都大会が終わって、関東大会までは少し余裕のあるこの時期。
氷帝では中等部・高等部合同の球技大会がある。
高等部との合同。主催は高等部の生徒会。
俺は実行委員に立候補した。久しぶりに彰子先輩に会えるんだ。
流石に彰子先輩が高等部に進学してしまうと、中々会う機会はなかった。
時折、部のことで判らないことはないかと俺や日吉にメールで連絡をくれるけど、やはり忙しいようで中等部に顔を出す暇はないらしい。
宍戸さんから、彰子先輩が跡部部長と忍足先輩と3人で高等部テニス部の建て直しを図ってて忙しいなんて聞いてしまったら、『会いたいから中等部に顔出してください』なんて我侭も言えないし。
それでも都大会の決勝には応援に来てくれた(他の先輩も一緒だったけど)。尤もその日は午後から高等部は練習があったらしくてあまり話も出来なかったんだけど。
高等部と中等部に分かれてしまったんだから仕方ないとは言え、やっぱり彰子先輩に会いたい。
部活をサボるわけにも行かないし、どうしようかと思っていたときにこの球技大会。これを有効利用するしかない。
というわけで、今俺は高等部の特別教室棟にいる。ここで今日実行委員会があるんだ。
「彰子先輩!」
会議室に入ろうとしたところで、反対側から歩いてくる彰子先輩を発見する。
「チョタ」
俺の声に立ち止まった先輩の下に駆け寄る。きっと日吉がいたら『ワンコ』と言ったに違いない。
「お久しぶりです、彰子先輩」
見る人が見たら、俺に尻尾が生えていて、ちぎれそうなほど振っていると思っただろうな。
「ホント。もしかしてチョタ、実行委員?」
「はい。先輩に会いたくて立候補しました」
ニッコリ笑ってそう言えば、彰子先輩はちょっと驚いたように目を見開いた後、クスリと笑った。
「ありがと。久々にチョタに会えて私も嬉しいわ。これで遠慮なく扱き使える中等部の委員が出来たし」
クスクスと笑いながら先輩は言う。
確かにストレートすぎたかなぁ。でも、事実だし。委員を押し付けられて仕方なく……なんて嘘はつきたくないしね。
「で……鳳。俺様は無視か」
あ……。
「跡部部長、お久しぶりです」
見えてなかった。
委員会の仕切りは実行委員長である体育部長で、会長の跡部部長も副会長の彰子先輩も顔合わせの今日以外は殆ど参加しないらしい。そういえば中等部の会長・副会長は来ていないし、そういうものなのか。ちょっとばかり残念だな。
まぁ、それでも彰子先輩に会えたからいいか。
委員会が終わって、俺は彰子先輩の下へ行く。折角会えたチャンスは有効に活かさないとね。
「先輩、明日の土曜、お暇ですか?」
関東大会が近づいている明日は1日休養日なんだと宍戸さんが言ってたから、練習はないはず。そう思って彰子先輩に訊いてみる。
「明日?」
「はい」
「あ、ベー。先に行ってて」
隣で書類を見ていた跡部部長に先輩は声をかける。
「それと今日は一旦中等部に顔出すから、1時間くらい遅れる。今日のサポートはFチームだからそう言っておいてね」
「……ああ」
彰子先輩の言葉に応えて、跡部部長は部屋から出て行く。ちょっとホッとする。なんか監視されてる気分だったし。
中等部の頃から彰子先輩の隣には必ず忍足さんか跡部部長がいたな。別に跡部部長は彰子先輩を女性として好きとかじゃないとは思うんだけど……。
なんだか見透かされてるみたいで落ち着かないんだよね。
「チョタ、移動しながらでいい?」
彰子先輩は書類を鞄に仕舞いながら言う。確かにとっくに部活の時間だし、先輩が中等部に来てくれるならそれでもいいか。
頷けば、彰子先輩はまたにっこりと笑う。
「で……明日、だっけ?」
「はい」
「特に用事はないなー。掃除洗濯とネコと遊んでネットゲームするくらい」
相変わらずだな、彰子先輩。
春休みには彰子先輩の家に何度かお邪魔したけど(先輩たちは春休み中ほぼ入り浸りだったらしい)、その時も先輩は3匹の愛猫たちと遊んだり、パソコンでネットゲームしたりしてたなぁ。
猫たちはとても可愛くて、でも先輩にべったりだった。跡部部長と忍足さんからの合格祝いのプレゼントだったらしいけど。
「実は自分用のパソコンを買おうと思って。確か彰子先輩詳しかったでしょう? 選ぶのに付き合ってもらえませんか?」
元々買おうと思っていたパソコン。これまでは父さんのを借りたりしてたんだけど、そろそろ自分専用のものが欲しいと思ってたんだ。父さんが日曜にでも買いに行くかと言ってくれたんだけど、チャンスだと思って。詳しい先輩がいるからその人と買いに行くって言って断った。父さんもこの歳で親と出かけるのは気恥ずかしいんだろうと納得してくれたんだよね。
「んー、いいよ。確かにパソコンって用途によって合う合わないあるし」
彰子先輩はあっさり同意してくれる。良かった。
「まだこっちに来て秋葉原行ったことなくて。行ったみたいんだけど……いいかな?」
「ええ、いいですよ。専門店なんかも多いんですよね」
「オタクも多いらしいけどねー」
クスクスと彰子先輩は笑う。趣味はホームページ作りとネットゲームだと彰子先輩は言ってた。
今もテニス部の連絡用のホームページの他、趣味のブログをやってるらしい。ブログはゲームのプレイ日記と普段の日記のようなもの2つを持ってるらしくて、普段の日記のブログは宍戸さん経由で俺も教えてもらった。
「こっちに引っ越してきたときから1度は行ってみたかったんだけど、なんか1人で行く勇気はなくて。チョタが付き合ってくれるならラッキー」
こっちこそ、彰子先輩とデート出来るんだからラッキーです。
「じゃあ、明日、駅前に10時でいいですか?」
パソコン選んで、ランチ一緒に摂って、ついでに何か……そうだ。先輩がやってるネットゲームを俺もやってみたいとか言ってネットカフェでデートでもいいかもしれない。先輩は休みの日や休み前には結構ネットゲーム三昧らしいから、俺も同じゲームすればそこで一緒に遊べるし。
忍足さんがネットゲームしてる気配はなかったから、そこなら邪魔されずに彰子先輩と過ごせるかもしれない。
「10時ね。うん、いいよ。お買い物して、ランチ摂って……ってとこかな。いっそ、メイド喫茶とか行ってみる?」
「先輩が行きたいなら。というか、先輩なら執事喫茶のほうがいいんじゃないんですか?」
「チョタ……意外に知ってるのね」
「……うちの姉が、どちらかというとオタク傾向にあるので……」
同人誌やホームページを作ったりはしてないけど、どうも姉さんはオタクみたいなんだよね……。まぁ、それで迷惑かけられたこともないし、趣味の範囲内で何やろうが自由だし。
「……お姉さんと会ってみたいかも」
「……会わないほうがいいと思います。自分で腐女子とか言ってましたから。何でも……一護は総受け! とかなんとか」
意味はよく判らないけど、偶々姉さんに本を借りに行ったとき、どうやらオタク友達とスカイプをやってたらしくてそう叫んでいたのを聞いたことがある。
「あはは……。気合うかも」
合うんですか!?
「あ、チョタ、ちょっと引いた?」
「い……いえ……そんなことは」
ちょっとだけ。でも意外な彰子先輩の一面を知れたので嬉しいです。……多分。
「まぁ、それはともかく、明日はお買い物付き合うね」
そう言って彰子先輩は姉についての話を止めてくれた。自分できっかけ作っておきながらホッとした俺だった。
彰子先輩はそのまま俺と一緒に中等部の部室に来て、備品のチェックや部誌・部費の出納帳を見たりしていた。
「部費の使い方で判らないこととか困ってることはない?」
部長である日吉、副部長である俺にそう尋ね、細かくアドバイスしてくれた。
「俺様跡部の後じゃ色々やりにくいだろうけど、ピヨはピヨのやり方でいいんだからね。ってか、ピヨが部長なのもあと3ヶ月くらいだから……次の部長になる子たちにちゃんと今のうちから色々教えてあげてね」
彰子先輩はそう言う。確かにあの跡部部長の後だから、日吉はかなりやりにくかったはず。先輩たちは部活を引退した後もほぼ毎日のように来ていたし。それでも日吉は日吉なりに自分らしく部長として部を率いてきた。飽くまでも自分は跡部部長とは違うんだから真似する必要はないって。
とはいえ、どうしても跡部部長ならどう行動するだろうと比べる思いはあったらしくて、彰子先輩の言葉……『ピヨはピヨのやり方で』という言葉にはホッとしたみたいだった。
……彰子先輩が『ピヨ』というたびに顔は引きつってたけど。
彰子先輩の中等部訪問は結局30分程度で、先輩は高等部に戻って行った。
皆残念がってたなぁ。
彰子先輩が来てくれた時にはあの日吉も樺地も嬉しそうにしてたし、他のメンバーも喜んでた。
たった1ヶ月のマネージャーだったけど、皆彰子先輩のことを好きになってた。恋愛って意味じゃなく。頼りになるマネージャーだって。
明日は彰子先輩と2人きりで会えるんだと思うとワクワクしてしまう。
何を着ていこうと服をチェックしてしまったり。
パソコンの購入代金は父さんが20万円を用意してくれた。中学生じゃ家族カードも使えないから現金で持っていくしかないからね。
明日の準備を終えてふと思いついて、姉さんの部屋へ行く。
「姉さん、パソコン貸して」
幸い姉さんは今はパソコンを使っていなかったらしく、OKしてくれた。ベッドに座って何か本を読んでる。同人誌じゃなさそうだ。
姉さんからパソコンを借りてインターネットに繋げ、メモを見ながらURLを入力する。そう、宍戸さんから教えてもらった、彰子先輩のブログ。
『Restart』という題名のそのブログでは、彰子先輩は『真朱』と名乗っている。愛猫の名前。
そこには学校生活のこと、部活のこと、好きな作家・タレント・ドラマや映画のことなんかが書いてある。先輩らしく時々毒舌を吐きながら。
ブログという不特定多数の人が見るものだから個人名なんてものは出さないんだけど、読む人が読めば誰かは判る。『あほべ』は跡部部長だし、『伊達眼鏡』は忍足さん、『熱血兄さん』は多分宍戸さんで、『おかっぱ』は向日さん、『羊』はジローさんで、『艶髪』は多分滝さんだな。
コメントも殆どはテニス部関係者みたいで、多分このブログの存在を知ってるのがその程度なんだろうと思うんだけどね。皆ユーモアも心得てるというか、彰子先輩が書いている名前でコメント残してるし。跡部部長は『俺様をあほべとはいい度胸だな』なんて喧嘩腰だったけど……。
「あ……」
今日の記事が既に書いてある。
『明日は後輩の大型仔犬と初の秋葉原体験です』って。俺は大型仔犬なのか……。
記事は初めての秋葉原が楽しみってことが中心で、その後パソコンのスペックについて語ってた。
初めての秋葉原、かぁ。
彰子先輩、明日は初めての俺とのデートなんですよ。
まぁ、先輩にその意識はないんでしょうけど……。