり漏らさないほうがいいわね」

 ゲームには関係ないことだし。

【うっさいわね。私が女子高生で何が悪いー! というかチョタは健全な中学生ですから、変なこと教えないでよ、オヤジども】

 酔っ払ってインしたときには必ず下ネタになるロムストールに釘をさしておく。チョタがロムストールに毒されでもしたら……。宍戸に絶対怒られるし私も悲しいもんね。

【これで女子高生……ああ、おじさんの夢が崩れていく……】

 だから、ロムストールうっさい!

【先輩は口は悪いけど、学校でも1・2を争う美少女で中等部にはファンクラブもありますよ】

 だーっ。チョタ、余計なこと言わない!

【……マジか】

【セノが美少女……想像つかん】

 こら、そこのシェス。どういう意味だ。

【学年主席だし、生徒会副会長だし、周りを頭も顔も家柄もいい先輩たちが固めちゃってるんで、皆高嶺の花って憧れてるんですよ】

【……頭も顔も家柄も良くて、イイ性格した連中にね……。つーか、貴様何様うん俺様な生徒会長とガチンコ対決しまくってるから周りはびびってるんでしょ】

 チョタ頼むからこれ以上私のこと話さないでくれ……。よし、話題転換。

【チョタ15になったんでー。暇な人OT集合。SPオーク集めてよ】

 Lv15・30・45になるとそれぞれのクラスごとに試練(クエスト)がある。それぞれのクラスに有益なアイテム(大抵武器か防具)がもらえるんだけど、有用性が本当に高いのは君主30クエストとWIZ45クエスト、DE45クエストくらいかなぁ。でも15クエクリアしないと30クエ出来ないし、両方終わってないと45クエ出来ないし、45クエまで終わってないと、Lv50の君主・ナイト・WIZ・エルフの合同クエスト受けられないからね。やっておくに越したことはない。

 因みにOTはオークタウンという草原で、そこに出る5種類のスペシャルオークと呼ばれるモンスターから4種類の魔法書を集めて兜を貰うっていうのがこれからチョタがやるクエストの内容。

 15クエはちょうど経験値稼ぎにもいいからね。初心者のうちは順番にこなしていくのがいい。

 ついでに言うと私は元の世界で何度もエルフはやってたから、このキャラクターの場合はレベル52になってから一気に15・30・45クエストをやった。アイテム収集部分は時間掛かるけど、戦闘自体はかなりあっさり終わらせることが出来るからね。

 結局皆暇だったらしくて、全員がOTに集まってくれて、わいわいがやがやとお喋りしながらチョタのクエストを進めていった。

 Lv65という高レベルのロムストールやシェスは武器を使わずに素手で殴ったりしながら……。

 彼らのレベルの高さとそれに伴う攻撃の強さにチョタはびっくりしてたけどね。まぁ、たいしたことではないんだけど……ネット社会では中の人の個人情報の取り扱いは現実以上に気をつけなきゃいけないから、そこは注意しておいた。

 ただ……私が女子高生ってそんなに驚くことか!? 驚くだけならまだいいのに『ショックだ……』なんて言ったクラン員までいたし……。

 しかし、どうして男の後輩と一緒に遊んだら即彼氏認定なわけ? チョタに失礼じゃないの。

 これで侑士がLineage始めてもしうちのクランに入ることになったらクランのメンバーは更に大騒ぎするのかもしれないなぁ……。

 侑士……か。





 結局5時間パックで入った時間をほぼ全部使って2人で遊んで、ネットカフェを出たのは6時近くだった。

 チョタは家まで送ると言ってくれたけど、まだ外は明るいし、反対方向だからと断って帰宅。

 チョタは何でも新鮮に驚いてたし、素直にクラン員たちの話を聞いて可愛かったな。

 なんだかんだと遊んだ時間は楽しくて、すっかり朝のどこかモヤモヤした気分はすっかり消えていた。

 でも……それも帰宅するまでで……。

 隣の侑士の部屋のドアを見た瞬間、またなんとも言いがたい複雑な気持ちになってしまった。

 今日、侑士はこの部屋にいない。そう思うとどこか寂しくて。

 でも、今日・明日は会わずに済むと思ったら、少しホッとして……。










 侑士に恋したくない。

 そう思う気持ちが、本当は既に手遅れなんだと心のどこかで気付いていたのかもしれない。

 私は自分の想いに気付きたくないから、気付かないでいたのだと、数ヵ月後に漸く自覚することになる。