彼女の気持ち(忍足視点)

 都大会がようやっと終わって、次の関東大会までは少しばかり余裕のある……そんな頃。

「彰子となんかあった、忍足?」

 目の前にはニヤつく宿敵の姿があった。

 そう……久世詩史の姿が……。






 この久世詩史っちゅー女は元々俺らの学年のテニス部ファンの元締めみたいなヤツやったんやけど……。

 いつの間にやら彰子の親友の位置についとった。

 彰子がファンクラブ対策で各学年のリーダー格と会うたときに知り合うたらしいねんけど、それ以前からこいつは彰子に目ぇつけてたらしい。

 こいつは綺麗なものには目ぇあらへんからな。

 ほんまに厄介なヤツなんや……。

 まぁ、厄介なヤツは他にもいてるけどな。仁王とか、仁王とか、仁王とか。

 せやけど……こいつは同性であることを利用して、悉く邪魔しおる。というか、お前俺らのファンと違うたんかい!

 今日も今日とて昼休みに教室までやってきおって『彰子、ランチ一緒に~』とか言いおってからに。

 尤も彰子はいてへんのやけど。

「彰子なら、生徒会室やで」

 5月は行事が多うて、その分副会長の彰子も忙しい。せやから、昼休みは殆ど生徒会室におんねん。しかも殆ど跡部と2人きりらしゅうて……面白うないな。

 跡部は安全牌とも言い切れへんしなぁ。とはいえ、跡部のことやから、もし彰子に惚れたら本人になんかのアクション起す前に俺に言うやろうけどな。そう言う意味では妙に義理堅いっちゅーか。自分に自信のあるヤツやからやと思うねんけど。

「えー、じゃあ、仕方ないや。忍足付き合え。話したいことあるしさ」

「はぁ? 何で俺がお前とメシ食わなあかんねん」

「私だって不本意だけどねー。彰子のことで話したいことあるんだ」

 ……彰子のことやったらしゃーないな。






 邪魔がはいらへんように、屋上に出てメシを食う。

 実は弁当は彰子の手作りやったりして。

 彰子は学食のランチが高い言うて、弁当持参。毎日学食で食うんは確かに不経済やよって、俺も偶には弁当やパン買うたりしててんけど。

 コンビニ弁当は脂っこいもん多いし……あんまり好きやあらへんねん。

 そう言うたら……彰子が『ついでだし』というて作ってくれることになったんや。

 毎日やあらへん。5日間のうち、2日は彰子は久世やら冷泉さんやらとメシ食うよって、そのときは彰子も学食やからな。つまり、彰子が弁当の日は俺も弁当。

「……彰子の愛妻弁当……なんかむかつくわね、忍足」

 ジト目で俺の弁当をねらう久世詩史。

「羨ましいやろ」

 というか……お前俺らのファンって絶対ウソやろ。

「で……彰子のことで話ってなんやねん」

「ん。あんた、彰子になんかした?」

 なんかってなんやねん。手ぇ出したいうことか?

「してへんわ。出来るわけないやろ。あの彰子やで」

 これっぽっちも俺の気持ちに気づいてへんあいつに、なんか出来る俺やないで……。それに、今はまだ早い。手ぇなんかだして彰子に避けられるようになったら意味あらへんやん。

「だよねぇ……。でも、彰子があんた意識してる」

 ……気づいとったんかい。ということは俺の気のせいやあらへんかったっちゅうことやなぁ。

「俺はなんもしてへんけどな」

 けど。

 多分、きっかけは合宿の最終夜……やな。

 あのときから、ちょっと彰子の様子が可笑しいよって。

 微妙に俺を避けとるというか……意識しぃひんようにと思うあまり意識しとるっちゅうか。

「残念やけど……俺に惚れてくれたっちゅうわけでもないやろ」

 まだ、現段階では恋愛とかそういうのやあらへんな。けど、意識されたっちゅうことは取り敢えず一歩前進ってことや。

 俺に惚れてくれたらええなと思う。勿論、そう思うだけやのうて、そうなるように俺も努力はするけどな。

 彰子の一番近いところに、一番深いところにおられるように。

 彰子が俺には何でも曝け出してくれるように。彰子にとって俺の傍が一番心地いい場所になるように。

 けど……恋愛は理屈じゃあらへんから。

 下手すると『親友』とか『いい人』で終わってしまう可能性もあるけどな。

 せやけど、彰子にとって一番近い男でおりたいねん。一番信頼される男でおりたいねん。

 そして……彰子が一番愛する男になりたい。

「彰子って恋愛に疎そうだもんね」

 久世、それちょっと違うと思うで。

 俺もまぁ、初めはそう思うてたんやけど……なんや最近違うような気がしてきた。

 いや、鈍感なんは鈍感やで。

 けどな、それは俺らを『恋愛対象』とは見てへんから気づかんのやないか……そう思うようになってきたんや。

 彰子が俺らをそう言う対象として全く意識してへんのと同時に、彰子自身が『俺らが彰子なんかを恋愛対象にするはずがない』って思うてるような気がするねん。

 彰子は……多分自己評価低いんや。せやから俺らに自分なんかが……って思うとる気がする。

 阿呆やなぁ……。

「彰子、もっと自分に自信持てばいいのになぁ」

「久世も気づいとったんか」

「当たり前でしょ。私だって、彰子が合格してからずっと見てきたんだから」

 跡部みたいに自信満々俺様気質もごめんだけどね。

 久世はそう言うて笑う。

 確かに貴様何様な彰子なんて想像つかへんけど……。

 多分、彰子のあの自己評価の低さは、これまで友達がいてへんかったことも影響しとるんやと思う。せやから、これから自信つけさせればええねん。俺らもこいつらもあいつのこと大事なんやから。俺らに大事にされてることで彰子が自分への評価をもうちょっと高うしてくれればええなぁ。

「だいたいさー。彰子ってば既にファンクラブ出来ちゃってるくらいなのに」

 彰子のファンクラブ? 初耳や……。

「主にね、女の子中心。うちらの学年とか、中等部とか。テニス部の練習見てるうちに彰子に惚れちゃったのよねー」

 下級生には彰子お姉さまカッコいい! とか言われとるらしい……。

「男どもはね、あんたらにびびって彰子には近づけないみたいよ」

 それなら問題あらへんな。

「中には、跡部様の恋人になっても、彰子なら許せるって人もいるからねぇ。寧ろ、跡部様の隣に立てるのは彰子しかいない! なんて声もあるくらいよ」

 なんや……それは!

「同じことをあんたのファンの中にも言ってる人いるけどね」

 それなら許したる。

「でさ。あんた、女整理したの」

 ブッ。

 いきなり何言い出すんや、久世! 茶噴出しそうになったやろ。

 ……確かに中等部のころから、結構女遊びはしとる。誘われたらまぁ……な。

 特定の相手を作るわけでもあらへんけど……不特定多数……。

 ああ、俺、乱れとるわ。

「その様子じゃ、してないわけね」

 呆れたように久世は俺を睨みつける。

「校内の女は手ぇ切ったで」

 流石にそれは拙いよってな。割り切れる女ばかり選んどったけど……割り切る振りしてる女かていてたわけやし。そういうヤツに彰子が目ェつけられたらあかんから。彰子に惚れたって自覚した日に学内の女は全部切った。

「当然でしょうが。というか、彰子が知ったら傷つきかねないから、全部手ェ切れ」

 彰子がもしあんたなんかに惚れちゃったりなんかしてしまったら、絶対傷つくから!

 その言い回し……ごっつー不本意! って言うとるみたいやな。

「とは言うても……俺かて健康な青少年なわけやし……」

「五月蝿い。あんたの下半身事情なんて知るか。自家発電でもしてろ」

「久世……お前一応お嬢様やろ……」

 なんちゅうこと言うんや。恥じらいっちゅうもんはないんか。

「知るか、馬鹿。身辺整理しないんなら、たとえ彰子があんたに惚れたとしても私は邪魔するからね。跡部か仁王につくから」

 仁王はともかく何で跡部やねん。っちゅうか、跡部も仁王も女関係は俺と似たようなもんやないか。

 とはいえ……久世の言うことも尤もやしな。

「それやったら……」

 俺は携帯を取り出して、久世に渡す。

「メモリーから彰子以外の女全部消してや」

 この携帯しか、女たちとの繋がりはあらへんしな。

「……判った」

 久世は俺から携帯受け取ると、メモリーを次々と消していく。

「爛れてるね、忍足」

 呆れた顔で久世は携帯を俺に返す。

「ついでにそいつらのナンバー着信拒否しといたから」

「おおきに」

 にっこりと笑って携帯を受け取る。

「ま、あんたが本気なのは知ってたけどね」

 久世はそう言うて肩をすくめる。

「本気だから時間かけてるんでしょ?」

 じっと俺を見つめる久世の眼は『わかってんのよ』って言うてるみたいやった。

「そういうことやな。あの彰子相手に焦りは禁物やから」

 そう。じっくりいくで。

 彰子が少しずつ俺を見てくれるように。

 そして俺だけしか見ぃひんように。

「私は彰子の味方。でも、そうね……。あんたに協力してあげてもいいわよ」

「おおきに。けど、邪魔さえせぇへんかったらそれでええで」

 俺は俺の力で彰子の心を俺に向けさせるよってな。

「あっそ。じゃ、私は教室に戻る」






 なぁ、彰子。

 俺はマジでお前に惚れとる。

 けどな。

 お前は焦らんでええよ。

 お前に直ぐに惚れてほしいなんて思うてへんから。

 惚れてほしいとは思うけどな。

 でもそのせいでお前が戸惑ったような困ったような顔するくらいやったら、俺は我慢できるで。

 待つことも出来るで。

 結構気ぃ長いねん。

 本当に大切なもん、手に入れるためやったら、どれだけでも待てるから。

 お前はお前のペースで俺のこと好きになってや?