入部手続き

 HRを終えて教室を出れば。

 そこには俺様が待ってました。

「遅ぇ。いつまで待たせる気だ」

「って言っても今終わったばっかりなんですけどね」

 開口一番言った跡部に反論。

「……行くぞ」

 はいはい。

 まぁ、跡部も悪い奴じゃないし。待っててくれたのは事実だしね。

「ほな、彰子。俺はここで待ってるよってな」

「了解。じゃ、荷物見ててね」

 先ずは生徒会室で立候補の手続きをして、一旦教室に戻ってからテニス部へいくことになるのかな。

 跡部に連れられて生徒会室へ向かうわけだけど、やっぱやたらと広い。中等部も広かったけど……。

 基本的な配置は高等部も中等部も同じらしくて、今いる本館は主に教室(HR)があって、生徒会室は特別教室棟にあるらしい。

 特別教室棟の4階は生徒会室のほか、色々な委員会の部屋もある。会議室なんかもあって、それは生徒会関係の会議のみに使用されるらしい。うーん、やっぱ、金持ち学校だ。

 生徒会室の扉(ドアって感じじゃないもん!)は何処の社長室だって感じの重厚な扉。私がいた高校の生徒会なんて、新聞部と同じ部屋をキャビネットで仕切って使ってたくらいなのに……(その所為で、生徒会役員と新聞部は兼任する人が多かったな。私もだけど)。ドアなんて、ギシギシ軋んで、たまに男子の先輩が蹴らないと開かないなんてこともあるくらいだったのに。

 跡部は扉の前に立つとノックして「1年の跡部景吾です」と告げる。

 漫画や二次創作だといきなり入っていそうなんだけど、ここの跡部は違っていて。

 やはりここの跡部はテニプリだけどテニプリじゃないんだなと改めて実感。

 ま、最近はあまり漫画を思い出すこともなくなってたんだけどね。

 中に入ると、役員らしい先輩が数名。

「選挙の手続きをお願いします」

 と跡部が言えば、先輩が2枚の書類をくれた。1枚が跡部の分で、もう1枚が私の分。

 跡部は当然のように1枚──副会長用を私に手渡してくれる。

 言われるままに椅子に座り、必要事項を記入。

 学年クラス氏名。立候補の理由。

 理由……? うーん。

『跡部に強制されたので。反論も許されず強制指名』

 素直にそう書いたら、跡部に拳骨食らいました。

 仕方なく2本線で消し(ペンで記入してるからね)、『学校生活を有意義に過ごすため』という無難? なものに変更しておく。

 で、副会長の届け出用紙には『指名者会長候補』というのがあって。つまりこれが自分を指名した会長候補の名前を書く欄ね。

『貴様何様跡部様』と書いてやろうとした瞬間、察したのか跡部が「真面目に書け」といいやがった。

 因みに会長の届け出用紙はこの欄が『副会長候補指名者』になってるらしい。

 届け出用紙を書くのを見ていた先輩はずっとクスクスと笑っていて。

 用紙を受け取る際も笑ってた。なんか地顔が笑顔のような先輩で、穏やかそうな男の先輩だった。

「はい、確かに受理しました。現時点では他の立候補者もいないし、まぁ、信任投票で終わると思うよ」

 副会長だというその先輩はそう言っていた。

 跡部に対抗しようという気骨のある奴はいないのか。

「では、よろしくお願いします」

 ちゃんと挨拶をして頭をさげて。

 生徒会室を後にした。

「長岡……お前やる気ねぇだろ」

「んー、当選したらちゃんとやるよ。ま、拒否権なかったのはちょっとむかついてたけどね」

 そんなことを話しながら、本館に戻る。教室に戻ると、侑士の他に、宍戸、滝、がっくん、ジロちゃんも揃ってた。

 荷物を持ち、そのまま部室棟に向かうかと思いきや、交流棟に行くのだという。

 部室で入部手続きするんじゃないの? と問えば、先にランチなんだって。

 ああ、予想通りのことがあるんだったら、直ぐに終わるわけでもないしね。

 で、交流棟の食堂でランチを摂るわけですが……。

 そこらのカフェよりお洒落ですよ……。

 お値段だって、そこらのカフェ並ですよ。うん、お弁当作ろうっと。

 とりあえずパスタを頼んで、皆でランチ。

 宍戸はカレーライス大盛っていうのがなんかホッとする。

 滝は何かの定食みたいな(でもお洒落なヤツ)で、これから多分試合することになるだろう跡部は軽めのベーグルサンド。あれ、侑士もだ。ということは侑士も試合なのかな?

 で……がっくん、ジロちゃん……。

 君たち小さいのに何処にそんなに入るんですか?






 食後は直ぐには部室棟に向かわず、暫くはのんびりとお喋り。そもそも高等部の部活が1時かららしくて、1時半に来るように言われてるんだって。

 まだ1時間くらいはある。

 これからの学校生活のことを話してると。

 なんと選択授業である音楽は太郎ちゃんが担当らしい。

 芸術や選択科目の先生の殆どが中等部と高等部を兼任するんだって。

 太郎ちゃんとはもうあまり関わることもないのかと残念に思ってたから、嬉しい。

 というか、道理で太郎ちゃんがしきりに選択科目に音楽を勧めてきたわけだ。

「なんや、彰子……監督とメールしたりするんかい」

 侑士だけじゃなくて皆驚いた顔。無理もないか。

「うん、色々心配してくださって、PCメールのやり取りは結構あるよ」

 3日に1回くらいだけどね。

「監督、ロリかよ……激ダサ」

「立派に犯罪だよね」

 ぼそぼそと宍戸と滝が話してる。

 うーん、確かに『今』の私は15歳だけど、心の中には32歳だった自分の感覚も残ってるわけで。

 そうなると、本当に年上と思える人って太郎ちゃんだけなのよね。

 だからかな、素直に太郎ちゃんには甘えられる。

 とはいっても、こっちに来てからあちらの世界での記憶が薄れているわけではないけど、段々自分が32歳だったって感覚がなくなってきてる。

 ま、今の私は15歳で、これから先ずっとこの世界で生きていくんだから、15歳になってもいいかなと思い始めてきたところ。

 大体、侑士にしてもにおちゃんにしても跡部にしても、皆実年齢よりも遥かに大人びてるし。

「もしかして、今日これから跡部と侑士って試合するの?」

 気になってたことを確かめるために話題転換。

 跡部は高等部でも既に部長になることが決まってるといってたけど、いくら跡部だって1年生がすんなり部長になれるはずはない。

「ああ、一種の通過儀礼的なものだがな」

 やっぱ、そうか。

 実力主義の氷帝であれば、勝ちさえすれば部長になれるってこと。部の運営とテニスの強さは別物だけど、中等部で部長として200人を超える大所帯を引っ張ってきた実績が跡部にはあるからそれは問題ないってことか。

 あくまでも試合は周りが納得する為の儀式ってとこね。

「せやけどなんで俺まで……」

 侑士はブツブツと文句を言ってる。侑士は副部長と試合をするらしい。

「てめぇを副部長にする為だ」

 中等部では副部長はいなかったんだけど、やはり200人超の大所帯だし、跡部は会長業務もあるし、これからは家の仕事もあるらしい。だから副部長はいたほうがいいってことみたい。

「俺やのうてもええやん」

 とはいっても、今の副部長さんは複雑だろうからなぁ。跡部にしても副部長が侑士のほうが色々面倒がなくていいんだろうし。

「俺と長岡は生徒会もあるからな。会議の時に副部長がいねぇんじゃ、テニス部で出席できるやつがいなくなる」

 中等部と同じように副部長なしでもいいじゃないかと侑士がごねれば、跡部はそう言う。

「侑士、跡部が決めたらどうにもならねぇんだから諦めろよ」

 がっくんが宥め、周りも頷いてる。

「いいじゃない、侑士。どうせ殆どのことは私と跡部でやっちゃうんだし」

 そう宥めると、侑士は諦めたかのように溜息をついた。

「ま、ええわ。彰子1人に跡部のお守り押し付けるんも何やしな」

 自分に言い聞かせるように呟いた侑士だった。






 時間の前に部室棟へ移動する。

 部室棟は4階建ての建物で、1階は全部テニス部。レギュラー用の部室が一番広くて、中はトレーニングルームとロッカールーム、ミーティングルームがある。これも中等部と一緒。

 シャワールームはトレーニングルームの奥にやっぱり当然のようにあった……。だから、贅沢なんだってば。ミーティングルームには大型のスクリーンとプロジェクター、ロッカールームにはレギュラー全員分のPCもあるし。

 一般部員用には部室が5つあり、中はロッカーだけらしい。……凄い身分社会を感じました。

 部室に入れば……そこには恐らく高等部のレギュラー陣らしき先輩たちが待っていた。

 結構敵意感じる。まぁ、ここにいる8人のうち、6人はレギュラー落ちするだろうから当然かな。

「よくきたな、跡部」

 多分部長が、私たちを迎えてくれる。精悍な顔つきのいかにもさわやか系スポーツマンって感じ。

 言われるままに椅子に座ると、入部届が目の前に置かれる。

 これから入部手続きってことね。

 なんて思ってる間に、部長さんはレギュラーを部室から出して練習に行かせる。

 思わずホッと溜息を漏らすと、同じように宍戸と滝、がっくんも息をついていた。敵愾心バリバリ視線だったからねぇ。

 跡部と侑士は平然としてたし、ジロちゃんは感じてないみたいだったけど。あ、ジロちゃんが別に鈍感ってことじゃないんだよ。ただ、ジロちゃんはお腹がいっぱいになった所為か、いつものごとく半睡眠状態だっただけ。

「えーと、君がマネージャーの長岡君だね。よろしく。今日まで部長の井上です」

 部長はそう言う。

「俺は副部長の関だよ。よろしくね」

 副部長さんも言う。副部長さん……あれ、どっかで見たような……。

「副会長だ。さっき会っただろ」

 横から跡部が教えてくれて納得。

「入部届はとりあえずクラスと名前と学籍番号書いておいてくれるかな。ああ、長岡君以外は全項目記入してね」

 副部長さんはそう指示する。記入項目はクラス、名前、学籍番号、自宅電話番号、連絡先番号、住所。

「これをもとに部員名簿作るからね。部員名簿の作成と管理は長岡君の仕事になるから、長岡君は最低限事項だけ書いておいてくれればいいよ」

 ということらしい。

 記入項目の少ない私は先に書き上げて部長に連れられてPCの前に行く。

「レギュラーの人数分PCはあるけど、部の管理に使うのはこれ」

 そう言ってPCを立ち上げる部長。ちゃんとIDとPWでログインが管理されてる。

「今のIDとPWはこれね。でも、長岡君が使いやすいように変えてくれていいよ。これからは全部長岡君にやってもらうことになると思うから」

「はい、判りました」

 PCには部誌、部員名簿、トレーニングスケジュール、部費帳簿なんかがある。

「部費口座もPCで確認できるからね」

 ネットバンクを使ってるらしいから、ログインすれば振込みとかは出来るってことか。

 ああ、そうすれば備品もネットで注文して決済できるから楽だな。

「部費口座のカードは部長が管理することになってるから、後で跡部に渡す。長岡君のほうがいいかな」

「どうでしょう……。跡部と相談しますね」

 ま、ネットで管理できるなら特別カードは必要ないかという気もするし。

 一通り説明してもらってPCをシャットダウン。

「それからこっち」

 と手招きされたのはミーティングルームの奥にある小部屋。

「ここがマネージャー専用のロッカールームね」

 1畳ほどのスペースがパーテーションで仕切られて小部屋になっていて、その中に鍵のかかるロッカーと鏡がある。

「今のところマネージャーは君1人だからこれでいいと思うけど、もし増えたら跡部と相談して広げるなり、新館の更衣室使うなりしてね」

「はい、判りました」

「じゃあ、これ、ロッカーの鍵。それからこっちは部室の鍵ね」

 新たにマネージャー用に作ったのだろう真新しい鍵を受け取る。

 ああ、本当にマネージャーになったんだなぁ。

「今日は入学式だったから、準備はしてきてないだろう? 仕事は明日からよろしく」






 私が説明を受けている間に、侑士たちは着替えを済ませ、テニスコートに行ってた。

 私も井上部長と一緒にテニスコートに向かう。今日はローファーだからコートには入れない。同じようにコートには入らない4人と合流して、コート脇のベンチで観戦することにした。そして、観戦席にはずらりと部員たち。うわ、流石に大人数。

 先ずは侑士と関副部長の試合で、それから跡部と井上部長の試合。

「すまないね、跡部、忍足。無駄なことだとは判ってるんだけど、皆を納得させる為には必要なことだから」

 井上部長が済まなそうに言う。

「いえ、構いません」

 跡部言ってた。直ぐに部長にならなくてもいいんだって。寧ろ本当は普通に2年の後半の部長交代の時期になればそれが一番いいって。生徒会長にしてもそう。

 でも周りが『跡部景吾』を特別な目で見てる。跡部だから入学直後から部長で当たり前、生徒会長で当たり前。って。

 事実、跡部が何か言うよりも先にテニス部と生徒会から打診が来てたらしい。

 大変だな、跡部も。

 だからこそ、私はマネージャーのほかに副会長を引き受けたし、なんだかんだといいながら侑士も副部長になることを受け入れた。

 少しでも跡部の手助けをしたいから。






 試合は予想通り侑士と跡部が勝った。

 でも、思ってたより苦戦してた。あっさり勝つのかなと思ってたんだけど。

 別に手を抜いてたわけじゃない。原因は15歳と高校3年生の体力・体格の違い。

 侑士も跡部も15歳にしては背が高いし体も確りしてると思う。でも、まだ成長期の体だ。

 対して成長期が終わってる井上先輩と関先輩はそれなりに体が出来上がってる。まだ完全ではないにしてもね。

 そうなると筋力や根本的な体力は先輩たちに分がある。

 それに仮にも氷帝高等部テニス部の部長と副部長なんだから弱いはずがない。

「明日から、君たちが部長と副部長だ」

 先輩たちはそう言って笑う。拘りはないみたい……。

「跡部、忍足。テニス部を頼むぞ」

 ……1年に頼らないで。

 不意に先輩たちへの怒りが湧いた。

 跡部と侑士に、必要以上の負荷をかけないで。

 部を纏めて引っ張っていくのは本当は先輩たちの役目でしょう。

 まだ、2人とも15歳なのに。

 そう……。

 どんなにカリスマ性を持っていたとしても、跡部はまだ15歳。

 どんなに冷静で包容力があっても、侑士だってまだ15歳。

 そんな2人に、負荷をかけすぎないで。









 ……私が頑張らなきゃ。

 跡部は弱音なんて言える性格じゃない。侑士だってそう。ま、私もそうだけど。

 でも、決めた。

 彼らが弱ってるときには、私が受け止める。

 弱ってることを、私には隠さない、そんな存在になることを。