よろしゅう、マネージャー(忍足視点)

 昨日が合格発表で。今日から俺らに彰子がマネージャーとしてつくことになった。正確には高等部でマネージャーをやる為に今は見習みたいなもんやねんけど。

 彰子をマネージャーにする言い出したんは跡部やったけど、もし跡部が提案しぃひんかったら俺が跡部に言うつもりやった。絶対彰子は有能なマネージャーになる思うてたし。

 それに何より、人付き合いが苦手やという彰子に友達作ってやりたかったんや。既に俺と仲良うなってる彰子は、そのまま入学したら多分俺のファンクラブに目ぇつけられる。勿論、放っとく俺やないけど……。厄介なことに俺のも跡部のファンクラブもそれなりに女子生徒に影響力持ってる奴らいてるから、そうなると中々彰子が入学後に女子生徒の友達は作りにくいやろう……なんてことも想像がついた。

 せやから、テニス部のマネージャーにするんがええと思うたんや。テニス部の連中なら、信頼出来る。彰子の友達になれる、思うてな。まぁ、思いのほか岳人やジローが懐いてもうて、ちょっとおもろうないんやけど。

 今日から彰子が来るいうて、ジローは珍しく目ぇ覚ましとるし、岳人もなんやいつもにもまして飛び跳ねとるし。

「彰子ちゃんがマネージャーなんて楽しみだC~」

 やっぱ、女の子のマネージャーがいてると張り合いあるわな。しかもそれが、俺ら目当てやのうてちゃんと働いてくれるマネージャーで、おまけに俺ら皆が気に入ってとる女の子なんやから。

 そう、皆彰子のこと気に入っとるんや。これまで散々マネージャーでは苦労して、マネをとらんようになって1年半。途中何度かマネをとろうかという話も出たが、全員が否定的やった。

 けど、彰子に関しては跡部の提案に誰も否といわんかった。

 その日に知り合うたばかりやったけど、誰もが彰子の人柄に触れて感じてたんやと思う。彰子なら信頼出来るってな。




「こんにちはー! ……って皆早いんだね」

 明るい声とともに部室のドアが開き、彰子が現れる。いつものコートに下はジーンズ。

「部活って、4時からだよね?」

 今は3時。せやけど、部室には3年メンバーが既に集まっとる。3年は殆ど授業あらへんからな。

「彰子ちゃんかて、早いやん」

「うん、部活スタート前に色々準備しなきゃいけないかと思って」

 そういって彰子は荷物を何処に置こうかと視線を彷徨わせる。

「長岡、こっちだ」

 跡部が彰子を手招き、トレーニングルームへと連れて行く。レギュラー用部室に女の子が着替える場所なんかあらへんから、暫定的にトレーニングルームを彰子の場所にすることになってたんや。やっぱ、野郎共と同じ場所で女の子を着替えさすわけにはいかへんからな。因みに高等部には跡部が指示して、レギュラー用部室の一部を改築してマネージャー用の更衣室を作らせとる。今日から工事始まっとるはずや。

 で、彰子が着替えとるうちに俺らも着替える。まだ制服やったから。俺らが着替え終えた頃、彰子もトレーニングルームから出てきて。手にはノートPCとノート、1冊のファイルが握られとった。

「えっとー……今日からよろしく」

 改めて、と頭を下げる彰子。

「こっちこそ、よろしゅうな、彰子ちゃん」

 俺らもそれに答える。

「じゃ、早速準備に取り掛かるから。先ずはドリンクなんだけど」

 レギュラー陣はドリンクは各自のボトルがある。それぞれがドリンクの好みなんかもあるねんけど……。

「それって非効率的だよね」

 スパっと切り捨てる彰子……。確かにレギュラー・準レギュラー12名の個々のボトルを作って、なくなる度に補充やと手間は掛かるわなぁ。

「レギュラー専用マネージャーならそれもありかもしれないけど」

 彰子はいつの間にか机について、ノートPCを立ち上げてなにやら記入しとる。

「とりあえず、ドリンクの好み教えて」

 と、そこにいる全員から好みを聞き出す。序にまだ来てへん2年の分も。

「ポカリとアクエリアス半々か。濃い目好みは少ないね」

 メモをとってなにやら頷いとる。

「じゃあ、タンクにちょっと濃い目の2種類を作って、それとは別に水だけのタンクも準備しとくから、各自ボトルにドリンク入れて水で薄めて好みの濃度に調整ってことで」

 ……まぁ、確かにそれやとマネージャーの手間は若干省かれるな。

 それから彰子は立ち上がり、タンクを確認に行く。レギュラー用には6リットル用のウォータージャグが3個あるし、平部員用には10リットル用が20個ある。(というか、彰子が確認して解ったことやけど)

「……凄い消費量になるねぇ……」

 ずらっと部室に並んだタンクを見て彰子は呟く。……確かに。

「ドリンク粉末って……1リットル1袋よね……」

 ということは……と彰子はなにやら計算。単純に半分ずつにしてもレギュラー用が6リットル、平部員が100リットルなわけやから……。確かに1日に1種類106リットルって凄い量やな。

「…………ベーキングパウダーで作ったろか……」

 ぼそりと呟いた彰子が妙に印象的やった。




 とまぁ、そんなこんなで、備品を色々確認して。備品の発注先も跡部に確認をして。「高いっ」なんてことを連発してた彰子。

「備品はいかに安く大量に調達できるかが正しい部活の備品購入なんじゃないの!?」

 と跡部に食って掛かり、庶民派の宍戸なんかはうんうんと頷いとった。跡部は金に無頓着やからなぁ……。

「……わかった。長岡に任せる」

 彰子の勢いに跡部も押されとったな。珍しいもん見たわ。

「跡部くん、台車プリーズ」

「……何に使うんだ」

「タンク20個なんて運べるわけないでしょ。少しでも時間短縮するために複数個一度に運べるようにしたいの」

「……準備する」

「そうして。平部員のタンクは部室前に置いておいて、各グループごとに2種類1個ずつ持っていかせればいいとして……レギュラーは……」

「…………俺らが持ってく」

「ありがと、跡部君。話が早くて助かるわ」

 ………………やっぱ、彰子は有能なマネージャーになると全員が確信しとった。とはいえ、今日は台車がないわけで、ドリンク作りは3年全員で手伝うことになったんやけどな。




「さっきの跡部の顔、傑作やったわ」

 彰子とタンクを運びながら俺は思い出し笑いしとった。

「そう? でも、なんかお坊ちゃま学校なんだなーと改めて思っちゃったわ」

 彰子はそう言う。備品に不要な金が掛かりすぎてるということらしい。今日は帰宅したらネットで少しでも安く備品を揃えられるところを探す言うてるし。

「なぁ、彰子ちゃん。1つ頼みあんねん」

 部活が始まる前に言うておきたいことがあった。できるだけ早いうちに。

「ん? どうしたの、侑士君」

 急に声のトーンが変わった俺を彰子は不思議そうに見る。

「彰子ちゃんやのうて、彰子って呼びたいねんけど、あかん?」

 そう、昨日仁王が呼び捨てにしとるの知ってから、俺の中でも彰子と呼びたいっちゅう欲求が強うなっとったんや。

「なんや、俺、『ちゃん』付けで呼ぶんが気色わるうてな。柄やないっちゅうか……」

 ホンマはそないな理由やあらへんけど、こう言えば彰子は拒否せんやろと思うて。

「ん、いいよ。私もそうだったんだ。なんか、彰子ちゃんなんて呼ばれなれないから、背中がゾワゾワとこそばゆかったんだ」

 彰子は笑顔でそう言う。

「俺のことも侑士でええよ」

「助かるー。自分のちゃんづけよりも、実はキモかったんだよね。君つけって。なんか自分がぶりっ子してるみたいで。それこそ私のキャラじゃないーみたいな感じ」

 意外にあっさりと、拍子抜けするくらいにあっさりと彰子は名前呼びをOKしてくれた。それだけ俺には心許してくれてるんやろうかと思うと嬉しゅうなる。

「跡部君とか、宍戸君、滝君っていうのも、私としてはちょっと呼びにくいんだけどね。まぁ、そのうち呼び捨てにしちゃうかも。跡部ー! とか」

「けごたんとししどんやなかったんかいな」

「第一希望はそれなんだけど、呼んだら絶対怒りそうじゃない?」

「せやなー。けど、跡部をけごたんって呼ぶ奴いてたら、ある意味最強やで」




 タンクを運び終え部室に戻ると、1、2年のメンバーも既に来てた。

「あ、チョタ、樺地君、ピ……日吉君、今日からよろしくね」

 彰子……日吉の前に何ていうた……? ピって……。

「彰子先輩、今日からよろしくお願いします!」

 鳳はかなり彰子に好意的らしくて宍戸に接するときのような大型ワンコ化しとる。

「あー、跡部君、ちょっと頼みがあるんだけど」

「……なんだ」

 今度は何を言われるのかとちょっと腰が引けとる跡部が笑える。備品やタンクについてのやり取りを見とる俺ら3年はニヤニヤ笑うとるし。

「一応ね、付け焼刃でスコアのつけ方は見て来たんだけど、さっぱり解らないの。教えてもらえるかな」

「スコアはそれぞれ記入係りがいるからな。長岡はそれを纏めればいい」

「でも纏めるにもある程度知識はいるでしょ?」

「実際に付けながら教える。そのほうが解りやすいだろ」

「そうだね。じゃあ、そのときによろしく」

 今度は跡部が押されることのない会話やったが……。

「あと、もう1つ」

「…………今度はなんだ」

「名前なんだけどさ、呼び捨てにしたらやっぱりイヤだよね。跡部とか宍戸とか、滝、とか……」

 あー、さっき言うてたことか。

「なんかね、慣れないっていうか……キャラじゃないというかさ。私、自分で『跡部君』とか言ってると背筋がゾワゾワーっとなるんだよね。自分で気持ちワルッって……」

「なんだ、俺様を景吾とでも呼びたいか」

「ケゴタン、若しくは貴様何様跡部様なら呼びたい」

 ………………腹筋の訓練しとる気がしてきた。周りも必死で笑い堪えとるし。

「………………長岡………………」

「それは冗談として、跡部って呼んじゃうと拙いかな? イヤなら跡部君で通すけど」

 そう尋ねる彰子は、跡部自身が呼び捨てにされることをどう思うかとともに、自分が跡部を呼び捨てにすることで周りがどう思うかも考えているようやった。流石は彰子。

「俺はイヤじゃねぇし、問題はねぇよ」

「俺も宍戸でいいぜ。ししどんはゴメンだけどな」

「僕も滝でいいよ。萩でもいいし」

 呼び捨て許可を求めた3人からOKが出て彰子はホッとしたようやった。……跡部が呼び捨てを許可したのは、これも彰子を守る為の1つの策やろう。マネージャー・生徒会副会長で跡部の片腕であることを印象付ける。そしてその片腕が女ながらも跡部を呼び捨てにしていたら、それはより『跡部と対等』であること、それを跡部が認めていることを印象付けることになるからな。ある意味、景吾と名前を呼ばせることよりもそれは意味がある。

「先輩方、そろそろ練習を始めますが」

 それまで無言だった日吉が口を開く。

「日吉君。ピヨって呼んでいい?」

「日吉でお願いします」

 ピヨ……って、さっきそれを言いかけてたんかい。因みに樺地は樺ちゃんと呼ばれることになったらしい。





 そうして、彰子は俺らのマネージャーになったのやった。