跡部に頼み、ファンクラブのトップとの会見(というと大袈裟か)の機会を作ってもらった。
ファンクラブのトップは柳に聞いていたとおり、冷泉美弥子さん。そして、各学年のリーダー格である、久我由紀子さん、庭田那津子さん、久世詩史さんもいる。
場所は跡部に手配してもらった交流棟にあるサロンの1室。
跡部や侑士は部室か生徒会室にしたらいいと言ったけど、あからさまに私のテリトリーじゃないほうがいいと判断。
ついでに跡部も侑士も同席すると言ったけど、それも断った。
跡部たちは……私を守る為に考えられる手を打っておいてくれた。それが生徒会副会長の肩書きであり、跡部を呼び捨てにする許可だったりした。私の入学時の成績もそれに含まれるとも言ってた。
でもね、折角考えられ得る防御策をとってくれた跡部たちには申しわけないけど、逆に危険な気がしたの。
跡部たちの打ってくれた策は確かに私への手出しを封じるものだったと思う。表立って私に手を出す人は居ないだろう。
でも、その分、負の感情はどんどん溜まっていくに違いない。それはより陰湿な虐めの原因にもなる。
そうなった場合、私も負ける気はないけど、でも克服するまでの経過で確実にテニス部の足をひっぱる。私を大切にしてくれる侑士・跡部・宍戸・滝・ジロちゃん・がっくんの精神面において。
それは避けたい。
だから、こうしてファンクラブのトップと顔を合わせる機会を作ってもらったのだ。
「冷泉先輩、久我先輩、庭田先輩、久世さん。お呼び立てして申し訳ありません」
用意してもらっていたティーセットで紅茶を入れ、カップを4人の前に並べてから、私も自分のカップの前に座る。
全ての準備が整うまで、私は「お入りください」「お座りください」としか喋ってなかった。準備する間に彼女たちが私を観察する時間を作る為に。そして私自身が彼女たちを観察する為に。
心の中で私は『賭けに勝った』と思っていた。彼女たちの視線を感じて、そう確信した。
そう……彼女たちの視線は決して私を見下したものではなかった。呼び出されたことを不思議には思っているようだったけれど、強い敵意は感じていなかったし、対等に位置するものとして見ているように感じた。特に、トップである冷泉さんは。
4人とも所作がとても綺麗な、立ち居振舞いにも品のある人たちだった。思わず見ほれてしまいそうなくらい。
ぶっちゃけ、冷泉さんは『お姉様』と呼びたくなるくらい綺麗で颯爽としていた。
「1年A組の長岡彰子と申します。お四方に是非ご挨拶しておかなくてはと今日跡部君に手配をしてもらいました」
そう言って一呼吸置く。
「私はテニス部のマネージャーを務めることになりました。更に跡部君の補佐として生徒会副会長にも立候補することになります」
先ず今日の会見(?)の理由がテニス部に関することだと言うことを告げる。まぁ、この4人と私の接点はそれしかないから、判りきっていることだろうと思うけれど。
「それで……どういったご用件かしら」
冷泉さんが口を開く。顔だけじゃなくて、声も凛としててかっこいいなぁ。
「ファンクラブが貴方に手を出さないようにしてくれというお願いかしら」
4人の中では一番年下なだけにまだまだ青い感じの久世さんが言う。ストレートだなぁ。
「いえ、そういうことではありません」
手を出すななんて言うことは神経を逆撫でするだけだから。
「私はマネージャーです。ですが、流石にあの人数を1人でフォローするには限界がありますし、彼らを十分に励ますことなど出来ません」
そう言うと、4人は不思議そうな顔をする。私の言いたいことが判らないとでも言うように。
「ですから、ファンクラブの皆様にはこれまで以上に選手を励ましていただきたいのです。彼らを見守っていただきたいと思っています」
私は『テニス部』のマネージャーであり、レギュラー専任のマネージャーではない。平部員の管理フォローもしなくてはならないから、正直レギュラー陣の応援をしている時間はない。心では応援していても、実際にはレギュラー陣の側にいる時間なんてそうそうない。
「ついでに、タオル配布とか、ドリンクとか、差し入れなんてことを手伝っていただけると非常に助かります」
私じゃなくても出来ること、それを分担できれば。
「但し、それが練習の邪魔をしたりするようなファンでは困りますが」
釘は指す。
すると、冷泉さんはクスクスと笑い出した。
「貴女は頭の良い方ね」
冷泉さんは嫣然と笑う。うわ……美女のこの微笑みは迫力あるわー。
「わたくしたちはこれまでも応援はしてきましたわ。そして、それは別にマネージャーの許可をとる必要などないこと。けれど、それを敢えて口になさると言うことは、わたくしたちと友好的にやっていきたいという意思表示……。そう受け取ってよろしいわね?」
冷泉さんは私の考えを読み取ろうとするかのようにじっと私を見据える。
「そうです。それがテニス部の為になると思いますから」
私もはっきりと答える。
「これまでのマネージャーと貴女はちがっているようね。これまでのマネージャーはわたくしたちをテニス部に近づけないようにしていたわ。邪魔になるからと」
今度は久我さんが言う。
「情報通の知人に氷帝のファンたちは練習も試合の応援もとてもマナーがいいと聞きました。中等部での様子を見ても、邪魔はなさっていませんでした。とても節度を守って見学なさっていたと思います」
これもはっきりという。決してファンクラブはテニス部にとって邪魔な存在ではない。そもそもあのメンバーが多少のギャラリーで集中力を欠くような繊細なタマであるわけがない。
「マネージャー1人では限界もあります。ですから、ファンの方に手伝っていただけるのであれば助かりますし、マネージャーとファンが友好的な関係であれば、跡部君たちも何も心配せずに練習に打ち込めます」
だからこそ、こうして話をしているのだと伝える。
「跡部様が貴女というマネージャーを守る為にいくつか手を打ったことは知っています」
そう言って冷泉さんは言葉を継ぐ。
「過去中等部ではマネージャーを巡って一部のファンが暴走し、虐めに走って退部に追い込んだことがあります。それに関しては暴走を止めなかったわたくしたちにも責任はあります」
きっぱりと冷泉さんは『止めなかった』と言った。『止められなかった』ではなく。つまり黙認したのだと認め、潔く責任を認めた。この人、やっぱり凄い人だ。
「一点だけ言い訳をするとすれば、当時のマネージャーは鼻持ちならない者でした。レギュラーの世話しかせず、部員は放りっぱなし。これ見よがしにレギュラーとの親密さを他の女子生徒に見せつける。そんなところのある者でした。ですから、わたくしたちは赦せなかったのです」
冷泉さんの言葉に付け足すように久我さんが言う。
あー……確かにそれはイヤだな。
まぁ、予想していた内容ではあったけどね。この前柳に情報を聞いたときにそれっぽいこと言ってたし。しかし、柳どこからそんな情報集めてるんだろう。
「でも、それが苛めてよいという免罪符にはなりませんわね。彼女には申しわけないことをしました」
更に庭田さん。
やっぱり、彼女たちへの私の判断は間違ってなかったようだ。
この人たちは頭もいいし、誇りと言うものを知ってる。けっして間違った自己愛に基づくプライドだけの人たちじゃない。
「貴女のマネージャーとしての働きぶりは久世から聞いています。とても有能なマネージャーでいらっしゃるようね」
「ありがとうございます」
どうやら、既に私のことは中等部時代から観察されていたらしい。
「彼らは……中等部で全国制覇が出来ませんでした。個々の試合結果は彼らが全力を出した結果であり、彼らも試合そのものは満足できる内容だったと言っています。けれど、それとは別に全国大会で負けた悔しさも持っています。恐らく、昨年度の中等部は最高最善のメンバーでした。そのメンバーで全国制覇出来なかったことを彼らはとても悔しがっているんです。だからこそ、今年、高等部で全国制覇を目指しています」
そう、跡部は既に高等部での全国を目指して動いている。その中心になるのは中等部の前レギュラー陣。そのために、中等部の時から練習を組んでいる。私のマネージャー就任もそのための1つだ。跡部が戦力増強に集中できるようにする為の。
「私はマネージャーとして彼らの全国制覇の為に出来る限りのことをしたいと思っています。そのためには、マネージャーとして彼らに余計な心配を掛けるわけにはいかないんです」
だから、今日こうして貴方たちに会っているんです。
「貴女であれば虐めに遭う可能性は低いと思いますけれど……そうね、中には貴女の人柄や役割を理解しない者もいるでしょう。ただ、貴女がマネージャーという恵まれた場所にいると思い込んでしまう者たちもね」
残念なことにね、と冷泉さんは言う。
「よろしいわ。わたくし、貴女のこととても気に入りました。冷泉美弥子の名にかけて、貴方に手出しはさせません」
予想以上のことを冷泉さんは言った。
「貴女がテニス部を大切に思う気持ち、確かに伝わってまいりました。そして、とても共感できます。わたくし、貴女のお味方になりますわ」
思っても見ない言葉だった。
ファンクラブのトップを味方にすることなんて考えてなかった。ただ、テニス部を応援するもの同士として敵にさえならないでくれればそれでいいと思っていた。
「長岡さん、これからわたくしのことは美弥子と呼んでちょうだい。わたくしも彰子と呼ばせていただくわ」
そう冷泉さん……いや、美弥子さんは言う。
「わたくしのことは由紀子と。よろしくね、彰子」
「では、わたくしも彰子と呼ばせていただくから、那津子と呼んでね」
「わたくしは詩史よ。彰子さん、よろしくね」
「美弥子さん、由紀子さん、那津子さん、詩史さん……ありがとうございます」
じわりと涙が浮かんできた。
「まぁ、彰子は意外に泣き虫なのね」
クスクスと由紀子さんが笑う。
「それだけテニス部のことを思って緊張していらしたんですわ。本当にテニス部を愛してらっしゃるのね」
那津子さんも優しく笑う。
「では先ず、今日から暫く、わたくしたち4人が彰子のお手伝いでマネージャー補佐をしましょう」
美弥子さんがとんでもないことを言い出したが、3人も「それがいいですわね」と納得している。
「わたくしたちにマネージャーのお仕事教えてくださいね、彰子。一般部員の方へのお仕事をね」
話を終えて4人に先に部屋を出てもらう。私は後片付けをしないといけないから。詩史は手伝うと言ってくれたが、ここは私が借りたことになってるので私がやるのが筋だとして断った。
因みに詩史からは「同じ学年なんだし、詩史と呼んで」といわれた。先輩3人から離れるとお嬢様口調ではなく、いたって普通の女の子の口調だったからなんだか安心した。
詩史は氷帝に来てから初めての女の子の友達になった。
私が部屋を出ると、そこには侑士と跡部が待っていた。2人とも『やったな』という顔をしていた。
ずっと心配して待っていてくれたらしいんだけど、先に部屋を出た美弥子さんに言われた言葉で安心したのだと言う。
『素晴らしいマネージャーを得られましたのね、跡部様。わたくし、あの子のこととても好きになりましたわ。貴方の片腕でなければ、わたくしが欲しいくらい』
と……。
何でも美弥子さんは前生徒会長で、社交部という部の部長でもあるらしい。……社交部ってなんだろ……。
ひとまずこれで、一番のネックになる問題は片付いたかな?
ファンが暴走しそうになったら、美弥子さんたちが止めてくれるはず。……少なくとも私が『テニス部にとって有益なマネージャー』である間は。