アンジェリーク

短編:女王候補

Happy Sunday

「何だと……?」

とある土の曜日の昼下がり。今日は育成はないからとオスカーは同期の桜(古い……)の2人と午後のお茶と洒落こんでいた。

これまでの彼ならば、野郎と過ごすなんてことはせず、一夜の夢を求めて美しい花を摘みに出かけていたことだろう。だが、今ではそんなことは全く考えられない。

なぜなら、彼の心はたった一輪の可憐な花に占領されていたのだから。

そのオスカーが愕然とした、かつ憤然とした声を出した。

「ええ。先々週の日の曜日にアンジェリークをわたくしの館に招いたのです。心配だったのですが、彼女も楽しんでくれたようで……」

リュミエールは、はんなりと笑いながら言った。

オスカーにしてみれば、寝耳に水の話である。確かにその日、寮に彼女を誘いに行ってみれば留守だったが……。

「先週は、ゼフェルの所に行ってたらしいねぇ」

オスカーの反応が面白くて、オリヴィエが言う。

「何ぃ!?」

思ったとおりの反応をするオスカーに、キャハハハとオリヴィエが笑う。

「まぁ、ロザリアと一緒だったらしいけどさ」

これまでのオスカーからは想像できないような、不器用な恋をしている。

初めは、このどうしようもない無節操の守護聖の魔の手からどうやって純情可憐なアンジェリークを守るか、随分苦心していたオリヴィエとリュミエールだった。だが、オスカーの想いが不器用なまでに真剣なものであることを知ると、スタンスを一変させた。つまり、妨害から応援へ。

女性相手なら守護聖一、いや聖地一と自他共に認めるオスカーが、僅か17歳の少女の言動に振り回され、一喜一憂しているのである。そんなオスカーの姿を2人の親友(いや、悪友?)は温かい(多分に面白がっている)目で見守っている。勿論、それには彼らがアンジェリークをそれこそ目に入れても痛くないくらい可愛がっているということも大いに関係していたが。

アンジェリークもオスカーも、2人とも誰が見ても『もー、ラブラブじゃん』というくらい好き合っているのだが、その責任を自覚しているがゆえになかなか一歩が踏み出せないでいる。だから、後押ししてやろうというの彼らの狙いだった。だから、わざとこの話題を振った。対抗意識を燃やしてオスカーがどう出るのか予想がついたから。

そんな彼らの思惑に乗せられたとは知らず、オスカーはアンジェリークをどのようにして私邸に連れ込むか……もとい、招待するか、考えていた。

 

 

 

オリヴィエたちと別れたオスカーは特別寮へとやって来た。勿論アンジェリークを誘う為である。

「やあ、お嬢ちゃん。ちょっといいかな?」

柄にもなく緊張していることを自覚しながらオスカーはアンジェリークに向き合った。

「明日の、日の曜日は時間があるかな? よければ、俺の為に時間を空けておいて欲しい。……その、俺の屋敷に招待したいんだが……どうだろう……?」

断られたらどうしよう――今までにはなかった弱気な考えもアンジェリークにだけは抱いてしまう。それだけ、この天使に参ってしまっているのだ。

「オスカー様、嬉しいです!」

全てを魅了する輝くような笑顔でアンジェリークは応える。その笑顔を眩しそうにオスカーは見つめる。(その笑顔……俺以外に見せないでくれ……)なんてことを思いながら。

「ありがとう、お嬢ちゃん。じゃあ、明日は迎えに来る。楽しみにしてるよ」

優しく笑って、オスカーは言った。その微笑みが優しいのは無意識のものだ。彼女が愛おしくてならないから、自然と表情も優しく、柔らかくなるのだった。

 

 

 

オスカーが帰ってしまった後、アンジェリークの部屋は戦場と化した。

(明日は、オスカー様と一緒!!)

顔がフニャっとにやけてしまう。

オスカーからのお誘いがなければ明日は執務室を訪ねるつもりでいた。いつも休日は大抵オスカーが誘ってくれて、一緒に過ごしていた。だが、2週連続で守護聖の私邸に招かれてしまった為、オスカーとは会えなかった。今週は忙しかったらしく平日のお誘いもなかった。育成の依頼で会うことはあったが、僅かな時間でしかない。この1週間どんなに寂しかったか……。

「う~ん、どれにしよう……」

クローゼットの中を全てぶちまけて、真剣に悩む。リュミエールやゼフェルの屋敷に招かれたときはこんなに悩んでいない。今の状態に比べたら『適当に引っ掛けた』といってもいいかもしれない。

「これじゃない、これでもない……う~ん……」

ばさばさと服を放り投げながら唸る。

「何を騒いで……」

ばたばたとした物音を不審に思ったロザリアが扉を開けた瞬間、アンジェリークの投げた服が、ロザリアの頭に落ちた。

「あんた……」

「キャー、ごめんなさい、ロザリア!」

パタパタと駆け寄りながらアンジェリークが謝る。

「どういうこと、これは?」

不審そうなロザリアの問いに、アンジェリークはオスカーの私邸に招かれたことを告げた。

「なるほど、そういうことね」

「うん。迷っちゃって……どうしよう……?」

迷子の仔犬のような瞳で見つめられて、ロザリアも戦線参加を余儀なくされた。

 

 

 

休日の朝といえば、オスカーが誘いに来るまで眠っているアンジェリークだったが、この日ばかりは目覚ましが鳴るよりも早く目がさめた。昨夜眠ったのは結局日付も変わってしまってからだった。早寝遅起きのアンジェリークにしてみれば随分珍しいことだ。でも、悩んだ甲斐があって服・靴・リボンと納得のいくコーディネイトが出来た。

服は、淡い桜色のワンピース。あまりフリルはついていなくて、ちょっと大人びた感じ。リボンもそれに合わせて、いつもより淡い色の細めのものをつけている。

「それと……」

鏡台の前に座ると、口紅を手に取る。以前オリヴィエにもらった淡いピンクの口紅。誰かとのデートにつけていったことなんてなかったが……。

確り仕度が整うまでに一時間近く時間がかかってしまった。姿見に全身を映して最終チェックしていると、ノックする音があった。

「は~い」

扉を開けると、そこには愛らしいピンクの薔薇が立っていた。いや、両手でも抱えきれないほど大量の薔薇の花束を持ったオスカーが。

「おはよう、お嬢ちゃん」

そう言いながら、花束をアンジェリークに渡す。

「おはようございます、オスカー様……。お花、嬉しいです」

頬を染めてアンジェリークが応える。

「さぁ、可愛いお姫様をエスコートする栄誉を与えていただけますか?」

「はい」

更に頬を染めるアンジェリークの手をとって、オスカーは寮を出た。

 

 

 

オスカーの館までは馬車で行った。大量の花束を持っていたからでもあったのだが、それで正解だったとオスカーは思った。いつもとは違った、ちょっぴり大人びたワンピース姿のアンジェリークは言葉では言い表せないくらい可愛かった。その可憐な唇に淡いルージュを認めたときには、その唇を味わいたくなってしまったほどだ。こんな彼女の姿を誰の目にも触れさせたくなかった。

「今日は……一段と可愛いな、俺のお嬢ちゃんは」

オリヴィエあたりがいれば、『誰のお嬢ちゃんじゃ!』と突っ込みが入ったであろうが、オスカーはそう言った。その言葉をアンジェリークはくすぐったそうに、嬉しそうに受け入れた。

「よく似合ってるよ、服も、ルージュも」

「そうですか? よかった……。今日は特別な日だから……」

「特別?」

「はい。オスカー様のおうちにいけるなんて嬉しいです。だから、特別な日です」

少し恥ずかしそうに告げるアンジェリークの愛らしさ! オスカーは押し倒したくなるのを必死で我慢しなくてはならなかった。

「それは、嬉しいな。今日は俺にとっても特別な日だ」

 

 

 

オスカーは今日どうやってアンジェリークを持て成そうか必死になって考えていた。リュミエールの館のように特別に趣向を凝らした庭があるわけでもない。ゼフェルのように面白いメカがあるわけでもない。守護聖の館らしく豪華な調度などはあるが、あくまでも軍人であった彼の館は機能性重視だ。この年頃の女の子が喜びそうなものなど何もない。だが、結果的にはそれがよかったようだ。

まずは、最高級のお茶でお持て成し。一息ついたところで、アンジェリークの希望で、屋敷の中、そして庭を案内した。

「俺の愛馬のアグネシカだ」

厩舎に案内したときには愛馬を見せる。アンジェリークを乗せたこともある愛馬だ。

「こんにちは、アグネシカ」

愛馬にも彼女がご主人様の大切な人だと判るのか、大人しくアンジェリークが鼻面を撫ぜるに任せている。

「アグネシカもお嬢ちゃんが気に入ったようだな」

「そうですか? だったら嬉しいな」

ご主人様のデロデロに甘い顔を見たアグネシカは砂を吐きそうになった。

 

 

 

結局これといって特別なことは出来ないまま、1日が終わろうとしていた。だが、軍人であるオスカーの館にはアンジェリークには珍しいものばかりで、楽しそうにしていた。ディナーは料理長が腕を振りに振るった満足いくものだったし、デザートのチェリータルトにもアンジェリークは大満足の様子だった。

アンジェリークにとっては、1日中オスカーと過ごせたことが何より嬉しかったのだ。

オスカーもやがてそのことに気付き、2人で穏やかな(時にはちょっと騒がしい)時を過ごせたことに満足した。

「お嬢ちゃん、実はお嬢ちゃんにプレゼントがあるんだが、受け取ってもらえるかな?」

「え?」

食後に居間でお茶を飲みながら寛いでいた。そんなときにオスカーが優しい、真剣な瞳をして小さな包みを差し出したのだ。

「……ありがとうございます。開けていいですか?」

素直に受け取ってくれたことにホッとしながら、オスカーはアンジェリークの問いに頷いた。

丁寧にリボンを外し、包みを開く。中には、1つだけのピアスが入っていた。正確には、それをペンダントトップに加工したものだ。細い金の鎖がついている。

「これ……」

アンジェリークはオスカーを見上げた。

「受け取ってもらえるかな?」

オスカーの左耳には、そのピアスの片割れが輝いている。

「嬉しいです……。大切にします」

ピアスをぎゅっと胸元に握り締めてアンジェリークは応えた。

「よかった……。これだけは、君に持っていて欲しかったんだ、アンジェリーク」

ホッとしたようにオスカーは言った。聖地に守護聖として召される彼に、母親が贈ってくれたものだった。

彼の母親の故郷の風習だった。ピアスを愛する者と分け合うこと。元は1つもの。それを2人で分け合う。それくらい大切なのだ、という意味をこめて。しかも、オスカーのピアスは、母が大切にしていた指輪を溶かし、加工したものだった。

アンジェリークはオスカーの故郷のそんな風習は知らない。けれど、その思いを感じ取ることは出来た。

「ずっと……一生大切にします、オスカー様」

翠の瞳に涙を浮かべてアンジェリークはオスカーを見上げた。

「あの……オスカー様がつけてくださいますか?」

「ああ、アンジェリーク……」

 

 

 

その日から、アンジェリークはそのペンダントを生涯身につける。女王になってからも……。

!–nextpage–>

Revue~ゼロよりも少ない始まり~

『彼』の執務室の扉の前で、アンジェリークは深呼吸した。

育成の依頼は今までにそれこそ数え切れないくらい行ってきている。けれど今日の依頼は特別なものになるはずだった。

だから、エリューシオンの民が最も強く望んでいた地のサクリアを依頼した後、ここへきた。2番目の強く望まれていたのは、緑のサクリアだったにもかかわらず。

女王試験開始から230日が過ぎている。自分もロザリアも育成は僅差で進み、女王から授けられた力は共に8つ。どちらが女王になってもおかしくはない状況だった。

しかし、既に256代女王にはロザリアが就くことが内定している。だが、それはアンジェリークが劣っているということではなかった。アンジェリークは『女王』候補を降りているのだ。

「こんにちは、オスカー様!」

明るい声と笑顔でアンジェリークは扉を開ける。

「よう! よく来たな。俺に逢えなくて、寂しかっただろう? 実は俺もさ」

今朝もアンジェリークの部屋から出勤したくせに、そんなことを言う。オスカーは悪戯っぽい表情をして、今朝のことを思い出し真っ赤になっている彼の天使を迎え入れる。

そう――アンジェリークが女王候補を辞退した理由、それはオスカーだった。

女王にならず、女王補佐官となる。それは既に決定していた。ロザリアも、ディアも、女王も認め、他の守護聖も(中には渋々ながらといった者もあるが)承認したことだった。アンジェリークは試験終了後、女王補佐官として、オスカーの妻として聖地に行くことになる。

「今日は何だい? 俺のお嬢ちゃん」

オスカーは愛しそうにアンジェリークを見つめ、言う。

「育成を、お願いします」

柔らかく微笑んで、アンジェリークが応える。そのことにオスカーは少しばかり驚いた表情をする。

「俺の力でいいのか?」

「ええ。わたしがこれまで頑張ってこれたのはオスカー様がいてくださったからですもの。だから、オスカー様のサクリアを送っていただきたいんです」

迷いのない、どことなく気品と威厳を感じさせる微笑みで、アンジェリークは言葉を継ぐ。

「――判った」

こちらも真摯な目をしてオスカーが応える。

(本当に女王に相応しかったのはやはりアンジェリークかもしれない)

アンジェリークの表情を見つめながら、オスカーはそう思う。だが、彼女を自分1人のものにしたことに対しての後悔はない。

アンジェリークとロザリアの資質は拮抗していた。どちらが女王になっても宇宙は素晴らしい発展を遂げるだろう。宇宙にはアンジェリークが駄目でもロザリアがいる。しかし自分にはアンジェリークしかいない。All or Nothing.彼女の存在は他の何を以ってしても替えることは不可能なのだ。

「最後の育成になるな……」

フェリシアの建物は70、エリューシオンは65。ロザリアが今日少しでも風か水のサクリアを送れば、中央の伝説の島に到達する。そして、ロザリアがランディに育成を依頼していることは2人とも確認済みだった。

「長かったな、女王試験も……」

昔に思いを馳せるような目をして、オスカーが言う。

「ええ……わたし、初めは戸惑ってばかりでした」

懐かしむようにくすっと笑ってアンジェリークは応えた。

 

 

 

女王試験が始まって1ヶ月がたったある日。アンジェリークは1人夕暮れの森の湖に佇んでいた。

『そなた、大陸でいったい何を見てきたのだ。本当にそなたの大陸に必要なものは何なのか、見極めた上で育成せねばならぬのだぞ』

ジュリアスに叱責を受けるのは今日が初めてではない。だが、今日は特に厳しかった。アンジェリークの育成が全くなっていないと、これまでの全てを否定するかのように、ジュリアスは厳しく、冷たかった。

「やっぱり……わたしには無理なのかなぁ……」

ポツリとそんな弱気な言葉が漏れる。弱音を吐いたのはこれが初めてだった。

スモルニィ女学院は確かに女王候補養成学校だが、それは女王特待生に限ってのことだった。一般クラスは何ら普通の女子校と変わりはないのだ。全く女王候補としての教育を受けていないアンジェリークが指名されたことは本人にも周囲にも青天の霹靂というべきことだった。

だが、驚きが冷めると、アンジェリークは持ち前の前向きな姿勢を取り戻し、飛空都市へとやって来た。

(何のとりえもない、女王教育も受けてないわたしだけど、女王陛下が指名してくださったからには、何かやれることがあるはず。それを信じて頑張ろう!)

そう思い、育成に臨んだ。判らないことは補佐官のディアや地の守護聖ルヴァ、同じ女王候補のロザリア、王立研究院のパスハなど、どんどん質問し、勉強してきた。

第1回目の女王審査ではロザリアに負けたものの、スタートが大きく出遅れているのだから、納得できることだった。それよりも、予想よりも差が小さかったことをロザリアもディアも誉めてくれた。

近頃漸くコツのようなものも掴めてきた、とアンジェリークは手応えを感じていたのだ。

だが、そんなときにジュリアスから厳しく叱責された。

「わたしのやったこと……間違いだったのかな……」

ジュリアスの前では必死に我慢していた涙が溢れ出る。ぽろぽろと、大きな目から涙が零れ落ちる。

「やだ……泣いたって……解決にならない……」

慌てて涙を拭い、涙を止めようとするが、これまでの分も一気に溢れ出したかのように止まらない。

「お嬢ちゃん、女の子は男の腕の中で泣くもんだぜ」

不意に背後から腕を引かれ、すっぽりと腕の中に包み込まれてしまう。アンジェリークの顔を彼の逞しい胸元に埋めることが出来るように。

「え……?」

驚いたアンジェリークは彼を見上げる。そこにいるのはオスカーだった。

「オ……オスカー様……」

「1人で泣いちゃダメだ、お嬢ちゃん。泣きたいときは俺がいつでも胸を貸してやる。だから……1人では泣くな……」

いつもの揶揄いを含んだ声とは違う、優しい声で、けれどどこか苦しそうな声でオスカーは言う。

実はオスカーはずっとアンジェリークを見ていたのだ。ジュリアスの所へ書類を届けに行った際、オスカーはジュリアスがアンジェリークを叱責している声を聞いてしまったのだ。ロザリアに比べ随分心許無いアンジェリークをジュリアスが歯痒く思っていたことは知っている。それがアンジェリークに対する必要以上の厳しさとなっていることも。宇宙が滅亡の危機に瀕していることを考えれば無理もないことだったが、その声はあまりにも冷たく厳しかった。

だから、オスカーはジュリアスの秘書官に書類を預けると、こうしてアンジェリークを追いかけてきたのだ。

彼女を慰めようとか、励まそうとか、ジュリアスのフォローをしておこうとか、そんなことを考えたわけではなかった。ただ、彼女が放っておけなかった。そして泣いている彼女を見て堪らなくなった。

いつも元気で明るい少女だった。少しばかりドジで天然ボケも入っているようなところもある、可愛らしい少女だった。つまりはオスカーの守備範囲外だったわけだが……。

しかし泣いている彼女は誰かが支えてやらなければ崩れてしまいそうだった。何かを考えるよりも先に体が動いていた。抱きしめていた。

「泣いていいんだ……お嬢ちゃん。誰も見てないから……安心して……溜まったものを吐き出してしまうんだ……」

常にないオスカーの優しい声音と暖かい胸に、アンジェリークは安心して泣いた。そして、そんなアンジェリークをオスカーは優しく、だが確りと抱きしめていた――。

 

 

 

「あの日からお嬢ちゃんは俺の中で特別な存在になったんだ」

そのときを思い出しながらオスカーが言う。

「わたしも……多分そうです」

誰にも弱音を吐くことのなかったアンジェリークだったが、あれ以来オスカーにだけは不安や弱気なところを見せるようになった。オスカーは何かを言うわけでもなく、黙ってアンジェリークの話を聞いてくれた。泣きたいときには胸を貸してくれた。それだけでアンジェリークは安らぎ、元気を取り戻すことが出来た。

「ありがとうございます、オスカー様」

そう言って、オスカーの許を去り、いつもの元気な女王候補に戻っていったのだ。

「それからが苦しかったぜ、俺は。結局俺は『頼りになるお兄さん』なのか……ってな。いつ恋の悩みを打ち明けられるかとヒヤヒヤしてたもんだ」

「そんなことあるわけないじゃないですか……わたしもオスカー様のこと想ってたんですもの。だから、オスカー様にとって『泣き虫の妹』かもしれないって思ったら……凄く哀しくて、自覚してからはとっても苦しかった……」

互いに恋を自覚してからは、長かった。これまでの心地よい関係を崩してしまうことが怖くて、臆病になっていた。だから背中を押してくれる存在がなかったら、きっと、こんな幸福なときは来なかった。

 

 

 

ティータイムに大好きなケーキ。アンジェリークにとっては一番幸せな時間のはずなのに、アンジェリークは溜息ばかりついていた。

「鬱陶しいわね、何があったって言うの、アンジェリーク?」

苛々とロザリアは言う。

「え……?」

そこにロザリアがいたことを忘れていたかのようにアンジェリークが驚いた声をあげる。そのことにロザリアはむっとする。

「何があったのかと聞いているのよ、わたくしは」

一言一言を言い聞かせるかのようにロザリアが言う。そしてアンジェリークが何かを言うよりも先に

「なんでもない、なんて嘘は通用しませんからね。わたくしの目は節穴ではなくってよ」

今では親友になっているロザリアである。女王試験開始から半年が経過している。途中育成不備が原因による災害の発生などで、試験には思ったより時間がかかってしまっている。2人の女王候補の資質は文句なく歴代の中でも五指に入るものだったが、崩壊しかけている宇宙の影響を受け、育成は巧く進んでいなかったのだ。

「うん……」

ケーキをつつきながら、アンジェリークは応えない。尤も、答えを聞かずともロザリアにはアンジェリークの溜息の原因が判っていた。伊達にアンジェリークの親友を自認してはいない。アンジェリークのことなら彼女自身よりも理解しているつもりのロザリアだった。

「オスカー様と、何かあったの?」

「えっ……!?」

ロザリアの言葉に驚いたアンジェリークはがたっと派手な音を立てて立ち上がる。

「ロ……ロ……ロザリア……」

「落ち着きなさいな、アンジェリーク。わたくしが何も知らないと思っていたの? とっくに貴女が誰を好きかなんてお見通しよ」

優雅に紅茶を飲みながらロザリアは言う。

そんな風に言われてしまっては隠していても無駄なことだ。だからアンジェリークは正直に言った。

近頃オスカーの様子がおかしいこと。自分に何か言いたそうな表情をしているのに、何も言わない。苦しそうな表情をしている。一人前のレディとして扱ってくれたかと思うと直後には子ども扱いをする。アンジェリークを熱心にデートに誘うかと思うと、大人の美女とデートしている。オスカーへの恋を自覚しているアンジェリークにしてみれば、期待していいのかもと思った次の瞬間には相手にされてない、と感じてしまうのだ。

そして、女王候補としての自覚が確りし、それに伴いサクリアが目覚め始めた今。宇宙の状況が深刻なものであることも感じている。そんなときに恋に現を抜かしていてもいいものかどうか……。

「はっきりさせればいいじゃないの、あんたらしくないわよ。そうね、仮にオスカー様があんたと同じ気持ちでいらしたら、256代女王たるわたくしが、あんたたちを祝福して差し上げるわ。あんたは何も心配しなくていいのよ。わたくしは完璧なる次期女王候補ロザリア・デ・カタルヘナなんですからね」

オホホホホホ、と高らかに笑いながら、ロザリアが断言する。

「ロザリア……ありがとう……」

がたっと立ち上がり、アンジェリークは明るい笑顔を見せる。

「オスカー様の所に行って来る!」

そのまま駆け出したアンジェリークの後ろ姿をロザリアは呆れたように見つめた。

「わたくしは上手くやれましてよ、オリヴィエ様」

ここにはいない同志に向かって告げるロザリアだった。

 

 

 

それより少しばかり前。ロザリアの同志であるオリヴィエはオスカーの所にいた。

「最近、アンジェリークってば、可愛くなったよねぇ。やっぱり恋する乙女は綺麗になるもんだ」

忙しい最中でもあり、それにここのところ機嫌の悪かったオスカーはオリヴィエを無視していたが、『恋する乙女』発言には反応を返した。

「お嬢ちゃんが……恋してるだと……?」

みっともなく声が震えるのを自覚する。恐れていたことがとうとうやって来たのか……。いずれ、そう遠くない日に自分はアンジェリークから『恋の悩み』を打ち明けられ、相談を持ちかけられるのだろう。そうなったとき、自分は平静でいられるだろうか……。答えは否だ。

「そうよ~、デートしてるとこ、よく見かけるしね。そのときのあの子の顔ってば、もうキラキラ輝いちゃって、可愛いったら」

更にオリヴィエが言う。だが、オスカーはそんな現場を一度も見たことがない。いつになく真剣に思い悩んでいるオスカーを見て、オリヴィエは『いける!』と思った。

「あんたさ、あの子のこと、まじなんでしょ? ここのところの無節操なオンナ遊び、あの子のこと吹っ切りたいとか思っちゃってるわけ? バッカみたい」

オスカーを挑発するように、オリヴィエは言う。人の心を読み取ることに長けているオリヴィエに誤魔化しや嘘は通用しない。そのことを知っているオスカーは素直にそれを認める。

「仕方ないだろう。お嬢ちゃんは女王候補なんだ。限りなく女王に近い、な……」

現時点ではアンジェリークの育成がロザリアを僅かではあるが上回っている。女王に仕える守護聖としては、彼女を諦めるより他にはないと思っていた。

「諦めるにしても、ちゃんと自分の気持ちにけりをつけな。玉砕してくるんだね。骨は拾ってやるからさ」

オリヴィエはそう言ってオスカーを嗾ける。このままでは、オスカーとしてもいつまでも気持ちを引き摺ってしまう。アンジェリークが女王になるにしても、ならないにしても。それでは、オスカーから彼らしさが消えてしまう。

そのことはオスカー自身にも想像がついた。だから、オスカーはオリヴィエの挑発に乗ることにした。アンジェリークが女王になるつもりなのか、もし恋を選ぶというのならアンジェリークの恋の相手が誰なのかを確かめてやる。そして、それが仮令たとえ敬愛するジュリアスであってもそいつを一発殴って、アンジェリークを必ず幸せにすると約束させて、それで勘弁してやる。

「……今日は自棄酒、付き合えよ……!」

そう言って、オスカーは立ち上がった。

 

 

 

その後のことを思い出して、アンジェリークとオスカーは笑った。

ロザリアとオリヴィエに見事にはめられた2人は、互いの許に行こうとして、公園の噴水の前で出逢ったのだ。そして、その場で、完全に同時に口を開いた。

「アンジェリーク、君を愛している」

「オスカー様、好きです」

と。

飛空都市の誰もが愛する金色の天使と、炎の守護聖の派手な告白劇は当然その日のうちに全てに知れ渡った。

2人はジュリアスに呼び出され厳しく叱られたが、飛空都市の全ての住人が事の成り行きを見守り、アンジェリークの幸福を願っていたことから、ジュリアスとしても結局は2人の仲を許さないわけには行かなかった。もし許さなければ、暴動が起きかねないほど、アンジェリークの幸福を願う人々からの嘆願書が届いていたのである。

結局、最後まで育成を行うことを条件として、アンジェリークとオスカーの仲は認められたのであった。

「明日には新女王陛下の誕生だ。忙しくなるな」

オスカーは愛しい天使に向かって、言った。

「俺たちの結婚式の準備もあるしな」

オスカーのその言葉に、アンジェリークは恥ずかしそうに、けれど幸せそうに微笑んだ。

!–nextpage–>

不思議の森のアンジェリーク

なぜかアンジェリークは双六をしている。それも部屋でロザリアと共に楽しんでいるわけではなく、アンジェリーク自身がコマになって、『守護聖方の秘密のお茶会』というゴールを目指すはめになっているのだ。

何故こんなことになっているかというと、発端は退屈しきった(それどころじゃないだろう、宇宙の状況は!)女王陛下の茶目っ気だった。

ディアが日頃がんばっている女王候補たちを労う為に守護聖たちとのお茶会を企画した。自分が参加できないことに拗ねてしまった女王陛下はまるでオーロラ姫の生誕祝いに招かれなかった悪い魔女のように強権を発動。かくして飛空都市は異なる次元へとリンクし、そこの住人は当社比1.5倍に壊れた。

そして、ここにもう1人女王の茶目っ気によって迷惑を被った人物がいる。

「元気そうだな、親父」

女王陛下は神々しいお声でそうのたまった。

(親父じゃないだろ、親父じゃ!)

そう思ったものの前緑の守護聖カティスは取り敢えず沈黙を守り、恭しく頭をたれる。自由気ままに旅をしていたのに、無理やり連れてこられた。そして有無を言わさずこのなんとも阿呆らしい企てに1枚噛むことを余儀なくされた。そして……更に女王はとんでもないことを言い出したのだ。女王候補アンジェリークと親密になれ、と。何故と問い返したカティスに女王はそれは楽しそうに答えたのである。炎の守護聖を苛める為……と。

 

 

 

アンジェリークがその不思議で、でも素敵なおじ様に出会ったのは、双六のコマになってしまって暫くした頃だった。頼り甲斐がありそうで、でも茶目っ気もあって、なんだか憎めない感じの、不思議な自称『旅の商人』。

マルセルに関係のある人物らしく、マルセルにワインを届けるように頼まれ、マルセルからは彼に緑の館にしか咲かない花の栞を渡すように頼まれた。

アンジェリークが困っていると、まるでそれを見越したかのように現れては適切なアドバイスをくれる。お礼にと思って、小さな花束を渡したら、とっても嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔は自分のプレゼントをとても喜んでくれた、今は遠く離れている父親を思い出させた。

(パパ……どうしてるかな……)

『旅の商人』さんと接することで、アンジェリークは父親を思い出し、彼に父親を重ね、2人は急速接近していくことになる。

一方のカティスも、女王の命令は命令として、アンジェリークと接することを楽しんでいた。素直で愛らしい、彼女の為なら何かしてやりたいと思わせる少女。

彼女の影響で守護聖たちが変わってきているとディアをして言わしめた少女。そして、何よりも、あのプレイボーイで勇名(?)を馳せたオスカーが本気になっている少女。これだけでも彼女に接してみる価値はある。そう思って、彼女の前に現れたのだが、そんなことはもはやどうでもよくなっていた。純粋に彼女の為に力になってやりたい、カティスはそんな気持ちになっていたのである。もっとも、それは彼女に恋をして、というわけではない。歳の離れた妹、いやはっきり言って娘といった感じである。それも目の中に入れても痛くないほど溺愛している、娘……。カティスはアンジェリークのことをそんな風に感じていた。

というわけで、ここに擬似父娘が誕生する。

 

 

 

さて、女王陛下の悪戯によって最も被害を被る人物である。

炎の守護聖オスカーは、お茶会の準備が整うと後は『アンジェリークが無事お茶会に辿り着けるのを手助けする為』と称して、擬似飛空都市を彷徨っていた。勿論アンジェリークの姿を求めて。

「こんな、訳の判らん世界に連れてこられて、さぞかし俺のお嬢ちゃんも困惑していることだろう。そんなお嬢ちゃんを助けるのは騎士の役目だぜ」

な~んてことを1人ごちながら、オスカーは飛空都市をあっちうろうろこっちうろうろとアンジェリークの姿を求めてうろちょろしていたのである。

尤も、オスカーのそんな心配というか思い込みをよそにアンジェリークはこの擬似飛空都市を楽しんでいた。元々成り行き任せ……もとい、順応性に富んでいるアンジェリークである。はじめこそ戸惑ったものの、あっという間にこの世界に馴染んで、楽しんでいたのである。困ったことがおきると、必殺お助けマンの『旅の商人』さんが出てきてくれる。そして親しくなった商人さんはこっそり自分の家を教えてくれた。

もうすぐ湖ね、また商人さんの所に行こうかな。そうしよっと。

 

 

 

森の湖にオスカーはいた。もうすぐアンジェリークがここにくることを確かめた上で、湖の奥に陣取っている。本当は先ほどまでランディがここにいたのだが、適当な理由をつけて追っ払った。果たして湖にアンジェリークが現れる。アンジェリークは滝の横にいるマルセルには目もくれず、オスカーの所にやってくる。それはそれは輝くような、眩しい愛らしい笑顔を浮かべて。

(ふっ、罪な笑顔だぜ、俺のお嬢ちゃん。これ以上、俺を君の虜にしようって言うのかい)

そんなことを思いながらオスカーはアンジェリークに接する。耳に優しい甘い言葉をささやきながら。アンジェリークはそんなオスカーの言葉に頬を染めて恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っている。

(く~~~~~~、なんて可愛いんだ、俺のお嬢ちゃんは!)

鼻の下が3倍は長くなっているオスカーである。マルセルさえいなければ、茂みにアンジェリークを引っ張り込んでそのまま……なんてことに及んでいたかもしれない。いや、かも知れない、ではなく、そうしていただろう。本当はマルセルがいようがいまいが関係なくそうしたいところだったが、それはぐっと我慢した。そんなところを見られたら自分はともかくアンジェリークが恥ずかしがるに違いないと思ったからだ。だから、オスカーは甘い言葉をアンジェリークにささやき、彼女の中に自分を焼き付け、次に会ったときには……と思わせぶりなことを言ってアンジェリークを泣く泣く手放したのである。

そんなオスカーとアンジェリークの姿を、『親父殿』は自分のログハウスから面白そうに、そして面白くなさそうに眺めていた。面白そうに、というのは前緑の守護聖としてオスカーを知っているカティスの部分。元々話の判る、茶目っ気たっぷりの彼である。なんといっても、まだ女王候補だった頃の女王とディアに未成年飲酒を進め、女王は酔っ払ってぶっ倒れた、という事件を起こした彼だ。オスカーが僅か17歳の少女の言動に一喜一憂している姿を見ることは楽しくてしょうがない。だが、アンジェリークを溺愛する擬似パパと化しているカティスは面白くない訳である。娘に変な虫がついてしまった……、と。

そんなわけで、茶目っ気と父親のやきもちが混在して、カティスはオスカーをいじめることになるのである……。

 

 

 

アンジェリークは後ろ髪を引かれる思いで森の湖を離れる。

(もっとオスカー様といたかったな……)

オスカーはとっても耳に優しい、甘い言葉をささやいてくれる。アンジェリークのことをまるで恋しているような。でも。オスカーの言葉は9割引で聞かなくてはいけないらしい。守護聖たちが口を揃えてそんなことを言っているくらいだから。

(あ、『パパ』の所に行こう♪)

アンジェリークはあっさりと気持ちを切り替えてカティスの仮住まいへと向かう。

カティスはアンジェリークが訪ねると、それは嬉しそうに迎えてくれた。

「やあ、お嬢さん、よく来たな。中でコーヒーでもどうだい?」

カティスに会いに来たのだから、アンジェリークが断るわけはない。アンジェリークは頷くとカティスの小屋に入った。

――その後姿をアンジェリークのストーカー……じゃない、オスカーは愕然とした思いで見つめていた。

(どうして……どうしてお嬢ちゃん……そんなに無防備に天使の笑顔を振り向くんだ……)

……愕然とするところが違ってるんじゃないの、オスカー。何でカティスがいることを不思議に思わないんだ、お前は! まぁ、それだけ、アンジェリークのことしか目に入っていないということか。

カティスにコーヒーをご馳走になりながら、アンジェリークは彼の話を楽しそうに聞いていた。お子様味覚のアンジェリークのコーヒーは、ミルクたっぷりのカフェオレ。話上手なカティスはアンジェリークのことを思って、コーヒー一杯飲む間で終わるように話をして、アンジェリークを送り出す。

「また来てもいいですか?」

首を右斜め45度にかしげ、可愛らしいしぐさで尋ねるアンジェリークに、カティスはこれ以上ないというような優しい微笑を浮かべる。

「勿論だとも、お嬢さん」

その言葉にアンジェリークは嬉しそうに頷くと、また双六のコマに戻っていった。

そして、アンジェリークが行ってしまった瞬間、カティスの前に飛び出したモノがある。アンジェリークのストーカー……もとい、オスカーである。

「カティス! あんたいったいアンジェリークに何をしたんですか!?」

グるるるるるる……という唸り声が聞こえそうな形相でカティスに噛み付くオスカー。だが、カティスは全く動じず、寧ろ嬉しそうに言った。

「オスカーじゃないか、久しぶりだなぁ!」と……。

その緊張感のない、屈託もない満面の笑みに一瞬オスカーは毒気を抜かれる。だが、カティスは敵だ! アンジェリークを誘惑する悪い奴なのだ!……思い込みって怖いね。

「まぁ、立ち話もなんだ。入れよ」

かつての頼りがいのある、そして話の判る先輩守護聖に言われてオスカーも素直に従ってしまう。

「……まだ、質問に答えてもらってないんですがね。カティス」

1杯目のコーヒーを飲み終えたところで、オスカーは唸るように言う。

「おいおい、いきなりそれか?」

カティスは苦笑する。何故聖地を去ったはずの自分がここにいるのか、かなり時間は経っているはずなのにどうして聖地を去ったときと大して歳が変わらないのか、そんなことはどうでもいいくらい、アンジェリークのことしか頭にないらしい。

「どうして俺がここにいるのか不思議じゃないのか?」

苦笑しながらカティスが言う。

「あ……そういえば……」

漸くそのことに気づいたというようにオスカーは呟く。

「ま、いいか。だがお前も元気そうで安心したよ。皆元気そうだな」

懐かしそうにカティスは言う。その口調にオスカーは沈黙する。

「懐かしい話をしたいのは山々だが、俺はこれから仕事だ」

カティスはそういうとオスカーを促して、小屋を出る。

「まぁ、また話でもしようじゃないか」

そう言って、オスカーに別れを告げる。そしてオスカーが一歩を踏み出した瞬間、カティスは言った。

「俺の可愛いアンジェリークに手を出すんじゃないぞ」

と。オスカーがその言葉に振り向いたときには、カティスの姿はどこにもなかった。

結局、オスカーはカティスのペースに巻き込まれたまま、何も聞き出せなかった。

 

 

 

それからも、オスカーはアンジェリークを求めてあっちこっちうろうろしていた。だが、なかなか湖での3度目の遭遇にはいたらなかった。まず、アンジェリークがなかなか湖に行かないのだ。そして運良く(?)アンジェリークが湖に向かったとしても、オスカーは定位置には立てなかった。そこにいるのが天敵リュミエールだったり、根が生えたように動かないクラヴィスだったり、頭が上がらないジュリアスだったり……。そうしているうちにも時間は無常に流れていく。

(くそ~~~~! ……まさかお嬢ちゃん、俺を避けてるのか? そんな、そんな、そんぬぁ~~~~~~)

自分の心に芽生えた不快な疑惑を断ち切る為にオスカーは転げまわりのたうち回る。

アンジェリークはオスカーを避けていたわけではない。なんとなく、湖には行かなかっただけだ。尤もこの「なんとなく」が曲者だった。実は悪戯っ子の女王陛下がこっそりアンジェリークの耳に「森の湖には行かんほうがええで~」と囁いていたのである。そんなことをする理由はずばり、オスカーをいじめる為であった。

「ちょっと疲れちゃったな。そうだ、パパに会いに行こうっと♪」

 

 

 

さて、カティスとコーヒーブレイクを楽しんでいるアンジェリークである。今回の話題は守護聖のことだった。

「そうか、お嬢さんは初めは守護聖たちが怖かったのか?」

「う~ん、怖かったのはジュリアス様とクラヴィス様だけなの。ジュリアス様はとっても厳しくって、クラヴィス様はなんか、暗闇の怖さって言うか……。でも、今は怖くないよ」

「ほう?」

「だって、ジュリアス様が厳しいのは他人だけじゃなくって、ご自分にも一番厳しいんだもん。頑張ったときには、とっても優しい目をして笑ってくださるし。クラヴィス様もね、安らぎを与えてくださるって判ったの。何も聞かずにただ求める安らぎを……次に向かっていく為に必要な休息を与えてくださるんだって」

アンジェリークは微笑みながら言う。その言葉と微笑みに、カティスは「流石は女王候補だな」と改めて感じていた。

「後の方は怖くないの。ランディ様、ゼフェル様、マルセル様は中学校のときのクラスメイトや先輩みたいな感じだし、リュミエール様やオリヴィエ様はお姉さまみたいだし」

アンジェリークはそう続ける。「お姉さま」発言でカティスは盛大に笑う。

「ルヴァ様は、こっちまだほわ~~~っとしてきちゃう方だし」

アンジェリークの言葉にカティスは笑いながら頷く。

「オスカー様は……カッコイイ方だし……」

そう言ったアンジェリークの頬は僅かに赤くなっている。

「ほう……お嬢さんはオスカーのことを好きなのかな?」

アンジェリークの反応を微笑ましく思いつつ、でも『パパ』としては複雑な気分でカティスは言う。

「……うん……。でも、駄目なの。わたし、子どもだから相手になんてしてもらえないの。オスカー様の周りにはいっつも綺麗な色っぽい女の人がいっぱいいるんだもん。わたしなんて、Aカップしかないし、幼児体型だし……全然相手になんてしてもらえないの」

自分の言葉にしゅんとしてアンジェリークは言う。

「そんなことないぞ、お嬢さん。まだ君は17歳だろう? これからじゃないか。君はきっと素敵なレディになるぞ? それは俺が保証する」

そういうカティスの笑顔はとっても温かくて、アンジェリークはそれだけで安心できた。

「本当にそう思う、パパ?」

「パパ?」

思わず言ってしまったアンジェリークの言葉をカティスが聞き返す。

「あ……あああ~~~~ごめんなさい! つい商人さんがパパに似てたから、だから、その……」

アンジェリークは慌てまくってカティスに謝る。だが、カティスは再びアンジェリークを安心させるように笑った。

「いいんだよ、お嬢さん。俺もお嬢さんのことを娘のように思っていたんだ。なんだか他人のような気がしなくてな」

カティスはアンジェリークの金の頭をぽふぽふと叩きながら言う。それはアンジェリークの実父が彼女を安心させるときにしていたことと全く同じだった。

「じゃあ、俺はお嬢さんのパパで、お嬢さんは俺の娘だ。ということは……お嬢さんにつく変な虫を追っ払う権利があるなぁ……」

カティスは壁にある耳に聞かせるように、言った。

そう、ストーカー・オスカーは確り今回もカティスの小屋の外にいて、耳をダンボにして中の会話を盗み聞きしていたのである。当然、アンジェリークがオスカーの事を好きだといっているのも聞いてしまった。踊りだしたいくらい嬉しくって、実際嬉しくて嬉しくて、辺境の惑星の田舎の民謡を許にした『サンバ・おてもやん』を踊ってしまったくらいなのだ。そこに、カティスからの『妨害するぞ』宣言である。オスカーはさーっと血の気が引いた……。

 

 

 

最終的にアンジェリークはお茶会に辿り着いた。オリヴィエが用意してくれたドレスを着て、オリヴィエがメイクもしてくれた。オスカーがまるでお姫様のようにエスコートもしてくれた。そして……お茶会の後、オスカーと公園をデートした。

 

 

 

尤も、オスカーの思惑とは違っていた。オスカーは湖で3段階目を踏んで、アンジェリークとラブラブハッピーエンドを向かえるつもりだったのだ。しかしそうは問屋が卸さない、という奴である。ことごとくカティスの妨害が入った。アンジェリークが湖に向かおうとすると、その手前で現れては自分の小屋に連れて行く。そして湖とは反対方向へアンジェリークを送り出す。オスカーが湖の定位置につこうとすると、緑のサクリアの意を受けた植物が邪魔をする。

『俺の娘に手を出そうなんて100万年早い』

そういうカティスの高笑いがどこからともなくオスカーに聞こえる。

(本当の父親でもないくせに~~~~!!!!)

オスカーは地団駄を踏んで悔しがったが、結局太刀打ち出来なかった。

 

 

 

「ご苦労だったな、親父」

神々しいお声で女王陛下が仰る。

「いい退屈凌ぎになったぞ」

それはそれは楽しそうである。

「ですが、こんな馬鹿な……いや、非現実的なことをして大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。夢落ちにしてある」

思いっきり力が抜けるカティスである。

「守護聖たちは現実と知ってはいるがな。だが、散々馬鹿をやったんだ、態々それが本当のことです、などと教える奴もおらんだろう」

つまりは守護聖たちの口を封じる為に『女王命令』として落ち物ゲームや占いなんてことをやらせたらしい。

「だが、親父も女王候補の魅力に参ったらしいな? ロリコンか、親父?」

「違いますよ……だが、なんだか他人のような気がしなくて……」

女王のあまりな言葉に苦笑しながらカティスは言う。

「他人ではないかも知れんぞ? ここはお前の時間からすれば20年くらい未来だからな」

そう言って、女王は意味ありげに笑った。

 

 

 

そうして女王試験は日常に戻っていく。

オスカーがアンジェリークと念願のラブラブハッピーエンドを迎えられたのか……。

それは貴女の心の中で……(笑)

!–nextpage–>

炎の守護聖奮戦記

金糸の柔らかな髪、透き通る白磁のような肌、薄い薔薇色の頬、新緑よりも鮮やかな翠の瞳。

俺の最愛の天使、アンジェリーク・リモージュ。

運命に定められた俺の恋人。

我が片翼。ベターハーフ。

漸く今日、数多の艱難辛苦を乗り越えこの手に抱くことの出来る俺の花嫁。

本当に長い道のりだった……。

女王候補が17歳と聞いた俺は少なからずがっかりしていた。完全に俺の守備範囲から外れている。だから、俺は女王候補のお嬢ちゃんたちは相手にせず、飛空都市の妙齢の女性たちと楽しいときを過ごそうと思っていた。

ああ、勿論、女王試験に手を抜く、なんてことじゃない。女王試験には誠心誠意真剣に取り組むつもりだった。

そして、女王候補を迎えたとき。緊張した面持ちで一歩一歩近づいてくる彼女を見たとき。

俺の頭上で、教会の鐘が鳴り響いた。そのとき俺は確信したのだ、彼女が俺の運命の恋人であることに。

……言葉を飾るのはやめておこう。要するに一目ぼれしたのだ。この百戦錬磨の、宇宙一のプレイボーイと言われたこの俺が。

何が何でも、どんなことをしても、彼女を俺だけの天使にしてみせる!俺はそのときに決意していた。

 

 

 

 

さて……このままオスカーのモノローグで進めていってもいいんだが、奴に任せると如何に自分の天使が愛らしいか、そればかりを語って暴走してしまいそうだからな。ここから先は話を進める為にも俺が語り部を務めるとしよう。

俺が誰かって? 俺の名はカティス。ただの旅の商人さ。少しばかり、聖地の人間関係に詳しい、ね。

彼女と出逢ったオスカーがまず真っ先にしたことは占いの館に行くことだった。占いの館には火龍族のサラがいて、相性占いやおまじないをやっている。で、オスカーは早速、彼女と自分を占ったと言うわけだ。

「まぁ、オスカー様、相性がとってもよろしいわ。92もありましてよ」

「ほう……じゃあ、サラ、早速おまじないで100まで上げてくれ」

相性100となれば、一言言葉を交わすだけでもあっという間に親密度は上がり、ちょっとのことでは下がらない。

オスカーもうまい手を考えたものだ。

そしてアンジェリークとの相性が100になったのを確認したオスカーが向かったのは当然特別寮だった。

だがオスカーにとって運の悪いことにそこには女王補佐官ディアがいた。

(げっ、何でここにディアがいるんだ)

そう思ったオスカーだったが、流石に顔には出さず、一応の格好はつけてすごすごと引き下がったと言うわけだ。

翌日から、彼女を自分の物にする為の作戦を開始することを決意して。

翌日からオスカーは精力的に動き始めた。

まずは朝一番で占いの館に行き、アンジェリークとの親密度をチェックする。それからおまじないでラブラブフラッシュ。

これは『オスカーの心、アンジェリークに届け、ラブラブフラーッシュ!』ではない。当然だな、2人の相性は100になってるんだから。つまり、他の守護聖とロザリアの相性を上げていたというわけさ。相性がいいほうが親密度も上がりやすいからな。

占いの館を出ると庭園の噴水でアンジェリークの居場所をチェック。誰かの執務室にいるとなると空かさず自分も仕事のフリをして向かう。王立研究院にいれば王立研究院へ、庭園にいれば庭園へ。

おいおい、オスカー。これじゃあ、ストーカーだぞ? 外界じゃ、犯罪だぞ?

で、まぁ、そう言う涙ぐましい(?)努力(??)のおかげで、アンジェリークとオスカーの親密度はぐんぐん伸びていく。何せ相性100だ。挨拶するだけでも通常1一upのところが3~5upする。あっという間にwelcomeメッセージは5段階目の声付きになってしまった――……と、これはこちらの話だ、なぁ、お嬢さん?

庭園にいるときのオスカーはいつもそわそわしている。なぜなら庭園は唯一女性からデートの申し込みが出来る場所だからな。ああ、これは「Special」の世界なんだ。『デュエット』と違って手紙の精霊なんていないんだ。そこのところよろしくな、お嬢さん。

おや、アンジェリークが来たようだ。オスカーは彼女が自分の所に来るのを今か今かとカウントダウンしながら待っている。

「オスカー様、こんにちは」

鈴を転がしたような愛らしい声でアンジェリークはオスカーに挨拶をする。

「よう、お嬢ちゃん。こんな所で会えるとはな」

おい、オスカー。彼女がここに来ることが判ってて待ってたくせに、何を言ってるんだ。

だが、アンジェリークは恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに頬を染めながら微笑んでいる。

「あの……今度の日の曜日に会っていただけますか……?」

そう恥ずかしそうに言ったアンジェリークにオスカーは優しく微笑みを返す。ほう……こいつがこんなに優しく、柔らかく笑えるようになるとは……。これも彼女の力か。流石に天使の名を持つだけのことはあるな。

「日の曜日だな? OK。迎えに行くから待っててくれよ?」

心の中の「オッシャー!!」なんて歓喜の叫びはおくびにも出さず、オスカーは言う。

「はい! じゃあ失礼します、オスカー様」

オスカーから承諾の返事を受けるとアンジェリークは、まさに花のような笑顔を浮かべた。頬は薔薇色に染まって瞳は輝いて……。罪な笑顔だ。これじゃあオスカーが夢中になるのも仕方ないな。

ぺこりと頭を下げて彼女は帰っていく。その彼女と少しだけ距離をとり、オスカーは彼女の後についていく。怪しい奴はいないか、危険はないか、そっと彼女を守るかのように……。一番怪しくて危険なのはお前だぞ、オスカー。

そしてアンジェリークが寮に戻ったことを確認してから、オスカーは自分の執務室に戻った。日中はアンジェリークを追い掛け回しているから仕事が滞ってしまう為、その付けが回ってきていると言うわけだ。

が、日の曜日のことで頭がいっぱいになっているオスカーの業務効率はかなり落ちていた。

今のところ日の曜日のアンジェリークはオスカーが独占している。女王に忠誠心厚く、またジュリアスの腹心としてこの時期の宇宙の不安定さをよく理解しているオスカーだ。そしてアンジェリークがどれほど真剣に試験に取り組んでいるかも良く知っていた。だから、育成の妨げにならぬように平日は耐えがたきを耐え、じっと我慢しているのだった。

だから――……平日に他の守護聖がアンジェリークを誘おうものなら……。

お茶に下剤を混入されたもの3名。オスカーがマルセルから譲り受けた強力なやつで、3名は1日中ワシントンクラブに篭りっきりだったらしい。夜中に無言電話がひっきりなしにかかってきたもの4名、他にも、門の前に深い落とし穴が掘られていたり、なぜか外から館の扉があかないようにされていたり……。

ここ飛空都市の警備責任者はオスカー本人だから、結局それらの犯人がつかまるはずもなく……。だがそれでも、他のやつらはめげることなくアンジェリークを誘い出しては妨害を受ける、なんてことの繰り返しだった。

アンジェリークが他の守護聖とデートしているときには、オスカーは2人を付け回し、出来るかぎり早くデートが終わるように、と呪い(まじない、ではなくのろい)をかけていたり……。そうそう、アンジェリークの部屋に行ったとき、彼女気づかれにくい場所に箒を逆さに立てたりもした。これは「嫌な客を早く帰らせる」おまじないだ。

他にも彼女に守護聖を近づけない為にいろいろやった。他の守護聖がロザリアとデートしているときは決まって同じ場所をデートに選んでいたし、守護聖が外出しているときもその場所をデートに選んだ。そうすることによりアンジェリークとその守護聖の親密度が下がるからだ。

なんとも姑息な手を使うものだが、恋する男の愚かしさと思えば、しかも百戦錬磨のプレイボーイで通っていたオスカーの必死な愚かさと思えば可愛いとさえ感じるんだ。

さて、ここでオスカーは1人忘れていた存在がある。いや、忘れていたわけではないが、やつにとっては思わぬ伏兵がいたと言うわけだ。

その名をロザリア・デ・カタルヘナ。もう1人の女王候補である。同性だからと油断していたのが仇となった。いつの間にやらロザリアは(初期相性25だったにもかかわらず)アンジェリークとの相性をMAXにしており、親密度はオスカーを上回っていた。このままではLLEDではなく補佐官EDになってしまう……いや、こっちの話だ。

(くっそー。何とかロザリアを俺のお嬢ちゃんから引き離さなければ!!)

そう考えたオスカーは、ロザリアと一番親密度が高く、けれどアンジェリークにも気のある風なリュミエールをターゲットに選んだ。オスカー依頼によるラブラブフラッシュの効果で90近くまで上がっていた相性をMAXにした上で、リュミエールの前でロザリアを褒め上げ、食指を動かすフリをする。オスカーと同期とはいえ、決して仲の良くないリュミエールはオスカーに対抗意識を燃やしてロザリアに接近していく。オスカーの目論見は成功するかに見えた。

だが……ここでオスカーに思いもよらぬ事件が起こったのである。

 

 

 

そう……あれは俺のお嬢ちゃんからロザリアを引き離すべく画策しているときだった。

リュミエールを嗾ける為、そしてロザリアがお嬢ちゃんの部屋へ行ったり、後を追い掛け回したり出来ないようにする為、俺は週の半分をロザリアとの平日デートに費やしていた。

ロザリアは俺がアンジェリークを愛していることを知っていて、デートとはいっても互いに刺のある会話ばかり。デートとは名ばかり、実はバトルだった。しかし、はたから見ればやはりデートなのだ。

だから……お嬢ちゃんは誤解してしまった。

俺がロザリアと庭園で舌戦を繰り広げながら歩いていると、アンジェリークがオリヴィエと共に現れたのだ。

見られたくない所を見られてしまったことの後ろめたさと、俺のお嬢ちゃんの肩に馴れ馴れしく腕を回しているオリヴィエへの怒りで、俺はオリヴィエを睨みつけた。

だがお嬢ちゃんは自分たち2人を睨みつけたのだと誤解してしまった。俺たちに会釈だけすると、そそくさとオリヴィエと共に去っていったのだ。

「お馬鹿さんですわね、オスカー様」

冷たく言ったロザリアの声がいつまでもこだまし、俺はそこでフリーズしてしまった。

それからというもの、お嬢ちゃんは俺を避けるようになった。執務室へも来ない。他の守護聖の執務室と寮を往復するだけ。

翌日俺が訪ねたときも、居留守を使われた。

完全に俺は避けられてしまっていた。

 

 

 

策士策に溺れる、といったところか? オスカーも馬鹿なことをしたな……。だが、このときのオスカーの憔悴ぶりは酷かった。

それからというもの、オスカーはアンジェリークの所に日参した。居留守を使われもした。オスカーの姿を見たとたん、走り去ってしまうアンジェリーク……。オスカーにとってはつらい日々が続いた。

やがて、オスカーの我慢にも限界が来た。

「もう……俺の顔を見たくないんなら、はっきりそう言ってくれ、アンジェリーク! 君の口からはっきりと!」

いつものように逃げ回るアンジェリークを庭園で捕まえ、オスカーは詰め寄った。

彼女のか細い腕を掴み、彼女を逃すまいとする。真剣な燃えるような瞳で彼女を見つめる。

「だって……オスカー様はロザリアが好きなんでしょう? へ……平日にわたしを誘ってくださったことないのに……ロザリアとはデートして……わたしがおそばにいたら邪魔でしょう?だから……オスカー様にお会いしたら、わたし……」

アンジェリークの大きな目から涙が溢れる。

それはアンジェリークからオスカーへの、恋の告白に他ならなかった。だから、オスカーはアンジェリークを抱きしめた。

 

 

 

こうして……俺はアンジェリークを手に入れることが出来た……。俺の最愛の天使。俺の全て……。

そして、今日、彼女は俺の妻になる。

!–nextpage–>

Happy Birthday My Dear……

 

 

アンジェリークは悩んでいた。

恐らく彼女の17年と数ヶ月の人生の中で最も真剣に、深刻に悩んでいた。

別に、またジュリアスに叱られたとか、クラヴィスの背後に人魂が見えたとか、ランディの能天気さに切れそうになったとか、リュミエールの優しげな笑顔の裏にある腹黒さに気づき始めたとか、マルセルの幼さに我慢できないとか、ゼフェルの乱暴さ加減に喧嘩を売りそうになったとか、オリヴィエが本当に男なのかとか、ルヴァは本当に26歳なのかとか、そんなことではなかった。

季節は冬。常春の飛空都市ではあるが、暦の上では紛れもなく冬である。12月も中旬、いやまもなく下旬である。

去年までの彼女であれば、「もうすぐクリスマスね。今年のケーキはチョコレートかな、生クリームかなぁ」なんてことを考えていた時期である。流石にサンタさんは信じていなかったが……。

が、今年はそんなことは二の次三の次である。クリスマスの4日前にと~~~~~~~~~~~っても大切なイベントが控えているのだ。

漸く想いが通じ合ったばかりの『恋人』オスカーの誕生日が。

やはり『恋人』のお誕生日ともなれば、力も入りプレゼント選びは深刻極まる大問題だ。

そう、アンジェリークの悩みとはオスカーへの誕生日プレゼントのことだったのである。(……いいねぇ、幸せな悩みで……)

これが他の人だったらこんなに悩まないだろう。例えばマルセルなら自分が嬉しいもの――甘いお菓子や可愛いぬいぐるみ、きれいなお花でOKだろう。オリヴィエならアクセサリーや美容関係グッズ、リュミエールならかつてスモルニィで憧れのお姉さま方にプレゼントしたものと同じようなものでOKなはず。他のメンバーだってなんとなく喜ばれそうなもののあたりはつく。

きっと女性がプレゼントするものならばオスカーは何だって喜ぶだろう。ましてや(彼女の知らない所でライバルたちと熾烈なバトルを繰り広げて漸く己がものにした)可愛い恋人アンジェリークからのプレゼントであれば、仮令たとえそれがその辺の道に転がっている石っころであっても狂喜乱舞し、一生の宝物としたに違いない。

アンジェリークだって、自分が仮令オスカーの気に入らないもの――例えば、グリーンピースとかマヨネーズをプレゼントしても、女性には殊に優しい彼だから喜んでくれるだろうことは想像がついている。けれどやっぱり、オスカーが本当に気に入って心から喜んでくれるものをプレゼントしたかった。

 

 

 

「全く……まだ悩んでいたの?」

呆れたように溜息をつきながら言ったのは同じ女王候補のロザリア・デ・カタルヘナである。大貴族の令嬢であり生まれながらの女王と自ら断言して憚らない彼女もアンジェリークの魅力に骨抜きにされている1人だった。同性・同年齢・同じ立場という他の輩にはない利点を最大限に活用して今では『唯一無二の大親友』という輝かしい地位を確立している。(彼女にとってそれは女王よりも輝かしく、貴重で意味のある地位だった。)

「わたくしのお誕生日はお祝いしてくれなかったじゃない……」

つい恨みがましい口調で言ってしまうロザリアである。

「だって……ロザリアもわたしも守護聖座と血液型は入力してるけど、日付は決められないでしょ? しかもプレイごとに違うし」

「……創作に現実を持ち込まないで頂戴、作者!」

……………………。

ロザリアにしてみれば、オスカーは最大のライバルなのだ。以前にはアンジェリークを取り合って争っている所を、何をどう受け止めたのか、オスカーとロザリアがとっても仲良しこよしLoveLove状態なのだと誤解されたこともある。その誤解をオスカーは必死になって解いたわけだが……。とにかく、事あるごとに(いや、事がなくても)オスカーとロザリアは彼らの天使をとりあいっこしている。それはアンジェリークがオスカーの恋人になった今も変わらないし、今後も恐らく、いや絶対に変わらない。

「だって~……すご~~~~く迷うんだもん。オスカー様みたいな大人の男の人って何を喜ぶのかしら? パパは、灰皿とかネクタイとかタイピンとか……そういうの喜んでくれたけど、オスカー様は煙草お吸いにならないし、ネクタイとかも……。ね~~~~~、ロザリア、どうしたらいいと思う?」

そりゃーあの方が一番喜ぶのは裸のあんたにリボンをかけて『わたしを差し上げます』でしょ。心の中でそう思ったものの口にはしない。この年齢にしてはかなりネンネなアンジェリークはその意味も判らず実行してしまいそうだから。

「リサーチはしたの?」

「うん。オスカー様と仲のいいジュリアス様とオリヴィエ様に伺ってみた」

「で?」

2人ともオスカーと仲はいいが、その分かなり熾烈に争っていた相手である。いっそ仲の悪いリュミエールなどは変に遠慮も配慮も要らず、思う存分遣り合っていて、かえって清々しいくらいだった。

アンジェリークに『オスカー様へのプレゼント、何がいいと思います?』と訊かれた二人がどういう反応を示し、どれほどショックを受けたか、同情しつつも興味を引かれたロザリアである。

 

 

 

「ジュリアス様はね、馬とかいいんじゃないかっておっしゃったの。無理だよねー」

務めてポーカーフェイスを装いながらジュリアスは言ったのだ。動揺しまくっていた為、そんな突拍子もない答えをしてしまった。これが以前ならば『女王候補ともあろうものが!』と叱ることも出来たであろうが、既にアンジェリークの女王候補辞退は受理されており、育成と同時にディアから補佐官教育を受けているアンジェリークであればそう叱りつけることも難しかった。しかし……やはりジュリアスの感覚は違う。かなり庶民とはかけ離れた感覚しか持ち合わせていない。なんせアンジェリークの誕生日に温泉が出る別荘つきの星ひとつプレゼントしようとした男(CD「HARMONIA」Key of Your Hearts)である。どうやって17歳の庶民の少女が馬(しかもオスカーに贈るとなればかなりの名馬)を買うことが出来るというのだ。だからアンジェリークは答えてくれたことにはきちんと礼を返し、そそくさとジュリアスの執務室を後にしたのだった。

 

 

 

「オリヴィエ様はね、何でもいいんじゃない?って」

オリヴィエはヒクヒクと頬を痙攣させながら言った(実はロザリアと同じようなことを考えたのだが、これまた同じ結論に達し言わなかった)。が、アンジェリークに「それはそうだろうけど……」と言う頼りなげな顔をされてしまうと、頼りになるおねにーさん(お姉さん+お兄さん)としては持ち前のお節介さがむくむくと首を擡げ、オスカーの好む色、柄、お酒の種類、香り、そういったデータを全て教えてしまった。流石にオスカーに一番近しい友人だけのことはあり、それはアンジェリークにとって何よりもありがたい情報だった。

だが肝心の何がよいかと言う質問への答えはなかった。「それはアンジェリークが考えなきゃね」と。あんたにしか贈れないプレゼントがあるはずだよ、と。

オスカーに自分しか上げられないもの――……。

アンジェリークはそれでまた悩んでしまったのだ。だからロザリアに相談した。だがロザリアはずっと悩んでいるアンジェリークに呆れてしまったのである。

「オリヴィエ様に言われた、“わたしにしか贈れないもの”って……」

アンジェリークは深い溜息をつき、呟いた。

自分はオスカーの何? 自問する。

一応、恋人。まだキスもしてないけど、自信ないけど、恋人。自答する。

いつになく真剣に悩んでいる親友に、ロザリアは不本意ながらも協力することにした。

「あんたはオスカー様にとってかけがえのない、何よりも大切な恋人なのよ。これまでにも数々の浮名を流していらっしゃるけど、本気になったことはないと聞いているわ。あんたが、あの方にとって唯一人の本気の恋の相手だそうよ」

聖地一の伊達男として通っているオスカーである。その男がコメディアンになるほど真剣に必死になって漸く恋人の地位を手に入れることが出来たのだ。全てを焼き尽くすほど激しい恋であり、1分1秒たりと彼女のいない世界など考えられないほど狂おしい恋だった。

そしてそれはアンジェリークにとっても同じ事だった。

「あんたはこれからオスカー様とどうしたいの? どうなりたいの?」

「ずっとお側にいたい……。一生、オスカー様のお側に」

「だったら、その気持ちを表せるものはないか、考えてみるのね」

そういってロザリアは優雅な仕草でティーカップを口に運ぶ。敵に塩を送るようなことはしたくないが、親友の悲しむ顔よ苦しそうな顔、悩む姿は見たくない。

「ありがと、ロザリア!」

がたっと音を立てて立ち上がると、満面の笑みを浮かべてアンジェリークは言った。

 

 

 

オスカーとずっと一緒にいたいという気持ちを表すもの――。

ずっと一緒に、共白髪となるまで、同じ墓に眠るまで……。

となると、「結婚してください」かな?でもそれは先走りすぎかなぁ。やっぱりプロポーズはオスカー様にして欲しいし。

自室でもアンジェリークは悩んでいた。でも先刻までよりは進歩している。

結婚、夫婦……。夫婦茶碗、夫婦箸……。何か違う。

ずっと2人で使っていけるもの。夫婦や恋人じゃなきゃ一緒に使わないもの。

「そうだ!」

ぱっと明るく顔を輝かせ、アンジェリークは明日主星に買い物に出かける許可を得る為ディアの許に向かったのである。

 

 

 

翌日主星に降りたアンジェリークはその足でいつも利用してるウォン財閥系のデパートへ向かった。

「あったわ♪」

そして目的のものを買うと、うきうきしながら飛空都市へと戻っていった。

そのとき応対した、緑のロン毛に鼻サングラスをかけた怪しげな大阪弁の店員は、彼女の笑顔にすっかり魅了された。自分の持つ情報網をフル活用し彼女の正体を知った彼は、彼の時間にして数年後に行われる女王試験の際、自ら聖地へ赴くことになるのだった。

 

 

 

そして、ついに12月21日。

オスカーは記念すべき誕生日を漸く手に入れた天使と過ごす為に私邸にアンジェリークを招待していた。2人っきりのディナーの後、アンジェリークはオスカーに大きな包みを含羞みながら渡した。

綺麗な包みの中から現れたのは黒いシルクのパジャマだった。

「わたしのと、ペアなんです」

薄い薔薇色に頬を染めてアンジェリークは言った。アンジェリークのものは薄い桜色である。

「ずっと、お側にいたいから……2人でしか使えないものが良かったんです……でも他に思いつかなくて……」

そう言うアンジェリークがオスカーは愛おしくてならず、抱きしめた。

「ありがとう、俺のレディ」

 

 

それから3日後のクリスマス・イヴ。再び2人っきりのディナーの席でオスカーはアンジェリークに指輪を渡した。外界で言う『給料3か月分』というものである。

その後女王補佐官となったアンジェリークはオスカーと華燭の典を挙げ、妻となる。が……アンジェリークがプレゼントしたパジャマは数えるほどしか出番はなく、いつまでも熱いLoveLove炸裂カップルのように新しいままだったという……。

!–nextpage–>

Birth

 

 

守護聖になってから、変わったこと。

いろいろある。

けれど、最大は時間の流れが俺が育った世界とは隔たってしまったことだろう。

着任してから4年。外界では何年経っていることか……。いや、何年、ではなく、何百年か……。

俺の愛した家族は既に亡く、幼かった弟の子孫が、いるだけだ。

だから……暦は関係なくなった。

暦があることはあるが、全く意味を成していない。

守護聖以外の、聖地で働く者だけの為。

彼らは、普通に年を取るから。俺達のように、気が狂いそうなくらい緩やかな時間の中にいるわけではないから。

だから、守護聖である俺にとって、『日付』なんて、全く意味がないことだった。曜日だって、休日とそれ以外を分ける便宜上のもの、そうとしか思えなかった。

況してや、自分の誕生日など煩わしいことこの上もなかった。

外見上、全く年をとらないのだから。20歳を過ぎるまでは、身長も伸びたし体も歳をとっていた。だが、それ以降は歳をとってはいない。どれだけ外界で遊んで時間を過ごしたとしても……だ。時の流れから切り離されてしまっているのだ、俺たち守護聖は……。

それを最も思い出させるのが、全く意味を成さない誕生日だ。いや……今の自分の状況を思い出させるのだから意味はあるのだろう……ありがたくないことに。

だから、12月は憂鬱以外のものではなく、俺は次第に『誕生日』の存在を忘れるようになっていった。

しかし……ある日を境に、俺のそんな考えは180度変わってしまうことになった。女王試験の開始によって……。

 

 

 

女王試験が始まって、約100日が過ぎている。今日は、何度目かの日の曜日だった。もう、100日が過ぎているから、守護聖と女王候補たちの関係もそれなりに出来上がっていて、親密度の差も出てきている。

今現在オスカーと親密度が高いのはアンジェリーク・リモージュだ。最高の200MAXを誇っている。が、それも当然のことだった。そもそも相性がいい。相性がよければ、単に挨拶しただけでも親密度は上がっていくのだ、ぐ~んと。

尤もアンジェリークはその天性の魅力によって殆どの守護聖を魅了している。いや、守護聖だけではなく、ライバルであるはずのロザリアをはじめ、飛空都市の住生物(人だけではないので……)全てに愛されまくっているのだ。

そして、近頃オスカーは落ち着かない。特に、日の曜日になるとそれは著しい。

オスカーの日の曜日の朝は早い。まず、早朝にはランディの剣の稽古に付き合う。そしてシャワーで汗を流すと、いつもより念入りに支度をして出仕する。休日だからその必要はないのだが、執務室にいれば女王候補が訪ねてくることがある。そうなれば、その日1日デートすることが可能だ。

尤も、オスカーが待っている女王候補はアンジェリーク限定なのだが……。

だったら、オスカーが誘いに行けばいいのだが、敢えて行かない。

なぜならば、女王候補から誘えるのは庭園で申し込むときか日の曜日しかない。手紙の精霊という手もあるが、それは顔が見れないので除外しておこう。そう、顔が見れることが大事なのだ。

デートを申し込むとき、アンジェリークははじめ緊張したような、如何にも『どきどきしてますぅ~』という表情をしている。そして申し込んで返事を待つときには少し上目遣いで『捨てないで? 拾って? くぅ~ん』というような、まるでア○フルCMの「くぅちゃん(うちの犬と同じ名前でびっくり)」の『うるうる』芸のような表情でオスカーを見上げるのだ。オスカーがOKの返事を伝えると(NOなんて宇宙が滅びても言うはずがない)、ぱぁーっと表情を輝かせる。

その変化の鮮やかなこと。それが見たいが為に、オスカーは敢えて日の曜日には誘わないのだ。

とか何とかいってはいるが、実はこれは表向きの理由だ。勿論、20%くらいはそれも理由なのだが……。実際のところ、行けないのだ。怖くて……。

何が怖いか……それはずばり『断られること』だ。

もしアンジェリークに『今日は都合悪いんです』そう言われてしまったら? その場でオスカーはショック死してしまうかもしれない。

それに、アンジェリークは超もてもてGIRLだ。本人は全く気づいていないが、謹厳実直を絵に描いたような、金剛石ダイヤモンドよりも固いジュリアスを平日の執務時間中に森の湖に赴かせたり、年季の入った引きこもりでインナーワールドに入り込んでいるクラヴィスをさえ、昼日中の公園に引っ張り出せるくらい、魅力に溢れている少女なのだ。そんな彼女の元に守護聖が誘いに行っていないはずはない。

だから、出来るだけ平日はアンジェリークが公園に向かうと偶然を装って会い、デートの申し込みを受けて先約を取り付けるようにしていた。

「今日は……お嬢ちゃんは来るかな……」

心臓をバックンバックン言わせながら、オスカーは執務室で待つ。そして……昼を過ぎた頃、オスカーは深い溜息と共に執務室を出た。前後して他の8人も執務室を出たところを見て、漸く少しばかり安心するオスカーだった。

 

 

 

さて、その頃、アンジェリークは、というと。特別寮のロザリアの部屋でお茶を飲んでいた。

「そういうことなら、オリヴィエ様にご協力をお願いすれば?」

「うん、やっぱりこういうときはオリヴィエ様だよね。明日にでもお願いしてみる。ありがと、ロザリア。やっぱり頼りになる♪」

アンジェリークはにっこりと安心したように笑った。

 

 

 

「よし、お嬢ちゃんは庭園に行ったな!」

オスカーはがばっと立ち上がる。アンジェリークが、心の力を一つ残していることは知っている。朝、占いの館で占いをして、ジュリアスに育成(少)、ゼフェルに育成(多)を依頼しているから、使用したハートの数は7個。1つ残っているから、公園でデートの申し込みは可能だ。

「待っててくれよ、お嬢ちゃん!」

オスカーは誰にでもなくそう宣言すると、音速の速さで庭園に向かった。そしてオスカーの起こした突風により巻き散らかされた書類を副官氏は諦めたような溜息をついて拾い集めたのだった。

 

 

 

案の定、庭園の定位置(最早定位置と化している、神鳥の像の横)にオスカーが立っていると、アンジェリークが嬉しそうに走ってきた。

(よし、これで次の日の曜日には、お嬢ちゃんとデートだな。今度は森の湖にするか……。いや、余り同じ場所でも芸がないな、その奥の秘密の花園(怪しい……)にするか?)

なんてことにやけながら(尤も表情には出してはいないけれど)考えていると、アンジェリークがオスカーの所までたどり着いていた。

「オスカー様! こんにちは!!」

「よう、お嬢ちゃん、こんな所で会うとは偶然って奴も粋な計らいをするじゃないか(何が偶然だっ、このストーカーもどきめ!)」

「オスカー様……(ポッ)」

アンジェリークはオスカーの如何にも『爽やか好青年、でも色男』という笑顔(ってどんな笑顔だ……)に頬を染める。また、その様子が可愛いのなんのって……オスカーは一瞬、鼻の下4万KM(地球1周)ほど伸びた。

「あっ、あのっ、次の次の日の曜日はお暇ですか?」

「フッ、お嬢ちゃんの為なら、どんな事をしてもあけるさ」

そう仮令たとえジュリアスから仕事をいいつけられようがなんだろうが、絶対にアンジェリークの為に時間をあけてやる。実際、アンジェリークとのデートの為にオスカーは絶対に仕事を残さないように万全の準備をしているのだ。

ん……待てよ? 今お嬢ちゃんは何と言った? 次の日の曜日……? いや、『次の次』、そうは言わなかったか?

「次の日の曜日ではなく、その次か?」

確認するとアンジェリークはこくんと頷く。

「あの……駄目ですか?」

不安そうに首を傾げるアンジェリーク。その愛らしさにオスカーの鼻の下が今度は2光年ほど伸びた。

「いや、そんなことはないぜ。ただ……ちょっと気になっただけだ」

そう……態々、『次の次』と指定してくるからには今度の日の曜日には用事があるのだろう……。

「今度の日の曜日じゃ駄目なのか?」

探りを入れるオスカー。ロザリアと先約があるか、ディアのお茶会か……そんなふうに希望的観測を下にオスカーは答えを予想する。

「駄目に決まってるじゃん。あたしと先約があんの♪」

と、そこにオスカーにとって予想外の人物が現れる。オスカーにとって尤も厄介な相手、オリヴィエである。

しかも突然現れた極楽鳥は、あろうことかアンジェリークを後ろから抱きしめているではないか!(但し、オスカー主観による表現、実際は後ろから軽く肩に手をかけているだけ)

突然のお邪魔虫乱入によっって、オスカーの希望的観測はもろくも崩れ去る。

「あの……駄目ですか……?」

アンジェリークはオリヴィエのことなど眼中にないかのように、オスカーに尋ねてくる。アンジェリークにしてみれば、オリヴィエとのスキンシップなど日常茶飯事だし、今はオスカーの返事を貰うことが何よりも大事なのだ。どうしても、再来週の日の曜日だけはオスカーと一緒に過ごしたかった。

「あ……いや、そんなことはない。喜んでデートさせてもらうぜ」

アンジェリークの声に我に返り、オスカーは魅惑的な笑みを浮かべ、答える。

するとアンジェリークは漸く安心したかのように、笑みを浮かべた。そのアンジェリークの表情に心が温かくなりながら、しかし、オスカーの頭の中を占めているのは『来週の日の曜日はオリヴィエとアンジェリークがデートをする』ということだけだった……。

 

 

 

(どうする……?)

オスカーは真剣な表情で考え込んでいる。ひょっとしたら、宇宙が崩壊しかけていて深刻な状況なんじゃないか、そう思わせるくらい真剣な表情だ。だが、オスカーが考えているのは、どうやってアンジェリークとオリヴィエのデートを妨害するかだった。

偶然を装って、乱入するか……いや、それではお嬢ちゃんにいやな奴だと思われるかもしれない。

では、ロザリアを誘って、これまた偶然に出会ったふりでダブルデートに持ち込むか……。いや、それもまずい。万が一、俺とロザリアが出来てるなんてお嬢ちゃんに誤解されてはかなわないし、第一、どこにいるかも判らない状況でロザリアを1日引っ張りまわしたりしたら、ロザリアが女王候補以上の感情を俺に持ってしまうかもしれない(そんなこと死んだってあるわけございませんでしょう! このスットコドッコイ!!;ロザリアの声)。

オスカーは真剣に悩み、考え込んでしまった。

 

 

 

そしてやってきた日の曜日。オスカーは何があっても(?)対処できるように(??)単独行動をとることにした。まず、早朝からオリヴィエの屋敷の植え込みの陰で見張り。オリヴィエをこっそりつければ行き先が判らないなんてこともないし、旨く行けばアンジェリークに会う前に妨害できるかもしれない。

オリヴィエとアンジェリークが健全なデートをして夕方までにアンジェリークが帰宅すればそれでよし。しかし少しでもやばくなったらいつでも乱入できるように、出来るだけ自然な服装で行動する。まぁ、ラフな普段着だ。それこそぶらっと散歩しているような、そんな格好を選んだ。

オスカーが頭の中で『偶然っぽく現れる状況』をシュミレーションしていると、漸くオリヴィエが現れる。いつもの守護聖の正装ではない。明らかに街(外界)に出るときの服装だ。オスカーの中で警報が鳴る。

オリヴィエに気づかれないようにこっそりと後をつけていき、待ち合わせの場所に到着。既にアンジェリークは来ている。

「ゴメン、ごめん、待った?」

(レディを待たせるなんてマイナス査定だな。フフフフフ)

「いえ、わたしのほうが早く着いちゃったんです」

アンジェリークはそう言って微笑む。その可愛らしいことと言ったら! オスカーは嫉妬に目が眩みそうになった。また、アンジェリークの姿が可愛らしい。いつものスモルニィの制服ではない。外界に出ることもあって、襟元にフェイクファーをあしらった白いコートの下は、淡いピンクのオフタートルネックのニット、ベージュを基調としたタータンチェックのミニスカート、白いタイツに、足元はショートブーツというコーディネイトだった。

(く~~っ、可愛いぜ、流石は俺のお嬢ちゃん! 何を着ても可愛らしい!!)

気づかれないようにじたばたと足踏みするオスカーである。道行く人が奇異の眼差しを向けているが、そんなことはクラヴィス並みのインナーワールドに浸っているオスカーは気にも留めない。

「じゃ、行こうか?」

オリヴィエがそう言って、アンジェリークをエスコートする。そして、オスカーもこそこそと、それについていくのだった。

 

 

 

アンジェリークたちが向かったのはこの宇宙のありとあらゆるものが揃っているといわれる主星一のデパート『大龍百貨店』だった。アンジェリークが真っ先に向かったのは、メンズフロア。そこで色んなブランドを見て回る。尤もアンジェリークのお小遣いなど高が知れているから、どうしても小物ばかりを見ることになる。ネクタイ、タイピン、カフス、パスケースやライター、ハンカチなどなど……。時折オリヴィエを見上げては何かを尋ね、首をかしげ悩んでいる。

(いったい何を探しているんだ、お嬢ちゃん……)

オスカーは店員が声をかけるのも気づかないまま、じっとアンジェリーク(とオリヴィエ)を見つめる。何件の店でもそうしていた為、危うく警備員を呼ばれるところだったのだが……。

そして、漸く、昼を過ぎた頃アンジェリークは求めるものを見つけたらしく、ほっとしたような表情で買い物を済ませた。それが何なのかは判らないが、確りと綺麗なラッピングがなされていたことをオスカーのアンジェリークに関しては50.0の視力は見て取っていた。

その後、カフェで少し遅め昼食をとり、アンジェリークとオリヴィエは再び、買い物へ向かった。今度はアンジェリークのものを買うらしく、レディースファッションのフロアだ。どうやら、ドレスを買うらしい。

「え……でもこんな。素敵だけど……予算オーバーです」

「いいって、あたしからのクリスマスプレゼントだよ。折角なんだからドレスアップしなきゃね?」

「でも……」

「いいっていいって。じゃあこれにするから包んでくれる?」

そんな会話が漏れ聴こえ、アンジェリークはどうやらドレスを買った(正確にはオリヴィエが買った)ようだ。その後、アクセサリーや靴・バッグを選び、2人はランジェリー売り場に向かう……。

(お……オリヴィエ……お前……!!!)

「これなんかどう?」

「えーっ、セクシー過ぎますぅ……」

「そんなことないよ? これくらい平気だって。あ、でも、これじゃさっきのドレスに合わないか」

2人が仲良くランジェリーを選ぶのを、オスカーは絶望的な表情で見つめていた。

(まさか……お嬢ちゃんとあいつは……?)

考えたくもないことである。けれど……一緒に下着まで選ぶなんて……

「でも、オリヴィエ様と一緒だと、お姉さんみたいで助かります」

はっ! お姉さん? 今、お姉さんといったな、お嬢ちゃん! そうか、そう言うことか……。

やっと落ち着いたオスカーなのであった。

 

 

 

結局、その日アンジェリークは買い物をしただけで、夕食前には特別寮に帰り着いていた。買ったものは、最初にアンジェリークが選んでいた何かのプレゼント、それから、ドレス、靴バッグアクセサリーに化粧品、ランジェリーとオリヴィエが殆どプレゼントしたものだった。

「今日は本当にありがとうございました」

恐縮しきって頭を下げるアンジェリークにオリヴィエは笑みを返す。

「いいんだよ。来週にかけるあんたの気持ちは判るしさ。まぁ、あいつの為ってのが気に障るっちゃ障るけど、それであんたが笑ってくれるんなら、いいんだ」

「オリヴィエ様……」

「んふふふ。じゃあ、来週はメイクに来てあげるからね?」

そう言って、オリヴィエは手を振ると帰っていった。

そこまで見てから、安心してオスカーも踵を返したのだ。オリヴィエが後ろを振り返っておかしそうに笑っていたことには気づかずに。

しかし……『来週にかける』『あいつの為』とはいったい? 確かに来週は俺と約束をしている。その為にアンジェリークはあんなにたくさんの買い物をしたのだろうか? いったいどうして……?

 

 

 

一方、部屋に戻ったアンジェリークはロザリアと共に買ったものを整理していた。

「流石はオリヴィエ様のお見立てね。全部あんたにぴったりよ。よく似合うわ」

選んだドレスやアクセサリーを合わせて、身につけてみると、確かによく似合っていた。

「良かったー。心配だったの。ねぇ、これなら不釣合いなんてことはないわよね?」

「当り前でしょう! 相手がどなたであろうと、あんたは勿体無いくらい可愛いわよ! それなのに、何でよりによってあんな無節操なたらしの……」

ブツブツと呟くロザリア。

「で、ねぇ、お店のほうは?」

「そちらも大丈夫よ。ちゃんと予約してあるわ。場所はここ。ちゃんと個室を用意してもらってますからね。安心なさい(別の意味で不安だけど……)」

「ありがとう、ロザリア! 大好き!!」

嬉しそうに言うとアンジェリークはロザリアに抱きつく。

「もう、ドレスが皺になるでしょう? さっさとお脱ぎなさい」

「は~い」

アンジェリークはロザリアの照れ隠しに笑いながら、ドレスを脱ぎクローゼットにしまう。

「でも、どうして態々あんたがそこまでするのよ。まぁ、あんたがあの方を好きだって言うのは知ってるけど……」

ロザリアは勝手知ったる他人の部屋、さっさと自分のロイヤルミルクティーとアンジェリークのココアを淹れながら訊く。

カップを受け取りながらアンジェリークは笑う。その微笑みがロザリアをどきりとさせる。いつものアンジェリークの笑顔ではない、どこか大人びた、そして冒しがたい神聖さをもった微笑みだった。

「あのね、わたしたちってエリューシオンやフェリシアと違う時間に生きてるでしょう? わたし、リオが大人になってたときはびっくりしたの。なんだか外の世界において行かれたようで寂しかったの」

初めて出会ったときにはほんの少年だった、エリューシオンで心を通わせたリオ。だが、数日後には、彼は大人になっていた。そして、今は既に老人になり、孫までいるのだ。ショックだったし、寂しかった。時間の流れが違うということを知ってはいたが、実感したときのあの言い表しようのない衝撃。ランディやマルセルに言われて、漸く落ち着いて考えることが出来るようになった。

そして、思い至った。守護聖が同じであることに。これまで、守護聖の誕生日に贈り物をしたことはある。そのとき、彼らは少し寂しそうに笑ったのだ。「ありがとう」そういいはするものの、どこか苦しそうで、寂しそうだった。

「守護聖様たちは、もうずっと、長い時間聖地にいらっしゃるでしょう? きっと、もう、生まれた時代からは遠く隔たっていらっしゃると思うの。だとしたら、どんな気持ちでお誕生日を迎えたのかな、って。きっと、複雑なんじゃないかって思ったの……」

「……そうね。そうかもしれないわ」

アンジェリークと同じように、ロザリアも贈り物をしていた。大抵は、アンジェリークと一緒に用意して、渡していたのだから。けれど、そんなことを思いもしなかった。そして、今回のオスカーの誕生日に限り、アンジェリークは自分1人でプレゼントを渡したい、そう言ったのだ。

「わたし、オスカー様のこと、好き。他の皆様も好きだけど、オスカー様は特別なの。だから、オスカー様に悲しい思いなんて、辛い思いなんてしていただきたくない。オスカー様が生まれていなければ、オスカー様と出会うことは出来なかったの。だから、オスカー様のお誕生日はわたしにとって特別な日なんだって、お伝えしたいの……」

「そう……そうね。判ったわ。頑張りなさい。仮令たとえあんたが、女王候補を辞退することになってもわたくしがいるのだから、何も心配することはなくってよ」

本当は親友のほうが女王に相応しいだろうけれど。自分は彼女の補佐官として彼女を支えるつもりでいたけれど。でも、アンジェリークがオスカーとの恋を選ぶというのなら、それも仕方ないのかもしれない。それが彼女の幸せになるのなら……。

 

 

 

そして……1週間後の日の曜日。12月21日が来たのだった。

 

 

 

誕生日なんて、忘れていた。今の今まで。アンジェリークが祝ってくれるまで……。

これまで煩わしいだけの、誕生日だった。しかし……彼女が祝ってくれた、それだけで、嬉しくなった。

結局、あの日の買い物は俺へのプレゼントと、今日の為にドレスだったのだ。そして、態々外界のレストランを予約し、アンジェリークは俺の誕生日を祝ってくれた。

「オスカー様がお生まれになった日だから、わたしにとっては大切な日なんです。この日がなければ、わたしはオスカー様と出会うことは出来なかったんですもの」

あの日、オリヴィエが選んだドレスを着て、薄くメイクアップして、いつもにも増して美しくなった彼女はそう言った。

頭を何かで殴られたような気がした。これまで俺は、誕生日が自分が年を経たことを、成長を祝う日なのだと思っていた。確かにそんな一面もある。だか、それだけではないのだ……。

そうなのだ……誕生日は俺がこの世に生を受けた日。父と母が俺をこの世に生み出してくれた日なのだ。

「ありがとう、アンジェリーク……」

今日という日がなければ、俺はここにはいない。守護聖になることもなく、アンジェリークという至宝に出会うこともなかった。今日、12月21日が、全ての始まりなのだ。

多分、これから、誕生日を厭わしく思うことはないだろう。自分が齢を重ねることを祝うのではない。俺を産んでくれた両親に感謝し、この日ゆえに彼女に出会えたことを感謝する。これから、俺はそうやって、この日を迎えることになる、そう、確信できた。

「俺も、君の誕生日を祝いたいな。その日があるから、俺は君に出会えたんだぜ?」

「え? あ、わたし、誕生日ありませんよ? だってプレイヤーキャラだもん♪」

!–nextpage–>

Anniversaire cote; Angelique

今日は、とっても大切な日。

ねぇ、覚えてらっしゃいますか?

1年前の今日のこと。

貴方とわたしが初めて出逢った日のこと。

わたし?

忘れるわけないじゃないですか!

忘れられない……。

魂に焼きついているんですもの。

 

わたしの運命を変えた、あの日。

飛び込んできたのは、情熱的な緋色の髪。

心の奥底まで貫くような蒼氷色の瞳。

わたしは、あの瞬間に、貴方に恋していたんですもの。

知らなかったでしょう?

 

わたしは子どもだったから……。

貴方には相手にしてもらえないと思っていたの。

貴方は大人だから……。

わたしは女王候補の『お嬢ちゃん』だったから……。

でも……

貴方の寂しさに気づいたとき。

貴方の孤独を知ったとき。

全てを貴方に捧げたいって思ったの。

わたしの持ってる全て。

わたしのこれからの希望。夢。未来。

 

ううん、そうじゃない。

わたしが望んだの。

貴方の全てが欲しいって。

貴方の隣にいるのはわたしじゃなきゃいやだって。

 

わたしを受けてめてくださって有難う。

『仕方のないお嬢ちゃんだな』

貴方はそう言って笑ってくださった。

とっても優しい笑顔で。

あの笑顔はわたしだけの宝物。

 

ねぇ、オスカー様。

ずっと一緒に歩いていきましょうね。

2人で。

永遠に。

!–nextpage–>

Anniversaire cote; Oscar

今日は記念日だ。

覚えているか、1年前の、この日を。

俺は、忘れもしない。

俺の前に、舞い降りた金色の天使……。

 

俺は君に本当の愛を教えられた。

刹那的な、一夜限りの愛。

ただの欲情を愛と呼び変え、

孤独を紛らわしていた日々。

心の奥底に、ぽっかりとあいた、暗く深い穴。

孤独の深淵。

そこに差し込んだ、一筋の光。

俺の心に希望を齎した、暖かな光。

それが君だ。

 

今、ここに俺は誓おう。

永遠に君を愛そう。

永遠に君を守ろう。

愛している。

君をとこしえに。

さぁ……久遠の愛を共に生きよう。

 

俺のアンジェリーク……。

コメント