氷帝生活開始

 入学式も無事終わり、侑士とともに教室へ。

 跡部からHRの後生徒会室とテニス部に行くと告げられた。生徒会室ってことは選挙の立候補手続きかな。でも、確かテニス部の入部手続きはもう済んでるって侑士が言ってたはずだけど。ああ、私の入部手続きか。侑士たちが直ぐに練習始める状態なんであれば、私も1日でも早いほうがいいもんね。

 それに……多分。跡部は入部と同時に部長になるといってたけど、実力主義の氷帝で、確かに強いとはいえ1年の跡部をすんなりと部長には出来ないはず。だから、一種儀礼的な『手続き』があるんだろう。例えば、現部長と試合するとか。






 教室に入ると、座席は自由とのこと。私はさっさと通路側の一番前の席に座る。後ろより前の方がいいしね。とりあえず、高校の授業は真面目に受けると決めてるから。

 すると、当然のように侑士はその隣の席に。侑士が座るとクラスの数少ない女子生徒がその周りを争っていた。あらら、やっぱり人気者ねぇ。そう苦笑してると、侑士が『笑い事やあらへんって』とうんざりした表情。

 で、女の子たちが牽制しあってる間に、侑士の知り合いなのか、幾人かの男子生徒が私の後ろ、侑士の後ろと隣、更にその後ろと座り、ひとまず侑士はホッとした表情をしてた。モテモテなのも大変なのね。

「忍足、今年1年よろしくな」

 侑士の後ろに座った男子が侑士に声をかける。

「ああ、よろしゅうな」

 やっぱり知り合いか。

「相変わらずすげぇよなぁ」

 と今度は侑士のお隣に座った彼。

「ご愁傷様」

 そう言っては笑うのはその後ろの男子で

「ま、跡部と揃ってないだけマシだろ」

 というのは私の後ろの人。確かに、侑士と跡部がコンビだったら相当五月蝿そうだなぁ。やっぱり、侑士の周りを固めたのは侑士の知り合いだったみたいで。

「彰子、こいつら中学の時のクラスメイトやってん」

 そう侑士が紹介してくれる。

「なんだよ、忍足、既に名前呼び捨てって……」

 侑士の隣(野田君というらしい)が言い、

「元から知り合いってことだろ」

 と私の後ろの南君がいい、

「ああ、マネージャーか」

 と頷くのは、侑士の後ろの内山君で、

「噂の長岡さんね」

 と何かを納得してるのはその隣の熊井君だった。

「噂……って」

 もしかして、さっき入学式の前に言ってた奴かな……。

「色々あるんだぜ」

 と内山君が教えてくれたことによれば……


 長岡彰子に関する噂

 (1)ほぼ満点の成績で入試に合格

 (2)跡部の要請で入学前からマネージャーをやっている

 (3)跡部が生徒会副会長に指名するらしい

 (4)あの跡部に対して臆することなく意見できるツワモノ

 (5)あの忍足が似合わぬ片想いをしている相手。相当ベタ惚れらしい

 (6)実は跡部の婚約者候補らしい

 (7)跡部が片腕とするために他校から呼び寄せた

 (8)実は超名門のお嬢様

 ……

 …………

 …………はい?

 えーと……(1)(2)(3)は、まぁ、事実ですな。うん。(4)もまあ、確かに色々跡部に文句つけてますから事実でしょうね。(5)と(7)は多分、侑士と跡部が意図的に流した噂だろうな。で(6)と(8)……なに、婚約者候補とか、お嬢様とか……。私はごくごく一般庶民なんですけど……

「すっごい噂ね……」

 呆れてしまう。

「でも、跡部より成績いいってどんなガリ勉かと思ったら……」

 となにやらマジマジと私を見る4人。

「こらこら、俺の彰子をそないに見るんやない。いくら彰子が美少女やからって、彰子は恥ずかしがりやさんなんやから、見んな」

「誰が誰の彰子なん……」

 と一応突っ込みつつ、何が美少女だと……。

「確かに長岡さん綺麗だよなぁ」

「忍足がベタ惚れってのも納得」

 なんてとんでもないことを言い出す。

 あー……そういえば、今の私は客観的に見れば美少女なのか。こっちの世界に来たときに鏡に映ってる自分を見て美少女と思ったもんね。ほら、最初は自分とは思わなかったし。まぁ、見慣れてしまえばそう感じなくなったけど。でもこの容姿は妄想神悠兄さんの、『あっちで負け組だった私への救済措置』の一つだしなぁ……。努力して手に入れたものじゃないし(あ、でも、こっちに来てからは向こうにいた頃よりは体型維持とかお肌のお手入れとか気を使ってるんだけどね)。

 しかし、既にそんな噂が流れてたのかぁ。道理で凄い視線を感じてたはずだわ。テニス部メンバーと一緒にいたからかと思ってたけど。

「ま、あんま気にせんとき」

 溜息をつく私に侑士が苦笑する。

「人の噂も75日っていうしね。まぁ、侑士とアホベの所為でもあるから、八つ当たりさせてもらうわ」

 そう言えば、侑士は更に苦笑する。後ろで『アホベ……やっぱ、長岡さんすげぇよ』『普通言えないよな』なんて声が聞こえてたけどまぁ、無視しとこ。

 因みに後から知ったんだけど。この4人もそれなりにお坊ちゃまだったらしい。野田君はお父さんが官僚で、南君は商社の社長の息子。内山君は弁護士の息子で、熊井君は某外食産業チェーンのオーナーの息子ということだった。

 4人とも今時の高校生にしてはちゃんとしてる。そういえば、流石というか氷帝には制服を着崩してる人いなかったなぁ。入学式だからかもしれないけど。ほら、今時の若者って何故かパンツ腰履きしてるじゃない。パンツ見えてるし(見せてるらしいけど)。あれって、すっごく格好悪い。格好悪い奴がやってるからというわけではなくね。だって某J事務所の中で一番好きなアイドルがやってた時ですら、かっこいいとは思えなかったもん。思わず『パンツあげろや!』とTVに向かって言ってしまったくらい。足短く見えるし、だらしないのにあれが格好いいと思ってるのが信じられない。流行ってるんだから格好いいと思ってるんだろうけど。

 第一、ちゃんと着た服をちょっと乱す……例えばジーンズのボタンだけ外すとかね、そう言うのがセクシーで格好いいっつーの。ま……やる人によるけど。






 侑士や周りの人たちと話をしていると、HRの時間になり、先生がやってきた。確か、担任の先生は沢田とか言う先生。どんな先生だろう? 結構先生の当たり外れって学校生活を左右するからね。昔、塾講師──どちらかといえば出来の悪い生徒向け──をやっていた所為か、学校の教師というものに対しては点が辛いんだよね、私。

「席にはついてるなー」

 教壇に立っているのはまだ30前くらいの若い先生。見た目は普通かな。特別格好良くも悪くもなく、太郎ちゃんのような『本当に教師かい』といった雰囲気や服装でもなく、普通のスーツ姿。まぁ、入学式だからスーツなのかな。

「これから1年間、担任をする沢田孝太郎だ。よろしくな」

 口調や声の調子からして、割と砕けた人っぽい。スタンスは『お兄さん』かな。

「沢田ちゃんやったんかー。当たりやったな」

 教壇の先生に侑士がそう声をかける。

「おー、忍足か。お手柔らかに頼むぞ」

 そう言って笑う沢田先生。今のところ印象は悪くない。

「今日は入学式でHRといってもあんまり時間はないからな。自己紹介は明日のHRでやるから。持ち時間1人5分だからなー。なんか考えとけよ」

 5分って……それ結構長いから。

「じゃあ、学生証渡すから、呼ばれたら取りに来い」

 なんでも氷帝では生徒手帳と学生証は別物らしくて。生徒手帳はごく普通にスケジュール帳に校則なんかが書かれてるもの。学生証はIDカードになってるらしくて、入学手続きのときにIDカード用の写真も提出したんだっけ。このIDカードにはICチップが内臓されてて、ロッカーの鍵にもなってるし、セキュリティのある部屋(PCルームとか図書館の持ち出し禁止書庫とか)の認証カードにもなってる。企業並だなぁ。流石金持ち校。

「じゃー、先ず、長岡彰子」

 と、突然私が呼ばれる。

「あ、はい」

 立ち上がって教壇にいる沢田先生の下に取りに行けば……

「おー、お前が長岡か! 俺の救世主!!」

 と、意味不明なことを言う沢田先生。

「いや、長岡がトップとってくれたお陰で、俺は跡部の担任になることが回避出来たんだ。ありがとうなぁ長岡!」

 泣き真似をする、沢田先生。

「もうな、このクラスの担任に決まったときは胃が痛くてなぁ……。いっそ退職しようかと悩んだんだがな。長岡がトップとってくれたお陰で俺は職を失わずに済んだ! 長岡が2位だったりしたら、跡部と忍足がこのクラスで俺は20代の若さで禿げるところだったんだ」

「は……はぁ」

 オイオイと泣き真似をして語る沢田先生に、クラスからクスクスと笑い声が漏れる。

「そんなに跡部、イヤですか?」

「悪い奴じゃない! それは知ってるが、流石にあれは遠くで見て楽しみたいタイプだ」

「近くで弄るのも面白いですけど……」

 思わずそう応じると

「弄れるんは彰子だけや」

 突っ込みが侑士から入る。

「というか、先生、さっさと学生証ください」

「クールだな、長岡」

「なんか、この数分で先生の扱い方、解った気がしますので」

 そう言って手を出せば、渋々といった感じでIDカードを渡してくれる。受け取るときに、小さな声で「ありがとうございます」と言っておいた。

 そう、沢田先生の気遣いに。先生が来るまで、私は侑士や周りの4人と話をしていた。でも、他のクラスメイトからはなんとも微妙な視線を受けていた。噂が先行している所為か、私をどう扱ったらいいんだろう……といった感じの戸惑いの視線。それと数少ない女子からの嫉妬の視線。まぁ、女子の視線は予想の範囲内ではあったんだけどね。

 IDカードを受け取り、席に戻る。そこには私の写真と名前、そして学籍番号『200813001A』が書かれていた。次に名前を呼ばれたのは侑士で、侑士は『あんまり長岡に迷惑かけんなよ』なんてことを沢田先生に言われていた。

「酷いわ、沢田ちゃん。俺がそないなことするわけないやん」と侑士は軽く応じて笑っていた。

「いい先生だね」

 戻ってきた侑士に囁けば

「沢田ちゃん、若いけど頼りになる先生なんやで」

 と答えが返って来た。なんで高等部の先生を侑士が知ってるんだろうと思ったけど、氷帝は中等部でも高校カリキュラムの授業があって、その政経の授業を沢田先生は担当していたらしい。

「ね、もしかして、学籍番号も成績順?」

 クラス分けはそうだと聞いてたけど……。

「ああ、せやで」

 そう言って侑士は自分の学生証を見せてくれる。学籍番号は『200813003A』。

「多分跡部は200813002Bやろな」

 ということは、最初4桁が西暦、次の2桁が学年、次が成績順位、最後がクラスってことかな。確か幼稚舎(通常の幼稚園と小学校)からあるってことだし。そうすると幼稚園が年少・年中・年長、小学校が6学年、中等部が3学年で12年だから、高等部1年だと13か。かなり成績順を重要視するのかな。

 とはいえ、氷帝はそもそもが政財界のそれなりにいいところの子供が通う学校だから、一般的な進学校に比べれば『偏差値』的な頭のよさを重視はしていないみたい。生徒たちも『いい成績をとって良い大学に入り、良いところに就職』なんてことを考えてはいないらしくて、偏差値が高い割にはのびのびとしているけど。ま、雇われる側ではなく雇う側の立場の人が多いからかな。

 そんなことを考えている間に学生証配布は終わった。沢田先生はそれぞれの生徒に一声ずつかけていたから、ちょっと時間は掛かったけどね。

「じゃあ、明日以降の予定を伝える」

 そう言って先生は黒板に予定を書き始める。結構タイムスケジュールも細かいので、生徒手帳のスケジュール欄には入りきらないから、ノートに書き写していく。

 明日は……『教職員評価システム説明会』……? なんだこれ。まぁ、説明会で解るだろうけど。その後にHRが2時間あって、終了。で、明日が金曜だから、明後日とその翌日は休み。月曜は……げ。学力テストか。科目は国語数学英語。理科と社会はなしか。理科や社会を差別しちゃいけませんよー。まぁ科目が少ないことに文句はないけど。でもどうせなら数学も辞めようよ(こら)。火曜は1日、身体測定と体力測定……。つまりスポーツテストか。うーん、スポーツテスト嫌いだなぁ。水曜は新入生歓迎会があって、この日から部活の仮入部が出来るとのこと。

 で、木曜から授業スタートか。

 時間割も配布されて……。カリキュラムは私が通ってた公立高校とは流石に違うな。まぁ、卒業して10数年経ってるから学習指導要領も変わってるしね(確か8年に1度大改定あるはずだし)。それに流石はセレブな私立高校だわ。1年での必修は国語総合、数Ⅰと数A、世界史と地理、理科基礎と化学Ⅰ、英語はオーラルコミュニケーションと英語Ⅰ、それから家庭科と保健体育。選択が芸術と第二外国語。私は芸術は音楽で第二外国語はドイツ語。2年以降は各科目選択が増えるみたいね。情報処理系もあるみたいだし。

 そして部活若しくは委員会は必ず入ることになってるけど、これは既にテニス部に入ることは決定してるし、生徒会に入ることもほぼ確定だし問題ないか。

「じゃあ、今日はここまで」

 沢田先生の言葉でHRが終了する。さて、じゃあ、行きますか。