女王候補の受難(?)
256代女王ロザリア・デ・カタルヘナの名において女王試験が行われることになったのは、彼女が即位して1年にも満たない時期だった。新宇宙が漸く落ち着き、ロザリアの治世は安定し始めている。女王の補佐官であり、親友であるアンジェリーク・リモージュも補佐官の職務に慣れ、何とか守護聖首座のジュリアスから叱責を受けることはなくなった(廊下を走るな、などのお小言は未だにあるが)、そんな時期。いきなり女王は女王試験を行うことを宣言したのである。
守護聖たちにとっては寝耳に水。密かに準備を進めていた女王と補佐官以外は誰も知らなかったことだった。
だが、暇になっていた年少組をはじめ、守護聖たちは活気付いた。余りに有能な女王の下、守護聖たちはちぃーっとばかり暇を持て余し、物足りない思いをする日々を過ごしていたのだ。
そんな中で、この女王試験の実施により思いっきり被害を受けた者1名、それを喜んだ者9名。
実は、この試験が行われなければ『ハッピー、ハッピー、ハッピッピ。君も俺もハッピッピ』となる2人がいた。炎の守護聖オスカーと女王補佐官アンジェリークだ。宇宙がある程度落ち着いたら結婚することになっていたのである。
結婚式を延期するように女王から命じられたオスカーはこともあろうに女王に噛み付いた。
「どうして延期しなくてはならないんだっ!」
一日千秋の思いで、宇宙の安定を齎す為に必死で働いてきた。ジュリアスからも、そろそろ準備を始めても良いと許可をもらったばかりだった。(そのとき、ジュリアスが思いっきり不本意そうな表情をしていたことに、浮かれまくっていたオスカーは気付かなかったが。)
「女王試験を円滑に、効率よく進める為です」
きっぱりと女王の威厳を漂わせてロザリアが言い切る。……本当は、女王試験なんて口実でしかなかった。愛しい、この宇宙で最も愛しい少女を、親友をこの憎たらしい男に渡すのを出来るだけ延期したかったのだ。そして、その思いは他の守護聖たちにも共通しており、彼らも『してやったり』とほくそえんでいる。
「だが……!」
なおもオスカーが反論しようとするのを、ロザリアはメデューサのような鋭い目で睨みつけた。
「女王の決定です! 逆らうことは許しません!」
「オスカー様……。わたしだって残念だわ。でも、ロザリアにはロザリアの考えがあってそう決めたと思うの。ごめんね、って凄く申し訳なさそうにわたしに言ったの。だから、もう少しだけ、我慢しましょう?」
どうして納得したんだ、とオスカーに問われたアンジェリークはそう答えた。
(凄く申し訳なさそうな顔……? 俺には勝ち誇ったような顔に見えたぞ……)
今1つ納得できないオスカーではあったが、何よりも大切な、可愛い天使にそう言われては、これ以上我を通すことも出来ない。
「判った……。さっさと女王試験を終わらせて、結婚しよう!」
オスカーはそう言ってアンジェリークを確りと抱きしめた。
やがて聖地に試験の教官と協力者が招致され、2人の女王候補が召喚された。
小麦色の肌をした金髪の女王候補は天才の名も高いレイチェル・ハート。茶色の髪をしたスモルニィ女学院の女王候補はアンジェリーク・コレット。奇しくも補佐官と同じ名前だった。
2人とも、なかなかに意志の強そうな、有体に言ってしまえばかなり負けず嫌いな、勝気な性格をしている。こともあろうに、謁見の間に入る直前に取っ組み合いの喧嘩をしようとしていたのだ(補佐官が2人を呼ぶのがあと5秒遅かったら、喧嘩していただろう)。年少のメル・マルセル・ティムカなどは、互いを睨みつける女王候補を見て怯えてしまったほどだった。
アンジェリーク・コレットとレイチェル・ハート。2人はことあるごとに張り合いながら女王試験を進めていった。
オスカーはらしくもなく憂鬱な気分で溜息をついた。そろそろ来る頃だと思うと、気分がげんなりしてくる。でも、これも職務の1つと思えば、逃げるわけにも行かない。だが、せめて日の曜日くらいは恋人と過ごしたかった。
「女王候補に簡単に恋が許されると思われては困りますからね。アンジェリークとオスカーが恋人同士であることは知られてはなりません」
女王ロザリアはそうのたまって、試験の間、オスカーとアンジェリークが恋人として会うことを禁じた。流石にこの決定にはアンジェリークも不満げだったが、自分たちがここまで辿り着くのにどれだけ大変な思いをしたかを思い出し、渋々と頷いたのである。アンジェリークが頷いてしまえば、あとはどれだけオスカーが騒いでも無駄であった。
「仕方ない、早々に女王試験を終わらせるしかないな」
そう決心したオスカーは精力的に試験に取り組んだ。その姿を2人の女王候補は頼もしいものと思ったのだろう。加えてかつては聖地1のプレイボーイだったほどのオスカーである(今は、金色の天使にぞっこんで他の女性など目に入らない)。精悍なマスクにセクシーな声、更には乙女心をくすぐる甘~い科白。2人が『オスカー様とラブラブになりたい!』と思うのも無理のないことだった。
オスカーは再び溜息をつく。
「「オスカー様、お誘いに来ました!」」
バンっと扉が開いて、2人の女王候補が姿を現した。先を争うように、部屋に入ってくる。
オスカーはげんなりとした気持ちを何とか隠し、蕩けるような甘い笑顔を向けた。
「今日も元気だな、お嬢ちゃんたち」
オスカーのその笑顔にポーっとなりながら、2人は異口同音に言う(殆ど叫んでいる状態だ)。
「「今日はわたしと外に行きませんか?」」
言ってから、2人はキッと互いを睨む。
「お嬢ちゃんたち、俺にはどちらかを選ぶなんて罪なことは出来ないな。……だが、今日は茶色の髪のお嬢ちゃんと先約があっただろう。小麦色の肌のお嬢ちゃんには悪いが、またの機会にな」
瞬間コレットが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。レイチェルは悔しそうな表情をすると、コレットを睨む。
「じゃあ、オスカー様、今度はワタシとデートしてね!」
「ああ、また今度」
そう言って取り敢えず喧しい少女の1人を追い出す。
「さて、俺とどこに行きたいって?」
「庭園に行きましょう!」
「……ああ、判った」
本当は断ってしまいたい。けれど、女王からの厳命で、守護聖たちは女王候補の誘いを断れないことになっている。
試験開始から111日を越えた段階で、親密度100を超えている守護聖がいない為であった。
仕方なくオスカーは執務室を出て庭園へ向かった。
アンジェリークは、庭園のベンチで深い溜息をついた。
女王試験が始まって133日が経過している。自分たちが受けた女王試験では、ロザリアの即位が決定していた時期だ(アンジェリークがオスカーと結ばれ、女王候補を辞退した為に。お互いにあと2~3件の建物で伝説の島に着くところだった)。なのに、新宇宙の惑星数は2人合わせても20に満たない。これではまだまだ女王試験は終わらない。
もうどれだけオスカーと過ごしていないだろう? いくら女王の命令とはいっても、承諾しなければよかった。恋人であることを隠すなんて。全てのプライベートな接触を禁じられてしまったのだ。女王候補の前でだけ、隠していればいいと思っていたのに。
オスカー様に逢いたい。逢って、抱きしめて欲しい。キスして欲しい。
「あれ~、アンジェリークじゃないか。どうしたのさ、こんな所で」
オスカー曰く『極楽鳥度パワーアップ』な煌びやかな衣装をつけたオリヴィエが現れる。
「オリヴィエ様、こんにちは」
微笑んで挨拶したアンジェリークに、オリヴィエは眉を寄せる。
「あんた……また睡眠不足してるね」
うに~っとアンジェリークの頬を引っ張ってオリヴィエが言う。
「女王試験が巧くいってない所為だね?」
「ええ……」
勿論それだけではない。オスカーに逢えないことが一番の原因だ。だがそれも、女王試験が順調にいっていればとっくに解決しているはずの問題だった。
「わたしの指導の仕方に問題があるんだろうな~って思って……。ディア様みたいにどうして出来ないんだろうって思うと情けなくって……」
前補佐官ディアは自分たち女王候補に適切なアドバイスをくれた。なのに……とアンジェリークは思う。だが、実際のところ、ちゃんとアンジェリークは適切なアドバイスをしているのだ。ただ女王候補たちが聞いていないだけ。
「全く、あの子たちにやる気はあるのかねぇ」
それに気付いているオリヴィエは溜息交じりに言う。守護聖たちの態度にも原因はある。アンジェリーク・ロザリアという歴代の中でも特筆すべき資質を持っていた女王候補たちと比べてしまっているのだ。その為に、物足りなさを感じ、つい厳しい態度を取ってしまう。前回の試験から然程経っていないことも一因となっている。で、そうした守護聖たちをつい女王候補も敬遠しがちで、育成も巧く進んでいない。
「オスカーさまぁ、こっちですぅ~」
溜息をついている2人の耳に、甘えた女王候補の声が聞こえた。
声のしたほうを見るとコレットがオスカーの腕を引っ張って甘えている。オスカーは苦笑しながらまんざらでもなさそうだ(と2人の目には映った)。
「お嬢ちゃん、そんなに慌てなくても時間はたっぷりあるだろう?」
オスカーの優しい声が聞こえる。
「あ~あ……ったく、何やってんだか、あいつも」
オリヴィエが呆れた声を出す。オスカーが早く女王試験を終わらせたい一心で精力的に取り組んでいることは知っている。それが女王候補たちの誤解を生んでいることも。
(オスカー様の馬鹿……!)
アンジェリークだって、それは知っている。でも、それとこれとは別だ。そんな思わせぶりな態度を取って……!
「行きましょう、オリヴィエ様!」
グイっとオリヴィエの腕を引いて立ち上がると、アンジェリークは自分の腕をオリヴィエのそれに絡ませる。
腕を組んで、2人はオスカーとコレットの前に現れる。
「あっ、アンジェリーク様、オリヴィエ様、こんにちは! デートですか?」
2人の姿を見てコレットが尋ねる。オスカーといえば、『ゲッ』っといった表情で固まっている。アンジェリークに(不本意ながらも)デートしている所を見られてしまったこと、オリヴィエと一緒に(しかも腕なんか組んで!)いる所を見てしまったこと、2つながらにショックだった。
(極楽鳥め! よくも俺のアンジェリークに!!)
「貴女もなの? アンジェリーク。たまには息抜きも必要だけれど、息抜きばかりでは駄目よ。オスカー様も、そこのところを弁えてくださいね」
思わず、嫌味が口をつく。その場にいた誰もがそのことに驚く。アンジェリークがこんなことを言うなんて、今までになかったことだ。だが、その言葉に一番驚いていたのは言った当人だった。
「コ……コレット、たまにはわたしの所にも育成の依頼においでよね。寂しいじゃん……」
その場を取り繕おうとしてオリヴィエが更に拙いことを言ってしまう。これでは嫌味を重ねているようなものだ。拙いと思ったオリヴィエは急いでその場を去ろうとアンジェリークを促した。
「じゃ、行こうか、アンジェ」
「……ええ。じゃあ、アンジェリーク。オスカー様には気をつけてね」
何とかコレットに優しい笑みを見せてアンジェリークは言う。が、オスカーに関しては完全に無視。
(やば~……)
冷や汗をかきながら、オリヴィエはアンジェリークを連れてその場を離れた。
「オリヴィエ様、呆れちゃったでしょ?」
執務室でお茶を入れながら、アンジェリークは言った。
「あの嫌味はきつかったかもね~。でも、いいんじゃない? あれくらい言わないと堪えないだろうし」
アンジェリークは天使だった。その天使が嫌味を言っても仕方ないと思うくらいのお粗末な結果しか出ていないのは事実だったから。勿論、あの発言がそれだけの理由に起因しているわけではないことは判っていたが。
「オリヴィエ様……やっぱりお優しいんですね」
自分が女王候補だったときから、何かと頼りにするのはオリヴィエだった。オスカーと喧嘩したときも、オスカーとのことで悩んだときも、いつも相談に乗ってくれて愚痴を聞いてくれたのはオリヴィエだ。
「あの子たちの話題、いつもオスカー様なんです。お茶会とかするでしょ? 少しでも育成が順調に行くようにって……。でもあの子達、オスカー様のことばかりわたしに聞くんです。何度、オスカー様はわたしの恋人よって、言いたくなったか……」
苦笑してアンジェリークは言う。笑うしかない、という感じだった。
「あーあ、わたし、自分がこんなやきもち焼きだったなんて思わなかった……」
しゅんとしてしまったアンジェリークを見て、流石にオリヴィエも良心が痛んだ。アンジェリークを独り占めしているオスカーが憎たらしくて、2人の結婚延期&恋人であることを隠すという女王の決定に賛成した。前回の試験と違って切羽詰ったものではなかったから真剣に取り組んでいたわけでもなかった。でも、自分たちの大切な天使にこんな顔をさせてはいけない。
「オスカーとちゃんと喧嘩するんだよ? わたし以外の女の子と仲良くしないでって。じゃないと、あいつの病気は治らないからね」
そんな言葉で、オスカーと会うことを薦める。
「でも……そんな我が儘言えない……」
「それくらい言っていいんだよ。わたしたちの大事な天使を独り占めするんだから」
ポンポンと頭を叩いてオリヴィエは言った。
アンジェリークの部屋を出ると、オリヴィエは各守護聖を説得し、『さっさと女王試験終わらせるぞ作戦』を開始した。
ジュリアス・ランディ・マルセル・オリヴィエがコレットと親密度を上げ、クラヴィス・リュミエール・ゼフェル・ルヴァはレイチェルと親密度を上げる。そしてさっさとサクリアのプレゼントが出来る状態になって、がんがん力を贈って、どっちでもいいから女王にしてしまえ。それが作戦の概要だった。
女王からオスカーとアンジェリークが女王候補にばれない程度なら一緒に過ごしてもいいという許可をもらったのはそれから間もなくのことだった。流石にロザリアもここまで女王試験が長引くとは思っていなかったのだ。日に日に元気がなくなるアンジェリークを見ていられなくて、ついにロザリアは折れたのである。ちなみにオスカーのことはどうでも良かった。
「ありがとう! ロザリア!!」
満面の笑みを湛えたアンジェリークに抱きつかれてそう言われると、ロザリアはホッとした。
139日ぶりにアンジェリークとオスカーは夕食を共にした。
「ああ、君とこうやって2人きりになれるのも久しぶりだな」
心の底から嬉しそうにオスカーが言う。1人でする食事がどんなに味気なかったか。ついつい酒量が増えてしまっていたほどだ。
「ええ、本当に」
こちらも嬉しそうに微笑んでアンジェリークが応える。それから少し恥ずかしそうに頬を染めて言った。
「ずっと、寂しかったわ……」
その表情が余りに可愛らしくて、オスカーはぎゅっとアンジェリークを抱きしめる。
「俺もだぜ、アンジェリーク。君と一緒にいられない時間がどれほど苦しかったか……」
自分が傍に寄れない間、ジュリアス・クラヴィス・ルヴァ、そしてロザリアがアンジェリークの傍に始終ついていた。(そこは俺の場所だ~~~!!!)と、何度心の中で叫んだことか。
「その割には、アンジェリークやレイチェルと楽しそうにしてたわ」
拗ねるようにアンジェリークが言う。ちょっと上目遣いに睨む表情も堪らなく愛らしい。
「妬いてるのか? 可愛いな、俺の天使は」
嬉しくて顔が弛んでしまう。それが何故か、アンジェリークの目には余裕の笑みに映ってしまう(何でだ、アンジェ!?)。
「もう、知らない!」
更に拗ねたようにアンジェリークは顔を背ける。
「俺だって、他のやつらに嫉妬したんだぜ? 俺の天使に近寄るんじゃないって何度叫びたかったか」
そっとアンジェリークの頬に手を当て、顔を向けさせる。優しい瞳でアンジェリークを見つめる。
「本当?」
「ああ。ジュリアス様や陛下にさえ、そう叫びたかった」
そう告げると、そっと唇を重ねる。
「今夜は帰さないから、そのつもりでな」
オスカーはアンジェリークを抱き上げると、甘く囁く。
アンジェリークは頬を染めて頷くと、オスカーの首に腕を回し抱きついた。
その夜、炎の守護聖の館では果てしない甘い囁きが……。
『さっさと女王試験終わらせるぞ作戦』発動により、コレットとレイチェルはすっかりペースが狂ってしまった。毎日のように誰かが誘いに来るのだ。時には守護聖が鉢合わせすることもあった(何故かそのときには互いに譲り合っているような気がしたが)。2週間も経つ頃には育成の依頼をしていないにもかかわらず、勝手に育成する守護聖が現れた。
「いったい、どうしたってワケ~?」
レイチェルが叫んだ。コレットの部屋である。2人とも守護聖の豹変に面食らっている。断っても強引に連れ出す守護聖たちの所為で、ここのところ本命であるオスカーとのデートが出来ないでいる。
「絶対明日の日の曜日はオスカー様の所に行くわ!」
めらめらと闘志を燃え立たせてコレットが言う。
「ワタシだって! 今度こそ、決着をつけようよ! オスカー様に、選んでもらうんだ」
ま、わたしが選ばれるに決まってるケド。そう思いながら、レイチェルが言う。
「じゃあ、明日は2人でオスカー様を森の湖にお誘いして決着をつけましょ!」
オスカー様に選ばれるのはわたしよ、お気の毒様。そう思いながらコレットは言った。
「オスカー様、今日ははっきりさせてください! わたしとレイチェルのどっちを選ぶんですか!?」
翌日、まだ聖地が寝静まっている時間に特別寮を抜け出した2人は朝一番でオスカーを森の湖に連れ出した。オスカーの館まで押しかけ、殆ど無理矢理連れ出したのだ。そして第一声がこれだった。
昨夜の愛の交歓が明け方にまで及んでいたオスカーは寝不足の頭でコレットの言葉を反芻した。
「選ぶって、何をだい、お嬢ちゃん?」
「決まってるじゃないですかー! ワタシとアンジェリークのどっちを恋人に選ぶんですか!?」
何言ってんの~? というようにレイチェルが言う。
「何が決まってるって? 俺がいつ、お嬢ちゃんたちを恋人にするなんて言った?」
寝不足で結構不機嫌になっているオスカーはかなり冷たい口調で言った。今日は愛しいアンジェリークと2人で1日中寝室に篭っていようと思っていたのに。
「だって、いつもデートして……」
「甘~い声で……」
オスカーに反論しようとして、2人はハタと気付いた。オスカーからデートに誘われたことは一度もないこと。『女王候補としての資質』について誉められたことはあっても『女』としての魅力については一言も触れられなかったこと。
「俺は女王候補のお嬢ちゃんたちとは、女王候補と守護聖としての付き合いしかしていないが。何か誤解してやしないか?」
はっきりとオスカーは不機嫌な口調で言った。こんなことに付き合っている間にアンジェリークとの貴重な時間が奪われているのだ。
「そんな……」
確かに思い返してみれば、そうなのだ。2人は黙り込んでしまった。
「オスカー様? そこにいるの?」
その沈黙を柔らかな愛らしい声が破る。補佐官アンジェリークが現れたのだ。
「ああ、アンジェリーク。起きてしまったのか?」
2人が見たこともないような優しく甘い笑顔でオスカーはアンジェリークに微笑みかける。アンジェリークを手招き、朝露に濡れないように自分のマントをアンジェリークにかけてやる。アンジェリークもそれを当然のように自然に受け入れている。
「あら……アンジェリーク、レイチェル。おはよう。随分早いのね」
いつもの柔らかく温かい微笑みでアンジェリークは2人に声をかける。女王候補2人は呆然と目の前の如何にも幸福な恋人同士を見つめていた。
「あの……ひょっとしてオスカー様とアンジェリーク様って……」
恐る恐るという風にレイチェルが訊ねる。
「女王試験が一段落ついたら、結婚するんだ。おっと、女王陛下から女王候補には内密にって言われてたんだったな」
わざとらしくオスカーが言う。
「ま、そういうわけだ、お嬢ちゃんたち。俺も守護聖として出来る限り協力するから、何かあったらいつでも言ってきてくれ」
オスカーはそう言うとアンジェリークの肩を抱いて、歩き出す。
「何か困ったことがあったら、いつでも言ってね」
アンジェリークも優しく微笑んでそういうと、オスカーと去っていった。
「……ねぇ……ワタシタチって、いったい何ナノ?」
「思いっきり、馬鹿なんじゃない……?」
力が抜けてしまったように2人は顔を見合わせた。
「「オスカー様のバカヤロー!!」」
二人の虚しい叫びが、森の湖にこだました。
それから2人の女王候補は、今まで無駄な時間を過ごしたといわんばかりに育成に力を注ぎ始めた。そうすると、守護聖たちが目を見張らんばかりの成果が現れ始めた。女王候補としての素晴らしい資質を発揮しだしたのだ。それは当然、2人がこれまで真剣に取り組んでいなかったことの証明ともなってしまったが……。
やがて、新宇宙には惑星が満ち、力強い宇宙が出来上がったのであった……。
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女王陛下並びに八守護聖の陰謀
炎の守護聖オスカーは悩んでいた。
聖地にこの人有りと謳われたプレイボーイ(但し、『女ったらしの代名詞』』欲望の守護聖』『下半身の守護聖』『無節操の守護聖』など、オリヴィエ・ゼフェルあたりからは言われ放題)。どんな女性も彼が甘く囁くだけで、微笑むだけで簡単に彼の手に落ちる――はずだったのだ。これまでは。
彼の腐敗、じゃなかった、不敗伝説(あるのか、そんなもの)は今まさに消えようとしている。
金色の天使――女王補佐官アンジェリークによって。
ある日の庭園で。
「今日も美しいな、補佐官殿は。君の前ではどんな花も色褪せてしまうぜ。罪な女だな、君は」
「やだ、オスカー様ったら」
バッチーン(アンジェリークが力いっぱいオスカーの背中をはたく音)
ある日のカフェテラスで。
「なぁ、補佐官殿。美しい星を眺めながら2人の未来を語り合わないか?」
「夜更かしするとオリヴィエ様に怒られちゃうから駄目です~」
ある日のオスカーの私邸で。
「ぜひ君と夜明けのコーヒーを……(……古い)」
「じゃあ、5時ごろ伺えばいいですか? 起きられるかなぁ」
ある日の森の湖で。
「アンジェリーク……君のことが好きなんだ……」
「わたしもオスカー様のこと好きですよ」(ニッコリ 天使の微笑み付き)
というように、ことごとくオスカーの攻撃は躱されていた。
アンジェリーク本人はどうやら『口説かれている』という自覚はないらしい。彼のいつものリップサービス――そう思っているようだった。日頃の行いが完全に祟った、という生きた見本がここにいたわけである。
だが、彼は知らない。オスカーのその性癖・日頃の行いを利用して張り巡らされた陰謀(?)を……。
アンジェリークは確かに恋愛に疎い。スモルニィ時代も恋愛よりは甘いお菓子や可愛いぬいぐるみに興味があった。何度かラブレターなるものを貰ったこともあるが(この事実を女王&守護聖が知ったときは、過去のこととはいえ嫉妬のあまり『黒いサクリア』が目覚めてしまうところだった)、興味がなかったので丁重にお断りしていた。友人からも『あんた、一生縁がないかも』と言われたほどである。それくらい、こと恋愛に関しては鈍かった。
けれど、そんな彼女も女王試験の最中に恋をした。もし主星に住む両親がそれを知ったら『アンジェリークも漸く女の子になった!』と喜びの余りにお赤飯(そんなものが主星にあれば。、だが)を炊いてお祝いしたに違いない。それくらいアンジェリークは恋愛に疎かったのだ。
思い返せば、恐らく出会った瞬間に恋に落ちていたのであろうが、ほえほえっとしたアンジェリークはなかなかそれに気付かなかった。寧ろ周囲の人間のほうが先に気付いたほどだ。もう1人の女王候補ロザリアと、想い人以外の8人の守護聖のほうが。
そのことにより、とある長期的な陰謀(?)が画策されることとなったのである。
「ねぇ、ロザリア。このところオスカー様、ヘンじゃない?」
ごくごくプライベートな女王のお茶会(ロザリアとアンジェリークの2人だけ)の席で、アンジェリークはロザリアに言った。
『オスカーがヘンなのはいつものことでしょ』なんてことを言いそうになったロザリアだったが、ぐっとそれを我慢する。『酷いわ、ロザリア……』と言いながら、翠の瞳に涙を浮かべるに決まっているのだ、この天使は。
「わたくしには変わらないように見えるわよ(いつもヘンなんだし)」
「そうかなぁ……。なんだかお元気ないみたいだけど……」
自分に対するアタックが全く功を奏していない所為だなどとは夢にも思っていないアンジェリークである。
んー……とアンジェリークは首を傾げる。その仕草が余りに愛らしくて、ロザリアはアンジェリークを抱きしめたくなる。
(可愛い……可愛いわ……)
はっきり言って、ロザリアは何よりもアンジェリークが大切だった。女王なんて面倒なことをやっているのも全てこの天使を守る為である。女王の命令であれば大概のことは可能だし、守護聖をはじめ彼女に近づくものの生殺与奪は思いのままだ。アンジェリークはロザリアにとって何者にも換えられない宝なのである。
しかし、その天使はよりにもよって、嫌な相手に恋してしまっているのだ(ロザリアにしてみれば、アンジェリークが恋する相手と言うだけで『嫌な奴』になる……)。
「やっぱり気になるの、オスカーのこと?」
ちょっとばかり意地悪な口調でロザリアは言ってやった。すると、ボンっと擬音がつきそうな勢いでアンジェリークは真っ赤になる。
「……そ……それは……あの……えっと……」
真っ赤になって、アンジェリークはしどろもどろだった。そんなアンジェリークを見ると、ロザリアとしては何とかしてあげなくちゃね……と思ってしまう。本当はあんな男にアンジェリークは渡したくないのだが……。
「オスカーをデートにでも誘って、訊いてみればいいんじゃない? あんたが誘えば、きっとほいほいついてくるわよ」
「そうかなぁ。でも、ま、いっか。お誘いしてみるね、ありがとうロザリア! やっぱり持つべきものは頼りになる親友ね!」
にっこりと天使の微笑みでそう告げられて、ロザリアはその日中ずっとご機嫌だった。
やったぜ、俺! 今度こそ決めてやるぜ!
その日のオスカーは気合が入りまくりだった。彼が求めてやまない、愛してやまないアンジェリークから『2人っきりでお会いしたい』とデートの誘いを受けたのだ。女王試験の頃から考えても、彼女から誘われるのは初めてだった(休日には必ず、誰かからデートの予約が入っていた為である。オスカーも熾烈な争いの中で何度かデートしている)。
アンジェリークを狙っているものは、はっきり言ってむっちゃ多い。
オスカーを含む守護聖9人、今回の女王試験の教官および協力者。おまけに何故か同性である女王候補たち。
そして、最大最強最悪の障壁――─女王ロザリア。
守護聖たちは、『新参者に大事なアンジェリークを渡してなるものか』とばかりに、教官・協力者がアンジェリークと2人で会うことをことごとく妨害している。仮令それが公の務めであっても。必ずジュリアス&クラヴィス、オスカー&リュミエール、ルヴァ&オリヴィエのいずれかのコンビが同席するのだ(守護聖がコンビであるのは、抜け駆け防止の為である)。新参者排斥に関しては守護聖たちの利害は一致しているのだ。
なのにアンジェリーはそんなに自分が『もてもてじゃ~ん』状態などとは露知らず、相変わらず天使の微笑みを振りまいている。
「ま、そこがアンジェリークらしいところだがな」
鏡に向かいながらオスカーは1人ごちる。
アンジェリークとの今日のデートを特別なものにする為、オスカーは念入りに身支度を整える。が、アンジェリークに余計な気遣いをさせない為(警戒心を起こさせない為?)に、確りコーディネイトされ洗練されたものではあるが、ラフでかつセクシーな服装であった(あの、かなりえっちっちーな、SCD『愛としか呼べない』のジャケットを思い浮かべてください)。
棘を1つ1つ取り去った深紅の薔薇の花束を手にすると、『よし!』と気合を入れ、オスカーはアンジェリークの館へと向かったのである。
「アンジェリーク、迎えに来たぜ」
補佐官の私邸をオスカーは訪れていた。本気であることを表す為に今日は彼女の名を呼ぶ。そのことにアンジェリークの胸も高鳴る。
(駄目よ、駄目。期待しちゃ駄目!)
自分を戒めるように心の中でアンジェリークは呟く。『彼ら』に刷り込まれたコトの結果である。
「ありがとうございます、オスカー様」
オスカーから差し出された薔薇の花束を受け取り、アンジェリークは微笑む。
「ああ。やっぱり君の美しさの前では、この大輪の薔薇も色褪せてしまうな」
「もう、オスカー様ったら、いつもそんなことばかり……。いい香り……」
いつもは軽く躱されてしまう科白なのに今日は少しばかりアンジェリークの反応が違う。頬を薄い薔薇色に染めて俯いているのだ。
(こ……これは……今日はいけるかもしれない……!)
いつもと違うアンジェリークにオスカーは心の中でガッツポーズをとる。
正直なところアンジェリークはどういう反応を返すべきか戸惑っていた。オスカーのこんなラフな格好ははじめて見るものだし、余りにセクシーでドキドキしてしまう。おまけに、先ほど気付いたのだが、薔薇の花は全て棘をとってある。棘のない薔薇の花言葉は……確か『愛してる』だったはず……。
「アンジェリーク、今日はどこへ行きたい?」
やはり愛の告白を決めるとしたら森の湖だろうか……そんなことを考えながらオスカーは訊ねた。
「あの……今日は、ここで色々とお話しませんか?」
そのアンジェリークの言葉を聞いた瞬間、オスカーの脳裏にはアンジェリークの寝室(あくまで想像図)が浮かんでいた(って、おいコラ、そこまで速攻で攻め落とす気か? 相手はまだ17歳だぞ、この犯罪者め)。
アンジェリークは初めは庭園にでも行って、色々明るい空の下で話が出来ればいいと思っていたのだ。だが、こんなにセクシーすぎる格好のオスカーとでは悪目立ちしすぎてしまう。それに……こんなに素敵なオスカーを独占してしまいたいという想いも確かにあった。自覚はなかったが……。
さて、一晩明けた月の曜日である。オスカーは実はむちゃくちゃハッピーな気分だった。漸く想いが通じたのである。愛しいアンジェリークの口から、『わたしもオスカー様を愛してます……』(ほんのり薔薇色に染まった頬、恥ずかしげな表情付)と愛を告げられたのだ。
だがそこに至るまでの道のりは長かった。どんなに言葉を重ねても、アンジェリークはオスカーの言葉を信じなかったのだ。
「アンジェリークは俺のことが信じられないんだな……」
オスカーが、もう何を言っても無駄なのかと半ば投げ遣りに呟いた言葉が、突破口となった。
「だって……オリヴィエ様が……『オスカーが女性に言う言葉は99%割引いて聞かなくちゃ駄目だよ』って……」
オスカーはその瞬間思いっきり情けない声で『はい?(語尾、尻上がり)』と聞き返していた。
「それに、ランディ様も、『オスカー様の本能だから、女性に甘い言葉を囁くのは』って……。あと、リュミエール様も、『オスカーが女性を口説くのはそれが礼儀と勘違いしているからで、深い意味はないのですよ』って。ルヴァ様も、『オスカーがどんなに甘い言葉を口にしても、それはオスカーの出身地の方言のようなもので大した意味はありませんから惑わされないように』っておっしゃってましたし……」
そんな風に、延々と守護聖たちが、『オスカーに口説かれても本気にしてはいけない』とアンジェリークに言っていたことをアンジェリークは告白する。その中には当然敬愛するジュリアスの名前まで出てきていた。ちなみに他の守護聖がなんと言っていたかというと……。
ゼフェル「またあのおっさん、女口説いてたぜ、ありゃ、ビョーキだな」(←これは事実なのでまだ罪が軽い)
マルセル「オスカー様ってば、いつもデートのときにうちの温室から花を持って行っちゃうんだよ。もう、僕の温室のお花、オスカー様の小道具じゃないのに」(←これも事実なのでまだ罪が軽い)
ジュリアス「あれもあの欠点さえなければ申し分ないのだが……そなたも女王候補(女王補佐官)であるのだから、あのような不貞の輩に惑わされぬようにな」
クラヴィス「……水子が見える……」(←水晶球を見ながら、あの暗い部屋で。妙に説得力あり。『そんなへまはやってない!』オスカーの主張)
アンジェリークの誤解(中には事実もある)を何とか必死で解き、オスカーは彼の想いが本物であることを漸く認識してもらったのである。
そこからのアンジェリークは可愛かった。真っ赤になってこれまでのことをオスカーに詫び、涙ぐんでしまった。あまりの愛らしさにオスカーの理性はぶちきれ、『じゃあ、お仕置きがいるな』な~んてことを言って、その晩のうちにアンジェリークの身も心も自分のものにしてしまったのである。
というわけで、かなりご機嫌なオスカーだったが、きっちりけりをつけておかなければならないことはある。まぁ、マルセル・ゼフェルが言ったことはほぼ事実なので厳重注意で留めておこう。
「キャ~、赦して、オスカー……やめて~……顔に傷つけたらただじゃおかねーぞ……ぎゃ~」
「わ~すみませんオスカー様、悪気があったわけじゃないんです~……」
「ええ~お……オスカー……その……あの……暴力は何も生み出さないわけでして……ここは冷静に……話し合いを以って……あ~~~れ~~~」
「……オスカー……わたくしは争いを好みません……ですから落ち着いて話しあいま……」
「お……落ち着け、オスカー……わたしはそなたを心から信頼している……どわ~~~~~~っ」
「…………ふっ……ふぎゃっ……」
その日吹き荒れた紅い嵐にマルセルとゼフェルは宮殿の片隅で体を寄せ合いじっと堪えていたという。
――が、ただ1人、首謀者であり黒幕であった人物は、日曜日のデートのきっかけを作ってくれたと言う理由(勿論それ以上に彼女の地位がものを言ったが)によって、被害を受けなかった。
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La Jeunesse!
女王補佐官アンジェリーク・リモージュはここ数日元気がなかった。256代女王ロザリアの名に於いて女王試験が始まって56日目の日の曜日である。
漸く先日謎の球体から新宇宙が誕生し、女王試験もいよいよ本番となった。女王候補たちも新宇宙の誕生により俄然やる気を出し、育成に学習にと熱心に取り組んでいる。そんな女王候補たちを優しく導きながらアンジェリークは多忙だった。
アンジェリークは2人の女王候補からは『優しくて、気品があって、優雅で、でも可愛い補佐官様』と思われている。幸い近頃はジュリアスからあれこれお小言を言われることもなくなり落ち着いてきているから、女王候補たちもそんな誤解をしているようだった。でも、その女王候補たちの憧れを壊さない為にも、アンジェリークは前女王補佐官ディアの優雅な物腰を真似て、かなり気をつかっている。
だが、ここ数日、アンジェリークに元気がないこととそれとは関係なかった。
「アンジェリーク、何か悩みがあるんじゃないか?」
午後のお茶のひととき、この日同席していたのは年少守護聖3人組だった。
晴れ渡った青空のような瞳で、心配そうに見つめているのはランディだ。
「え……? そ、そんなことはないですけど……」
「いーや、ぜってー、おめーはなんか悩んでる。すーぐ顔に出るんだからよ、おめーは」
アンジェリークの言葉をあっさり切り捨てたのはゼフェル。
「初めは女王試験が忙しい所為かとも思ったんだけど、それだけじゃないでしょ、アンジェ?」
こちらも心配そうにマルセルが言う。今日のお茶会はマルセルがアンジェリークを労う為に開いてくれたものだ。参加者も、アンジェリークが全く気を張る必要のないメンバーばかりである。年齢が近い所為か、ごく普通の友人のように話すことが出来る。
「女王候補たちはよく頑張ってるんだけど……わたしはこれでいいのかなぁ、って思っちゃうと……。なかなかディア様のようには出来なくって……。おしとやかな、頼りがいのある補佐官ぶりっ子も、結構きついな~って思っちゃって」
ふぅ、と溜息交じりに言う。
「ハハハハ、確かに随分でけぇ猫かぶってんもんな、今のおめーはよ」
ゼフェルが笑い飛ばす。
「もう、ゼフェル様ったら酷いわ」
ちょっと拗ねたような表情でアンジェリークは言う。
「でも、確かに2人とも、凄くアンジェに憧れてるよね」
「ああ、特にコレットのほうだろ?」
「そうそう、あいつ、けっこうさ……」
そのまま守護聖たちの話題は女王候補たちのことに移っていく。
何とか話題が逸れたことにアンジェリークはホッとした。だが、コレット――栗色の髪をした、自分と同じ名を持つ女王候補のことを思い出すと、また気分が重くなる。
『アンジェリークのほうが女王に相応しいと思います』――かつて、そう自分を推したのと同じ声で、彼は言った。
守護聖が女王候補のどちらかを支持するのは当然のことなのだ。だが何故か胸が痛んだ。彼が誰かを、他の女性の名を呼ぶことがこんなに苦しいなんて……。
3人の年少組たちは、話に花を咲かせる振りをしながら、物思いにふけるアンジェリークを心配していた。
結局、彼らは何も聞き出せないまま、お茶会はお開きとなってしまったのである。
「ぜってー、あのおっさんの所為だぜ」
アンジェリークが帰ってしまった後、ゼフェルは不機嫌そうに言った。
「うん、コレットと最近仲いいからね」
「ああ……」
彼ら3人は女王候補だった頃からアンジェリークと『友人関係』を築いていた。本当は友人以上の関係になりたかったのだが、既にアンジェリークの心は別の守護聖に向いていた。結局はアンジェリークがその想いを告げることなく女王試験は終わり、新女王の強い要望と守護聖たちの熱心な薦めにより、アンジェリークは補佐官として聖地に赴くことになったのだ。
「あのやろー、アンジェを泣かせたらただじゃおかねーからな」
「ぼくだって」
めらめらと怒りを燃やすゼフェルたちにランディが水をさす。
「取り敢えず陛下に報告しないと。結局、何も判りませんでしたってさ」
3人は女王からアンジェリークの悩みを聞き出すように命じられていたのだ。
『この役立たず!』 そう、凄まじい雷が落ちることだろう。誰よりも補佐官が大切な女王の怒りを思うと、逃げ出したくなる3人であった。
つい先日、55日の土の曜日に行われた女王審査は守護聖・教官による支持率を競うものだった。『宇宙の卵』であった謎の球体から新宇宙が生まれ、漸く女王試験も本番といった時点での女王審査だった。
守護聖9名、教官3名の計12名が、どちらが女王たるに相応しいかを女王に告げるのだ。12名のうち11名は『現段階では判定不能』と中立の立場をとる中、ただ1人アンジェリーク・コレットを推した守護聖がいた。炎の守護聖オスカーだった。
他の誰かが彼女を支持したのであれば、アンジェリークは補佐官として喜んでいただろう。それがレイチェルであっても同様だ。自分がはじめて指導する女王候補だ。どちらにも頑張ってほしいし、実際懸命に努力していることも知っている。だから守護聖や教官がどちらも支持しないことに焦っていた。自分やロザリアの試験の際には28日の時点でも既に複数の支持は得ていたのに……。自分のアドバイスがいけないのだろうか――そんな風に思っていたから。
だが、オスカーがコレットを支持したとき、アンジェリークは安堵するよりも胸の痛みを感じたのである。原因は判っていた。
「おや~アンジェリークじゃない。どうしたのさ、暗~い顔しちゃって」
とぼとぼと歩いていたアンジェリークに陽気な声を掛けてきたのはオリヴィエだった。相変わらずの派手な服装で、ひらひらと手を振りながら近づいてくる。
「オリヴィエ様、こんにちは。今日もとっても素敵ですね」
「んふふふふふ~。ア・リ・ガ・ト」
独特の言い回しで応えながら、オリヴィエはアンジェリークの顔を覗き込んだ。
「んー、やっぱり、不機嫌な顔してるね」
ツン、と額を突いてオリヴィエは言う。
「えっ、そんな……」
オリヴィエの言葉にアンジェリークは慌てて両手を頬にあて、顔をグニグニと解す。
「折角の日の曜日なんだよ? そんな顔してないで、気分転換しないとね!」
アンジェリークが何かを言うよりも先に、オリヴィエはアンジェリークの肩を抱き、彼女を庭園へと誘った。
流石に日曜日の庭園は賑やかだった。遊びまわる子どもたちの元気な声が響いている。『日常の幸福な1コマ』といった風景にアンジェリークの気持ちも穏やかになっていく。
聖地に来てから知り合った人たちと挨拶を交わし、オリヴィエと並んで庭園を散歩するうちにアンジェリークの気分も晴れていた。オリヴィエ自身が『気分転換』といっただけに、彼も話題を選んでいたし、元々話し上手な彼だった。
「じゃあ、カフェテラスで休憩しようか」
「ええ」
オリヴィエの提案ににっこり頷く。だが……カフェテラスの一角にいる1組の男女がその視界に入った途端、アンジェリークの表情は凍ってしまった。
足を止めてしまったアンジェリークの視線の先にあるものに気付いたオリヴィエも『しまった』というように小さく舌打ちする。
「そーだ、リュミちゃんから、美味しいハーブティー貰ったんだ。折角だし、2人でそれを味わうことにしようよ」
凍ってしまったように動けないアンジェリークの肩を抱くと、オリヴィエは自分の館へとアンジェリークを連れて行くのだった。
とても仲が良さそうだった。彼はとても優しい顔で笑っていた。目に焼きついてしまった、彼の優しい笑顔。きっと、それが自分に向けられたものだったら、それだけで幸せになってしまうような笑顔。でも、それは自分に向けられたものではなかった。
ぽろぽろと大粒の涙が、アンジェリークの翠の目から零れ落ちる。
「……」
そんなアンジェリークを優しく見つめ、オリヴィエは無言だった。
彼にとってアンジェリークは可愛い妹だった。だから、いつも彼女のことを見守っていた。彼女が誰を見つめ、どんな想いを抱いていたのかも知っている。
「オスカー様……コレットのこと、お好きなのかしら……」
ポツリとアンジェリークが呟いたのは、すっかりお茶も冷めてしまい、漸く涙が止まってからのことだった。
「とっても、優しい目をなさってましたね……」
誰に言うわけでもなく、呟く。
(あいつがあんたを見る瞳はもっと優しいよ)
そう心の中で呟きながら、オリヴィエは黙っている。アンジェリークが応えることを望んでいないのは判っているから。
「……女王候補だった頃……エリューシオンには、炎の神殿がいっぱいで……わたしが……オスカー様の所にばかり行ってたから……」
女王候補だった頃から、ずっと彼に恋していた。いつから、なんてことは覚えていない。気がついたら、オスカーしか目に入らなくなっていた。
「オスカー様が大好きだった……今でも……。だけど、勇気がなくって、告白なんて出来なかった……」
オスカーは優しかった。いつでも甘い言葉をくれた。けれど、いつでも子ども扱いだった。名前を呼ばれたことなんて一度もない。女王候補のときは『お嬢ちゃん』、今では『補佐官殿』……。オスカーは自分のことなんて相手にしていないと突きつけられているようで哀しかった。それでも、傍にいられるだけで幸福だった。オスカーとコレットの親密さに気付くまでは。
「臆病だったから……せめて、告白しておけばよかった。振られても、ちゃんと自分の気持ち伝えておけばよかった……。そうすれば、少しは自分の気持ちもすっきり出来たのに」
寂しそうにアンジェリークはオリヴィエに微笑んだ。
すっかり日が暮れてしまっていた。結局オリヴィエの館でアンジェリークはその日の大半を過ごしたことになる。オリヴィエの優しい沈黙が、アンジェリークの心を穏やかに安定させてくれた。
「……今からでも遅くないんじゃない? それであんたの気持ちがすっきりするなら。振られちゃったら、わたしが慰めてあげるよ」
アンジェリークを彼女の館まで送り届け、オリヴィエは言った。
「ありがとうございます、オリヴィエ様。でも、もう、時機を逸してしまったんです。あの頃なら、まだ出来たかもしれない。でも、今わたしが想いを告げたりしたら、オスカー様のご迷惑になるだけですもの。そんなことは出来ません」
優しく、けれど哀しい微笑みでアンジェリークは言う。
「オリヴィエ様、今日はありがとうございました」
そう言って、館の中へ入ろうとするアンジェリークの腕をオリヴィエがそっと押さえる。
「泣きたいときはいつでもおいで。我慢するんじゃないよ。わたしがいるんだから」
そういうとアンジェリークの額にそっとキスをする。
「……ええ。そのときはお世話になります」
僅かに明るさを取り戻した笑顔でアンジェリークは応えると、オリヴィエの頬に感謝のキスを返す。
「じゃあ、今日は必ず目元と頬のマッサージをして、冷やしてから寝ること。じゃないと明日は顔がおたふくになってるからね」
オリヴィエらしいことを言って、アンジェリークを笑わせると、『お休み』と頬に再度キスをする。――ある方向から見れば、唇にキスをしているように見えていることを計算しながら。
「お休みなさい、オリヴィエ様」
僅かに頬を紅く染め、そう応えたアンジェリークが館の中に消えたのを見届けると、オリヴィエは踵を返した。
そして、館を囲む木立に向かって声を掛ける。
「いつまで出歯亀してんのさ、オスカー」
「気付いてたのか」
「当たり前だろ。あんな、嫉妬メラメラな気配を漂わせといて、気付かれないと思ってたなんて言わせないよ」
フン、と鼻を鳴らしてオリヴィエが言う。姿を現したオスカーを少しばかり睨みながら。
「で、俺を挑発する為に、アンジェリークにキスしたっていうのか? それとも、牽制か?」
こちらは明らかに相手を睨みつけながらオスカーが言う。彼がいた場所からは、オリヴィエがアンジェリークの唇を奪った(注 『奪った』という表現はオスカーに主観によるもの)ように見えたのだ。
「フフン、どっちだろうね。まぁ、ちょうどいい、あんたに話があったんだ。付き合ってもらうよ」
有無を言わせぬ強い響きで、オリヴィエは言った。
オスカーの館で、悪友同士酒を酌み交わす。いつもは陽気な酒。今日は少しばかり、というか、かなり険悪な酒。
だが、話が進むにつれて、険悪さはなくなっていった。
「なるほど、そういうわけだったんだ。でも、あの子は確り誤解してるよ。おせっかいついでにもう一肌脱いであげるとするか」
「誰もお前の肌なんか見たくもないが、ご協力感謝、だな、オリヴィエ」
プレイボーイとして勇名を轟かせた(?)自分が他人の助けを借りるなんて情けないとは思ったが、あの金色の天使は思い込んだら一途なだけに、自分との接触を暫く絶ってしまうだろう。自分の気持ちを整理する為に。
――整理なんてされてたまるか。
そう思ったから、オリヴィエの協力を素直に受けることにした。
翌月の曜日。補佐官の執務室にコレットが訪ねてきた。
「どうしたの? 何か悩み事……?」
出来ればあまり会いたくない相手だったが、補佐官がそんなことは言っていられない。アンジェリークは自分と同じ名前をもつ少女を部屋に招きいれた。
「いえ、違うんです。実は、これをアンジェリーク様に差し上げたくて」
にっこりと笑って、コレットは可愛い包みを差し出す。
「いつもアンジェリーク様にはお世話になってるから、何かお礼を差し上げたくって」
その言葉に戸惑いながら、アンジェリークは包みを受け取る。彼女の気持ちは嬉しかったが、心から喜べない。彼女に対して嫉妬する気持ちが確かにあるのだから。
「きっと、気に入っていただけると思います。オスカー様に選んでいただいたんですもの」
コレットの口から恋しい人の名前が出たことで、アンジェリークの胸に痛みが走る。
「アンジェリーク様、誤解しないでくださいね。オスカー様とわたしはなんでもないんですから。寧ろライバルかな?」
それに気付いたのか、コレットはにっこりと笑って、アンジェリークに告げたのだ。
「え?」
「本当は、わたしが選んだものにしたかったんですけど、でも、アンジェリーク様はオスカー様が選んだもののほうが嬉しいでしょう?」
コレットが退室してしまってからも、アンジェリークはまだ混乱していた。コレットが告げていったことが、なかなか信じられないのだ。
「ん~……」
蟀谷に人差し指を当てて、唸って考えても、俄かには信じがたい。
「あっ、いけない、オリヴィエ様と約束してたんだわ」
『午後のお茶を一緒に』とオリヴィエから誘われていた。
執務室を出てオリヴィエの所に向かいながらも、アンジェリークは『ん~』と考え込んでいる。コレットの言ったことが、本当ならとても嬉しいことなのだが。いくら考えても、本人に確かめないことには判らない。けれど、確かめる勇気が湧いてこない。幸い、これからオリヴィエと会うのだから相談してみよう。
「オリヴィエ様、お招きありがとうございます」
「やっほ~、ようこそアンジェリーク」
扉を開けて出迎えてくれたのは当然オリヴィエ。だが、部屋の中にはもう1人。その姿を見た途端にアンジェリークの胸が躍りだす。
「お茶は用意してあるから。ごゆっくりどうぞ」
何故か、オリヴィエはアンジェリークと入れ違いに部屋から出ていく。
「あ……あの、オリヴィエ様……」
彼と2人きりにされてしまうことが不安で、オリヴィエに救いを求めるように振り返っても、既にオリヴィエはいなくなっている。
(どうしよう……)
アンジェリークは扉の所から動けずに、困ってしまい俯く。まだ、コレットから言われたことについて、心の整理がついていない。
そんなアンジェリークの様子を見て、彼は困ったように微かに苦笑する。
だが、彼は今日に賭けていた。だから、とびっきりの笑顔をアンジェリークに向ける。
「こっちにおいで、アンジェリーク」
もう1人の人物――アンジェリークの恋する人が呼びかける。
「大切な話があるんだ、……俺のアンジェリーク」
庭園の一角に2つの影があった。
「巧くいったかしら、アンジェリーク様たち」
そう呟いたのは女王候補。
「まぁ、あいつが大事な所でへまするとは思えないけどね」
それに応えたのは夢の守護聖。
「だけど、あんたも流石に女王候補って所かな。気付いてたんだ、あの子たちのこと」
オリヴィエが感心したように言った。
「だって、わたし、アンジェリーク様のこと大好きでずっと見てたんですよ。嫌でも気付きますよ、あの方が誰のこと見てるのか」
アンジェリークは切ない瞳でオスカーを見つめていた。オスカーは誰に向けるよりも優しい瞳でアンジェリークを見つめていた。なのに、互いにそれに気付いていなかった。
「もう、まだるっこしいったら」
だから、コレットが一肌脱ごうと思ったのだ。アンジェリークにやきもち妬かせて、それをオスカーに行動を起こさせる切っ掛けにしよう。ついでに自分をちょっとだけアンジェリーク様にアピールしちゃおう。
それで、アンジェリークへのプレゼントをオスカーに選んでもらった。何故自分にと不審がるオスカーに
『だって、オスカー様はいつもアンジェリーク様のこと見つめていらっしゃるから。アンジェリーク様のことなら何でもご存知でしょう?』と言ってやった。ついでに、
『アンジェリーク様だって、オスカー様が選んだもののほうが嬉しいだろうし』なんて思わせぶりなことも匂わせて。
そして、アンジェリークに告げた。
『アンジェリーク様への贈り物、オスカー様、凄く真剣に選んでましたよ。まるで最愛の恋人に贈るみたいに』と。
あとは2人次第だ。
立ち上がって大きく伸びをしながら、コレットは言った。
「あ~あ、わたしが男だったら、絶対オスカー様になんてアンジェリーク様を渡さないのにな~」
でも、憧れのアンジェリーク様には幸せになっていただきたいから。だから、頑張ってよね、オスカー様。
それから約1ヵ月後。
新宇宙は女王を戴いた。人の気持ちを読み取るのに長けた、かつ人を動かすのが巧い栗色の髪の天使を。
そして、女王ロザリアの宇宙では、女王補佐官と炎の守護聖が皆に祝福されながら永遠の愛を誓ったのである。
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Amour Je Te Dois
ここ3日ほど、女王補佐官アンジェリークは機嫌が悪かった。
愛らしい唇は『へ』の字に結ばれ、眉間には確りクッキリ皺が刻まれている。その表情は、金色の髪と相俟って『ミニチュア版ジュリアス』といった様相を呈している。
いつもはにこにこと愛らしい微笑を浮かべ、『天使の微笑み』という言葉は彼女の為にあるのではないかと思わせているアンジェリークである。その彼女が、眉間に縦じわで『ミニジュリ』化しているのである。彼女のファンを自認している者たちは、『いったい何が!?』と騒いでいた。
「いったい、どないしたんやろうな、補佐官はん。いつもはか~いらしい笑顔でおれらの事迎えてくれはるのに」
そう言ったのはウォン財閥総帥チャーリー・ウォン。但し、今のところは日の曜日に庭園に出没する怪しい謎の商人さん。女王補佐官とのお茶会の帰りである。
「そうですね、取り敢えず、宇宙の運行にも、女王試験の推移状況にも問題はありません。アンジェリーク様が憂える事などないはずですが……」
生真面目な答えを返すのは王立研究院のエリート主任研究員・エルンスト。別にアンジェリークは宇宙や女王試験のことを『憂え』ているわけではなく、機嫌が悪いのだ。だが、女性の心に全くといっていいほど疎い彼はどうしても、『補佐官』殿が職務上のことで悩んでいるのだと思っていた。
「でも、アンジェリーク様、ご機嫌悪いよ。きっとなんかあったんだよ。いらいらしてるもん」
可愛らしく言ったのは火龍族の占い師メル。女の子かと見紛うばかりだが、れっきとした男の子。天性の感応力で、アンジェリークがものすご~く不機嫌なことを知っている。
「いったい何があったんやろうなぁ?」
う~んとチャーリーが首をかしげる。と、そこへ、情報源になりそうな3人組がやってきた。
「あっ、マルセル様、ランディ様、ゼフェル様!」
メルが3人に向かってわ~いとばかりに手を振る
「やぁ、メル。元気そうだね」
能天気を司る風の守護聖ランディが、メルに声を掛ける。
「こんにちは、エルンストさん」
にっこりと言うのは幼さを齎す緑の守護聖・マルセル。
「よぉ、相変わらず怪しいなぁ、商人さん」
遠慮のないことを言うのは、生意気さを司る鋼の守護聖ゼフェル。
「あのね、マルセル様、ランディ様、ゼフェル様。メルね、聞きたいことがあるの!」
挨拶もそこそこにメルが切り出す。流石にお子チャマは怖いものなしの猪突猛進。
「なぁに、メル。聞きたいことって?」
お子様度ではちょっとだけ彼より大人なマルセルが問い返す。
「うん、あのね、このところ、補佐官様が、ご機嫌悪いでしょう? 何があったのかなぁって」
無邪気にメルが尋ねるのを大人の2人は『偉いで、メルちゃん!』『流石です、メル!』と心の中で拍手喝采。分別も見栄もある2人はここまでストレートに聞くことは出来ない。
「えっと……それは……」
心配そうなメルになんと答えたものかとマルセルがうろたえる。
「ほっとけよ。心配するだけ馬鹿を見るぜ」
ケッと吐き捨てるようにゼフェル。
事情を知っている3人である。心配するだけ損なのだ。ただ、ことは試験中の女王候補たちには知られるわけには行かない重要機密事項(笑)に属するだけに、簡単に口にする事は出来なかった。
「あ~……アンジェリークの事は俺たちが何とかするからさ、メルは心配しなくていいよ。多分2、3日中には何とかなるだろうし……」
これまでもそうだったし……と思いながらランディが言う。
「余計な首突っ込むんじゃないぜ。そんなことしてジュリアスにばれたら、おめーらただじゃすまないからな」
ゼフェルが凄みを利かせて、言う。その迫力と内容に3人はこくこくと頷いた。やっぱりあの五月蝿いジュリアスからお小言を聞かされるのだけは勘弁して欲しいものだった。
納得できないまでも、何とか疑問を封印して、協力者3人組は庭園を去っていく。
その姿を見ながら守護聖年少組は溜息をついた。
「あ~あ、何で俺たちがこんな思いしなきゃならねぇんだよっ!」
ゼフェルが今度こそ吐き捨てる。
古人曰く――夫婦喧嘩は犬も食わない。
そう、アンジェリークの不機嫌の原因は、彼女の最愛の恋人・オスカーの所為だった。ただいま喧嘩の真っ最中なのである。
取り敢えず、今は女王試験の最中であり、『女王候補に簡単に恋が許されると思われてはまずい』という女王の意思により、アンジェリークとオスカーはおおっぴらにはいちゃいちゃ出来なくなっていた(その分、女王候補たちの目が無い所ではかなりすごい)。余りのアツアツ振りに辟易していた守護聖たちは女王の計らいに感謝していた。いくらオスカーとアツアツ・ラブラブとはいえ、アンジェリークが彼らの天使である事は間違いない。その天使をこれまではオスカーが独占していたのだ。アフターファイブ(実際は深夜まで執務が続くことが多いが……)・休日は言うに及ばず、ランチタイムやお茶の時間までオスカーはアンジェリークを1人占めしているのだ。守護聖たちはかなりフラストレーションが溜まっていた。
そこにこの女王命令である。女王候補の目がある可能性のある所ではアンジェリークとオスカーが2人きりになることを禁じられた。この『可能性のある所』というのが味噌である。このことによって、オスカーは、日中にアンジェリークといちゃいちゃ出来なくなったのだ。その所為で、オスカーはかなり苛ついていた。
元々は主星1のプレイボーイといわれ、本人も1人の女に縛られるなん考えてもみなかったオスカーである。しかし、アンジェリークに出会ってしまった。彼女と出会ったことによって、オスカーの世界は見事に変わった。自分が1人に縛られることを嫌うように、彼も付き合っている女性たちを束縛した事など無かった。無かったのに、アンジェリークだけは違った。
ことアンジェリークに関する限り、オスカーは独占欲の塊なのである。かつては『女と見れば口説かずにいられない不治の病バリバリの馬鹿』(byオリヴィエ)などと言われていた彼が今では、他の女には見向きもしないくらいなのだ。だが、本人の『見向きもしない』認識レベルと、周囲の物慣れない少女たちの『見向きもしない』認識レベルとでは大きな差が有ったことは問題だったが……。
3日前の日の曜日。その日は教官を招いてお茶会を開いた。参加者は、ヴィクトール・セイラン・ティムカ、守護聖からはオスカー、マルセル、ランディ、ゼフェル。まだ余り親しくなっていないメンバーと、反対に親密度の高いメンバーを組み合わせてのお茶会だった。
女王試験前ならば、アンジェリークはお昼過ぎまで愛しい人の腕枕で眠って(というか、それくらいまでとてもじゃないけど起きれない……。なんでかって、そりゃ~貴方……)、午後はのんびりと2人だけの時間を過ごしていた。だが、女王試験開始と共にそんな暇は無くなってしまった。
女王命令もその一因だが、それ以上に補佐官としてやらねばならないことがあったのだ。補佐官第一の務め……それは超個性派揃いの守護聖の手綱を取ること。更に今回の試験には、守護聖たちほどではないにしてもかなり灰汁の強い教官・協力者たちがいる。
(も~、ロザリアったら、どこからこんな人たち見つけてきたのよ~~~~~)
女王に対して文句も5つや6つ言いたくなるアンジェリークだった。
で、補佐官としては守護聖間、教官間、協力者間、守護聖-教官間、守護聖-協力者間、教官-協力者間、そして、彼らと女王候補間の関係がうまく行くように潤滑剤の役割を果たさなくてはならないのだった。
その為に毎日のようにお茶会を開き、王立研究院や占いの館に顔を出し、日の曜日には庭園の商人の所に顔を出し……。はっきりいって自分が女王候補だったときよりも忙しい(そんなこんなで、実は彼ら全てとの親密度は2人の女王候補よりも高かったりする。教官や協力者の中にはラブラブフラッシュを依頼に来るものもいたりして、それを占い師がフラッシュではなくクラッシュしていたり……なんてことはアンジェリークには預かり知らぬ事)。
だがそんな中でも、アンジェリークは涙ぐましい努力をして、オスカーと2人きりにはなれないまでも一緒にいられる時間を作り出そうとしていたのだ。
例えば、お茶会。エルンスト・ヴィクトールといった恋愛に疎そうなメンバーや、敏くても興味のなさそうなセイラン、オリヴィエやゼフェルといったいざというときにフォローしてくれるメンバーがいるときには、必ずオスカーをメンバーにいれる。
例えば、聖地内の視察。王立研究院やその他もろもろの場所に出かけるときには【どじな補佐官を守る為の有能な護衛】という事で、一緒に出かけたり。但し、毎回オスカーでは勘繰られる為、3回に1回はオリヴィエやランディに変わっていたが。
「オスカーのバカッ! おたんこなす! どスケベ(←事実)! 性欲魔神(……オイオイ)!!」
執務室でボフボフとクッションを叩きながらアンジェリークは怒りをぶつける。
ことの起こりは前述の、日の曜日のお茶会だった。
ただでさえ2人っきりで過ごす時間が激減してオスカーは苛ついているのだ。それを知っているからアンジェリークは出来るだけお茶会にはオスカーを招いている(だから勘の良いチャーリーやセイランは2人のコトに気付いていた。言いふらすような時間と労力の無駄遣いはしていないが)。
ただ――そのお茶会もオスカーにとってはまた不機嫌の種になるのだ。2人っきり、つまりオスカーにだけにアンジェリークの笑顔が向けられるのなら何の問題もない。いや、笑顔だけでなく、困った顔、怒った顔、拗ねた顔、含羞んだ顔、泣き顔etc、etc、etc、etc、etc、etc、etc、etc、etc、etc、etcが彼にだけ向けられるのなら、オスカーだって上機嫌でいられるのだ。
なのに彼女はオスカー以外の出席者ばかりに気を遣う(それは彼女がオスカーに甘えていることの何よりの証だから、オスカーとしては怒る道理はなく、密かに優越感に浸っている。だが、やはり面白くないことは事実だった)。彼が愛してやまない、常々独占してしまいたいと願いつつもそれが叶わず、取り敢えず寡占状態の天使の微笑みを惜しげもなく振りまいたりなんかしているわけである。
例えば、「お茶のおかわりはいかが、ヴィクトール?」と、ニッコリ。
例えば、「セイラン、今度また、素敵なリュートを聞かせてくださいね」と、ニッコリ。
例えば、「可愛らしいイルカの画集を見つけたのよ、今度届けさせるわね、ティムカ」と、ニッコリ。
例えば、「綺麗なお花をいつもありがとう、流石は緑の守護聖ね、マルセル」と、ニッコリ。
例えば、「剣の稽古はどう? オスカーに苛められてない、ランディ?」と、ニッコリ。(←この発言の為翌日はたっぷり扱かれたランディは哀れ……)
例えば、「何か面白いメカを作ったら見せてね、ゼフェル」と、ニッコリ。
などなど参加者にニッコリと微笑みかけ、お茶を勧め、会話する。オスカーといえば、ほぼ毎回参加することが仇となって、アンジェリークと同じくホスト側に回り、周りのメンバーにあれこれと話し掛けねばならず、肝心の彼女との会話は殆どない。アンジェリークが他の野郎どもに微笑みかけるのを指を咥えて見ているしかないのである。
そんなことが試験が始まって以来ずっと――お茶会の数にして73回も続いているのである(←数えていたらしい)。
そんなこんなで、オスカーがついに何回目かのぶち切れをかましたのである。まぁ、ここのところオスカーが欲求不満(アンジェリークを独り占め出来ないことの不満だよ)でぶちきれるのは良くあることなので、詳細は省くが、お茶会の席上で、コトもあろうにアンジェリークの唇にキスをし、2人の関係を示すかのように体に触れた(撫でまわしたといったほうが正解かも)のだ。アンジェリークは怒りを爆発させることもなく、あまりのことに固まってしまった教官たちに落ち着いた態度で接し、またゼフェルの協力で何とか「オスカーのいつもの冗談」と誤魔化して、その場は事なきを得たのだが……
お茶会がお開きになった後、アンジェリークは当然のようにオスカーに抗議した。「人前で恥ずかしいことしないでください」と。
いつものオスカーであれば、「人前じゃなきゃいいんだな」なんてことを言って、そのままアンジェリークを押し倒していたことだろうが、今回ばかりは違っていた。アンジェリークにまとわりつく(←オスカーの主観による表現)男どもに腹を立てているのは勿論だが、アンジェリークに対しても「なんで、そんなやつらと仲良くするんだ!」と怒っていたわけである。男の嫉妬はみっともないよ……という感じだが、アンジェリークに関しては独占欲の権化である。そして、オスカーの口からもれた言葉は……。
「君は、俺よりも女王試験のほうが大切なんだな。流石は優秀な補佐官様だぜ」
そして、アンジェリークがそれに応える前に、オスカーは部屋を出て行ってしまったのだ。
アンジェリークは暫くオスカーの発言の意図がつかめなくて呆然としていたが、やがてふつふつとオスカーに対する怒りが湧いてきた。確かに、女王試験は大切だ。それは「女王補佐官」としては当然のことだ。だが、補佐官という立場を離れて1人の女の子のアンジェリークの立場に戻れば、一番大切なのはオスカーだった。でなければ、試験を放棄してまで、想いを受け入れたりはしない。ただ、公人としての立場がある。女王も守護聖も補佐官も、宇宙の運行を司り、幾千万の命を守るものとして、「自分」を優先することは出来ない。あくまでも、「補佐官」「守護聖」である自分でいなければならないのだ。それをオスカーも判っているはずなのに。
だが、やがて、アンジェリークの頭も冷えてくる。怒りが冷めると、今度はオスカーの先ほどの表情が気にかかる。とても傷ついたような表情をしていた。酷く寂しげだった。
(……やっぱり、言い過ぎたのかしら……? 確かに、忙しくて、あまりオスカーと一緒にいられなかったし……2人でゆっくりと過ごすことなんか、殆ど出来なかったし……)
だからこそ、お茶会には必ずオスカーを招待していたが、オスカーに対する甘えもあって、オスカーと会話することも殆どなかった。
(やっぱり、謝ってこよう!)
それから、今日はオスカーと夕食を共にして……。ロザリアには怒られるかもしれないけれど、でも構わないわ。そう考えて、アンジェリークはオスカーを探し始めたのである。
宮殿内にはオスカーはおらず、アンジェリークが彼を見つけたのは庭園だった。が……結局彼女はオスカーに謝ることはなく、怒りを倍化させ、以後、冷戦体制に突入することになる。理由は……オスカーが庭園で綺麗なお姉さんたち(かつてのオスカーの恋人たち)に囲まれ、楽しそうに鼻の下を伸ばしていた(←アンジェリーク主観による表現)こと。それをアンジェリークが見たことに気付いたオスカーが一向に悪びれることなく、そのまま女性たちとどこかへ行ってしまったことにあった。
オスカーにしてみれば、ちょっとした意趣返しに過ぎなかった。彼と彼女たちの関係は今では清らかなものだし(事実、このとき彼らの話題は可愛らしい補佐官殿のことで、どの女性も口を揃え「泣かせちゃダメよ!」と言っていたのだ)、アンジェリークがマルセルと仲がいいことと大した差はないと考えていた。いや、そちらのほうがよほど問題ありと考えているくらいだった。だが、やはり、過去の悪行が祟っている。アンジェリークも誰もそんな風には見ないのだ。
そして、2人とも自分から折れることはなく、冷戦体制は3日目に突入していた。
ここに盛大な溜息をつく2人の男性がいた。1人はこの3日、なかなか順調に仕事をこなし、もう1人は一向に仕事が進まず苦労していた。仕事については対照的だったが、2人には共通の厄介事があった。それぞれの上司のことである。
「もう3日目ですね。そろそろ仲直りしていただかないと」
そう言ったのは、仕事が順調なほう。女王補佐官アンジェリークの主席秘書官・ミッシェル。
「そうだな。もうこれ以上は俺の胃が持たない……」
応えたのは、苦労しているほう。炎の守護聖オスカーの副官・ヴォルフガングである。
彼らは互いの上司の喧嘩によって被害を受けている(これから受ける)立場にある。
ヴォルフガングはこの3日というもの上司の機嫌がすこぶる悪く、精神的にかなりキていて仕事がさっぱり捗らない。上司も、心ここにあらず、といったところで、ミスが多い。これ以上続いては、ヴォルフガングの胃に穴が空いてしまう。
ミッシェルは、今のところ順調に進んでいる。いつもは必要がなくても補佐官の許を訪れ執務の邪魔をする守護聖たちが、必要最小限にしか補佐官の許へ来ない。用が終われば常のように長居することもなくそそくさと帰って行ってくれる。アンジェリークたちの痴話喧嘩を当然ながら知っていて「触らぬ神に祟りなし」ということらしい。だが、3日が限度だ。そろそろ上司も恋人が気になりだして気もそぞろになってくることをこれまでの経験から知っている。
「もうそろそろ仲直りしていただかなくてはなりませんね」
「ああ。前回はうちの大将が先に折れたんだから、今度はそちらから歩み寄ってもらいたいんだがなぁ」
「無理でしょう(きっぱり)」
「そんなに、怒ってらっしゃるのか?」
「はい、それはもう。いつ『別れる』と言われても無理はないくらい(そんなことはおっしゃらないでしょうが)」
「そんなことになったら、俺は神経性胃炎で入院する羽目になる……」
「ここはやはり、オリヴィエ様に助力を仰ぐとしましょう」
上司にとって一番頼りになる守護聖の名を出してミッシェルが言う。オリヴィエは言わばアンジェリークの「お姐さん」的立場にいるのだ。
そうして、今回も、2人の秘書官の力によって、上司たちは仲直りすることになるのである。
「やっほ~、今、い~い?」
アンジェリークの執務室をオリヴィエが訪れたのは冷戦突入3日目の水の曜日の午後のことだった。主席秘書官と副官からの依頼を受けてからすぐのことである。彼も経験から4日目に突入するとアンジェリークがだんだん元気をなくしていくことを知っていたから、そろそろ潮時だと思っていたのである。
「なんでわたしが尻拭いしてやんなきゃいけないのさ」
ヴォルフガングに対してそう言った後、
「ま、アンジェが元気ないのは見てらんないし、しょうがないね」
ミッシェルに向かってそう言い、協力を約束したのだ。
「あら、オリヴィエ。どうしたの?」
サインしていた書類から顔を上げ、ニッコリとアンジェが微笑む。
(う~ん、可愛い。やっぱりあいつには勿体無いわ~)
そんなことを考えてオリヴィエだったが、やはり敏感な彼は、アンジェリークの表情に疲れと苛立ちと不安が表れていることに気付いていた。
「今日はお茶会なしでしょ。いいお茶が手に入ったから、あんたと2人で味わおうと思って。他のやつらに味わわせるなんて勿体無くてさ」
そう言って、お茶の入った缶をミッシェルに渡す。補佐官の秘書官になってまずミッシェルが研修したのは「美味しいお茶の煎れ方」だった。その甲斐あって、彼は今では、紅茶・フレーバーティー・ハーブティーは言うに及ばず、緑茶・抹茶・玄米茶・ほうじ茶・烏龍茶・プーアール茶、果ては梅昆布茶まで、最高の味を引き出すことが出来るようになっている。
ミッシェルがお茶の用意をする間に、2人は執務室から風通しのいいバルコニーへと移動していた。ミッシェルがお茶を入れて下がっていくと、オリヴィエはいきなり本題を切り出す。
「そろそろ、素直にオスカーと仲直りしたら? 寂しいんでしょうが」
あまりにもストレートに図星を突かれ、アンジェは何も言えずにぐっと詰まってしまう。
「今回はあいつのかなり頭にきてるから、長引くかもよ。そんなことになったら、あいつをあんたから引き剥がしたがってる連中がこれ幸いと、あんたたち、別れさせちゃうよ」
嬉々としてそれを実行しそうなおこちゃま軍団を思い浮かべながらオリヴィエは言う。
「それとも、あんたは別れちゃってもいいのかな?」
「それは嫌です!」
オリヴィエの言葉にアンジェは即座に反応する。確かに腹を立てていたし、「オスカーのバカッ! おたんこなす! どスケベ! 性欲魔神!!」とクッションに八つ当たりしてはいたが、別れるなんてことはこれっぽっちも考えていなかった。
「だったら、仲直りしなさい」
これまたきっぱりとオリヴィエが言う。
「でも……悪いのはオスカーだもん……」
しゅんとしてアンジェリークが答える。確かにオスカーの優しさに甘えて、お茶会では放ったらかしにしていたから、それは反省して謝ろうと思ったのだ。なのに、オスカーは綺麗な女性を侍らせて、アンジェリークのことは無視した。それからはアンジェリークも頭に来ていたから執務上の最低限の会話しかせずに、無視していた。オスカーも同じだった。あの女性たちのことさえ謝ってくれたら、言い訳してくれたら、アンジェリークだって素直にお茶会のことやあれこれを謝ろうと思っていたのだ。
「オスカーはさ、あんたにだけは本気だよ? それは判ってるんでしょ? あいつは馬鹿だから、色んなオンナと付き合っちゃ別れて、プレイボーイを気取ってたけど、あんたに出会ってからは綺麗なもんだよ。あの馬鹿が本気なのはあんただけだし、あんただけが特別。それはアンジェリークも同じでしょ? わたしもリュミちゃんも、ジュリアスもクラヴィスも、陛下だって、あんたたちの真剣な想いに負けたから、あんたのこと諦めたんだよ? それなのに、あんたたちがあんまり喧嘩ばかりしてると、わたしたちはいったい何!? とか思っちゃうじゃない」
「オリヴィエ……」
オリヴィエの優しい瞳に見つめられて、アンジェリークは更にしゅんとなる。
「ごめんなさい……心配かけて……」
しゅんとしてしまったアンジェリークに金色の頭をぽふぽふと叩き、オリヴィエはニッコリと笑った。
「仲直りする?」
「オスカーが赦してくれたら」
「それは大丈夫。アンジェリークがごめんなさいって言ったら、あいつだって1も2もなく全面降伏しちゃうよ」
アンジェリークを力づけるように言うと、オリヴィエは、彼女を立ち上がらせ、オスカーの執務室に行くように促したのである。
さて、オスカーの執務室は、廊下を挟んで補佐官の執務室のお向かいさんである。当然ちょっとばかり耳を澄ませば誰が彼女の所を訪れているか容易に知ることが出来る。それもオスカーの独占欲を刺激する一因になっていたわけだ。
で、喧嘩真っ最中とはいえ、可愛い愛しい天使のことが気になって気になって仕方なかったオスカーはオリヴィエがアンジェリークを訪れた時点から、扉の前でうろうろしていた。
(極楽鳥め……俺のアンジェリークにいったい何を吹き込もうとしてるんだ……)
と、今のオリヴィエの行動からすればかなり罰当たりなことを考えながら、アンジェリークの執務室の様子を窺っていた。
「オスカー様、貴方のそのでかい体でうろつかれるとかなり鬱陶しいです。邪魔ですから、ちゃんと座っててください」
冷たい声を掛けるのは副官のヴォルフガング。彼は中肉中背で、オスカーや他の守護聖に比べると小柄だった(守護聖たちがでかすぎるのだが)。これまでは上司の不機嫌な神経を刺激しないように嫌味を言うのは控えていたが、そろそろいい頃だろう。
「そうそう、今日、お屋敷のほうに、ピンクのバラを届けさせました」
「おい、俺は男から花を貰う趣味はないぞ」
「誰が貴方に差し上げるといったんですか。そろそろ仲直りなさい。でないと、他の守護聖方がアンジェリーク様を奪い取っちゃいますよ」
「……ぐっ……」
「それでもいいんなら構わないんですがね。仲直りなさらないんなら、鬱陶しいから暫く視察にでも行かれたらどうです? ジュリアス様にはわたしからお願いしますよ。2~3週間オスカー様をどっか辺境にやっちゃってくださいって。そのほうが、皆さんの精神安定上いいでしょうし」
「……今は女王試験の最中だぞ」
「ええ。そうでしたね。大事な女王試験の最中で補佐官様は大変なのに、その手助けをするどころかつまらない嫉妬で補佐官様を悩ませる恋人だったらいないほうがましでしょう」
「………………」
あまりにきつい副官の言葉にオスカーは沈黙するしかない。だが、確かに言われても仕方がないのだ。漸く新宇宙が安定し、補佐官の職務にも慣れたところで始まった女王試験なのだ。補佐官として女王が動けない分だけ女王候補のケアをし、超個性派・曲者揃い(自覚はあるらしい)の守護聖たちの手綱を取りつつ、守護聖に比べれば100倍はまともだがやはり曲者揃いの教官・協力者たちに気を遣い……更には通常の補佐官としての務めをこなしているアンジェリークなのだ。そのアンジェリークを恋人として労わるどころか、悩ませるとは……。
「…………おい、明日は午前中には執務を入れるなよ」
だから、そんな言葉でオスカーは仲直りする決意を副官に伝えたのである。
オスカーが仲直りの意思を表明したことにヴォルフガングがホッと一安心したとき、遠慮がちなノックの音がした。ヴォルフガングが扉を開けるとそこには予想どおりの人物――アンジェリークが立っていた。
「そろそろお見えになると思っていました」
オスカーの副官はそう言って柔らかく笑いアンジェリークを招じ入れる。
「あとはお2人で、納得するまで話し合われてくださいね」
そう言って、ヴォルフガングは部屋を出て行く。
「オスカー……」
「アンジェリーク……」
2人は互いに見詰め合ったまま立ち尽くしている。
「ごめんなさい!あの……貴方が赦してくれるなら仲直りしたいの……」
オスカーがアンジェリークに触れる為、一歩踏み出そうとした瞬間、アンジェリークがそう言って頭を下げた。顔を上げ、オスカーを見つめる瞳は不安そうな光を湛えている。
それを見たオスカーは堪らなくなって、一気にアンジェリークの許へ走り寄ると、アンジェリークを腕の中に抱きしめた。
「俺のほうこそすまなかった……。俺の我が儘で君を苦しめてしまった……」
「わたし……オスカーに甘えて……貴方がどんな風に感じてるか考えてなかった……ごめんなさい……」
「いいんだ……君が甘えてくれるのは俺にとって無上の喜びなんだから」
「貴方がわがままを言ってくれるのは、わたしだって嬉しいわ」
顔を上げて、アンジェリークがそう言う。2人は同時にくすっと笑いを漏らした。
「仲直り成立だな」
オスカーがそう言って、アンジェリークの唇にキスを落とす。
「今夜は仲直りを完璧にするからな。覚悟しておくんだぞ?」
「明日は、まだ仕事があるわ。手加減してね?」
首を傾げた可愛らしい仕草でアンジェリークが甘えるように言う。
「俺の我が儘が嬉しいんじゃなかったのかい?」
腕の中のアンジェリークが愛おしくて堪らないといった表情で、オスカーは揶揄うように言う。
「あら、わたしに甘えられるのは無上の喜びじゃなかったの?」
クスクスと笑いながら、アンジェリークが答える。
……そうして、2人はこの上もなく「仲良し」になっていくのだった。
「いや~今日の補佐官はん、ごっつー機嫌よかったな。なんかええことでもあったんかな?」
木の曜日、恒例のお茶会から帰りながら、チャーリーは言った。
「あったんだろうねぇ」
何があったかは知っているくせにオリヴィエはそんな風に答えた。
「でも、アンジェリーク様、お疲れだったみたいです。大丈夫なんでしょうか?」
ティムカが聡明そうな瞳を心配そうに曇らせる。
「大丈夫ですよ、今日の午後は特に何もありませんから、アンジェリークもゆっくり休めるはずです」
ティムカを安心させるようにリュミエールが言う。
そしてチャーリー・ティムカと別れた水・夢の守護聖はそのまま炎の守護聖の執務室に向かい、補佐官が翌日まで疲れを引き摺るような行為は厳に慎むようにと厳重注意を申し渡したのである。だが、それを炎の守護聖が守ったかどうかは定かではない(……きっと守ってないだろうなぁ……)。
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俺の天使に手を出すな~お邪魔虫女王候補篇~
「いい? じゃあ、抜かりなくやってね! 絶対あの方にあのケダモノを近づけないでね」
「判ってるって。ワタシを誰だと思ってるワケ? その名も高い天才少女レイチェルだよ」
「判ってる。だから頼りにしてるわ」
「OK! じゃあ、作戦開始だね」
宇宙のたまごが無事に孵化し(この表現でもいいのかなぁ)、女王試験も中盤に差し掛かった時期である。当然女王候補たちの関心は新宇宙の育成とその基盤となる学習に向けられている。……はずなのだが、違った。
2人には憧れの女性がいる。生粋の女子校スモルニィ女学園育ちのコレットにしてみればかなり危ない憧れでもあり、ずっと研究ばかりしていたレイチェルにとっては初めて出逢った柔らかな想いである。
その2人が憧れている女性。優雅で、聡明で、柔らかで、暖かで……何故彼女が女王でないのか不思議に思うほどだ(現女王に不満があるわけではないが、彼女が女王でもちっともおかしくないと思うのだ)。自分たちとそう歳も変わらない(実際、コレットとは同じ歳)なのに、全ての守護聖たちから、そして宇宙を統べる女王陛下から絶対の信頼を寄せられ、曲者揃いの教官・協力者たち全員から敬愛の念を寄せられ、聖地に住む全ての人から愛されている天使。
その名を女王補佐官アンジェリーク・リモージュ。
「補佐官サマって~好いよね~……優雅で、気品があって……でも、ちっとも気取ったトコロがなくって」
「あ~あ、あんな素敵な女性になりたいけど……逆立ちしたって無理かなぁ……」
2人が相談に行くと、いつも的確なアドバイスをくれる。2人が疲れていたり落ち込んでいたりすると美味しいお茶と手作りのお菓子で2人を労い励ましてくれる。そんな補佐官に2人はめちゃくちゃ憧れていたのだ。
だから……かなり強引に無理を言って(半ば脅迫して)占い師のメルに補佐官との相性をあげてもらったり、庭園の商人に補佐官が喜びそうなもの、補佐官に似合いそうなものを注文してプレゼントしたりしていたのだ。守護聖や教官とお話するときも選択肢に入っていないにもかかわらず、補佐官のことを尋ね話題にしていた。
『目指せ新宇宙の女王陛下!』だったはずの女王試験が、いつの間にやら『目指せ補佐官サマとラブラブエンディング!』(そんなものあるか!)に変わってしまっていたのである。
宇宙の育成が上手く行かないと補佐官様が悲しそうな表情をなさるから、取り敢えず頑張る。けれど期限である1年ぎりぎりまで、試験は引き延ばす。2人はそう決意して実行していた。資質としてはかつてのアンジェリーク・ロザリアの女王候補コンビよりはるかに劣るものの、実務能力はかなりのものがあったわけである。
さて、そんな2人もやがて補佐官を取り巻くいろいろな事実が見えてくる。
例えば、意外に補佐官様がおっちょこちょいなこと、ちょっとミーハーなところがあること。しかしだからといって補佐官の魅力が損なわれるわけではなく、「お可愛いところもおありになるんだ」くらいなもので反って親近感が湧く。
例えば、補佐官サマは予想以上に皆から愛されているということ。補佐官は通常守護聖と同じように館を与えられてそこから出仕するのだが、女王が片時も傍から放したがらず、宮殿内に居住している。守護聖たちも暇を見つけては息抜きの為にと称して補佐官を庭園や森の湖に誘い出しているし、教官たちも同様。かなり頻繁にデートに誘っている。つまりは自分たちのライバルなのだ。
そして、目下のところ最大のライバルが、炎の守護聖オスカーだった。他の守護聖が漸く1回デートする間にオスカーは3回はデートしている。オスカー:他の守護聖:教官・協力者のデート比率は9:3:1というところだった。
オスカーは確かに守護聖の中で一番女性の扱いが上手い。2人だって、たまに庭園に行ったりすると、自分がお姫様になったかのように感じる。それに彼が一番補佐官についての話題が豊富だったから、彼と会うのは楽しみだったのだ。一番頼りにしていたし、親密度も一番高かった(2人ともちょうど100)。
しかし、2人がデート比率に気付いたときから変化が起こった。そして、衝撃の事実を知ったときそれは敵意に変わったのである。
衝撃の事実――補佐官アンジェリークと炎の守護聖オスカーが恋人同士であるということ。
衝撃の事実を知った後、2人の意識の中でオスカーは180度その扱いが変わった。それまでは、『気障でワイルドで、かなりタラシだけど頼りになる大人の魅力たっぷりのオスカー様』だった。だが、今は……『大好きな補佐官様を毒牙にかけようとするケダモノ』だった(笑)。
そしてここに『補佐官様にケダモノを近づけてなるか作戦』が決行されていたのである。
さて、標的となったオスカーである。机の上のカレンダーを見て深い溜息をひとつ。カレンダーには、大きく『×』が並んでいる。これは補佐官と昼食+夕食を共に出来なかった日を表す(ちなみに昼食のみは△、夕食のみは○、両方ともは◎、お泊まり付きはハート。って、女子高生かお前は!!)。日付の下には『補佐官とお茶会』という文字が毎日並んでいるが、それは黒々とした2本線で消されている。つまり中止されているのだ。理由は自分サイドのものが5割、アンジェリークサイドのものが5割。
「コンニチハ、オスカー様!」
明るく元気に女王候補レイチェルが現れる。
「よう……お嬢ちゃんか……」
応えるオスカーの声は対照的に、暗い。そんなオスカーの様子を見て、レイチェルは心の中でガッツポーズ。オスカーとアンジェリークの関係を知ってから2週間。取り敢えず、ケダモノを天使に近づけないでおくことには成功している。
「今日は、炎のサクリアがアルフォンシアおよびルーティスに与え、かつ、今後誕生する生命に対する影響の度合いのことについてお話があるんです」
心の中のガッツポーズなんておくびにも出さないで、レイチェルは真面目な研究者の顔をして言う。本当にそんなことを知りたければ、オスカーの所へ来るよりも、王立研究院へ行って、エルンストに相談するのが一番なのだが、あくまでもこれは口実に過ぎない。とにかく時間を稼いで、オスカーがアンジェリークの所へ行く時間をなくせばいいのだ。
「それは……俺よりもエルンストのほうが詳しいだろう? あいつは俺たちのサクリアの齎す影響を追跡調査分析するのも仕事だからな」
疲れたような口調でオスカーは言う。
「オスカー様、ひょっとして、ご自分のサクリアが与える影響についてご存知ないんですか?」
挑発するように、レイチェルが言う。
「まだ、生命も誕生していない、惑星だって合計3個しかない宇宙だ。まだ、そんなことを気にするほど発展はしていないというだけさ。お嬢ちゃんは俺にそんなことを聞きに来る暇があったら、ルーティスが欲しがってる風のサクリアを送るべきじゃないのか。ああ、もう1人のお嬢ちゃんも同じだな、ジュリアス様に育成を依頼するべきだろう? 補佐官にべったりくっついたりしてないで」
疲れと苛立ちから、オスカーの口調は思いっきり冷たい。彼だって何故自分がこうも愛しいアンジェリークとの時間がもてないのか、とっくに判っていたのだ。全ては女王候補の所為。
だが、アンジェリークに女王候補との時間より自分を優先して欲しいなんてことは言えなかった。アンジェリークは前回の試験で、突然女王候補に選ばれ戸惑い、悩んだのだ。そのとき優しい補佐官ディアに随分助けられた。だから今回同じような境遇のコレットに対し、とても心を配ってサポートしてあげたいと思っていた。それは十分に理解できたし、惚れた弱みとでも言うか、アンジェリークの望みなら何でも叶えてやりたいオスカーなのだ。
しかし、やっぱり我慢にも限界がある。ことアンジェリークを独占することにかけてはオスカーは宇宙一の我が儘男なのだ。年少組・オリヴィエ・リュミエールは言うに及ばず、年長組のジュリアス・クラヴィス・ルヴァから脅されようと呪われようと無視しているくらいだし、女王陛下の嫌味だって聞き流すことが出来るのだ、アンジェリークを独占する為ならば。軍人として訓練されているから忍耐力精神力はかなりあるほうだが、アンジェリークを求めて迸るパッション(笑)はそろそろ抑えるのが難しくなっていた。
「とにかく、俺の所にくだらない用事で来るくらいなら、もっとマシな育成をしてから来ることだな。おい、ヴォルフ、女王候補のお嬢ちゃんをランディの所へ送り届けてくれ。確り育成が依頼できるよう助けてやるんだ。それから、ヴィクトールの所に連れて行って学習した後は寮まで送り届けてやってくれ」
副官のヴォルフガングにてきぱきと、レイチェルのスケジュールを伝え(勝手に決めちゃってるよ……)、監視を命じる。ヴォルフガングにしてみれば、「なんで自分が……」と思わないではなかったが、ここは敢えて逆らわないことにする。女王候補たちの所為でカルシウム不足ならぬアンジェリーク不足で苛ついていたオスカーの執務能率がかなり落ちておりそれは彼の胃痛の種でもあったから。
そしてヴォルフガングはレイチェルに有無を言わせず上司の命令を遂行していったのである。
一方こちらは補佐官執務室。アンジェリークはコレットから守護聖との関係について相談を受けていた。今日の相談の対象はクラヴィスだった。「でかくて、暗くて、不気味で、おっかない」(ここまで直截的な表現ではなかったが)彼にどう接してよいのやら、というわけだ。
しかしここ2週間というもの、コレットとレイチェルから毎日のように相談を持ちかけられる。ジュリアス、クラヴィス、ゼフェル、セイランは近寄りがたい、マルセル、ランディ、ルヴァ、ティムカはなんだか頼りない、リュミエール・オリヴィエは何を考えてるのか判らない……といった感じだ。
女王試験開始から100日以上経っているのに今更何を……と思わないでもないが、メルに聞いたところによると、彼らとの親密度は100に満たないというのだから驚くばかりだ。自分はこの時期にはとっくに現在の恋人であるオスカーをはじめ、リュミエール、オリヴィエ、ルヴァ、クラヴィスと親密度200になっていたし、他の守護聖とも150は超えていた。
「コレット……わたしに相談ばかりしていても始まらないでしょう?貴女が彼らと接しないことには、意味はないのよ」
いつになく厳しい口調で、アンジェリークは言う。確かに自分にも覚えのあることではあった。ジュリアス・クラヴィスとはなかなか打ち解けることが出来なかったのだ。だがオスカーやリュミエールのアドバイスをもとになんとか彼らを訪ねて話をして、関係を築いてきたのだ。
「コレット、貴女とレイチェルが、守護聖や教官の皆さんともう少し良好な関係が築けるまで、ここには出入り禁止よ。いいわね」
だから、アンジェリークは心を鬼にして、きっぱりとそう告げたのである。
「そんな……補佐官様……」
「女王補佐官として、今後のことも考えた上での決断よ。貴女たちにもっと皆の良いところを知って欲しいの……。判るわね、コレット?」
半べそ状態のコレットも優しい天使の微笑みでそう言われては頷くしかなかったのである。
そうしてコレットはアンジェリークに送り出されてまずはルヴァの所へ向かったのであった。
「よく、おっしゃいましたね、アンジェリーク様」
香りのよいハーブティーを入れて、秘書官のミッシェルが言う。
「ええ、ああでも言わないとね」
アンジェリークが苦笑して応えたとき、勢いよく扉が開いた。登場したのは炎の守護聖である。
「ああ……俺の天使……やっと逢えた……」
オスカーはそう言うと、ミッシェルの存在を無視してアンジェリークに駆け寄ると確りと抱きしめた。それからおもむろにアンジェリークを抱き上げると、そのまま自分の館へとアンジェリークを連れ去ってしまったのである。
「やれやれ……。まぁ、これで明日から……いや、明後日からはアンジェリーク様の仕事も捗るだろう」
ふう、と溜息をついてミッシェルは呟いた。ビタミン欠乏症ならぬオスカー欠乏症で、アンジェリークは今ひとつ集中力に欠けていたのである。恐らく明日にはそれが解消され、明後日からは執務の順調に進むだろう。明日は疲れきって進まないだろうが……。
さて、2人の女王候補である。今日の作戦は失敗した。だが、まだ諦めてはいない2人である。
「やっぱり、同じような手を2週間も続けたのが拙かったわね」
「そうだね。今度は、他の人使って、邪魔してやろうか」
「そうね、それがいいわ」
「じゃあ……まずは……」
2人の作戦会議は深夜まで及んだのであった。
まだまだアンジェリークをめぐる戦いは続く…………。
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俺の天使に手を出すな ~補佐官殿争奪戦篇~
炎の守護聖オスカーは非常に苛ついていた。自慢の情熱色の髪を乱暴にかき回す。
どうしてこんなに苛立っているのか、理由は明白だった。もう随分長いこと最愛の恋人と2人っきりになっていないのだ。
「こんなに長い間離れ離れだなんて耐えられん……! 4時間8分48秒だぞ!」
「そんなこと、あんたが言う!? あれだけ日頃あの子を独占してるあんたが。わたしなんて……あの子と2人っきりなんて女王試験が終わってからこっち、一回もないわよ! どっかの独占欲の塊の所為で!!」
柳眉を逆立てていうのはオリヴィエ。オスカーの親友(2人は口を揃えて否定するが)である。派手な見かけと時々出てくるオネエ言葉の所為で一見性別不明だが、なかなかに男らしい性格で、オスカーにとっては頼りがいのある悪友だ。
「そうですよ。わたくしだって彼女とゆっくりお話したいのに、どこかの馬鹿の所為でもう随分永いこと……」
恨みがましそうに言うのは、これまた一見性別不明のリュミエール。だが儚げな外見に似合わず、結構な怪力の持ち主でもある(by『WhiteDream』DiscMisteria「ティータイムミステリー『幻惑の密室』事件」)。
「やはり……やつらをなんとかしなければ……」
オスカーの不機嫌の理由は今回の女王試験に際して召致された6人の野郎ども+2人の少女だった。
(まぁ、お嬢ちゃんたちは女王候補のレディ予備軍の補欠(←要するにレディには程遠い)だから、大目に見てやるか)
うまれついてのフェミニストであるオスカーはそう思う。だが、6人の男どもにかけてやる情けなど持ち合わせてはいない。
決して美男子ではないが、落ち着いた大人の魅力で『頼り甲斐』をアピールする精神の教官・ヴィクトール。皮肉たっぷりの言葉を吐くくせに、詩人らしい気障な言葉も口にする、美貌の感性の教官・セイラン。女性には疎いんですよ、なんてことを言いながら、主任研究員の立場を積極的に活用しているエルンスト。おちゃらけたふりをしながら馴れ馴れしく口説く謎の商人・チャーリー。
はじめからその4人には注意していたオスカーだった。だがその陰に隠れ、Out of 眼中だった2人のお子様――品位の教官・ティムカと占い師のメル。この2人がなかなかに侮りがたいダークホースだったのである。
今、聖地には2つの勢力が存在する。『Special』組と『Special2』組(笑)である。つまり、女王・守護聖の10人VS教官・協力者・女王候補8人の対立である。何を巡って対立しているかといえば……それはここに名前の挙がっていない金色の天使――女王補佐官・アンジェリークであった。
『Special』組と『Special2』組も敵(笑)に対抗する為、一応団結してことにあたっている。勿論『Special』組では恋人であるオスカーが先頭に立っている。
「そなた、この状況をなんとする。あのような下々の、ぽっと出のわけの判らん奴ら……い、いや……本来であれば聖地に関わりを持たぬ者たちを補佐官に必要以上に近づけては、甚だまずい。そなたも婚約者であるからには、何らかの策を講じるのだ」
ある日、非公式の会議――『Special2』組対策会議――の場で、敬愛する上司からオスカーはなにやらワケの判らない叱責を受けた。
(何とかしろと言われても……まぁ、言われるまでもないが……)
ジュリアスの勝手な言い草に戸惑いながらもオスカーはにんまりと笑った。ジュリアスの口から『婚約者』と出たのだから。
確かに2人は婚約しているのだ。なのに女王をはじめ守護聖たちもそれを認めないでいる。こればかりはアンジェリークがいくら頼もうと女王ロザリアが結婚に許可をくれないのだ。
曰く、「補佐官は常に女王の傍にいなくてはならないから、宮殿に住まなくてはいけません」。またあるときは、かつてのオスカーの不品行を取りざたして、「まだ、わたくしは女性問題に関しては貴方を信用していませんからね」と……。
「そうですね、俺はアンジェリークの婚約者ですから、何とかしなくてはなりませんね。アンジェリークはいずれ俺の妻になる女性ですから、そこのところを奴らにも判らせないと」
その場にいる守護聖たちにも言っているかのようにオスカーは言う。
グッと言葉に詰まるジュリアスを他の守護聖たちが「馬鹿……」という眼で見ている。敵に対抗する為とはいえ、一番厄介な敵に言質を与えてしまったのである。
オスカーが退出してしまった後、当然ジュリアスは他のメンバーから責め立てられる。ゼフェル・マルセル・ランディあたりが、ここぞとばかりにキャンキャン吠え立てる。普段は恐ろしくてそんなことは出来ないのだが、ここ『Special』組では彼らは結構強い立場にいるのだ。『Special2』組の年少組と親しく、色々な情報を得てくるから。
「まぁまぁ、落ち着きなって」
「そうですよ、ジュリアス様だって人の子。こんなミスもありますよ」
「……それに……取り返しのつかぬ事ではない……」
「ええ~婚約はあくまでも婚約であって、結婚してしまったわけではないですからね~」
「そういうことだ。結婚は、簡単には許されぬからな。あくまでも、結婚は予定でしかなく、予定は確定されたものではないのだ」
年少組を宥めながら、なにやら怖いことを言う年長組であった。
さて、『Special2』組である。『Special2』組の年長組はかなりオスカーに警戒されている為うまく動けないことから、実際に前面に出て動くのはティムカとメルの2人だった。
育ちがよく人当たりの柔らかなティムカと、人懐っこく幼いメルはアンジェリークに警戒心(元々そんなものないが)を抱かせることなく、彼女に接近していった。
今日も今日とて、2人は補佐官を学芸館で開かれるお茶会に連れ込むという使命を帯びて、庭園にいた。
「じゃあ、今日はメルが行ってくる! 昨日はティムカさんがいっぱいお話したんだから、今日はメルにお話させてね!」
新お子様トリオの中では最年長15歳のくせに、(本当に15歳か? 5歳の間違いじゃないのか?)と誰もが思ってしまう口調で、メルが言う。
「判りました。ああ、それから学芸館にお連れする前に、また暫く庭園を散歩しましょうね」
「うん! じゃないと、商人さんやセイランさんに邪魔されて、あんまりお話できないもんね」
学芸館や王立研究院でお茶会を開き、そこに補佐官を招待する。そこに補佐官を連れて行くのはティムカとメルの役目だ。なのに、その後、実際のお茶会では、2人はあまり補佐官と話すことが出来ないのだ。他の4人がわれ先に、と群がってくる為に。中でもチャーリーとセイランがべったり状態だった。
2人にいわせると、ヴィクトールは教官の筆頭として、エルンストは主任研究員として、それぞれ個人的に補佐官と接する機会がある。ティムカとメルは補佐官を連れてくるまでに時間がある。なのに自分たちにはそのどちらもない、というわけだ。
やがて、午前中の執務を終えたアンジェリークが、庭園に散歩の為に現れた。
「補佐官様~~~」
紅い髪を靡かせながら、パタパタとメルが走っていく。
「きゃん」
が、アンジェリークまで、あと13.5歩といった所で、ベシャっと転んでしまう。
「メ、メル? 大丈夫?」
慌ててアンジェリークがメルに駆け寄ると、「ふぇ~ん」と半泣き状態のメルが顔を上げる。地面と熱烈なキスをしたのだろう、見事に鼻の頭をすりむいていた。
(プッ……)
いけないとは思いつつ、アンジェリークは笑ってしまう。
「あらあら、メル、泣かないで? ほら、痛いの、痛いの、遠い所へ飛んでいけ~!」
……完全に子ども扱いである。
「ね? もう痛くないでしょ?」
ニッコリと天使の微笑みで言われると、メルもこくんと頷く。その仕草がまた幼くて、アンジェリークは自然に笑みを誘われる。これで、2つしか年下ではないというのが信じられない。事実アンジェリークはよくそのことを忘れてしまい、メルを3歳の甥っ子(当然、外界にいる。兄の子ども)と同じように扱ってしまうのだ。
「手当てしましょうね」
そう言いながらハンカチでメルの涙を拭うと優しく促して、立ち上がらせる。
「アンジェリーク様、僕も行きます」
すかさず、ティムカが言う。彼にしてみれば(メルさん、ずるいです!アンジェリーク様の天使の微笑みを独占するなんて~!)といったところ。
「ええ、そうね。じゃあ、占いの館に戻りましょう」
ティムカに向かって優しく微笑みながら、アンジェリークが答える。その微笑みを見て、(メルさんのお陰で、こんな笑顔が僕にだけ……。メルさん、ありがとうございます!)と先ほどとは正反対のことを考えるティムカ。
3人は占いの館に戻ると、メルの手当てをする。
「へへへ。補佐官様。ありがとうございます」
嬉しそうに笑うメルの鼻の頭にはクマさん模様のバンドエイド。
「あのね、補佐官様、今日ね、これから、学芸館でお茶会をするの。だから、補佐官様も一緒に行こう?」
「ええ、是非いらしてくださいアンジェリーク様。他の皆さんもきっと喜ばれます」
というか、連れて行かなかったら怖いことになる。
「う~ん、お誘いは嬉しいんだけど……」
殆ど毎日、である。
「え~、来てよ、補佐官さまぁ」
メルが、甘えた声でおねだりする。
「ええ、是非! 僕たち、アンジェリーク様にいろいろ教えていただきたいんです」
ティムカも必死に、アンジェリークを誘う。
「う~ん……」
いつもなら、ニッコリと笑って「いいわよ」と言う筈のアンジェリークが、今日はそうしないことに2人は戸惑っている。
実は、庭園に散歩に出る前に主席秘書官のミッシェルに釘を刺されているのである。「今日は真っ直ぐ帰ってきてください」と。
学芸館(乃至は研究院)のお茶会に参加すると、アンジェリークは3時間程度は帰って来れないのだ。帰ろうとする度にあの手この手で引きとめられる。
例えば、アンジェリークが「そろそろ帰ります」という3秒前にセイランが、楽器の演奏をする。途中で退席するのは失礼だから、帰れない。
例えば、アンジェリークが「じゃあ、今日はこれで」という6秒前にチャーリーが通信販売のカタログを広げる。アンジェリークも女の子であるからには、可愛い服や小物満載のカタログからは逃れられず、見入ってしまうことになる(ちなみにその通販はウォン財閥が行っているのでチャーリーにしてみれば一石二鳥)。
結局あれやこれやで、平均3時間は捕まってしまい、その分補佐官業務に支障が出るというわけだ。
3時間捕まる→その分残業→帰宅が遅くなる→恋人と過ごす時間が少なくなる→恋人が不機嫌→恋人がしつこくなる(エッ、何が……? いや~ん)→寝不足になる→午前中の執務が捗らない→気分転換に散歩→メル・ティムカに捕まりお茶会へ→3時間捕まる→………………
エンドレスの繰り返しである。この悪循環を断ち切る為には、お茶会に行くのを止めることと、恋人に厳しい姿勢で臨むこと。後者はかなり難しい(惚れた弱みってヤツ~)から、まずここはお茶会から……。
「ごめんね。今日は駄目なの」
「ええ~~~そんなぁ……」
今にも泣き出しそうな顔でメル。叱られた仔犬のようだ。
「僕たち……少しでもアンジェリーク様と一緒にいたいだけなんです……ご迷惑ですか……?」
つぶらな小鹿のような目をして、ティムカが言う。
そんな風に見つめられては、アンジェリークも言葉に詰まってしまう。
じゃあ、ちょっとだけ……そう言おうとしたとき、勢いよく占いの館の入り口が開かれた。
「坊やたち、レディを困らせるもんじゃないぜ」
現れたのは、炎の守護聖オスカー。そのままアンジェリークの横に立ち、肩を抱き、頬にキスをする。全てが流れるように自然で、誰も口を挟む隙がない。
「俺のお嬢ちゃん、陛下がお呼びだぜ」
肩を抱いていた手をすっと腰に回し軽く抱き寄せる。そして、今度は眦に軽くキスを落とす。
「もう、オスカーったら。メルもティムカもいるのよ」
ちょっとばかり怒ったような声をしながら、でもその瞳にはそれを許す優しい光を湛えてアンジェリークが言う。
「おっと、お子様には目の毒だったな。じゃあ、坊やたち、俺のアンジェリークはいただいていくぜ」
お子様を牽制しながら、所有格を連呼するオスカーもいい加減子どもっぽい……。しかし、お子様2人組はそんなことには気付かず、「俺のお嬢ちゃん」「俺のアンジェリーク」が頭の中でエンドレスでエコーしていた。そんな2人をそのままに、恋人たちは占いの館を後にした。
まずは、オスカー(『Special』組)の1勝。
「助かったわ、オスカーが来てくれて。また、仕事が遅れて、ミッシェルに叱られるところだったもの」
くすっと笑いながら、アンジェリークが言う。女王陛下が呼んでるなんていうのが口実ということは判っていた。午前中はずっと一緒だったのだから。
「でも、すご~くいいタイミングだったわね?」
「俺が君を探してたからさ。今日のランチを一緒にと思ってね」
相変わらずアンジェリークの腰に回した腕に少し力を入れて引き寄せると、再び眦にキスをする。白昼の公園で堂々と。
バサッ。
何かの落ちる音がして視線をめぐらすと、そこにいたのはエルンストとヴィクトール。2人とも顔を真っ赤にしている。聖地の中では最年長の部類に入る彼らだが、女性の扱いに関してはランディあたりとどっこいどっこいの2人なのだ。
「こんにちは、エルンスト。ヴィクトール。……書類、落ちてるわよ?」
普段なら、駆け寄って書類を拾うアンジェリークなのだが、オスカーが確りと彼女の腰を抱いている為、今日は言うだけ。
「あ……」
慌てたように書類を拾う2人。そして、まだショックが覚めやらぬふうながら、何とか気持ちを落ち着けたエルンストが、アンジェリークに用件を切り出す。そう、2人はアンジェリークを探して庭園にやってきたのである。いつもの時間にアンジェリーク(と、メル・ティムカ)が来ないことから、不審に思ってやってきたのだ。
「実は、新宇宙の育成状況および安定度のことについてお話があります。時間も時間ですので、昼食をご一緒しながら、そのことについてお話したいと思いまして……」
学芸館でご一緒に……と続けようとしたとき、オスカーの冷たい声が割って入る。
「アンジェリークは俺とこれからランチでね。それとも何か? なんでもかんでも女王補佐官に相談しないと判断できないほど、主任研究員と教官筆頭は無能なのか?」
エリートとしての自負があるエルンストも普段は温厚なヴィクトールも流石に「ピキッ」とこめかみに青筋が入る。
「オスカーったら! エルンストはとっても正確に的確に判断が下せるし、ヴィクトールだって、とっても有能よ! わたしがアドバイスしなきゃならないことなんてないくらいなんだから」
アンジェリークが怒ったようにオスカーに言う。
「アンジェリーク様……」
アンジェリークが自分たちをそんなふうに認めてくれていたのかと胸が熱くなる2人。だが、実はアンジェリークによって止めを刺されていたことに気付かなかった。気付いたのは、オスカーの言葉によってだった。
「そんなに有能なら、何も態々補佐官殿の休息時間を潰させなくてもいいだろう。秘書官を通して、用件を伝えるんだな」
その瞬間、2人の脳裏には補佐官の主席秘書官ミッシェル(エルンストにとっては元同僚)の顔が浮かぶ。あの有能な秘書官は、何故か教官・協力者に冷淡なのだ。冷たい丁寧さを以って、「補佐官様にはわたしからお伝えいたしますので、どうぞお引き取りください」そう言って、なかなか取り次いでもらえない。殆どは補佐官のアドバイスなど必要もないような簡単なことを口実に訪れている彼らとしてはすごすごと引き下がるをえないのだ(持ってきた書類を見て、重要な用件のときはちゃんと通してくれるが……)。あの秘書官は異様に分厚い壁なのだ(実は守護聖たちにしてもそうなのだが、彼らは知る由もない)。
「さぁ、アンジェリーク。貴重な時間を無駄にしたくない。行こうか、俺の天使」
オスカーは見せ付けるかのように、アンジェリークの腰を抱き寄せると、2人を無視して歩き出した。
ということで、オスカー(『Special』組)の2勝目。
その頃第3陣が、彼らに接近していた。第一陣だったメル・ティムカの報告を受け、エルンスト・ヴィクトールの堅物コンビだけでは心許無いと援軍に出てきたセイランとチャーリーである。チャーリーは平日は外界に戻っているのだが、この時間だけは聖地へやってくるのだ。
しかし、彼らが見たものは敗れて呆然と立ち竦む堅物コンビだった。
「しまった、遅かったか……!」
「いやまだ諦めたらあかん!」
チャーリーはさっと首をめぐらし、目標を捕捉する。
「あそこや、セイランさん!」
というや否や、さっと駆け出し、
「お~い、待っとくんなはれ、補佐官は~ん」
アンジェリークに向かって叫ぶ。手には今日のアイテム『特選・これが今年の夏の流行ブランド!』なるカタログ。慌ててセイランもそれに倣って駆け出す。こちらの手には一号キャンパス。今日のアイテム・アンジェリークのファンタジー風肖像画だ。
2人には珍しく殆ど全力疾走しながら、アンジェリークの許へ駆けつける。
「あら、チャーリーさん、セイラン」
振り返って、ニッコリ笑うアンジェリーク。その花のような微笑みに2人はボーっとなる。
「いや~探したで~。いつもみたいに学芸館に来はらんよって、どないしたんやろ思て……」
「そうだよ、君が来ないと何を食べても味気なくってさ。いつもは君がいるのに……」
ストレートに2人が言う。いつも、をかなり強調する。オスカーに対する牽制のつもりだったのだろうが、完全に逆効果だった。
「そんなにいつもと同じメンバーじゃ、飽きるだろう? アンジェリーク。……ん? ひょっとして、俺との食事には飽きてしまったのか? 朝も夜も必ず一緒だから……」
不安そうな表情を作ってオスカーが言う。
「そんな! 馬鹿なこと言わないで、オスカー。貴方と一緒なら、それだけで幸せなのよ。飽きるなんてありえないわ」
見事にオスカーの術中に嵌ってアンジェリークが言う。「2人の為~世界はあるの~」といった世界がそこに展開される。
「……」
あまりの甘さにあいた口が塞がらないチャーリー&セイラン。だが、気を取り直して、再びアンジェリークの注意をこちらに向かせようと試みる。
「補佐官はんが探してはったカタログ持ってきましたで、ほら!」
「頼まれてた肖像が、出来上がったよ」
と。その必死さが幸運を呼んだのか、アンジェリークが2人に向かって満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、チャーリーさん、セイラン!」
嬉しそうに受け取るアンジェリークに、2人は鼻の下が10センチは延びる。
「なんだ、欲しいものがあれば買ってきてやるのに」
「だって、自分で選びたかったんだもの。今度の休暇に一緒に海に行くときの水着」
甘えたようにオスカーに答えるアンジェリーク。カタログの目的が敵に塩を送るようなものだったことにショックを受けるチャーリー。だが、彼のショックはセイランに比べれば軽かった。肖像画をどうするのかオスカーに問われたアンジェリークは、恥ずかしそうに答えたのだ。
「オスカーが出張するとき……わたしのこと忘れないようにって……持っていって欲しいの……」
あまりの可愛らしさにその場でアンジェリークを抱きしめてしまうオスカーだった。そして、ここが庭園のど真ん中であることを心から残念に思っていた。でなければこのまま押し倒せたものを(爆)。
「ああ、俺のアンジェリーク……なんて可愛いんだ……。俺が君のことを忘れるなんて……そんなことあるはずないだろう?」
もうそれはそれ、でろでろに甘い声でオスカーが答える。
アンジェリークの発言とあまりの甘さに再び固まってしまったチャーリーとセイランのことなど全く目に入らないふうで、2人のLove Love爆裂カップルは庭園を後にするのだった。
そして、オスカー(『Special』組)の3勝目。
オスカーが補佐官の執務室までアンジェリークを連れて戻ると、そこには怖い顔をしたオスカーの副官・ヴォルフガングとアンジェリークの主席秘書官・ミッシェルが立っていた。
「なにやってるんですか、オスカー様!今日は午後一で王立派遣軍に顔を出さなきゃいけないんですよ! のんびりしてる暇はありません! さぁ行きますよ!!」
長身のオスカーの耳を引っ張るようにして、オスカーを連れて行くヴォルフガング。
「お……おい……ヴォルフ……」
「さ、アンジェリーク様。書類が溜まってますよ、残念ながら、のんびりランチ、というわけには行きませんからね。今日こそ、残業なしと行きたいものですね」
優しい口調で、しかし厳しい声音でミッシェルが言う。
「はい……」
自業自得なので、しゅんとしながらアンジェリークが答える。
「ア……アンジェリーク……」
まだ未練がましく抵抗していたオスカーがアンジェリークの名を力なく呼ぶ。
「頑張って、お仕事しましょ、オスカー」
天使の微笑みでオスカーにアンジェリークが言う。その微笑みでそういわれてしまっては、オスカーに逆らうすべはない。
(くそ~~~、今夜は……!)
翌朝もアンジェリークが寝不足になることがこのとき決定していた……。
そして、2人は気付かなかった。それぞれが執務室に連れ戻される際、秘書官と副官が、意味ありげに視線を交し合っていたことを。
実は、聖地には第3の勢力が存在する。
構成員は、アンジェリークの主席秘書官・ミッシェル、オスカーの副官・ヴォルフガング、ジュリアスの副官・ラウール、クラヴィスの主席秘書官・イアソン、ルヴァの主席秘書官・リキ、リュミエールの主席秘書官・カミーユ、オリヴィエの副官・ガイ、ランディの副官・レオン、ゼフェルの主席秘書官・ミツル、マルセルの主席秘書官・オミといった守護聖の秘書官・副官である。それは、『アンジェリーク様に守護聖方を出来るだけ近づけないことにより、各業務をスムーズに進めること。アンジェリーク様に余計な虫をつけないようにお守りすること』という、業務の効率化を名目にしたアンジェリークのFanクラブであった。
だが、この3つ目の勢力を、『Special』組も『Special2』組も知らなかった……。
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桜さくらのお花見狂想曲
ご無沙汰いたしております。女王補佐官アンジェリーク様の主席秘書官ミッシェルでございます。本日はまたもや我が上司が元で起こったちょっとした騒ぎについてお話いたしましょう。
それは女王ロザリア陛下の一言から始まりました。
「なんか、パーっと気晴らししたいわねぇ……」と女王陛下は疲れたような溜息と共におっしゃったのです。
そりゃあ、お疲れにもなられるでしょう。ただでさえ女王の務めはハードなんですから。おまけにこう言っては何ですが一癖どころか一万癖も三万癖もある曲者揃いの守護聖様方の手綱も取らなければならないんですよ。
更には、女王陛下にはと~~~~~~~~~っても大事な務めがおありになるのです。本来の女王業務には全く関係のないことではあるのですが、ですが、この務めの為に女王になったと仰って憚らないほど女王陛下にとっては大事なことでなのです。それは何か……。それは女王補佐官アンジェリーク様をお守りすること。
女王陛下はそれはそれはそれはそれは(以下エンドレス)アンジェリーク様を溺愛していらっしゃる。もう、目に入れても痛くないどころか快感を感じるくらい可愛がっておいでなのです。そんなに可愛がっている補佐官様ですから、あまり大変な仕事は回したくない。だから、陛下は本来なら補佐官様が決済すれば済む書類まで、ご自分で片付けてしまわれる。出来るだけ、アンジェリーク様に回す仕事を少なくして、アンジェリーク様の負担を減らして、その分ご自分のお傍に置いておこうとなさるのです。ですから、陛下の仕事量は本来の2倍になっているはずです。
アンジェリーク様も、陛下のご負担を思ってもっとご自分に仕事を回すように陛下にお願いなさいます。ですが陛下は取り合われないのです。
それにもう1つ。同性である女王陛下にさえそれほど溺愛されまくっているアンジェリーク様です。異性である守護聖様方が放っておくはずがありません。ですから、女王陛下は可愛さ∞な補佐官様に変な虫がつかないようにせっせと追い払っておいでだったのです。勿論、わたしも微力ながら協力させていただいております。わたしも『補佐官様を守る会・地下組織』の会長を務めておりますので。
尤も、最大級の害虫が既についてしまっているのですが……。
ただ、その害虫はアンジェリーク様にとっては最愛の恋人ですから、女王陛下としても陰で害虫を苛める程度のことしか出来ず、わたしたち地下組織の者もちょっとした嫌がらせ程度のことしか出来ずにはいるのですが。
そんなこんなで、女王陛下はたいそうお疲れで、ストレスも溜まっていらっしゃった……と言うわけなのです。
「思いっきり、大騒ぎしたいわ!」
再び女王陛下はおっしゃいます。
それを聞いた補佐官様は、名案を思いついたようにぽんと手を叩くと陛下に仰ったのであります。
「じゃあ、オハナミしましょう、ロザリア!」
極極私的なお茶会の席であったので、補佐官様は陛下をそう呼ばれます。陛下も、アンジェリーク様にだけはその名を呼ぶことを許しておいでで嬉しそうになさいます。
一度など、何かの拍子にオスカー様(=害虫)が「ロザリア!」と呼んでしまい、見事な右ストレートがオスカー様の右頬に炸裂したのであります……(キヒヒヒヒ)
「オハナミ?」
聞きなれない言葉に陛下は不思議そうな表情をなさいます。
「ええ、ルヴァから聞いたの」
……また、ルヴァ様ですか……。
知恵を司る地の守護聖ルヴァ様は流石に博学でいらっしゃいます。また、その探究心の赴くまま、様々な知識を身につけていらっしゃいます。それはもう、余計な知識まで……。そして、その余計な知識は得てしてかなり怪しいもの、誤ったものになっているのです。
「オハナミってね、ニッポンの伝統行事なんですって。何でもシンニュウシャインとの親睦を深める為に伝統ある桜の木の下でオサケを飲んでサクラモチを食べてカラオケをするんですって」
何か、間違っているような気もしますが……。
「それで、ジョウシはブカに無理難題を吹っかけることも出来るし、ブカはジョウシに文句を言うことも出来るんですって。無礼講だから、何をしても構わないらしいのよ」
随分、違うような気がします……。
「オサケの席でのブレイコウだから、何をしても怒られないし、咎められないんだって! だから、きっとロザリアも羽目を外せると思うわ~♪」
う~む……やはり『ニッポン』関係のルヴァ様の知識はかなり怪しいような……。
「そうね……。あんたがそう言うんなら、やってみようかしら、そのオハナミとやらを」
わたしが思わず天を仰いだことは言うまでもありません。
それからは『オハナミ実行委員長』(幹事ともいうらしいのですが)に任じられたアンジェリーク様は忙しく動き回っておいででした。そして、件の害虫;アンジェリーク様の恋人オスカー様も雑用係として、アンジェリーク様と共に動き回っておられたのです。
「バショトリ?」
アンジェリーク様に言われたオスカー様は首を傾げます。
「そうなの。オハナミのときはね、いい場所を取る為に、シンニュウシャインが朝からずっとその場所に座っておくんですって。でも、聖地にはシンニュウシャインがいないからわたし、行ってくるね」
聖地に桜の花はないので、当然外界に出ることになります。そして、それは当然、辺境地球のニッポン。今回のオハナミの舞台はキュウシュウ島の熊本県熊本市尾ノ上にある「陸上自衛隊弾薬庫」通りにある桜並木、ということになっていました。
そして、これまで、様々なオハナミを下見していたオスカー様は『オハナミ』がアンジェリーク様にとってどれほど危険なものかを感じていらしたのです。
そう、オハナミにはお酒がつき物です。そしてお酒とは人間の理性を一時的に失わせてしまうものです。そして酔っ払った『親父』族ほど厄介なものは無いのです。オスカー様もそれを危惧されたらしく、即座に反対なさいました。そして、アンジェリーク様に代わってオスカー様が『バショトリ』に行かれたのです。
さて、オハナミの当日がやってまいりました。
当日の熊本市の天候は快晴でした。オハナミに参加したのは、女王陛下、補佐官様、守護聖様方、そして補佐官・守護聖の主席秘書官・副官の21名でした。つまり『補佐官オフィシャルファンクラブ』と『補佐官様を守る会・地下組織』が勢揃いしたわけです。
「これより、女王陛下のご命令によるオハナミを執り行う!」
首座の守護聖であるジュリアス様が開会の言葉を述べられます。……普通は乾杯の音頭をとるところなのでしょうが……。服装も三つ揃えの略礼装といった感じで、堅苦しいことこの上もありません。まぁ、守護聖の正装でお見えにならなかっただけ良しとしましょう……。尤も、初めは陛下のご命令による公式行事だから、と正装で出かけようとなさったのを、主席秘書官であるラウールが『TPOをお弁えください』と身を呈して阻止したのだといいますから……いやはや……。
お酒が入ると、人が変わる人もいます。泣き上戸になる人、説教魔になる人、絡みまくる人……。
「くらびす! わたしはな~~~~~わたしはな~~~~そなたのしょくむたいまんのせいで、いにあながあいたのだぞ~~~~~」と泣き叫ぶ、某光の守護聖様。
「ぎゃははははは、気にするな、気にするな。わたしのことなど構っていたら、頭が禿げるぞ」と笑い転げる某闇の守護聖様。
「だいたいさぁ、いっつも僕が喧嘩の仲裁しなきゃいけないんだよね。そこのところ分かてるの、ランディ、ゼフェル。僕は君たちのお守りじゃないんだよ。まったく君たちときたら……」とくどくどと説教を垂れる某緑の守護聖様。
「なは、なは、なはははははは」と懐かしのせんだみ○お笑いをする某風の守護聖様とか……(しかし、せん○みつお笑いを知っている人っているのでしょうか……)。
猫のように丸くなって眠っているのは某鋼の守護聖様。
某極楽鳥な守護聖様はいきなりストリップを始めようとなさり、その演奏を自ら買って出る某水の守護聖様に、『御代はこちら~。お兄さん、寄ってらっしゃい見てらっしゃい』と客寄せをする某地の守護聖様……。
そして、我らが天使を毒牙にかけようとする下半身の守護聖様は強力な恋敵である女王陛下に喧嘩を吹っかけていたのです。
「大体な~俺とアンジェリークは相思相愛なんだぞ! それをどうして邪魔するんだ!!」
「あにをおっひゃる、うしゃぎしゃん! あんじぇはわらくひのちんゆうでふのひょ~!(何を仰るうさぎさん、アンジェはわたくしの親友ですのよ!)」
「親友がどうした! 俺は恋人だ~!!」
「あんじぇはわらくひのほはかんでふ。わらくひのほふぁにおひへはにがわるひの!(アンジェはわたくしの補佐官です。わたくしの側において何が悪いの!)」
「お前、邪魔なんだよっ」
「文句があるならベルサイユにいらっしゃい! ほーっほっほっほ!」
その喧嘩は果てなく続くかと思われたのですが……。事態を収拾されたのはアンジェリーク様でした。いえ……収拾といっていいのかどうか……。
喧嘩しているお2人をちらりと一瞥されると、アンジェリーク様は溜息をつかれ、手近にあったグラスを掴み、一気に飲み干されました……。
この日、アンジェリーク様はピン○ハ○スのお洋服をお召しでした。レースとフリルをふんだんに使ったブラウスと、幾重にも重なったロングのスカート。
元々お酒にはとんとご縁のない方です。ジュースといってもいようなアルコール度数4%の果実酒でも酔ってしまわれる方がお飲みになったのは、アルコール度数45%の泡盛でした。
「ぅふ~ん……」
その声に真っ先に反応したのはオスカー様でした。お見事としか言いようがございません。
「ぁは~ん」
アンジェリーク様の……上気した頬、潤んだ瞳……。そしてその白魚のような指はプチプチとブラウスのボタンを外してゆくのです……。
「おおおおおおおおおおおおおお嬢ちゃん、ななななななななななななな何をしてるんだ……?」
「あのね~、あついの~~。だ~か~ら~脱いじゃうの~!」
よく呂律の回っていない口調でアンジェリーク様は仰います。オスカー様は陛下に関節技を掛けられていて、動くことが出来ず、アンジェリーク様をお止めすることも適いません。ごっくん。
プチプチと外されていくボタン。鎖骨が露わになったところで、まず免疫のないランディ様とジュリアス様が鼻血を噴いて倒れられました。更に僅かばかりキャミソールのレースが見えたところで、クラヴィス様・ルヴァ様・マルセル様が鮮血と共に沈没。
「やっだ~アンジェちゃんったら~。ほ~らわたしと一緒に踊りましょ~」
今やTバック1つになった(おえっぷ)オリヴィエ様がアンジェリーク様の手を取ろうとなさいました。その瞬間
「俺のお嬢ちゃんに何するがや~~~~~~~~~!!!!!!」
となぜが名古屋弁で叫んだオスカー様は電光石火の早業で女王陛下をふっ飛ばし、アンジェリーク様をご自分の腕に抱きかかえると、次元回廊へと走り去ってしまわれたのです。ちなみに吹っ飛ばされた女王陛下はそこから500メートルほど離れた県立第二高等学校の天体観測ドームの望遠鏡にひっかっかっておいででした。
実はわたし、陛下のご命令で、このオハナミの一部始終をVTRに収めております。このテープがどのように使用されるかは、全てわたしの胸先三寸……。
今回の数々の醜態・痴態・無礼は『オハナミゆえの無礼講』として何のお咎めもなかったことだけ、申し添えておきましょう。
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人はそれを「自業自得」と言う。
その日、聖地では重大事件が発生した。
『女王補佐官アンジェリーク・リモージュ殿が執務室にて意識不明に陥った』
その報が齎されたとき。女王ロザリアをはじめ、守護聖たちは『宇宙が崩壊する』と聞かされた以上の衝撃を受けたのである。
宇宙を統べる女王の住まう聖地。その宮殿には実は別名があった。聖地の最高幹部及びその側近しか知らないものである。それは『アンジェリーク・リモージュ激LOVE同盟本部』(爆)という。そこには2つの組織が存在する。女王ロザリアをはじめ守護聖たちからなる『アンジェリーク・リモージュオフィシャルファンクラブ』と秘書官をはじめとする『補佐官さまを守る会・地下組織』(核爆)である。
補佐官重態の報はやがて誤報であったことが判明。補佐官の首席秘書官ミッシェルの叫び声を聞いた新任の秘書官がその声の大きさに誤解をし、いつのまにか尾ひれだけではなく胸鰭背鰭までついて女王らに報告されたのである。ちなみにその誤報を齎した職員は「女王の宸襟を騒がせた」として半年間の賃金90%カットを言い渡された(ご愁傷さま)。
「アンジェリークが倒れたって?」
出張から戻ったオリヴィエが補佐官の執務室に駆け込んだときには、既に他の8人の守護聖が勢ぞろいしていた。仮眠を取る為の簡易ベッドルームにアンジェリークは寝かされ、医師の診察を受けていた。その枕元には数多の障害を乗り越えて1ヶ月前に彼女と華燭の典をあげたオスカーが沈痛な面持ちでいとしい妻を見つめていた。その反対側には、全宇宙の母たる女王が蒼白な顔をして座っている。周りを囲んでいる守護聖たちも似たり寄ったりの表情だった。
扉の前では各守護聖の秘書官・副官たちが心配のあまり動物園の熊と化している。唯一アンジェリークの秘書官であるミッシェルだけが入室を赦されていた。
「アンジェリーク……どうなの?」
皆のあまりの深刻さにオリヴィエの声が震える。
「今……診察を受けているところです」
一番近くにいたリュミエールが応える。その言葉に応えるかのように医師が顔を上げた。
「どうなんだ、いったいアンジェリークは何の病気なんだ!!!」
宇宙の危機でもこんなに厳しい表情をしないだろうというほど険しい表情でオスカーは医師に詰め寄る。
「落ち着きなさいッ」
ロザリアがこれまた厳しい口調でオスカーを叱責する。医師はオスカーに掴まれ乱れた襟元を整えながら、あっさりと言った。
「補佐官さまは眠っておられるだけです」と。
補佐官アンジェリークの病名は「過労及び睡眠不足」だった。何も心配することはない。ただし、あまりにも疲労が酷い為に最低でも1週間はゆっくりと休養をとらせる必要がある、と医師は言った。女王はその場で補佐官に10日間の休暇を与えたのである。
「ミッシェル、そんなにアンジェリークは忙しかったの?」
アンジェリークの倒れた原因が過労にあると聞き、ロザリアは主席秘書官に尋ねた。自分はそれほど仕事を言いつけてはいない。アンジェリークが補佐官になって約1年。もっと忙しい時期だってあったし、ここ数ヶ月は定時出勤定時退社のうえ、1日に2回はお茶会をする余裕があったほどだ。各守護聖から補佐官に回ってくる書類などの決裁もそんなに多くはなかったはずだった。
「いいえ……補佐官さまであれば、まったく無理をせずにこなせる量の仕事でした」
ミッシェルは多少口篭もりながら応える。彼は真実を知っている。だがそれを口にすれば確実に1人から恨みを買い、その1人はここにいる全員(アンジェリークを除く)から憎まれることになるだろう。
「そうであろうな。アンジェリークにはそなたをはじめ聖地でも特に有能な秘書官がついていることだし。……何か思い当たることがありそうだな、ミッシェル?」
ジュリアスの厳しい視線を受けてミッシェルは観念する。真実を告げるしかないようだ。
(申し訳ありません……オスカーさま。恨まないでくださいよ……)
「アンジェリークさまの過労の原因は……プライベートにあります……オスカーさまです」
一斉に18の氷の刃がオスカーを貫いた。
1ヶ月前、オスカーは数多くの妨害を排して漸くアンジェリークと結婚した。アンジェリークが女王候補であったときに互いの想いを確認し、恋人となっていたにもかかわらず、女王をはじめ様々な方面から結婚を妨害されていたのである。
「ロザリアは……どうしても赦してくれないの……? わたし……一番ロザリアに祝福してもらいたかったのに……」
大きな翠の瞳に涙を溜めてそう言われたロザリアはあまりの愛らしさについ、結婚を許可してしまった。はっきり言って一時の気の迷いだった。
しかし、許可は許可である。綸言汗の如し。女王が前言撤回することは赦されなかった。
オスカーは妨害がこれ以上入らないうちにとばかりに、その日のうちにアンジェリークを自宅に連れ去り……もとい引っ越させ、翌日朝一番で女王府戸籍課に婚姻届を提出し、それから結婚式をあげたのである。元からいつでも結婚できるようにと、準備万端整えていたから、電光石火の早業だった。
それから1ヶ月が経過している。
そう……1ヶ月。オスカーはこれまでを取り戻すかのように朝も昼も夜もアンジェリークを傍に置きたがった。だが、共働きの夫婦にそれは不可能なこと。いくら勤め先が同じで、執務室は向かい合わせとはいっても……。
当然、その不満は館に帰った後に解消することになる。それは深夜の過剰肉体労働をアンジェリークに強いることとなったのである。
「アンジェリーク……1日にどれぐらい寝てるの?」
そこまで露骨なことをミッシェルが言った訳ではないのだが、原因がオスカーともなれば、理由は明白。横目でオスカーを睨みながらロザリアはアンジェリークに尋ねる。自分の答え次第ではオスカーが窮地に立たされることが判っているアンジェリークは何とか切り抜けようと必死に考え『天使の微笑み』で誤魔化そうとする。
「えっと、9時にはベッドに入るわよ?」
「……ベッドに入るのと、睡眠時間が同じじゃないでしょ。そんな台詞で誤魔化されないわよ」
ずごごごごごーっという効果音と共にロザリアの髪が逆立った。それはまるでメデューサの髪のようにオスカーに向かっていく。
「どれぐらい睡眠をとってるの? 正直におっしゃい!」
「えっと……へ……平均……3時間くらいかな……平日は」
休日は、と言えばいつ眠っていつ起きてるか判らない状態で、はっきりいって休日になっていない。が、そこまで言ってしまうと火に油どころか劫火の中にダイナマイトをグロス単位でぶち込むようなもの。それが判ってるからアンジェリークは言わなかった。
「オ~ス~カ~~~~~~」
九つの声がオスカーに向かって発せられる。そして……。1ヶ月にわたる『夜の営み禁止令』が下されたのである。
「アンジェリーク……他にしてほしいことはないか?」
右手にダス○ンモップ、左手に雑巾入りバケツを持ったオスカーがベッドに休んでいる妻に向かって問い掛ける。
アンジェリークが倒れてから3日が経っていた。
『夜の営み禁止令』が発せられたオスカーではあったがそんなことでへこたれる彼ではない。『妻の看病』をするからと言うことで、無理やり10日間の有給休暇をもぎ取り、甲斐甲斐しくアンジェリークの世話をしているのである。折角ゆっくり出来るとあって、館の使用人には休暇を与え、2人っきりの生活を満喫していた。
しかし、そうすると家事をやる人間がいなくなってしまった。病床にある妻にはそんなことはさせられないから、当然炊事洗濯などの家事労働はオスカーが一手に引き受けることとなったのである。
「えっと……そろそろお腹すきません? 今日は随分気分もいいし、わたしなんか作ります」
そう言って起き出そうとするアンジェリークをオスカーはベッドに押し込める。
「まだ寝てなきゃ駄目だ、お嬢ちゃん。俺がなんか作るから」
そう言って優しくアンジェリークの額にキスをする。
「はい……判りました」
おとなしく頷いた妻に優しく微笑むと、オスカーはキッチンへと向かった。そんな優しい夫の、白い割烹着&三角巾の後姿を見つめながらアンジェリークは溜息をついた。
「バトラーたちが戻ってきたら……ショック死するかもね……」
オスカーは見事に家事をこなしている。「いまどきの男は家事くらいこなせなくてはお婿に行けませんよ」というオスカーの母親の持論によって、オスカーは確りいつでもお嫁に行けるほど家事をそつなくこなせる男だったのだ。
嬉しい誤算ではあったが……センスに問題があった。オスカーには妙な持論があって、家事にはそれにふさわしい格好があるといって譲らないのだ。
料理・洗濯をするときには白い割烹着に三角巾。まるで給食のおばさん。掃除をするときには緑の上下に緑の三角巾。まるでトイレ掃除の清掃員。庭仕事をするときには半纏にねじり鉢巻の植木職人スタイル。絶対にこれを譲らなかった。
王立派遣軍総帥にして炎の守護聖の勇姿、普段のダンディな姿からは想像もつかない格好だった。
「でも……そんなオスカーさまって、かわいい」
惚れてしまえば痘痕も笑窪、なアンジェリークであった。
「はあ~い、お見舞いに来たよ~ん」
オリヴィエがそう言ってオスカーに案内されてやってきた。その後ろには呆然としたランディ・マルセル・ゼフェルが控えている。オスカーの割烹着姿にショックを受けたのだろう。
「ん~。結構顔色よくなったね。よかったよかった」
オリヴィエは満足そうに言う。
「はい、お見舞い。ビタミンた~っぷりの特製美容ジュースだよ」
「あ、これは俺から。何がいいか迷ったんだけど……」
ランディが差し出したのはアンジェリークの好きなチェリータルトだった。主星でもおいしいと評判の店のものだ。
ここまではまともなお見舞いだった。
「はい、これは僕から」
マルセルが差し出したのは綺麗な硝子の小瓶だった。中に何かの粉末が入っている。
「もし、アンジェリークがいやなときにオスカーさまが襲ってきたらこれを一嘗めさせるといいよ。即効性の強力な眠り薬だから」
とこっそり耳打ちする。
「俺からはこれだ」
ゼフェルが差し出したのはどこをどう見てもスタンガン……。
「……」
「おっさんに襲われそうになったらこれで撃退するんだぜ」
……って、オスカーは夫だよ?
「あ……ありがとう……ございます……」
他に言いようがなくて取り敢えずアンジェリークがお礼を言うとマルセルとゼフェルは満足そうに笑った。
折角見舞いに来たからとアンジェリークとの会話を堪能しようと思っていた4人だったが、オスカーにものの15分で追い返されてしまうあたり、なんとも情けなかったりした……。
「さぁ、奥さん。かわいいお口をあけて。ほら、あ~ん」
「恥ずかしいです……オスカーさまぁ……」
オスカーはそれはもう甲斐甲斐しくアンジェリークを看病する。今だって手ずからアンジェリークに食事をさせようとしている。
「ふっ、かわいいなぁ……俺の奥さんは」
脂下がりながらオスカーはそれでも我意を通すのだった。
そんなこんなで甘い生活を満喫しているところへ、またもや見舞い客を称する乱入者。今度はジュリアス・クラヴィス・ルヴァ・リュミエールだった。やはり彼らにも割烹着姿のオスカーは衝撃だったらしく、ジュリアスなど眩暈を起こし倒れかけ、それをクラヴィスに支えられるという醜態を見せた。
それぞれ今回も見舞いの品を持参していたが、今回のメンバーはまともだった(笑)。ジュリアスは無聊を慰める為の初心者向けチェス入門書、クラヴィスはリラックスする為の香、リュミエールも同じくリラックスハーブのハーブティー。ルヴァは心の和む絵本。アンジェリークに対してはまっとうな心遣いを見せたのである。アンジェリークに対しては……。
「オスカー……この味付けは病人には濃すぎますよ」
「こんな所に埃が……! これでは治るものも治らぬぞ」(指先に微量の埃つき)
「あ~……こんなものを彼女に食べさせるつもりなんですか?」
「……ふっ……」(意味不明)
まるで嫁姑の戦いが展開されたのである。敬愛するジュリアスがいた為に、オスカーはじっと『おしん』のように耐えたのであった。
そして10日後。すっかり回復したアンジェリークは元気にオスカーと共に出勤し、『アンジェリーク・リモージュオフィシャルファンクラブ』と『補佐官さまを守る会・地下組織』のメンバーを安心させたのである。オスカーに対する守護聖たちの視線がおかしかったのは言うまでもない。
それから20日後。漸くオスカーの『禁止令』が解ける日がやってきた。アンジェリークはその後の予測を立て、2日間の有給休暇を取っておいたという。
流石のオスカーも『禁止令』は堪えたのか、それ以後平日にアンジェリークに無理をさせることはなかった。だが、休日にアンジェリークの姿を見ることが出来るものはその夫以外にはいなくなったのであった。
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俺は天使に手が出せない(号泣)
「愛してるんだ、アンジェリーク……君だけを。こんな気持ちは初めてだ……。君さえいれば、俺はもう何もいらない。どうか俺の想いに応えてほしい」
「……嬉しいです、オスカー様……。わたしもずっとオスカー様のこと……。愛してます。お傍に置いてください」
「ああ……アンジェリーク……俺の天使。もう放さないぜ」
「嬉しい……オスカー様」
なんて会話が交わされたのは今から2ヶ月ほど前の、女王試験中盤のこと。
炎の守護聖オスカーは金の天使に出会い、スパコーンと頭を殴られたようなショックを受け、ずっぎゅーんとハートを射抜かれてしまったのである。それからはなりふりかまわずアンジェリークを口説きつづけた。時には、外界であれば『ストーカー』として司法警察のご厄介になってしまうようなことまでやったりなんかして……。
炎の守護聖と言えば泣く子も黙り見惚れてしまう(ただし女の子限定)と言われたほどの伊達男のプレイボーイだ。その彼が、こそこそと身を隠す為の枝を両手に持って公園デート中の天使をつけたり、その後デート相手の家の壁に『天誅!』なんてスプレーで書いていたり、変装のつもりか常春の飛空都市でトレンチコートとサングラスなんて如何にも怪しげな格好で天使の尾行をしたり、天使とデートの約束をした守護聖のお茶に下剤を混入したりと、それはもう聞くも涙語るも涙(ただし笑いすぎの涙)の努力をして、漸く天使を手に入れたのである。
そう……だから少しばかりオスカーの理性の糸が細くなっていたって、誰にも責めることは出来ないだろう(いや、出来る;反語)。
「ふぅ……」
執務室の机に手をついてアンジェリークは溜息をついた。明日は土の曜日だ。今度の休日はオスカーと一緒に過ごすつもりだった。
恋人と休日を穏やかにゆったりと過ごす。それはアンジェリークの昔からの憧れだった。なのに、近づくにつれて気は張るばかりだ。
なぜか……それはオスカーの『スキンシップ』の所為だった。
夢見る少女アンジェリークとしては、告白されてからファーストキスまでは1ヶ月、体も結ばれるのは最低でも3ヶ月……出来れば半年目のメモリアルデイに……なんて考えていたのだ。なのに、告白されて想いが叶ったその日、オスカーは自分を押し倒し、ことに及ぼうとしたのだ。何とかそれをかわすことは出来た。必死にお願いしたのだ。「まだ、女王候補だから……」と。せめてロザリアが女王になるまでは待ってほしいと。うるうるお目目でのお願いが利いたのか、オスカーは渋々納得してくれて、そのままバスルームに駆け込んだのだが(爆)。
でも、もう試験は終わった。口実はなくなってしまった。1ヶ月はアンジェリークもオスカーも忙しくて、2人っきりになる時間すらなかったのだ。今度の土日が、漸く2人で過ごせる休日だった。オスカーが何も考えていないはずはなかった。
夢見る乙女アンジェリークとしては、彼の自室で結ばれる、というのも捨てがたいシチュエーションではあったが、それ以上に夢見ていたのだ。一面の銀世界。山の中にぽつんと立つコテージ。赤々と燃える暖炉の炎。まるで世界中に二人っきりのような世界で、2人は身も心もひとつになる……。
が……聖地に雪は降らない。2人っきりの休暇なんてもらえない。きっとロザリアが護衛官をつけるに決まっている。ましてや、そう言った条件が整うまでオスカーが待ってくれるとは思えない(理性ではともかく、本能が;笑)。
「……覚悟を決めるしかないのね……」
そう呟いたアンジェリークは、う~んと唸りつつも、当日着ける下着を考え始めていたのである。
だが、それは無用の心配だった。アンジェリーク自身も思わぬところで、アンジェリークはオスカーの魔手を逃れつづけることになるのである。それは、彼女自身の「天然ボケ」のなせる技だった。
さて。いよいよ決戦の日(じゃないって……)。オスカーがうきうきわくわくルンルンルンと待ちに待っていた土日の連休である。
オスカーとしては金の曜日の午後から私邸でのんびりと……といきたかったのだが、アンジェリークの「ロザリアと約束してるの」と言う一言で目論見はおじゃん。もっとも性急にことに及ぼうとは
(取り敢えずその時点では)思っていなかったのでじっと我慢した。
確かに想いが通じ合ったその日に押し倒してしまった。舞い上がっていたのだ。だが、あれから2ヶ月。オスカーだって冷静さを取り戻している(でも欲求不満はたまっている;笑)。ちゃーんと準備万端整えてアンジェリークとの「初夜」を演出しよう……
ただすんなりコトが進むとも思っていない。実際金の曜日には女王の邪魔が入っているし、それは恐らくアンジェリークの思惑も絡んでのことだろう。心の準備をする為の時間。つまりアンジェリークはそう言うことになることは覚悟しているはずだ。
オスカーだってアンジェリークの『夢』には薄々気づいている。出来ることなら叶えてやりたい。だがそれは無理だ(きっぱり)。理性がそこまでもつわけがない(断言)。だから絶対に今夜アンジェリークと何が何でも絶対に初夜を迎える!! オスカーはそう決意していた。と同時に絶対に辛い思いはさせないし、無理強いする気もなかった。勿論「はじめて」だからって痛みばかりで終わらせる気もなければ、終わらせない自信もあった。
アンジェリークに嫌がらせずコトを進める為にオスカーは周到に準備を整えた。まずは定番(?)のコーヒーに目薬。スクリュードライバー。催淫効果のあるイランイランにガラナチョコ。部屋は出来るだけ明度を落としムーディーな間接照明。まっさらのシルクのシーツに真紅のバラの花びらを程よく撒き散らす。男の欲望丸出しのアイテムにプラスしてそれを隠す為のロマンチックな演出。
そんな準備を整えて、オスカーは朝から大忙しだった。
「よし……これでいい」
額の汗を拭ってオスカーは満足そうに呟く。
「さて、そろそろ俺のレディを迎えに行くとするか……」
にへら、と妙な擬音を発してオスカーの顔がだらしなく緩む。ポタ……と何かが落ちる。
「……」
鼻血だった。
「ランディじゃあるまいし……」
そう言いつつティッシュを鼻につめる姿は何ともお間抜けとしか言いようがなかった。
「さぁ、入ってくれ、お嬢ちゃん」
2人っきりの夕食を終え、オスカーはアンジェリークを私室へと招き入れた。食後に勧めたワインの所為でアンジェリークの頬はうっすらと染まっている。だが、勿論ワインの所為ばかりではなかった。
「わぁ……」
オスカーの昼間の苦闘の甲斐あって、アンジェリークは部屋に入るなり感嘆の声をあげた。
「君を招待するんでね……気に入ってもらえたかな?」
「オスカー様、態々わたしの為に……?」
演出そのものよりも、オスカーが自分の為にそこまでしてくれたことにアンジェリークは感激していた。
(……ここで……今夜オスカー様と……)
覚悟はしていたが、途端に胸がどきどきし始める。決してオスカーと結ばれることがいやなのではない。ただ、やっぱり怖かった。でもそんなアンジェリークの為にオスカーは出来る限りの演出をしてくれようとしているのだ。それだけでアンジェリークは恐怖が消えていった。
「何か飲むか?」
心の中の疚しさを隠しながらオスカーが言う。
「あ……はい」
部屋の中に仄かに香る、甘い香りにボーっとしていたアンジェリークはオスカーに渡されるまま、『オレンジジュース』を受け取る。そう……それが『スクリュードライバー』なんて強いカクテルであることも知らずに。
「こっちにおいで、アンジェリーク」
オスカーが手招きし、アンジェリークは彼のいた窓辺に行く。そこからは中庭が見えた。月明かりに照らされる美しい庭園。
「綺麗……」
ほぅ……と溜息をつきながらアンジェリークは言う。ロマンチックな風景にアンジェリークの目は潤んでいる。……勿論焚き染められたイランイランの効果が出ているのだ。
「綺麗なのは君だ……俺のアンジェリーク……」
そのまま押し倒したいのをじっと我慢してオスカーはアンジェリークの腰をさっと抱き寄せる。優しく額にキスをし、それを眦、頬、そして唇へと移動させていく。キスを受けるアンジェリークに抵抗はなかった。
(よし……このままいける……!)
そう確信したオスカーは啄ばむような口付けから、徐々に深めていった。オスカーがアンジェリークの舌を絡めとるような濃厚なくちづけになる頃にはアンジェリークの体からは力が抜け、オスカーの腕に支えられて漸く立っているような状態だった。
「アンジェリーク……愛してる……」
名残惜しかったものの唇を離し、アンジェリークを優しく抱き上げる。
「君の全てがほしい……」
切なく甘い声で耳元にささやく。アンジェリークは頬を染めたまま、かすかに頷いた。
(おっしゃー!)なんていう心の叫びは微塵も表面には表さず、オスカーはアンジェリークをベッドへとおろした。
「アンジェリーク……」
そういってアンジェリークの服に手をかけたとき、オスカーは妙に違和感を感じた。
「アンジェリーク?」
恐る恐る声をかけるが、何の反応もない。あるのは、「クークー」と言う安らかな寝息だけ。
「…………………………………………………………誰か冗談だと言ってくれ……」
そう、アンジェリークはぐっすりと眠っていた。熟睡・爆睡状態だ。こうなったら仮令地震が起きようとも目が覚めることはない。
濃厚なキスに立っていられなくなったと思ったのはオスカーの思い込みで、実は既に眠っていたのだ。こくんと頷いたのも単に舟をこいでいただけ。頬が染まっていたのはアルコールの作用。
しかしアンジェリークが眠ってしまうのも無理はないことだった。昨夜は眠っていないのだ。今日のことを考えると眠れなくて、考えない為に一晩中ロザリアとおしゃべりをしていた。大体1日8時間睡眠が基本のアンジェリークである。かなり無謀なことだった。そこに持ってきてアルコールには弱いアンジェリークだ。食後のワインだけでもふわふわしていたところにスクリュードライバー。酔っ払えといっているようなものだった。
オスカーの演出によって『初めて』の怖さが薄れたことも一因である。リラックスしてしまった。これでアンジェリークの眠る条件が整っていたわけで、更に追い討ちをかけたのがたきしめたれた香。オスカーにしてみれば、催淫効果を狙ったものだったわけだが、実はイランイランには誘眠効果もあったのだった。
オスカーが来たるべき一夜の為に整えたもの全てが逆効果となってしまったのだった……。
「×△#$“&%@*~~~~~!!!!」
オスカーの声にならない絶望の叫びが、聖地にこだました。
今回出番のなかった、エッチな気分になっちゃうの効果絶大と言われるチョコレート。それは次のチャンスに使われることになるはずだった。だが……次のチャンスは当分来ることはなかった。女王試験が始まってしまうのである。
当然オスカーの恨みは女王試験に向けられることなり、女王候補・教官たちはオスカーの八つ当たりを受けることとなる……。
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我、恋めやも
僕が彼女に会ったのは、そう、この女王試験が始まる数日前。共に教官となるヴィクトール・ティムカ、そして試験の協力者である王立研究院のエルンスト、占い師のメルと共に女王陛下に謁見したとき。
彼女は女王の傍らに立っていた。強烈な太陽のような光を放つ女王の傍らで、夜空を優しく照らす月の光のような輝きを発していた女王補佐官。それが彼女、アンジェリーク・リモージュだったんだ。
数年前、この宇宙は滅亡の危機に瀕していた。それを救ったのがこの目を背けたくなるほど眩しい女王陛下と補佐官殿だったというわけ。
確かにそれが納得できる強い力を彼女たちから感じ取ることは出来た。
その生命力と力強さ、陽光と月光の対比。実に面白い素材じゃないか。彼女たちをモデルにすれば面白い作品が描けそうだ。
だけど、そうする気は起きなかった。彼女たちは全宇宙の支配者とその側近。宇宙で最高の権力者だ。
僕は、権力とか権威とかそういったものには興味がない。というよりも、侮蔑してると言ったほうがいいかな。他の教官2人のように『恐れ多くも名誉なお役目』を拝命した、なんてこれっぽっちも思わなかった。教官役を引き受けたのは『面白そうだから、退屈凌ぎにちょうどいい』、それだけが理由だった。
必要以上に聖地の住人に関わるつもりもなかった。守護聖とも2人の女王候補とも同僚の教官たちとも最低限の関係しか持つつもりはなかった。
だから、そんな僕がまさかこれほどまでに、彼女に苦しいほどの恋をするなんて僕自身想像すらしないことだった。
初めはなんとも思っていなかった。女王の傍に微笑んで立つお人形、守護聖たちのマドンナ。そんな風に思っていた。優雅で、落ち着いた気品のある、面白みのない女性。それが僕の彼女に対する印象だった。
それが覆されたのは、炎の守護聖オスカー様の執務室に遊びに行ったときだった。彼は、初対面で僕を女と間違え口説こうとしたというユニークな過去を持つ人だ。
彼は守護聖にしてはかなり『話せる』人物で揶揄い甲斐もある所為か、僕が比較的親しくしている数少ない人物だった。で、その彼のところに用があって、僕はのんびりと外の風景を眺めながら歩いていた。
そのとき、パタパタパタパタと軽快で、でも宮殿には不似合いな走る足音が背後から聞こえた。
どうせお子様トリオ(緑の守護聖マルセル様、品位の教官ティムカ、占い師のメル)の誰かだろう、そんな風に考えた僕は特に気にとめることもなかった。
「廊下を走るな!!」
まるで小学校教師のような怒声の主はジュリアス様だな。あの人の謹厳さは僕とは相性が悪い。
「何度同じことを言わせるのだ、アンジェリーク!!」
その名に僕は思わず振り向いていた。
今、この地には2人のアンジェリークがいる。1人は補佐官アンジェリーク・リモージュ。1人は女王候補アンジェリーク・コレット。
僕たちはアンジェリーク・コレットを『アンジェリーク』と呼び、補佐官は『補佐官殿』か『アンジェリーク様』と呼ぶ。
でも、守護聖たちは女王候補アンジェリークを決して『アンジェリーク』とは呼ばない。『コレット』と呼ぶ。彼らにとって『天使』は補佐官だけなのだ。
だから、ジュリアス様が叱ったのは補佐官殿ということになる。
振り向くとそこにはジュリアス様にガミガミとお小言を喰らって、俯きながらそれを神妙に聞いている補佐官殿の姿があった。
「とにかくもっと補佐官として自覚を持ちそれらしい行動を心がけるようにするのだ、良いな、アンジェリーク」
ジュリアス様はそうお小言を終えると、補佐官殿を残して部屋へ帰っていった。ガミガミ煩いことを言いながらジュリアス様の口調はどこか愛情に溢れていて、あの方もこんな話し方をするんだとちょっと意外だった。
けれど、僕を驚かせたのはジュリアス様ではなく、その後の補佐官殿の行動だった。
「ジュリアスのお小言魔神!!」
ジュリアス様の消えた扉に向かって、補佐官殿は『アッカンべー』……。
僕の知る補佐官殿とはかけ離れたその行動……。あまりにも驚いていた僕は凝視するかのように彼女を見つめてしまっていた。すると、その視線に気づいたのだろう。補佐官殿が振り向き、僕とバチッと目が合った。
途端に恥ずかしそうに顔を朱に染める。その反応も、これまでの補佐官殿からは想像できないものだった。
「折角、優雅な大人の振りしてたのにばれっちゃったわね」
ペロッと舌を出して彼女は笑った。それはいつも僕らに向けられる優雅で気品に満ちた、けれど無個性な微笑みじゃなかった。無邪気な年相応の生き生きとした愛らしい笑顔だった。
恐らくその笑顔を見た瞬間に彼女に恋をしていたんだ。
「いけない! ルヴァの所に行かなくっちゃ。またね、セイラン」
そういうと彼女はまたパタパタと軽やかな足音を立て走っていった。
「たまんないなぁ、もう……」
自然に笑いが漏れていた。
彼女が月の光? いいや、太陽だ。女王陛下やジュリアス様のような傲然とした強い光じゃなくって、そう、冬の日に温もりを与えてくれる柔らかな日差し。あるいは春の木漏れ日。
アンジェリーク・リモージュ……。
その後、オスカー様を訪ねた僕は先ほど見た補佐官殿の意外な一面をオスカー様に話していた。
「だから、無理な大人のフリは止めておけって言ってるのに……まったくあのレディときたら」
子どもっぽい補佐官殿なんて、守護聖たちはとっくに知っていることだった。知っていて当然のことだ。彼女が女王候補だったときから知っているのだから。なのに何故かそのことが面白くなかった。つまり……この僕が、嫉妬しているというわけだ!
そして、普段は斜に構えて冷めた目で全てを見ているオスカー様のアイスブルーの瞳が、この上もなく優しい光を宿していることが驚きだった。
(こんなにも優しい表情で補佐官殿のことを語るんだ、この人は……)
補佐官殿が守護聖全てに愛されていることは知っている。僕が接した数少ない彼らの表情も彼女を語るときはいつもと違っていたから。あの頃の僕は『補佐官殿ってそんなに魅力的かい? お人形さんじゃないか』そんなことを思っていた。今なら、彼女が全ての人から愛されていることも頷けるんだけどね。
だけど……オスカー様の表情は、そんな守護聖たちの表情よりもずっと……何というか、そう、深い愛情を感じられた。
だけど、まだ自分の想いを自覚していなかった僕は彼と彼女の間にどんな関係があるのかなんて想像もしていなかった。
それからというもの、よく補佐官殿は僕の視界に入ってきた。なんと言うことはない。僕は無意識のうちに彼女の姿を追い求めていたというわけだ。
「セイラン、こんにちは」
柔らかな日差しを背負って現れたのは、アンジェリーク様だった。
「貴方もお散歩?」
そう言うと、補佐官殿は僕の隣に座った。
森の湖で僕は1人考え事をしていた。その結果、漸く僕は気づいたのだ。
そして、それに呼応するかのように彼女が現れた。まるで運命の導きであるかのように。
「いいお天気ね~。こんなにいいお天気だと仕事なんてお休みして、どこかに行きたくなっちゃう」
ジュリアス様に叱られている所を見られて以来、補佐官殿は僕の前では『素』の彼女に戻るようだった。
「そんなことばっかり言ってると仕事できないんじゃないんですか? 聖地はいつだって、いい天気なんだし」
どうしてこんな刺のあるような言葉しか出てこないんだろう。だが、彼女はそんなことは気にも留めていないようだった。
「そうね。でも、今日は特に気持ちいいお天気じゃない?」
「そうですね」
天気がいいからじゃない。貴女が隣にいるから、いい気もちなんだ……。
それからは何も話さなかった。ただ、柔らかな空気に包まれて、ただ並んで時を過ごしていた。この優しい穏やかな幸福の時間を下らないお喋りなんかで費やすのは勿体無さ過ぎる。
でも、幸福な時間は過ぎ去るのが早くて。
「アンジェリーク様、こちらにいらしたんですか」
補佐官殿の主席秘書官ミッシェルによって、その幸福な時間は終わりを告げる。
「そろそろお戻りください。でないと残業する羽目になりますよ」
「それは駄目! 今日だけは絶対残業できないもの!」
そう言うとアンジェリーク様はぴょんと音がしそうな勢いで立ち上がった。
このまま帰したくない……そうは思ったけれど、口には出来なくて。だから……
「アンジェリーク様、僕のモデルをしてはいただけませんか?」
驚いたように彼女は僕を見た。僕は必死な目をしていたんだろう。彼女はやわらかく微笑んだ。
「光栄だわ、セイラン。わたしでよければ喜んで」
天にも上る気持ちとはこういう気持ちをいうのだろう。僕はこれほど自分が絵描きであることを嬉しく思ったことはなかった。
詳しいことは後日、ということにして彼女は秘書官と共に執務へと戻っていった。
「何だ、妙に機嫌がいいじゃないか、セイラン」
学芸館の食堂で、ヴィクトールが僕に言った。
「そう? 別にいつもと変わらないと思うけど」
僕はそっけなく答える。でも、それは嘘だ。人に気づかれるほど僕は上機嫌だった。さっき執務室にミッシェルが来たんだ。彼女からのメッセージを持って。
『明日の午後であれば時間が取れます。ご都合がよろしければ、いらしてください』
彼女を描く、そういう口実で(勿論、精魂込めて描くことにはなるけど)彼女と2人の時間が持てる。舞い上がってしまいそうなほど嬉しかった。明日の午後が待ち遠しい!
彼女に恋をした。ただそれだけのことなのに、僕の世界は変わってしまった。全てが輝いて見える。
なんてことだ。この僕が、まるで何も知らないティーンエイジャーのように(いや、実際僕もティーンエイジャーなのだけれど)胸をときめかせるなんて……!
穏やかな時間が過ぎていく。さらさらと紙の上を滑る鉛筆の音。彼女の姿を何枚も写し取っていく。
柔らかな心地よい彼女の、他愛もないお喋りの声。
なんて至福な時間! こんなにも他愛もないお喋りが幸せを齎すものだなんて!
「アンジェリーク、いるか?」
でもその幸福な時間に邪魔者が乱入してきた。僕は、侵入者が誰か気づいていなかった。どうでもいいんだ、彼女以外は。
ところが、彼女にはそうではなかった。彼が入ってきた途端に彼女の表情は変わった。眩しいほど輝いたのだ。彼――炎の守護聖オスカー様を見て。
胸が痛んだ。細く鋭い針で刺されたように。
「オスカー! お帰りなさい!」
彼女は扉の前にいる彼の許に駆け寄っていく。
「早かったのね。明日になるんじゃなかったの?」
「君と離れてることが耐えられなくてな。さっさと片付けてきたよ」
見たこともないような優しい表情のオスカー様と彼女。そうか……。
衝撃がなかったといえば嘘だ。だけど、妙に、「ああ、そうか」と思ってしまった。
それくらい自然だったんだ。彼女の傍らに彼の姿があることが。彼女と彼が一緒にいることが。
彼の眼に僕の存在はない。それと同じく、彼女の意識からも僕の存在は消えてしまっている。
「……お邪魔虫は退散したいんですけどね、オスカー様? そのでかすぎる体をどけていただけますか」
自分でも驚くほど、いつもどおりの冷静な声が出る。
「……ああ、すまんな」
たった今僕の存在に気づいたとでもいうようにオスカー様は言った。事実、そうなんだろう。彼の目には愛しい恋人……彼女の姿しか映らなかったんだろう。
「セイラン……ごめんなさい。中断してしまって……」
アンジェリーク様が申し訳なさそうに言う。
「いいえ。いいんですよ。また今度お時間のあるときに」
もう、必要ないけれど。
描きたい彼女の姿はもう僕の中に浮かび上がっている。
彼女の部屋を出て、走り出してしまいたかった。けれど、それは僕らしくない。
ゆっくりと宮殿を歩きながら初めての恋の痛みを感じていた。
彼女への恋が失われたわけではない。
彼女への思いは依然として僕の中にある。
そして、そのとき気づいたんだ。決して、恋が成就することだけが幸福なのではないことに。
僕の想いが成就することはない。けれど、僕の想いは依然として僕の中にあり、それは僕の心に暖かさを齎す。
彼女を愛してる。それだけで、十分なのだ。
そして、僕は1枚の絵を描き上げた。
金色の優しい天使と、彼女を守る炎の守護神。決して離れることのない2人の姿を……。
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ここから始まる馬鹿っぷる
その日オスカーは大変張り切っていた。もう、それはそれは、これ異常なくらいに……ではなくて、これ以上はないくらいに張り切っていた。なんと言っても、今日は結婚式なのである。そう、愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい(以下10億回続く)アンジェリークとの。
ここまでの道のりは長かった。もう、それは聞くも涙語るも涙の試練の道のりだったのだ。ただし、聴く方は笑いすぎの涙ではあるのだが……。だって、なんてったってアンジェリークは聖地のアイドルなのだ。だから、女王陛下を筆頭に守護聖、その副官&秘書官、王立研究院の職員、宮殿の侍従・女官たち、チュピにメカチュピ、おまけに余所の宇宙に行ってるはずの新宇宙のお嬢さん方、更には一般人のくせにことあるごとに聖地に遊びに来る旧教官&協力者たち。そういった諸々のお邪魔虫から有形無形の数多の妨害を受けてきたのだ。尤も、愛しいアンジェリークの為なら仮令1日3食、ついでにおやつと夜食がクリーンピースのマヨネーズあえ10kgだって食べてしまえるオスカーだったから、そんな妨害に屈することなく、『いつでも来やがれ、カモ~ン』てなもんや三度笠だったのだが。
まぁ、取り敢えずそんなこんなで、なんとかかんとか、この6月1日、晴れて華燭の宴を催すことになったわけである。結婚が決まったとき、寝込んだもの2名(光&風)、呪いの人形を作ったもの3名(闇&夢&緑)、式場を爆破しようとしたもの1名(鋼)、悪魔と契約しようとしたもの2名(水&地)。守護聖たちは大騒ぎだった。他のアンジェリークファンまで含めると大事なので詳細は省くが……。しかし、結局はアンジェリークの幸せの為、という、涙を緑川ダム300杯分くらい飲んだ女王ロザリアの鶴の一声によって、アンジェリークの結婚式の準備はそれはそれは大掛かりなものになったのである。
リュミエールは楽団を用意し、オリヴィエがマリエを用意する。不本意ながらオスカーの燕尾服も。ジュリアスは会場と料理を手配し、更には一流のサービスを誇るホテルのバンケットの人員を借り切ってきた。マルセルは会場を彩る花を用意し(この為、聖地から花が消えたらしい)、ルヴァとクラヴィスはアンジェリークの為に吉日を占う。あくまでもアンジェリークの為である。ゼフェルとランディはそれそれ使いっ走りとして奔走し、この準備期間に10kgほど体重が激減したらしい。
そして、今、オスカーは花婿の控え室にいる。付き添っているのは、副官のヴォルフガングだけである。他のメンバーは全員花嫁の控え室で最後の説得を試みているらしい。
(ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……。やっと……やっとこの日がやってきたぜ!)
オスカーは心の中で笑う。自分の世界に往っちゃってるオスカーは、傍にいるヴォルフガングがその笑みを不気味に思ってズサ~っとばかりに100歩ほど引いたのを知らなかった。
(今日は……今日は……待ちに待った初夜だ!!!!!!!)
オスカーの目がきらきら光る。それはそれはそれはもう、待ちわびていたのである。
結婚式はとても大事だ。自分としても楽しみにしていたし、アンジェリークが何より大切に思っていたことも知っている。けれど! オスカーにとってはそんな儀式よりもこっちのほうが重要だった。
実に長い禁欲生活を送ってきた。アンジェリークは今どきの少女には珍しく、処女でなければヴァージンロードを歩けないと思っているのだ。勿論そう思わせたのは紫の髪を持つ魔女に違いない。ひょっとしたら水色の髪の優しそうな好青年の仮面を被った悪党も1枚噛んでいるかもしれない。が、とにかく、純粋すぎるほど純粋なアンジェリークはそれを信じ込んでしまって、オスカーとしては苦しくも長い禁欲生活を強いられていたのだ。
しか~~~し! 後数時間の後には目くるめく愛欲の日々が幕をあげるのだ。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ。……」
ぼた。純白の燕尾服に真っ赤な染みが落ちた。
「あ~~~~何やってんですか、オスカー様!」
ヴォルフガングは慌てて駆け寄ると、すかさずハンカチを水で濡らし、どこから取り出したのか酵素入り洗剤をつけた歯ブラシで叩いて染み抜きをする。実は欲求不満が慢性化しているオスカーが鼻血を噴くのは日常茶飯事になっているので(だから、真っ白だったSP2の正装は早々に変更になり、以後、彼の正装に白は使われなくなった)、不本意ながらオスカーの副官は鼻血の染み抜きに関してはプロ級になっていたのである。
取り敢えず鼻血の染みは落ちたものの、完璧とは言いがたい。うっすらと残ってしまっている。溜息をつくとヴォルフガングはオリヴィエに相談に行こうかと思案する。
だが、オスカーはそれを止めると、飾られていた真紅の薔薇を一輪手に取る。幸いというか、鼻血がついたのは胸元だったのだ。実に器用なところに鼻血を落としたものである。(鼻血鼻血言うな!;オスカーの声)
丁度そのとき、式場の職員がオスカーを呼びに来た。お時間です、と。
そして、オスカーは愛するアンジェリークと永遠の愛を誓う為に、式場へと向かったのである。
式は滞りなく終わった。『アンジェリーク・リモージュオフィシャルファンクラブ』『補佐官様を守る会』の面々は膨大な涙を流し、危うく式場の教会は床上浸水するところだった。
純白のマリエをまとったアンジェリークはさながら地上に舞い降りた天使のよう。傍に立つオスカーはそれを守る騎士のようで完璧な一対と、出席者は渋々ながら認めざるを得なかった。
ちなみにアンジェリークをエスコートしバージンロードを歩む役目はアンジェリークたっての願いでルヴァに決まった。尤も、その役目はアンジェリークをオスカーに渡す、という役目だったから、他の守護聖はほっとしてものではあったが。
さて、涙の挙式も終わり、てんやわんやの披露宴に名を借りたパーティも終わり、新郎新婦は新居へと向かったのである……。
「チッ、あのおっさん、引っかからなかったな」
忌々しそうに新郎新婦を見送ったゼフェルが言う。横のマルセルもうんうんと頷いている。実はオスカーへの飲み物、食べ物には様々な薬を仕込んでおいたのである。下剤に始まって、最後はトリカブトまで(をい!)。しかし、オスカーはそれらを一切口にしなかった。オスカーとしては当然の用心である。ちなみにオスカーが飲むはずだった下剤入りシャンペンはオリヴィエが飲んでしまい彼は今ワシントンクラブに篭りきりになっており、同じくオスカーが食べるはずだったローストチキン(トリカブト入り)はランディの胃袋に収まったものの、彼の能天気パワーがすっかり毒気を抜いてしまっていた。
大人の守護聖たち(WCにいる1名を除く)はこれから新居で行われる忌々しい行為を考えないようにする為に珍しく外界の酒場に繰り出してしまった。少年たちは、自宅で涙を飲んで眠るしかないのだが、それが出来るはずも無く、やはり、外界へと繰り出していくのだった。
そして……1人残された女王は……。最後の仕掛けが発動するのを楽しみにしていた。そう、アンジェリークがオスカーと結ばれることを願っているから、仕方ない。けれど、そうあっさりとは行きませんことよ、を~ほっほっほ!
寝室で、アンジェリークはどきどきしていた。全身が心臓になったのかと思うくらいどきどきしている。
結婚式・披露宴が終わって、新居に入るとき、オスカーはアンジェリークを抱き上げて館に入った。アンジェリークがそれに憧れていたことを知っていたから、そうしてくれた。そして疲れが取れるように、ゆっくりお風呂にも入らせてくれた。アンジェリークをいたわってくれたのだ。
愛されてるなぁ……アンジェリークはそう思う。オスカー様のような素敵な男性とLLEDを迎え『続きは貴女の心の中で』となったわけだけど、それですら信じられないことなのに、結婚できたなんて……。
アンジェリークは鏡台の前に座り、豊かな美しい金糸の髪を梳る。まとうのは薄でのナイトドレス。純白でシルクの肌触りの良い、それでいてセクシーなデザインのものだった。飛空都市にいた頃、唯一アンジェリークとオスカーを打算無く応援してくれたシャルロッテさんが今日の日の為に態々贈ってくれたものだった。
(今日……これから……わたし……オスカー様と結ばれるのね……)
キャッ。自分で想像して真っ赤になるアンジェリーク。視線は今オスカーがいるバスルームに向けられる。
どうしよう……初めてだから怖いな……でも、ロザリアと勉強したから、大丈夫よね……?
どきどきする胸を押さえてアンジェリークは頷く。実は全くそういう方面に疎かったアンジェリークの為にロザリアが教材を取り寄せてくれたのである。元々は、アンジェリークがオスカーとそういうことにならないよう、恐怖心を植えつける為に用意されたものであった。だから、ロザリアが用意したのはもろに陵辱・或いはSM系のアダルトビデオだった(だから、アンジェリークもオスカーとの婚前交渉を頑なに拒否したのだ)。
だが、流石にもうそれが避けられない状況になったときにロザリアはアンジェリークの恐怖心を少しでも取り除くべく、「あれは特殊な世界だったんですって。わたくしも知らなかったものだからごめんなさい。これが正しい(?)教材よ?」とちゃんとした(?)How toもののビデオを見せたのである。ただし……それがかなりの巨根の持ち主のビデオだったのは、やはりアンジェリークを少しでもセックスから遠ざけたい、という意図もあったのだが……。実際、「あんな大きなものが入るの? わたし壊れちゃう……」とアンジェリークは怖がっていたのだから……。
一方、鼻血噴き男。
「フフフフフフフフフフフフ」
本日何度目かの怪しい笑いをバスルームで漏らしていた。本当はアンジェリークと一緒にお風呂♪といきたかったのだが、来るべき初夜の為に、ぐっと我慢したのだ。アンジェリークの体力を少しでも温存しておかなければ。
「お前も今までよく我慢したなぁ……」
下半身に語りかける、性欲魔人。下半身では彼の息子さんがいつでもオッケー状態にスタンばっている。
「……」
だが流石にこの状態ではベッドイン即発射、なんてことになりかねない。オスカーは仕方なく、息子さんを慰めるのであった。
「アンジェリーク……」
「オスカー様……」
アンジェリークを抱き上げたオスカーは寝室にアンジェリークを運び、そっとベッドの上に下ろす。
「この日を……待ってた。俺のアンジェリーク」
優しい、けれどどこか切ない声でオスカーはアンジェリークの耳元に囁く。その声が情欲で掠れていたが、経験値不足のアンジェリークはそこまで気づかない。だが、オスカーの切なそうな声はアンジェリークの初めての経験に対する怯えを取り去っていた。
「わたしも……です。やっと……わたしたち、ひとつになれるんですね」
アンジェリークが恥ずかしそうに微かな声で言う。その言葉に思わずオスカーはそのまま突入してしまいそうになるが、何とか理性を総動員して抑え込んだ。
「ああ……俺たちは今、これからひとつになるんだ」
優しくオスカーはアンジェリークに口づける。初めての彼女が感じているであろう恐怖を取り去る為に。
キスだけなら、既にたっぷりアンジェリークはオスカーに仕込まれている。はじめは重ね合わせるだけだった口付けが次第に互いの全てを貪るかのような濃密なものに変わっていく。
アンジェリークがキスに酔っている間にオスカーは素早くアンジェリークの衣を剥いでいく。流石にそこは百戦錬磨のテクニシャンである。口づけを解いたときにはアンジェリークもオスカーも一糸まとわぬ生まれたままの姿になっていた。
(や~ん、いつの間に……)
口付けの余韻でボーっとしていたアンジェリークだが、流石に裸にされたことには気づいて、恥ずかしさが襲う。だが、目の前のオスカーの逞しい、それでいて美しい肢体にアンジェリークは目を奪われる。
「綺麗だ……アンジェリーク」
オスカーは眩しいものを見るかのように目を細め、アンジェリークを見つめる。
「オスカー様……」
その視線が恥ずかしくてアンジェリークがキスをねだると、オスカーはそれに応えてくれた。
オスカーは口づけを交わしながら、手をアンジェリークの胸に這わせる。掌に柔らかく、弾力のある肌が吸い付いてくる。この年代にしては少々小ぶりな乳房だが、オスカーはそんなこと頓着せず、アンジェリークの双丘を揉みしだく。
唇を合わせたまま、乳房を愛撫し、その先端の蕾をつまむ。そこを立ち上がらせるように指で捏ね、刺激する。
「う……ん……」
アンジェリークが苦しげに口づけを判いたのを機にオスカーは両の蕾を、一方は指で他方は唇で刺激する。
(……なんで、オスカー様、おっぱい吸ってるの……? お乳なんて出ないのに……)
アンジェリークは今とっているオスカーの行動が判らずに頭に「?」を浮かべる。
『判らないことがあったら遠慮なく聞くんだぜ、お嬢ちゃん』
かつてオスカーが自分に言った言葉が蘇る。但し、それはオスカーが補佐官の仕事で悩んでいたアンジェリークに言った言葉だったのだが……。しかし、どこまでも素直なアンジェリークは、そのオスカーの言葉のとおりに行動する。
「あのぉ、オスカー様? どうしておっぱい吸うんですか? わたし、まだ母乳出ませんよ?」
……………………………………………………………
「………………………………………気持ちよくないか?」
オスカーは若干上目遣いでそれでもアンジェリークの乳首に吸い付いたまま、尋ねる。それがアンジェリークに奇妙な感覚を与える。
「んっと……くすぐったいです」
ふむ。まだ快感を感じるまでには至っていないらしい。だが、くすぐったい所は性感帯だ! よし!
オスカーは更に蕾への愛撫に熱を込める。爪先で掻くように刺激し、舌で転がす。時折強く吸い上げる。
「オスカー様ったら……そんなにチュウチュウ吸って赤ちゃんみたい(クスッ)」
……………………………………………………………………
こうなったら意地でも……! オスカーは磨き上げた舌技を駆使してアンジェリークに快感を与えようとする。その甲斐あって、次第にアンジェリークは艶っぽい吐息を漏らすようになった。
「や……やぁ……ん……オスカーさまぁ……」
「気持ちよくなってきたか? お嬢ちゃん」
「んん……判んないぃ……判んないのぉ……」
舌っ足らずに甘えるような声でアンジェリークは応える。おっしゃー! 感じ始めてきたな。
「それが気持ちいいってことだぜ?」
オスカーはそう言って、硬く立ち上がったアンジェリークの蕾を舌先ではじく。するとアンジェリークの口から押さえ切れないイイ声がこぼれる。
それに気をよくしたオスカーは更なる段階に進む。唇では蕾を愛したまま、片手をアンジェリークのなだらかな腹部に走らせる。アンジェリークがくすぐったがる所は特に念入りに。
アンジェリークの表情を窺うと既に快楽の泉に浸っているのか瞳は潤んでいる。それを見たオスカーはアンジェリークの秘められた泉に指を這わせる。そこは既に露を湛えしっとりと潤んでいた。
「ああ……こんなに濡らして……」
「えっ! わたしお漏らししちゃったの!?」
……………………………………………………………
途端にアンジェリークはべそをかく。
「や~ん、オスカー様嫌いにならないでくださいっ。わたし、おねしょなんて7歳のときに治ってるのにぃ。え~~~ん、どうしてぇ??」
7歳までおねしょしてたのか、お嬢ちゃん……。じゃなくて!
「違うんだぜ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは気持ちよかっただろ? だから、俺を受け入れる為に躰が準備して、ここを濡らしたんだ。お漏らししたわけじゃないんだ、安心していい」
オスカーは気を取り直して、アンジェリークを宥める。
「本当ですか?」
涙に濡れた目でアンジェリークはオスカーを見上げる。若干上目遣いのその表情はなんともいえない色気を持ってオスカーを誘う(会話の内容は別として)。
オスカーは仕切りなおすべくアンジェリークにキスを与え、アンジェリークがそれに応え始めたところで再度、秘処に指を這わせた。そこを守るように重なる花びらをほぐし、秘められた宝玉を探し当てる。そこは既に硬く立ち上がっていた。その事実にほっとして、オスカーは更にアンジェリークの快楽を高めるべく指先で優しく宝玉をこね始める。
口づけを解いたアンジェリークの唇からは絶え間なく濡れた吐息が漏れる。白い頬を薔薇色に染め、初めて感じる感覚に戸惑っているようだった。けれど、そこに嫌悪はない。
(よし……大丈夫だな)
オスカーは1人頷くと、アンジェリークの中に人差し指を入れる。中はきつく、そこで自身を包み込まれることを想像すると、オスカーの腰に疼きが走る。
(痛い……入ってきたの……?)
アンジェリークは突如襲った痛みに意識がはっきりする。
(でも……想像してたのより小さいし……短い……。なんだ、これくらいなら大丈夫だわ……)
……何か勘違いをしているアンジェリークである。尤もオスカーはそんなこと知らないわけで、アンジェリークの中を解きほぐすべく指を蠢かす。そして少し緩んだところで中指を入れ、指を増やす。
(あれ……? 大きくなったの? でも……これくらいなら、平気かな)
オスカーの指に与えられる快感に翻弄されつつ、アンジェリークは思う。やっぱり未だ勘違いしている。
そして、オスカーは、と言うと。当然アンジェリークの勘違いは知らないので、自分を受け入れてもらう為の準備を入念に施す。出来れば1回イッておくと楽なのだが……そう思って、アンジェリークの中の快楽の源を探り指を蠢かす。
やがて1点を擦りあげたとき、アンジェリークの背が撓り、そこがいい場所なのだとオスカーに知らしめる。オスカーはそこを重点的に攻め、アンジェリークを初めての忘我の境地へと押し上げたのである。
そして、アンジェリークがまだエクスタシーの余韻に浸っているうちにアンジェリークを貫くべく、指を抜いたとき……。
「お……終わりですか?オスカー様……。思ってたより痛くなかったです……」
息がまだ整わないながら、アンジェリークがそう微笑んだ。
そのときにオスカーは始めてアンジェリークが勘違いしていたことに気づいたのである。
(俺のはそんなに短小だと思われていたのか!?)
そのショックでオスカーの息子さんが項垂れなかったのは流石としか言いようがない。
「……今のは指だぜ……? 君に俺を受け入れてもらう為の準備をしていたんだが……」
「えっ! そうだったんです……かっ?」
そのとき、アンジェリークは初めてスタンバイオッケーな『オスカー』を目にした。
「は……入りませんっ、そんな大きなものっ」
アンジェリークのその言葉に自信を得た『オスカー』は更に大きさを増し、アンジェリークを驚かせる。
「大丈夫だ、お嬢ちゃん。愛し合う2人に不可能はないんだぜ?」
オスカーはそう言って優しく微笑むと、今晩何度目かの仕切り直しをする為に、アンジェリークに口付けるのであった。
それから、オスカーがアンジェリークに突入したのはそれから随分経ってからのことだった。
その所為か、突入後3秒で発射してしまい、「これで終わりなんですか……?」とアンジェリークから暗に咎められるようなことを言われてしまう。
その後オスカーは汚名挽回とばかりに再度挑み……
「太陽が黄色いぜ……」
オスカーは既に中天を回った太陽を見上げた。隣には昨日結婚したばかりの新妻が安らかな寝息をたえてている。うっすらとその目元には隈が出来ている。
しかし、とってもとっても頑張った甲斐があって、アンジェリークは『夫婦生活』がどういったものかは理解してくれたらしい。
これからはオスカーの待ち望んでいた目くるめく愛欲の日々が始まるのであった。
と、行くといいのだが。どうでしょうね、ロザリア様?
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それ行け、無敵の馬鹿ップル ~結婚記念日篇~
もうすぐで1年になります。
約1年前の6月1日に、女王補佐官アンジェリーク・リモージュ様と炎の守護聖オスカー様は華燭の典を挙げられました。
花嫁のアンジェリークはとても初々しく愛らしく、純白のマリエをまとった姿はまさに地上に舞い降りた天使のよう。
花婿のオスカーはとても凛々しく、純白のテイルコート姿は宛ら天使を守る守護闘神のようでした。
6月の花嫁は幸せになると言います。なんでも古代の神話で主神の妻であり、結婚と出産の守護神である女神様がこの6月のお生まれで、6月(June)という名の由来になっているからだそうです。その所為か、女の子たちはジューンブライドに憧れるんです。実際はじめじめした梅雨の時期、あんまり良い時期とは言い難いんですけど……ってこれは辺境の1惑星の極東の島国のことですね。
まぁ、その結婚の前後にもさまざまなことはありました。
アンジェリークはとってももてもてGirlだったんですから。尤もぽよよ~んとしている本人は自分を巡って熾烈な戦いが繰り広げられていたなんてことはこれっぽっちも知りません。でもいいんです。そんな1本ねじが抜けたようなところも、天然ボケなところもアンジェリークの魅力なんですから。
実際オスカーは筆舌に尽くしがたい苦労をしてアンジェリークのハートをゲットしたわけです。ライバルは無数にいました。はっきりいって、飛空都市中・聖地中が恋敵だったのです。マルセルの愛鳥チュピも、ゼフェル作のメカチュピも例外ではありませんでした。
でも、アンジェリークもオスカーを好きでしたから、最終的にオスカーは恋の勝利者となれたのです。それからは陰で散々苛められました。でも、そんな苛めも敗者の惨めさの証明だとオスカーは笑って耐えていたのです。それくらい、アンジェリークを独占できることに比べたら屁でもありませんでした。
クラヴィスの呪いも、ルヴァの妖しげな魔術も功を奏さず、2人は離婚の危機など微塵もないまま、幸せな新婚生活を送ったのでした。
そして、間もなく結婚から1年が経とうとしています。
オスカーは執務室で悩んでいました。
もうすぐ結婚記念日です。とってもとってもとぉ~~~~~っても大事なメモリアルデイです。それにふさわしい演出をしなくてはなりません。
オスカーの実家では、子どもたちがいつも両親にお祝いを贈っていました。夫婦2人で過ごしてもらう時間を。これはディナーであったり、デートのセッティングであったり……。両親が結ばれていなければ、自分たちが生まれることはなかったのですから、そうしてお祝いしていたわけです。そして、両親も互いに出会えたことを感謝し、共に1年を過ごせたことを祝い、1年の労苦を労い、また次の年もこうして健康で幸せに過ごせるように誓い合うのでした。
そんな両親を見て育ったオスカーでしたから、結婚記念日は誕生日を祝うのと同じくらい大切なことでした。だから、脳みそが過剰労働にオーバーヒートするほど悩んでいたのです。まぁ、愛しいアンジェリークと過ごす時間の為の悩みですから、悩みすらも楽しい、といったところでしたが……。
「よし……ディナーはここだな」
オスカーは山積みになった雑誌の一ページに大きく丸をつけます。それは美味しいお店特集の『○○Walker』という情報誌でした。それから今度は旅行雑誌『る○ぶ』を取り出します。
「う~ん、この海辺のホテルと、こっちの夜景のきれいなホテル……どっちがいいか……」
オスカーは真剣な表情で悩んでいます。事情を知らない人が見たら、重大事件が起こったと思ってしまうような真剣な顔です。でも、そんな表情でオスカーが考えていることといったら……
(海辺のホテルでパラダイスエッチもいい……しかし夜景のきれいな高層ホテルでの摩天楼エッチも捨てがたい……)なんてことだったのです。
結局、夜景なんて見る暇はないということでオスカーは海辺のホテルを選びました。
それを受けて副官のヴォルフガング氏が早速予約を入れます。
その間にオスカーは次の問題にかかりました。今度はアンジェリークに贈るドレス選びです。イブニングドレス、というのは決まっています。でもそれをどんなものにしようか……と。こればっかりはいくら机の前で考えていても埒はあきません。オスカーは立ち上がると、私服に着替え外界へと出て行きました。
そんなオスカーをヴォルフガングは黙って見送りました。本来は止めなければならないのでしょうが、アンジェリークのことで頭がいっぱいのオスカーには何を言っても無駄なことを経験から十分すぎるくらい知っていたのです。
さて、夫のオスカーが外界へと出かけた頃、彼の愛妻アンジェリークは執務室で一生懸命仕事をしていました。……と思いきや、彼女が一心不乱に目を通しているのは女性週刊誌でした。そして、その号の特集は……『倦怠期を吹き飛ばすマル秘夜のテクニック!』というものでした。
アンジェリークの来るべき結婚記念日の為にあれこれ考えていたのです。けれど、オスカーが『お嬢ちゃん、今度は全て俺に任せてくれ』とあま~く囁いたので、アンジェリークは頷いてしまい、何もすることがなくなってしまいました。せめて心づくしのお料理でも……と思ったのですが、外界に出るとなれば、そうも出来ません。
だから……アンジェリークは思ったのです。オスカーが一番喜んでくれるのはベッドの上でセクシーなアンジェリークを見せることなんじゃないかと。
けれど、女子校育ちの純粋培養のアンジェリークです。しかも、17歳で飛空都市に行って以来、そういう年頃の女の子と接することもなく、性に関する知識は乏しいものでした。勿論、オスカーというとっても優秀な、優秀すぎるくらい優秀な先生がついていますから、アンジェリークの技能(?)は向上しています。でも、もっとオスカーに喜んで(悦んで?)貰いたいのです。だから、アンジェリークは一生懸命『お勉強』していたわけです。
そんなアンジェリークの許へ来客がありました。彼女の兄代わりの夢の守護聖オリヴィエです。
「はぁ~い、アンジェちゃん、元気かな~?」
いつもどおりお気楽な口調でオリヴィエは言います。けれど実は重大な使命を帯びていたのです。彼はオスカーに頼まれていたのです。アンジェリークが今一番欲しがっているものを聞き出して欲しい、と。
実はそれ以前にもオスカーはアンジェリークと仲のよいルヴァ、マルセル、ゼフェルにも頼んでいたのですが、彼らは何も教えてはくれませんでした。ルヴァはオスカーの顔を見るなり真っ赤になって「え~あ~その~あ~う~あ~う~」と懐かしの大平総理大臣になってしまいました。マルセルは「オスカー様って不潔だ~~~~!!!!」と泣きながら走り去ってしまいました。ゼフェルは「やってられっか馬鹿やろー!」と叫んでこれまた走り去ってしまいました。そこで、一番頼りになるものの、一番厄介なオリヴィエの出番となったわけです。
一方、外界に下りたオスカーはフランスはパリの有名オートクチュール店に来ていました。布地を決め、デザインを決めなければなりません。それが済んだら、そのドレスに合う靴やアクセサリーも選ばねばならないので、大忙しです。なのに、オスカーはまだ、布地すら決めていなかったのです。もう、2時間(現地時間)もこの店にいるというのに。
「彼女の肌は……そう……万年雪の如く清らかで、何者にも冒されることのない高潔さをもっている。滑らかで、それでいてしっとりと掌に吸い付くような柔らかさで……。そして、その白さはまるで白磁のようであり、いや……最高級のピンクパール……いや……そんな簡単なもんじゃないな……」
というように如何にアンジェリークが愛らしいかをとうとうと並べ立てているのです。しかもそれはまるで中世の吟遊詩人のような間接的な表現で、彼の言う『アンジェリーク』がとても美しく愛らしく素晴らしい女性であることは判っても、じゃあいったいどんなドレスをどんなサイズで作ればいいのかはさっぱり分からないのです。
いくらお客様は神様ですとはいえ、こういったお客は迷惑です。遂にデザイナーは切れてしまいました。ですが、流石にそこは客商売。
「お客様が仰るお嬢様が、それはこの世のものとは思えぬほど愛らしく美しい方なのは判りました。ですが、凡人のわたくしどもにはお客様のお言葉からは想像すら出来ません。ですから、お写真などお持ちでしたら、お見せいただけませんでしょうか」
こめかみに浮かんだ青筋を長い銀髪で隠しながらデザイナー氏は言いました。そしてオスカーは仕方なく、ポケットから大量の写真を取り出したのです。いったいどこにそんなにも大量の写真が入っていたのかと思うほど……。
それから1時間後、喧喧囂囂のデザインの打ち合わせが終わりました。あとはサイズの測定です。ですが秘密のプレゼントですから実際のアンジェリークのサイズを測ることが出来ません。
「そんな心配は要らないぜ。俺の手は彼女の体を余すところなく覚えているからな!」
自信たっぷりに言い切ったオスカーは店にあるだけのフォームスタンドを持ってこさせました。
「ふむ、バストはこれだな。だがアンダーをもう2cm小さくしてくれ。ウェストはこれだ。ヒップはこれだな……」
とフォームスタンドを手で確認しては言ったのです。そして、アンジェリークと寸分違わぬフォームスタンドが出来上がりました。
現地時間での1週間後の受け取りを約して、漸く迷惑なお客は帰っていったのでした。
その頃、アンジェリークの『一番欲しいもの』を聞き出したオリヴィエはげんなりとした表情で私邸のソファに沈んでいました。
アンジェリークの欲しいものは意外な、けれど、考えてみれば当然なものでした。
「わたし、オスカー様の赤ちゃんが欲しいんです。キャっ」
頬を染めてアンジェリークは言いました。
「で……でもさ、聖地にいる間は無理じゃないの? あんた……せ……生理ないでしょ?」
聖地にいる女王&女王候補はその任にある間は生殖能力がなくなるのです。妊娠・出産・育児と宇宙の運行を両立することは肉体的な負担を考えても無理です。だから、いつのまにか女王即位の義に、そんな魔法がかけられていたのです。だから、当然、アンジェリークも女王ロザリアも今は妊娠することは不可能なのでした。排卵が起こらないから当然生理もありません。だから、アンジェリークも当然、そのことは知っているはずです。ところが……
「??? 生理と赤ちゃんと、どんな関係があるんですか?」
ちゅっど~ん! 爆弾が暴発しました。オリヴィエの頭の中で。
「生理って……体の中の汚れた血を体外に出す為でしょ?」
どうしてアンジェリークはそんな間違った知識を身につけたのでしょう……。実は彼女が初潮を迎えた頃、既に母はなく父は単身赴任中で、女性には不器用な兄しかいませんでした。兄はあまりのことに慌ててしまい、そんな説明をしてしまったのです。そして、たまたま、小・中・高校と性教育の時間や保健体育で性を扱う単元をやっているときにアンジェリークは学校を休んでいたのです。偶然が重なって、アンジェリークは誤った知識のまま人妻となってしまったのでした。
「……赤ちゃんって、どうやったら出来るのか知ってる?」
気を取り直して、オリヴィエは尋ねました。正しい答えが返ってこないことは百も承知で。どんな誤解をしているのかを知っておかねば対策のしようもありませんから。
「愛を誓い合った2人の間に出来るんでしょう? 神様が、2人の愛が本物だって認めて下さったら、天使が赤ちゃんを連れてきてくれるんですよね」
にっこりと笑って、自信たっぷりにアンジェリークは答えます。そう、実はスモルニィではそんな風に言っていたのです。けれどそれは、中学までに正しい生殖に関する知識を身につけた上で……という前提があってこそ、意味がある言葉でした。その言葉の意味するところは『互いに愛し合い、敬い、誰にも恥じることのない愛を見つけなさい。そうすれば幸福な子どもを授かり育むことが出来ますよ』……ということだったのです。カジュアルセックスを戒める為の言葉だったのです。
ところが、性に関しては幼稚園児にも劣る知識しかもっていないアンジェリークはその言葉を字面どおりに捕らえてしまっていたのでした……。
「オスカーになんて言おうかねぇ……」
オリヴィエは深い溜息をつきました。
その後、訪ねてきたオスカーに、オリヴィエはありのままを伝えました。一言一句、身振り手振り表情まで同じにして……。
オスカーはとってもショックを受けていました。
結婚記念日まであと10日です。それまでに彼女に正しい知識を伝えることは出来るのでしょうか。既にこの時点で彼女が最も喜ぶ贈り物は不可能です。けれど、誤解を解かねば、アンジェリークは自分たちの愛は神様に認めてもらえてないと思ってしまうに違いありません。まぁ、それはそれで「じゃあ、認めてもらえるようにもっと頑張ろう!」といってオスカーにとって美味しい状況に持っていくことも出来ますが……。
それから、オスカーはオリヴィエしか知ることのない悩みを抱えることになったのです。オリヴィエは、そんなオスカーを面白そうに見ていました。何も協力なんてしません。他人の不幸は蜜の味です。しかも相手はアンジェリークを奪った憎き相手ですから、おまけに悩みの内容はなんとも幸せなものだったのですから……。
6月1日、結婚記念日。
その日、2人は外界の海辺のホテルで、互いの愛を確り確かめ合いました。互いのプレゼントをそれはそれは喜びながら……。
尤も、アンジェリークが望んだ『オスカーの赤ちゃん』は無理でしたが……。その理由をアンジェリークが知ったかどうかは判りません。でも、旅行から帰ったアンジェリークが知恵熱を発してしまったことから考えると、随分ショックなことがあったのは間違いなく、恐らくそれはそのプレゼントに関係することに間違いはないでしょう……。
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