入学式は特に問題ものう終わって。
HRも特に問題なし。まぁ、野田たちが彰子に興味津々だったんは要注意やけど。
でもそれも、3月から流しといた噂があるよって大したことあらへんやろ。
初め、クラスの連中は彰子をどう扱うか戸惑うてたみたいやな。
彰子は色々噂が先行しとったから、しゃーない。
けどそれも巧いこと沢田ちゃんがやってくれた。
流石は沢田ちゃんや。この学校で榊監督の次に俺が信頼出来る教師だけのことはある。
ま、ほんまに巧くいくかどうかはこれからやけど、それでも多少はやり易うなるやろ。
HRの後メシ食うて、テニス部で副部長と試合して。
結果的には勝ったけどやっぱ高校生の筋力・体力は侮れへんな。
俺ももっと筋力つけんとあかんなぁ。
本格的な部活スタートは来週からやけど、明日から俺らは練習に参加することになっとる。
明日から副部長か……。面倒くさいわ。
で、今。
彰子と帰宅しとるとこなんやけど……。
試合終わってから彰子がなんやずっと機嫌悪い。
俺らの試合が不満……っちゅうわけでもなさそうなんやけど……。
「彰子、どないしたん」
「ん……」
彰子は答えようとせん。
「機嫌悪いんは判ってんで。言うてくれへんと判らへんやんか」
彰子は結構頑固なとこあるよって、しつこく聞かんと言わへん。あんましつこすぎると余計に言わへんこともあんねんけど。
「俺、なんかしたか?」
俺が原因やったら……うーん、何したやろ。試合の前は別に不機嫌やなかったから、なんかやってもうたとしたら、試合中か、跡部の試合の間なんやけど。
「侑士じゃないよ。井上先輩と関先輩にちょっとね」
「なんかされたんか!?」
彰子に手ぇ出したりしとったら、先輩かて許さへんで。
「違う違う」
俺の勢いに彰子は苦笑する。
「先輩たちがさ、侑士と跡部にテニス部を頼む……って言ったでしょう」
ああ、試合終わってからやな。確かに言われたわ。跡部が部長で俺が副部長になるよって、別に可笑しいことあらへんやろ。
「なんか、それにむかついたの。侑士も跡部も、まだ1年なんだよ……」
そら、まぁ、今日入学式やったわけやし。
「なんで、1年の侑士と跡部に責任押し付けられるんだろうって思って」
「責任押し付け……?」
実力主義の氷帝やから、強いもんがトップに立つんは当たり前やろ。別に問題ないと思うねんけどなぁ……。
「部長と副部長だと、テニス部全体の責任を負わなきゃいけない。自分たちのことだけ、見てられないんだよ」
彰子は不満そうやった。
「先輩たちがちゃんと部長と副部長やってくれたら、侑士たちは自分たちのことだけ考えて練習できるのに……」
「それで怒っとるん?」
「ん……巧く言えないんだけど……先輩たちには上級生としての責任ってものがあると思うの」
先に生まれた者としての、先輩としての責任があるんやないか。
仮令それが実力としては上であっても下級生は下級生。1年若しくは2年の経験の差がある。
いくら実力主義とは言うても、力を認めることと部を任せることは違うんやないか。
彰子はそう言う。
「先輩として、上級生としての役目って、絶対あると思うの。跡部や侑士が部の責任を持つことをプレッシャーに感じるなんて思わないけど。それとこれとは別だと思うし……。なんていったらいいのかな……」
彰子はそう言って考える。
先輩たちに怒りを感じとる。俺らのことを心配して。その気持ちを巧く表現出来んという感じやった。
「先輩たちね、跡部と侑士に頼って甘えてると思う……」
跡部はカリスマ性も責任感もあるヤツやよって、跡部に任せとけば何も心配はいらん。
跡部がいてるのにそれ以上に自分たちが巧くやれるはずはないから、さっさと跡部に任せてしまえ。
『跡部景吾』という名前に負けて、怖がって、本来の責任から逃げてるように感じる。
彰子が言いたいのはそう言うことらしかった。
「つまり、彰子は俺らを心配して怒ってくれとるっちゅうことやな」
なんや、子供に必要以上の責任を押し付けてる……いう感じがあるんやけど、ともかく彰子は俺と跡部の為に怒っとることには違いないやろ。
「……うん」
やっぱ、彰子は優しい。たったあの一言から、こんなにも俺らのことを心配してくれとる。
「まぁ、部長副部長なんて面倒臭いとは思うけど、先輩達にあれこれ指図されるんもイヤやしな。俺らが好きに出来るんやから別に構へん」
気遣って、心配してくれる存在がおるだけで、俺らは頑張れる。
特に『出来て当たり前』『トップで当たり前』できとった跡部にとってみれば、彰子の存在は何より心強いもんになるやろう。
俺かてそうや。
俺は跡部ほど責任押し付けられたりはしとらん。寧ろナンバー2に甘んじることで責任回避しとったところある。全部跡部がやってくれとったからな。まぁ、あんまり跡部に押し付けすぎたかと反省もしとるところもあって、高等部では副部長やることに同意したんやけど。
けど、俺も『氷帝の天才』だの言われて、何も苦労しとらん、飄々と何でも軽くこなせてしまう、何も悩みも苦悩もない……そないな風に周りからは思われとった。
本当はそんなことあらへんのや。けどな、そないな風に言われてまうと、ホンマは俺かて苦しいねんでなんて、言えへん。周りが見とる『忍足侑士』を演じるしかないやん。
でも……彰子は違う。
俺らをただの高校1年の同級生として見る。そして、俺らが努力しとることの結果として、俺らの力を評価してくれとる。
そして、当たり前のように俺らのことを心配して、気遣って。時には叱り、励ましてくれる。あかんことはあかんと正面から言うてくれる。
それが俺らにとって、どんだけ心強いことか。
「それにな、彰子がそんだけ俺らのことを考えてくれとるだけで、俺らは大丈夫やで」
自分のことやないのに、こないに真剣に考えてくれて、心配して、憤ってくれる。
そんな彰子がおってくれたら、俺らは大丈夫や。
特にこれまで何でも自分だけで背負っとった跡部にすれば心強いやろ。
「侑士と跡部が気にしないなら……私はこれ以上何も言わないけど。でも、きついときは正直に言ってね」
心配そうな表情で彰子は言う。
「まぁ、あの俺様跡部様が弱音吐くとは思えないけど」
「せやなー。あいつのプライドはエベレストよか高いよってな」
「うん、大気圏突き抜けるくらい高そうよね」
クスっと彰子が笑う。
やっぱ笑っとるほうがええ。
「遠慮のう頼らせてもらうわ、マネージャー」
「任せて、副部長」
「けどな、彰子かて背負いすぎたらあかんで」
それが心配や。
彰子かて、自分の中で溜め込みそうやからなぁ。俺らに心配かけへんために。
「特に、俺らのファンになんか言われたら、俺らにちゃんと言うんやで」
今日の入学式だけでも、結構な悪意の篭った視線が彰子に投げかけられとった。
あれだけ、俺らが『長岡彰子は跡部の片腕。テニス部の大事なマネージャー。手を出すな』っちゅう噂流してたにも関わらず。
いや……そういう噂が十分流れとったからかもしれんなぁ。
手ぇ出すことはせん。けど、悪意は持っとる……。そう言う状態になっとる気がする。
もしかしたら、俺らがやったことは逆効果やったのかもしれへんなぁ……。
「ほんと、今日は視線で体中穴だらけになるかと思ったわ」
クスクスと彰子は笑う。けど笑い事やあらへんやろ。
「それに関してはね、考えがあるんだ。侑士たちのファンを敵に回さずに友好的にやっていく方法、考えてるトコ」
友好的……?
そないな方法あるんやろうか?
確かにあるんやったらそれが一番ええことやけど……。
「テニス部のファンってね、あれだけ人数がいて熱烈な人が多いのに、練習の邪魔はしないと思わない?」
「確かにそうやな」
あれだけ人数いてるのに、試合も練習のときも邪魔になるような声援はあらへんなぁ。練習始まる前はキャーキャー五月蝿いのに始まると静かになるし。休憩中や終わってからも五月蝿いけど、とにかく練習中は静かやな。
「それって、ちゃんと『テニス部の忍足侑士』や『テニス部の跡部景吾』を応援してるんだと思うの。まぁ、部活以外のときは知らないけど」
言われて思い返してみる。
確かにコートにいてへんときは結構まとわりついてきたりもするけど、それも1部の奴らだけで暫くすると馴れ馴れしい態度はなくなるな。誕生日とかイベントごとやないかぎり、俺らが鬱陶しいと思うほどには近づいてきぃひんし。
「結構節度あるファンじゃない?」
「言われてみればそうかもしれへんな」
「だとしたら、私の態度次第で友好的な関係になれると思うの」
テニス部を応援する者同士としてねと彰子は言う。
「私がテニス部のマネージャーをするのは、皆の力になりたいから。中学で果たせなかった全国制覇……それが跡部の目標でしょ?」
ああ、跡部はそれを頭に入れて動いとる。正確に言えば今年の全国制覇やのうて、跡部や俺にとってのベストメンバーが揃う来年。そう、鳳が来てD1が揃う来年に全国を制覇する。勿論今年も狙うけどな。
「跡部に誘われて、新しいことにチャレンジしてみたくてマネージャー引き受けたわ。でも、今はそれだけじゃないの。皆のテニスに打ち込む姿を見て、私も一緒に全国目指したいって、そう思ったの。私は選手じゃないけど、マネージャーとして、皆と一緒に全国行きたい」
だから、自分に出来る精一杯のことをしたいのだと彰子は言う。
その中に、ファンクラブとの問題もあるんやと。
彰子がファンクラブと対立するようなことになったら、俺らが心配する。そんなことは避けたいんやと。
「けど、どうするん?」
具体的には何をどうするつもりなんやろう。どうも彰子の口調からして、ファンがアクションを起こす前に彰子から何か仕掛けるつもりみたいなんやけど……。
「暫くは様子を見るわ。でも、そうね……。今月のうちには動くつもり」
無茶しぃひんならええんやけど……。
「そんな顔しないで」
心配そうな俺を見て彰子は苦笑する。
「柳君に頼んで、必要な情報は集めてもらってる。一応相手のことはそれなりに判ってるつもり。実際に会ってみないとどんな人かは判らないけどね」
柳……立海の参謀って言われとるあのいつも目閉じとるやつか。
この前神奈川まで行ったんはその関係やったっちゅうことか。
「何やるつもりかは判らへんけど……動く前には俺か跡部に一言言うてや。何も言わずに動かれると心配やからな」
出来るならその場に一緒におりたいところやけど、多分彰子は拒否するやろ。
「判ったわ。独断では動かない。そもそもコンタクト取るのは跡部に頼むのが一番だろうしね。理由も言わずに跡部が動いてくれるとは思えないし」
「せやな。理由言うても『俺様を使い走りにする気か、あーん』とか言いそうやし」
「うわ、目に浮かぶ。跡部の偉そうな顔!」
なぁ、彰子。
お前が俺らを支えて守ろうとしてくれとるのはよう判る。
けどな、俺らもお前を守りたい思うとること、忘れんといてや。
入学して1週間が経ち、部活は思いのほか混乱ものう跡部と彰子を中心に回り始めた。
通常のドリンク関係なんかは中等部でやっとった方法を導入して、負担軽減はしたんやけど。
最初は先輩たちは反発しとったけど、そこは跡部の鶴の一声。それに1年のメンバーは中等部での彰子を見とるから協力的やったし。おまけに、既にレギュラーに勝った俺と跡部はレギュラー入りしとったけど、宍戸・岳人・ジロー・滝は平部員のほうにいてたからな。こいつら4人は都大会団体戦申し込み前にレギュラー入りすることになるやろ。因みに個人戦は入学前に申し込み締め切られとるよって、俺ら1年は出場できひんのやけど。
最初の1週間の間に彰子は部のシステムを見直ししてスケジュールやらトレーニングメニュー、チーム分け、備品管理、部費管理なんかのシステムを再構築しとった。
幸い授業があるわけでもあらへんかったから、時間はあったしな。
毎日、彰子と跡部と俺でシステムやらなんやら見直しをして、より強い氷帝になるための下地作りをしていった。
先輩たちには面白うないこともあったようやけど、そこは巧く井上先輩と関先輩が根回しや説得をしてくれたらしい。
これを見た彰子は『先輩たちを見損なってたみたい……。反省しなきゃ』言うてたけどな。
「跡部、頼みがあるの」
彰子が動いたんは、入学して2週目に入った日やった。