入学式(跡部視点)

 桜の花びらの舞う中、新たな一歩を踏み出す。持ち上がりだからあまり新鮮な気持ちはないはずだが、やはり入学式ともなればそれなりに気持ちは引き締まる。今日から、高等部。全国制覇に向けての新しい日々の始まりだ。






 校舎の前には人だかりが出来ていた。クラス分けが掲示してあり、皆それを見ているのだろう。

「おっはよー跡部~」

 後ろから声が掛かる。振り返らなくても判る。慈郎だ。その後ろから、滝、宍戸、向日も現れる。

「やっぱ、跡部A組?」

「いや、俺はBだ」

 そう答えると、慈郎たちは驚いたように俺を見る。高等部では上位60人のみは成績順でクラスが分けられ、奇数順位がA、偶数順位がB。つまり俺は2位以下ということになるからだ。

「今年のトップは長岡だ」

 俺と忍足しか知らなかったこと。ああ、もう長岡も知ってるか。

「彰子ちゃんそんなに頭良かったんだー」

 全員長岡が秀才であることは知っていたが俺より上とは思っていなかったのだろう。

「ま、俺らはAもBも関係ねぇからな。クラス見てくっか」

 宍戸の言葉をきっかけに他のやつらもクラスを見に行く。因みに、全員がクラスは別だった。テニス部で同じクラスになったのは忍足と長岡だけだ。

「じゃあ、今年の新入生代表挨拶は彰子ちゃんなの?」

 掲示板から離れたところで屯し、誰も講堂には入ろうとしない。口にこそ出しはしないが長岡を待っているのだ。

「いや、辞退したらしい」

 例年、新入生代表挨拶はトップ入学者がやる。だから、学校側から長岡のところにもその話は行ったらしい。しかし、長岡は断った。理由は2つ。

 1つは目立つことはしたくないということ。今更遅ぇんだがな。俺たちの学年の間では長岡は既にそれなりの有名人になってる。トップ合格者であり、入学前からテニス部のマネージャーに内定している。更に俺が副会長に指名するという噂も流してある。

 でもまぁ、極力人前に立つことは避けたいのだろう。

 そしてもう1つの理由は、長岡らしい配慮と言えるだろう。外部生の自分が挨拶するよりも、俺がやったほうが色んな意味でいいと。自分は副会長になるのだから、そのほうが俺の片腕という印象を付けるにはいいとも。

「実は面倒臭いことを跡部に押し付けてるだけなんだけどねー」と笑ってはいたがな。

「彰子ちゃんらしいよね」

 滝がクスクスと笑う。

「皆、ここにいたんだ」

 そこに長岡と忍足がやってくる。当然ながら氷帝の制服を着た長岡と、これもまた当然のように忍足が横に並んでいる。

「うわー、彰子ちゃん可愛E~。似合ってるC~!」

 慈郎が長岡に抱きつこうとし、それを忍足に阻止される。この2ヶ月で見慣れた風景。

「おはよ、ジローちゃん」

 ニッコリと笑って慈郎をかわし、俺たちに向き直る。

「おはよ、皆」






 忍足と長岡が来たところで、全員講堂へ向かう。入学式の前に各教室に集まるなんて面倒なことはなく、直接講堂に集合するのだ。

「……跡部先生、注目を浴びてる気がします」

 ボソリと長岡が呟く。

「気がするんじゃねぇ。浴びてるんだよ」

「……地味に生きていきたいのに……」

 長岡の後ろで滝がプッと笑いを漏らす。

「跡部に眼ぇつけられた時点でそれは無理やな、諦めぇ」

 忍足も苦笑する。

 まぁ、注目を浴びるのも無理はねぇ。長岡の両サイドには俺と忍足。その後ろには慈郎、宍戸、向日、滝とテニス部が揃ってるんだ。目立たないほうが可笑しい。

「女の子の視線が痛い」

「そのうち快感になる」

「そんなん、跡部だけや」

 忍足の野郎は周囲にガンを飛ばしまくってる。長岡の美貌に注目している男どもを牽制しているのだろう。

「うわー……なんか全身に視線の針が無数に突き刺さってる感じだわ」

 いいかげんうんざりしたかのように長岡は言う。開き直ったのか、それまで若干俯き加減だった顔を上げて。

「なーんか、これから『跡部様に近づかないで』『忍足君に馴れ馴れしくしないで』とか言われちゃうのかな」

 はぁ、と溜息をつく長岡。

「なんだよ、それは」

「モテまくる男の近くにいる女はそう言われるのが少女漫画の王道」

「そんな心配はいらねぇ」

「せやで。大丈夫、彰子が近づいたやのうて、俺が惚れてまとわりついてるいう噂流したるから」

 ……それは女どもよりも野郎どもに対する牽制だろうが。それに『流したる』じゃなくて『流しとる』じゃねぇか。

「せやから、彰子が悪いんやないし。そもそも誰と誰が側にいてたかて関係ないやん」

「まぁ、そうだけどね。女の子の不思議論理にはそんなもの通用しないのよ」

「不思議論理ってなんだよ」

 宍戸も口を挟んでくる。

「んー。例えばね。景子ちゃんと侑子ちゃんという2人の女の子がいました。景子ちゃんは亮君を好きになりました。でも実はずっと前から侑子ちゃんも亮君を好きでした。そこで侑子ちゃんは景子ちゃんに言いました。『私のほうが先に亮君を好きになったんだから、景子ちゃんは身をひいて』 とまぁ、こういう感じ」

 なんだ、それは。あまりの話に全員呆気に取られている。それに、なんだ、景子、侑子、亮って……。俺と忍足と宍戸か?

「実際にあるんだよ。私も似たようなことあったもん」

 長岡はそう言う。

 何でも長岡の幼馴染が好きになった男と長岡は親しかったらしい。そして幼馴染がその男を好きだったことを知っていた女の後輩が『○○ちゃんが▲▲くんを好きなこと知ってるのに、▲▲くんと仲いいなんて、長岡さんは酷い』と言ったらしいのだ。なんだそれは……。

 長岡にしてみれば、晩生な幼馴染も自分がそいつと話していれば一緒に話しやすいだろうと、幼馴染を思っての行動だったらしいんだが。

「私は純粋にそいつとはチームメイトだったの。幼馴染もそれ知ってたし、私が他に好きな人いるのも知ってたしね」

『他に好きな人』と長岡が言った瞬間、忍足がピクリと反応したのが笑える。

「ま、女の子の中にはそういうわけの判らない思考回路してる子もいるわけ。で、そう言う子たちにかかると、仮令侑士が私に近づいてるんだって噂があったとしても『忍足君を誘惑しないで!』って、どっちにしろ私が悪者になっちゃうのよね」

 そういう思考回路の子たちとは親しくする気もないから別にいいんだけどね、と長岡は笑う。

 まぁ、心配はいらねぇだろう。こいつは口はともかく、見た目は抜群にいいし、頭もいい。そこらの女どもが悪者にしようとして出来る女じゃねぇからな。

「せやけど、チームメイトって何のチームなん?」

「スイミングクラブに小学校から中学3年まで通ってたから」

「体が弱かったんじゃねぇのか?」

 ああ、と長岡は笑う。

「私の場合、何処が悪いというわけでもなかったからね。健康管理と体を丈夫にする為ってことでスイミングクラブに通ってたの」

「えー、彰子ちゃん、水泳やってたんだー。俺彰子ちゃんの水着見たいC~」

「ジロちゃん……なんかそれセクハラっぽい」

「っぽいやのうてセクハラや」

「ジローって、結構なんでもなくスケベ発言するよね」

「だって男だC」

 そんなことを言いながら、いつの間にか講堂についていた。

 講堂ではクラスごとに着席するのだが、着席順は通路側から成績順。高等部では何かと入学時の成績が物事に影響し、学籍番号もクラスの出席番号も成績順なのだ。A組の長岡と忍足は一番前の列、俺はBだからその次の列。長岡も俺もクラスでは1番だから、当然席は前後になる。

「やっぱ、氷帝って無駄に贅沢だよね。なに、このふかふかの座席」

 氷帝の講堂は劇場のようなものといえば判りやすいだろうか。しかもオペラやクラシックコンサートをやるような格式高い劇場。

「普通の高校だったら、講堂=体育館で、椅子といったらパイプ椅子だよ」

 ……パイプ椅子なんて、氷帝には置いてないぞ。ブツブツと零す長岡。貧乏臭いならともかく何故これで文句をいうのかが解らねぇ。部の備品に関してもやたらと値段に拘りやがったし。

「跡部、新入生代表挨拶やるんだよね」

「ああ、何処かの誰かが俺に押し付けやがったからな」

「面倒臭いんだもん。それに私ほら、シャイだから」

「……ウン、ソウヤネ。彰子ハしゃいヤネ」

「なんで片言になるのよ、侑士」

 忍足を一睨みして、長岡は言う。

「で、やっぱり『俺様についてきな』とか言うわけ?」

「誰が言うか、阿呆」

「えー、じゃあ、跡部コールの中、指パッチンは?」

「するわけねぇだろ。……まさかお前、それを期待して俺に挨拶押し付けたんじゃねぇだろうな」

「ははは。そこまでは考えてないよ。ただ単純に人前で話したりするの苦手なだけ」

 どうだか。こいつと知り合って3ヶ月にも満たないが、段々こいつが解ってきた。

 マネージャーとしては文句なく有能だ。恐らく副会長としても有能だろう。見た目は美少女だが……少女という感じではないか。同年齢と比べて遥かに大人びてる俺や忍足と並んで違和感がないのだから、やはり大人びてる。何かをするときには冷静沈着で、青学の手塚といい勝負じゃねぇかと思うくらいだ。

 だが……普段のこいつは、見た目を裏切る。何よりこの俺をおもちゃにしてる節があるからな……。慈郎や向日は完全に小動物扱いだし、日吉や宍戸も時折揶揄われている。滝とは気が合うみたいで普通に揶揄うこともなく話をしてるな。

 唯一甘えを見せるのが、忍足というところか。






 入学式も無事に終わり、それぞれが教室へと入っていく。

「長岡、HRが終わったら生徒会室に行くぞ。その後テニス部だ」

「了解。……って、もう今日から部活参加?」

「いや、今日は手続きだけだな」

 中等部と同じ部活に入る場合は入学前に手続きをとることが出来るから、即日入部可能だ。だから、俺たちは既に入部していることになる。後は長岡の手続きと、俺が部長になるための『手続き』だ。

「解った。じゃ、跡部、また後で」

 そうして、長岡はヒラヒラと手を振ると、忍足とともに教室に入っていった。中等部のときとはまた違った意味で、楽しい学生生活になりそうじゃねぇか。






 そう、この高校3年間は、良くも悪くも色んな意味で長岡を中心に周っていくことになるのだった。