入学式前日(忍足視点)

 早いもんで、彰子と知り合うてからもう3ヶ月が過ぎた。あっという間やったなぁ。




 合格した後、テニス部の臨時マネージャーをやっとった彰子。卒業までの期間やったから、1ヶ月くらいやってんけど、その間の彰子の働きは俺らの期待以上やった。なんせ……跡部をさえ抑えこめたんやから。

 彰子は部費が浪費されとることに驚いて部内改革に乗り出した。色々と備品購入のルールを定め(どこでどんな風に購入するのかとか)、こまごまとした備品のメーカーや種類を書き出してた。それは部長である日吉と副部長である鳳に託され、来年度からテニス部の部費は約500万円は削減できるはずと言っとった。500万って……そんなに浪費しとったんかい。

 中でも彰子が堅く戒めとったのが、備品を跡部や監督のポケットマネーで購入することやった。これまで部内のことは跡部が全部やっとって、それを樺地が手伝っとった。せやから、何処からドリンクを仕入れとるとか、薬やテーピングテープ、はたまた洗剤やらなんやらが何処から出てるもんなんか全く意識してへんかった。けど、それは本来出るべき部費からの購入ではなく、跡部が身銭切ってたらしいんや。跡部にとっては大したことない金額やったんかもしれへんけどなぁ……。

 せやけど、これには彰子が烈火のごとく怒った。その場には俺と跡部しか居ぃひんかった。部活が終わると彰子は部誌を纏めるために残っとることが多かったし、俺もそれに付き合うて残ってた。跡部は彰子が纏めた部誌を見て翌日以降のトレーニングの調整をするから残ってたんや。そのときに彰子が言うた。

「今後、跡部がポケットマネーで備品買うの禁止」

 そう言って彰子はノートPCの画面を見せた。そこには約1年の間に本来なら部費で購入されるべき備品を跡部が買ってた記録が入ってた。

「部誌から割り出した、跡部が買った備品のリストと値段。半端じゃないでしょ」

 確かになぁ……。これ一般家庭の年収くらいあるんとちゃうか。

「だから……?」

 別に大したことじゃないとでもいうように跡部は問い返す。実際跡部にとったら大した事やないんやろう。せやから彰子の意図が解らんようやった。俺はなんとなく解る気がしたんやけど、彰子の意図はそれだけじゃあらへんかった。

「先ず第一に部という集団のことで1人が身銭を切るのは可笑しいことよ。必要ならば部員から徴収してそれで賄うことだわ。それ以前に部費使え」

 これは俺も予測してた理由やった。けど、それだけじゃ終わらんかった。

「今は跡部がいるからいいのかもしれない。でも、今後はどうなるの?」

 彰子はそう言うた。部員は……俺を含めて、跡部が買うのを当然のように受け止めとった。部費から出てるのか跡部個人から出てるのかなんて意識したことあらへんかった。

「部費ってね、かなり贅沢に支給されてる。跡部の放漫備品購入でも問題ないくらいにね。だけど……日吉やチョタは部費の使い方良く判ってなかったよ」

 全て跡部がやってきたから。しかも跡部が部費を申請せずに自分で払ってきたから。そう彰子は言う。

「跡部のやり方だとさ、今度は日吉やチョタが身銭切らなきゃいけなくなるって、判ってる?」

 思いもしなかったことを彰子は言うた。それは跡部も同じやったようで、驚いたように彰子を見る。

「…………考えもしなかった」

「だろうね。跡部は跡部のやり方で部のことを考えてたわけだし。部員を煩わせたくなかったんでしょ」

 彰子は優しく微笑む。

「でも、それは跡部がずっと居ることが前提。跡部はいつかここから去るんだよ。実際に中等部からはもう間もなく居なくなるんだし。全国優勝とか、そう言うことじゃなくて、部の運営ってこともちゃんと後輩のことを考えないとね」

 彰子は諭すように言う。

「暫くは日吉もチョタも悩むだろうから、高等部に行っても私時々こっちに顔出すね」

「ああ……頼む。済まない、長岡」

 滅多なことじゃ謝罪なんて口にせぇへん跡部があっさりと謝罪する。まぁ、誤解されやすい俺様やけど、悪いと認めたときにはちゃんと謝ることの出来る奴なんや。

「いいよ。ちょっとしか接してないけど、日吉もチョタも可愛い後輩だもん」

 彰子はニッコリと笑う。

「但し跡部、高等部で同じことしないでよ」

「大丈夫だ。同じミスはしねぇ。第一お前がいるんだ。そんなことさせねぇだろ」

 このときからやと思う。跡部が本当の意味で彰子を信頼するようになったんは。




 勿論それだけやなかった。彰子は本当によう働いた。ちっともじっとしてることあらへんかった。既に選手としては中等部では引退して後輩の指導だけの俺らよりもずっと忙しかった。長い髪をなびかせて広いテニスコートを走り回って部員の状態を確認し、備品を整え、怪我をすれば的確に手当てをしてくれる。元気のない部員を見かければ話を聞き、部活以外の相談にも乗ってたらしい。

 2日目には新レギュラー全員と各グループのリーダーの名前と顔が一致しとったし、1ヶ月終わる頃にはほぼ全員の顔と名前を覚えとった。レギュラーも平部員もわけ隔てなく接し、『所詮レギュラーの為のマネージャー』と諦めとった平部員もすっかり彰子のことを信頼するようになってた。

 俺らが卒業式を迎え、最後の部活に出た日に彰子も中等部のテニス部と別れたわけやけど、そのとき部員たちは俺たちとの別れ以上に彰子との別れを惜しんどった。

 彰子やったら、確実に高等部でも同じように働き、同じように部員皆から信頼されるマネージャーになるやろうと俺たちは確信しとった。




 春休みになると、俺は毎日のように彰子の部屋に行っとった。残念なことに俺だけやのうて、何故か跡部・宍戸・岳人・ジロー・滝も一緒なことが多かったけどな。

 これまで彰子は休みに友人と過ごすことはあまりなかったらしく、最初は戸惑ってたみたいやったけど、段々慣れたみたいやった。彰子はパソコンのオンラインゲームやってたらしく、「折角の休みなのに、皆がくるからINできない」なんて、最初は文句言うてたけどな。でも、俺らが来ると楽しそうにしとった。




 皆でディズニーランド行こう言う話になったんは、何がきっかけやったかなぁ。なんかでディズニーランドの話題になって、彰子が行ったことないゆうたから、それなら皆で行こういうことになったんや。学校が始まればテニス三昧でそないな時間も取れんようになるから、この休みがチャンスやった。

 行ったことがない言う彰子の為に、皆で1泊で行こう言うことになった。それやったら夜のパレードも楽しめるからな。突然決まったことやったけど、幸いホテルもちゃんと取れて(跡部のお陰やな)、総勢7人で行くことになったんや。

 当日は彰子もごっつう楽しそうにしてた。弁当作ろうかと張り切っとったんやけど、1泊するから荷物にもなるし、そこでしか食われへんもんもあるからいうて、結局なし。彰子の手料理は楽しみやったけど、他のやつらに食わせるのも面白うないから、まぁええかと思うた。

 彰子はデジカメ持ってきてて、ジローがDVカム持ってきとったから、写真もムービーもいっぱい撮ってた。写真もムービーも後日彰子がPCで編集してくれた。写真はコメントをつけたり台詞をつけたりした加工済みでアルバム仕立て。ちゃんと表紙もついてた。ムービーも編集されとって、ちゃんとタイトルとBGMつきやった。そしてそれを全員分DVDに焼いてくれとった。

 どの写真もムービーでも彰子はごっつう楽しそうやった。

「すっごく楽しかったの!」

 彰子はそう言うて笑ってた。こんな笑顔が見れるんやったら、皆で彰子と遊ぶんも悪くはないなぁと思うたんや。そりゃ、彰子と2人だけで色んなとこ行きたい、デートしたいって思わんわけはない。せやけど、彰子が一番喜んで一番楽しめるんは、『皆で遊ぶこと』なんや。




「彰子ちゃんいないとつまんないC~」

 ごろごろと転がりながら、ジローがぼやく。

 今日は彰子は神奈川に行っとる。仁王と幸村に会うんやと言うてた。正直面白うないけど、俺に彰子を束縛したり行動を制限する権利はあらへんよって、なんも言えんかった。

「なーんか、一緒にいるのが当たり前になってるもんなー」

 格ゲーで宍戸と対戦しとる岳人も言う。

「久しぶりに彰子先輩に会えると思ってたのに……」

 鳳は尻尾と耳が垂れとるし。1、2年ももう春休みに入っとるよって、今日は鳳と日吉も樺地もいてる。つまり、旧レギュラー全員揃っとるっちゅーわけや。因みに俺の部屋やねんけどな。

「そう言えば、長岡は副会長の件OKしたのかよ」

 ピコピコとコントローラーを操作しながら言うんは宍戸。

「ああ、受けたぞ。昨日メールが来てた」

 跡部は優雅にソファに座って読書しつつ、宍戸に答える。つーか、読書やったら自分ちでやれや。

 昨日、跡部が副会長に彰子を指名することを言うたんやったなぁ。最初は嫌がっとった彰子も、理由を知ったら受けてくれたんやけど。

「もう一つの提案は断られたがな」

 跡部は俺を見ながらニヤリと笑う。

「へぇ。断られたんだ、忍足。残念だったね」

 クスクスと滝が笑い、

「激ダサ」

 と宍戸まで笑う。

「……うっさいわ」

 当然俺は不機嫌になる。

「だってさー、忍足のあれは下心ありまくりだC~~」

「だよなー」

 ジローも岳人も五月蝿いわ。

「ファン対策に、忍足先輩が恋人の振りをする……でしたっけ。馬鹿ですね、あんた」

 日吉、一遍先輩に対する礼儀叩き込まんといけんようやな。

「まぁ、着眼点は悪くない……こともないですけどね」

 フォローするかのように言う鳳。

「言い出したんは俺だけやあらへんやろ! 跡部かて滝かて『いいかもしれない』言うてたやないか!」

 マネージャーとなった彰子を守る為に、俺らは考えられる限りの手を打つことにしてた。それが生徒会副会長への指名でもあり、レギュラー陣の名字の呼び捨てであったわけやけど。

 けどな、俺お隣さんやから登下校一緒やし、お互い名前で呼び捨てやし。確実に俺のファンからは余計に目ぇつけられる要素多いねん。せやから、いっそ『恋人っちゅーことにしたろかな』と思うたんや。入学前から一緒にいてるところはファンも見とるし、彰子をテニス部に紹介したんも俺やってばれとるしな。

 実は以前から恋人で、恋人が氷帝に入学してきましたーいうことにしようかと。テニス部メンバーも認めとる恋人、学校内公認カップルやったら、手出ししにくいやろ? しかも彰子はあんだけ美人さんで、頭もええんやから、俺やったらお似合いのカップルやんか! そう言うたら、跡部も滝も「いいかもしれない」って言うたやんか!!

 で、まぁ、昨日彰子にそれ言うてみたんや。俺と恋人やと誤解させとく。但しお互いにはっきりと恋人とは明言せん。ってな。俺としては恋人と明言したいところやったけど、流石にそこまで嘘はつけへんしな……。

 それに彰子も『恋人なんて誤解されたら、侑士に好きな人出来たとき困るよ』って心配してくれとったし……。というか、俺が好きなんは彰子なんやけど。彰子は全くこれっぽっちも気付いてへんことがこれではっきりしたわ……。

 これには『恋人と明言しとらんかったら、なんとでも言えるやん。誤解されとったほうが面倒も少なかったから否定せんかっただけやとかな』というたんやけど。結局彰子は『そこまでしなくても大丈夫でしょ』言うて断った。

「大体下心バリバリなんだよ」

 ケケケと笑いながら岳人が言う。

「そうそう。自分だけ彰子って呼んで俺たちが呼ぼうとしたら睨むC~。自分だけ侑士なんて呼ばせてるC」

 ええやんか、別に……。

「激ダサだな、忍足」

 うっさいわ。

「ファン対策と言うよりは、彰子先輩に虫がつかないようにしたかったんですよね」

 ……悪いか。

「既についてるけどな。仁王って厄介なのが」

 フフンと鼻で笑う跡部。

 ……くそー。

「大丈夫だろ。跡部と忍足が横にいるのに彰子ちゃんに手を出そうって根性のある奴なんていないだろうし」

 滝が宥めるように言う。滝、ええ奴やな……。

「ま、忍足が恋する馬鹿男になったのには笑わせてもらったけどね」

 ……前言撤回や。

 ……ちょ! 樺地。なんや、その可哀想なものを見る目は!

 結局、彰子が8時前に帰宅するまで、俺は散々揶揄われたのやった。







 賑やかやった春休みもあっという間に終わりを告げ。そうして、愈々、明日は入学式。俺らの楽しい高校生活の始まりや。