アンジェリーク

短編:神鳥の宇宙の女王

トラ・トラ・トラ

溜息と共に全ては始まった。

「あ~、肩凝った~、疲れた~~~」

机に突っ伏し、アンジェリークは言った。今まで山と詰まれた書類と格闘していたのである。毎日の習慣である午後のお茶を取る時間すら惜しんでの格闘は深夜まで及んでいた。

「お疲れ様でした、陛下」

補佐官のロザリアがお茶を差し出しながら言う。

「ありがと、ロザリア。……あのね?」

沈黙の後、首を左45度に傾げたアンジェリークを見て、ロザリアは心の中で戦闘体勢を整える。

(この表情……まさに陛下の「おねだり」注意報だわ!!!)

「ね~、ロザリア。わたし、温泉行きたい」

「お……温泉ですか……?」

「うん、このところ肩こり取れないし、ずっと座りっぱなしで腰が痛いし……。だから、温泉」

瞳をうるうるさせておねだりモードに入りアンジェリークは言う。

「守護聖の皆もね、疲れてると思うの。『天空の鎮魂歌』事件に『白い翼のメモワール』事件でしょ? 漸く落ち着いたところだから、ここらへんで慰安旅行なんてどうかしら?」

女王と補佐官と守護聖が温泉に慰安旅行……。温泉マークとロゴの入った浴衣を着て卓球をするジュリアスとクラヴィスを想像してロザリアは眩暈を起こしかけた。

女王が皆を労いたいし自分もリフレッシュしたいという気持ちはよく判る。だが、全員が聖地を離れることをジュリアスが承知するとは思えない。流石につわものの女王に鍛えられてジュリアスも随分物分りがよくなってきてはいるが、それはあくまでも過去のジュリアスに比べてでしかない。世間一般の尺度で見れば、まだまだ『スーパースペシャル超弩級くそ真面目』である。そのジュリアスを説得することと『温泉地』なんて庶民のだらけの場所に行くことに抵抗を感じたロザリアは『だめです』の一言を言う為にアンジェリークを見た。見た瞬間に勝てないことを知る。

右斜め45度に傾げた首、うるうるお願いモードの瞳、祈るように両手を胸の前で組んで……。そんな姿を見てロザリアはアンジェリークにとってまたとない折衷案を提示してきた。

『お忍びで行ってらっしゃい』である。ロザリアにしてみれば、ジュリアスを説得するよりは女王のお忍びを隠すことのほうが遥かに簡単なのだ。そして女王には最強のボディガードをつける。本当は羽目をはずし過ぎないお目付け役も兼ねられればもっといいのだが、それは無理だろう。勿論、ボディガードは炎の守護聖にして女王の恋人、オスカーであった。

「ありがとう、ロザリア!! 大好き!!」

アンジェリークに満面の笑顔で抱きつかれて、ロザリアは至極満足だった。

 

 

 

さて、そういうわけで、アンジェリークとオスカーは温泉旅行へとやってきた。やって来たのはアンジェリークが治める宇宙の辺境太陽系にある第3惑星地球。もっと詳しく言うならば、日本国熊本県は阿蘇の内牧温泉である。ここまで辺境の田舎だと、流石に女王や守護聖を知っているものはいない。いるとすればそれは「アンジェリーカー」と呼ばれる特殊な人種だけであろう。だが、観光地とはいえ、地元民になじみの深い、言ってみればあまりメジャーではない温泉地のこと。金髪碧眼のアンジェリークと紅い髪に蒼氷色の瞳のオスカーではいやでも目立つというものだった。アンジェリークたちが宿泊する予定の旅館でもそれはたいそうな騒ぎだった。

「どぎゃんすっとね、ぎゃーじんさんたい」

「どぎゃんもこぎゃんもなかたいね。とにかくお部屋に案内せんば」

仲居さんたちは大慌てである。

「気にせんでよかですよ、うったち、ちゃ-んと言葉判りますけん」

にっこりと天使の微笑を浮かべ言ったアンジェリークに、仲居さんたちはほっとするよりも先にびっくり。天使かと思うほどの愛らしい美貌の持ち主の口から発せられたのはこてこての熊本弁だったのである。これが日本人なら「あー、熊本の人たいね」と納得もしようが、どう見ても外国人である。旅行者である。驚くなというほうが無理だった。

何しろ熊本弁は大阪弁・名古屋弁と並んで「日本三大乱暴な方言」の1つなのだ。普通に話しているだけなのに喧嘩していると思われるほど……。

実は、アンジェリークたちは熊本弁を話しているわけではない。ルヴァの開発したシステムのおかげである。それを身につけている人に話し掛ければ、それがどんな言葉であってもそれは聖地公用語として聞こえるし、つけている人が発する言葉は現地の言葉に聞こえるという優れものなのである。優れもの過ぎて、公用語ではなく地方の方言に翻訳されてしまうのだ。

まぁ、そんなわけで、アンジェリークとオスカーは珍獣を見る目つきで見られながらも、温泉地でのんびりと過ごすことになったのである。

 

 

 

「あら……? ねぇ、オスカー、あれってアリオスじゃない……?」

今日1日の観光は終了して部屋で寛いでアンジェリークは、庭を眺めていた。聖地や主星にはない、この国独特の庭に見入っていたのであるが、そこに、ここにはいるはずのない顔を見つけたのだ。

「まさか」

座椅子に座って今夜の必殺アイテムを点検していたオスカーは立ち上がると、窓に近づいた。アンジェリークが示した方向には、旅館の半纏を着て庭掃除をする男が1人。髪は見事な銀髪だ。そしてその顔は紛れもなく、アリオスその人だった。

「どうして……なんで奴がここに? コレットの宇宙に戻ったんじゃなかったのか」

「他人の空似、じゃないよね?」

不安そうにオスカーを見上げ、アンジェリークが言う。

ちょうどそこにタイミングよく仲居が夕食の仕度の為に訪れた。

「ああ、ちょうどよかった。聞きたいことがあるんだ」(イメージぶち壊すので、熊本弁表記解除)

仲居を招き寄せオスカーは言った。

「あいつの事を教えてくれ」

高ボウキで落ち葉かきをしているアリオスを指し、オスカーは仲居に尋ねる。

「ああ、権兵衛さんですね」

「ゴンベエ???」

「本名じゃないんですよ。何ヶ月か前にうちの女将さんたちが阿蘇の中岳の近くで保護した人なんです。何にも自分のこと覚えていないそうで。うちで働きながら、記憶が戻るのを待ってる人なんですよ」

ゴンベエとは当然『名無しの権兵衛』である。

「それ以前のことはまったく覚えてないのか?」

「みたいですよ。……ひょっとしてお客さん、権サンのこと知ってらっしゃるんですか?」

「ああ、奴と話がしたい。後で寄越してもらえるか?」

いつもはにこやかな赤毛の外人さんとして仲居たちに人気のオスカーだったが、このときばかりは『守護聖』の顔に戻っていた。

仲居が頷いて下がっていくと、アンジェリークは不安そうにオスカーを見上げた。

「また……何か起こるのかしら……?」

「判らない……。だが、君は何も感じていないんだろう?」

「ええ……」

確かに自分が即位してから起こった二度に危機に際して、アンジェリークはそれを事前に察知していた。何が起こるかは判らなくても、何かが起こるということは判っていた。だが、今回それはない。だから大丈夫だとオスカーは言うのだ。

「大丈夫よね……。とにかくアリオスにあって、話を聞いてみなきゃ。コレットの宇宙に戻ったんじゃなかったのかって」

「そうだな」

三たび現れたアリオスの所為で、オスカーの今夜の目論見は崩れていくのだった。だが、もし宇宙に危機が近づいているとすれば、確かにそれどころの話ではないのだ……。

 

 

 

夕食後、アリオスが2人の部屋にやってきた。

「オスカーじゃねえか!」

顔を見るなりアリオスは言った。その口調はまさに『アリオス』で、何もオスカーたちが知らず、純粋に仲間として旅していた頃のものだった。

「アリオス……お前、俺が判るのか?」

「ああ、判るぜ。記憶喪失って聞いてたらしいな」

「ああ。違うのか?」

「正確には、記憶の一部がなくなってるってことだな。ところでオスカー、さっきから気になってたんだがな。横にいるのはお前の恋人か?」

言葉の前半を証明するかのように、アリオスは言った。本当にそう思っている、好奇心いっぱいの表情で。レヴィアスとしての記憶があれば、ここまで純粋に好奇心だけでは動けないだろう。

色々と話していくうちにアリオスには『アリオス』としての記憶しかないことが判った。『レヴィアス』としての記憶は全くなく、自分は流浪の旅の剣士としか認識していない。そして当然、『白銀の輪の惑星』以降の記憶はなかった。

となれば、オスカーにとっては純粋に仲間、友人である。旅の間、もっとも気の合う仲間だったのだ。だから。

「よし、アリオス! 再会を祝して飲み明かすぞ!!」

 

 

 

さて、男2人はドンちゃん騒ぎである。アンジェリークはこれ幸いと1人で温泉に行った。やっとゆっくり温泉が堪能できると言うものである。

たっぷり温泉につかってちょっとのぼせ気味になったところでアンジェリークは浴室を出た。着ているのは浴衣だ。ゆったりと着れるところが気に入っていた。

「あ~、好いお湯だったわ。温泉はゆっくりつかってこそよね。もう、オスカーの所為でいっつも……」

そこまで言って、アンジェリークはぽっと頬を染めた。

(やだ……もう……)

パタパタと袖で熱くなってしまった顔をあおぎつつ、アンジェリークは部屋に戻った。

男2人は既にすっかり出来あがっていて、アンジェリークが帰ってきたのにも気づかず、盛り上がっている。

お風呂上りで熱くなってしまったアンジェリークは手近なグラスにたっぷりとお水を注いで一気に飲んだ。

(あれ? このお水……なんか味がついてる……。あま~い。おいしい♪)

1人ぽつんと置いてけぼりのアンジェリークはその『お水』をた~っぷり飲んだのである。そしてその「水」のパックにはアンジェリークの読めない字で「清酒」と書いてあった……。

 

 

 

その頃男2人はアンジェリークの異変に気づくことなく盛り上がっていた。話題は『どっちが好い男か』。

どちらも、旅の間どんな町に行ってももてていた。尤も、アンジェリークという最愛の恋人がいて、彼女を救出することしか見えていなかったオスカーは彼女たちを相手にしなかったのだが。

そのことに話題が及び、そのまま発展して『どっちが好い男か』という議論と言うか比べっこになったのである。

「だから……」

「いや。そうじゃなくて」

延々と続く。

「じゃあね、アンジェが決めてあげる」

と、そこに割り込んだのがアンジェリークである。

「それでぇ、かったひとに、あんじぇをあげちゃうのだぁ」

ギョッとしてオスカーが振り向くと、アンジェリークがペタン、と座り込んでいた。浴衣の裾はしどけなく乱れ、白い足がちらりと覗いている。襟ぐりは緩み谷間が仄見える。瞳は潤み、壮絶なまでの色香を放っていた。

「ア……アンジェリーク……?」

信じられないものを見る思いで恐る恐る声をかける。

「なぁに、おすかぁ?」

とろんとした瞳を向けられてオスカーはぐっときてしまう。

(やばい……こんなアンジェリークを見たら……)

慌ててアリオスを振りかえるとだらしなく鼻の下は伸び、赤い筋が2本。

「……負けねぇゼ、オスカー!」

燃え立つアリオス。オスカーはアンジェリークを護る為に決して負けられなかった。

 

 

 

第1ラウンド。ルックス。

これはいくら言い合っても結論が出なかった。オスカーは敵の男ですら認める精悍な顔立ちの色男。アリオスは「旅の美剣士」がまかり通るほどの美青年。

「ねぇ、きまった?」

右斜め45度から潤んだ目で見上げられたオスカーは、そのままトイレに駆け込んだ。

 

 

 

第2ラウンド。戦闘力。

男は強さだぜ! と言うことで、今度は戦闘力比べ。どこから取り出したか、『天空の鎮魂歌スィートガイド』で比べる2人……。やはりこれも甲乙つけがたい。

「まだ~~~? もう、アイス食べよ~っと」

といきなりアイスキャンディをパクリ。

「うっ」

今度はアリオスがトイレに駆け込んだ。

 

 

 

「ね~~~どっちぃ?」

ごろんと横になるアンジェリーク。裾がはだけて白い足が剥き出しになる。

 

 

 

「まだなの~?」

下から艶かしく見上げるアンジェリーク。

 

 

 

男2人の争いは白熱していった。時々鼻血とトイレで中断したが……。

 

 

 

そして、ついに22歳と28歳の体力差が物をいった腕立て伏せ勝負で、オスカーが勝利をおさめたのである。

「アンジェリーク……やったぞ、勝負がついたぜ!」

オスカーが振り向いたとき。そこにはすやすやと眠るアンジェリークの姿があった。

目覚めた後、昨夜のことを全く覚えていないアンジェリークに、オスカーがどういう態度をとり、要求したかは、2人のトップシークレットとなっている。

 

 

 

その後、好い男勝負に負けたアリオスはどこかえ消えてしまったのである。

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天下無敵の馬鹿ップル

さてさて、世の中には『馬鹿ップル』と呼ばれる傍迷惑な恋人同士がおります。本人たちはラブラブファイアーなので、それでいいかも知れませんが、周りの人間にしてみれば迷惑至極。馬鹿ップルの醸し出す『2人の為に世界はあるの~』的なハートが飛び交う空気は他人にとっては生クリームに砂糖を1kg溶かした上に餡子とメープルシロップをかけたお砂糖たっぶりの焼き立てホットケーキを口の中に突っ込まれるようなもの。

これが一般庶民であれば『この馬鹿ップルめ、どっかいけ!』と追っ払えるのでしょうけれど……。それが宇宙の母なる女王陛下とそれを支える九柱の一柱、守護聖様だった場合には……。

 

 

 

「ねぇ、オスカー、お仕事は?」

女王アンジェリーク陛下は、書類にサインをしながら、ちらりと視線を横に走らせます。彼女の執務机に肘をついて、彼女の姿をじっと見つめているのは、炎の守護聖オスカー。朝からずっとこの姿勢で、愛しいアンジェリークの顔を飽きることなく見つめつづけているのです。

「俺は聖地の警備責任者だからな、君をこうして守るが最重要な務めだ」

なんてことをニヘニヘ笑いながら言っています。はぁ……。

「それとも、君は俺がいちゃ邪魔なのか?」

途端に悲しそうな顔をするオスカー。勿論アンジェリークの返事を知った上でのお芝居です。そして、アンジェリークはオスカーの予想どおりの答えを返します。

「そんなことないわ! ずっと一緒にいられてとっても幸せよ! ただ、ちょっと心配なだけ」

「大丈夫! 他の務めに支障を来したりなんてしてないからな。俺の天使、そんな心配は無用だぜ」

キラリーン、と歯を輝かせ、オスカーは言います。まるで、昭和40年代の青春ドラマのヒーローのように。

「オスカー……」

そんなオスカーに、アンジェリークは目がハートになっています。……こんな女王と守護聖で宇宙はいったい大丈夫なんでしょうか……。

さて、オスカーの『他の務めに支障を来したりなんてしてない』という言葉ですが、全くの大嘘です。確かに通常業務であれば、お説教に飽きてしまった上司ジュリアス&副官ヴォルフガングがオスカーに回す書類はこちら(女王執務室)に持って来るので影響はありません。しかも、少しでも長くアンジェリークの顔を見つめていたいオスカーはそれはそれは素晴らしい処理速度で、しかも完璧に書類を仕上げてしまいます(杜撰な書類では書き直さなくてはいけませんから、余計時間の無駄です)。書類そっちのけでアンジェリークを見つめていては、アンジェリークが悲しそうな表情をしますから、受け取った書類はさっさと片付けてしまいます。

実はアンジェリークもオスカーが始終側にいることで、幸せいっぱい腹いっぱいなので、とってもサクリアが安定しています。

アンジェリークとオスカーのサクリアが安定し、しかも2人とも処理能力が素晴らしく向上したので、守護聖も補佐官も副官もこの2人の馬鹿ップルぶりには目を何とか瞑っているのでした。

ところが、そうは行かない人がいます。女王候補アンジェリーク・コレットとレイチェル・ハートです。そう、今は女王試験の真っ最中なのです。

宇宙のたまごから生まれた聖獣アルフォンシアとルーティス、彼らの要求のままにサクリアを送らねばならないのです。光・闇・風・水・緑・鋼・夢・地の8つのサクリアは望みのままにきちんと送ることが出来ています。けれど、炎のサクリアだけは、どうしても送ってあげることが出来ないのです。炎の守護聖オスカーさまが常に執務室に不在の為に……。

 

 

 

「今日こそ、オスカー様いらっしゃるかしら……」

「いてくれますように!」

炎の守護聖の執務室の扉の前で2人の女王候補はパンパンと拍手かしわでを打って、続いて十字を切り、更に東を向いて跪いて「アッラー」と祈ります。そして、意を決したように互いの顔を見て頷くと、勢いよく扉を開けます。

「これは、コレットさん、ハートさん」

出迎えてくれたのは副官のヴォルフガングさんです。部屋の主はいつものとおりいません。

「オスカー様はいらっしゃいませんよ」

気の毒そうに、今日もまたヴォルフガングはお決まりのせりふを言います。

「いったい、オスカー様、どこにいらっしゃるんですか!?」

遂に切れてしまったコレットが、ヴォルフガング氏の胸倉を掴んで言います。

「もう、いいかげんにしてよ~!」

キーっと、レイチェルも切れてます。

それもそのはず、もう女王試験が始まって1ヶ月以上経っているのに、オスカーに一度も会っていないのです。おかげで、アルフォンシア&ルーティスは求める力をもらえずにご機嫌斜め。いや、それどころかぐれ始めているのです。以前はお手、お座り、伏せ、3回まわってワン! 何でも、言うとおりに芸をして、顔中ペロペロと嘗め回して、尻尾をはちきれんばかりに振っていたのですが……(って、聖獣は犬か!?)、今では顔を見るなりダッシュしてきてキック! 抱っこしようものなら鼻の頭にがぶっと噛み付く。どうやら隠れて煙草も吸っているようです。まだ、薬物には手を出していないようですが……。

「「もう、どーしてくれるんですか!」」

勝気な2人の女王候補に詰め寄られて、哀れなヴォルフガング氏は胃がきりきりと痛みます。

(神経性胃炎で入院したら……労災は下りるんだろうか……)

そんなことを考えているヴォルフガング氏です。

「判りました。明日は絶対、何があっても、オスカー様をここに縛り付けておきます! 絶対、必ず、神にかけて誓います!」

必死なヴォルフガング氏です。この女王試験の間に、可哀想に体重が10Kgも激減してしまったヴォルフガングさんなのでした。(誰ですか、羨ましいなんて言ってるのは……緋川さんですか?)

「判りました。今日のところは帰ります。でも明日こそ、きっちり耳を揃えて頂きますからね!」

まるで借金取りのようなことを言って、2人の女王候補は退場してくれたのでした。

 

 

 

さて、オスカー様の部屋を後にした2人は気分転換に学芸館へと向かいました。品位の教官ティムカを訪ねると、ちょうどお子様軍団(ランディ・ゼフェル・マルセル・メル・ティムカ)勢ぞろいでお茶会の最中でした。2人も仲間に加わり、和やかなお茶会です。

「でも、アンジェリークもレイチェルも、怖い顔してどうしたんですか?」

穏やかにティムカが言います。亜熱帯惑星の王太子殿下はとっても気配りの人なんです。この聖地でそんなことしてたら、神経性胃炎になってしまうでしょうに。

ティムカの問いに、女王候補たちはオスカーへの不満をぶちまけます。それを聞いた守護聖年少組は顔を見合わせて大きく溜息をつきます。彼らは、オスカーがどこで何をしているかよぉく知っていますから。でも、これは最重要機密なので、とってもじゃないけどいえません。言ったら怖いことになります。

「オスカー様ですか……そういえば、聖殿にいらっしゃるはずなのに、お見かけしたことありませんね」

ティムカも溜息をつきます。

「庭園の噴水で居場所チェックしても駄目なんです! どこにいるか判らないって……」

そりゃそうでしょう。女王執務室はシールドが張ってありますから。

「もう! オスカー様、大事な女王試験なのに何考えてるんだか!」

愛しいアンジェリークのことしか考えていないんですね。

 

 

 

一方、怖い借金取り……じゃなくて女王候補に脅迫じゃなくてお願いされた胃痛持ちの副官殿は慌てて女王陛下の許に駆けつけました。幸いそのときオスカーは所用で席を外していました。お手洗いですね。女王執務室には当然男性用はありませんから、オスカーは徒歩5分の所にある職員用トイレに行っていました。出たばかりとのことだったので10分弱の時間があります。

ヴォルフガングさんは必死に女王陛下に現状を訴えられます。オスカー本人に言ってもなかなか聞いてはもらえませんから、女王陛下にお願いしたわけです。

「判ったわ。オスカーにはわたくしからちゃんと言うわね?」

にっこりと笑って女王陛下が仰いましたので、漸くヴォルフガングさんは胸をなでおろします。そしてオスカーが戻ってこないうちに、とそそくさと出て行ったのでありました。

 

 

 

午後のお茶をテラスで楽しみながら、アンジェリークはヴォルフガングに言われたことをオスカーに伝えました。

「これから、毎日午前か午後の執務時間は執務室にいてね。女王試験に影響が出てるの」

その言葉を聞いた瞬間、オスカーは両目から滝のような涙を流しました。

「そ……そんな……アンジェリーク……そんなこと……俺が嫌いになったのか……!?」

……どうしてそうなるんだっ!

「まぁ、オスカー! どうしてそんなことを言うの!? わたしの気持ちを疑うなんてひどいわ! ただわたしは女王だから……女王候補の為にも貴方の為にもそうしたほうが良いと思ったのに……」

今度はアンジェリークが真珠のような涙をぽろぽろと零します。

「す……すまない、アンジェリーク! そんなつもりじゃなかったんだ! 判った、君が言うのならそうしよう! だが、土日はずっと2人でいような」

「ええ、オスカー」

泣いたカラスはもう笑っています。

「ああ……俺のアンジェリーク、なんて可愛いんだ」

オスカーはこともあろうにその場でアンジェリークを押し倒そうとします。

「いや~ん」

って、『いや~ん』じゃないだろっ!

「もう、オスカーったら駄目よ~」

そう言って、アンジェリークはオスカーにナックルパンチを食らわせ、オスカーは「ファイヤー!」と叫びながら、聖地の端っこまで飛ばされたのでした。

 

 

 

漸く、女王候補はオスカーに会うことが出来ました。オスカーは全ての女性を魅了するという微笑を浮かべ2人を迎えますが、内心はとっても怒っていました。(いつもだったらアンジェリークの顔を見て、アンジェリークの声を聞いて……)なんてことがエンドレスで頭の中に渦巻いているのです。しかも、オスカーが脱走しないように、オスカーが腰掛けている椅子がゼフェル特製の拘束具だったのです。下半身が確りと超合金の枷で固定され、動くことが出来ないようになっているのです。その枷の鍵は女王補佐官ロザリアが管理しています。女王候補たちが依頼し終えたことを確認したら、枷は外してもらえるのです。

「もう、オスカー様! 今まで何してらしたんですか!!!!」

女王候補たちはこれまでの怒りをオスカーにぶつけます。

「ふっ、すまないな、お嬢ちゃん。しかし、女王陛下の身辺警護という崇高な使命があったんでな、仕方がないんだ」

こんなときでも確りカッコをつけてオスカーは言います。

「「女王陛下?」」

「そう! 我らの愛すべき金色の天使。その眼差しは全てを包み込む愛に充ち、その微笑みは全てを赦す慈愛に溢れ、この宇宙を導く至高の存在! ああ……素晴らしきアンジェリーク・リモージュ陛下! その柔らかな金の髪は月の光を紡いだように輝き、その緑の瞳はまさに春の女神の祝福を受けた如く澄み、その薔薇色の唇はどんな果実よりも甘く瑞々しく、その妙なる声はまるで天上の音楽のように心地よく……」

オスカーはまるで中世の吟遊詩人のように女王陛下を称えます。うっとりとして、既に彼の精神はどっかいっちゃってます。

2人の女王候補は呆れたように溜息をつくと、何も言わずに部屋を出て行きました。そして王立研究院に行くと特別許可をもらい、2人でアルフォンシアとルーティスを説得したのです。『あんな人のサクリアを受けたらどうなるか判らないから、炎のサクリアは諦めて』と。そして、2人からオスカーの様子を聞いた聖獣は、その後一切炎のサクリアを要求しなくなりました。

 

 

 

今日も聖地は平和です。馬鹿ップルのことは皆諦めているのです。

古人曰く、『恋の病は、お医者様でも草津の湯でも治せはせぬ』

更に曰く、『馬鹿は死ななきゃ治らない』

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Happy Valentine Day

※バレンタインネタ『アンジェリーク』『幻想水滸伝Ⅱ』『幻想水滸伝Ⅲ』のクロスオーバー?創作です。

幻水Ⅱは女の子2主(リィアン)とフリック、幻水Ⅲはクリス&パーシヴァルのCPとなっております。

 

 

 

 

 

「「バレンタインデイ? それは何(なんだ)?」」

クリスとリィアンが異口同音に口を開く。2人とも不思議そうに、きょとんと目を見開いて。

アンジェリークはそんな2人ににっこりと天使の微笑みを向けると説明を始めた。

「わたしたちの世界の辺境の1惑星の風習よ。2月14日に、大好きな人に感謝の気持ちを示すの。それでね、その惑星の中でも辺境の日本という国では、恋をする女性の為の一大イベントなんですって。」

ニコニコと天使の微笑みを振りまきながらアンジェリークは説明する。その知識の出所の大半は雑学大魔王・地の守護聖ルヴァだった。

「恋をする女の子の為の?」

目をきらきらさせてリィアンが問い返す。いくら男の子のふりをしているとはいえ、やはり未だ16歳の女の子だ。しかもず~っと片思いしているリィアンにしてみれば興味津々だった。

「どんなの?ねぇ、女王様、教えて♪」

わくわく、という擬音が聞こえそうな表情をしてリィアンはアンジェリークに尋ねる。

「女の子がね、好きな人……夫でも、恋人でも、片思いの相手でも……とにかく好きな人にチョコレートをあげるの。愛のメッセージを添えてね。それでチョコレートは手作りで、ハート型なんだって。で、ホワイトチョコレートで『EAT ME』って書くらしいの」

そう、アンジェリークはリィアンに教える。基本情報は間違っていない。しかし……なにやら少し怪しい。ルヴァの辺境の惑星の辺境の島国に対する情報はいつもどこか変なのだが、ルヴァに絶大なる信頼を寄せているアンジェリークはその情報をすっかり広辞苑よりも正しいものとして信じ込んでしまっている。

「それでね、これから皆でチョコレート、作らない?」

にっこりと再び天使の微笑み。アンジェリークは天使の微笑み大安売り状態である。

「うん! 作る作る!!」

リィアンはぴょこぴょこ飛び跳ね両手を挙げて参加を表明する。

「勿論クリスさんも作るよね!」

そして冒頭の一言以来これまで沈黙を守っていたクリスを振り返った。

「わっ……わたしもかっ!?」

びっくり仰天。破壊者一行が突然エスボア城に攻め入ってきてもこれほどまでには驚かないというほどの驚きようである。

「そうよ。そうするべきだと思うわ」

アンジェリークもクリスに言う。

そのアンジェリークの言葉に強いショックをクリスは受けた。

アンジェリークは「そうするべき」と言った。アンジェリークは「そうしたほうがいいと思うわ」という程度の意味で言ったのだが、クリスは「そうしなければいけないのよ」という意味で受け取ったのだ。

つまり。「べき(終止形;べし)」には所謂「スイカとめてよ」の意味がある。高校生のときに苦労した人も多いだろう(まだの人はこれから苦労することになる)。古典の助動詞「べし」には恐るべきことに六つの意味があるのだ。それが「スイカとめて(よ)」(よは語呂合わせの為なので意味はない)。す=推量、い=意志、か=可能or勧誘、と=当然、め=命令、て=適当。ということなのだ。筆者も高校時代に苦労した。そして教育実習でも苦労した。……閑話休題。

で、アンジェリークはか=可能・勧誘の意味で言ったのだが、クリスはめ=命令で受け取ってしまったというわけだった。

「う……」

言葉に詰まってしまうクリスだ。そりゃー確かに、「恋人」と呼ぶ男がいないこともないこともないが……。しかし、炎の英雄でゼクセン騎士団長の自分が、そんなこっ恥ずかしい真似が出来るだろうか!いや出来ない(反語)。それに第一、自分にチョコレートケーキなんで上等なものが作れるはずがない。それは天地神明に誓って断言できる。ユンのなき魂に誓ってもいいくらいだ。(いや……誰もケーキ作れなんていってないんですけど、クリス様……)

表面上は無表情にしかし内面では目を白黒させながら、クリスの頭は高速回転(空回り)している。すると楽しそうにアンジェリークと笑っているリィアンが目に留まった。

同じ真の紋章の継承者で、軍主という立場にあるのに、彼女にはそう言う葛藤はないのだろうか?軍主としての、英雄としての立場……そう言ったものを考えないのだろうか。

そして、アンジェリークだってそうだ。女王の彼女が恋人とはいえ臣下である男に、そう言うことをすることに躊躇いはないのだろうか……。

なんてことを真面目に考えてしまうクリスさんである。

そんなこと関係ないのだ。恋をしたら、立場なんて関係ない。ただ1人の女の子なのだ。

「アンジェリークさんはオスカーさんにあげるんですよね?」

「そういうリィアンはフリックさんでしょ?」

「うん……でも、フリックは貰ってくれないかもしれない。僕の片思いだし」

「大丈夫よ、可愛いリィアンからだもの」

「そうかなぁ。アンジェリークさんはいいよね~。オスカーさん、アンジェリークさんにべたぼれだもん。クリスさんも、パーシヴァルさん、『クリス様、命』だしさ~」

2人は固まっているクリスを尻目に楽しそうにキッチンへと向かうのであった。……両脇からクリスを捕まえ、ずるずると引きずりながら。

 

 

 

「「バレンタインデイ?」」

オスカーとフリックが異口同音に尋ねる。

「ええ」

それにパーシヴァルはしたり顔で頷く。そんなことも知らないんですか?と。

尤も、彼もつい先ほどまでそんなことは知らなかったのだが。

そもそも、幻水の世界……デュナンにもトランにもゼクセンにもグラスランドにもハルモニアにも、そんな風習はない。聖地にも主星にも草原の惑星にもなかった。だが、管理人の都合により強制的に送り込まれたこの辺境の島国には、あるのだ。バレンタインという、それなりに持てる男にとっては嬉しいかもしれないイベントが。

しかし、こっちの身にもなってみろ。30過ぎた独身の娘から「チョコレートがもらえない」といって拗ねる30過ぎの父親など、正直鬱陶しいぞ……。……それはイスカンダルの彼方においておいて。

パーシヴァルは先ほど、緑色の長い髪をして、丸い鼻サングラスをかけた怪しい商人からこのイベントの情報を仕入れたのだ。そして、彼らの大切な人がチョコレートの材料を買っていったことも。

「リィも……誰かに渡すのか……?」

呆然とフリックが呟く。相手は誰だ? ソールか、フッチか、ルック? いや、ビクトール、シュウ、ホウアン、いやいやファザコンのリィアンだからキバかゲオルグ、ギルバート、或いはリドリーかもしれない。ひょっとしたらジョウイか? まさか……シーナかカミューじゃないだろうな! あの2人だったら、速攻その場で「EAT ME」が実行されてしまうぞ!

ぐるぐると思考が巡るフリックを、オスカーとパーシヴァルは呆れた目で見ていた。

大体なんでこのメンバーで集まってると思うのだ。貰えるメンバー、かの天使たちから愛されている男だからではないか。

「この人、一番年食ってるわりに、馬鹿ですねぇ」

パーシヴァルが呆れたことを隠そうともせずに言う。

「まぁ、そう言うな。こればかりは経験値がものを言うからな」

取り敢えず公式設定年齢は一番若いものの、多分経験値は他の2人をはるかに引き離しているオスカーは余裕たっぷりに言うのであった。

 

 

 

「きゃー、クリスさんっ、そんな力任せにかき混ぜないで!」

「おかしいな……チョコレートがだんだん減っていくぞ?」

「アンジェリークさーん、これどうするのっ」

「だから、クリスさん、火の紋章で熱しちゃだめですぅ」

「クリスさん、火傷してるよ?えいっ『戦いの誓い』!」

「キャー、駄目よ、リィアン。クリスさん『怒り』状態になって攻撃力上がっちゃったわ」

アンジェリークはとっても苦労していた。そしていつの間には『スモルニィの薔薇』の称号を手にしたスイートアンジェと化してしまっていたのだ……。

そうして、バレンタイン前夜のキッチンは戦場と化していた。

翌日・バレンタインデイ当日。見事にハートのチョコレートを作ったアンジェリークと、少々不恰好なハートになってしまったリィアン、そしてこれはいったい何? という物質を持った

クリスは、愛しい人にそれを贈ったのである。

勿論、そのうち2名は書いてあるメッセージのとおり、美味しくいただかれてしまい、残り1名は可愛らしいカップルへとレヴェルアップしたのであった。

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しあわせ

「うふふ……」

突然笑い出した恋人をオスカーは「?」といった表情で見つめた。

箸が転がっても可笑しい年頃とはいうが、今は彼女を笑わせるようなことは何もないはずだ。

「何が可笑しいんだい?」

膝の上に載っている恋人に優しい笑みを向ける。

「可笑しいんじゃないわ。幸せだな~って、思ったの」

恋人はオスカーを翠色の瞳で見つめ言う。そして彼の胸に金色の頭を預ける。

「でも……こんなに幸せでいいのかしらって思っちゃうの」

 

 

 

柔らかく、暖かな陽の光。さわやかな風。その風に揺られている可憐な花。

美しい風景が広がっている。

256代女王、アンジェリーク=リモージュが治める世界。

 

 

 

女王となるからには、恋は諦めなくてはいけないと思っていた。

恋を諦めて、心を封じて、世界の為に、宇宙の為にのみ、生きていくのだと。

 

 

 

けれど、恋は許された。自分を愛してくれた皆が、自分の幸福の為に、認めてくれた。

だから、自分はとても幸福な女王となり、そのことがサクリアを安定させている。

「こうしてるだけで、君のサクリアを感じるな。君が世界を守ってる」

アンジェリークの心に反応するかのように、オスカーが呟く。

「貴方がいるからよ」

愛しい恋人を見上げ、アンジェリークは言う。

「貴方を愛してるから、貴方の住む世界を守りたい。貴方とを取り巻く全てが愛しいの」

宮殿に勤める者たちから『聖母のような』『慈母のような』といわれる微笑みを浮かべてアンジェリークは言葉を続ける。

「貴方がいることを神様に感謝してるわ。全ては貴方がいるから」

オスカーを思うだけで心に幸福が満ちてくる。そして、オスカーを思うだけで、サクリアが満ちていくのが判かる。

「君がいるから、生きていける。君が治める世界だから、何があっても守って見せる。俺だって、君がいるから幸福なんだぜ」

一度は諦めた恋。だからこそ、もう絶対に離しはしない。そんな決意を込めてオスカーは言う。

 

 

 

「愛してるわ」

「愛してるよ」

幸せな2人を、暖かな陽と風が包んでいた。

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