入学して約3週間。やがて4月も終わろうとしてる。
この期間に美弥子さんたちファンクラブ代表とも話をして、今のところファンとは友好的な関係を作れている。
美弥子さんたちはマネージャー業務をサポートする人を派遣してくれるといった。でも、かなり中等部時代にマネ業務の効率化を図ってたから1人でもなんとかなる。というわけで、特に忙しい時期(結局生徒会副会長になっちゃったしね!)と大会前の調整の時期にはお手伝いを頼むことにした。
大会前の時期は跡部が私にレギュラーにつくように言ったから。まぁ、体調管理やスケジュール微調整がその時期には発生するからだろうけど。
その旨美弥子さんに伝えたら美弥子さんは快く了承してくれて、それからはファンの子達から冷たい視線を受けることはなくなって、ホッとしてる。
生徒会のほうも無事選挙が終わって跡部が当然のように信任されたから、私も副会長信任。
そうそう、なんと私の推薦人に美弥子さんと由紀子さんと那津子さんの3人が名前を連ねてくれた。
各候補には推薦人制度というものもあって、これは必須じゃないんだけど……まぁ、国政選挙の『自民党公認』とか『民主党推薦』とかと同じようなものらしい。で、そこには『野球部推薦』とかあるわけ。当然跡部は『テニス部推薦』。
個人でも推薦人にはなることが出来るんだけど、それには色々条件があるらしくて、生徒会役員経験者、各種委員会正副委員長、各部部長がなれるんだって。
でも中々個人推薦人がつくことはないそうで、
『あの3人を味方につけた時点でお前に対抗できるヤツはいねぇ』
と跡部が感心してたくらいだった。
美弥子さんたちは本当によくしてくれて、とっても助かってる。
お昼ご飯は大抵侑士たちと部室かうちの教室で食べるんだけど、週に2回は美弥子さんに誘われてご一緒してる。
しかもそのとき、美弥子さんはテニス部のファンの女子生徒も何人か同席させてて、私と面識を持たせてくれるのだ。
お陰でファンの子たちともそれなりに友好的になれるというわけ。
本当にこれは助かる。
勉強や生徒会も取り敢えず今のところ問題はなし。
問題があるとすれば……テニス部のレギュラー問題かな。
現在、テニス部の正レギュラー8人のうち、6人は2・3年生。残りの2名は当然というか、跡部と侑士。レギュラーだった部長と副部長に勝ってるからね。で、準レギュラーは元部長・副部長を含む先輩たち5人。
宍戸・滝・がっくん・ジロちゃんはまだ平部員のままだ。
でもね……レギュラーの中ではこれまで部長と副部長が実力トップ2だったわけで、となると準レギュラーより弱いレギュラーが6人もいるわけで……それってどうよ。
まぁ、既に始まってる都大会個人戦は私たちの入学前にエントリーしてるから、元のレギュラー陣が出てるんで今のところ問題ないと思うんだけどね。
じゃあ何が問題かというと……現レギュラーで臨むことになるだろう都大会団体戦。
5月の連休前に申し込みが始まる。このメンバーをどうするか……。
「跡部、侑士、練習の後ちょっと相談ある」
態々言わなくても、最後まで部室に残るのは私たち3人なんだけどね。
「ああ。都大会団体戦のことだな」
流石に判ってらっしゃる。
因みに……都大会個人戦は既に終わってて、うちからは井上先輩と関先輩が関東大会に出ることになってる。名門氷帝としては惨敗に近いんじゃない? と思ったら、ここ数年こんな感じらしい。ぶっちゃけ、名門とはいえ本当に強くなったのは中等部のほうで、高等部はそれほどでもないのよね。
まぁ……さもありなん。
中等部に比べてグダグダだもんね。厳しさや真剣さが足りない。
これは顧問のせいでもあるんだろうなぁ。中等部の顧問だった太郎ちゃんは本当に実力主義者だったから。
練習を終えて、部誌を纏め終わると、念のため部室に鍵をかける。──あまり他には聞かれたくない話だから。
「で、話ってなんだ、長岡」
跡部が切り出す。
「んー、じゃあ、まず、参謀情報」
「立海の柳か?」
柳とは春休みに情報提供してもらって以来、割と連絡を取るようになってる。こちらからもあちらからも互いの不利益にならない程度に情報提供をしあってるからね。
そんな柳が『俺たちには直接まだ関係しないが、跡部たちには重要だろう』といって教えてくれた情報がある。
「元六角中の佐伯虎次郎、元不動峰中の橘桔平、知ってるよね」
橘は対戦して宍戸が負けた相手だから当然知ってるだろうし印象に残ってるかな。
「ああ、知っとるけど……どないしたん」
「今年、青学に入学してる」
その情報に跡部と侑士は目を見開く。
「当然、テニス部……だな」
「そう。で、昨日、今年度最初のランキング戦が終わってね、新レギュラーが決まったんだって」
昨日終わったのに、もう情報が入ってる柳ってやっぱり凄い……。どういう情報網持ってんだか。ああ、乾経由なのかな。
「手塚、不二、大石、菊丸、乾、河村、それに佐伯と橘か」
「河村って人は入ってないよ。彼は高等部では部活やってないんだって」
マンガでも高校に入ったら寿司職人の修行をするからテニスはしないと言ってたけど、タカさんは本当に有言実行の人だったみたい。
「レギュラー8人は、手塚国光・不二周助・大石秀一郎・菊丸英二・乾貞治・佐伯虎次郎・橘桔平、そして3年の大和祐大だって」
大和ってあの部長さんよねー。
「見事に1年中心やなぁ……。せやけど、佐伯はともかく橘か……。また層厚くなりよったな」
侑士が溜息混じりに呟く。
「でね……正直なところを聞きたいの。今のレギュラーで、青学に勝てる?」
そう、現レギュラーで勝てるかどうか。私の予想はNOだ。
「勝てへんな」
「ああ、俺と忍足以外は勝てねぇ」
やっぱり……。
「私の予想だと、シングルスは確実なのは手塚くん。ダブルスはゴールデンコンビ。あとの4人はどんな組み合わせでくるか、残りのシングルスを誰がくるか、それは全く予測不能だと思う」
実際柳も誰が来ても可笑しくないし、ダブルスの組み合わせもどんなパターンもありうると言ってた。
「せやなぁ。可能性としてはシングルスに手塚・不二・橘……か。イヤ、不二と佐伯でダブルスも有り得るし、ホンマ読めへんな」
そう、かなり厄介。
「でね、跡部と侑士は……シングルス誰が来ても勝てると思うの。でも……先輩たちは無理だと思う」
「確実に無理だな」
あっさりと言ってのける跡部。去年公式戦で2度戦ってるから、跡部たちは青学の力を正確に把握してる。
「そこで確認したいの」
「何をや、彰子」
侑士が不思議そうに私を見つめる。
「跡部、今年捨てる気ある?」
私の予想では、跡部は来年の全国制覇を考えてる。来年、チョタが入学してくることによってダブルスが整うから。侑士とがっくん、宍戸とチョタ。これが跡部が考えるベストのダブルスのはず。
「全国制覇は来年。跡部、そう考えてるんじゃない?」
そう訊けば、跡部はニヤリと笑う。ビンゴってわけだ。
「でも、今年も狙えるなら狙うってとこでしょ」
「判ってるじゃねぇか」
「今年を捨てるなら、いっそ団体戦も井上先輩・関先輩でいいと思うの。でも、勝ちに行くなら……レギュラー入れ替えないと無理だわ。でも……正直なところ、今レギュラー入り出来そうなのは宍戸くらいでしょ」
先輩たちが弱いとは言っても、それはあくまでも跡部や侑士に比べて。がっくんやジロちゃんは……実力的には劣ってないかもしれないけど、体力面でかなり劣ってる。
高校では個人戦もあって公式戦は5セットマッチだから、レギュラー取りの対抗戦もそれに合わせて5セットマッチで行う。この前の跡部と侑士の試合も5セットマッチだったし(尤もセットカウントは3-0だったから時間的にはそれほど掛からなかったけど)。
となれば、体力面で不安のあるがっくんとジロちゃんは寧ろレギュラー入りさせずに少なくとも今年の前半は体力強化に務めたほうがいいと思う。
そうなると、侑士とがっくんがダブルスを組むのは無理。
「だな。俺と忍足と宍戸でシングルス、先輩たちでダブルスか……」
そう言いつつ難しい顔の跡部。
「跡部と侑士は、手塚君以外なら誰が来ても勝てる。手塚君だと五分五分だと思うけど……」
「せやなぁ……。手塚やと確実に勝てるとは言えへんな」
「でも……宍戸は相手によっては勝てない」
シングルスが跡部vs手塚、侑士vs不二になってくれれば、宍戸も勝てると思う。でも、宍戸が手塚や不二とあたったら……多分勝てない。
私がそう言えば、跡部も侑士も苦い表情をする。認めたくはないけれどそれが事実と判ってるから。宍戸とチョタのペアなら、ゴールデンペアにだって負けないと思う。でもシングルスでは……。
「青学とあたらないなら、問題はないと思うけど……。でも、多分あたるよね」
「関東大会出場だけを考えるんなら、5位内にはいればええねんけど……それもなぁ」
準決勝以降であたるなら、負けても大丈夫なんだけど、何処であたるか判らないしね。
「今年を捨てるってのも癪だが……冷静に分析しても青学に勝てる確率は5割か」
来年なら、確実に勝てると思うんだけどね。
「どうするかは……跡部の判断に任せる。ただね……高等部のテニス部は今のままじゃ都内の強豪で終わっちゃう。部員の意識が……ね」
そう言えば、侑士も跡部も頷いてる。
「今年を捨てて、来年の為に部の建て直しをするのもありだと思う」
「それは俺も考えた」
跡部は溜息をつく。中等部ではあれだけ実力主義で厳しい部だったのに、高等部はそれに比べたらぬるま湯だ。
「先輩たちって、関東大会出場で満足してる部分大きいもん」
跡部たちと見てるものが違いすぎる。
「で……ここでもう1つ、判断材料投下」
ん? と2人は不思議そうに私を見る。今日2回目だわ。
「立海なんだけど……。幸村、真田、柳、仁王、柳生、丸井、桑原は今年はレギュラー入りしないことを決めたんだって」
「なんやて」
2人とも驚いた顔をしてる。無理もないよね。
「幸村と真田、柳は11月の関東選抜までにはレギュラー入りする予定らしいけど、残りの4人は来年の県大会からにするらしいよ」
立海は氷帝よりも体育会系だから、上下関係はかなり厳しいらしくて。
あの3人ですら、今年前半でのレギュラー入りは難しいとのこと。少なくとも3年が引退するまでは無理だと幸村は言ってた。
『反乱起こして部を乗っ取るってことも考えたんだけどね』
なんてことを幸村は言ってたんだけど……(黒だったのね)
でも、なにやら思うところがあるらしくてじっくり行くことにしたんだって。
「これは幸村から提案されたんだけどね……例えばうちが今年を捨てるなら……合同合宿や練習試合を多めに組まないかって」
今年を捨てるなら実戦が不足する。それを避けるために……と言うことらしい。
「そういう手もありやな」
跡部と侑士は考え込んでる。
「長岡」
跡部が顔を上げる。
「俺は負ける気はねぇ。試合には勝ちに行く」
今年は捨てないってことね?
「部の改革も必要だが……それには勝ちに行くメンバーがレギュラーを占めることが必要だろ」
不敵な笑みを浮かべる跡部。
「そうね。了解」
クスっと笑ってしまう。
「何が可笑しい」
むっとしたように跡部が言う。
「ううん、余計な提案しちゃったかなーって。心配しすぎたかな」
やっぱ、勝ちに行ってこそ跡部だよね。
「色んな角度から物事見て、それを跡部に提案すんのが彰子の役目やろ」
侑士がそんなことを言う。
そうかな?
「やっぱ、彰子がマネージャーで正解やったな」
嬉しいこと言ってくれるね、侑士。
「じゃ……宍戸と先輩の試合組まなきゃね」
「いや、全員だ。総入れ替えする」
はぁ!?
「跡部さん……団体戦エントリーまで1週間もありませんが……」
全員って200人ですよ! 5セットマッチなら2時間くらいかかりますよ? コートが4面だから……4ブロックに分けても50人ずつくらいでしょ……。そうすると試合どれだけあるんだか……。
「文句あるのか」
あるってー!
「エントリーは出場選手名までは必要ねぇからな、問題ねぇ。団体戦開始は11日だから……まぁ2週間は余裕あるだろ。それに5セットじゃなく1セットでいい。それなら時間も短縮できるだろうが」
なんでもないことのようにおっしゃいますが、跡部さん? そのトーナメントは誰が考えるんですか?
「てめぇに決まってんだろ」
「……ねぇ、侑士、こいつボコっていい?」
「気持ちは判るけどな……辞めとけ、彰子」
「だってー!!!!」
部員総数216名ですよ!
大雑把に計算して……1ブロック53~4試合になるはずで……そうなると……2週間フルに使って1日約4試合……出来るのかな。ああ、土日を多めに取ればいいのか。何とかなるかな……。
「4ブロックに分けて、上位2名になりゃいい」
試合数は2試合分くらいしか減りませんぜ、旦那……。
「日数厳しいと思うよ?」
せめて選抜制にしようよ……50人くらいに絞ってさ……。
「跡部、せめて人数絞ろうや……。時間的に厳しいし彰子の負担もでかすぎやろ」
ありがと、侑士……。
「そうだな……。じゃあ、明日と明後日で50人まで絞り込んで、来週からトーナメントだ。土日に対戦表を作るぞ」
作るぞ、ってことは協力してくれるのかな。
してくれなきゃ、ぐれてやるーーー!
「それから長岡」
「……何」
「立海……幸村たちとの合同合宿や練習試合は了承と伝えておけ。日程はまた後日相談でな」
了解~。幸村たちとの合宿とか試合は楽しみだなー。
「早速ゴールデンウィークにでもやるか」
にやりと笑う跡部。
「……うちのトーナメント中だと思いますが、跡部さん?」
「んなもん、明けてからやりゃあいいだろ」
間に合うんかいな……。
1回戦25試合でしょ。コート4面使って6回でしょ……。少なくともそれで3日は掛かると思うんだけど……。で、2回戦が12試合。これは巧くいけば1日、3回戦6試合はも1日でいけるとしてその後は1日でいけるな。最低6日。間に合わないじゃん。
「間に合いません、部長」
「じゃあ、1回戦は連休前な」
こいつ、どうやってもゴールデンウィークに合宿する気だな。
「侑士、なんとか言ってやって」
「すまんな、彰子。俺も立海と合同合宿やりたいわ」
……確かに濃度の濃い練習は出来ると思いますけどね……。
「……判った。じゃあ、合宿の具体的なスケジュール調整と準備と交渉は跡部がやってね」
これくらいやってよねー!
「……仕方ねぇな」
やったー!
「勿論、長岡も合宿参加だからな。テニス部のことは冷泉たちに頼め」
……この俺様野郎め。
まあ……私も先輩たちのお守りやるよりは立海との合宿のほうがやりがいあると思うけどね。
「判ったわ」
うわー、また忙しくなったなぁ。
……中間テスト、捨てていい?