ここはどこ。
トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
……眼を覚ました麻幸己はそんなことを思った。
いや……雪国ではない。第一、トンネルを抜けた記憶もない。
だが……その風景はあまりにも見慣れぬものだった。
まぁ、漫画やブラウン管、スクリーンではある程度見慣れている風景ではあるが。
(ここは何処、私は中津川麻幸己……)
「娘……大丈夫か……?」
どうやら自分を起こしてくれたらしい人物の声がする。
その、腰が砕けてしまいそうな美声に麻幸己は呆然とする。
はっきり言って麻幸己は声フェチだ。いい声はいい顔以上に大事だと思っている。
その、声に五月蠅い麻幸己をして鳥肌を立たせるほどの美声。
耳元で「愛してるから、あいつ殺してくれ」と言われたら、素直に言うことをきいてしまいそうなほどの凶悪な美声である。
が、呆けていたのも一瞬。
「えっと……大丈夫です」
そう応える麻幸己。
にしても……娘……ねぇ。当年とって30ん歳の女性を捕まえて、『娘』とは……。
それにしても……自分は寝ていたようだ。しかも、道端に。
麻幸己は周囲を見回し、ここが少なくとも目覚め以前に自分がいた場所ではなさそうだということを把握する。
(ってことは……これは夢かしら)
だが、それにしては現実味がありすぎる。
何となくだが……夢かそうではないかは、解る。
紛れもなく自分は覚醒していて、別世界にいるらしい。
一度返事をしたきり、黙ってしまった麻幸己を不審に思ったのだろう、声を掛けてきた男が再び口を開く。
「……そなた、名前はなんと言う」
どことなく命令口調で言われ、麻幸己はカチンと来る。
「人に名前を聞く前に、ご自分から名乗るのが礼儀ではありませんか?」
顔を上げ、目の前の人物を見上げる。
その瞬間。
麻幸己の全ての機能が停止しかけた。
(なななななななななな何、この超絶凶悪最悪最強最凶な美貌は!?)
ぶっちゃけ、そこらの美形なら日ごろから見慣れていた麻幸己だ。
王子様とさえ言われる某アイドル事務所のトップタレントたちと姉弟のような付き合いをしていたのだから。
だが、そんな彼らですら、目の前の美貌に比べたら、道端のぺんぺん草以下だ。
「ふむ……確かにそうだな。私は黄鳳珠という」
目の前の美貌が美声を発する。
美貌に美声。
麻幸己は眩暈を起こしかけた。いや、逝きかけた。
しかし、次の言葉で一気に覚醒する。
「幼い娘と思ったが……随分と大人びているな」
……はい?
一瞬思考が停止し掛ける言葉だった。
『幼い娘』
いや……私は30ん歳。
そう思った麻幸己だったが……はたと気づいて自分の体をみる。
ペタペタと顔や体や頭を触る。
そして、結論。
メルモちゃんーーーー!!!!
赤いキャンディ青いキャンディ知ってるかい~。
というわけである。
お若い方にはわからないだろうが、メルモちゃんが持っていた赤いキャンディを食べると10歳@1個年をとり、青いキャンディを食べると10歳@1個若返るというアニメが昔あったのだ。
原作は漫画の神様・手塚治虫大先生である。
つまり……麻幸己は25歳以上、若返っていた。
触った感じ、周りとの比較対照の結果……恐らく5歳くらいだろう。
あまりの常識の範囲外の出来事に、麻幸己は今度こそ、茫然自失。
再度目の前の青年から名を問われたときには
「我輩は人である。名前はまだない」
と、某明治の大文豪の名作の出だしをもじって応えていた。
「……行くところがないのか?」
こくん。
「……親はいないのか」
少なくともここにはいないから、こくん。
「では……私のところに来るか」
こくん。
何も考えず(というか、考えられず)頷いた結果。
中津川麻幸己、実年齢30代半ば・現在の肉体年齢その1/6は、黄鳳珠の御宅に厄介になることになったのである。
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