Cafeの香りに包まれて
スウィートランドにあるスモルニィ学院。
ここで今一番の有名人といえば、アンジェだろう。
先日行われた『ローズコンテスト』でこれまで誰も手にしたことのなかった栄えある称号『スモルニィの薔薇』を手にした少女。
『ローズコンテスト』以来、アンジェの周りは何かと騒がしい。スウィートランド中の製菓会社がアンジェ獲得の為に動いているのだ。その対応でアンジェの家族も学園関係者もあたふたしている。アンジェ自身が『大学卒業までお返事は出来ません』と突っぱねたにも拘わらず、各企業は必死になっているのだ。
尤もアンジェはそう発言した時点で自分の勤めは終わったとばかりに無視しているけれど。
第一、アンジェは今それどころではなかったのだ。
アンジェは『ローズコンテスト』で、なにものにも換え難い大切なものを手に入れた。オスカーという恋人を。
オスカーはコーヒー担当のスウィートナイツだった。コンテストの際に色々あって恋人になった。オスカーは学院の女性に一番人気があって、しかも本人もそれを楽しんでいるプレイボーイだった。だから、自分が恋人になったなんて、まだ信じられなかった。
そう……本当に自分はオスカーの恋人なんだろうか……?
付き合い始めて、2ヶ月になる。なのに……オスカーはまだキスすらしてくれないのだ。アンジェが告白して、オスカーが応えてくれて、そのときが最初で、今のところ最後のキスだった。
「やっぱり……先輩、早まったって後悔してるのかな……」
アンジェがポツリと呟いたのを、親友は聞き逃さなかった。
ところは学園内のカフェテリアである。何代か前のローズコンテスト優勝者がこのカフェテリアのパティシェである。そこらの有名洋菓子店なんかよりはずっと美味しいお菓子を出してくれるから、アンジェたちはこのカフェテリアがお気に入りだった。
「オスカー先輩がどうかしたの?」
ロザリアが言う。声がどことなく厳しい。無理もない。ロザリアはアンジェがオスカーと付き合うことに賛成していないのだ。
ロザリアにとってアンジェリークは大の親友であり、目に入れても痛くないほど可愛い天使なのだ。その天使がプレイボーイの赤毛の悪魔の毒牙にかかるのを容認するなんてロザリアには出来ない相談だった。とはいえ、親友はオスカーに恋していて、2人は曲がりなりにも恋人同士として付き合っていて、それはアンジェの両親も、何よりも手強いはずの従兄すらも認めているのだ。
だから、ロザリアとしてはオスカーに嫌味を言ったり、ちょっとした嫌がらせをする程度のことしか出来なかった。
だが、もし、アンジェがオスカーと別れたいと思うのなら話は別だ。それはもう全面協力を惜しんだりしない。全知全能をかけてアンジェに協力するだろう。
「な……ななななななななんでもないの!」
親友がオスカーのことを快く思っていないことを知っているアンジェは慌てて首を振る。こんな不安を打ち明けたら、「あんたを不安にさせるような輩とはさっさと別れなさい」というに決まっている。
「そう?」
何かあるに決まってはいるが、敢えてロザリアは突っ込まなかった。今のアンジェは「お医者様でも草津の湯でも」治せない恋の病にかかっているのだから。
「あ~ら、そこにいるのはローズコンテスト優勝者のお嬢ちゃんではなくて?」
不意にそんな声が響いた。2人が声のほうを振り向くと、いまどきワンレンボディコンの女子大生が数名。
「スモルニィの薔薇って感じじゃないわねぇ……」
「まだほんのお子様ですもの。そんな艶やかなものじゃないわ」
「精々、スモルニィのぺんぺん草ってところかしら?」
「まぁ。それはあんまりじゃなくって?」
大学部のお姉さま方はそんな風にアンジェを馬鹿にする。
「でしたら、お姉さま方はさしずめスモルニィの姥桜、スモルニィのラフレシア、スモルニィのマンドラゴラ、スモルニィの食虫花というところではありませんこと?」
そう切り替えしたのはロザリアである。親友を馬鹿にされて黙っている彼女ではない。しかも、好意は2倍返し、悪意は100倍返しがモットーのロザリアだ。にっこりと優雅な微笑を浮かべ、パープー女子大生たちを撃退する。
女子大生たちはぐっと言葉に詰まると『覚えてらっしゃい』とお決まりの捨て台詞で去っていく。
「ええ、記憶力には自信がありますの。ご心配なく、決して忘れはいたしませんから」
にっこりと微笑みながら、目は笑っていないロザリアである。ついでにテーブルの下では中指を立てていたりする、ちょっと(?)下品なお嬢様だった。
「も~~~ロザリアったら……喧嘩売ってどうするのよ」
アンジェが頭を抱える。ロザリアはかなり喧嘩っ早いのだ……。
「何言ってるのよ。あんたを馬鹿にされてわたくしが黙っていられると思って?」
ロザリアは何でもないことのように言う。オスカーとアンジェの仲が公になってからというもの、アンジェに対する嫌がらせは後を絶たない。尤も、アンジェに嫌がらせをしてくるのはオスカーの元恋人たちではない。そんな後を引くような別れ方はオスカーはしていないのだ。嫌がらせを仕掛けてくるのはオスカーに相手にされないのに追いかけていた女たちだった。
あれでもオスカーは恋人を選んでいた。初めから遊びと割り切れること、精神的に自立していること、オスカーと対等な立場で接することが出来ること。それが最低ラインの条件だった。だからこそ、本気の恋人が出来たとオスカーは彼女たちの正直に告げ、彼女たちも多少残念がりながらも祝福して別れてくれたのだ。
尤も、オスカーの「恋人たち」の条件や、別れた経緯のことはアンジェたちは知らなかった。オスカーがきちんと身辺整理をしたことは、彼を知る者たちにそれだけオスカーが本気なのだと実感させていた。だが……それを知らないアンジェとロザリアが、オスカーの気持ちに不安を抱くことは無理からぬことだったかもしれない……。
「またやってたよ~」
明るく部屋に入ってきて、オリヴィエは言った。大学部自治会の執務室(といえば聞こえはいいが、実際は彼らの溜まり場)である。室内には既にオスカーが来ている。
「またか……」
オスカーは溜息と共に呟く。
何がまたなのか……。
それはアンジェに対する嫌がらせのことである。
オスカーだって知らないわけではないのだ。かつての恋人たちはそんなことをするほど馬鹿ではない。けれど追っかけと化している彼のファンたちは馬鹿が多い。見た目はそれなりの女性だが中身は伴っておらず、それゆえオスカーも相手にはしなかった女たちだ。
その女たちがアンジェに何かとちょっかいをかけている。オスカーの目の前でアンジェに嫌がらせをするほど彼女たちも馬鹿ではないらしく、また、オスカーとツーカーのスウィートナイツがいる所でもアンジェへの攻撃はしない。アンジェ1人か、ロザリアや友人たちと一緒のときだけである。
尤も、ロザリアはアンジェをめちゃくちゃ可愛がっているから、嫌がらせは100倍返しにされているのだが……。しかもロザリアはオリヴィエもしくはリュミエールを通して逐一オスカーに報告してくる。直接ではないのはロザリアがオスカーを敵視していて、直接口を利くのを嫌がっているからだ。
「何とかしないとな」
オスカーもただ手をこまねいているわけではなかった。だが、実際のところオスカーのファンというのははっきり言って全女学生の90%以上にのぼり、簡単にけりがつくというものでもなかった。はっきりと「この女が嫌がらせをした」というのが判れば、手を打ってきた。オリヴィエやリュミエール、かつての恋人たちが協力してくれて。
だが、はっきり判らない相手には手の打ちようがない。だから……オスカーは改めて自分がアンジェに本気なのだと知らしめる機会を探していた。アンジェに対しても、周りに対しても。
「で、アンジェを誘うんだろう?」
オリヴィエが聞いてくる。学園祭の最後に行われるダンスパーティのことだった。
学園祭は高等部と大学部の共同で行われる。ローズコンテストに次ぐ、学園のイベントだった。そしてこの後夜祭で行われるパーティは「舞踏会」と呼んでもいいような、立派なパーティだった。勿論、参加する学生は正装する。男子学生は燕尾服かタキシード、女子生徒はイブニングドレスだ。それなりの格式ばったパーティだから、パートナーとする相手も限られてくるのだ。
つまり……ステディな相手。このパーティにカップルで出席することで学園公認の仲になれるということだった。
毎年、カップルで参加するものはそれほど多くはない。単に「恋人」というだけでは駄目なのだ。既に将来を共にするという覚悟のあるものだけ……。つまり、この若さ(15~22歳)で生涯の伴侶を決めたのだと宣言することに他ならないのだ。
それだけの覚悟を決めての参加だから、仮にその恋人たちの邪魔をするものがいれば、その学生は今後どんな学生会活動にも参加できなくなる。学生会(主にスウィートナイツ)が目を光らせることになる。それくらい、このパーティにカップルで参加するというのはすごいことだったりするのだ。
だから、オスカーはこのパーティを待っていた。アンジェを自分がエスコートしていけば、アンジェと自分は晴れて公認の仲になれる。既にアンジェの両親や従兄からは認められているものの、学園内ではまだ認めようとしないものが多いのだ。オスカーの本気を。このパーティがいい機会だ。自分が本気なのだと知らしめるには。
実は、オスカーが本気だということを知らせたい相手はアンジェに嫌がらせをする女たちばかりではない。アンジェにちょっかいを出そうとする男たちへの牽制でもあった。
実際のところ、ローズコンテストで一緒だったスィートナイツのうちランディ・ゼフェル・マルセルの3人は同じ高等部の生徒ということもあって、アンジェと仲がよかった。彼らもアンジェに好意以上のものを持っていたらしい。しかも、いまだに諦めてはいないようなのだ。オスカーがプレイボーイだったことから、いつかは自分たちにもチャンスがあると思っている。アンジェが自分の女癖の悪さに呆れて、いつかはオスカーが捨てられると確信しているらしい。
他の5人のスィートナイツたちはオスカーをよく知っているから、そんなことは思わないらしいが……。
彼らをはじめとするアンジェを狙っている男どもに思い知らせてやる。オスカーはそう思っていた。
だが……。オスカーはなかなかアンジェを誘うことが出来なかった。それ以前にデートも2人きりで会うこともままならないのだ。
オスカーとしてはこのパーティのパートナーを申し込むということはプロポーズにも等しいことだから、それなりのシチュエーションを整えたかった。学園内ですれ違ったときに、なんていうのは言語道断である。だから、デートに誘おうとするのだが、ことごとく邪魔が入るのである。
2人を結びつけた『ローズコンテスト』が今回は障害となっている。ローズコンテスト優勝者であるアンジェは学園祭では大忙しだ。高等部のメインとなるのが、ローズコンテスト優勝者による喫茶店なのである。主催は高等部生徒会だった。つまりはオスカーが敵視している高等部のスィートナイツたちであり、アンジェの親友であるロザリア(実はロザリアは生徒会長だったりするのだ)である。
その模擬店の打ち合わせだの準備だの、何かと理由をつけてはアンジェを引っ張りまわしている。アンジェが1人になることも殆どないし、デートの時間すら取れないという状態なのである。
オスカーとて大学部自治会の一員であるから、学園祭前の忙しさは並大抵のものではない。しかも2回生は講義の数も半端ではないし、所属しているフェンシング部と馬術部では模擬試合をやることになっているから、オスカーとしては自分があと2人くらいいてほしい状況でもあった。
そんなこんなで、学園祭まであと3日だというのに、オスカーはまだアンジェにパートナーの申し込みをすることが出来ていなかった。
アンジェは溜息をついていた。学園内のカフェテリアである。
このところ、学園祭の準備で大忙しだ。模擬店に出すお菓子のメニューを考えたり、その試作品を作ったり、模擬店に関する打ち合わせをしたり……。授業が終われば全ての時間が学園祭の準備に費やされてしまう。帰ったら疲れていて、いつの間にか眠っている。
もうオスカーに2週間も会っていない。声だけは毎日の電話で聞いているけれど、疲れているアンジェは電話で話しながらいつの間にか眠ってしまうことも多かった。オスカーの声を聞いているとなんだか安心して眠ってしまうのだ。
去年までの学園祭はこんなに忙しくなかった。ローズコンテストに優勝したから、今年は大忙しなのだ(実はロザリアと3ナイツが共謀して忙しくしているのだが、のほほんアンジェはそれに気づいていない)。
今だって気分を変える為ということでカフェテリアにきているが、最終的な打ち合わせの最中だった。
「で、飲み物はこれだけでいいのね?」
ロザリアがアンジェに確認をする。
「え?」
ボーっとしていたアンジェは慌てて聞き返す。
「だから、出す飲み物の種類よ。これだけでいいの?」
ロザリアは呆れたようにもう一度言う。アンジェが何を考えて心ここにあらずという状況になっているのか、おおよその見当はついている。というか、それ以外に理由はないだろう。オスカーのことに決まっている。
アンジェとオスカーはここ2週間ばかり会っていないはずだ。悉く自分とランディ・ゼフェル・マルセルが邪魔しているから。3ナイツの少年たちは何とかしてオスカーとアンジェリークを別れさせたいと思っているようだった。
だが、ロザリアは違う。アンジェが悲しむようなことは絶対にしない。オスカーがアンジェに相応しいとは思えないが、だが、アンジェが望まない限りは別れさせるつもりもないし、そう働きかけるつもりもない。ロザリアが妨害しているのは単にオスカーへの嫌がらせでしかない。
オスカーがどれだけ本気なのかはロザリアもよく知っている。ロザリアはオスカーの親友であるリュミエールとも親しいから、リュミエールからも聞かされているし、オスカーの態度を見れば一目瞭然である。
(それに気付かないようなバカ猿どもには到底アンジェは渡せませんことよ)
もし万が一、仮にアンジェとオスカーが別れるようなことになっても、この年少組には絶対にアンジェを渡すつもりはなかったのである。……尤もロザリアとしてはオスカーにも渡すつもりはなかったのだが……。でも、アンジェが好きなのだからしょうがない。
「コーヒーの種類、少ないのではなくて?」
ロザリアは言う。その言葉に年少組はギョッとしたように顔を上げ、アンジェは驚いたようにロザリアを見つめる。
ロザリアも実は少しばかり反省していたのだ。そう、ミジンコの体重くらいには。リュミエールやオリヴィエに釘をさされたこともある。『オスカーが本気を周りに証明しようとしてるんだからね。アンジェちゃんの為にもそのほうがいいだろ?』と……。
「今のところ決まっているメニューはこれでしょう?」
ロザリアが献立(?)表を広げる。
クッキー……スウィートティークッキー、セサミクッキー、ながれぼしクッキー、アップルスコーン
ケーキ……チーズケーキ、シナモンティーケーキ、ほしくずのケーキ、クラシカルビターショコラ
パイ……グレープフルーツタルト、たっぷりレモンパイ、ながれぼしパイ、タルトタタン
ジュース……レモンスカッシュ、りゅうせいサイダー、メロンクリームソーダ
パフェ……ブルースカイパフェ、タイフーンパフェ、ながれぼしパフェ、しぶいね!まっちゃパフェ
ゼリー……グレープフルーツゼリー、キラキラレモンゼリー、ながれぼしゼリー、なまチョコふわふわババロア
コーヒー……カプチーノ、ながれぼしコーヒー
和菓子……うめあられ、ゆずのかおりタルト、おほしさまだんご、パンプキンだいふく
ティー……ミントティー、りゅうせいちゃ、ストロベリーティー、ドリームティー
これが今決まっているメニューだった。『すっきり』系が多い。メニューを見てロザリアは改めて呆れていた。見事にオスカーの好きなものばかりなのだ。勿論それだけでは少ないから、他にも取り入れていたが……アンジェの選ぶ基準は『オスカーが嫌いではないもの』が最優先だった。中には年少組の嫌いなものも結構入っていたのだが、これはロザリアの嫌がらせである。
「ね? コーヒーだけ、2種類しかないでしょう? これじゃあんまりだわ」
「うん……。そうね」
ローズコンテスト終盤までアンジェはオスカーを避けていたから、自信があるのはこの2つだけだったのだ。『ながれぼしコーヒー』でオスカーに100点を貰ったときに、アンジェはオスカーに告白したのだ。そして……。
そのときのことを思い出して1人で赤くなっているアンジェにロザリアは溜息をつく。
(本当に手のかかる子ですこと。でも、そこが可愛いのだけれど……)
「オスカー先輩に相談して、味見してもらってらっしゃいな。決まるまで帰ってきてはだめよ。準備はわたくし達がしておくから」
ロザリアは言う。実際これだけのお菓子をアンジェ1人で大量に作るのは難しいから、前回のコンテスト出場者全員でアンジェのレシピを元につくることになっているのだ。
「ありがとう、ロザリア!」
「決まったらメール入れておいて。材料の準備をするから」
「うん!」
アンジェはにっこりと笑い、走り出す。と思いきや慌てて引き返すとロザリアに抱きつき頬にキスした。
「ロザリア、大好き!」
「……もう、恥ずかしい子ね。とっととお行きなさい」
「うん」
愛らしく頷くとアンジェは今度こそ本当にオスカーに会う為に大学部へと走っていった。
それを見送るロザリアに恨みがましげな6つの視線が向けられる。
「てめー、裏切りやがったな!」
「そうだよ、ひどいよ、ロザリア。アンジェをオスカー先輩の所に行かせるなんて」
「ほっぺにチュー……ほっぺチュー……ずるい……」
愚痴愚痴と文句を言う3人にロザリアは冷たい一瞥を投げかけ、そして高らかに笑ったのである。
「アンジェの笑顔を守るのがわたくしの務めですわ。を~ほっほっほ」
アンジェは必死に走っていた。高等部の敷地を抜け、大学部へ行く。
「あら、アンジェちゃん、そんなに慌ててどこに行くの?」
また意地悪な化粧お化け(女子大生たち)が出たのかと思ってうんざりしながらアンジェが振り向くとそこにいたのはサラだった。サラは火龍族の留学生だ。隣には婚約者のパスハもいる。
「サラ先輩、オスカー先輩知りませんか?」
サラであることに安心してアンジェはほっとしながら聞いた。サラはアンジェを可愛がっていて、元々姉御肌なところも手伝って化粧お化けからアンジェを守ってくれる1P人だった。
「オスカーなら、自治会室にいるはずだ」
横からパスハが答える。
「ありがとうございます!」
そういうとアンジェは2人の先輩たちが何かを言うよりも早く、駆け出していた。
「ふふふ、今日はアンジェにとってもオスカーにとっても素晴らしい日になるわね」
「それは星のお告げかい、サラ?」
「いいえ、女の勘よ」
サラに教えられたとおり、オスカーは自治会室にいた。が、いたのはオスカーだけではない。大学部に在籍するスウィートナイツが全員揃っていた。まぁ、スウィートナイツは自治会役員もかねているから当然なのだが……(しかし何故そんな面倒なことをクラヴィスがやっているのか、幼馴染としてとても不思議なアンジェである)。
勢いよく扉を開けたものの、アンジェはその場で固まってしまった。従兄が怖い目で睨んでいる。
「何事だ、リモージュ。いきなりノックもなしに。しかもここは大学部だぞ。高等部のお前が……」
「はいはいはい~煩いのはほっといて、どうしたのアンジェちゃん?」
ジュリアスがガミガミやり始めたのを無視して、オリヴィエが助け舟を出す。
「オ……オスカー先輩にお話があったんですけど……出直します」
居たたまれなくなってアンジェは回れ右。オスカーが立ち上がった瞬間、それまで居眠りしていたかに見えたクラヴィスがいいタイミングで口を開いた。
「その必要はない。オスカーは帰るところだ」
「ええ~。もう話し合いは終わりましたからね~。ナイスタイミングでしたよ~アンジェ」
のほほんとお茶をすすりながらルヴァが言葉を補う。
その間ジュリアスの口にリュミエールが無理やりケーキを詰め込み、口を挟めないようにする。ケーキはお茶請けで、ジュリアスのお手製だったりする。流石はケーキのスウィートナイツ。流石はスウィートナイツのお茶会……じゃなくて会議というべきか?
「……ああ、ちょうどよかった、俺のお嬢ちゃん」
ジュリアスに心の中で詫びながらオスカーはアンジェの肩に手をかける。ちゃっかりいつの間にか上着を着てテキストを小脇に抱えてアンジェの隣に立っていた。
「じゃあ先輩方、お先に失礼します」
そう言って同級生2人には「Thank you」と目配せをする。
「行こうか。アンジェ」
アンジェを促すとオスカーは部屋を出る。この後のジュリアスの怒りを想像しながら。
そう、本当は会議は終わってなんかいないのだ。ただ、オスカーが日ごろのイライラがたまって作業能率も落ちているものだから、全員(マイナス1名)が一致団結してオスカーを追い出してくれたのである。
「態々大学部にまで来るなんてどうしたんだ?」
オスカーは嬉しくて堪らないのだが、努めて普通の声(でも女性に対してだから甘い声)で言った。
「えっと、喫茶店に出すコーヒーの種類の相談です」
その答えにオスカーが落胆する半瞬前にアンジェは言葉を続けた。
「っていうのはロザリアが考えてくれた口実です。オスカー先輩に会う為に考えてくれたの」
にっこりとアンジェは花のように微笑む。それだけでオスカーのこれまでのいらいらはすっかり消えていく。
(ロザリアも少しは反省したのかな。これまで散々妨害してくれたからな)
オスカーはそう思った。もしロザリアが聞いたら……「そんなわけありませんでしょう、このスットコドッコイ。アンジェの為ですわ。を~ほっほっほ」と言うに違いない。
「だって、2週間も会ってなかったんだもん……」
その可愛らしく拗ねたような口調にオスカーは堪らず、ここが校内であることも忘れてアンジェを抱きしめた。いや、忘れてはいないのだが、オスカーにとってはどうでもいいことだった。
だが、アンジェはそうは行かない。
「オ……オスカー先輩、ここ学校ですよ~~~恥ずかしい……」
そういわれて渋々とオスカーはアンジェを放す。
「せっかく時間もあるし……今日は一緒に食事にでも行こう」
蕩けるような甘い笑みを浮かべてオスカーは言う。勿論アンジェがNoと言うわけはなかった。
オスカーにしてみれば漸く訪れたチャンスである。確りと決めたシチュエーションで後夜祭のパートナーを申し込みたかった。
「じゃあ、6時に迎えに来るから……ドレスアップしといてくれよ、俺のレディ?」
オスカーはアンジェを家まで送っていった。そして、確り迎えに出た母親に挨拶をする。
「お嬢さんをお借りいたします。6時にはお迎えに参りますので」
元々オスカーに好意的な母親はにっこりとそれを了承する。オスカーの紳士的な態度もポイントが高かった。父親はというと……自分が嗾けたにも拘らずむっつり不機嫌である。世の父親というものは得てして娘のボーイフレンドに点が辛く、どんな男だろうと気に食わないものである……。
オスカーが一旦帰っていくと、アンジェはばたばたと大騒ぎだ。
「ママー! この前買ったワンピースどこ?」
「や~ん、リボンが曲がっちゃった」
「あれ~~これに合う靴がない~~~」
どたばたと走り回る娘を落ち着かせて、母はまるで自分のことのように楽しそうにアンジェの支度を手伝っていた。そして着替え終わったアンジェに淡いピンクの口紅で軽く化粧をして、取って置きのピンクパールのイヤリングまで貸してくれた。
母親の直感は侮りがたし……。
時間の2分前にオスカーが迎えに来た。現れたアンジェを見てオスカーは暫く言葉もない。
柔らかなオーガンジーの、淡いベージュのドレス。同素材の薄いストール。珍しく足元は桜色のハイヒール。
「綺麗だ、アンジェ……」
心からそう呟くとアンジェはくすぐったそうに笑う。
「では、10時までにはお嬢さんをお送り届けしますのでご安心ください」
心配そうに居間のドアの隙間から覗き込んでいるカティスに聞かせるようにオスカーは言う。
「貴方が紳士だってことは信じてますから、大丈夫よ。オスカー」
母親はくすくすと笑いながら、娘とその恋人を送り出した。
「よかったわ、ドレスが無駄にならなくて」
母親はにっこりとカティスに向かって言う。ドレスとはアンジェが着ていったもののことではない。実は今度の後夜祭の為に母親はこっそりとドレスを準備していたのである。
母もカティスもスモルニィの出身だから、後夜祭の意味は知っている。そして、オスカーがアンジェをどれほど真剣に愛しているかも。でなければ、態々付き合い始めてまもなく挨拶には来ない。まだアンジェは17歳でオスカーは20歳なのだから。
母もカティスと一緒に後夜祭に出たことがある。そのときに着たドレスは今でも一番の思い出の品としてウエディングドレスと一緒に仕舞ってあったのだ。そして母はそれを今に合うようにアレンジしてアンジェのサイズにリフォームしておいたのだった。
「これを受け取ってほしい」
食事が終わり、デザートとなったところでオスカーはベルベットの小箱をアンジェに差し出した。
大人っぽい洗練された雰囲気のレストラン。おいしい食事と少しのワイン。そして今夜はオスカーがアンジェをレディとして扱ってくれたことにアンジェは夢見心地だった。
「オスカー……?」
アンジェは不思議そうな表情で小箱を受け取る。そっとふたを開けると、そこには可愛らしいデザインの指輪が入っていた。デザインこそ可愛らしいものの、プラチナにピンクダイヤの高級品である。
「これ……」
アンジェは驚いてオスカーを見上げる。
「婚約指輪は……君が卒業してから改めて贈らせてくれ。それはステディリングくらいのつもりでいてくれたらいい」
らしくもなく弱気な口調でオスカーは言う。まだアンジェは結婚なんて考えてもいないだろうから、だから、婚約指輪ではなくステディリングだと言った。
「ううん……これでいい」
そういうアンジェの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ね、オスカーがはめてくれる?」
アンジェはそう言って左手と指輪をオスカーに差し出す。
「ああ……喜んで」
アンジェの白く細い指に指輪をはめ、そのまま指先に口づける。
「後夜祭、俺のパートナーになってくれるか?」
てんやわんやの学園祭も終わり、後夜祭。
オスカーは美しくドレスアップしたアンジェと共に参加し、大いにアンジェのファンの男たちを悔しがらせた。
「ほう、アンジェがあんなに美しいとは思わなかった」
婚約者と共に出席していたジュリアスは従妹の美しさに驚いていた。可愛いとは思っていたが。
「お馬鹿さんですわね。アンジェがあんなに綺麗なのはオスカーがいるからですわ、悔しいことに」
ロザリアはそう答える。実はこの2人、生まれながらの婚約者というやつである。ただ「アンジェが1人で参加する限り一緒には参加いたしませんことよ」というロザリアの主張の許、これまでは一緒に参加したことはなかったのだが……。はじめから尻にしかれているジュリアスである。
後夜祭以降、アンジェを苛める化粧お化けはいなくなり、漸くスウィートナイツ年少組の邪魔もなくなった。
尤も、ロザリアのオスカー虐めだけはなくならなかったが……。
「を~ほっほっほ。女の友情をなめないことね!」
オスカーにとっての受難は始まったばかり??
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