アンジェリーク

LittlePrincess

Babyぱにっく

「ねぇ、ロザリア?」

ゆっくりと私室で寛ぐ女王の相手をしていたロザリアは、(そら。来たわ)と身構えた。

いったい今度はなにを言い出すのか。女王が……というより彼女の親友である金色の天使がこんな甘えた声を出すときは、たいてい面倒なことが起きるのだ。

「何ですの、陛下」

「あのね……」

いつもならはっきりと自分の望みを伝えてくるアンジェリークが言いづらそうにしている。

(まぁ、宇宙も安定したし、レヴィアス襲来の後遺症も大丈夫だから、大概のことなら聞いてさしあげてもいいのだけど)

今までにアンジェリークがこんな声をして要求してきたことを思い出しながらロザリアは考えた。

★新しい服を仕立てたい(女王らしいとは言いがたい、普通の女子高生が好むようなもので、ロザリア&ジュリアスの大反対を受けた。結局、リュミエールとオリヴィエを巻き込んで要求を押し通した)

★主星で彼女が好きだったアイドルグループが解散するのでその解散コンサートに行きたい(大反対されたが、ゼフェルの協力により脱走成功。が、ロザリア&ジュリアスから大目玉。3日間おやつ抜きの刑)

★いたずらっ子妖精の為の祭で司会のアシスタントをしたい(そのことでゼフェルの脱走を食い止められたので結果オーライ)

などなど。

だが、恋人であるオスカーと2人きりで逢いたいなどの恋人のことに関する我が儘は言ったことがない。

(オスカーとどこかに出かけるくらいは許して差し上げてよ、アンジェリーク)

「ねぇ、ロザリア……。恋人がいた女王ってわたしだけよね……?」

だが、アンジェリークの発した言葉はロザリアが想像もしないものだった。

「は……?」

いったい何を言い出すのかと思ったが、永い彼女との付き合いの中で、彼女がこんな風に言い出すのは前振りに過ぎないことを知っている。

「ええ、聞いたことがございませんわね」

気を取り直してロザリアが応える。

「じゃあ、当然、結婚してる女王もいないわよね」

「ええ、そうですわね……。……オスカーにプロポーズでもされたんですの?」

頭の中に「?」マークをいっぱい浮かべながら、ロザリアは訊く。が、オスカーはアンジェリークが退位するまで待つといってたはずだ。

ふー、と溜息をついたアンジェリークはロザリアの問いには答えず、そして、聖地に大パニックを齎す一言を呟いたのである。

「じゃあ、赤ちゃん産んじゃう女王もわたしだけね」

いったいこの子はなんと言ったのだろう……

ロザリアは『頭の中真っ白』という状況が本当にあるのだ、と初めて知り、感動していた。当然、そんな場合ではないのだが、ようは現実逃避なのだ。

「はい?」

自分の声とは思えない情けない声でロザリアは問い返す。

「あのね、ロザリア、わたし、赤ちゃんが出来たの」

にっこりと嬉しそうに笑って、アンジェリークは言った。

「なんですって~~~~」

ロザリアの叫びは宮殿全体を揺るがした。

 

 

 

「……で……父親は……当然オスカーなのね?」

訊かずもがなのことを訊いてしまうのは、ロザリアが如何に動転しているかの証。

「うん」

にっこり笑って、アンジェリークは応える。

「うんってあんた……」

あまりにも屈託なく応えるアンジェリークにあっけに取られたとき、勢いよく扉が開いた。

「何事だ、ロザリア!」

長い金の髪を振り乱したジュリアスが飛び込んでくる。お転婆な女王が何か遣らかしたのだと察知して。

「何があったのです、ロザリア!」

パタパタパタとリュミエールが駆けて来る。その後にもぞろぞろと……。

「いったいどうしたんだ、ロザリア?」

そして、最後に現れた紅い髪の守護聖を見た瞬間……なぜかロザリアの手には懐かしの『100tハンマー』(BYシティーハンター)が握られていた。

 

 

「な……なんだと……!」

全員が揃ってしまった守護聖に、アンジェリークはロザリアが止めるのも聞かず、にっこりと天使の微笑みで懐妊を告げた。

その言葉を聞いたジュリアスは雷に打たれでもしたように硬直する。

「あー……陛下、それは本当ですか~?」

こんなときでものんびりとした口調で、ルヴァが訊ねる。内心動揺しまくっているのだが、普段が普段だけに、あまり変わりがない。これも一種のポーカーフェイスかもしれない。

「ええ」

またもやにっこりと笑って、アンジェリークは応える。

「わぁ、おめでとうございます、陛下!」

マルセルが自分のこと以上に嬉しそうにキラキラと目を輝かせて言う。

「本当に、おめでとうございます」

こちらも慈母のような笑みを浮かべてリュミエール。

「待て、そなたら! こ……このような前代未聞の事態に……!」

ほんわか~とした雰囲気にハッと我に返ったジュリアスは怒声を発しようとする。

「……ジュリアスは、喜んでくれないのね……」

アンジェリークの翠の目にじわりと涙が滲む。

「そうよね、わたしは女王なんだもの。なのに、赤ちゃんつくちゃって、産もうとしてるんだもの。女王失格よね」

アンジェリークが哀しそうに眉を寄せる。

「いや、あの、その……」

女王の泣き顔に一番弱いジュリアスはしどろもどろになる。その様子をクラヴィスが楽しそうに見ている。

「酷いや、ジュリアス様! アンジェが赤ちゃん産むの、反対なんですか!? 赤ちゃんを殺せって言うの!?」

「女王陛下がそんなことするはずないじゃん、マルセル。ジュリアスだって、反対してるわけじゃなくって、重大さを強調してるだけだって」

密かな気配りの人オリヴィエが、そう取り成す。こう言われてしまっては、ジュリアスも異論を唱えるわけには行かない。第一、子どもを始末するなど、考えられるはずもなかった。

「陛下のサクリアは、ここ数ヶ月非常に大きく、また安定している。子が出来たことと関係があるのやも知れぬな」

「だったら、なんの問題もないじゃん。良かったね、アンジェ。」

クラヴィスの発言にオリヴィエがさっと応える。ジュリアスが口を挟むよりも先に。

「オスカー、あんたもこれで『お父さん』だねぇ」

それまでなんの発言もせず、後ろにボーっと立っていたオスカーを振り返って、オリヴィエは言う。振り返った途端、

「あんた……なんて顔してんの……」

オスカーは、普段の色男ぶりはどこへやら。非常にしまりのない顔をしていた。鼻の下は延び、目じりは垂れ下がり。まるで志村けんの「ばか殿様」のような顔をしている。

「へっ?」

オリヴィエに言われてオスカーは我に返る。

愛しいアンジェリークはクスクスと笑っているが、残る8守護聖&補佐官の視線は氷河期並みに冷たかった。

『よくも俺たち(わたくし)のアンジェリークを孕ませやがって~』――それが守護聖たちの偽らざる本心。アンジェリークとオスカーが密かに恋人同士であることは判りきっていた。2人の為に、殆どのものが一役買っていたから。だが、それとこれとは別らしい。アンジェリークは彼らにとって唯一無二の天使だったのだ。

「オスカー……そなたまさか、身に覚えがないなどと阿呆なことをほざきやがるんではないだろうな」

怒りと動揺の為に、言葉遣いが崩壊しているジュリアスだったが、そんなことに突っ込みをいれる者はいない。

「そんなことはありません! 確り覚えてます! アンジェリークの柔らかさ、肌の滑らかさ、それに……」

「いやん、オスカーったら」

お子様たちには耳の毒にしかならないようなことを言おうとしたオスカーにアンジェリークは頬を染める。

「ただ、我ながら自分の強運さに感動していたんです。まさか一発必中とは……」

口調は常の冷静さを保っていたものの、やはりオスカーは壊れていた。嬉しさのあまり言わずもがなのことまで。いや、確かに、2人が関係を結んだのは一度だけ。宇宙がレヴィアスの脅威から解放されたときだけだったのだが。

「オスカー……そなたというやつは……!」

怒り爆発で、オスカーをつまみ出そうとしたジュリアスは、逆に7人の守護聖+ロザリアによって引き摺られて退場していった。

「あとはお2人さんで、甘~く喜び噛み締めてね」

オリヴィエはそう言って投げキッスをよこすと、出て行った。あとには2人だけ。

「アンジェリーク……」

「オスカー」

ラブらぶな2人だった。

 

 

 

女王が懐妊したことは、公式発表はされなかった。が、聖地の各機関は来るべきX-DAYに向かって着々と準備を進めていった。

『アンジェリークに健やかに赤ちゃんを産んでもらうぞ実行委員会』(略してアン健委)が発足したのはそんな中でのことだった。

 

 

 

「何故だ! 何故、わたしが陛下に謁見するのが禁止なのだ!?」

取り乱したジュリアスの叫びが、『アン健委』本部にこだまする。

「あたりまえだろ。あんたがいちゃ、胎教に悪いよ」

アン健委委員長・オリヴィエが平然と言い放つ。

「ジュリアスは……お小言が多いですからねぇ~。やっぱり、妊婦さんにはリラックスしていただかないと」

アン健委・体調管理部長のルヴァが呟く。

「けど……ジュリアス様が謁見できなかったら、執務上問題があるんじゃ……」

わなわなと蒼くなって震えるジュリアスを流石に気の毒に思ったのか、アン健委平委員のランディが言う。

「大丈夫だって。ロザリアがそこのところはちゃんと調整するって言ってたから」

「ロザリアも、賛成なのか……?」

この馬鹿げた提案に優秀な補佐官までが賛成しているとはとても信じられないジュリアスである。

「ええ。今は少しでも陛下に安らかに過ごしていただかなくては。執務は続けていただかなくてはなりませんから、他は出来るだけ、ストレスのないように」

ロザリアが気の毒そうに告げる。ちなみにロザリアはアン健委顧問である。委員長の座をオリヴィエと争い、アミダくじで負けたのであった……。

「ふっ……日頃の行いの所為か……。身から出た錆というやつだな」

皮肉な口調でクラヴィスが呟く。ロザリアに「陛下のストレスの原因」と言われショックを受けているジュリアスに追い討ちをかけるように……。彼はアン健委リラクゼーション部長である。

「貴様……!」

キッ、とクラヴィスを睨みつけるジュリアスとの間に、慌ててリュミエールが入り込む。

「ジュリアス様、お気持ちは判ります(な~んちゃって、いい気味です)。ですが、今は陛下がお健やかにご出産なされるよう、全てとりはからわねばなりません。どうか、ご辛抱くださいませ(クスクス、ざま~見ろという感じですね)」(注;カッコ内は心の声)

リュミエールは、胎教部長である。

「うう……」

ジュリアスは悔しそうに唸る。

「まぁ、でも、ジュリアスがいないと困ることがあるかもしれないし……条件付で、認めてあげるよ」

恩着せがましく、オリヴィエが言う。彼は委員長に体調管理部体重管理課長を兼ねていた。

「何だ、その条件とは!」

ぱあーっと顔を輝かせ、ジュリアスが言う。

「ジュリアスが謁見するときは、わたしか、ルヴァかクラヴィスが同席すること」

「……異存はない」

不承不承といったようにジュリアスは応えた。

ここまでは、とにかく口煩いジュリアスを何とかしようというアン健委幹部のシナリオどおりに進んだのであった。

 

 

 

それから約半年間、守護聖たちは大忙しだった。

なんといっても女王に余計な力を使わせない為には宇宙が安定していることが一番なのだ。半年間という長い期間を大過なくを過ぎ行かせなければならないのだ。

王立研究院では、主任研究員であるエルンスト、更にはアンジェリークが女王試験を受けた際の王立研究院院長であったパスハ、その妻であり、占い師のサラまでが聖地に呼び寄せられ、万全の態勢をしいて、宇宙の運行を見守った。

その甲斐あってか、はたまた守護聖9人+女王に近い金色のサクリアをもつ補佐官の念(思い・願いというには強烈過ぎる)の為か大過なくときは過ぎていった。

そして迎えるX-DAY……。

 

 

 

宮殿内に整えられた分娩室の前で、9匹の熊がうろうろしていた(中には熊というよりレッサーパンダ、といった感じのものもいたが)。

「落ち着いてくださいませ、ジュリアス様」

目の前をうろつくジュリアスを鬱陶しく思い、リュミエールが尖った声を出す。

「お前がうろつくと鬱陶しくて叶わぬ」

「何! それを言うならば、貴様の貧乏ゆすりも相当鬱陶しいぞ!」

イライラが頂点に達しようとしていた頃だけに、ジュリアスもクラヴィスも臨戦体制に突入する。

「おやめ! 2人とも。ちったぁオスカーの気持ちも考えな!」

オリヴィエがわって入り、オスカーを示す。

オリヴィエが示した先には、どんなときよりも深刻そうに、かつ不安そうに、じっと分娩室の扉を見つめるオスカーの姿があった。

「すまぬ……オスカー」

ジュリアスがそう声を掛けようとしたとき、けたたましい、生命力に満ちた泣き声が響き渡った。

「生まれた……!」

それまで石像のように、じっと動かなかったオスカーが立ち上がる。生まれたばかりの生命が発する力強い泣き声が響き渡る。

「母子共にお健やかにあそばします。王女殿下ご誕生です! 女王陛下万歳!!」

昂奮した侍医が分娩室を出て、叫ぶ。

「おめでと、オスカー」

「おめでとうございます、オスカー」

「ふっ……よかったな」

「あー、おめでとうございます、オスカー」

「おめでとうございます、オスカー様」

「よかったですね、オスカー様。俺もなんか嬉しいです!」

「おっさん、おめーもこれで親父だな。……ま、めでてぇな」

「わたしからも祝いの言葉を言わせてもらうぞ、オスカー」

守護聖たちが、口々に祝福の言葉を口にする。

「ありがとうございます……」

不覚にも涙が滲んできたが、ここは泣いても恥にはならないとオスカーは思った。が……

「でもアンジェの赤ちゃんなら、さぞかし可愛いだろうねぇ」

「ええ、きっと天使のようですよ」

「それは楽しみですね~」

「僕、いっぱい可愛がってあげます!」

既に生まれたばかりの赤ん坊の将来を楽しみにする守護聖たちがいた。

オスカーは、そんな彼らをにらみつけると……

「貴様らなんぞに、俺の可愛い娘は嫁にはやらん!!」

少なくとも17年は気の早い新米パパさんだった。

 

 

 

アンジェリークが出産したのは、それは愛らしい女の子だった。お猿状態だった新生児の顔が漸く人の顔になり、「間違いなくアンジェリーク似!」と確認したとき、ホッとしたもの九名。

赤ちゃんは、母親譲りの柔らかな金色の髪と、父親譲りの氷蒼の目を持つ天使として成長していく。

その赤ちゃんの所為で、様々なハプニングが起こっていくが、それはまだ先のこと&別のお話……。

 

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宇宙で一番不幸なパパ。

愛らしい妻と、可愛い娘。2人の天使。そんな家族に囲まれた男は夫として父親として、とても幸福な毎日を送るはずだった。しかし、現実はそんなに甘くはない。これはそんな『幸せ』を夢見、夢見続ける哀れなパパさんのお話である。

 

 

 

ここは全宇宙を統べる女王陛下の住まう聖地。穏やかな雰囲気に包まれ、静寂に満ちている……はずだった。

だが……聖地は静寂とは程遠い状態にある。なにも、レヴィアスの魂が邪悪なものとして復活したとか、ソリテアが復活したとか、アクアノールの危機再びとか、そんな物騒なものではない。天使(大)と天使(小)をめぐって、様々な騒ぎが起こるのである。

天使(大)の名はアンジェリーク。金色の髪と翡翠の瞳を持つ現女王陛下。

天使(小)の名はアンティエーヌ。母親譲りの金の髪と父親譲りの蒼氷色の瞳を持つ王女殿下。

 

 

 

ここで少しばかり現在にいたるまでの状況を説明しよう。

皇帝レヴィアスによってこの宇宙に危機が訪れたのは今から約2年前。もう1つの宇宙の女王コレットと、アンジェリークの為ならえんやこらな守護聖たちとその他大勢の力によって宇宙は救われ、アンジェリークは救出された。その危機を乗り切ったという安堵感から、女王の恋人であった炎の守護聖は理性の糸が切れてしまい、女王と一夜を共にした。状況が状況だっただけに、守護聖・補佐官は見て見ぬふりで黙認した。そしてその一夜の証として、女王の胎内に1つの命が芽生えたのである。それが王女アンティエーヌ。女王の懐妊という聖地始まって以来の珍事、いや慶事に聖地は大童だった。無事出産が済み、健やかで愛らしい天使が誕生し、聖地も漸く落ち着くかと思われたのだが……ところがどっこいそうはイカのてんぷら、というわけである。

炎の守護聖オスカーの朝は早い。夜が明けるかどうかといった時間に目を覚ます。それから熱いシャワーを浴び、念入りに体を清める。全て、彼の天使sの為である。

彼の天使(小)が生まれてからというもの、彼は宮殿で生活している。といっても、女王のプライベートエリアではない。執務室をそのまま住処としているのだ。彼としては女王及び我が子を私邸へ連れ帰りたかった。彼の恋人は宮殿のプライベートエリア内にオスカーの部屋を用意しようとしていた。だが……それは許されなかった。建前としては、仮令たとえ子どもを産んだとしても女王は独身でなければならないし、オスカーたちが交わした女王位を退くまでは公的な立場に徹するという誓いもある。真実としてはオスカーに大小の天使を独占させてなるものかという守護聖&補佐官の陰謀(?)があったのである。

 

 

 

そんなわけでオスカーは一番最後まで宮殿に残り、一番最初に天使sに会う為に宮殿で寝起きすることとなったのである。

「アンジェリーク、アンティエーヌ、今行くからな」

さっとマントを翻し扉を開ける姿は恐らくどんな女性をも魅了することだろう。だがしかし……

「うぎゃ~~~~~っ」

扉を開けたオスカーは100年の恋も一度で冷めるような奇声を発したのである。

扉を開け廊下に出たはすのオスカーの姿はどこにもなかった。彼は……地下数メートルの地点にいたのである。オスカーの執務室の前には何故か、深~い落とし穴があった。普通の人間であれば、確実に死んでいるところだが、そこは守護聖。かすり傷1つなかった。

では、何故こんな所に落とし穴があるのか。製作者は鋼の守護聖ゼフェル。協力者その他全ての守護聖&補佐官。オスカーを女王の許へ行かせない為の仕掛けであった。

で、穴に落ちたオスカーはどうしているかというと、全身マヨネースだらけになって、失神していた。

 

 

 

「おっはよ~陛下。ん~アンティエーヌちゃんご機嫌いかがかな~~~」

本日の朝の当番はオリヴィエ。守護聖8人はローテーションを組んで毎朝挨拶に来る。本当は全員来たいのだが、ぞろぞろと標準以上にでかい男が4名に騒がしいのが3名、スローなのが1人も来ると流石に鬱陶しい。なので、ローテーション制となったのだ。勿論、朝以外にも守護聖たちはやって来るが、やはりその日一番というのは特別だった。

「ン、ご機嫌いいみたいでちゅね~~~オリヴィエパパでちゅよ~~~」

アンティエーヌのばら色のほっぺをぷにぷにとつつきながらオリヴィエは言う。アンティエーヌはきゃっきゃと笑いながらオリヴィエに向かって手足をばたばたと動かしている。

「もう、オリヴィエったら……。アンティが本当に貴方をパパだと思ったらどうするの?」

アンジェリークは言うのだが、オリヴィエはどこ吹く風、といった風情である。いや、オリヴィエばかりではない。全ての守護聖がそうなのである。全員が自分のことを『パパ』というのだ。どうやら、その刷り込みの甲斐あって、アンティエーヌは全員に懐いている。

「いいじゃん、いっぱいパパがいてさ。優しいのから厳しいの、暗いのにノー天気なの、いろんなタイプがいるしさ」

確かにバラエティに富んでいる。だが、そんなことはどうでもいいのだ。アンジェリークが言いたいのはそんなことではない。

「オスカーがアンティのパパなのに……」

ふぅ、とアンジェリークは溜息を漏らす。確かに守護聖たちがアンティエーヌを可愛がってくれるのは有難い。クラヴィスが送ってくれる闇のサクリアのお陰でアンティエーヌは夜泣きとは無縁だし、ルヴァとロザリアがアンジェリークを手伝ってくれるお陰でアンジェリークも育児が随分楽だ。ルヴァが密かに地のサクリアを送ってくれている所為か、賢いようだった。まだ1歳になっていないというのに、『ママン』を『まぁま』、ご飯を『マンマ』と確り使い分け、まだ難しいはずの破裂音(パ行音)を発音するのだ。それは守護聖たちが『パパだよ~』といったときに『ぱぁぱ?』という形で返される。ちゃんと『パパ』というのが判っている(ようなの)だ。だから、守護聖たちの目下の最大の関心事は誰が最初に『パパ(ぱぁぱ)』と呼んでもらえるかだった。

そんなわけで、結構守護聖たちの贈り物はアンジェリーク&赤ちゃんに役立ってはいるのだが、多少行き過ぎがないわけでもない。例えば、ジュリアス。彼は今からアンティエーヌの教育係を選びにかかっている。様々な一流の学者芸術家のリストを作成し、また、礼儀作法を教える為の教師の人選をしているのだ。アンティエーヌがそれを受けられるようになる頃にはそれらの人はとっくに天に召されていることも気づかずに……。アンティエーヌを超一流の淑女に育て上げるのだと気炎を上げている。

リュミエールは、毎日のように『情操教育は早いうちから』などと言いながらハープを聞かせに来る。それ自体は悪いことではない。アンティエーヌも水の優しさに包まれぐっすり眠ることが出来る。問題は、それを共に聴くことになる女王&補佐官まで強烈な睡魔に襲われることだった。

マルセルは『可愛いお花が咲いたよ!』と言っては毎日花を持ってくる。が、なんでも口に入れて確かめる時期でもあるアンティエーヌはそれを食べてしまうのだ。大きな花を口に入れてのどに詰まらせかけたことも一度や二度ではすまない。ゼフェルが持ってくるメカも同じだった。

ランディはといえば、一緒に日光浴をしてくれるのはいい。高い高~いなんて遊んでくれるのもいい。だが、それが行きすぎて、アンティエーヌが空高く点になるほど放り上げるのは……。結構アンティエーヌ自身は喜んでいたが、彼女が落ちてくるまでの30分間他の者たちは生きた心地がしなかった。ましてや落下したアンティエーヌを受け止めたオスカーは肋骨を2本も折ってしまったのだ。

守護聖たちに悪意はまったくない。アンジェリークとアンティエーヌに対しては。だが、悪意がなければそれでいいというわけではないのだ。彼らはなんとしても自分が8人の『パパ』の最上位を占めようと躍起になっているのだ。彼らは、オスカーを『パパ』とは認めないのである。

 

 

 

さてその頃オスカーは。

漸く穴から這い上がったところだった。全身マヨネーズだらけである。もう一度シャワーを浴びる為に執務室に戻る。

「くそっ、ゼフェルめ……」

憎々しげにオスカーは呟く。マヨネーズの悪臭に眩暈を起こしかけながらも、再び身支度を整え、今度はテラスから外に出ようとする。

「うっ……」

そこにはなぜか巨大な木があり、窓を塞いでいる。自然に一晩でこんなに木が成長するわけはない。当然マルセルの仕業だった。

「ファイヤー!!」

だがオスカーはそう叫んで、一瞬でその木を灰にしてしまう。

「ふっ。甘いぜ、坊や」

テラスに出て自信たっぷりに、皮肉げに笑うオスカーだったが、一瞬の後にその姿はなぜか洪水と共に消えてしまう。タイミングよくリュミエールが発動させた水のサクリアによる攻撃であった。

そのままオスカーは汚水処理場へと運ばれてしまうのであった……。

 

 

 

午前中の執務を終え、アンジェリークは一息をついた。ベビーベッドのアンティエーヌは大好きなお母さんのお仕事が終わったのを知って、『まぁま、まぁま』と母親を呼ぶ。

「はいはい、アンティ、今行くわ」

アンジェリークはアンティエーヌの所に行くと抱き上げる。アンティエーヌはそれだけでご機嫌だ。

幼子をその腕に抱くアンジェリークの姿はまるで古の宗教画の聖母のようだった。見なれているはずのロザリアも、その美しく気高い姿に溜息をつく。

「パパ、今日も遅いね」

いつものことなのだ。アンジェリークも他の守護聖たちがオスカーの邪魔をしていることは知っている。アンジェリークが注意すると、その翌日だけは妨害がやむのだが……。

「ぱぁぱ……」

アンジェリークの溜息に反応したかのようにアンティエーヌも悲しそうに言う。

「でも、大丈夫よ、アンティ。パパはとっても強い人だから」

「だぁ!」

アンジェリークの優しい微笑みに、アンティエーヌも安心したように笑うのだった。

 

 

 

汚水処理場まで流されてしまったオスカーは、漸くのことで私邸に戻っていた。執務室に行く前にここで三度めの身支度を整える。

「奴らも大概しつこい……」

げんなりと溜息をつきながら、オスカーは呟く。

「待っててくれ、アンジェリーク、アンティ。パパはもうすぐ行くからな……!」

オスカーはバックに炎を背負って、そう宣言するのだった……。だが……まだまだ妨害は終わらない。

取り敢えず、オスカーは何事もなく執務室に戻ることが出来た。まずは安堵の溜息をつく。そして気合いを入れ執務室から出ようとしたところで、はたと今朝の落とし穴のことを思い出す。執務室に戻ったときには塞がれていたが、安心は出来ない。オスカーはドアの最上部に手をかけ、ドアにへばりついて執務室から出た。

どこにどんな妨害があるか判らない。だから、下手な忍者のように壁にへばりつきながらそろそろと歩を進める。他人が見れば怪しい姿以外の何物でもなかった。

(あと……少しだ……)

通常の10倍以上の時間をかけ、漸く女王の執務室が見える所までやって来た。後はジュリアスの執務室前を通過するだけである。ジュリアスの……。

「ああ、オスカーか、ちょうど良かった」

ドアが開いてジュリアスが現れる。まるで図ったかのようなタイミングの良さだった。ジュリアスの後ろには秘書官3名がうずたかく積まれた書類の束を抱えていた。

「今日中にこれらに目を通して、サインしておいてくれ。いいな、今日中だ」

……振り出しに戻り、10回休み……。

 

 

 

そんなこんなで守護聖たちはオスカー排斥に成功し、満足して昼食を摂った。オスカーを除く全員がアンジェリークの許に集まり、大小の天使を囲んでランチを堪能した。アンティエーヌも大好きな『おじちゃま』たちに囲まれて楽しそうだった。だが、やはりまだ誰1人、その愛らしい声で『ぱぁぱ』とは呼んでもらえなかったのである。

守護聖たちが名残惜しげにそれぞれの執務室に戻り、ロザリアが所用で傍を離れるとアンジェリークは女王宮の侍従長であるミッシェルを呼んだ。

「あの件はどうなってる?」

「はい、手配は完了いたしました。あとはオスカーさまにお伝えするだけです」

「そう、良かった。アンティ、これで好きなときにパパに会えるようになるわよ」

 

 

 

漸くオスカーが愛する2人の天使の許に辿り着いたのは、とっぷりと日が暮れ、守護聖たちが執務を終え帰途に着いてからだった。

「今日もお疲れさま、オスカー」

げっそりと疲れた表情のオスカーをアンジェリークは優しく抱きしめた。

「ああ……アンジェリーク」

アンジェリークの優しさにオスカーはほっと息をつく。

「アンティもパパをずっと待ってたのよ」

ベビーベッドですやすやと眠っているアンティエーヌを示し、アンジェリークが言うと、オスカーはそっと近づいた。するとその気配を察したのか、アンティエーヌは目を覚ます。そして、大好きな父親の姿を見つけると両手を伸ばし、嬉しそうに言ったのである。

「ぱぁぱ」

そう、実はとっくにアンティエーヌはオスカーのことを『パパ(ぱぁぱ)』と呼んでいたのであった。勿論守護聖たちはその事実を知らない……。

そして、この日以降、オスカーが愛しい妻と子に会うのに苦労することはなくなる。何故なら……。ロザリアも知らぬことだったが、女王の命令により密かにアンジェリークの居室とオスカーの執務室&私邸を結ぶ秘密の地下道が開通したのである。

「これからはいつでも一緒にいられるな」

漸く、家族としての平和が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………かに思えた。

勿論、そうは問屋が卸さない。

 

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補佐官様の溜息或いは鼻息

あの、辛く苦しかった皇帝レヴィアス侵略から数ヶ月が経ちました。

あの数ヶ月ほど、辛かった時期は今までありませんでしたわ。

今思い返しても、胸が苦しくなります。

いいえ、わたくしの身に何か起こってというのではありませんの。

わたくしの身に起こっていたほうが精神的にはどれほど楽だったことか。

全ての重荷を背負ったのは、わたくしが補佐官としてお仕えする、この宇宙の母なる女王、アンジェリーク・リモージュ陛下。

わたくしの忠誠心と敬愛の対象であり、絶対の信頼で結ばれている大切な親友。

わたくしの天使、アンジェリーク。

全てが終わって、漸く宇宙は落ち着きを取り戻しておりますの。

あれほどの被害を受けながら、こうも早く復興できたのは、やはりわたくしのアンジェリークが如何に素晴らしい女王であるかの証ですわね。

当然ですわ。

この生まれながらにして完璧な女王候補であったわたくしが潔く、ええ、もうすっぱりと負けを認めたほどなのですもの。

柔らかな金の巻き毛。

どんな宝石にも負けないほど輝く翡翠の瞳。

鈴を転がすような澄んだ声。

くるくると変わる表情。

その微笑みは全てを包み込む慈愛に満ちたのもであり、笑顔はあたりを照らす優しい陽の光。

ああ、いくら言葉を尽くしても、わたくしのアンジェリークの愛らしさは表現できませんわ。

アンジェリークは全てが愛らしいこと限りないのですわ(力説)!

ええ、時々、女王らしからぬ騒ぎを引き起こしたとしても。

 

 

 

「……はい……?」

今のは聞き間違いかしら? ええ、きっとそうね……そうに違いないわ。

「だからね、赤ちゃん、出来たの」

にっこりと微笑むアンジェリークの顔はとっても愛らしくて、いつものわたくしなら、ぎゅ~~~~~っと抱きしめていたに違いありませんわ。

でも、でも。今、この子はなんと言ったかしら? そう、「赤ちゃんが出来た」……。

「なんですって~~~~~~」

どこかで誰かが叫んでいるわ……いいえ、これはわたくしの声……。

 

 

 

そう……この子ってば、いろんな騒動を巻き起こしていたのですわ……。

あれはいつのことだったかしら。ああ、女王になってまもなくね。

何でも学生の頃好きだったアイドルが引退するという情報をどこからか仕入れてきて……。

まだ、聖地と外界の時間の差はなかった時期だったから。

何でもファンクラブにも入っていて、休日には『追っかけ』もしていて、『出待ち』『入り待ち』もあたりまえ、というほど熱烈なファンだったらしくて。

こともあろうにその解散コンサートとやらに行きたいなどと言い出したのですわ。

勿論女王ともあろうものがそんなこと許されるはずもなく、わたくしとジュリアスに猛反対されて、仕方なく、泣く泣く諦めたのですわ。

あまりにもしゅんとしてしまって、わたくし、可哀そうになってしまいましたの。

けれど。

諦めたわけではなかったのですわ、あの子ったら!

聖地抜け出し常習犯のゼフェルを共犯者にして、聖地を抜け出してコンサートに行ってしまったのですわ!!!!

勿論、た~~~~~っぷりとお説教しましたわよ、わたくしとジュリアスで。

そして、年頃の女の子には何よりもの重罰、3日間おやつ抜きの刑に処したのでしたわね。

そう……わたくしの愛らしい天使は、聖地で1、2を争うトラブルメーカーでもあったのですわ……。

 

 

 

目の前のアンジェリークはニコニコと微笑んでいる。ああ、そんなに愛らしい顔で……。

微笑んでいるアンジェリークの表情はとても温かくて、でも自信に満ちていて。

「で……父親は当然オスカーなのね?」

念の為に訊いてみたのですわ。もし、万が一にもレヴィアスの子どもであったら……。

「やぁね~、あったりまえじゃない」

きっぱりとアンジェリークは言い切りましたの。だからわたくしもほっとして……。

そのとき、わたくしの叫び声を聞いた守護聖たちがわらわらと集まってまいりました。

いつもはてんでばらばらでわたくしの手を煩わせる守護聖たちもことアンジェリークのこととなると宇宙で一番一致団結した集団となるのですわ。

その最後尾にオスカーの姿を認めたとき、わたくしの錫杖は懐かしの『100tハンマー』(BYシティーハンター)に変わっていたのですわ……。ふふふふふ。

 

 

 

アンジェリークが子どもを産むことが決まった後、オリヴィエの呼びかけで、全員がわたくしの執務室へと集まりました。今後の方策を練る為に。

『アンジェリークに健やかに赤ちゃんを産んでもらうぞ実行委員会』(略してアン健委)がそこで発足したのですわ。

まず第一の課題は、アンジェリークの精神的負担、ストレスをなくすこと。有体に言ってしまえば、『お小言魔神』ジュリアスを如何に遠ざけるか、でしたの。

「何故だ! 何故、わたしが陛下に謁見するのが禁止なのだ!?」

案の定、オリヴィエから謁見禁止を言い渡されたジュリアスは取り乱しましたわ。首座の守護聖としては当然の反応でしたわね。

「あたりまえだろ。あんたがいちゃ、胎教に悪いよ」

それに一向に堪えることなくアン健委委員長・オリヴィエは平然と言い放ちました。ジュリアスにこうも敢然と(?)立ち向かうことが出来るのはオリヴィエ以外にはありませんもの。クラヴィスは……ジュリアスをからかって遊ぶことが趣味のようですけれど、こういったポストには不適格ですものね。何といっても聖地一のナマケモノさんですから。

「ジュリアスは……お小言が多いですからねぇ~。やっぱり、妊婦さんにはリラックスしていただかないと」

アン健委・体調管理部長のルヴァが呟いて、駄目押しの一撃ですわ。

ジュリアスは思惑どおり、茫然自失。これならば上手くいきそうですわね。

「けど……ジュリアス様が謁見できなかったら、執務上問題があるんじゃ……」

わなわなと蒼くなって震えるジュリアスを流石に気の毒に思ったのか、アン健委平委員のランディが助け舟を出します。体力お馬鹿のランディにしてはいいタイミングですわ。

「大丈夫だって。ロザリアがそこのところはちゃんと調整するって言ってたから」

「ロザリアも、賛成なのか……?」

この一見馬鹿げた提案に優秀な補佐官であるわたくしまでが賛成しているとはとても信じられないといった風情のジュリアスですわね。

「ええ。今は少しでも陛下に安らかに過ごしていただかなくては。執務は続けていただかなくてはなりませんから、他は出来るだけ、ストレスのないように」

出来るだけ気の毒そうに告げる。

「ふっ……日頃の行いの所為か……。身から出た錆というやつだな」

皮肉な口調でクラヴィスが呟きます。まぁ、そんな本当のことを……。わたくしに「陛下のストレスの原因」と言われショックを受けているジュリアスに追い討ちをかけるように……。

「貴様……!」

キッ、とクラヴィスを睨みつけるジュリアスとの間に、慌ててリュミエールが入り込みます。

「ジュリアス様、お気持ちは判ります。ですが、今は陛下がお健やかにご出産なされるよう、全てとりはからわねばなりません。どうか、ご辛抱くださいませ」

リュミエールは、実はわたくしの恋人ですの。優しそうな外見とは裏腹になかなか根性悪なところがありますの。

「うう……」

ジュリアスは悔しそうに唸っています。

「まぁ、でも、ジュリアスがいないと困ることがあるかもしれないし……条件付で、認めてあげるよ」

恩着せがましく、オリヴィエが言います。全て計画どおりに。

「何だ、その条件とは!」

ぱあ-っと顔を輝かせ、ジュリアスはオリヴィエの答えを待っています。

「ジュリアスが謁見するときは、わたしか、ルヴァかクラヴィスが同席すること」

この3名であれば、ジュリアスを止めることが出来ますものね。正論であったり、茶化したり、からかったり、その雰囲気であったり。

「……異存はない」

作戦成功、ですわ!

 

 

 

まぁ、そんなこんなで、無事、アンジェリークは出産の日を迎えましたの。

わたくしもこの日の為に色々と準備をしましたわ。外界からばあやを呼んだり、出産を済ませたばかりのばあやの孫をナニーとして雇ったり。育児書も山のように買い込みましたわ。

ああそれから、守護聖たちは休日のたびごとに外界に出ては山のようにおもちゃをはじめベビー用品買い込んでおりましたわね。自分の執務室にいつアンジェリークの赤ちゃんが遊びに来てもいいように。

甘いですわね。わたくしがそんなこと赦すとでも思っているのかしら?

生まれたのは、それはもう可愛らしい女の子。幸い瞳の色以外は父親に似たところはなくて、アンジェリークにそっくりのミニ天使。

ええ、もう、誰がなんと言おうと、わたくしはこの天使の親子の側から離れませんことよ。仮令たとえ、オスカー、遺伝子上の父親の貴方であろうとも、わたくしの邪魔をするものは、容赦しませんことよ。おーほっほほ。

 

 

 

今、わたくし、1つひそかに計画していることがあるのですわ。わたくしも子どもを産むこと。出来れば男の子がいいですわね。そしてアンティエーヌをお嫁さんに迎えるのですわ!!!

なんて素晴らしい計画! きっとリュミエールも賛成してくれますわね。

 

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水の守護聖様の懊悩~ロレンツォ誕生秘話~

はぁ……。

今夜もまた、あの苦しい時間がやってまいります。

元々わたくしはオスカーのように頑健ではなく、体はさほど丈夫ではありません。

この、華奢といってもいい体には、毎夜毎夜の彼女の求めは辛すぎます……(といいつつ顔が緩む)。

けれど、愛しいロザリアの為。彼女の望みをかなえる為。そしてわたくし自身の望みをかなえる為、今宵もまた頑張らなければなりません!(手にはマムシドリンクの小瓶)

「リュミエール? 貴方? 早くいらしてくださいな」

娘たちを寝かしつけて、妻がわたくしを呼ばわります。さぁ、今夜も頑張らなくては……!

 

 

 

事の起こりはわたくしたちがお仕えする女王、アンジェリーク・リモージュ陛下が、それはそれは可愛らしい女の子を出産したことでした。

女王陛下には公然の秘密の恋人がおいでです。わたくしとは犬猿の仲の女ったらし、性欲魔人・無節操・下半身の守護聖と異名をとった炎の守護聖オスカーです。まさに天使のようなアンジェリーク……いいえ陛下が何故あのような男に誑かされてしまったのか……。わたくしとオリヴィエは腸が煮え繰り返りながらも、可愛いアンジェリークの為にもろ肌を……いいえ、一肌脱いで、キューピッドをつとめました。決して、天地神明に誓ってオスカーの為ではございませんっ!!(力説)

その後いろいろな宇宙の危機に関する事件があり、その危機を乗り越えた安心もあって、陛下とあの狼が結ばれてしまったのです。ああ……なんということ!

そしてその一夜の証として、陛下の胎内に1つの命が芽生えました。そして生まれたのが、幸い瞳の色以外は父親に似ることのない愛らしい天使、アンティエーヌ王女殿下。

プリンセスはそれはそれはそれは……(以下略)可愛らしくて……。わたくしたちは皆プリンセスの虜になってしまったのです。

そして……有能な補佐官であり、女王陛下の親友であるわたくしの妻は素晴らしい計画を思いついたのです。

即ち、わたくしたちの間に生まれた男の子をアンティエーヌの伴侶とすることを! そうすれば、わたくしはアンティエーヌに『お義父さん』と呼んで貰えるのです!

ああ……なんと素晴らしいのでしょう……(うっとりと恍惚の表情を浮かべるリュミちゃん)

勿論、わたくしに否やはございません。

ただ問題は、わたくしたちに子どもがないということ。

そこで、わたくしとロザリアは毎夜子作りに励むことになったのであります……(赤面)。

 

 

 

「やりましたわ! リュミエール!! 見事に妊娠いたしましてよ!」

子作りに励んで暫く経った日、ロザリアが喜色満面といった表情でわたくしに告げてまいりました。

「本当ですか、ロザリア!」

嬉しくないはずはございません。守護聖である間は家族を持つことなど出来ないと思っていたわたくしです。そのわたくしに息子が出来る……。ああ、なんと素晴らしいことでしょう。そしてその息子はやがてプリンセスの夫となり、わたくしにアンティエーヌから『お義父さん』と呼ばれるという栄誉を与えてくれるのです。

「わたくし、暫く実家に戻りますわね」

ロザリアが申します。寝耳に水のロザリアの言葉に、わたくしは驚きを隠せませんでした。

「陛下にお願いいたしましたのよ」

にっこりと妻は笑います。腹に一物を抱えた笑顔というのは、このような表情を言うのではないでしょうか……。けれど、そんな時妻はより一層美しくなるのです。

女王補佐官が妊娠中では務めが疎かになってしまう。陛下の重責を十分に知っている自分は休暇を取ることなど考えられない。ゆえに時間の流れが違う外界で出産したい。ロザリアはそう陛下に申し上げたというのです。

現在、聖地と外界の時間の流れは、聖地の1週間が外界の1年といったところです。それを利用しようというのです。そうすれば、僅かな時間(聖地では)で出産してくることが可能ですから。

「判りました。ではわたくしも一緒に参りますね。休暇を願い出てきます」

なんといってもわたくしの子が生まれるのです。側についていたい……そう思って当然でしょう。

わたくしはロザリアと共に、主星のカタルヘナ家へと参ることになったのです。

勿論、反対もありました。誰とは申しませんが、謹厳実直といえば聞こえはいいものの、ただ頭の硬い融通の聞かない筆頭守護聖とか……(はっきり言ってるよ、リュミちゃん!)

ですが、陛下の鶴の一声であっさりと許可が下りたのです。

「だって、ロザリアだって心細いと思うの。リュミエールはロザリアの夫ですもの。ついていてあげてね」

にっこりと慈愛に満ちた微笑で言われては流石の筆頭守護聖も頷かないわけには参りません。

そして、外界に出て聖地時間で4日後、ロザリアは出産いたしました。

 

 

 

わたくしの初めての子ども……。悔しい事ながら、わたくしのその日の落ち着かないことといったら、かつての赤毛の馬鹿の様子と似たり寄ったりでございました。ああ、悔しい! けれど、世の父親とはそういうものなのでしょうね……。

生まれた子は……残念ながら、ついているべきものがついていない……女の子でございました。

確かに目論見は外れましたが、わたくしの、わたくしたちの娘です。嬉しくないはずはございません!

「この子は、アンティの親友になるべき子ですわね」

出産の疲れも見せず、妻はそう言いました。そう! この子はアンティエーヌの一生の友となるべく生まれたのです!!!

わたくしたちの初めての子ども、わたくしによく似た長女は『ガブリエラ』と名づけられたのです。

 

 

 

わたくしたちが聖地時間にして1週間の休暇を終えて聖地に戻ったとき、ガブリエラは生後4ヶ月になっていました。

「お帰りなさい、ロザリア、リュミエール」

そう言って出迎えてくださった陛下は早速、ガブリエラをプリンセスに引き合わせてくださいました。

「アンティエーヌ、よかったわね、お友達が出来たわよ?」

プリンセスは陛下のお言葉が判ったのか、きゃっきゃと嬉しそうなお声で笑っていらっしゃいます。

ガブリエラはプリンセスの差し出した手を握って放そうとはいたしません。一生側にいるのだと誓うように。

それも無理はありません。ロザリアは身ごもってからというもの、ず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っとお腹の子に語りかけていたのです。如何に女王陛下が素晴らしい方なのか、その娘であるプリンセスがどれほど愛らしい方なのかを。生まれる前からガブリエラはプリンセスに夢中になっていたのです。

陛下とプリンセス、ロザリアとわたくしとガブリエラは楽しい、心温かな時間を過ごしておりました。(おい、俺もいるぞ! 無視するな!;炎の守護聖の叫び)

「実は陛下、お願いが……」

そのときに、ロザリアが言いにくそうに、切り出しました。

「なぁに?」

「戻ってきたばかりですけれど、また1週間お休みをいただきたいのです」

「え?……ひょっとして……?」

「ええ……そうなんですの」

ロザリアは頬を染めて頷きます。勿論、演技です。

実はこのときロザリアの胎内には2人目の子が宿っていたのです。

「リュミエール……おとなしそうな顔をして、やるじゃないか」

おや、何か聞こえたような気がしますが、気の所為でしょう。

「無視するんじゃない!」

無視します。

ガブリエラの出産後、受胎可能な状態になると、ロザリアはわたくしに言いました。「次こそは、男の子を!」と……。そして、休暇が終わるころには見事にロザリアは身ごもっていたのです。

「判ったわ。元気な赤ちゃんを産んでね?」

陛下は快く、許可をくださいました。

 

 

 

そして、生まれたのは、女の子でした。再び目論見は外れましたが、わたくしの、わたくしたちの娘です。嬉しくないはずはございません!

ロザリアによく似た次女は『ラファエラ』と名づけました。そして、ラファエラが生後4ヶ月になり、聖地に戻るときには、ロザリアの胎内には3人目の子が宿っていたのです。

「そ……そう……」

三度休暇を願い出たロザリアに、陛下の笑みはかすかに引きつっておいででした……。

「リュミちゃんも大変だね……」

陛下の兄代わりとして、一番ロザリアの事を知っているオリヴィエが、わたくしを労わるように囁きました。そして、そっと滋養強壮ドリンク1年分をプレゼントしてくれたのでございます……。

 

 

 

今度こそは男の子に違いない! そう思っておりました……。けれど生まれたのはまたもや女の子。三女『ウリエラ』です。

「絶対に男の子を産んでみせますわ!」

思うとおりにならない運命に、ロザリアは闘志を燃やします。そして、四度目の妊娠、四度目の休暇、四度目の出産。

運命はなかなかわたくしたちに味方をいたしません。四女『サリエラ』の誕生でした。

 

 

 

「ロザリア……申し訳ありません……わたくしの胤がいたらないばかりに……」

がっくりと肩を落とすわたくしにロザリアは優しい微笑を浮かべます。

「仕方ありませんわ。カタルヘナ家は女系でしたもの。でも、諦めませんわよ」

ロザリアの瞳にはめらめらと闘志の炎が……。

「リュミエール? とっても感じると男の子が出来る可能性が高いそうですわよ?」

キラり~んと、怪しくロザリアの目が光ります。

「さぁ、リュミエール!」

ああああああああああああああああ……あ~~~~~~~~れ~~~~~~~

 

 

 

五度目の出産。

漸く、わたくしたちは運命に勝利いたしました。

待望の男子・ロレンツォが生まれたのです。

「ほーほっほっほ! わたくしはやりましてよ! わたくしの辞書には不可能の文字はないのですわ!!!!」

高らかにロザリアの声が響き渡りました。

このとき、既に長女ガブリエラは4歳、次女ラファエラは3歳、ウリエラは2歳、サリエラは1歳になっていました。

わたくしは……。クラヴィス様と同年齢になっていたのでございます……。

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この子の3つのお祝いに

「ねーねーねー、るばおじしゃま、これ、なーに?」

その日、プリンセスは地の守護聖ルヴァの執務室で本を見ていた。ルヴァは本を覗き込み、プリンセスのちっちゃなもみじのような手のぷっくりとした指が示す写真を見た。

「ああ~これはねぇ、キモノというものですよ、アンティエーヌ」

ルヴァがニコニコと笑いながら応える。アンティエーヌはじっと魅せられたようにその写真に見入っている。

「ふ~ん、きれいねぇ。おりびえおばしゃまみたい~」

アンティエーヌはその派手な色合いや髪飾りをして、聖地一のけばさ……もとい豪奢な衣装を誇るオリヴィエを思い出したらしい。

ここで説明しておこう。アンティエーヌは現女王アンジェリークと炎の守護聖の間に生まれた王女さまである。この可愛らしい天使を守護聖たちはそれはそれは可愛がっていて、実父1人義父8人状態である。かつては『パパ』と呼ばれることを全員が望んでいたのだが、ルヴァが密かに送っていた地のサクリアの影響で賢いアンティエーヌはちゃんと実の父と自称父たちを区別しており、実父オスカーだけが、『パパ』と呼ばれている。そして他の守護聖たちは『小父様』と呼ばれている。……はずだった。

今のところ、守護聖たちの呼び方は4通りある。まず、年齢がオスカーより上な場合は『小父おじ様』。ジュリアス・クラヴィス・ルヴァがこれにあたる。オスカーより若い場合は『お兄様』。ランディ・ゼフェルがこれにあたる。では、名前が出てこなかった3人はというと……リュミエール・オリヴィエが『小母おば様』、マルセルが『お姉さま』である。いくら母であるアンジェリークや守護聖たちがあれでも男なのだと教えても、『だっておばしゃま(おねえしゃま)なんだもん!』と、子ども特有のわけの判らぬ主張で頑強に言い張るのである。そして、その姿があまりに可愛いものだから、当の3人を除く守護聖たちはその主張を受け入れていた。

アンティエーヌはじっと写真を見ている。アンティエーヌとそう歳の変わらぬ少女が着物を着ている写真だ。木で出来た建物の前で、長い紙の袋を持って、同じく着物を着た大人の男女と写っている写真だった。

「るばおじしゃま、これはなにちてるの?」

アンティエーヌのその問いに、ルヴァは優しく答える。

「あ~、これはですねぇ、七五三という行事ですよ。辺境の太陽系第3惑星地球のニッポンという所の年中行事でね、子どもが無事に成長しますようにって、神社に家族揃ってお参りするんですよ。ほら、この子もお父さんお母さんと一緒にいるでしょう?」

「かじょくしょろって? ぱぱとままとおまいりしゅるの?」

アンティエーヌはその言葉に目を輝かせる。

「そうですよ~。七五三は男の子は3才と5才、女の子は3才と7才の年に行なうんですけどね、これは3才の髪置きの祝い、5才の袴着、7才の帯解きという子どもの成長に伴う儀礼のなごりだといわれているんですよ~。七五三は11月15日に行うもので、これは、旧暦の11月15日は満月にあたり、秋祭りを行なう日として多く選ばれた為で、その日に子どもたちの成長を合わせて感謝し、祈ったものが、七五三の始まりだったことによると言われていますねぇ」

という、ルヴァの難しい話はアンティエーヌの耳を素通りする。

「3しゃいでしゅるの? あんてぃも3しゃいだよ?」

「ああ、そうですねぇ、アンティも七五三したいですか?」

「うん!」

アンティエーヌは小さな胸にある決意を込めて力強く頷いた。

 

 

 

さて、ここは補佐官ロザリアの執務室。

「おかあしゃま!」

パタパタパタと可愛らしい足音の後、扉が開き、3歳くらいの男の子が飛び込んでくる。濃い紫の髪をした、利発そうな男の子である。

「何ですか、ロレンツォ。静かになさい」

女王補佐官ロザリアは優雅に振り返りながら、息子を見た。

「もうちわけありましぇん、おかあしゃま」

ロレンツォは母親に謝りながら、でもまくし立てるように言い始めた。

「でも、ぼく、だいじなおはなしがあるんでしゅ。ぷりんしぇしゅのことなんでしゅ!」

「まぁ、アンティエーヌの? アンティエーヌがどうしたのです、ロレンツォ」

一大事とばかりにロザリアはロレンツォに続きを促す。大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な大事な親友アンジェリークの、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い娘アンティエーヌ。2人ともロザリアにとっては命より大事な天使だった。それは息子ロレンツォにも徹底教育してある。

ロザリアには野望がある。それはこのロレンツォをアンティエーヌの夫にすることだ。そうすれば、アンジェリークとは縁が切れることもないし、可愛いアンティエーヌには『お義母さま』と呼んでもらえるようになる。その為に努力と根性で、ロレンツォを産んだのだ。

「ぷりんしぇしゅは七五三がしたいとおおしぇでしゅ~! だから、おかあしゃま、きょうりょくしてくだしゃい!」

「あたりまえでしょう、ロレンツォ! お母様に任せなさい。このロザリア・デ・カタルヘナの辞書に不可能という文字はないのだから!」

を~ほっほっほ、と高らかに笑う母親の姿をロレンツォは尊敬のまなざしで見つめていた。

 

 

 

ルヴァから七五三について聞いたアンティエーヌはうきうきしながら、母親の許へ向かった。仕事中は邪魔をしてはいけないと言いわれているが、今は午後のお茶の時間だ。きっと、パパと一緒にいるはずだった。

ルンルンルン、とスキップしながら宮殿の廊下を進んでいると、前方からジュリアスがやってくる。

「あ、じゅりあちゅおじしゃま!」

アンティエーヌはジュリアスの姿を認めると、パタパタパタと駆け出す。何かと口うるさいジュリアスだが、アンティエーヌは懐いている。というか、守護聖たちは自分の身内だと思っているので、全員に懐いている。

「アンティエーヌ、走るのではない!」

ジュリアスは慌てて言う。昔、よく飛空都市の聖殿の廊下でもアンティエーヌの母親に向かって言ったものだ。『女王候補ともあろう者が廊下を走るな!』と。だが、今回ジュリアスが発した言葉はそれとは違う。別にプリンセスだから、というわけではないのだ。

「きゃん」

ジュリアスの心配が的中して、アンティエーヌはコロンと転ぶ。ぴかぴかに磨かれている廊下だ。しかし、母親といい娘といい、どうしてこうも何もない所で転べるのか不思議で堪らないジュリアスだった。

「う……うぇ……うぇ……うぇ~ん」

転んだアンティエーヌは盛大に泣き声をあげる。だがジュリアスは駆け寄りたい自分を必死に抑えてゆっくりとアンティエーヌに近づく。母である女王陛下から泣いたからといって抱き起こしたりせず、自分で起き上がるのを見守ってくれと言われているのだ。とはいえ、目の前で泣いているアンティエーヌを抱いてあやしてやれないのはジュリアスにとっては身を切られるより辛い。かつてバザーに愛馬を出品したときの比ではない。

アンティエーヌの前にくると、ジュリアスはしゃがんで、目の高さをアンティエーヌのそれに近づける。そして、と~~~~っても優しい声で言うのだ。

「そなたは強い子だ。自分で立ち上がることが出来るな?」

盛大な泣き声はジュリアスの接近と共になくなっていたが、まだぐずっていたアンティエーヌはジュリアスの優しい声に応えるように、『うん』と頷く。

それから、漸くのことで起き上がる。

「よい子だな、そなたは」

再びジュリアスが優しく言うと、アンティエーヌは嬉しそうににっこり笑った。

「そなた1人か? どこへ行くのだ」

「えっとね、ままのところなの」

ジュリアスに手を引かれて歩き出しながら、アンティエーヌは答える。

そうしてジュリアスがプチ天使とのお散歩という至福のひと時を過ごしている頃、ジュリアスの執務室では帰ってこない主の机にどんどん書類が溜まっていっていた。

テクテクと高低2つの金髪が歩いていくと、前方にニューハーフが出現、じゃなくって、極楽鳥……もとい、オリヴィエが現れた。その姿を見た途端、アンティエーヌはさっとジュリアスの手を離しオリヴィエに向かって駆け出した。

「おりびえおばしゃま~」

それはそれは嬉しそうである。ママともパパとも仲良しのオリヴィエは当然よく館に遊びに来る。そうすると、必然的に他の守護聖よりもアンティエーヌに接する時間が長くなり、アンティエーヌも守護聖の中ではオリヴィエに一番懐いていた。

失われた手の温もりを寂しく思い、ジュリアスはじっと己が右手を見る。そして、去っていくアンティエーヌの後姿。それを見送るジュリアスの周囲には、そこだけブリザードが吹き荒れていた。

一向にそんなことには気づいていないアンティエーヌは大好きなオリヴィエの所へてけけけけけっと走っていく。その姿を見たオリヴィエは満面の笑顔になって、両手を広げて待っている。アンティエーヌはそんなオリヴィエに向かってジャンプし、オリヴィエは受け止める。が、思いっきり勢いがついていたアンティエーヌ。オリヴィエが受けた衝撃はアンティエーヌの体重+その動き=運動エネルギーによって、彼をすってんころりんすっとんとん、とばかりに廊下に転がしたのである。

「おりびえおばしゃま? だいじょうぶ? あたま、ごっつんしちゃったよ~~~」

アンティの所為だ……と、アンティエーヌは途端にべそをかきはじめる。

「大丈夫だよ、アンティ。心配ないって。アンティはどこも痛いところはないのかな? 大丈夫?」

アンティエーヌに押し倒された形のオリヴィエは、下から優しい目をして訊ねる。その言葉にアンティエーヌは大好きな『おりびえおばしゃま』にぎゅう~~~っと抱きつく。

「ごめんなしゃい、ごめんなしゃい、おばしゃま、あんてぃのこときらいにならないで!」

ぎゅうぎゅう抱きつきながら、アンティエーヌは言う。それはそれは必死である。そんなアンティエーヌをと~~~~っても可愛く思って、オリヴィエはぽんぽんと背中を、安心させるように叩く。

「大丈夫だよ、アンティのこと嫌いになったりしないから。アンティがだ~~~~い好きなんだからさ。アンティをお嫁さんにしたいくらい大好きだよ」

しがみついているアンティをちょっとばかし引き剥がして頬にキスをする。

その瞬間、アンティエーヌはオリヴィエの腕からいなくなった。そしてわき腹に鋭い(だが決して強くはない。ちゃんと手加減してある)蹴りが入る。

「や~ん」

オリヴィエから引き離されたことが悲しくてアンティエーヌはそんな声を出す。だが、自分を抱き上げた人物が誰であるかに気づいた途端、オリヴィエのことは忘却の彼方へと行ってしまった。

「俺の可愛い娘の手を出すんじゃない」

「ぱぱ!」

パパ・オスカーの登場である。彼もちょうど愛しい恋人(正式に結婚はしていないので)アンジェリークの部屋へ向かうところだったのである。

「駄目だぞ、アンティ。チュウはパパとしような?」

蕩けるような甘い笑みを浮かべてオスカーは抱き上げたアンティエーヌに言う。

「でも、ぱぱはいっつもままにちゅうちてるんだもん。だから、あんてぃはおりびえおばしゃまにちてもらうの~」

父親の言葉に娘は無邪気に応える。

「ぱぱとままは愛し合ってるからいいんだよ。でもアンティとオリヴィエ小母様はちがうだろう? だから、駄目だよ」

ことさら『小母様』に力を入れるオスカーである。……実はアンティエーヌが一向にオリヴィエ・リュミエール・マルセルを『小母様(お姉さま)』扱いするのはオスカーの所為なのである。

オスカーははっきり言ってオリヴィエを警戒している。自分がアンジェリークと結ばれるにあたって一番協力してくれたのは彼だ。その後も何かと力になってはくれている。だが、駄菓子菓子。もといだがしかし、それを理由にオリヴィエはアンジェリークにべったりなのである。自分がアンジェリークとの誓いの許に側にいけなかったときも、さも当然のようにアンジェリークの所に出入りしていた。そして今も始終館に出入りしてはアンジェリークとアンティエーヌに馴れ馴れしくしているのだ。

「でもー、おりびえおばしゃま、あんてぃをおよめしゃんにちてくえゆってゆったよ。あんてぃ、おりびえおばしゃまのおよめしゃんになゆの」

更に無邪気に娘は言う。オスカーのサクリアが炎の蛇となってオリヴィエに襲いかかろうとする。身の危険を察知したオリヴィエは慌ててアンティとそのおまけに挨拶してそそくさと去っていった。

「ア……アンティ。オリヴィエは『小母様』だから結婚できないぞ」

オリヴィエを息子と呼ぶ……? 冗談じゃないぞ~~~!

「やーん」

アンティエーヌは悲しそうに言うが、オスカーがあやすように頬にキスを繰り返すと、きゃっきゃと笑い出す。

「パパがアンティエーヌにぴったりのお婿さんをそのうち見つけてあげるからな?」

「うん」

まぁ、俺よりいい男で俺より腕が立つ男でなければ認めないがな。――パパは独占欲の塊なのである。

 

 

 

アンティエーヌがオスカーに抱っこされて母親の部屋についたときには、アンジェリークが既にお茶とお菓子の準備を整えていた。

「ままー」

アンティエーヌはオスカーの腕からぴょんと飛び降りると、母親に向かって駆け出す。

そして優しい母親のドレスのスカートにしがみつくようにして母親を見上げる。するとアンジェリークはしゃがんで娘の目線まで降りる。

「いい子にしてた、アンティエーヌ? ルヴァの所は楽しかった?」

「うん! それでね、まま、あんてぃね、おねがいがありゅの!」

決定権は母親にあると知っているアンティエーヌはアンジェリークにおねだりをする。

「今度は何かしら? ぬいぐるみならこの前ロレンツォとおそろいのを買ったばかりでしょう?」

「ぬいぐりゅみじゃないもん。あのね、あんてぃね、七五三したいの!」

アンティエーヌは目をきらきらと輝かせて言う。

「七五三?」

アンジェリークとオスカーは異口同音に問い返す。どうやらまたルヴァの所でなにやら覚えてきたらしい。

「うん、あのね、あんてぃ3しゃいなの。3しゃいのおんなのこはぱぱとままといっしょにじんじゃにおまいりしゅりゅの。だから、あんてぃもぱぱとままと3にんでおまいりしゅるの!」

アンティエーヌは必死になって言う。その娘の様子から、2人は『3人でお参りする』ことをアンティエーヌが望んでいるのだと察した。

女王と守護聖であるがゆえに正式には結婚していない2人だった。悪しき前例とならぬ為に、自分たちを戒め、公式の場では父親は母親に臣下の礼を取る。アンティエーヌが起きている間はオスカーもアンジェリークのプライベートエリアにいるが、アンティエーヌが寝付いた後は自邸に帰ってゆく。アンティエーヌは自分が愛されていることを知っているが、だがそれでも寂しいのだろう。

「そうね……七五三ね? ロザリアを説得してみるわ」

アンジェリークは優しく娘に言う。女王だから、簡単にはYESを言ってやれない。娘が望んでも、それは飽くまでも個人的なことなのだから……。

「その必要はありませんわ!」

バターン、と勢いよく扉が開いてロザリア一家が姿を見せる。ロザリアの後ろには大きな荷物を抱えた夫・リュミエールと息子・ロレンツォが控えている。当然ロザリアは手ぶらである。

「七五三は聖地の時間では明後日ですわ。このとおり準備は万端整っておりましてよ! 守護聖たちも既に認証済みですわ。ほーほっほっほ!」

懐かしい『女王さま笑い』をしてロザリアは言い放つ。

実はロレンツォからの報告を受けた後、ロザリアはまず『七五三』について調べ、聖地ではいつにあたるかを調べ、衣装を準備し、守護聖たちを説得して回っていたのである。恐るべき早業であった。尤も守護聖たちは『プリンセスのお望みですわ』の一言で簡単にOKを出していたのだが。

「ロザリア……」

アンジェリークは親友の心遣いに胸が熱くなる。

「ろざりあおばしゃま、ありがとう! だいしゅき!」

その一言で、ロザリアは疲れが吹っ飛び苦労が報われたのである(疲れや苦労なんてあったの?)。

 

 

 

かくして現地時間11月15日。アンティエーヌの七五三のお宮参りは決行された。

アンティエーヌは赤地に大輪の花をあしらった、可愛らしい振袖。金の髪をアップにして、大きなリボンやかんざしを飾っている。アンジェリークは桜色の落ち着いた、品のある色留袖。小さく散らしたさくらの花びらがそれを一層引き立てている。髪は下げ巻でシンプルなもの。オスカーは紋付袴……ではなく、ブルーグレーのシックな背広である。何故和装ではないのかといえば、サイズがなかったのである。

アンティエーヌは両親と手を繋ぎ、至極ご満悦の様子。ニコニコと花のような笑顔で交互に父と母の顔を見ている。そんな娘を愛しそうに父は精悍な顔を優しく綻ばせ、母は天使のような、聖母のような微笑を娘に返す。

金髪碧眼の母娘に紅い髪に蒼氷の瞳の父親。どう見たって外人である。宮司も他のお宮参りの参拝者も、目が点である。だが、その1枚の絵画のような3人に溜息も漏れる。まるで神様一家が降臨したような神々しさがあり、近寄りがたく、彼らは遠巻きに見ている。尤も、遠巻きに見ている理由はそれだけではない。3人の背後に妖しげな集団がいたからである。

熊本県熊本市にある藤崎宮。県下有数の神社だが境内はそんなに広くない。そこに標準以上にでかい男を含む、如何にも外人な男が七人、まるで『馬鹿殿様もかくや』というようなど派手な羽織袴を着て、手には隠れるカモフラージュ用の木を持ちこそこそと動いていたのであった。

アンティエーヌは千歳飴を買ってもらい、参拝を済ませると、物珍しそうにきょろきょろと視線をめぐらす。すると、そこに幸せそうな一家が飛び込んできた。恐らく7歳参りと3歳参りだろう女の子と男の子、その両親の4人家族。お姉ちゃんらしき女の子が弟と仲良く写真を撮ってもらっている。アンティエーヌはじっとその光景を見詰めていた。

「まま?」

アンティエーヌは母親の袖を引く。

「どうしたの、アンティ?」

「あんてぃ、おとうとがほしい!」

……

その瞬間、オスカーとアンジェリークは顔を見合わせ、隠れていた守護聖はフリーズした。そして、一緒にロレンツォのお宮参りに来ていたロザリアとリュミエールは、『じゃあ、今度は女の子を』と思ったのである。

果たして、アンティに弟は生まれるのか? それは作者も知らない(笑)。

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お誕生日狂想曲

今日も今日とて聖地は大騒ぎである。

ここ数年、聖地はかつてない活気に満ちている。それまでの聖地といえば、緩やかな時が流れ十年一日のような変化の乏しい所だった。確かに宇宙の運行を司る女王と守護聖のいまします聖地であるから表面の穏やかさの下では激務が待ってはいたが、それでも時の流れは緩やかで、変化に乏しいものであった。

しかし、アンジェリーク・リモージュという256代女王が即位してからというもの、聖地はすっかり変わった。この型にはまらない、お転婆な女王は聖地に活気をもたらしてくれた。古参の研究員などは『昔とは変わったものじゃのう……』などと暫くは穏やかだった聖地を懐かしんでいたらしいが、それも暫くのことでしかなく、今では『第二の青春じゃ~』などと結構楽しんでいるらしい。

アンジェリークが即位して1年余りが経つと、聖地の賑わいは更に増した。特に首脳部において。

そう……王女・アンティエーヌの誕生によって。

ここ数日は更にその賑わいが増している。守護聖たちが寄ると触るとその話題に触れ、互いに牽制し合い、探り合っている。

何があるのかといえば……。

まもなくプリンセス・アンティエーヌの四歳のお誕生日なのである。

 

 

 

「あ~、もうアンティエーヌも4歳になるんですねぇ……」

湯飲みを両手で包み込むように持ってルヴァが言う。その言葉に同席していた守護聖たちの目がきらりと光る。

これでアンティエーヌがお誕生日を迎えるのも4回目だ。例年、守護聖たちはそのプレゼントで競い合っていたのだ。

「今年は何をプレゼントするのさ、ルヴァ?」

さっそく探りを入れるオリヴィエ。

「そうですね~。今年は何にしましょうかねぇ~」

のほほん口調で答えながらも肝心なことは答えないルヴァ。

そういった腹の探りあいがここ数日守護聖間で起こっていたのである。

「僕はもう決めたんですよ。ふふふふふ」

マルセルは胸を張って言い、

「けっ、どうせまた花だろー」

ゼフェルははき捨てるように言う。

「俺もそろそろ準備しなきゃな~」

とランディも既に決まっている口調で言う。

……が、彼らの大部分のプレゼントはお蔵入りすることになる。アンティエーヌの母親の一言によって。

 

 

 

アンジェリークは溜息をついていた。ここ数日恒例と化しているアンティエーヌをめぐる守護聖たちの大騒ぎにである。

元々守護聖たちは自分に甘かった。謹厳実直を絵に描いたようなジュリアスでさえ、自分が首を右45度に傾けてうるうるお目目をさせれば大抵のことは聞いてくれていた。それがアンティエーヌが生まれてからは拍車がかかった。もうそれはそれは守護聖たちはアンティエーヌにべろんべろんに甘いのである。幸い、それがアンティエーヌの成長に悪影響を及ぼすことはなかったが……。

普段から、守護聖たちはアンティエーヌをめぐっては熾烈な争いをしている。それが最近は一層激しい。あと1週間でアンティエーヌの誕生日が来るからだ。

1歳のお誕生日は初めてということもあって、両親主催でお誕生日パーティを開いた。まだアンティエーヌが自発的に何かをやれるという状態ではなかったし。

2歳のお誕生日はアンジェリークは特別何も守護聖には言わなかった。アンジェリークとオスカー、そしてアンティエーヌのお友達であるカタルヘナ家の5姉弟と共にお祝いするつもりだった。だが、凄まじいプレゼントの山がアンティエーヌを襲った。尤もお人形やぬいぐるみといったプレゼントの数々はアンティエーヌを喜ばせたが……。

3歳のお誕生日はまた凄かった。ルヴァによると女の子の3歳は『髪置き』という儀式を行う特別な年らしく、そういった大事な誕生日だから盛大にお祝いしなくては、ということになったのだ。そんな特別なお誕生日ならばなおのこと家族だけでお祝いしたかったが、ジュリアス・ルヴァ、そしてクラヴィスが先頭きって準備を始めたものだから何も言えなくなってしまった。そして開かれたお祝いのパーティは『天空の鎮魂歌』のパーティよりもずっと豪華なものだった。

そして、今年。4回目のお誕生日である。今年は何も特別な意味がないことは調査済みである。しかし、これまでの3回で守護聖たちの年間スケジュールにアンティエーヌの誕生日が組み込まれていることは明らかだった。実は組み込まれているどころではなく、その日を中心に全ては動いていたのだ。まるで成人式の予約の美容院のように、その日の翌日からは既に翌年の誕生日に向けての準備が始まっていたのである……。

アンジェリークとしてはアンティエーヌの誕生日を祝ってもらえるのは嬉しい。が、あまりにも行き過ぎるのは困る。アンティエーヌは確かに女王である自分の娘だから『プリンセス』と呼ばれている。けれど、女王は世襲制ではないし、アンティエーヌ自身は何の力も持たないただの幼子だ。だから、娘が『プリンセス』という枠に閉じ込められるのはいやだった。そして、特別扱いされるのも。

尤も守護聖たちは誰1人としてアンティエーヌをプリンセスとは呼ばなかったし、オリヴィエはアンジェリークのその懸念を笑い飛ばしさえした。

「わたしたちがアンティエーヌを可愛がるのは、それが女王の娘だからじゃなくって、アンジェリークの娘だからだよ。アンティエーヌのことも可愛いからだし。それに、聖地に子どもがいるなんてことなかったから、嬉しいんだよ」

と。最後の言葉にアンジェリークはそれ以上何も言えなくなった。

だが、やっぱりプレゼント攻勢は困るのだ。年々豪華になっていく気がする。そこでアンジェリークはオスカーに相談したのだ。アンティエーヌへのお祝いは禁止にしよう、と。けれどオスカーはそれに反対した。勿論彼は父親だから、その禁止の範囲には入らないのだが。

「誕生日を祝う、なんてことは守護聖にしてみれば特別なんだ。女王である君もそうだが、俺たちは外の時間とは隔絶した歳月の中に生きている。俺も君に会うまでは誕生日に何の意味もなかった。多分、他の守護聖も同じだろう」

聖地に生きる女王・守護聖・補佐官は外界とは隔絶した月日を生きる。確かに年はとる。けれど、サクリアが最も良く働く年齢で肉体の成長(老化)は止まる。年長・年中組はもう何年もその外見は変わっていない。女王であるアンジェリークもそうだった。だから、誕生日など意味のないことだった。何月何日なんて日付があることを煩わしいと思ったことさえあった。

だが、アンティエーヌが生まれた。アンジェリークがアンティエーヌを身ごもったとき、守護聖たちはその『日付』に始めて価値を見出したのだ。そして生まれたアンティエーヌ。彼女の誕生日を祝うことは守護聖たちにとって一種の日々の張り合いでもあるのだ。

恋人の言葉にアンジェリークは肯く。大げさかもしれないが、アンティエーヌの存在が守護聖たちの生きる張り合いみたいなものになっているのだ。日々成長する心と体。それを見ることが出来る。その存在が身近にある。だからこそ、守護聖たちが惜しみない愛情をアンティエーヌに向けるのだ。

「判ったわ。でも、過剰なプレゼントはアンティの教育上好ましくないから、制限をつけるわね?」

アンジェリークはそう言ってにっこり笑った。そして……。

 

 

 

「300円以内……ですか」

ジュリアスが呆然と呟く。

「あ~、それは消費税込み……?」

ルヴァが恐る恐るという風に尋ねる。めまぐるしく頭で計算する。え~今の消費税は5%ですから……285円までですね~。

「そうよ。皆がアンティのお誕生日をお祝いしてくれるのは嬉しいんだけど、でもあまり高価なプレゼントはあの子の教育上好ましくないから」

にっこりと微笑んでそう言われれば、守護聖たちとしては反論のしようもない。

「ハイハイハ~イ! うちにある材料を使っての手作りなら、OKなんだろ?」

オリヴィエが言い、アンジェリークが肯く。

そうして、守護聖たちはアンティエーヌのプレゼントに頭を悩ませながら女王の御前から退出して行った。

ジュリアスは馬を贈るつもりでいた。もう、目ぼしい子馬は見つけてあった。とても穏やかな気性の、恐らく名馬になるだろう子馬。だが、300円(税抜き285円)では買えない。

ルヴァは『全宇宙少年少女名作全集全250巻』を贈ろうと考えていた。でも285円では買えない。

守護聖たちは思いっきり頭を抱えることになった。

 

 

 

さて、渦中の人アンティエーヌである。この日、アンティエーヌはご機嫌だった。週末ということもあって父親の館に母親と2人で泊まりに来ていたのである。普段は父親とは別居だから、嬉しくて堪らないのだ。

取り敢えず、『アンティエーヌの為』ということで、今では週末に限って家族で過ごすことが許されている。尤も、家族で過ごせるとはいってもオスカーとアンジェリークが恋人としての時間を持つことは許されていないから、オスカーにとってはお預けを食わされた犬状態なのだが、それでも愛する家族と過ごせることは嬉しい時間だった。

「あのね、ぱぱ。あんてぃ、おたんじょうびにほしいものきまったの」

食後のひと時、居間で寛いでいるオスカーにアンティエーヌが言った。オスカーはブランデーを傾け、アンジェリークはレース編みをしていて、アンティエーヌはお人形遊びをしていた、そんなときだった。

「アンティエーヌは何が欲しいんだ?」

砂糖を20杯入れたココアよりも甘い声でオスカーは愛娘に問いかける。

「うん、あんてぃ、おとうとがほしいの!」

アンティエーヌは目をきらきらと輝かせて言う。

『任せて置け!』と言いたいのをぐっと堪えて、オスカーは娘を見つめる。

「それは駄目だ、アンティエーヌ」

途端に娘の顔が悲しげに歪む。すぐに前言を翻したくなるオスカーだったが、これもぐっと我慢する。

「どうして?」

父親に良く似た蒼氷色の目にいっぱいの涙をたたえてアンティエーヌはオスカーを見つめる。

「おとうとほしいの! るばおじしゃまがいってたの。あかちゃんはとってもあいしあってるふたりにできるって! ぱぱとままはあいしあってないの?」

言葉の意味が解っているのか甚だ疑問だが、アンティエーヌはとんでもないことを言う。

「そんなはずないだろう! パパとママは宇宙一愛し合ってるんだぞ? だから、アンティエーヌが生まれたんじゃないか」

オスカーは娘を抱き上げて膝の上に座らせる。

「じゃあ、どうしておとうとはだめなの?」

パパとママはセックスしてないから……とは言えない。自分たちの誓いなど、アンティエーヌは解らないだろう。ただ、アンティエーヌは純粋に弟が欲しいだけだから……。

「赤ちゃんはね、神様が下さるの。だから、欲しいからってもらえるわけじゃないのよ?」

言葉に詰まってしまったオスカーに代わってアンジェリークが優しく娘を諭す。

「かみさまはどうしてあかちゃんをままにくれないの? ろざりあおばしゃまには5にんもくれたのに……」

それはリュミエールが頑張ったから……とは言えないオスカーである。

「ママが、女王だからよ。ママは女王だから、忙しいでしょう? だから、神様はママを後回しにしてるの」

自分によく似た金色の髪を優しくなでながらアンジェリークは言う。

「あんてぃ、いるよ?」

「そうね。神様はパパとママがとっても愛し合ってたから、アンティエーヌをくれたの。でも、そのときにおっしゃったのよ。次は女王じゃなくなったらあげるって」

優しい目で娘を見つめながらアンジェリークは言う。

「じゃあ……ままはいつじょおうさまじゃなくなるの?」

女王ではなくなる=サクリアの枯渇、なんて難しいことは判らないアンティエーヌである。いたって無邪気にその言葉を発する。

「解らないわ。でも……そうね、アンティエーヌが5歳になる頃にはママは女王様じゃなくなってるわ」

その言葉にアンティエーヌは無邪気に喜ぶ。

「じゃあ、あんてぃ、それまでまってる!」

きらきらと目を輝かせて。やがてその言葉に安心したのか、アンティエーヌは眠そうに目をこすった。

「さぁ、アンティエーヌ、そろそろ寝ましょうね?」

恋人から娘を受け取り、アンジェリークはアンティエーヌを寝かしつける為に居間を出る。そしてアンティエーヌが眠った後、居間に戻ったアンジェリークを難しい顔をしたオスカーが待っていた。

「アンジェリーク……さっきアンティエーヌに言ったことは本当か……?」

オスカーの声は震えている。

「ええ。多分、間違いないわ」

なんでもないことのようにアンジェリークは言う。

「あの子のお誕生日が終わったら、また女王試験よ」

その言葉を聴いてオスカーは複雑だった。アンジェリークが女王でなくなれば、晴れて結婚することが出来る。それは嬉しいことだった。けれど、守護聖としてはアンジェリークが女王でなくなることを考えたくなかった。素晴らしい女王を失うのだ。

「道理で……アンティエーヌの誕生日も近いのにロザリアが静かなはずだな」

例年一番大騒ぎしていたロザリアが今年に限って静かなのだ。しかし、今の話を聞けばそれも納得が行った。ロザリアはそれどころではないのだ。忙しいこともある。だがそれ以上に精神的に、アンティエーヌの誕生日を祝うどころではないのだろう。

「これで、肩の荷が降ろせるわ……。でも、オスカー。正式発表までは黙っていてね」

女王試験、そして女王交代。女王のサクリアの衰微による宇宙の混乱の収拾。そういった大仕事が待っているのだ。

「ああ……今までお疲れ様、アンジェリーク」

「ふふふ、まだ、早いわ。オスカー」

そして、その日。オスカーは5年ぶりにアンジェリークとベッドを共にした。

 

 

 

アンジェリークの『300円以内』発言以来、守護聖たちはパニックだった。だが、漸く落ち着きを取り戻したようだった。

そしてやってきたお誕生日……。

 

 

 

「ありがとう! おじしゃま!」

アンティエーヌは目をきらきらと輝かせた。

ジュリアスの贈り物はかつて彼が使っていたという練習用の木馬。これで乗馬の練習をしたのだ。アンティエーヌが本物の馬に乗れるようになるまでこれで練習するように、と。そして彼の愛馬アーケーディアに子馬が生まれたら、それをアンティエーヌに贈ると言ってくれた。

クラヴィスの贈り物は大きな熊のぬいぐるみだった。300円(税抜き300円)でよく……と思ったが、なんとそれはクラヴィスの手縫いだった。材料は大龍商店から格安で買った布と、彼の家にあったクッションの綿。そして、彼の指には絆創膏がいっぱいだった。

ルヴァは童話を贈った。宇宙に1冊しかない童話。彼が作り、彼が書いた手書きの童話。金色の天使と赤い守護神の話だった。

リュミエールはハープの曲を入れたオルゴール。実はゼフェルとの合同作品だった。優しい子守唄のきれいな音色。ついでにオルゴールはびっくり箱もかねていて、これはゼフェルの茶目っ気だった。

オリヴィエは可愛らしいエプロンドレス。勿論彼のデザインによる彼の手作りだ。手持ちの大量の布の中から、優しい素材を選んで作った。このところアンティエーヌが台所仕事を手伝いたがるとアンジェリークに聞いていたから、それに合わせた。

ランディは生まれて間もない、漸く目が開いたばかりの子犬。彼の愛犬の息子だった。『間に合ってよかった』と笑い、世話の仕方を教えてあげるね、と言った。

マルセルはアンティエーヌ専用の花壇を贈った。それはちゃっかり緑の館にあって、アンティエーヌが遊びに来ることを狙ってのものでもあったが。

四悪魔、もとい、カタルヘナ家の4姉妹はおそろいのリボン。ロレンツォは彼が育てている花壇のお花だった。

そしてアンジェリークからの贈り物は手縫いのお人形。これは毎年恒例だった。1歳のときはオスカー、2歳のときはアンジェリーク、3歳のときはアンティエーヌ。そして今年は小さな男の子。いつか生まれるアンティエーヌの弟だった。

 

 

 

そして、オスカーは。

アンティエーヌを自分が生まれた星に連れて行った。かつての生家があった場所に建てられた彼の別荘。そこで、誰にも邪魔されない家族だけの時間。1週間をそこで過ごし、アンティエーヌを喜ばせた。

だが、娘を一番喜ばせたのは、最後の夜に父が言った一言だった。

『来年の春には弟が出来るぞ』

その言葉を聞いたアンティエーヌは目を輝かせてオスカーの頬に感謝のキスをした。

「ぱぱ、だいすき!」

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Happy Birthday Dad

さて、年末である。この時期、聖地は何かと騒がしい。

別に、歳末助け合い赤い羽根共同募金の呼びかけが騒がしいとか、年末謝恩大感謝祭のバーゲンの呼び声が姦しいとか、そんなことではない。

一部の人間にしか関係のないことなのだが、それが聖地中を巻き込むのである。

しかしそれも無理のないこと。

中心になるのが聖地を、全宇宙を治める女王陛下と、女王を支える九柱の1つ炎の守護聖と、聖地中を虜にしてやまない可愛らしいプリンセスなのだ。

何があるのかといえば……。

そう、炎の守護聖オスカーのお誕生日なのである。

しかし何もこんなくそ忙しい時期にお誕生日を迎えなくても……。歳末決算期・仕事納めに向かって大忙し、しかも緋川なんて講習会準備の真っ只中……。こんな時期にお誕生日イベントをやらなきゃならないこっちの身にもなってみろ……と思いつつ、やっぱり創作してイベントやっているのだな、これが……。まぁ、1221なんて、オスカーにはぴったりのお誕生日だけど……。(以上、筆者の愚痴)

これが一般市民のお誕生日&他の守護聖だったらこんなに大騒ぎにはならない。でもオスカーとなるとそうは行かない。何といってもサイトのメインキャラ……じゃなくって、オスカーは特殊な立場にいるのだから。

そう……彼は女王の公然の秘密の恋人であり、愛らしいプリンセス・アンティエーヌのパパなのだから。

実際、女王陛下が女王候補の頃から、この時期は落ち着かなかった。即位してからも毎年この時期はそわそわと落ち着かない。そこへ持ってきて、プリンセスももう3歳。確り自我が芽生え、自己主張するようになっている。つまり……。

 

 

 

「お父様へのプレゼント、ですか?」

アンティエーヌの部屋に呼ばれたガブリエラはそう言った。カタルヘナ家の長女である。

「ああ、そういえばもうすぐでしたわね」

カタルヘナ家の次女ラファエラが頷く。

「プリンセスは何かお父様に差し上げたいと?」

三女のウリエラが言い、

「それでわたくしたちを呼ばれたんですのね」

と四女のサリエラが締めくくる。

「そうなの。いちゅもはままといっちょのぷりぇぜんとだったんだけど……ことちからはあんてぃ、じぶんでぱぱにぷりぇぜんとしゅりゅの。なにがいいかなぁ?」

アンティエーヌは母親によく似た愛らしい顔に哀願の色を載せて4姉妹に問い掛ける。

「よんてんしはりゅみえーりゅおばしゃまになにをあげたの?」

「……プリンセス、父は小母おば様ではなく小父おじ様ですわ」

ガブリエラがやんわりと訂正する。幼い頃(といっても今も幼いが)、父の教育(悪意?)によって刷り込まれた呼び方は簡単には直らないらしい。未だにリュミエール・オリヴィエは『小母様』と呼ばれているのだ。

「父とオスカー様では好みも性格も何もかも違いますから、参考にはならないと思いますわ」

ラファエラの言葉に、アンティエーヌも『しょっか~(仮面ライダーの悪役にあらず)』と頷く。リュミエールと父はその司るサクリアの如く何から何まで違いすぎる。

「よんてんしにわかりゃないなら、おじしゃまたちにきこうかな」

アンティエーヌが呟くと4姉妹の目が光る。小父様――それは守護聖たちに他ならない。四姉妹が敵視している人物たちである。

4姉妹には使命がある。それはカタルヘナ家の宿願、究極目的でもあった。

長男ロレンツォをアンティエーヌの夫とすること。

カタルヘナ夫妻はその為に頑張って、頑張って頑張ってロレンツォを産んだのだ(拙作『水の守護聖の懊悩』参照)。ロレンツォ本人はとても優しい性格で、とても聖地一の策士夫婦の子どもとは思えぬいい子なのだが、4天使は違った。まさにあの2人の子どもとしか言いようがなかった。

真実を知らない一般人からはその名前と容姿から『4天使』と呼ばれている姉妹である。だが、女王府関係者で彼女たちを『4天使』と呼ぶのは彼女らの両親と女王・王女くらいだった。

では、他の者――守護聖及び秘書官・副官――はなんと呼んでいるかというと……。『4魔女』『4堕天使』『4偽天使』『4悪魔』……。散々な呼び名である。しかし、それが真実だった。

とにかく容赦がないのである。アンティエーヌに近づくものは一切赦さない、という姿勢がそこにはあった。アンティエーヌに近づいてもいい男はロレンツォだけ。百歩譲って父親のオスカーもまぁ赦して差し上げてもよくってよ、という状態である。

聖地は身の回りのお世話をする女官以外、守護聖も秘書官も副官も全て男性である。4姉妹にとって、周りは全て敵であった。

彼女の母親も凄かった。女王陛下であり親友であるアンジェリークを溺愛盲愛すること尋常ではなく、守護聖たちは何度泣かされたことか。当然一番の被害者は恋人であるオスカーだった。

だが、そこは腐っても『女王補佐官』である。公の立場というものもあるし、宇宙をすべる女王の補佐役という責任もあったから歯止めはかかっていた。けれど……4姉妹は違う。公の立場なんて関係ないのである。だから……恐いのだ。

「守護聖様方は頼りにならないと思いますわよ? 以前母が申しておりましたもの」

ガブリエラが言う。『?』という顔をしたアンティエーヌにラファエラが説明した。

「以前、陛下がご相談なさったんですって。でもさっぱり役に立たなかったということだったらしいですわ」

そう、ジュリアスのアドバイスは『馬』だった。女王である現在ならいざ知らず、当時女王候補に過ぎなかったアンジェリークにとっては全く役に立たないアドバイスだった。

「わたくしたちがお力になりますわ、プリンセス!」

見事な四重唱で4姉妹はアンティエーヌの手を握った。

 

 

 

さてその頃。その母親たちは午後のティータイムを楽しんでいた。

「まぁ、プリンセスが?」

この日の話題は娘たちのことだった。

「そうなの。今年は自分だけでパパへのプレゼントを用意するんだって張り切っているのよ」

くすくすと笑いながらアンジェリークは言う。とても子どもがいるとは思えない愛らしさである。その可愛らしい笑顔に冷徹を以って知られる補佐官の表情も和む(というか真夏のアイスクリームのようにでろでろである)。

「それではオスカーも大喜びでしょうね」

愛するアンジェリークと2人だけのお茶会という至福の一時を過ごしているロザリアは寛容な気分になっている。オスカーが喜ぶことでも赦せる気分でそう言った。

「まだ内緒なんですって。今日、4天使に相談するって言っていたわ」

道理で子どもたちが今日は張り切っていたはずだわ……ロザリアはそう納得する。

実際アンティエーヌから内緒の大事な相談があると持ちかけられた4姉妹は意気揚揚とアンティエーヌの所に出かけ、邪魔が入らないように弟ロレンツォを見張りにたて、アンティエーヌの部屋にこもっているのだ。

「そういえば、あんたは今年はどうするの?」

口調は女王候補時代のそれに戻っている。

「う~ん、今年は……そろそろ2人目、っていうのもいいかなぁ、なんて思ってるの」

ぽっと頬を染めアンジェリークが言う。ロザリアの脳裏につい先ごろの七五三の風景が甦る。あの時アンティエーヌが愛らしい口調で『弟が欲しい』……そう言っていた……。

じゃあアンジェリークは今年のオスカーの誕生日は裸の自分にリボンをかけて『わたしをあ・げ・る(はぁと)』という状態に……?

そんな、そんな、そんぬぁ~~~~~

そんなことこのロザリア・デ・カタルヘナの目の黒い内は赦しませんことよ!(いや、黒くないって、紫だって。)

ロザリアは眩暈を起こす。なんとしても阻止しなければ。

「あ、でもその前にやっぱり結婚式かなぁ」

ロザリアの内面の苦悩(?)には全く気付かず、アンジェリークは明るく言う。

「やっぱり、そっちが先よね?」

にっこりと問い掛けられて、ロザリアは我に返った。

結婚・出産……その意味するところにロザリアは気付いたのである。

本来ならば、アンティエーヌはまだ生まれるはずではなかった。アンジェリークとオスカーはアンジェリークが退位するまでは清い交際をすることを誓っていたのだから。たまたま不幸な事件が起こり、その結果幸運にもアンティエーヌを授かったのだ。だが、それ以降2人が体を重ねたことはない。誓いを貫いているのだ。

つまり……アンジェリークがこんなことを言うのは自分の退位が近いことを匂わせているのではないか……?

考えられないことではない。アンジェリークが即位してまだ4年である。けれど、歴代の女王の治世は大体4~10年だ。だとすれば、そろそろサクリアが衰えたとしても不思議はない。

しかもアンジェリークの治世はアンジェリークには責任のないところで波乱に満ちていた。この宇宙そのものは安定し繁栄している。けれど……。

まず第一に、この宇宙を引き継いだとき、宇宙は瀕死の状態だった。アンジェリークたちの女王試験によってそれは回避され新たな力に満ちた宇宙へと移動することが出来た。しかし、力に満ちた躍動する宇宙を安定させるのは並大抵のことではなかった。

漸く落ち着いたかと思ったら新宇宙の女王試験である。女王試験の間、アンジェリークは守護聖たちのサクリアの不足を補いつつ新宇宙への援助もせねばならなかった。

それも終わったかと一息ついたところに、今度は大事件だ。皇帝レヴィアス・ラグナ・アルヴィースによる侵略、そして監禁。サクリアを奪われた。

やっとのことで宇宙に平和が戻ったと思ったら、今度は聖地に死んだはずのレヴィアスが黒い影として現れ、女王を襲った。のみならず、新宇宙の女王がレヴィアスと駆け落ち……じゃなくて逃亡。

漸く片がついたら、今度は未来の新宇宙からのSOSだ。アルカディアに赴き、アンジェリークはそのサクリアの全てをかけて空間を維持しなければならなかった。

思い返してみても、多事多難である。アンジェリークには1つも責任のないことばかり……。強いて言うならば、アンジェリークが豊かに宇宙を発展させたがゆえにレヴィアスに狙われてしまったということくらいか……。

どれをとっても、サクリアを枯渇させアンジェリークが退位してもおかしくはない出来事だった。けれど、アンジェリークのサクリアは尽きることなく、子どもまで産んでなおかつ4年の治世を保っている。

「まさか……サクリアが衰えた……?」

ロザリアは恐る恐る尋ねる。いつかは来ること、これまでのことを思い返せばいつ来てもおかしくないこと。けれど、恐かった。だが、その恐怖をアンジェリークはあっさりと打ち破った。

「全然! そんな兆しは全くないわ」

明るく朗らかに断言するアンジェリークにロザリアは力が抜ける。

「でも、そろそろそんな兆しが現れても不思議ではないわ。覚悟を決めておいたほうがいいと思うの」

『女王』の表情でアンジェリークは言った。

 

 

 

その夜、カタルヘナ家では緊急家族会議が開かれていた。

「お母様、どういたしましょう?」

ガブリエラが頼りになる母にそう相談する。内容はオスカーへのアンティエーヌからのプレゼントについてだった。

4姉妹としては最大の邪魔者であるオスカーを喜ばせることなんてしたくない。けれどオスカーが喜ぶことがアンティエーヌの望みなのだ。

「そうね……ここはオリヴィエに協力をお願いしましょう」

母の意外な言葉に4姉妹は目を見開く。オリヴィエこそ、最大の恋敵と思っているのだ。

オリヴィエは(当人たちは認めたがらないが)オスカーの親友であり、アンジェリークの兄代わりとして最も信頼されている。そのことから、アンティエーヌが一番懐いているのもオリヴィエなのだ。そのオリヴィエに協力を頼めとは……!

「アンティエーヌが何をプレゼントしてもオスカーは泣いて喜ぶでしょうね。けれど……それまでの間、アンティエーヌがオスカーを避けてオリヴィエの所に入り浸っていたらどうかしら?」

母の邪悪な笑みに、4姉妹は納得する。

アンティエーヌがオスカーを避けてオリヴィエの所にいれば、当然オスカーの怒りはオリヴィエに向かう。オスカーを苛めることが出来てなおかつオリヴィエも牽制することが出来る。しかも最終的にはアンティエーヌも満足する。一石三鳥だった。

「流石ですわ、お母様!」

4姉妹は母を尊敬の眼差しで見つめた。

 

 

 

「なぁ……アンジェリーク。最近、アンティエーヌは俺を避けていないか……?」

口にするのもおぞましいことながら、オスカーはアンジェリークに問うた。

「アンティエーヌが? 貴方を避けてるの?」

心当たりはあるもののアンジェリークはとぼけて見せる。アンティエーヌから『ぜったいないちょなの。ぱぱにはいっちゃだめなの』 そう念を押されているのだ。

「アンティエーヌを怒らせるようなことをしたかな……」

見事にしょげ返っているオスカーである。流石にアンジェリークもそんな恋人の姿に心が痛む。

「オスカー……。気の所為よ。アンティエーヌはパパのこと大好きですもの。でも、大好きだから、今は避けてるの」

オスカーを包み込むように、アンジェリークはにっこりと微笑んだ。

 

 

 

確かにオスカーは見事にアンティエーヌから避けられている。

『アンティエーヌ、パパと遊ぼう!』と部屋を訪ねると、いない。探してみるとこれが100%の確率でオリヴィエの所にいる。そして『ぱぱはきちゃだめなの!』と追い出されてしまう。

オリヴィエが執務中を見計らってアンティエーヌの部屋に行くと、ロレンツォが見張りに立っている。『ぷりんしぇしゅがおしゅかーしゃまをとおちてはだめだっておっちゃってましゅ!』 必死にオスカーを止めるロレンツォ。足に縋りつく少年を引き摺りながら部屋に入ろうとすると、『ぱぱははいっちゃだめ!』 またしてもアンティエーヌに拒絶される。

オスカーは日に日に窶れ、誕生日までの1週間で体重が激減した……。

そしてその怒りの矛先は当然自分が過ごすべき(だと確信している)時間を奪っているオリヴィエに向かうのだった。

 

 

 

そして、12月21日……。

この日、聖地にオスカーの号泣が響き渡ったという。

 

 

女王陛下からのプレゼントがなんであったかは定かではないが……。

翌日、オスカーの執務室には1枚の絵が飾られていた。

 

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