都大会

 ゴールデンウィークがあけると、新レギュラー決めのトーナメントが再開した。

 今回のトーナメントは56人を選んで行うトーナメント。その中から勝ち上がった8人をレギュラーにして、更に戦績と内容から準レギュラー5人を選抜する。

 対戦はちょっと跡部の思惑もあって仕組んでみた。

 現レギュラー8人はシードっぽくして1回戦は不戦勝。2回戦からの登場となるわけだけど、レギュラーから落としたい4人についてはレギュラー入りさせたいメンバーと2回戦でぶつかるように組んだ。見事彼らは思惑通り、2回戦敗退。

 レギュラー入りさせたかった宍戸は期待通りに勝ち上がって見事レギュラー入り(準決勝で侑士と中って負けたけど)。

 でも残念ながらというか予想通りというか、滝・がっくん・ジロちゃんは上位8人には残れなくて、準レギュラーとなった。

 跡部たちが入部した段階で井上先輩と関先輩は準レギュラーに落ちてたけど今回復帰して、塩沢先輩(3年)と鈴置先輩(3年)はそのままレギュラー残留。2年からはこれまで平部員だった池田先輩がレギュラー入りして、1年は跡部と侑士と宍戸。

 準レギュラーは3年の田中先輩(前準レギュラー)と平部員から2年の成田先輩、1年の滝、がっくん、ジロちゃん。

 跡部たちと相談していた予想通りのメンバーになった。

 幸い、ダブルスは井上・塩沢ペア、関・鈴置ペアというのがこれまでのD1・D2だったらしくて、そのままいけそう。

 合宿明けからはすぐに都大会に備えての調整に入って私の忙しさも倍増したから、ある意味、個人的にはラッキーだったかもしれない。






 あの合宿最終日の夜に侑士を意識してしまって。

 翌日はなんとなくぎこちなかった私。侑士が私の肩とか顔とか頭とか触れてくるのはいつものことなのに、一瞬ビクッと緊張してしまう。

 うーん……男に免疫があまりないからかなぁ。

 しかも侑士って無駄に綺麗で色気あるしな……。

 そんな風に考えてみる。

 ちょっと自分を誤魔化してる気もするんだけどね。

 あの日、私は侑士を初めて異性として意識したんだ。

 それが即恋愛感情というわけでもない。でも……意識してしまった以上、そうなる可能性もある。

 それは……避けたい。

 だって、侑士は大切な友達だから。仲間だから。

 そんな感情が入ってしまったら、純粋にテニスに打ち込む侑士のサポートが出来なくなってしまう気がする。

 侑士を見つめていたい、侑士に好く思われたい、侑士を独占したい……。

 恋って、そういう想いの集まりだと思うから。

 そうなってしまうと……今までのような気持ちで侑士の傍にいることって難しくなる気がする。

 伊達に向こうの世界で30数年生きてきたわけじゃないから、自分の気持ちを隠すことは出来ると思う。

 だけど、一応大人だった身としてはそれなりに自分を客観的に分析も出来てるわけで……私の精神はそんなに強くない。好きになって、それを隠して傍にいて……それがずっと続いたら、私は逃げ出したくなるだろうと思う。

 それにね……侑士に跡部に滝だよ。周りにいるの。絶対気づかれると思うんだ。私が何かを隠そうとしてること、無理をしてること。

 だから、今は侑士に……ううん、テニス部の誰にも恋はしたくない。

 あっちの世界では……10年くらい恋とは無縁だった。

 恋をするような相手もいなかったし、そういう想いを抱くパワーもなかった。恋って結構精神的にパワーいるからね。

 それに恋が成就するよりも破れる経験のほうが遥かに上回ってた私としては……恋って面倒なものという認識が強い。

 色んな感情が湧き上がってくるし、自分の中の嫌な面も思い知らされる。そして、叶わなかった恋は……自分は価値のない人間なんだって……そう思わせる。

 だから、恋をしたいけど、したくない。

 それが今の私の正直な気持ちだった。

 特に、身近な相手には。

 侑士や跡部たちテニス部の面々、におちゃん……。

 彼らに恋をするのは避けたい。

 折角友達として心地いい関係が作れているのに……。

 とはいえ、恋なんてものは理性とは別のところでやってくるものだから、どうしようもないのだけれど。






 だから、忙しかったのはラッキーだったというわけ。

 侑士との通学の間の話題はほぼテニス部のことになってたし、対青学戦の作戦だったりしたし。

 学校では休み時間はほぼ生徒会の仕事に時間費やさないといけなくて、さほど侑士と話す時間もなかった。

 部活の間はレギュラーの体調管理に目を光らせて、データまとめて……と大忙しだったし。

 家に帰れば帰ったで、合宿に置いてけぼり食らってすっかりご機嫌斜めな愛猫たちのご機嫌取りと中間テストの勉強で忙しかったし……。

 忙しさに紛れて、私は侑士を意識してたことをすっかり忘れてしまったほどだった。

 ……ふと眠る前や時間の空いた一瞬に思い出す程度で。






 都大会は青学とはブロックが違っていて、対戦は決勝だった。

 去年は……中等部では青学には2回負けてる。このメンバーで勝てるかどうかは本当に微妙なところだった。オーダー次第といったところで……。

「長岡、挨拶に行くぞ」

 試合前に準備を済ませたところで跡部が私を呼ぶ。

 これまで青学とは試合会場が重ならなくて、今まで会ったことがなかったんだよね。

「これから先青学の連中とはよく顔を合わせることになるだろうから、お前も挨拶しとけ」

 そーだよね。これから練習試合とか合同合宿とか青学とやることになるだろうし。跡部も侑士もやりたいって言ってたもんね。

 というかー! 会えるのか。眉間の縦皺がチャームポイントの手塚、多分黒い不二、逆光眼鏡、胃痛大石、にゃんこ菊丸、大仏橘にー! (佐伯と大和はどうでもいいんです、ハイ)

 どうしよう、手塚の眉間と橘のほくろ突付きたくなったら……。

 というか、というかー。手塚って置鮎ボイスだよね? 嗚呼、レオン、アクラム、白哉!!!! って、レオンって絶対マイナーよね。ラングリッサーⅡとか今のお嬢さんがた知らないよね……。アクラムだって乙女ゲー知らないと判んないよね……。

「何百面相してやがんだ。気持ち悪い」

 ム……。失礼なッ。

 だってだってだって。

 久々に『テニプリキャラに会える!』とか思ってしまったんだもの。自分でも変なテンションになってるのは判ってるわよ……。

 氷帝や立海は既に『友達』感覚になってるから、漫画のキャラだったっていう認識がなくなってるのよね。

 知り合っていく過程でそれは当然のことだし、いつまでの漫画のキャラ引きずってるのは今目の前にいて生きている彼らにとって失礼なことだと思うから別に問題はないんだけど。

 初めて会うときだけなのよ。このワクワク感は!

 ぶっちゃけ氷帝と立海と青学しか私は眼中になかったから、他の学校はどうでもいいしね。これまで会えなかった青学にやっと会えるからちょっと興奮してるんだってばよ!

「手塚」

 跡部に付いていくと……おおー! 青学だぁ。目の前に手塚がいる。うん、髪の毛が不思議に跳ねてます。

「跡部か。今日はいい試合をしよう」

「今年は負けねぇぜ」

 ニヤリと笑って跡部は右手を差し出す。ああ、実は認め合ってる男たちの素直じゃない友情。いいな、こういうの。

「もう右腕は完治してんだろうな」

「問題ない」

 良かった。全国大会の決勝でまた無理をしてた手塚だからちょっと心配だったんだよね。跡部もかなり気にしてたし。これで万全の状態の手塚と試合できるんだ。

「うちのマネージャーを紹介しておく」

 そう言って跡部が私を促す。

「長岡彰子です。よろしくお願いします」

 手塚の目を見た後、お辞儀する。ビジネスマナーで叩き込まれた挨拶の15度お辞儀。

「手塚国光です。よろしく」

「これから顔を会わせることも多いだろうからな」

 跡部がそう言うと、それまで遠巻きにこっちを見てた青学のメンバーが近づいてくる。

 おお、不二に大石、菊丸に乾、橘だー(佐伯はアウトオブ眼中←超失礼)。

 手塚が全員を紹介してくれたところで時間切れになり、氷帝サイドへ戻る。

 あんまり話出来なくて残念だったけど……まぁ、仕方ない。今日は試合なんだしね。そのうち合宿や練習試合で会うこともあるだろうし。

 うーん、あれだけじゃ不二が黒か白か判んなかったな。でも幸村黒だし、多分不二も……?






 そうして、都大会決勝の試合が始まる。

 中学時代の試合はこれまでにDVDで見たけど……漫画のような人間離れした技は殆どなかった。ちゃんと現実的なプレイだった。良かったって思ったね。あんな人間離れしたプレイ、テニスを馬鹿にしてんのかと怒りくるってたからね、あっちにいたころ。

 最初はダブルス2から。

 青学は、大和・佐伯ペア。うーん、このペアは予想外だった。佐伯が組むなら不二かと思ってたんだけどな。実際これまでの試合は不二・佐伯ペアだったみたいだし。

 うちのダブルス2は関・鈴置ペア。このペアは全国も行ったこともあるから負けないはず。一切派手さはない、堅実なプレイのペアだしね。

 結果は6-4でうちの勝利。

 ダブルス1は予想通り、ゴールデンペア。大石・菊丸。対するうちは井上・塩沢ペア。試合は均衡して実力伯仲。結局、5-6で負けてしまった。

 とはいえ、事前予想ではダブルスは2敗と考えていたからこれは上出来だ。

 でも……次で予想が狂った。シングルス3が……不二だったから。

 うちのシングルス3は宍戸。

 これまでの青学のオーダーから、不二はダブルス、シングルス3は大和と予想してたんだよね。でも……不二だった。

 宍戸は善戦したと思う。試合内容は決して悪くはなかった。だけど……負けた。

 シングルス2は橘と侑士。かつては九州2強と言われた橘。出身は熊本県と言う設定らしくて……実は地元一緒やん! ……

 って今はそれ関係ないや。

『暴れ獅子』の異名どおりのプレイを展開する橘に対して、侑士は至って冷静に技を駆使して対処し、危なげなく勝った。

 これで戦績は2-2。後は最後のシングルス1次第。

 シングルス1は予想通りの手塚と跡部。

 実力は伯仲してた。どちらが勝っても負けても不思議はない戦い。跡部は積極的に攻め、手塚は冷静に対処して。かといって跡部が熱くなりすぎることもなく跡部も冷静にゲームを組み立てていった。

 それでも……勝負は付く。

 タイブレイクの末、勝者は手塚だった。






 ほぼ予想通りだった。つまり、ダブルスはどうなるか予想不可、シングルスは……宍戸と不二が中ってしまった段階で1敗は確実……と。

 宍戸をS2に持ってきていれば、勝てたかもしれない。宍戸だって同じ相手に2度負けるような奴じゃないから。

 一度は橘に負けてレギュラー落ちしているだけに、絶対に勝ちに行く。勿論気持ちだけで勝てるわけでもないけれど。

 宍戸は不二みたいな技を駆使するタイプは苦手みたいだから……侑士との実戦を多めに組むのもいいかもしれない。

 それと……意外と、手塚には侑士が適任かもしれないなんて思う。これまで手塚が対戦した相手って……割と熱くなるタイプが多かった気がする。真田しかり、跡部しかり。彼らは手塚をかなり意識してたしね。

 侑士も桃城戦やこの前のにおちゃんとの対戦では熱くなってたけど……元々彼は熱くならずに冷静にゲームメイクするタイプのプレーヤーだ。

 寧ろ跡部の方が熱血漢だし。手塚意識しまくってる跡部よりは侑士のほうが冷静にゲームできるのかもしれない。






 いくつかの課題点を残して、都大会は終了した。

 準優勝だし、関東大会にはシードで進める。立海も関東大会決まったってにおちゃんからも連絡は来てたし。

 尤も、幸村はじめ去年の中等部レギュラーメンバーはまだレギュラー入りしてないんだけどね。

 ともあれ、関東大会に向けてトレーニングメニューを組まなきゃ。

 データ整理して、跡部と相談だな……。ああ、こんな時に監督が太郎ちゃんなら跡部と私の負担も随分減るのに……。

 いっそ、柳頼っちゃおうかな……。

 テニスのトレーニング方法についての講座かなにかないかしら。






 ……その前に中間テストだ……。

 捨てていい? って言ったら、跡部に殴られました。