アンジェリーク

惜しからざりし

予兆

(なんだか、いやな予感がする……)

アンジェリークは窓から聖地の空を見上げた。自分はいつもどおりにサクリアを送っているというのに、聖地の空が有り得べからざる嵐模様となっていることが彼女に言いようもない不安を感じさせていた。先代の女王のサクリアが衰えを見せ始めたときも聖地の空はこのようになったと聞いている。だが、自分のサクリアは全く衰えの兆しなどない。女王になってまだ1年にも満たない。まだまだ衰えるはずはない。やはり、何か異変が起こる前触れなのか。

「ロザリア」

アンジェリークは親友でもある補佐官を呼んだ。

「なんだか嫌な予感がするの。王立研究院に何か変わったことはないかを調査させて」

 

 

 

ここは256代女王アンジェリーク・リモージュが治める宇宙。豊かに繁栄し、安定した世界。女王の許で民たちは平和を享受し、生活していた。1年前までは先代の女王のサクリアの衰えと旧宇宙の危機にあった。だが強大な力と優しさを持つ新女王の誕生によって、再び安定した世界となっている。恐らくどの宇宙よりも豊かに。

女王試験の間に、当時女王候補だったアンジェリークは生涯の伴侶となる自らの半身と出逢っていた。炎の守護聖オスカー。さまざまな苦悩を経て、2人は互いの心を伝えることが出来た。それには2人の親友たち、理解者たち――即ち、現女王補佐官ロザリアと守護聖たち――の協力もあった。心が結びついた2人は女王としての務めが終わるそのときまで、互いの立場に徹することを誓った。そして、オスカーの深い愛に支えられながら、アンジェリークはこれまで宇宙を導いてきたのである。

女王アンジェリークの許での新たな女王試験が終了したのは僅か2ヶ月前のこと。だがそれは彼女の後継者を定める為の試験ではなく、かつての宇宙のあった虚無の空間に誕生した新宇宙の女王を定める為の試験だった。そして試験の結果アンジェリーク・コレットが女王となり、彼女は1ヶ月前に補佐官レイチェル・ハートと共に自分の統治すべき宇宙へと旅立っていった。賑やかな女王試験も終了し、聖地は漸く穏やかさを取り戻したところだった。

しかし、聖地に、いや、アンジェリーク女王の宇宙に危機は忍び寄っていたのである。

アンジェリーク・リモージュ女王にいたるまでに255人の女王の治めてきたこの宇宙とは別の宇宙――皇帝ライギウスを始祖とする宇宙――の反逆者、レヴィアス・ラグナ・アルヴィースが女王の宇宙の侵略を始めたのである。

 

 

 

王立研究院の調査からは何も判明しなかった。ただ何らかの異変が起こりつつあるということ以外は。そして、守護聖たちは女王謁見の間に召集されたのである。

一度に全員が女王謁見の間に召集されるのは、前回の女王試験の発表以来だった。いったい何が起こるのかと守護聖たちの表情は心持緊張していた。

「今日は守護聖の皆さんにお話があります。……それでは、陛下」

ロザリアがアンジェリークを促す。

「ええ。あの……確定的なことは言えないのだけれど、何だか宇宙に大変なことが起こっているような気がするの。今までの歴史からは考えられないような、恐ろしい出来事が……」

アンジェリークは慎重に言葉を選びながら言った。漠然とした不安。だが、女王のサクリアが頻りに警告を発している。

「陛下が異変を感じていらっしゃるのはこの宇宙の辺境……『旧き城跡の惑星』と思われます。今日この場にお集まりいただいたのは、皆さんに偵察をお願いする為ですの」

「……! 守護聖を直接、調査に向かわせると? それはつまり……」

「専門の研究機関である王立研究院でも対応しきれぬほどの問題ということか……」

ロザリアの言葉にジュリアスが言葉を詰まらせ、クラヴィスが深い嘆息と共に呟く。

本来であれば聖地から出ることのない守護聖を派遣する。現女王になってからは初めてのことである。先代の女王の治世末期に二度、守護聖たちが聖地を出たことがある。女王の力の衰えに呼応するかのように起こった二度の危機――滅びの波動事件とソリテア事件――の際、惑星アクアノールと惑星シャガに守護聖たちが赴いたのである。それは聖地の、いや、宇宙の存亡に関わる危機だった。

そして今、女王は再び守護聖を派遣しようとしている。つまり、それは宇宙の存亡に関わるほどの危機を女王は感じ取っていることに他ならない。

「『旧き城跡の惑星』ってどこにあるんですか?」とランディ。

「主星から遠く離れた、宇宙の辺境ともいえる場所ですよ、ランディ」とリュミエール。

「そんな僻地の問題が主星に影響するとは、ちょっと考えられないがな」とオスカー。

「でも、確かに今日に聖地はいつもと違うよ。空が真っ暗で、嵐の前みたいな感じ……」

感覚の鋭敏なマルセルが不安を隠さずに言う。

「嵐だぁ? んなもん、聖地で起こるワケねーだろ」とゼフェル。

「だからこそ、陛下は異変を感じてるんじゃないの? ねっ、ルヴァ」

オリヴィエがいつもと変わらぬ調子で言う。

「あー、そうですねー。元々聖地というのは、女王陛下のお力によって護られた場所であって……」

と、ルヴァはいつもののんびりとした口調で講義モードに入ろうとする。それをゼフェルが遮った。一旦講義になってしまえば、ルヴァの話はやたらと長いのだ。

「判った、判った。あとでゆーっくり聞いてやるよ」

守護聖たちの会話を聞きながら、アンジェリークは安心していた。彼らはいつもと変わらない。ジュリアスが初めにこそ多少の動揺は示したが、最初の衝撃が去ってしまえば、あとはいつもの彼らだった。

守護聖たちが取り乱さなかったのは、異変が起こっているのが主星から遠く離れた辺境の惑星であることからでもあった。そして、最大の理由は女王のサクリアが安定していることを知っているからだった。先の二度の危機とは違う。女王の力は揺るぎないものであり、多少の異変が起こっていても、この女王の許であれば必ず乗り切ることが出来るという自信、そして女王への信頼からだった。

「……で、ロザリア。その偵察には、誰が行くことになってんだよ」

「まだ決めていませんわ。各自現在の状況を考えて志願していただきたいの」

ロザリアはそう行って守護聖たちを見渡す。サクリアを送るには聖地にいる必要がある。強く求められているサクリアを司る守護聖は聖地を離れるわけにはいかない。かといって頭ごなしに命じるのはこれまでのアンジェリーク女王の方針に反する。

「本来なら俺が行くべきなんだろうが……あいにく炎の力が強く求められている時期だ。聖地を離れるわけにはいかないな」

オスカーが呟く。元々が軍人である彼は危険を伴う任務には最適な人物であり、本人もそれを忌避したことはない。だが、本当に聖地に危機が迫っているというのであれば、尚更聖地を離れるわけにはいかない。愛するアンジェリークを護る為にも。それは、2人の仲を認めている者たちも、口に出さずとも判っていることだった。

「あのー、わたしが行ってきましょうか? 今はそれほど地の力は必要とされていませんし」

一番不適任ではないかと思われるルヴァが名乗りをあげる。

「それなら、わたくしも参ります。水の力も暫く必要にならないはずですから」

リュミエールが名乗りをあげたところで、堪らないと言ったようにゼフェルが口を挟んだ。

「バッカ。相当ヤバイ状況かもしれないんだぜ? あんたらに対応できるワケねーだろ」

「ゼフェル。先ほどから口が過ぎるぞ。陛下の御前であることを忘れぬように」

ゼフェルが2人に反対してくれたことをありがたく思いながらも、ジュリアスはゼフェルを叱った。いっそのこと自分が行こうかとも思った。だが、守護聖の首座である自分は今後の対応の為にも聖地を離れるわけにはいかない。

「いいのよ、ジュリアス。……でも、困ったわ。どうしたらいいのかしら……」

アンジェリークはわざとらしく言いながら、ちらりと意味ありげにゼフェルを見た。

「しゃーねぇ、オレが行ってやるよ」

本当は名乗りを挙げたくてうずうずしていたゼフェルが、アンジェリークの視線を受けて言う。アンジェリークの視線を『OKよ』というサインとして理解したからだ。最初から自分が行くと言えば、きっと年少であることを理由に反対されていたであろうが、他の者が行けないのだから、誰も反対は出来ないはずだ。

「ゼフェル!?」

大丈夫なの? という疑問と驚きを含んでマルセルが声をあげる。

「いいんだよ! その……2回目の女王試験も終わっちまって、退屈してたしな」

「そうしてくれると嬉しいわ!」

反対が出ないうちにアンジェリークが決定を下す。

「……でも、1人では危険かもしれないわね。ランディ、貴方にも同行をお願いするわ」

にっこりと微笑んで、アンジェリークはランディに依頼する。

「ええっ、俺ですか?」

アンジェリークの急な指名にランディは驚く。しかも以前よりはましになったとはいえ、まだまだ『喧嘩友達』と漸く呼べるかという程度の仲のゼフェルに同行しろというのだ。

「なんだよ、その不満そーなツラは。『女王陛下の命令』には逆らわないんじゃなかったのかよ」

ゼフェルだってこの指名には不満があったが、先にそれを示されてしまうとむかつくのである。

「ぐっ……」

痛い所を突かれてランディは絶句する。それを見てゼフェルは満足そうに鼻で笑った。そんな2人のやり取りをはらはらしながら見守っていたマルセルが口を開く。

「あの、陛下。ゼフェルとランディじゃ喧嘩ばっかになってしまうんじゃないかって、その、僕……」

その危惧は、勿論全ての守護聖が抱いたことではあった。

「だーいじょうぶだって。そんなの、陛下だってちゃんと考えてるよ。……だよね、陛下?」

オリヴィエが楽観的に言う。深刻なときにこそ、彼はわざと楽観的に振るまい、他者の心に風穴をあけ、美しい未来の可能性を示す。とかく物事を深刻に捉えすぎ悲観的になってしまう守護聖たちにとっては、彼は貴重な存在であった。

「勿論よ。……だから引き受けてくれるわね、2人とも?」

年長組はもとより、中堅の3人も既に自分で先を見通し、予測を立て判断し動くことが出来る。誰の指示がなくともだ。だが、年少組はまだそういった行動は出来ていない。年少組とそれ以外の6人の執務能力の差はかなり開いている。年長組はともかく、中堅組と年少組の守護聖歴は精々1、2年程度の違いでしかないにもかかわらず。このことを、アンジェリークもロザリアも危惧していた。だからこそ、今回の任務には年少組をあてることに決めていたのだ。

「……承知しました」

不承不承ランディが頷く。女王の命令は絶対だし、責任重大な任務を任せられたことは嬉しかったから。

「ったく、足手まといになるんじゃね-ぜ!」

「……っ、お互いさまだろっ!」

ここが謁見の間でなければそのまま取っ組み合いに突入しそうな2人を見て、アンジェリークとロザリアは(しょうがない人たちね……)とでもいうように顔を見合わせる。

「……陛下からのお話はここまでです」

「わたしの思い過ごしならいいのだけれど……確り見てきてちょうだいね、2人とも」

口調は優しく、柔らかな微笑みを浮かべての言葉だった。だが、その瞳の中には深刻な、真剣な光があった。それを見た守護聖たちは改めて事の重大さを確認したのである。

 

 

 

ロザリアが『星の小道』を通って『旧き城跡の惑星』に向かう2人を見送っている頃、聖地に残留する守護聖たちは、今後の対応について話し合っていた。

「とにかく、オスカーは常に陛下の傍にいるべきだよ」

「そうですね、何が起こるか判りませんし……」

「うむ。そうそう聖地が脅かされることはないと思うが……」

「ええ~。でも用心に越したことはありませんしね~」

「オスカーが傍にいることで、陛下のお力もより安定しよう……」

「はっ。命に代えましても、陛下をお守り申し上げます」

緊急の事態を想定しての確認だったが、まさかそれほど深刻な事態にはなるまいと彼らは思っていたのである。

だが……

 

 

 

「まぁ、陛下、まだおやすみではありませんでしたの?」

1日の執務を終え、アンジェリークを寝室へを追い立ててから1時間は経っている。それなのにアンジェリークは回廊に佇み、暗灰色の夜空を見上げていた。いつもは澄み切った、晴れ渡った夜空が広がっているのに……。

「眠れないの……」

女王のサクリアがしきりに警告を発している。強大な、そして邪悪な力を感じる。

「アンジェリーク……。取り敢えず、寝室へ戻りましょう。夜風は……特にこんな夜の風は体に良くないわ」

女王のサクリアがそれほどまでに警告を発しているのかとロザリアは改めて感じた。自分にはそれほどの危機は感じられない。(なんだか、いつもより嫌な感じね)という程度でしかない。しかし、それほどの危機が迫っているのであれば、尚のことアンジェリークの状態に気を配らなければならない。女王のサクリアの安定こそが宇宙を守るのだから。

自分の為すべきことを知っているロザリアはまずはアンジェリークを私室に戻るように促した。

「ええ……」

寝室に戻ると、ロザリアは女官を呼んだ。

「炎の守護聖殿にこちらへ参るようにと。まだ宮殿にいたはずです。もしいなければ使いを出して」

ロザリアの意外な命令にアンジェリークが首をかしげる。

「ロザリア?」

「今、精神安定剤を頼みましたわ」

ロザリアはにっこり微笑んで言う。そして、補佐官ではなく親友の口調になって続けた。

「いいこと、アンジェリーク。あんたがそれだけ不安を感じてるってことは、かなりの危機が迫っているということよ。だとしたら、あんたには確りしてもらわなくてはならないわ。その為には確り休んで、精神を安定させておかなくてはね」

アンジェリークのサクリアは歴代女王の中でも強大で安定している。温かく優しさと愛に満ちたサクリアだ。勿論彼女自身の資質が優れていることもあるが、それを支えているのはオスカーの存在だ。そのことをロザリアは誰よりも(恐らく当人たちよりも)知っていた。

アンジェリークが何かを言おうと口を開きかけたとき、オスカーが現れた。

「補佐官殿、夜分に陛下の私室に呼ぶなんていったいどういうことだ?」

自分たちの決意――アンジェリークの在位中は、女王と守護聖の立場に徹する――を知っているはずのロザリアが何故? と、オスカーは不審そうな表情をしている。

「陛下が、不安でお休みになれないのです。貴方が傍にいてくだされば、陛下も少しは安心なさるでしょう?」

そう言いながら、アンジェリークをベッドに押し込む。

「では、陛下お休みなさいませ」

呆然としているアンジェリークとオスカーを無視して、ロザリアは優雅にそう告げる。

「オスカー、貴方が陛下に不埒な真似はなさらないと信じておりますわよ」

確りと釘は刺して、ロザリアが退出する。

その姿を呆然と見送っていたオスカーの耳に、アンジェリークのクスクスという笑いが聞こえた。

「陛下?」

「ごめんなさい、オスカー。不安で仕方なかったの」

柔らかな光を湛えた翠の瞳でオスカーを見つめながら、アンジェリークが言う。

「昼間の件で?」

「ええ。でも、ロザリアに叱られたわ。わたしが確りしてなくちゃいけないって。だからちゃんと眠りなさいって」

そういうアンジェリークの表情に不安がないことにオスカーは安堵する。

「わたしが眠るまで、手を握っていてくれる?」

「ああ……。だから安心して休むといい」

このときだけは恋人の表情になってオスカーは応えた。アンジェリークは安心したように目を瞑り、やがて眠りに落ちていった。

 

 

 

アンジェリークが翌朝目覚めると、オスカーが手を握ったままベッドに突っ伏して眠っていた。

(一晩中……ついていてくれたんだわ……)

アンジェリークの胸に温かさが広がる。

――この愛しい人を守りたい。どんな危機がやってきても負けられない……

アンジェリークの中に強い決意が生まれる。

「ああ……眠ってしまっていたのか」

アンジェリークの視線を感じたからか、オスカーが目を覚ます。そのまま握っていた手にキスを落とす。

「おはようございます、俺の女王陛下」

「おはよう、オスカー」

オスカーにアンジェリークも応える。

あたりまえの日常としてこの挨拶を繰り返す日の為にも、わたしは負けられない……。

しかし、そんなアンジェリークの決意を嘲笑うかのように、聖地の空は曇っていた。

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襲来

ランディとゼフェルを『旧き城跡の惑星』に派遣してから丸1日が経過した。だが、2人の少年守護聖からはまだ何の報告もない。何か判れば、必ず報告を入れることになっている。いや、判らなくても定時連絡は入れることになっている。それがないということは、連絡が入れられない状況に陥っているとしか考えられない。やはり、何らかの異常事態が起こっているのだということを、守護聖たちは認識せざるを得なかった。

その、彼らの不安を裏付けるかのように、聖地の空は有り得べからざる嵐となっていた。

 

 

 

アンジェリークは1日の執務を終え、自室でロザリアと寛いでいた。

派遣した2人の守護聖から何の連絡もないこと、そしてこの嵐。今後に対する不安材料は多い。だが、アンジェリークは落ち着いていた。

どんなことがあってもこの世界を、宇宙を守ってみせる。その決意がアンジェリークを強くしていた。

愛する人を、愛する世界を守る。その為にならいくらでも強くなれることをアンジェリークは知っていた。オスカーを想うだけでサクリアが強くなり、そして安定することを感じていたから。

(……!)

背筋に悪寒が走る。アンジェリークは窓辺に寄ると、暗く荒れ狂う空を見上げた。

「どうしたのかしら……なんだか嫌な予感がする」

ここは自分のサクリアによって護られている聖地だ。なのに、禍々しい何かがここへやって来ようとしている。

「陛下? ……わたくしには判りませんけど……」

自分のサクリアは何も感じていない。けれどアンジェリークは何かを感じているのか。

「ロザリア、逃げて!」

親友が叫ぶ。

「な、何よ、突然」

ロザリアはそう言った瞬間、やはり禍々しい何かを感じた。

「……なんなの……凄く邪悪な気配を感じる……」

窓の外に……空中に1つの人影が浮かんでいた。強大な負の力を持った人影……。

「ロザリア、次元回廊からコレットの所へ行って。そして伝えて。……聖地の……この宇宙の危機を」

アンジェリークは女王の顔で、ロザリアに命じる。だが、ロザリアとすれば頷ける命令ではない。

「で、でも……」

「さぁ、早く西の塔へ行って! わたしは……わたしは東の塔へ行くわ」

アンジェリークの表情にロザリアは逆らうことが出来ない。

「アンジェリーク。……判ったわ」

すぐに戻るわ。東の塔で再会しましょう……そう心の中で告げると、ロザリアは西の塔へと向かった。そのとき、アンジェリークに敵の手が伸びぬよう、女王の私室の周囲にシールドを張って。

 

 

 

一方、異変を察知したオスカーはすぐにアンジェリークの許へと向かった。が、女王の私室の周囲には既にロザリアによって防御壁が張られていた。このシールドはサクリアを持たない者を撥ね付ける。つまり、女王の身は護られている。

オスカーは踵を返すとジュリアスの許へ向かった。対処を決める為に。アンジェリークの身は、あの誇り高い親友によって護られていると確信したからであった。だが、オスカーは数刻の後、この判断を悔やむことになる。

 

 

 

「異常事態発生、だな」

執務室へ駆け込んできたオスカーを見て、ジュリアスは言った。

「やはり気付いておいででしたか」

オスカーが答える。しかし、その事態の深刻さに反して、2人は落ち着いている。女王のサクリアが安定している。アンジェリークの身に危険は及んでいない、そう確信していたからであった。

「陛下は?」

「補佐官殿がシールドを張り、お守りしております」

ロザリアがいれば、何の心配も要らない。彼女は女王の最高のパートナーなのだ。そして、どんなことをしても親友を守り抜くはずだ。そういった信頼があった。だから、女王の護衛を彼女に任せ、守護聖たちはこの禍々しさの元凶に対処すべく行動を起こそうとしていた。彼らは、ロザリアが女王の命により聖地を出ていることを知らない……。

「では、参るかオスカー」

ジュリアスが長剣を手にオスカーに声を掛けたそのとき、扉が破られ、荒々しく数人の男たちが部屋へ乱入した。

「聖地は陥ちた。ご同行願う。なお、女王は我らの手にあるものと了解せよ」

「なっ……」

――ジョオウハワレラノテニ……

その言葉に2人の守護聖は立ち尽くす。そんな馬鹿な。女王のサクリアはいつもの変わらず、優しさを温かさを持ってこの地を包んでいるではないか……。だが……

「聖地の安定がこうも早く破られるとは……敵はいったいどれほどの力を……?」

ジュリアスが呟いた。

 

 

 

聖地に残っていた7人の守護聖は全て捕われた。女王の命を楯に取られては従わざるを得なかった。だが。それでもなお、彼らは女王がまだ敵の手には陥ちていないと信じていた。敵の兵士たちの慌しい動きからそれを信じていた。

だが、信じてはいても不安は募る。

(アンジェリーク……!)

何故、傍を離れたんだ! 俺が護ると誓ったのに……!

オスカーが唇を噛む。必ず救い出す。必ず……!

だが、今は無理だった。武器もなく、敵の力も判らない。いや、今はまだ太刀打ち出来ないほどの強大な力を持っていることしか判っていない。

(待っていてくれ、アンジェリーク……!)

 

 

 

アンジェリークの命令に従って、ロザリアは新宇宙に来ていた。異次元を繋いでいる次元回廊を通過することは少なからずロザリアの体に負担をかけている。だが休んでなどいられない。早くコレットに援助を求め、アンジェリークの許へ戻らなくてはならない。

新宇宙の聖地はまだ何もない所だった。宮殿の周りには可憐な花が咲いているが、それだけだった。まだ、この宇宙には何の生命も生まれていない。宮殿の周りに咲いている花は、アンジェリークの宇宙から移植されたものだ。心許ない女王候補たちへの励ましとして贈られた花だったが、この宇宙へ生命を誕生させる為の媒体でもあったのだ。だが、まだその役目は果たせていないようだった。

(この様子ではまだまだ時間はかかるわね。ならば、コレットに時間は十分にあるはず)

ロザリアは助けを求める為、宮殿の中をコレットを探し、常の彼女からは考えられぬほど慌しく駆け回った。

 

 

 

漸く探し当てたコレットとレイチェルに、ロザリアは再会の挨拶もそこそこに状況を説明した。

「……というわけなの。ゼフェルとランディが捕らえられたところまでは判ったのだけれど、それ以上は無理だったわ」

ロザリアが告げた事実にコレットもレイチェルも愕然とする。女王と補佐官となってから、2人は改めて女王アンジェリークとロザリアの真の力を知ったのだ。9人の守護聖がいるとはいえ、あの生命力に満ち溢れ躍動する宇宙を安定させる為にどれほどの力が必要なのか……それを女王はなんでもないことのように行っているのだ。それだけ、女王の力は強大で安定していた。その女王が治める聖地に危機が訪れているとは……。

「そんな……何が起こったかも判らないのに、わたしが行ったって意味がないんじゃ……」

不安をそんな言葉で表現する。

「そんなことないわ。陛下は『旧き城跡の惑星がおかしい』とおっしゃったの。そしてあの惑星に偵察を出した直後、聖地に異変が起きた。……鍵は『旧き城跡の惑星』にあると思うのよ」

ロザリアは必死である。異変の起こっている宇宙を支える為にアンジェリークは聖地を離れられない。敵の支配下におかれた聖地の中にいる彼女を護る為にもロザリアの聖地に戻らなくてはならない。だとすれば守護聖たちと共に戦うことが出来るのはもう1人の女王であるコレットしかいないのだ(ロザリアはまだ守護聖たちが捕われていることを知らなかった)。

正直なところコレットでは心許ない気がする。だが、アンジェリークと自分が聖地を離れることが出来ないのだから、何としても彼女にってもらわねばならない。

「お願い、アンジェリーク。陛下は貴女なら出来ると思ったからこそ、わたくしを次元回廊に行かせたと思うの。自分の身を危険に晒してまで」

「ロザリア様……」

ロザリアと同じ立場にあるレイチェルは、共感を覚えていた。女王とロザリアはコレットと自分のように深い友情で結ばれている。いや、共に瀕死の状態にあった宇宙を救った同志だ。もっと深く繋がっているのだろう。

「ねぇ、アンジェリーク。やっぱりここは行くしかないよ」

レイチェルが援護射撃をする。自分が同じ立場だったら、ロザリアと同じように必死に懇願するだろうから。

「え……だって、この宇宙を放り出したりしたら……」

「やだなぁ、ワタシがどんだけ有能か忘れちゃったの? 大丈夫。留守はバッチリ守ってあげるって。それにぃ、アナタが行かなかったらどうなると思う? ワタシたちの大好きなあの宇宙が、変わっちゃうかもしれないんだよ。そんなのヤじゃん。だから、頑張ってきてよ。ね?」

親友にそこまで言われて漸くコレットも決意が固まったようだった。

 

 

 

ロザリアはコレットを伴って再び次元回廊を渡った。出口では元精神の教官ヴィクトールが待っていた。彼も聖地の異変を察知し、女王救出の為にこの地へ来ていたのだ。

コレットをヴィクトールに託し教官や協力者に助力を頼むように告げると、ロザリアはアンジェリークと合流すべく東の塔へと向かっていった。

(アンジェリーク……無事でいて……)

敵に見つからぬよう警戒しながらロザリアは先を急ぐ。聖地を包む女王のサクリアに変わりはないから、アンジェリークが無事なことは判っている。けれど、それでも不安なのだ。

漸く東の塔に辿り着いたロザリアは、入り口のすぐ横に座り込んでいるアンジェリークを見つけた。

「アンジェ……! 良かった、無事だったのね」

アンジェリークは親友の顔を見るとホッとしたように、だが弱々しく微笑んだ。

「ロザリア……オスカーが……守護聖たちが捕らえられてしまったわ……」

聖地の静けさから予想はしていた。だが、それでもやはりショックは小さなものではなかった。けれど、衝撃を受けて落ち込んでいる暇はない。

「彼らなら大丈夫よ! 捕まったとしても、それに甘んじているような人たちではないわ。今はあんたの安全を確保して、宇宙を支えなきゃいけないんだから。確りしなさい、アンジェリーク!」

恋人のことを想って不安になっているアンジェリークに敢えて厳しいことをロザリアは言った。

「……そうね。彼らは大丈夫ね」

自分を納得させるようにアンジェリークは呟く。

「じゃあ、逃げ回りましょう。塔は貴女が来た時点で封印されてしまったの。出ることは出来ないわ。おまけに、モンスターまで放たれているし。それでも、わたしたちの世界を護る為に、戦わなくちゃ」

常の前向きな表情を取り戻して、アンジェリークは言った。

「それでこそあんたよ、アンジェリーク」

ロザリアがそれに応える。アンジェリークと共にいるのであれば、恐れるものなど何もなかった。

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監禁

アンジェリークとロザリアは旧瞑想の間を目指していた。

ここ東の塔は、今では殆ど使われることのない建物だったが、かつては女王や守護聖がサクリアを解放する際に使っていた所なのだ。

宮殿を主制御室メインコントロールルームとするならば、王立研究院が副制御室サブコン)、東の塔は緊急事態用の制御室といったところだった。だからこそ2人はその中心部である瞑想の間へ向かっていたのである。長い間使われていないとはいえ、緊急事態用であるからには日頃から整備はなされており、いつでも使用可能な状態となっている。瞑想の間の水盤さえ使えれば、十分にサクリアを送ることが出来る。

「アンジェリーク、来たわよ!」

ロザリアの緊張を孕んだ声。これまでも敵が塔内に放ったモンスターと遭遇しそうになったが、何とか逃げ切っていた。2人のサクリアが危険を察知し戦闘を回避することが出来ていたのだが、今回はどうやら避けられないようだ。

複数のモンスターが2人を囲む。2人は背中合わせに立ち互いの背後を守る。

「ロザリア、気をつけて!」

そう言いながらアンジェリークは精神を集中し、サクリアを魔法の力へと変えていく。

「烈火の嵐!」

炎の攻撃魔法が発動する。

「氷結の海!」

ロザリアが水の魔法で攻撃する。

次々と攻撃魔法を繰り出しながら2人はモンスターを倒していく。倒れたモンスターは白い煙を出しながら、人間へと姿を変えていく。

「どういうことなの、これは!」

立て続けの魔法詠唱で息を切らしたロザリアが疑問の声をあげる。倒れていた人間たちがふらふらと立ち上がるのを見て、ロザリアはアンジェリークを守る為に魔法を詠唱しようとする。

「待って、ロザリア! 彼らからは敵意を感じないわ!」

ふらふらと立ち上がるモンスターだったはずの人間たち――彼らは自分たちが置かれている状況が判らないようだった。

「あの……ここはいったいどこなのでしょう? わたしたちはいったい……?」

彼らの中で最年長らしい壮年の男が2人に訊ねる。

「ここは聖地の、東の塔の中ですわ」

尚もアンジェリークを背後に庇いながらロザリアが応える。途端に彼らは驚きざわめく。

「いったいどうして……わたしたちは辺境の惑星『旧き城跡の惑星』の住人なのです。確かにあの星にいたはずなのに、何故……」

先ほどの男が再び呟く。だがアンジェリークとロザリアは彼の口から零れた『旧き城跡の惑星』という言葉に反応した。そこはアンジェリークが異変を感知し、ランディとゼフェルの2人を派遣した惑星だ。

「貴方たちが今、意識を取り戻すまでのことを覚えてる限りでいいから聞かせてくださる?」

アンジェリークが全てを包み込むような優しい慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、村人に訊ねる。その慈母のような微笑みに村人は不安を忘れ、覚えている限りのことを答えた。

その日は領主の館で祝い事があり、惑星中の主だった者たちは館に招かれていた。また、領主の館がある深林の村では祭が催され、殆どの住人が、その村に集まっていた。そして、突然彼は現れたのだ。

彼のことを村人は『黒い影』と表現した。黒く、冥く、全てを飲み込む闇のようだったと。そして、事実彼らの意識は彼に飲み込まれてしまう。館にいた者たちはその姿のまま彼の奴隷となり、館の外にいた者たちはモンスターに姿を変えられ、ここへ連れて来られたらしい。

「いったいその『黒い影』は何者なのかしら……」

不安を含んだ声でロザリアが言う。これだけの人々を一瞬にして支配するほどの魔法の力を持っているなど……。この宇宙にそんな力を持ったものがいるとは思えなかった。

「判りません。が……『皇帝』と名乗っていました……」

彼の名を聞いた途端、意識を支配されたのだと言う。そして、戦わされていた中で暖かい金色の光に包み込まれ解放されたのだ。

 

 

 

「なるほど……。女王の力が我の呪縛を断ったというわけか」

そのときどこからか冷たい、刃のような声がした。

闇が揺らぐ。何もないはずの空間から男が現れた。

闇を溶かしたような黒髪、そして冷たく鋭い、何の感情も映していない金銀妖瞳ヘテロクロミア

その威圧に圧されたように村人たちは後ずさる。

「彼らを解放して」

村人たちを守るようにアンジェリークは一歩踏み出すと、『皇帝』に向かって言った。

「貴方も皇帝を名乗るのなら、何の罪もないわたしの民を傷つけないで」

女王としての威厳を漂わせ、アンジェリークは皇帝を見つめる。

「女王と補佐官、そして守護聖を捕らえているのだから、貴方はこの宇宙を制したのと同じでしょう。罪もない民を苦しめないで!」

強い意思を込めた翠の瞳が、真っ直ぐに――少しも怯えをみせることも、臆することもなく――金と緑の眼を見つめる。

「くっ……くっくっくっ……」

そんなアンジェリークの様子に皇帝は笑いを漏らす。

「なかなか気の強い女王だ。良かろう。お前に敬意を表して、お前たちが解き放ったものたちの身柄は解放してやろう。ついでにこれ以上の魔物は作らないでおいてやる。それでどうだ、聖なる翼の女王よ」

揶揄いを含んだ口調で皇帝は言う。それからその言葉を証明するように、村人たちを空間転送する。

「結構よ。ついでに貴方がこの宇宙から出て行ってくれれば尚良いのだけれど。それは無理でしょうから、力尽くででも追い出すわ」

気負った様子もなくアンジェリークは皇帝に宣言する。

「捕われの身でそれが可能か、女王よ? お前を守る守護聖たちとて我の手の内だぞ?」

そんなアンジェリークの態度に興をそそられたように皇帝が言う。

「可能よ。彼らがいつまでも捕われたままだとわ思わないことね。彼らは必ずわたしを、この宇宙を救うわ」

この状況下にあってもアンジェリークの言葉は自信に満ちていた。

コレットに救いを求めた。だが、コレットを頼っているのではない。彼女はあくまでも自分の身に何かが起こったときの為に呼び寄せたのだ。自分の――女王のサクリアを継ぐ者として。

きっと守護聖たちが、オスカーが救い出してくれる。だから、それまで自分はこの宇宙を守る為にサクリアを注がなければならない。皇帝の侵攻によって宇宙に出ている『歪み』を修正しなければならない。だからこそ、危険を犯してまで、聖地に残っているのだから。

「面白い女だな」

皇帝はそう呟くとアンジェリークの腕を掴んだ。片手で彼女の顎を捕らえ、そのままくちづける。アンジェリークが避ける間も、ロザリアが妨害する間もなかった。

皇帝は、アンジェリークの存在を冒すかのように、彼女の口腔を侵した。あまりのことにアンジェリークが硬直している間に、たっぷりと愉しみ、彼女を味わう。

「我が名はレヴィアス・ラグナ・アルヴィース。『正統なる者』。覚えておくがいい、女王アンジェリークよ」

レヴィアスはそう告げると高らかな笑いを残して消えていった。

 

 

 

哄笑の残響が消えてしまうと、アンジェリークは力が抜けたように座り込んだ。

「アンジェリーク! 大丈夫!?」

為すすべもなく立ち尽くしていたロザリアが慌ててアンジェリークに駆け寄る。

「……ええ……わたしは大丈夫よ……」

気丈にもそう言いながらアンジェリークはロザリアに答える。だが、体は小刻みに震えている。皇帝の前では虚勢を張っていた。幸いレヴィアスはそれには気付かなかったようだったが……。あまりにも強大な、レヴィアスの負の力に逃げ出したくなるのを、女王としての矜持が辛うじて押さえ込んでいたのだ。

震えるアンジェリークの体をロザリアがそっと抱き寄せる。

「あんたのことはわたくしが守るわ。どんなことがあっても」

アンジェリークを守る為に、この愛しい天使の為に補佐官になったのだから。

「ありがとう、ロザリア……」

抱きしめてくれるロザリアの暖かさに、アンジェリークの震えも止まる。心が落ち着き、サクリアも安定する。

「あの皇帝と……コレットたちは戦うことになるのね。魔法の力だけではダメかもしれない……」

コレットに渡した『蒼のエリシア』には、魔法の力を目覚めさせる呪をかけておいた。だから、コレットと合流した時点で、守護聖たちも教官・協力者たちもそれぞれのサクリア属性に属する魔法が使えるようになる(一般人であるはずの教官・協力者たちも守護聖ほどではないがサクリアを有している。だからこそ、前回の試験の関係者として選ばれたのである)。だが、それだけでは、あの強大な魔力には太刀打ち出来ない。

「アンジェリーク……」

深刻そうなアンジェリークの表情を見て、ロザリアが心配そうに声を掛ける。

「……大丈夫よ、ロザリア。わたしたちの守護聖は負けはしないわ」

ロザリアを安心させるように、自分自身に言い聞かせるようにアンジェリークは言う。そして、まだ不安げなロザリアを見て、

「ねぇ、ロザリア? オスカーが戻ってきてわたしが彼と熱~いキスを交わしても赦してね。口直ししなきゃいけないから」

「……もう、あんたって子は……」

深刻になった自分の肩の力を抜かせる為の発言に、ロザリアは苦笑した。

「さ、早く瞑想の間に向かいましょう!」

アンジェリークはそう言って歩き出した。ロザリアにあることを告げぬまま。――レヴィアスのくちづけによってサクリアを微量だが奪われてしまったことを。

 

 

 

「くそ……!」

『暗き鉱脈の惑星』第7坑道。オスカーはそこに捕われていた。女王のサクリアが宇宙に満ちていることは判っている。アンジェリークの身に異変が起こっていないことも。だが、それでも彼は不安だった。

愛する彼女を守ると誓った。愛する彼女が治めるこの宇宙を守ると誓っていた。それなのに……。

〔落ち着くのだ、オスカー〕

同じ惑星に捕われているクラヴィスが思念波を送ってくる。

〔今は機を待て。機を得て脱出するのだ。その為にも、まずは心を落ち着かせるのだ〕

思念波と共に闇のサクリアが送られてくる。オスカーは徐々に落ち着きを取り戻す。

〔もう大丈夫ですよ、クラヴィス様。ありがとうございます〕

クラヴィスに礼を返すと、オスカーはひとまず眠りにつくことにした。闇のサクリアの影響もあったが、軍人である彼は『休めるときに休み、いざというときの体力を蓄えておく』ということを知っていたから。

(待っていてくれ、アンジェリーク。必ず救い出すから……!)

 

 

 

その頃、もう1つの宇宙の女王であるコレットは『白亜宮の惑星』で旅の剣士と出会っていた。銀の髪に緑の瞳をした、謎の剣士、アリオス。

コレットは宇宙を旅し、教官・協力者たちに助力を依頼する。

『白亜宮の惑星』でティムカとメル、『白き極光の惑星』でエルンストとチャーリー、そして『深き霧の惑星』でセイラン。

彼らの助力を得て、コレットは守護聖を救う為に次の惑星を目指す。そこには、当然のように仲間に加わっているアリオスの姿があった。

謎の剣士、アリオス――レヴィアス・ラグナ・アルヴィースの仮の姿が。

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救出

「もう! いったいどれだけの人をモンスターにしちゃったのよーーーーーっ!」

どっかーん、と派手に魔法をぶつけながらアンジェリークは叫んだ。皇帝レヴィアスが去った後、何とか気を取り直して最上階の瞑想の間を目指しているアンジェリークとロザリアである。

皇帝が魔獣化させた人々を戦いによって解放する。単なるモンスターではなく、元々は自分の宇宙の民だと思うと、それまでのように戦闘を回避することは出来ず、戦って解放してやらなければならない。

「アンジェリーク、そろそろいいわ!」

「OK、ロザリア! 人の心に巣食う暗黒より苦しむ民を解き放て! ――解放の祈り!」

アンジェリークが呪を唱えると、あたり一面に柔らかく暖かな光が満ち、魔獣化した人々を包み込む。光が収まると、人の姿に戻った彼らがいた。その直後に、彼らは空間転移させられる。

「どうやら皇帝は約束を守っているようね」

戦闘で乱れた髪を整えながらロザリアが言う。アンジェリークに対する態度は補佐官のものではなく、すっかり女王候補時代のもの――つまり親友としてのもの――に戻っている。

「そうね、仮にも皇帝を名乗っているのだから、それくらいは当然だわ」

魔獣化していた民たちが消えた方向を見つめ……いや、まるでそこにレヴィアスがいるかのように睨みながらアンジェリークは言う。

「あんた……強くなったわね」

そんなアンジェリークを見ながら、ロザリアは心からそう言った。女王候補時代にはこんな強さがあるとは思わなかった。魔力の強さではない。心の強さ。女王になった当初だって、こんな強さは想像できなかった。

「守りたいものがあるもの。だから、強くなれるのよ。そして……どんなときも支えてくれる人たちがいるから」

ロザリアの心を読んだかのようにアンジェリークが答える。守りたいもの。この宇宙全ての生きとし生けるものたち。愛する人。オスカー。支えてくれる人たち。自分を愛してくれる人たち、そして自分も愛している人たち。それはオスカーだけのことではなくて、守護聖たちと大切な親友。

(やはり、オスカーとの愛がこの子を強くしている)

愛する者からの影響を強く感じずにはいられないロザリアだった。

「さぁ、急ぎましょう、ロザリア。……って、もう、しつこい!」

先を急ごうと走り出した2人の前にオークファイターが現れる。

「負けるわけにはいかないのよ! コレットたちだって頑張ってるんだから!」

一刻も早く瞑想の間に辿り着かなくては。水盤から、自分の代わりに戦ってくれている彼らに魔法以上の力を与えなくては皇帝を倒すことは不可能だから。

レヴィアスと直接対峙して、彼の力が如何に強大なものであるかを感じた。だから彼らの能力――直接戦闘ならばオスカー、オリヴィエ、ヴィクトールの3人、魔術ならクラヴィス、メルといったあたりしか物の役には立ちそうにない――ではいくら守護聖とはいえ、レヴィアスを倒すことは不可能だろう。

(勝機を掴む為にも何とかしなきゃ……)

勝機が掴めなければ、彼らが敗北すれば、それはつまりこの宇宙の安定を支える九柱が失われるということ。すなわち宇宙の崩壊を意味する。

(オスカー……貴方のサクリアをわたしに……! 貴方の司る強さをわたしに頂戴。貴方を護る力を。わたしたちの宇宙を護る力を……!)

 

 

 

その頃、教官・協力者6名と再会し、更にはアリオスを加えたコレット一行は、『白き極光の惑星』の細雪の街にいた。守護聖たちがどこに捕われているか、それを割り出す為だった。メルがその感応力と占いの力によって大体のイメージを割り出し、詳細なデータを許に正確な位置をエルンストが割り出す。

そうして守護聖たちがどこに捕われているかが判明した。

『流れゆく砂の惑星』にジュリアスとルヴァ。

『騒がしき森の惑星』にリュミエールとオリヴィエ。

『暗き鉱脈の惑星』にクラヴィスとオスカー。

『旧き城跡の惑星』にランディ、マルセル、ゼフェル。

「まずは、どなたからお助けするべきなのかしら……」

コレットは判断に迷う。戦力になる守護聖から救いに行くべきか、それとも二手に分かれ2組ずつ救出するべきか。効率から言えば二手に分かれる策だが……。

だが、戦力分散は愚であるとヴィクトール、エルンストが反対し、セイラン、チャーリーもそれに倣う。

「じゃあ……やっぱり戦力になる人から……」

コレットはそう言おうとする。守護聖の中で最も戦闘能力を有するのは、聖地の警備責任者であり王立派遣軍の最高司令官でもある炎の守護聖だ。やはり彼のいる『暗き鉱脈の惑星』に向かうべきだろう。そう考えたコレットは不謹慎にも心がときめくのを感じていた。

炎の守護聖オスカー。彼はコレットにとって片恋の相手だったのである。尤も(公には伏せられているが)女王アンジェリークという何者にも換えることの出来ない最愛の恋人のいるオスカーは全く相手にはしておらず、コレットは振られるどころか告白すらさせてもらえない状況だったが。

「いや……オスカー様は後回しでもかまわんだろう」

コレットにとって思いがけないことを言ったのは、彼女と旅の初めから同行しているヴィクトールだった。

ヴィクトールによれば、出来るだけ効率よく動く為にも自力脱出が可能そうなメンバーは後回しにし、そうでなさそうなメンバーから救出すべきだというのだ。

確かにそのほうが効率はいい。オスカー、オリヴィエあたりの戦闘力は魅力だったが、ヴィクトール、アリオスの戦闘力で十分に補えるし、意外にチャーリー、エルンストも戦力になった。魔法はメルが凄まじいばかりのものを持っていたから、何も急いで戦力増強を図らずとも、守護聖の救出に問題はなかった。

「やっぱり初めは……マルセル様でしょうか」

自力脱出が不可能そうなメンバー……筆頭はルヴァ。それからマルセル、リュミエール。次いでクラヴィス、ジュリアス。オスカーは戦闘のプロだし、オリヴィエもほぼ同様。ゼフェルとランディも大人しく捕まって助けを待つタイプではない。

その中で、マルセルが監禁されている場所がポイントだった。女王アンジェリークが怪しんでいた『旧き城跡の惑星』に捕われているのだ。

「そうですね、マルセル様をお助けするのと同時に偵察も出来ますし、1ヶ所に3人も固まっていますから」

効率がいいです、とエルンストが続ける。

「じゃあ、『旧き城跡の惑星』に向かいましょう!」

 

 

 

〔だいぶ冷静さを取り戻したようだな〕

頭にクラヴィスの声が響く。初めは違和感を感じていた会話にも、徐々にオスカーは慣れていた。捕らえられてからずっと脱出方法について打ち合わせていたのだから、それも当然のことだった。クラヴィスが水晶球を使い坑道内部の構造を調べ、オスカーが(地面に図を描きつつ)その構造を頭に入れる。

〔俺の頭に血が上っていても、事態は改善されませんからね。アンジェリークをこの腕の中に取り戻す為にも、今は冷静にならなければ〕

これまでクラヴィスとはそれほど話をしたことはなかった。自分とアンジェリークの為に一肌脱いでくれたとき以来のことだ。

〔――というところだ〕

クラヴィスが内部を伝え終え、オスカーの目の前の地面には坑道の構造図が描かれている。

〔では、クラヴィス様。まずは俺が脱出してお助けに参りますから、貴方は無理はせずに待っていてくださいよ〕

目ではクラヴィスの囚われている場所までのルートを追いながらオスカーが伝える。それに対し、クラヴィスのいつもと変わらぬ『フッ』という自嘲とも冷笑とも取れる笑いが聞こえ、

〔それでは些か情けないな。せめて牢をでるくらいは自力で何とかしておこう〕

と、珍しく前向きな姿勢を見せる。

クラヴィスとて守護聖なのだ。圧しつけられた運命から逃れられぬことは判っているし、逃げ出すつもりもない。確かに厭世的な性質だし、必要最低限のことしかせず、ジュリアスからは『職務怠慢!』と叱責を受けつづけているクラヴィスだ。だが危機の中でそれでも宇宙を護ろうと全てを包み込むかのような暖かく優しい女王のサクリアを感じるたび、クラヴィスも彼にしてはかなり前向きになっているのだ。

〔今の宇宙の状況では貴方のサクリアが一番必要なはずだ。聖地に戻ってアンジェリークをたすけ、そしてたすける為にも、力は温存しておいてくださいよ〕

そう言うとオスカーは心話を終了する。

前向きなクラヴィスにも、長いこと2人で会話していれば慣れる。――ジュリアス様がこんなクラヴィス様をご覧になったらどんな表情をなさるだろう? そう考えると笑いが自然にもれる。

(笑うだけの余裕も出来たようだな)

自分の精神状態を冷静に分析する。そしてGOサインを出す。

「おい、看守。いいことを教えてやろうか?」

見張りの2人に向かい、オスカーは不敵な笑いを浮かべて言った。

 

 

 

『旧き城跡の惑星』深林の村・領主の館。ここには3人の守護聖が囚われていた。地下にランディとゼフェル。館内部にマルセル。

女王アンジェリークが異変を感知した惑星であるだけに、コレットたちも非常に緊張して惑星を訪れたのだが、拍子抜けをせずにはいられなかった。惑星には誰1人として住人が存在しなかったのである。いたのは囚われていた3人の守護聖とその見張りだけだった。これでは情報も集めようがない。捕らえられていた守護聖たちは勿論、見張り役の男たちも何も知らなかったのである。

結局何の情報も得られぬまま、一行は次の守護聖――ジュリアスとルヴァ――を救出する為に『流れゆく砂の惑星』へ向かったのである。

 

 

 

見張りの2人に対してオスカーは不敵な笑いを浮かべ、言った。『いいことを教えてやろうか』と。勿論ここから脱出する為の手段であった。が、教えたことといえば如何にも主星一のプレイボーイといわれたオスカーらしいことだった。つまり女性の口説き方。

見張りが2人とも青年だったことも幸いしたようだ。レヴィアスに洗脳されているとはいえ、やはり普通の青年としての意識も残っていたわけである。

(……ったく、何の話をしてるんだ、俺は。呆れないでくれよ、俺の天使。これも君の許へ行く為なんだから)

心の中でオスカーは呟く。何とか彼らに牢の鍵を開けさせねばならない。油断なく2人の隙と反応を窺いながら、それでも陽気に自信たっぷりと『女性に愛を伝える為の視線』だの『甘い愛の囁き』だの、これまで彼が培ってきたノウハウを伝授する。女性相手になら自分の魅力を余す所なく発揮して自分の思うが侭に虜にすることが出来たオスカーである。今は男が相手だが、その能力を最大限に発揮して自分の話に惹きこんでいく。

「そうそう、良い調子だぜ。そうやってじっと熱く見つめるんだ。目に全ての想いを映し出すんだ」

「こ……こうか……?」

余程それまで2人は女性に縁がなかったのか、期待以上に熱心な『生徒ぶり』にはオスカーも苦笑するしかない。

「で、次はどうするんだ?」

見張りの1人が意気込んで鼻息も荒く先を促す。

しかしオスカーはそれには即答しない。ここが正念場だった。

「教えてやりたいのは山々だが、格子越しじゃな。まぁ、これを教えればどんな好いオンナも望みのままだが……なくてもそこそこいい線は行くだろうから、気にするな」

勿体つけてオスカーが言う。だが『はい、そうですか』とは引っ込みがつかないところまで2人を追い込んでいる。だから案の定……。

「お前を出すことは出来んが……俺たちが入る分にはかまわんだろう」

と、なんの躊躇いもなく2人は牢の中に入ってきた。それがオスカーの狙いだった。

『シュゴセイ』とはいえ『ジョオウ』を楯に取られ武器も持っていない。丸っきりの丸腰の相手だ。こちらは武器も携帯しているし2人いるのだ。そんな油断もあったのだろう。何ら警戒することもなく、全く無防備としか言い様のない状態だった2人は、あっという間にオスカーに昏倒させられていた。

「この程度の奴を俺の見張りにつけるなんて……炎のオスカーが舐められたもんだぜ。だが、今回は好都合だったな」

オスカーは倒れている見張りから剣を奪う。いつもの家宝の長剣は捕らえられたときに奪われている。

「ま、こんなものでもないよりはましか」

そう1人ごちるとオスカーはクラヴィスの救出に向かった。

 

 

 

『流れゆく砂の惑星』流砂の砂漠

コレット一行は、ここでジュリアスとルヴァを救出した。

「あ~ところで、コレット。今現在の状況というのは、いったいどのような感じなんですか?」

「あの者……『皇帝』の力が強まっているのか?」

見張りを解放し終えると、ルヴァとジュリアスは早速コレットに尋ねる。

「はい……」

「そうか……やはり急がねばならぬようだな。ルヴァ、そなたも迅速に行動して、遅れをとらぬように心がけるのだ。敵に関して予備知識のない我々にとって、この戦いは不利なものとなるだろう。そのようなときに行動が遅れれば、敗北という恐ろしい結果を招きかねない」

聖地を襲った強大な黒い力。それを思うと一刻も早く女王たちを救出せねばならない。そんなジュリアスの焦りを和らげるかのようにルヴァが口を開く。

「あ~、勿論そのとおりだとは思いますけど……何もそこまで差し迫らなくてもいいんじゃないでしょうかねぇ。ほらこうしてコレットだって助けに来てくれたじゃないですか。正しい道を進んでいれば必ず光明を見出すことが出来るはずですよ。……今回みたいにね」

何よりも自分たちを包む女王のサクリアに変わりはないのだ。優しく暖かく愛に満ちている。だが、この宇宙を守護聖のサクリアなしの支えているアンジェリークの負担を思うと、確かに女王救出を急ぐに越したことはない。

「……全く、そなたの楽観的姿勢にはついていけぬな」

「ふふ、そうですか~?」

「まぁ、よい。ここで長話をしていても時間の無駄というものだ。ひとまず、次の行動の指針を立てるとしよう」

「そうですねー。では、取り敢えず……ここを離れることからはじめましょうか?」

相変わらずのんびりとしたルヴァ、謹厳を絵に描いたようなジュリアス。かつてと全く変わらぬ守護聖の様子にコレットたちは安堵する。やはり守護聖首座と軍師となるべきルヴァが無事合流できたことは心強いことだった。

残る守護聖は4人。オスカー、オリヴィエあたりはそろそろ自力脱出を果たしているかもしれない。そうすれば、きっと共に囚われているもう1人の救出に動いていることだろう。これからは一気に事が進みそうな感じだった。

コレット一行は装備を整えながら、『騒がしき森の惑星』へと向かったのである。

 

 

 

「……チッ、きりがないな」

牢を脱出し、クラヴィスの許へ向かうオスカーは殆どひっきりなしにモンスターに襲われていた。途中見張りから奪っておいた古びた長剣は2本とも壊れてしまった。流石に素手になってしまった状態でサーベルタイガーに遭遇したときにはかなり危険な状態に陥った。何とか倒し、鉄の長剣を得ることは出来たが、オスカーもかなりの深手を負っていた。

「……アンジェリーク……」

坑道の石壁に凭れ、愛しい恋人の名前を呼ぶ。愛しい少女の姿が目蓋に浮かぶ。

「こんな所で倒れちまうわけにはいかないな。君をこの腕に抱きしめるまでは」

出血で薄れそうになる意識を言葉を発することで繋ぎとめる。こんな所で倒れてしまうわけにはいかないのだ。クラヴィスを救い出し、聖地に戻りアンジェリークを助け出し、皇帝を倒し、恋人が護る宇宙に平安を取り戻さなければ。恋人のことを想うたびに体に力が湧いてくる。

「待っててくれよ、アンジェリーク。……くれぐれも無茶はしないでくれよ。それだけが心配だ」

女王になって幾分大人しくなっているかに見えるアンジェリークだが本質に変わりはない。お転婆な恋人が何か仕出かすのではないかと思うと不安が湧いてくる。傍についているはずの補佐官も恋人以上に勝気な女性だ。大人しく助けを待っているだけとは考えにくい。

〔判ったわ……。大丈夫よ、無茶なことはしないから。貴方を待ってるわ、オスカー〕

不意に左耳に暖かな、柔らかく優しい声が届く。

「君か……アンジェリーク」

〔このペンダントとピアスが、貴方とわたしを繋いでくれたみたい……。怪我をしてるのね、オスカー……。待ってて……〕

ピアスを通してオスカーに力が送られてくる。アンジェリークの癒しの力だった。血が止まり、傷が塞がる。

〔これで大丈夫。貴方を待って、大人しく逃げ回るだけにしてるから……だから貴方も無理はしないでね。貴方がいるから……だからわたしは立っていられるんだから〕

「ああ。待っていてくれ。必ず俺が救いにいくから」

〔ええ……愛してるわ、オスカー。じゃあ、聖地で会いましょう〕

全ての想いを込めた声でアンジェリークが言う。その声は可愛らしくもあり、そして誇りに満ちたものでもあった。

「愛してる、俺のアンジェリーク。また、聖地で!」

神聖な誓いを立てるかのようにオスカーは言うと、クラヴィスを救う為に立ち上がった。

 

 

 

『騒がしき森の惑星』極彩色の森。

コレットたちが救出に向かったとき、リュミエールは美しい音楽で闇に囚われた人の心を解放しようとしており、オリヴィエは香水をブレンドした刺激臭を使って脱出を試みているところだった。その脱出方法の違いからの判るように2人は戦線参加に対する態度表明のそれぞれの個性にあったものだった。

「……宇宙を、女王陛下をお守りするのがわたくしたち守護聖の役目。争いが嫌いなどという、わたくし個人レベルで話をすることは出来ませんね。コレット、わたくしも、闘いの旅に参加させてください」

「さーってと。今度は他の仲間たちを探しに行くんでしょ? わたしも付き合うよ。イライラが溜まってて、パーっと発散したい気分なんだ。こうなったオリヴィエは怖いよ~。キャハハッ、なんてね。大丈夫、わたしはいつだって冷静だから。さ、行こうか」

そう言って合流した2人だったが、実はかなり怒り心頭に達していた。オリヴィエにとってアンジェリークは女王として以上に大切な妹のような、それでいて敬愛する少女だったし、リュミエールはその傍で女王を護っているロザリアの婚約者なのだ。そして、2人はオスカー救出を最後に回したというヴィクトール、エルンストの判断に感謝してもいたのである。自分達でさえこうなのだから、あの炎の守護聖はどうなのか。時間が冷静さを取り戻してくれていればいいが、そうでなければ、単身聖地へ向かいかねなかったから。

「あとは、クラヴィス様とオスカー様のお2人ですね」

彼らの囚われている『暗き鉱脈の惑星』に向かって、一行は出発した。

 

 

 

ペンダントを通してオスカーの無事を確かめられた。そのことにアンジェリークはホッとしていた。

「オスカーは大丈夫だった?」

ロザリアが心配そうに訊ねる。

「ええ……酷い怪我をしたみたいだったけど……もう大丈夫よ。ごめんね、ロザリア。個人的なことにサクリアを使っちゃったわ」

ぺろっと舌を出して、アンジェリークが言うとロザリアは苦笑する。

「オスカーが無事でいることは守護聖の役目云々以前に、あんたの精神安定の為にも必要なことでしょ。仕方ないわ。大目に見てあげてよ」

ロザリアの答えにアンジェリークは笑うと抱きついてくる。そんな親友を愛しく思いながら、ロザリアは怒ったようにアンジェリークを引き剥がす。

「瞑想の間に急がなきゃいけないんでしょ! 行くわよ」

「は~い、補佐官様♪」

照れ隠しのぶっきらぼうさに笑いながら、アンジェリークはロザリアと共に瞑想の間を目指して駆け出した。瞑想の間は目の前だった。

 

 

 

漸くクラヴィスの元に辿り着いたとき、既にクラヴィスは牢を出、見張りを解放した後だった。遠見の水晶で彼らの愛するものを映し出すことで、懐かしい記憶を呼び覚まし覚醒させたのだ。

助けが遅れたことを詫びるコレットにクラヴィスは微かに笑って応えた。

「……コレット、お前の勇気に感謝する。……ところで……宇宙は今、どのようなことになっているのだ」

そう問うたクラヴィスにコレットは今の状況を説明する。

「なるほど……早く手を打たねばならぬようだな。……わたしに出来ることは少ない。だが、それでもよいと言うのであれば……お前に力を貸そう」

そうクラヴィスが告げるのとほぼ同時にオスカーが駆けつける。

「オスカー様! ご無事で!」

「よう、新宇宙の女王陛下か。助けに来てくれてたのか」

コレットにそれだけ声をかけると、オスカーは守護聖たちと合流する。早速、聖地での行動を打ち合わせる為だ。

「これで全員揃いましたね。早速聖地に……」

オスカーの素っ気なさに感じた物足りなさを振り払うようにコレットが言う。

だが、オスカーたち守護聖は女王の声を感じ取っていた。

「陛下の身に何か起こったのかもしれない……。礼拝堂に集まれとおっしゃっていたな」

僅かながらオスカーの声に不安が混じる。だが、アンジェリークの声は落ち着いたものだったはず……。緊急事態だというほどではないにしても、何か異変は起こっているのだろう。

「行きましょう、主星へ!」

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凌辱

「待った、俺は行かないぜ」

主星スモルニィ女学院前までやって来て、アリオスは言った。守護聖たちが聞いた女王の声に従って、彼らは女王とコレットの母校であるスモルニィ女学院にやって来たのだ。そして礼拝堂へ向かおうとしたところで、アリオスのこの発言であった。

「アリオス……どうして?」

コレットが不安そうに言う。

「俺は礼拝堂なんかに興味はねぇんだ。女王陛下とやらの声を聞く気もねぇしな。ここからは別々に行動しようぜ」

そう言うとアリオスは、後から合流することだけを約して足早に去っていった。

コレットや教官たちが気遣わしげに、不安そうに後ろ姿を見つめていたが、鬱陶しいその視線をアリオスは完全に無視する。礼拝堂に興味がないのは事実だ。だが女王の声を聞く気がないというのは嘘だった。

アリオスは漠然とした不安を感じていたのだ。いや――アリオスではなく、レヴィアス・ラグナ・アルヴィースが。

(女王め、いったい何を考えている……?)

いったい全員を集めて何をしようというのか。東の塔は塔ごと封印し、脱出は不可能だ。強力な魔導の力で外界との連絡を不可能にしていたはずなのに、女王は守護聖たちに意志を伝えている。

(それだけ強大な力を持っているということか)

レヴィアスには焦りがあった。思うようにアンジェリークの力を奪うことが出来ないのだ。彼女を黒い霧で包み、そのたびに魔導のサクリアを吸収してはいる。だが、一向にアンジェリークの力は衰えない。ほんの気まぐれから、退屈凌ぎにかつての恋人の面影のあるコレットに同行していたが、作戦を変更したほうが良さそうだった。

(あの女王はなかなか侮りがたい……。ならば先にこいつらから片付けるか……)

そのほうが容易に思えた。まだ守護聖たちの力は未知のものだが、コレットや他のメンバーの力など高が知れている。レヴィアスの魔導を以ってすれば、彼女たちを消すことなど、赤子の手を捻るようなものだった。

だが、今は女王が何を考えているのかを確かめることが先だ。それにあの場にいては、女王に自分の存在を気付かれてしまう。女王は自分と直接に関わったことがあるだけに、コレットの傍に『皇帝』によく似た『気』があることに不審を抱くだろう。現段階ではそれはあまり好ましくないことだった。

「アンジェリーク・リモージュ……か。なかなか楽しませてくれる……」

厄介な存在ではあるが、興味を引かれる。ただの愛らしい少女にしか見えぬ彼女。だが、この豊かに繁栄し安定した世界を司る女王。臆することなく自分を真っ直ぐに見つめ、睨んだ意志の強そうな翡翠の瞳。

レヴィアスは自分でも自覚せぬまま、アンジェリークの存在に強く惹かれていたのである。

 

 

 

守護聖たちはコレットらと共に礼拝堂へ入っていた。

「よかった……皆無事に集まったのね」

女王の彫像を通して、アンジェリークの声が送られてくる。その安堵した柔らかな声に守護聖たちもホッとする。女王のサクリアを感じ取ってはいたから無事であることは信じていたが、やはりこうして女王の声を聞くまでは不安で堪らなかったのだ。それにこうしたメッセージを送ることが可能である以上、アンジェリークはまだ敵の手に完全に陥ちてはいないはず。

「ロザリアから細かいことは聞いたわ。ありがとう。皆さんには、心から……感謝……して……いる……の……」

だが、そんな守護聖たちの心に不安を芽吹かせるように、アンジェリークの声から力が失われていく。強大な魔導による障壁を越えてのメッセージなのだ。いくら安定した強大なサクリアの持ち主であっても、容易には行かないことだろう。それに守護聖たちはいまだ知らないことであったが、アンジェリークはたびたび微量ではあるもののサクリアを奪われていた。

「陛下! 陛下!? ……声が途切れがちだ。まさか、陛下の身に何か……。陛下!? 今、どちらにいらっしゃるのですか?」

不安そうにジュリアスが女王像に呼びかける。

「わたしは……塔の中にいるわ。心配……しないで。ロザリアも一緒よ。敵の目を、掻い潜って……貴方たちに言葉を送って……いるの。伝わって……よかった……」

アンジェリークが送ってくる言葉は途切れがちだった。声も徐々に力を失っている。障壁による妨害の為だけではなかった。

「そうか……ここって陛下が通ってた学校の礼拝堂だもんな。もしかすると、他の場所より心を伝えやすいのかもしれない」

と納得したかのようにランディが言う。

「そう考えると、わたくしたちをここに集めたのも納得できますね」

そう言いながらもリュミエールの声にはアンジェリークを心配する色が表れている。ロザリア、陛下を守って差し上げてください――心の中で婚約者に向かって呼びかける。

「ねぇ、陛下? わたしたちをここに呼んだワケを教えてもらえないかな」

オリヴィエが言う。通信の時間が長くなればそれだけアンジェリークに負担がかかるし、敵に発見される可能性も高くなる。だから先を促した。他にも聞きたいこと、言いたいことは多かったのだが……。

「貴方たち、それぞれの個性を生かした技……『特技』をあげる為よ。魔法の力だけでは、皇帝に勝てないと思うの。だから、新しい力……特技の力をあげたいのよ」

レヴィアスと直接に対峙したアンジェリークは彼の力が如何に強大なものかを知っている。そして彼は自分のサクリアをも吸収しているのだ。女王のサクリアには1つの特性がある。他者のサクリア(この場合ならば魔導の力)を増幅する働きをもっているのだ。だからこそ、魔法の力として、今また特技の力として守護聖たちのサクリアを分け与えている。そして皮肉にも同じ作用が奪い取られたサクリアによってレヴィアスにも起こっているはずなのだ。強大な皇帝の力は、女王のサクリアによってより強いものになってしまっている。

「皆……用意はいいわね? 今からわたしの力を貴方たちに送るわ。お願い……受け止めて!!」

礼拝堂に集まっている全員に女王のサクリアが注ぎ込まれる。それによりある者は攻撃魔法を、ある者は回復魔法を、またある者は補助魔法の力が増幅される。そして、守護聖たちには女王のメッセージも送られてくる……。

(貴方たちの身に何かあっては、宇宙は崩壊してしまう……。皇帝を倒すのは……わたしを救い出すのは……十分に力をつけてから……。わたしは大丈夫だから……だから決して焦らないで……。皇帝の力は恐ろしいほど強大だわ……)

自分に何かあっても自分のサクリアを受け継ぐことの出来る存在はいる。コレットとロザリアだ。だが、今守護聖たちの身に何かあっては、そのサクリアを受け継ぐ者はいない。だからこそのアンジェリークの言葉だった。だがそのことにより守護聖たちは逆に一刻も早く女王を救い出そうと決意する。

アンジェリークの言葉を受けたときも、サクリアを送られたときもオスカーは終始無言だった。じっとアンジェリークを感じる女王像を見つめていた。

(待っていてくれ、アンジェリーク。必ず助け出す。だからそれまで頑張るんだ。俺の炎の強さを送るから……!)

聖地は主星上に存在する。このまま駆けていきたい、アンジェリークの元へ。だが、アンジェリークがそれを望んではいないことが判ってしまった。今のままでは自分たちは皇帝に勝てないのだ。アンジェリークを救い出すことは出来ないのだ。愛しい恋人を救い出す為には、今は耐えるしかないのだ……。

 

 

 

東の塔・瞑想の間。

守護聖たちに特技の力を送ったアンジェリークはその場に膝をついた。

「これでもう……わたしは……逃げられ……ない……わ……。力を……使い果たしてしまったんだもの……。でもね……ロザリア……きっとあの子は来てくれるわ……。だから……それまで2人で……」

ロザリアに支えられ、肩で息をしながらアンジェリークが言う。まるで、そこにいる第三者に聞かせるかのように。

「下手な芝居はそこまでだ、女王よ」

「やはり……現れたわね、レヴィアス……」

きっ、と気丈に闇を睨みながらアンジェリークが言う。

闇の中からレヴィアスが現れる。スモルニィ女学院の前でコレットたちと別れ、ここにやってきた彼の存在をアンジェリークは感じ取っていたのだ。勿論、彼が『アリオス』としてコレットに同行していることまでは知らなかったが。

ロザリアは立ち上がると、アンジェリークを護るように2人の間に立ちはだかる。だが、レヴィアスはそんなロザリアなど目に入っていないかのようにアンジェリークに向かって言葉を継ぐ。

「お前から、魔導の力が失われていないことなど判っているのだぞ。やはり、幽閉しただけでは生ぬるいようだな……」

そう言うとレヴィアスはロザリアを魔導の力でアンジェリークから引き剥がし、アンジェリークをその腕の中に抱き込む。

「お前は我の直接の監視が必要なようだ……」

そうして、レヴィアスはアンジェリークを腕にしたまま、どこかへと姿を消したのである。

「陛下……アンジェリーク!!」

ロザリアの悲痛な叫びだけが、瞑想の間に響いていた……。

 

 

 

レヴィアスは空間転移を使って、『虚空の城』の自室に戻っていた。勿論アンジェリークを連れて。だが彼はアンジェリークが逃げられないように部屋に封印を施すと、どこかへ消えてしまった。

レヴィアスが消えたのは、アリオスに戻る為だった。そろそろ自分が放った魔物がコレットたちを襲う頃だ。それまでに戻って『仲間』となっておかないことには今後がやりにくくなる。

「さて……あの女王……どう料理してくれようか……」

気高い純白の翼を思うさま踏みにじってやろう。サクリアを奪い、そして、代わりに屈辱を与えてやろう。

レヴィアスの口元には、愉しげな笑みが浮かんでいた。

そして、アリオスに戻ったレヴィアスは、コレットと合流し、自分の放った魔物を倒す。そこで彼は正式に守護聖たちを紹介された。

「アリオス、今更ついでに、前から疑問に思ってたことを聞かせてくれ。その体つき、戦闘能力……どれをとっても、人より特出しているお前が、何故1人で旅をしている? そもそも、お前みたいな奴が王立派遣軍に籍をおいていないことからして、俺は納得がいかないんだ。その辺の事情を、詳しく聞かせてもらえるとありがたいんだか……」

コレット一行に同行するようになってから初めて面と向かって不信感を表明したのは炎の守護聖だった。その蒼氷色の眼はアリオスの正体を見抜こうとするかのように冷たく彼を直視する。

「オスカー。誰でも、多かれ少なかれ人に話せないことはあるものです。彼が協力してくれるというなら、それを信じましょう」

「ええ、そうですよ~。伊達や酔狂で、この旅に参加する人なんていません。貴方は責任感の強い方ですから、心配になるのも判りますけど……ね?」

オスカーに対しリュミエールとルヴァがアリオスを擁護する。

(お人よしのお節介め)

レヴィアスはそう思ったものの何も言わなかった。彼らの擁護は都合のいいものであったから。

「リュミエールとルヴァにやり込められちゃ、逆らえないな。……判ったよ。悪かったな、アリオス。今の話は水に流してくれ。……今後も仲良くしようぜ」

「ああ、こっちこそ」

関係修復の為に差し出された手を握りながらアリオスは言う。だが、そのときのオスカーの眼には先程と変わらぬ光があった。否、オスカーだけではなかった。程度の差はあれ、守護聖たちにその光は共通のものであった。

(炎、夢、そして闇の守護聖……奴らには気をつけるか……)

「どうやら、穏やかに話は終わったようですね。それではコレット、聖地へ向かい陛下をお助けしましょう」

リュミエールがコレットに言う。だが、コレットに向かう前にちらりとアリオスを見た視線は決して常の彼の温かなものではなかった。

(水の守護聖も侮れないか……)

守護聖たちに対する警戒を強めながら、それでも愉快げにレヴィアスは思うのだった。

 

 

 

聖地の宮殿へと赴いた一行だったが、宮殿の扉は封印され、堅く閉ざされていた。いったん町に戻った一行はルヴァの言に基づいて『封印の鍵』を探すことになった。

そしてその夜、一行は主星に宿を求めた。

 

 

 

オスカーは1人夜空を眺めていた。星々は美しく輝いている。アンジェリークの優しいサクリアが遍く宇宙を覆っている証だった。だが、僅かずつ、その輝きは失われている。

(同じ主星にいながら……アンジェリーク……君は遠い……。早く、君を抱きしめたい。この腕に中に取り戻したい……。無理はしていないか? 大丈夫か? 待っていてくれ……必ず救い出すから……)

「オスカー」

呼びかけられて振り向くとそこには頼もしい友人たちが立っていた。オリヴィエとリュミエールである。

「今から、ジュリアスんとこ行くんだ。あんたも、行かない?」

「陛下をお助けするまで時間がかかってしまいそうですから……わたくしたちの力を少しでも陛下に送ることは出来ぬかと、ご相談に行くのですよ」

同じことを考えていた。だが、自分が口にしてはどこまでが守護聖としての意見であり、どこからが恋人としての願いなのか、自分でも判らなかった。それゆえ言い出せなかったことだった。それを2人が代弁してくれた。

「陛下を……アンジェリークを支える力として……そうねぇ」

わざと彼女の名を呼ぶことで、オリヴィエはオスカーの迷いにけりをつけさせる。女王もアンジェリークも同じこと。誰もが女王を敬愛するのと同じくらい『アンジェリーク』を愛し、大切に思っているのだ。

「誇り、希望、強さ、安らぎ、癒し……そういったところでしょうか」

「ということは、ジュリアス、クラヴィス、リュミちゃんにわたし。そしてオスカー、あんただね」

「ああ……早速、ジュリアス様の所に行こう」

「って……あれ、アリオスじゃない?」

オリヴィエが不審そうに通りの向こうを指す。だが、2人が振り向いたときには既に姿が消えていた。

「何を考えてるか判んない男だよね、アリオスも」

「ああ……」

コレットと同行するようになった経緯いきさつは聞いている。だがそれでも、彼らはアリオスに対する不信感が拭えない。

「メルがあれだけ懐いているのですから、さほど心配する必要はないのかもしれませんが……やはり、気になりますね」

「教官たちは、奴を信頼しているからな……。だが、俺たちは違う。多分……サクリアが何らかの警告を発しているのだろうな」

「そうだね、皆、何か感じてるみたいだし。ま、わたしたちが気をつけてれば大丈夫でしょ。取り越し苦労だといいんだけどね。で、まず今は我らの可愛いアンジェちゃんの為に、ジュリアスの所にレッツゴー」

深刻になる一歩手前でオリヴィエが明るく言う。こういった気持ちを切り替え、雰囲気を変える手際のよさにオスカーは救われる思いだった。

(必ず、救い出せる。こいつらがいる限り)

オスカーは頼もしい親友たちと共にジュリアスの所へ向かった。

 

 

 

『旧き城跡の惑星』虚空の城

「やっぱり、ここもだめね……」

溜息をつき、アンジェリークは言った。皇帝に閉じ込められた部屋から何とか脱出できないものかとあちらこちらを調べまわったが、封印は完璧らしくどこにも脱出できる所はなかった。扉も窓も開くには開くのだが、そこから出ようとすると結界に押し戻されてしまうのだ。窓から爽やか風が入り込んでくるのが救いなのかどうか……。

「無駄だ、女王よ」

それまで姿を消していたレヴィアスが現れる。

「わたしを……どうするつもり? 殺すの?」

体が震えるのを抑え、気丈な声でアンジェリークは言う。

「殺しはせぬ。そんなことをしても面白くない。お前には我を愉しませてもらう」

静かな威圧感を持ってレヴィアスが近づいてくる。アンジェリークは恐ろしさを堪え、そんなレヴィアスを睨みつける。

「気丈なことだ、女王よ。だが。それもいつまで持つことやら……」

くっくっく……と喉で愉しそうな笑いを漏らし、レヴィアスはアンジェリークに手を伸ばす。アンジェリークの腕を掴むと、奥に設えられた寝室へと連れて行く。

「わたしをどうするの……」

まさか……とは思いながら、危険を感じながらアンジェリークは言う。声が震えてしまう。

「判っているのだろう? 何をされるのか……」

冷たい笑みを浮かべ、レヴィアスは応える。広い寝台にアンジェリークを投げ出す。

「お前に屈辱を与えてやろう……。その気高い純白の翼が、二度と羽ばたけぬように、な」

 

 

 

はっとしたように、オスカーは顔を上げた。主星の宿屋の1室で、オスカーはオリヴィエ、リュミエールと酒を酌み交わしていた。今後の作戦を練り、女王救出の計画を立てる為に。

「どうしたのさ、オスカー?」

「いや……今……アンジェリークの叫び声が聞こえたような気がしたんだ……」

胸騒ぎがする。いやな感じだ。

(アンジェリーク……)

 

 

 

(嫌……助けて……オスカー……)

レヴィアスに体の自由を奪われ、躰を貫かれながら、アンジェリークは心の中でオスカーの名を呟いていた。

レヴィアスに貫かれているところから、サクリアが奪い取られていくのが判る。

けれど、アンジェリークの心にあるのは、オスカーではない男に体を汚されたことによる苦しさと悲しさだった。

(オスカー……オスカー……)

レヴィアスの暴力に耐えながら、アンジェリークは涙をこぼす。

(ごめんなさい……オスカー……)

アンジェリークは悲しい希望と、そのことによる決意を固めていた。

(もう……貴方を待つことが出来ないわ……)

 

 

 

レヴィアスは思うさまアンジェリークの躰を貪りサクリアを吸収すると、己の精を吐き出した。そして、そのままアンジェリークから体を放すと、無言で部屋を出て行った。

アンジェリークの悲しみ、絶望を感じ取っていた。それは心地よいものだった。聖なる者を汚す冥い歓びに彼の心は満たされていた。

レヴィアスが出て行くと、アンジェリークはのろのろと重い体を動かした。躰の中心に激痛が走る。夜具には確かに彼女の純潔が奪われた証が紅い花となって残っていた……。

「……ふっ……」

アンジェリークの眼から涙が溢れ出す。躰を奪われてしまった悲しみ。そして……

「サクリアは……まだわたしの中にあるのね……」

処女であることが女王の条件だと思っていた。だからこそ、頑なに女王の恋愛を禁じていたのだと。サクリアを持つ為には純潔でなければならないのだと……。

レヴィアスに犯された時点でアンジェリークはサクリアを失うのだと思っていた。サクリアを失えば女王ではない。ただの少女になる。だから、アンジェリークはそこに悲しい希望を見出し、決意していたのだ。自分の命を絶つことを。

自分という人質がいなくなれば、コレットたちは皇帝を倒すことのみに集中できる。女王救出という余計な力を使わずにすむ。そして、自分の失われたサクリアは最も近い存在である女王コレットに受け継がれ、彼女の力を高めるだろう。

そして……自分は汚されてしまった己を愛する人に見せずにすむ……。

だが、依然として女王のサクリアはアンジェリークの中に存在する。女王のサクリアは自ら命を絶つことを許さない。女王のサクリアがある限りアンジェリークは死ぬことがない。自分以上のサクリアを持つ存在によってしか、命を奪われることはない。

「オスカー……わたしは……どうすればいいの……」

アンジェリークの心は絶望の中へと沈んでいった……。

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共感

あれからどれだけの夜が過ぎたのか、アンジェリークには判らなかった。

時間の感覚が失われている。全てに対して現実感が薄れている。まるで果てのない夢の中にいるようだった。ただ感じるのは苦痛と快楽。肉体の苦痛は徐々に快楽へと変わっていき、それが精神に重く圧し掛かる。

悲鳴をあげることさえ出来なくなった心は次第に虚ろになっていく。

それでも体中に確かに存在するサクリアが彼女を支える。サクリアを有する、女王であることの矜持と責任だけが、辛うじて彼女の心を現実の世界に引きとめている。

(サクリアがなければ……狂うことも、死ぬことも出来るのに……)

皮肉なことに彼女を援けるかのように守護聖のサクリアが彼女に送られてくる。光の誇り、闇の安らぎ、水の癒し、夢の希望、そして炎の強さ。心が強く結びついている彼らだからこそ自分にサクリアを届けることが出来る。それが嬉しく誇らしくもあり、苦しく厭わしくもあった。

彼らが送るサクリアが彼女の女王のサクリアを支え強めているのだ。

レヴィアスに汚されるまでであればどれほど心強いことだったろう。しかし今は……。

レヴィアスは毎夜アンジェリークをおとなう。そして、アンジェリークを抱くのだ。汚すかのように、貶めるかのように……。

 

 

 

「お前の躰はよほど淫猥に出来ているようだな」

レヴィアスはアンジェリークの躰を弄りながら言う。アンジェリークはレヴィアスの声など聞きたくないとでもいうかのように唇を噛み顔を背ける。レヴィアスの口の端には面白そうな笑いが浮かんでいる。実際彼は楽しんでいるのだ、アンジェリークの反応を。

「もうこんなに濡れているぞ、お前のここは。こんなに濡れて、溢れ出て……」

レヴィアスはアンジェリークの胎内に侵入させた指を蠢かし、言う。耳を塞ぎたくなるような淫らな水音がアンジェリークにもはっきりと聞こえる。そんな音をわざとアンジェリークに聞かせ、レヴィアスは更に追い詰めるかのように言葉を継ぐ。嘲笑わらいを含んだ声にアンジェリークは唇を噛む。

「あっ……」

だがアンジェリークが必死に耐えているのにも限界が近づいている。中を弄っているレヴィアスの指がアンジェリークの乱れるポイントを攻め始めたのだ。心とは裏腹に既に快楽を得ていた躰は貪欲にレヴィアスの指を飲み込んでいく。

「フフフ……自ら我を求めるか、淫乱な女王よ」

レヴィアスの声がアンジェリークの心を抉る。どれだけ心が拒否しても浅ましい肉体は快楽を求めてしまうのだ。

(ああ……オスカー……)

いつの日か、オスカーによって開かれるはずの躰だった。愛し愛されるオスカーによって。今はまだ女王としての勤めがあるから結ばれることは適わなかったが、いずれ、そうなるはずだった。なのに、今自分の躰はレヴィアスに開かれている。

アンジェリークは泣いていた。決してこんな男に涙など見せるものか……その思いが、表面上涙を零すことは抑えていたが、心の中では救いを求め、赦しを請い、哀しみに打ちのめされ、涙を溢れさせているのだ。

「お前が求めているものを与えてやろう……淫乱な雌よ」

殊更アンジェリークを傷つけるかのようにレヴィアスが言う。

レヴィアスがアンジェリークに侵入してくる。心では拒絶しているのに、躰は悦びをもってそれを受け入れる。自分の意に反する躰に対する憤りをぶつけるかのように、アンジェリークはレヴィアスを睨みつける。そんなアンジェリークをレヴィアスは楽しそうに見返す。

「ほう……心は屈しないというわけか。強情なことだ。だが、そうでなくては面白くない……。我を楽しませよ、女王よ」

レヴィアスの動きに耐えながら、アンジェリークは一刻も早くこのときが終わることを願っていた。レヴィアスが果てるときには、幾ばくかのサクリアが奪われている。それが重なるうちに自分のサクリアは全て奪い尽くされるのだろう……。それが早いか、自分が救出されるのが早いか……。どちらでもよい気がした。

宇宙を支える勤めはある。けれど、1人の女として、少女として、どうしてこんな穢れた躰を愛する人に晒すことが出来ようか……という思いも強かった。まだ17歳の少女なのだ、アンジェリークリークは。愛する人と結ばれることを夢見つつ恐れてもいるような……。

(オスカー……さま……)

レヴィアスに翻弄されるうちに、アンジェリークの女王の仮面が外れる。アンジェリークという1人の少女の素顔が現れる。凌辱に傷つき力を失い、絶望している少女の表情が……。

(……!)

アンジェリークを弄りながらも冷静にその姿を観察していたレヴィアスは、その変化に気づいた。

(エリス……!)

アンジェリークの表情に死んでしまった恋人が重なる。別れを告げたときの、哀しく苦しそうな表情が……。

恋人は絶対権力を握っていた叔父皇帝に凌辱された。逆らうことを赦されぬ、救いを求めようもない状況で……。そう……それは今のアンジェリークと同じだった。

(あのときのエリスも……同じなのか……)

突然気づいた事実にレヴィアスは愕然とする。自分は憎い叔父と同じことをしているのだ……。

(我は……俺は……)

レヴィアスが果てた瞬間――アンジェリークの中にレヴィアスの記憶が流れ込んだ……。

(……泣いている……?)

アンジェリークの中に精を解き放ったレヴィアスが倒れるように覆い被さる。それは思いがけないことだった。いつもはすぐに躰を放し、去っていく。なのに今、まるで愛しい者が腕の中にいるかのようにレヴィアスはそっとアンジェリークを抱きしめる。だが、それも僅かな、ほんの一瞬のことだった。吐息に混じってレヴィアスの優しい声を聞いた気がした。『エリス』と、優しい声で。まるでオスカーが自分を呼ぶような、優しい声で。

だが、アンジェリークが反応を示すよりも早く、レヴィアスはいつものように躰を放すと、服をまとい、自室へと戻っていく。

「今夜、また来る。楽しみにしていろ」

いつものようにそう告げて。

 

 

 

取り敢えず表面だけは穢れを落として、沐浴をした後、アンジェリークはいつもと違ったレヴィアスのことを思い出していた。

いつも感じていたもの、それとは違う何かが自分に流れ込んでいた。

レヴィアスはアンジェリークの女王のサクリアを奪い、アンジェリークを汚す為にセックスを強要している。つまりアンジェリークからレヴィアスにサクリアが流れ込むわけだが、レヴィアスからアンジェリークに流れ込むものもあった。正確には感じ取るものだが。

レヴィアスの力・魔導といわれるものはサクリアに似たところがある。サクリアは魔導ほど直接働きかける力は持っていないが、根本にある属性は同じようなものだった。

レヴィアスの『サクリア』は『光』と『炎』。ジュリアスとオスカーによく似ていた。けれどまったく違ったものでもある。ジュリアスの光の誇りは人々を導く光り。オスカーの炎の強さは愛するものを護る為の情熱。しかしレヴィアスの誇りは他者を侮蔑し、孤独を保つものであり、強さは他者を支配する為のもの。

(寂しい人……)

そんな同情にも似たものをアンジェリークは感じていた。

けれど、今日感じ取ったものはそれではなかった。

「可哀想な人……」

レヴィアスの記憶が、アンジェリークに流れていた。正確にはその記憶に対するレヴィアスの感情が。それは恐らくレヴィアスにとって『己の全て』といっていいほど激しい『愛』であり、それを喪ったことによる深い『絶望』だった。

「そんなにも愛した人を護れなかったのね……」

アンジェリークは呟く。レヴィアスは愛する者を護れなかった。それ以前に自分がそれほどまでに愛しているのだと気づいていなかった。レヴィアスの絶望は、愛する者を護れなかったこと、幸福に出来なかったこと、自分が何も出来なかったことに対するものだった。それを『皇帝』に対する憎しみへと摩り替えていたのだ。

アンジェリークはぞっとした。もし、自分がオスカーを喪ってしまったら……。自分の内にあるサクリアはきっと宇宙を破壊してしまうだろう。オスカーを喪ったことに耐えられず、きっと自分は狂ってしまうから。もし自分が死んでしまったらオスカーはどうなるだろう? 彼も宇宙を滅ぼしかねない。それだけの激しさを持っている人だ。

『女王』としては彼の『守護聖』としての強さがそれを阻むことを期待している。けれど、ただの『アンジェリーク』としては、そのことに悦びも感じるのだ。自分がオスカーを愛している、恐らくそれ以上に彼は自分を愛してくれている。互いがなくては生きていけないほど。互いさえ存在していれば、生きていけるほど。仮令たとえ触れ合えなくても、その存在があるから生きていけるのだ。

自分はそれに気づいた。オスカーも恐らく気づいている。だから一緒にいられる。

けれどレヴィアスは気づけなかった。そんなにも深くエリスを愛していたことに。エリスが自分の半身であったことに。喪って漸く知った。けれど、それを認めようとはせず、罪を己に求めるのではなく、他者に転嫁した。

「レヴィアス……哀れな人……」

憎むべき侵略者、自分の宇宙の民を脅かすもの。けれど、哀れな、愛を求める幼子のような魂。

アンジェリークはもうレヴィアスを憎むことが出来なかった。一歩間違えば自分もレヴィアスと同じになるだろう。かつてオスカーの愛を拒んだ。あのときの自分だったら、きっとレヴィアスと同じになっていた。

レヴィアスの全てが理解できたわけではない。全てを赦せるわけではない。けれど、もう憎めない。拒めない。

レヴィアスが自分を抱くのは、力を得る為。この宇宙の支配者である『女王』(つまり、叔父と同じ立場)に屈辱を与える為。そして性欲を処理する為。

ずっとそう思っていた。確かにそれが理由の大部分。けれど恐らく彼自身が気づいていない心の奥深くでは温もりを求めていたのだ。アンジェリークの持つ女王のサクリア――アンジェリークの持つ暖かさと優しさ――それを無意識のうちにレヴィアスは求めていたのだ。

救いを求めている魂を放ってはおけなかった。拒絶することは出来なかった。それが仮令憎むべき侵略者であっても……。

〔アンジェリーク陛下……女王アンジェリーク・リモージュ陛下……〕

どこからか自分を呼ぶ声がする。聞いたことのない少女の声。

「……エリスさん……?」

レヴィアスが優しく呼んでいた名前。それに思い当たり、声にそう呼びかける。

その呼びかけに応えるかのように、アンジェリークの前に1人の少女が現れる。

(コレット……? いいえ、違う……)

現れた少女の面差しはどことなくもう1人の女王に似ていた。

〔わたしはエリス……レヴィアスの恋人だった者です〕

エリスはそう名乗るとアンジェリークの前に跪き、礼をとる。

〔お願いがあってまいりました〕

顔を上げ、エリスは言う。その真剣な瞳を見ただけで、アンジェリークは彼女が何を言いたいのか理解した。

「この宇宙に平和が戻ったとき……彼を助命することは出来ません。彼は、全ての生命を脅かした侵略者なのだから」

静かな女王の声を聞いた途端、エリスの表情が凍る。

「けれど……この宇宙に在る全ての魂を護るのもまた、わたしの勤め。あの孤独な魂をわたしは放っておくことは出来ません。彼の魂を救う手立てはないか、考えてみます……。それでいいかしら、エリスさん?」

アンジェリークが優しい声で言う。女王として以上に彼女自身の優しさ、慈愛が溢れた声だった。

〔ああ……! ありがとうございます、陛下……!〕

「もう1人の女王には会った? 彼女にもお会いなさい。恐らく彼女が直接彼と対決することになるから……」

〔はい……お心遣い、感謝いたします……〕

エリスは嬉しそうに告げると、姿を消した。

(あれが……『エリス』……。レヴィアスを残して逝ってしまった人……。彼に深い絶望を与えた人……)

アンジェリークはエリスの願いを容れた。けれど、それはエリスの願いゆえではなかった。アンジェリーク自身が望んでいることなのだ。彼を放ってはおけないのだ。

レヴィアスに汚されたとき、自分は死を望んでいた。愛する人にこんな穢れた姿を見せたくなかった。

けれど……レヴィアスの絶望を知ったとき。それが愛する者が自分を置いて逝ってしまったことに起因していることを知ったとき。アンジェリークは死を望むことをやめたのだ。自分がオスカーを置いて逝ってしまったときのオスカーの絶望を想像できたから……。だから……。

(レヴィアス……貴方を救いたい……)

それはアンジェリークの偽らざる本心だった。あれほど憎んでいた相手。けれど……。彼の孤独を知ってしまったらもう憎めなかった。哀れな、愛を求める幼子のような魂。彼を救いたかった。

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孤独

『白き極光の惑星』に、コレット一行は戻っていた。

宮殿の封印を解く為に『鍵』を探し、それを持っていた王立研究院のロキシーの石化を解く為に3つの宝玉を探し出し、漸くここに戻ってきたのである。

これで封印を解くことが出来る。女王を救出することが出来る。

守護聖たちは士気を高め、戦いの準備を進めていた。――しかし、女王救出はまたもや延期せざるを得なくなった。女王から与えられたコレットのロッドの宝珠『蒼のエリシア』が石化解除の衝撃で砕け、コレットが疲労の為に倒れたのである。

コレットのロッド『蒼のエリシア』は女王のサクリア(使用者であるコレットだけではなく聖地から送られてくるアンジェリークのサクリアも含む)を守護聖・教官・協力者たちに作用させる為の触媒であり、女王のサクリアによるサポートがなければ、魔法・特技といったアンジェリークから与えられた力は半分程度の効力しかない。特に強力な魔法となる守護聖同士の連携魔法にいたっては5分の1以下となってしまうのだ。

女王のサクリアのサポートなしに皇帝と対決することは難しかった。ゆえにコレットの回復を待ちロッドの修復を終えてから女王救出に赴くことになるのだ。

士気が高まっていただけに守護聖たちの落胆と苛立ちは大きかった。ことに、これまで『一刻も早く聖地へ』と逸る心を必死に抑えていたオスカーは。

「ねぇ、オスカー。時間が空いちゃったわけだし、ここは有効に使わないとね。どうせだからわたしとあんたの連携魔法バージョンアップさせちゃおうよ」

「そうですね。貴方とわたくし、わたくしとオリヴィエ、それぞれの連携魔法を強化するのもよいかもしれません」

「そうそう。あ、どうせなら手近なダンジョンに出かけてって、特技とかもレベル上げしとこうか」

オスカーの気を引き立てるかのようにオリヴィエとリュミエールが言う。親友の2人はなにかとオスカーを気遣ってくれる。勿論慰めるだけではなく、時には耳に痛いことまではっきりと言ってくるが。

「すまんな……オリヴィエ、リュミエール……。判ってはいるんだ、仕方のないことだってのは。コレットだってよくやってる。蒼のエリシアが壊れたのだってコレットの所為じゃない。判ってはいるんだが……」

オスカーは苦笑混じりに言う。2人は自分を励ますと同時に注意を促しているのだ。オスカーが尋常ではないほど苛立ち(当然持ち前の精神力で出来る限り抑えており、鈍感なランディなどは気づいていないが)、その影響が周りにも出ていることに。だから、気晴らしというか苛立ちをぶつけ発散する為にも外に出てはどうか、と。

「ただ……どうしようもなく不安なんだ……。このところ日に日にアンジェリークのサクリアが薄れていく……。弱まっていくのを感じる……。いくら呼びかけても反応がない……」

左耳のピアスに触れながらオスカーは言う。ピアスの片方はペンダントにしてアンジェリークに渡した。何よりも大切な母の形見だから、この宇宙で一番大切な彼女に贈った。互いの想いの深さ、強さがピアスを通して互いの存在を感じさせていた。『暗き鉱脈の惑星』では通信機にもなった。

あれから幾度試みてもオスカーからアンジェリークに言葉を送ることは出来なかった。アンジェリークから送られてくることもない。そればかりかピアスから感じ取ることの出来るアンジェリークの気配も弱っているのだ。

「アンジェリークに……生命の危険がないことは判る。だが、本当に無事なのか? 酷い目に遭ってはいないんだろうかってな……。不安で堪らなくなって、叫び出したくなる……気が狂いそうになるんだ」

強さを司る炎の守護聖が……と自嘲の笑みを浮かべオスカーは言う。その表情にオリヴィエもリュミエールの胸が痛くなる。

オスカーはアンジェリークを愛している。喪ってしまったら生きていはいけないほど。彼の全てはアンジェリークの為に存在するといっても過言ではないのだ。

「わたしだって……不安だよ。皆、ね。でも、わたしたちは信じるしかない……わたしたちの天使はこれくらいのことに負けはしないって……」

「そうですよ、オスカー。貴方がそんなふうでは、ロザリアが『貴方になんてわたくしの大切なアンジェリークは渡しませんわ』と怒りますよ?」

珍しく軽口をきくような調子でリュミエールも言う。

「……確かにお前の恋人は言いそうだな……」

「ええ。彼女はわたくしよりもアンジェリークのほうが大切なようですから」

オスカーの声音が多少なりとも明るくなってきたことに安堵しながら、リュミエールが応える。

「じゃあ、早速出かけようか」

オリヴィエは明るく言う。

3人はその足でジュリアス、クラヴィス、ルヴァが寝泊りしている部屋へ向かう。一応ジュリアスに許可を得ておかねばならない。

3人の申し出をジュリアスは意外なほどあっさりと許可した。当然のことながらジュリアスたちもオスカーの苛立ちを判っていたのだ。自分たちだとて遅々として進展の見えぬ現況に苛立っている。ましてやオスカー、リュミエール、オリヴィエの3人は女王及び補佐官と関わりが深い。個人的な関わりである為に、逆に守護聖である以上それを抑えねばならず、苛立ちは一層強いものとなっている。

ジュリアスたちにしても本心を言えば、ストレス発散も兼ねて同行したいところだった。だがジュリアスは一行の責任者的立場にあったし、ルヴァはエルンストと共に『蒼のエリシア』の再生方法を模索中だった為、それは出来なかった。

ジュリアスの許可を得た彼らは翌朝早く宿を出ると、ここのところモンスターが現れるようになったという森へ出かけたのである。

 

 

 

「おや~旅の美剣士じゃないか。また朝帰り?」

宿を出たところでオリヴィエが目ざとくアリオスを見つけた。

「また夜遊びか……。これは遊びじゃない。大概にしておけよ」

常であれば一番理解を示すであろうオスカーも流石に声が冷たい。

戦士としての腕は一流で戦闘の際にはとても頼りになる。が、守護聖たちは未だに彼を信用してはいなかった。どうしてもアリオスに対する不信感は拭えないのだ。コレットを火事の中から救い出し、何のメリットもないこの旅に同行しているとはいっても、だ。

「そう堅苦しいこと言うなよ、オスカー。お前だって判るだろう? どうせアンジェリークが回復するまではここに足止めなんだから、少しくらい息抜きしたってな」

「少しなら、ね。でもあんた、主星に戻ってからこっち、毎晩どっかに出かけてるだろ? ジュリアスじゃなくったって五月蝿く言いたくもなるよ」

鼻白んだようにオリヴィエが言う。そのオリヴィエの言葉に、アリオスは守護聖たちが自分に対しての警戒を解いていないことを改めて感じ取った。

(やっぱり……一筋縄で行く連中じゃあねぇな)

「仕方ねえだろ。俺が来るのを待ってるんだから。金色の髪に翡翠の瞳をした俺の天使がよ」

金色の髪に翡翠の瞳をした天使という言葉に3人が面白いように反応を返す。

「そういえば、オスカー。お前の天使も金色の髪に翡翠の瞳、だったな。まさか同じ女じゃないだろうな?」

アリオスは揶揄うように、レヴィアスは反応を探るようにオスカーに言う。オスカーはその表情、口調に怒りを誘われる。

「貴様みたいなどこの馬の骨とも知れない奴が近づけるような安っぽい女じゃないんだよ、俺の天使は」

オスカーはアリオスの胸倉を掴んで言った。鼻孔を覚えのある香りが掠める。

「馬の骨で悪かったな」

オスカーのそんな態度を馬鹿にしたように鼻で笑うと、アリオスは宿へと戻っていった。

「……ったく、コレットもどうしてあんな奴がいいんだろうね」

理解に苦しむ、とばかりにオリヴィエがはき捨てる。コレットはどうやらこの謎の剣士に仲間として以上の好意を抱いているようだった。

「さぁ……でも彼女のほうが彼をよく知っているわけですから……。どうしてもわたくしたちは彼を警戒していますからね。正しい判断が下せていないのかもしれませんよ」

「かもね。でもわたしたちがあいつを信用しないのはサクリアの警告だよ」

「それを言うなら、コレットには女王のサクリアがあるわけですし」

「でもさ」

オリヴィエとリュミエールの会話を聞くともなしに聞きながら、オスカーは戸惑っていた。

アリオスから仄かに香った香り……それは彼の最愛の天使の香りによく似ていたのだ。

(まさか……な……接点がない……)

しかし、確かにアンジェリークの香りなのだ。マルセルが丹精したハーブを使ってオリヴィエとリュミエールが特別に調合した香りなのだ。世界に2つとない……。

「オスカー、ぼけっとしてないで、ほら、行くよ」

「あ……ああ……」

拭いきれぬ不安を抱いたまま、オスカーは森へと向かった。

 

 

 

宿に戻ったアリオスはそのままベッドに横になった。先ほどのオスカーを思い出し薄く笑う。『金色の髪に翡翠の瞳をした天使』――アンジェリークを連想させる言葉に見事に反応している。

(やはり……女王が呼んでいる『オスカー』とは奴のことだったのか)

女王を手に入れてから毎晩躰を重ねている。そのたびに女王は心の中で『オスカー』と、助けを求めていた。それがあの炎の守護聖なのだ。

女王を抱くたびにレヴィアスの心を暗い悦びが満たす。どれだけ抱いても飽きることはなかった。

元々敏感な性質なのか、アンジェリークが快楽を覚えるのは早かった。だが、流石に宇宙を統べる女王は手ごわい。アンジェリークの肉体は確かに悦びを感じている。なのにアンジェリークはそれでも決して屈しない。絶対に心までは渡さない、と気丈にレヴィアスをめつけるのだ。その意志の強そうな瞳の光が、レヴィアスには堪らなく心地よかった。手応えのある獲物にぞくぞくと興奮するのだ。女王の聖なる白い翼――自分とは対極に位置するものを汚す悦びがあった。そして、その翼はどれだけレヴィアスがアンジェリークの肉体を汚そうとも一向にその輝きを失わないのだ。

『女王』であること以上に彼女の愛する者の存在が彼女を支え、強くしている。それに気づいたとき、レヴィアスはなぜか苛立ちを感じたのである。アンジェリークの心を占める者の存在に……。

それが先ほどのオスカーへの挑発に繋がっているとは、自分でも気づいていなかった。いや、気づこうとしなかった。

ここのところ女王のレヴィアスに対する態度が変わっている。以前のような激しい拒絶をしないのだ。だからといって媚を売るわけでもない。もしそんなことをされたらレヴィアスは不快に感じ興味を失っただろう。

好意を抱いているというのも違う。全てを諦めたと言うのでもない。ただ拒絶しないのだ。あるがままのレヴィアスを受け入れている、と言うのが一番近いかもしれない。

汚しているはずだった。蹂躙しているはずだった。なのに、アンジェリークはレヴィアスを包み込むかのように受け入れる。柔らかく、暖かくレヴィアスの存在そのものを包み込む。

赦されている。存在を。全ての罪を。

癒されている。孤独を。絶望を。

今まで誰からも受けたことのない、それは紛れもない『愛』……。

それは酷く心地いい。このままアンジェリークに抱かれたまま眠りについてしまいたい。復讐などどうでもいい。この漆黒に染まった翼を休め、アンジェリークの白い腕に抱かれて眠っていたい。

そんなことを思う自分にレヴィアスは戸惑っていた。

「このままでは……我が我ではなくなってしまう……」

そんな不安をレヴィアスは感じていた。

 

 

 

アリオスはコレットの部屋へ向かった。アンジェリークに心を乱されている。だからかつての恋人の面影を宿すコレットに会い、もう一度自分を奮い立たせたかったのだ。

コレットの部屋には見舞いと称してメルと年少組の守護聖、それにティムカがいた。

アリオスが来たことを知るとコレットは顔を輝かせた。

「アリオス! 来てくれたの!」

アリオスはコレットが自分に好意を持っていることを知っていた。当然それを利用してもいた。だが、『アリオス』自身もコレットには好意を持っていたのだ。

そのことに苛立ちや焦りはない。アリオスはレヴィアスではないから。皇帝ではないから。いずれ消えてしまう影でしかない。レヴィアスの精神に影響を与えることはないのだ。レヴィアスにしてみれば退屈凌ぎにアリオスを演じているようなものだった。

「駄目だよ、アンジェリーク、ちゃんと寝てなきゃ!」

起き出そうとしたコレットをメルがとめる。

「そうですよ、アンジェリーク。今はまだ体を休めなくては」

ティムカもメルを援護する。仕方なくコレットはおとなしくベッドに戻る。

「そうですね……折角『鍵』が手に入ったのに、わたしの所為で足止めなんですもの……」

しゅんとしてコレットが言う。彼女も自分が倒れてしまい旅が中断していることにもどかしさを感じているのだ。

「気に病んだら駄目だよ、コレット。それじゃあ治るものも治らなくなっちゃうからね」

さわやかにランディが言う。

「そうだよ。今ルヴァ様とエルンストさんがエリシアを直す方法を探してるんだもん。見つかったらすぐにでも旅に出れるくらいに体を回復させておかなきゃね、コレット」

そう言って、マルセルが慰める。

守護聖たちとその他のメンバーでは、コレットに対する態度が違っていることにアリオスは気づいている。何よりも一番の違いは名前の呼び方だった。守護聖たちは決して彼女をファーストネームの『アンジェリーク』では呼ばないのだ。

初めは何故だか判らなかった。だが、レヴィアスとして女王を知ってからは理解した。守護聖たちにとっての『アンジェリーク天使』は女王だけなのだ。そして、守護聖たちがこの旅を続けているのは勿論守護聖として宇宙を救うと言う目的もあるが、何よりも彼らの愛する天使を救う為のものだった。

その微妙な相違、そして守護聖たちの自分に対する態度。それがコレットの心をアリオスに近づける結果となっていた。

女王を救出する直前になって、アリオスがコレットの許を離れたらどうなるのか。レヴィアスはそのことが齎す影響に北叟笑ほくそえんだ。

「そうですね、確り体を治して一刻も早く陛下をお救いしなきゃ」

明るくコレットが言う。

「ああ、そうでもしなきゃオスカーのおっさんがブチ切れちまうからなぁ」

ゼフェルが言うと、ランディ、マルセルを除く他のメンバーが『?』といった顔をする。『馬鹿』というようにランディはゼフェルを睨み、ゼフェルは『しまった……』という表情をしたが、既に遅かった。

「どう言うことなの、ゼフェル様? なんでオスカー様限定なの?」

一番『ブチ切れる』タイプなのはゼフェル様なのに、とメルが素直に疑問を呈する。

「えっとー……実はオスカー様と陛下……その、恋人なんだ」

後でジュリアス様から大目玉だな、と思いながらランディが言う。

「陛下とオスカー様が……?」

「うん。陛下が即位した後、かな。お2人が恋人になったのって」

「でも……そんな……」

ティムカが驚きを隠せない表情で呟く。女王には恋が禁じられていたはず。だから、コレットも恋か女王かを選ばなくてはならなかったのではないかと。

「世間一般の恋人とは違うよ。陛下もオスカー様も、女王と守護聖の立場に徹してるからね。僕らが陛下を名前で呼ぶときだって、オスカー様は絶対に尊称で呼んでる。2人っきりで逢うこともない」

ティムカの誤解を解くようにマルセルが言う。

「心が結びついてるんだ、お2人とも」

そこに至るまでアンジェリークが、オスカーがどれほど苦悩したか、思い出すだけでも心が痛くなる。ランディは2人が壁を乗り越えるまでの日々を思い出したように言う。

だが、ティムカにとっては理解しがたいことだった。女王に恋は許されないと思ったからこそ、コレットを諦めたのだから。

「不幸な女王が宇宙に幸福を齎すことは出来ぬ。だから、我らは女王の恋を認めたのだ」

扉が開いてクラヴィスが現れる。隣には薬を持ったルヴァがいる。

「なかなか納得しがたいことだとは思います。ただ、生半可な気持ちでは女王の恋は認められません」

2人の思いは決して軽いものではなかったのだと言外にルヴァは匂わせる。

オスカーは宇宙が崩壊するかもしれない可能性を知りながらアンジェリークを求めた。アンジェリークは自分の心が死んでしまうことを覚悟して女王の座を選んだ。2人ともそれだけの覚悟があったのだ。選ぶものは反対だったにしても。だからこそ、守護聖たちは2人の恋を認めた。彼らの想いが互いを支え高めていくものだと認めたのだ。そしてそのことに間違いはなかった。

「今はこんなことになっていますが……これまで陛下がどれほど宇宙を安定させ発展させてきたかは貴方も知っているでしょう、ティムカ。あの陛下の強さはオスカーがいるからこそなんです。彼の注ぐ愛が陛下を支えているんです。女王とは……孤独で辛いものです。わたしたち守護聖がいるとはいっても、ロザリアがいるとはいっても、全てはアンジェリークの細い肩にかかっているのです。そんな彼女を支えているのがオスカーの愛なのですよ。触れ合うことも出来ない、ましてや2人っきりになることすらない、それどころか、個人的には言葉を交わすことさえ赦されていないのです、あの2人は。それでもオスカーは彼女を愛し続け、支えているのですよ」

貴方にそんな愛しかたが出来ますか、とルヴァは声に出さずに問い掛ける。『恋人』という甘やかな言葉からは想像できないほどつらい恋を選んでいる2人にティムカは自分が恥ずかしくなる。そんな覚悟などなく、自分の恋は幼いものだった。

「判っていただけたようですね、よかった」

「そんなお2人の為にも、1日も早く陛下をお救いしなきゃ行けませんね……。早く体を治さなきゃ」

コレットが言う。それが話を切り上げるいいきっかけになった。

「そうですね、じゃあコレット、お薬を飲んで、ゆっくりと休んでくださいね」

――守護聖たちの話を聞きながらアリオス、いやレヴィアスは無言だった。

彼らの話から、女王に効果的なダメージを与えるヒントを得ていた。オスカーの存在。それが女王の支えであるならば、同時に弱点でもあるのだから。

しかし、その決意の底にあったものにレヴィアスは気づいていなかった。彼はアンジェリークとオスカーの愛の姿に衝撃を受けていた。それほどまでの強い結びつきに嫉妬を覚えていたのである。

そんなアリオスの姿をクラヴィスが見つめていた。

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葛藤

『旧き城跡の惑星』虚空の城。アンジェリークがその1室に閉じ込められてから1ヶ月以上が過ぎていた。

皇帝の部下たちは敵の手に陥ちた囚われの女王を一目見てみたいと思っていたが、皇帝はそれを許さなかった。

これまでも征服地では、レヴィアスは(比較的)気に入った女やその地のかつての支配者の妻や娘を寝所に連れ込んでは性欲を解消していた。勿論その為だけではなく政治的な効果を狙ってのことではあったが。だが、飽きるのも早く、3日と同じ女がもった例はなかった、これまでは。

ところが女王アンジェリークは違った。もうレヴィアスが連れてきてから1ヶ月以上が過ぎている。少なくともエリスの死後、レヴィアスが1人の女とこれほど長く続くことはなかった。だから、部下たちの間に実しやかな噂が流れたのも無理からぬことだった。

――レヴィアス様は女王を皇后になさるおつもりなのではないか……。

それは皇帝の近衛騎士団長たちに芽生えた疑惑だった。ある者は興味津々と、ある者は不機嫌に、ある者は冷めた目で傍観者を決め込み、事の成り行きを見守っていたのである。

 

 

 

レヴィアスは今夜もアンジェリークの許を訪れていた。アンジェリークといると、己が己でなくなるような不安がある。だが、それでもアンジェリークの優しさ、慈愛に包まれたいと願っている自分がいる。

(我は……安らぎなど要らぬ……!)

己の心の弱さを振り払うかのように、レヴィアスは決意していた。アンジェリークを再び東の塔へ戻すことを。だが、いつもそれが果てせぬまま、アンジェリークを貪り、包まれていた。

レヴィアスが寝室に入ると、アンジェリークがはっとしたように振り向いた。その小さな手が何かを握り締めるのをレヴィアスは見逃さなかった。

「何を隠した」

声に怒気がこもる。それが何故なのか、判らなかった。ただ自分に何かを隠した、それが気に障った。

レヴィアスは大股でアンジェリークの許に近づくと、アンジェリークの手首を掴み、アンジェリークが握り締めたものを取り上げた。

それは細い金のペンダントだった。

(どこかで……見た形だ)

女王のものにしてはシンプルな、細いスティック状のトップ。

(あいつの……ピアスか……!)

炎の守護聖オスカーの左耳に常に輝くピアス。その片方が、アンジェリークの手にある。

「返して! レヴィアス!!」

アンジェリークがそれを取り戻そうと立ちあがる。どれだけ傷つけようが、決して反応を返さなかったアンジェリークが。

「オスカーの持ちモンだな、これは。やっぱりあんたとあいつは出来てたって訳だ」

レヴィアスの口調ががらりと変わる。それは『アリオス』の口調だった。

レヴィアスの変わりようにも驚いたが、それ以上にアンジェリークを驚かせたのは、レヴィアスがオスカーを『あいつ』と呼んだことだった。

「……オスカーを知っているのね?」

『侵略者』として『炎の守護聖』を知っているのではない。彼が、オスカーを知っているのだ、1人の男としてのオスカーを……。

「ああ、知ってるぜ。よーく、な。なんたって一緒に旅をしてる仲間だからな、俺たちは」

『アリオス』が言う。

「何故……」

アンジェリークの顔から血が引いていく。『皇帝』が彼らのすぐ傍にいるのだ、『仲間』として……。

「ほんの退屈凌ぎだ、女王よ」

再びレヴィアスの顔に戻り、告げる。オスカーを案じて顔色を変えるアンジェリークに無性に怒りを感じた。それが嫉妬だとは気づかずに。

「お前と奴が、そういう仲だったとは驚きだな……。だが奴が知ったらどうするだろうな? お前が我に抱かれ喜悦の涙を流していると知ったら……。我に汚され、我のものになったと知ったら」

アンジェリークを傷つけるようにレヴィアスは言う。アンジェリークの顔がレヴィアスに対する憎しみに歪む、それを見たいとレヴィアスは思った。

「お前を罵るか? それとも絶望に打ちのめされるか? それとも奴に知られる前にお前が消えるか」

レヴィアスは己の過去をアンジェリークとオスカーに重ね合わせていた。エリスは命を絶ち、自分は己の無力さに絶望するしかなかった。だから、そんな不甲斐なさを振り払うかのように叛乱を起こした。元々彼の胸に燻っていたのもが、エリスの自殺によって爆発したのだ。

だが、もしエリスが生きていたら。自分はエリスを受け入れただろうか? 皇帝のものになったエリスを愛しつづけることが出来ただろうか。自分が最も憎む男に身を任せた彼女を許すことが出来ただろうか。何故拒絶しなかったのか、きっとそう責めていたに違いない。そして彼女を『敵方』の女と見做し、見向きもしなくなったに違いない。

エリスの死は、レヴィアスに絶望を齎した。最愛の女を失うという。それはその原因を作った皇帝への憎悪へと変わった。そして、エリスはレヴィアスの中で『永遠の女』となった。死んだことによって、レヴィアスに塞ぎようのない傷を与え、エリスは己の存在を刻み込んだ。

だが、この2人はどうなのだろう。宇宙を統べる母なる女王とそれを支える守護聖。禁を犯してまで愛し合った2人。彼らはこれを乗り越えられるのか。

「わたしは死んだりしない。愛する人を遺して、そんな自分勝手なことはしない」

だが、アンジェリークの表情は憎しみに歪んだものではなく冒しがたい気高さを持っていた。凛とした響きを持ってアンジェリークの声が応える。

「愛する男か。だが奴はどうだ? 他の男に抱かれたお前を愛し続けることなど出来ないのではないのか」

「オスカーを見損なわないで。彼はそんなに弱くはないわ」

揺るぎ無い自信に満ちた声でアンジェリークは反論する。決してそれが虚勢でないことはその瞳の光からも明らかだった。

「……なるほど。お前がそこまで言うのなら、試してみるのも一興かも知れぬな」

アンジェリークの瞳の光の強さにレヴィアスは圧されていた。ここまでどうして信じあえるのだろう。

「まもなく奴らがお前を助けにくる。この城にいてはそれも無理だろうから、お前を聖地に戻してやろう。そこでオスカーを待つがいい。そして……お前の信じたことが如何に愚かであったかを思い知るがいい」

レヴィアスとしてはアンジェリークの言に納得するわけには行かなかった。それは自分とエリスとはあまりにも違い、光に満ちたものだったから。

(もし……これほどの強さが我に……エリスにあったら……?)

 

 

 

「陛下……!」

ロザリアの声は驚きと不安と喜びが混じった複雑なものだった。皇帝に連れ去られたアンジェリークが再び皇帝に連れられて『東の塔』に戻ってきたのだ。

アンジェリークがレヴィアスに連れ去られてから1ヶ月あまり。徐々に弱まっていくサクリアに恐れを抱きつつ、ただアンジェリークの無事ばかりを祈っていた。アンジェリークは多少やつれてはいるものの異常はないようだった。

レヴィアスはアンジェリークを突き飛ばすようにしてロザリアに渡す。バランスを崩して倒れそうになったアンジェリークをロザリアが抱きとめる。

「もうすぐ、お前の愛しい男がやってくるぞ、ここへ。そのときを楽しみだな、アンジェリークよ。果たしてあの男はお前の望んだとおりにお前を受け入れるかな。我に抱かれ、快楽を貪っていたお前を」

嘲笑いながら、殊更アンジェリークの自尊心を傷つけるようにレヴィアスが言う。その言葉の意味するところにロザリアは愕然とする。

(どういうこと……? アンジェリークはこの男に……)

アンジェリークを支え肩を抱いていた手に力がこもる。

「わたしたちの絆はそんなにヤワじゃないわ。だから多分ご期待には添えないと思うの。悪いけど」

レヴィアスを見つめながら、アンジェリークは言う。睨みつけているわけではない。レヴィアスは挑発しているのだが、アンジェリークはそれには応えない。レヴィアスが自分を挑発すればするほど、彼の心の叫びが聞こえてくるようだった。愛を、安らぎを求める叫びが……。

「レヴィアス……このままでは済まさないわ」

アンジェリークがレヴィアスを見つめ、言う。その言葉には深い意味が込められていたのだが、彼はそれに気づくことなく女王の挑戦と受け取った。

「……フッ……楽しみだな……。もし、お前が奴に捨てられたら我が拾ってやってもよいぞ? お前の躰はなかなか味が良かったからな」

言い捨てるようにそう言うとレヴィアスは再び空間転移で姿を消す。これ以上アンジェリークといては、心が乱されるばかりだったから。

レヴィアスが姿を消すと、残された2人は力が抜けたように座り込んだ。

「アンジェリーク……」

「ただいま、ロザリア。あれ~、ロザリア、老けたんじゃない? あ、白髪」

ニコニコとアンジェリークが言う。その言葉を聞いて一気にロザリアから緊張が解ける。

「誰の所為だと思っているの!」

「ごめんね、心配かけて」

ペロッと舌を出してアンジェリークが言う。そんなアンジェリークの表情を見てロザリアは感極まりアンジェリークを強く抱きしめた。

「お帰りなさい、アンジェリーク」

二2人は暫くそうして抱き合う。かけがえのない親友が傍にいることを確かめ合うように。

やがて落ち着いてくると、ロザリアの脳裏にレヴィアスの言葉が甦る。レヴィアスの言葉はアンジェリークが彼に暴行を受けたこと、それが一度きりではなく繰り返されたことを意味していた。

(わたくしとしたことが迂闊だった……)

これは戦争なのだ。敵に捕らえられた女性がどうなるのか、歴史が物語っている。今の今までそんなことに思いを致すこともなかったとは……。その危険性を早くに思い出していれば、なんとしても阻止したのに……。仮令たとえ自分が身代わりになったとしても。

「アンジェリーク……」

こんなときになんと言葉をかければ良いのだろうか。そんな気持ちが表情に表れていたのだろう。一瞬だけアンジェリークの表情が曇った。

「……ばれちゃったね。悔しいけど、あいつにヴァージン奪われちゃった……」

明るくアンジェリークが言う。ロザリアに『そんな深刻な顔しないで』と言うように。

「でも、そのお陰で大発見なのよ。処女じゃなくってもサクリア消えないの。ということは、わたしがオスカーとエッチしても大丈夫ってことよね」

そんなふうに言うアンジェリークが哀しかった。自分に心配をかけまいとして気丈に振舞うアンジェリークが。ならば自分もそれに応えるしかない。

「もう! 女王陛下ともあろう人が何を言ってるの! あんたってば……」

だが、声に力はなく、涙がこぼれた。

「……ロザリア……今だけ、泣いてもいい?」

「当たり前でしょ! わたくし以外の誰の前であんたが泣けるって言うの!」

「ありがと……。悔しいの……哀しいの……。ずっと、いつかオスカーと結ばれるんだって夢見てたわ。女王でなくなったら……お互いの全てを知ることが出来るって……。初めてわたしが抱かれる人はオスカーだって……彼しか考えられなかった……なのに……。怖かった……苦しかった……レヴィアスが憎かった……なのに、どんどん躰は気持ち良くなっていくの……オスカーじゃないのに……オスカーだけを求めているのに……」

アンジェリークは漸く安心できる場所で泣くことが出来た。心に溜まったものを吐き出すことが出来た。

「仕方のないことよ、アンジェリーク……。女の躰はそういうふうに出来ているんですって。体の中を護る為に。貴女は心まで渡してしまったわけではないでしょう? だったら、何も嘆くことはないわ」

どうしてこんなことしか言えないのだろう。ロザリアは自分が歯痒くて仕方なかった。もっと言ってあげるべきことがあるのではないのか。だが、そう思う一方、自分の言葉など必要ないのだという思いもあった。アンジェリークはつよい。こんなことで負けたりはしない。泣いているのは溜まったものを吐き出す為。吐き出してしまえば後は自分で確りと立ちあがるだろう。

「ありがとう、ロザリア……」

顔を上げてアンジェリークが微笑む。

「皇帝が憎いでしょうね」

「そうね……初めは憎かった……。でも今は哀れで仕方がないわ……」

哀れみなどレヴィアスは拒否するだろう。だが、それがアンジェリークの本心だった。

「そう……何かを感じたのね。思うとおりにおやりなさいませ、陛下」

レヴィアスを哀れだと言った親友の表情から何かを読み取り、ロザリアは言った。

「……ありがとう、ロザリア」

 

 

 

「我は皇帝。この宇宙を統べる絶対の存在」

『白銀の輪の惑星』。エリシア修復の為に訪れたこの惑星で、コレットたちは衝撃の事実を知ることになった。

「アリオス……君だったとはね」

「フッ……そのような名は忘れるのだな。我が名はレヴィアス・ラグナ・アルヴィース、『正統なる者』。お前たちの知っているアリオスは、もうどこにもいない」

「……やっぱりね。なぁんか怪しいと思ってたんだ」

オリヴィエが呟く。コレットをはじめ『アリオス』を仲間として信頼していた教官・協力者たちは驚き、戸惑い、怒りを隠せなかった。コレットなど未だに信じられぬ様子でレヴィアスを呆然と見つめている。だが、初めから疑いの目を向けていた守護聖たちに動揺はなかった。まさか皇帝本人だったとは予想外だったが、皇帝の側近だろうとの予測はしていたのだ。勿論、それを誇るつもりは微塵もなかった。外れてくれればいいと願っていたくらいなのだ。

「なんや、そしたらダマしとったんか!」

「クックックッ……悔しいか? ならばその悔しさを形にしてみるのだな。受けて立とう、さぁ……!」

レヴィアスが挑発し、アリオスを信頼していた者たちはその挑発に乗ってしまう。だが、戦闘は然程レヴィアスにダメージを与えられぬまま一方的にレヴィアスに切り上げられてしまった。だが、全くの無意味ではなかった。守護聖たちは冷静にレヴィアスの力を見つめ、分析していたのだ。

そして、ショックの冷めぬコレットをヴィクトールに任せ、守護聖たちは幕舎の1つに集まり、今後の対応について話し合っていた。直接戦闘を担当する者、攻撃魔法を担当する者、補助魔法を、回復魔法を担当する者。戦闘の際の陣形、攻撃パターン、そういったものを決めていった。

一応のことを決めるとオスカーは自分の幕舎には戻らず、1人集落から離れた。

アリオスが皇帝だった。皇帝はアンジェリークを捕らえた。アリオスから香った香り。それらが何を意味するのか……。オスカーとて戦争に際し囚われた女性がどういった被害を受けるのか知らないわけではなかった。恐らく、アンジェリークも……。

(あのとき感じた胸騒ぎは……これだったのか……)

なんとしてもアンジェリークの救出を最優先にすべきだった。ロザリアのシールドに安心せず、アンジェリークを連れ出すべきだった。

(アンジェリーク……)

「皇帝は……焦っているようだな」

不意に背後から声がした。振り向くとクラヴィスが立っていた。

「聖地に戻った後……一番必要となるのはわたしのサクリアだと、お前は言ったな。だが、アンジェリークに必要なのはお前のぬくもりかも知れぬな」

淡々とクラヴィスが言う。何の感情も含まれていない、事実のみを告げるような口調。だがそれがオスカーに対する何よりのいたわりだった。

「ええ……」

クラヴィスはオスカーに覚悟を促してた。愛し合う2人にとっては何よりも辛い現実。それを直視し乗り越えろ、と。オスカーならば、アンジェリークならばそれが出来ると信じて。

 

 

 

女王救出、そして最後の戦いが目前まで迫っていた。

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終焉

漸くここまで戻ってきた。守護聖たちはそれぞれの思いを胸に東の塔を見上げた。皇帝レヴィアスの侵攻から2ヶ月近くが経っていた。

(アンジェリーク……やっと、君を取り戻すことが出来る……)

塔の最上階、瞑想の間があるあたりを見上げながら、オスカーは思った。

アンジェリークの身に起こったことに対して、オスカーはどのような態度をとるべきか決断できていなかった。出来れば思い過ごしであってほしいと願っている。だが、最悪の事態に対しても心の準備をしておかなくてはならない。

(全ては彼女を救い出してからだ)

オスカーは思った。それはある意味、考えることを放棄したと言えるかもしれない。だが、自分の素直な心に従おうと思ったのだ。オスカーの中にある一番大きな想い。それはアンジェリークを愛おしい、恋しいと思うものだ。それに従おうと。

「じゃあ、皆さん、行きましょう……!」

コレットが先頭に立ち、塔の中へと入る。当然そこにはレヴィアスが歓迎の準備をしていた。各惑星に散らばり、残っていたモンスターを全てここに集めたのだ。……レヴィアスは未だアンジェリークとの約束を守っていたのである。

モンスターとの戦いにおいて、これまであまり出番のなかった守護聖たちが活躍する。これまで戦闘の中心はアリオス、ヴィクトール、チャーリー、メルで、守護聖たちはあまり戦闘の場に出ることがなかったのだ。それはサクリアを有する彼らを守る為でもあったのだが。

だが、今回は違う。なんといっても彼らの女王を、天使を救い出す為の戦いなのだ。教官たちが反応するよりも早く、守護聖たちが動く。その中でも特に目覚しい働きをしたのは中堅の3人だった。

最上階、瞑想の間。漸くそこに辿り着く。ここに女王が……アンジェリークが幽閉されている。

 

 

 

「奴らがやって来たようだな。漸く愛しい恋人に再会できるわけだが……アンジェリーク。どんな気分だ?」

だんだんと近づいてくる守護聖たちの気配を感じながらレヴィアスは言った。

「早く逢いたいわ。当然でしょう?」

きっぱりと応えるアンジェリークだが、心中はそう簡単ではなかった。

オスカーを正面から見る自信がなかった。オスカーの愛を疑ってはいない。オスカーがアンジェリークを責めることはないだろう、事実を知ったとしても。問題は自分のほうだ。どうしようもなかったこととはいえ、オスカー以外の男に抱かれたことは事実だ。レヴィアスを救いたいと思い、包み込もうとしたことに後悔はない。けれど、やはりオスカーに対して申し訳ないような、罪悪感のようなものを感じてしまうのだ。

それに……オスカーは自分が強姦されたことを知れば、アンジェリークを責めることはなく、傍にいなかった、守りきれなかった自分を責めてしまうのではないか……。彼自身には罪のないことを、自分の罪のように責めてしまうのではないか。それが不安だった。

「フッ……強情なことだ。ベッドの上と同じだな」

ことあるごとにレヴィアスはアンジェリークが抱かれていた事実を口にする。アンジェリークを傷つけ、己の存在を確かめるように。

「……意地っ張りの頑固者、ってよく言われるわ」

レヴィアスの言葉の後半を無視する。それに対しレヴィアスが何かを言おうとしたとき、扉が開いた。

 

 

 

「陛下、ロザリア様!」

コレットが瞑想の間に入ってくる。その後ろには守護聖たちがいる。

(ああ……アンジェリーク……!)

愛しさがこみ上げ、オスカーは駆け寄ろうとする。

(オスカー……)

何を心配していたのだろう。こんなにも愛しているのに。彼の腕の中に飛び込みたい衝動に駆られている自分がいるのに。

だが、そんな2人の気配を感じたかのように、レヴィアスは主導権を握ろうとする。

「やっと来たか、待ちかねたぞ」

レヴィアスがコレットを見ながら言う。いや、正確にはコレットの後ろにいるオスカーに。

「アリオス……」

コレットが戸惑ったように、恋した旅の剣士の名を呼ぶ。だが、返って来たのは蔑んだような、冷たい声だった。

「アリオスではない。我が名はレヴィアス。レヴィアス・ラグナ・アルヴィース。……そう伝えたはずだ。『正統なる者』の意味を胸に刻んでおくのだな」

そう告げるレヴィアスをコレットは戸惑ったように見つめる。そして、彼の視線が自分の背後に立つオスカーに向けられていることに気づいた。まるで憎んでいるかのような目で、レヴィアスはオスカーを見ている。

だが、オスカーはレヴィアスを見てはいなかった。その背後に立つアンジェリークにその眼差しは注がれている。愛する者を見つめる優しさ、漸く恋人に再会できた喜び、今すぐにでも彼女を抱きしめたい情熱とそう出来ないもどかしさ、そんなものが混ざり合った切なげな瞳で、オスカーはアンジェリークを見つめていた。

アンジェリークもまた、オスカーだけを見つめていた。自分の前に立ちはだかるレヴィアスも助けにきたコレットや守護聖も目には入らず、ただ、漸く逢えた愛しい男だけを見つめていた。逢いたかった、無事で良かった、愛してる……そんな想いをこめた瞳で。

「さぁ、話はここまでだ」

そんな2人の視線を遮るかのように、レヴィアスは一歩進み出る。2人の視線が気に障った。女王と炎の守護聖の存在が、自分に思いも寄らなかった疑問を投げかけていた。もし、エリスが生きていたら自分は彼女を受け入れたのか……。恐らく答えは否だ。だが、この2人は、恐らく自分とは違った答えを出す。そのことに、レヴィアスは憎しみのようなものを感じていた。そこまで信じあえる2人に嫉妬していた。そして、そんな強い心を持った女王に愛されるオスカーに対し、嫉妬していたのだ。

「我が現れたのは、お前の力を見せてもらう為。来い、アンジェリーク。少しは強くなったか、我が確かめてやろう」

そう言うや否や、レヴィアスは魔導の力を解放した。

 

 

 

レヴィアスの攻撃は、オスカーに集中していた。確かにオスカーが一番攻撃を受けやすい位置にはいた。

レヴィアスの魔法が、剣が、オスカーを傷つけていく。だがどれだけ傷を負おうともオスカーは決して屈しなかった。愛するアンジェリークを取り戻す為の戦いなのだ。

オスカーだけではない。守護聖たち全てがそうだった。強大な力を持つレヴィアスに対し、マルセルですら怯むことなく向かっていく。

(やめて……オスカーを、わたしの守護聖たちをこれ以上傷つけないで……!)

「レヴィアス……!」

アンジェリークが叫ぶ。同時に女王のサクリアが守護聖たちを守るかのように包み込む。

アンジェリークの叫びにレヴィアスの気が逸れる。その一瞬の隙にオスカーの剣がレヴィアスを襲う。致命傷とまでは行かずとも、戦闘を続けるのが難しくなる程度の傷を負ったレヴィアスは一旦退くことを決めた。その身を虚空の城に飛ばすと同時に幻影を飛ばす。レヴィアスが入れ替わったことに気づいたのは、アンジェリークだけだった。アンジェリークはほっと息をつく。これで、戦闘は終わる、と。

「フフ……少しは強くなったようだな。だが遊びはここまでだ。我と真に闘いたければ、『旧き城跡の惑星』に来るがいい。いつでも相手をしてやろう」

「そ……それじゃあ、貴方は……」

「我は……幻」

それだけを言うと、レヴィアスは姿を消す。最後にアンジェリークになにかもの言いたげな視線を投げかけて。

「待って、アリオス! アリオス……!」

コレットは消えてしまったレヴィアスに呼びかけるが、当然ながら返答はなかった。

「アンジェリーク……!」

そんなコレットにアンジェリークは声をかける。

「陛下……ロザリア様! 良かったご無事だったんですね」

「助けに来てくれたのね、コレット。守護聖や他の方々も貴女が救ってくれたのね。陛下、やっぱり彼女を選んで正解でしたわね」

「ええ、そうね。……でもアンジェリーク。今のは? アリオスって……?」

「彼は……レヴィアスは、アリオスと名を騙り、わたしたちと共にいたんです。ずっと仲間として……」

苦しそうにコレットが言う。教官協力者たちも顔つきは暗く、守護聖たちは苦い表情をしている。

「それは……辛いことだったでしょうね。仲間と信じていた人に裏切られるなんて。でも、心を強く持ってね、アンジェリーク。信じていれば必ず心は伝わる。努力する者には、時が必ず答えを与えてくれるはずよ。だから、諦めないでね……」

それは自分にも言い聞かせていることだった。レヴィアスがアリオスとしてコレットらと共に在ったのであれば、まだ彼を救う望みはある。新宇宙の女王の聖なるサクリア、守護聖たちの持つサクリアとそれを支える靭い心。それを身近にしていた『アリオス』には影響が出ているはずだった。

(貴方の魂を救う道はまだ残されているかもしれないわ、レヴィアス……)

消えてしまったレヴィアスにアンジェリークは心で呼びかけた。応えはなかった。

 

 

 

漸く塔の出口に辿り着いた一行はそこでまたもや戦うことになった。レヴィアスが魔物を放っておいたのだ。だが、守護聖たちも教官協力者たちも先ほどの戦闘で深手を負っていた。応急処置としてアンジェリークとロザリアが治癒魔法を使ったが、完全ではない。

「ねぇ、ロザリア。ここはわたしたち3人だけで解決しましょう。だって……逃げたり護られたりばかりで、こんなのわたしの性に合わないんですもの!」

アンジェリークがロザリアに言う。如何にも彼女らしい言葉にロザリアはつい笑ってしまう。

「陛下ったら、またそんなことを……。でもそのご意見には賛成いたしますわ!」

守護聖たちが口を挟む暇もなく女王と補佐官は戦闘を始めてしまった。

「良かった……アンジェリークが変わりなくって……。お転婆ぶりも健在だね」

壁に凭れ体を支えながら、オリヴィエが言う。

「……ああ……」

同じく壁で体を支えてオスカーが応える。アンジェリークに変化は見られなかった。自分の思い過ごしだったのだろうか。そうであればどんなに良いか。だが、オスカーの目にはアンジェリークが無理に明るく普段の彼女を演じているように映った。

それを証明するかのように戦闘を終えた途端、アンジェリークは気を失った。

「陛下!? 大変だわ、さっきの無理な闘いが響いたのかしら」

無理もないことだった。レヴィアスに1ヶ月以上監禁されていた。弱った体で、守護聖たちを護る為にサクリアを放出し、今また戦ったのだ。

オスカーがアンジェリークの許に駆け寄り、その体を抱き上げる。彼自身深手を負い、漸く体を支えていた状態だったが、恋人が倒れるという自体に際して、気力がそれを吹き飛ばした。

「とにかく、陛下をお部屋に。今は敵もいないようだから」

ロザリアが指示を出し、比較的傷の浅かったランディとゼフェルが準備と警戒の為に先行する。

(軽い……痩せたな……)

アンジェリークを抱き上げ、オスカーは切なくなった。元々軽かった体が、一層軽くなっている。本当にこの腕の中にいるのか現実感がないほどに。

「アンジェリーク……もう少しだ、必ず、宇宙を護る。君の、この宇宙を……!」

 

 

 

アンジェリークをその寝室に運んだ後、オスカーは一旦治療の為に部屋を出された。そのままアンジェリークの傍についているつもりだったが、ロザリアに拒否された。仕方なく部屋を出たオスカーは自分の執務室に戻り治療を済ませると、再び女王に私室に向かった。

「事実なんだね……」

「ええ……」

女王の私室に隣り合ったロザリアの部屋から、オリヴィエとロザリアの深刻そうな声が聞こえた。

「このことをオスカーに告げるべきかどうか……。貴方はアンジェリークにとって兄にも等しい立場だから、こうしてわたくしの判断でご相談しておりますけれど」

話題は自分とアンジェリークのことのようだった。オスカーは気配を消してそっと扉に近づく。

「難しい問題だね。でも、ずっと隠し通せることじゃないし……」

オリヴィエの声は苦渋に満ちている。

「わたくしもどうしたら良いのか、判らなくて……。あの子が出来るだけ傷つかずに済むには……」

「……折を見て、わたしからオスカーに言うよ。あいつの態度次第では、別れさせることになるかもしれないけど……。でも、多分大丈夫。あいつもあの子も強いから」

「そうですわね。ごめんなさい、オリヴィエ。貴方にばかり頼ってしまって」

「いいわよ。わたしが一番、こういう事態には対処できるだろうからね。……じゃあ、行くね。ロザリア、あんたもリュミエールの所に行って、少し休みなよ」

オスカーはじっとその場で中からもれる会話を聞いていた。やはり、そうなのだ……。ショックではあったが驚きは大きくなかった。

ロザリアの部屋から出てきたオリヴィエはそこに立つオスカーを見て一瞬硬直する。オスカーの目が怖いほどの光を湛えて自分を射ぬく。

「……話がある、ちょっといい?」

掠れた声でそう言うと、オリヴィエはオスカーを自分の執務室へと連れていった。

「アンジェリークは……皇帝に凌辱されたんだな……?」

オリヴィエがなんと言おうか言葉を選んでいる間に、オスカーがそう切り出した。

「……ああ……そうらしい。皇帝がそう言って、アンジェリークも認めたらしい……。あんた、気づいてたの……?」

「戦争の際、捕らえられた女性がどうなるか、俺も知ってるからな……。最悪のケースとして、予想はしていた……」

オスカーは絞り出すように声を発する。苦しかった。予想していたとはいえ、やはり辛かった。

護りきれなかったのだ。アンジェリークはどれだけ傷つき、苦しんだことだろう。どうしたら、その傷を癒し労わることが出来るだろう。彼女の苦しみを一刻も早く取り除いてやりたい。

傍にいれば護ることも出来たのに。護りきれなかった自分が悔しかった。

「……あんた……どうするつもり……」

「決まってる。皇帝ときっちり決着をつけてやる。俺のアンジェリークを幾重にも傷つけた罪は十二分に償わせてやる」

オスカーの瞳には炎があった。灼熱の、全てを燃やし尽くす蒼い炎が。

「……良かった、あんたがバカじゃなくって」

オリヴィエが溜息と共に呟く。そんなことはないと思っていたが、デリケートな問題だけに心配だった。

「当たり前だ。俺はアンジェリークを愛してる。俺たちは愛し合ってる。大事なのはそれだけだ。そうだろう?」

「そうだね。じゃあ、早速戦闘に準備にかかるか」

オリヴィエは安堵した。同時に改めてオスカーの強さを感じた。愛する者の存在によって強くなったのはアンジェリークばかりではない。オスカーも強くなっているのだ。そんな2人をオリヴィエは親友として誇らしく思い、また羨ましく思った。

 

 

 

「では、行って参ります」

星の小径の前でコレットはロザリアに告げた。最後の決着をつける為に、『旧き城跡の惑星』に向かうのだ。

「ええ。パーティの準備をして待っているわ」

ロザリアはそう言って、一行を送り出した。

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救済

コレット一行は、『旧き城跡の惑星』深林の村へとやってきていた。かつて、ランディをはじめとする年少守護聖が囚われていた村である。村には相変わらず誰1人としていなかったが、それは皇帝によってモンスター化され、囚われているからだった。山の向こうに『虚空の城』が、皇帝レヴィアスの居城が見えていた。

(あそこに……皇帝がいる……)

オスカーはじっと射るような視線で、その城を見つめていた。愛するアンジェリークを苦しめた男。そして、未だ彼が知ることの叶わない、アンジェリークの体を貪った男。身も心も焼かれてしまいそうなほどの嫉妬と怒り。それがオスカーの中で燃え盛っていた。

(決して許さない……! 殺してやる)

彼の聖女を皇帝は汚したのだ。彼女の存在を踏みにじるかのように、彼女の尊厳を犯したのだ。

だが、それでアンジェリークが汚れたなどとは思わない。彼女に対して忌む気持ちなど微塵もない。彼女は何も悪くないのだから。ただ彼女が心に受けた傷を思うのみだ。どれほど苦しんだだろう。哀しんだだろう。強姦は体よりも心に傷をつける。存在そのものを否定され、ただ『女』という肉の塊としてのみ認識され、踏みにじられるのだ。

無垢だったアンジェリークは皇帝の暴力にどれほど傷つけられたことだろう……。彼女の痛みを思うと堪らなかった。

オスカーは虚空の城をまるでレヴィアスを見るかのように睨みつける。

「オスカー……」

そんなオスカーに、オリヴィエが声をかける。オスカーの怒りは判るつもりだった。彼とて、一度はアンジェリークに恋をした。彼女の心がオスカーに向かっていることを知ったとき、彼女の幸福を願って、気持ちを切り替えた。『兄』として彼女を支えようと。恐らく守護聖の中でアンジェリークを最も溺愛しているのがオリヴィエだ。そして、オスカーの親友でもあった。だが、だからこそ、冷静でいなくてはならなかった。オスカーは、レヴィアスを見れば冷静さを失うかもしれない。冷静さを欠いていては、レヴィアスを倒すことは出来ない。

「判ってる、オリヴィエ。冷静になれというんだろう?」

オリヴィエの心を察したようにオスカーは言う。

「冷静にならなければ、やつを倒すことは出来ない。判ってるさ」

自分に言い聞かせるように、オスカーが言う。アリオスとして仲間だった頃、アリオスの戦闘能力に随分助けられた。優れた剣士だった。皇帝と対峙したときにその魔導の凄まじさを見せ付けられている。頭に血が上っていては勝てる見込みはない。

「……炎がおとなしくってどうするのさ。あんたは思うさま暴れるんだね。ちゃんと、わたしとリュミちゃんがフォローしてあげるからさ」

それまで思っていたことと正反対のことをオリヴィエは口にした。無理に冷静になろうとするオスカーが痛ましかった。

オスカーは炎なのだ。その性質のままに暴れ、焼き尽くせばいい。オスカーの護りは自分とリュミエールが担当する。オスカーはただ皇帝を倒すことだけを考えればいい。

「……ああ、頼んだぜ」

オリヴィエの心遣いが嬉しかった。いつの頃からか、オリヴィエは一番の理解者だった。信頼するという点では敬愛するジュリアスよりも勝っているかもしれない。安心して背中を任せられる男だった。

「じゃあ、けりをつけに行くか」

 

 

 

その頃聖地の女王の私室ではアンジェリークが漸く意識を取り戻していた。

「ああ……アンジェリーク、良かった……!」

ロザリアが安心したように呟く。

「わたし……?」

アンジェリークは今の自分の状況が掴めていないようだった。だから、ロザリアは戦闘の後倒れたことを説明した。

「そう……だったわね。皆は、もう行ったの?」

自分の傍にはロザリアしかいない。守護聖たちが聖地にいるのであれば、必ず誰かがここにいるはずだった。

「ええ。皇帝と決着をつける為に……」

「そう……」

アンジェリークは深い溜息をついた。いよいよ全てが終わるときが来るのだ。

「アンジェリーク……オスカーに話したわ。貴女が受けた暴力のこと」

「ロザリア……!」

「勝手なことをしたのは申し訳なく思っているわ。でも、貴女に言わせるのは辛すぎて……。オリヴィエに相談したの。彼からオスカーに伝えてもらったわ」

落ち着きを取り戻す為にアンジェリークは深く息をついた。ロザリアは自分の為にやってくれたのだ。余計なことをしたと責めることは出来なかった。確かにどう告げて良いか、判断がつかなかった。隠し通せることではないし、隠すべきことでもない。ただ、仮令たとえ強姦であっても、愛する男性に『貴方以外の男に抱かれました』と告げることは辛かった。それをロザリアは救ってくれたことになる。

「全てが終わったら暫くのんびりなさいな、オスカーと二人で。それくらいは皆大目に見てくれるはずよ」

ロザリアは話を切り替えたかのようにそう言った。だが、それは間接的な表現でオスカーの反応を伝えたものだった。

出発の直前、オリヴィエからオスカーの反応を聞いた。オスカーはただアンジェリークの身を心配しただけだったという。心と体に受けた傷を思い心配し、皇帝に対する怒りを新たにしていたと。そして、『俺はアンジェリークを愛してる。俺たちは愛し合ってる。大事なのはそれだけだ』、そう言ったのだと。オスカーの愛の強さ深さを改めて感じさせられたロザリアだった。

「ありがとう……ロザリア」

ロザリアの、オリヴィエの優しさ暖かさに胸が熱くなる。そしてオスカーの愛に。だからこそ、アンジェリークはレヴィアスを救いたいと改めて思った。愛の素晴らしさをあの孤独な哀しい魂にも教えたかった。

「ロザリア……瞑想の間へ行きましょう。彼らの闘いを見届けなきゃ」

女王の表情になってアンジェリークは言った。

「そうおっしゃると思ってました」

溜息と共にロザリアは応える。守護聖たちは女王が安全な所へ避難することを望んでいたが、それをよしとするアンジェリークではない。『旧き城跡の惑星』に行くと言わなかっただけロザリアは安堵していた。

ロザリアはアンジェリークが起き出すのを手伝うと、女王宮内の瞑想の間へと向かったのである。

 

 

 

城内に放たれたモンスターと闘いつつ、一行は皇帝の元へと急いでいた。途中コレットと逸れた際、コレットがレヴィアスの過去を見せられた。彼の過去は十分同情には値するものだったが、それだけだった。

「悲劇のヒロイン気取りの女と、情けない皇子様の所為で、今こんなことになってるって訳か。いい迷惑だね」

いつもの皮肉な口ぶりでセイランが言った。それは大なり小なり大人たちには共通した心情だった。少年少女たちはそこまで冷徹にはなれず、かなり同情的だったが……。

皇帝の部下を倒しながら、漸く皇帝の元に辿り着く。

オスカーはまっすぐにレヴィアスを睨みつける。全ての怒りを視線に込める。その視線だけでレヴィアスを射殺すかのように。レヴィアスも、そんなオスカーを睨み返す。

(決着を……つける!)

 

 

 

闘いは熾烈を極めた。

オスカーは前線に立って、レヴィアスに攻撃を加える。それをオリヴィエとリュミエールがサポートする。

そして、ついに戦いが終わる。レヴィアスの敗北という形で。

 

 

 

「これで終わりなのか……? ……そうか……。コレット、運命は今、お前の手の中にある。さぁ、我にとどめを刺せ。お前に、我の命を絶つ権利を与えてやろう。宇宙を統べるお前の手で葬られるのも悪くはない。さぁ、我にとどめを刺せ」

レヴィアスはコレットに向かい手を差し伸べる。誰でも良かった。この生を終わらせてくれるのであれば。もはや生きる意志はなかった。自分の行ってきたこと全てが自分の弱さから発したことを認めたのだ。オスカーとアンジェリークの絆の強さを見せ付けられていた。オスカーを護るようなアンジェリークのサクリアを感じとっていた。アンジェリークを護る為にオスカーは己の命を顧みず、レヴィアスに戦いを挑んだ。

自分は何だったのだろう。たった1人愛する女を護ることが出来ず、死に追いやった。死を選ばせるような愛し方しか出来なかった。それを認めることも出来ず、叔父皇帝に対する怒りにすり替え、叛逆者となった。エリスを死なせてしまったことから逃れるように、魔導生成物を使って復活させようとした。

「とどめが刺せぬ……? 下らぬ情が湧いたか。お前に情をかけられるとは、我も……堕ちたものだ。我は皇帝……誰の情も受けぬ。終幕は自らの手で導こう」

レヴィアスは自らを消滅させる為に魔導の力を集中させる。コレットは息を詰めてただそれを見つめる。守護聖たちもレヴィアスの静かな迫力に動くことが出来なかった。

レヴィアスは何かを見るように視線を上げた。そこには何もない。だがそこに感じ取っていた。その存在を。

「……孤独の幕開けか……それも悪くはない。さらばだ、天使。……楽しませてもらったよ」

その存在に語りかけるようにレヴィアスは別れを告げる。そして……消滅した……。

 

 

 

聖地宮殿内瞑想の間。

アンジェリークはロザリアと共に戦いを見守っていた。サクリアで守護聖たちを護り、見守った。

レヴィアスは苦戦していた。守護聖たちの振り絞った力の所為もある。だが、彼自身の内面の迷いが彼の闘いを妨げていた。

「レヴィアス……哀れな人……」

アンジェリークは意識せぬまま呟いていた。

やがて、闘いが終結へと向かっていく。アンジェリークは意識をレヴィアスに集中する。レヴィアスを救う為に……。

アンジェリークがレヴィアスを救おうとしていることはロザリアも知っていた。それが『助命』ではなく、魂を救おうとしていることも。だから、アンジェリークがサクリアを解放しやすいように守護聖たちの護りを引き継ぐ。

皇帝の間と結んでいる水盤を通して、レヴィアスが視線をアンジェリークに向ける。2人は水盤越しに見つめあった。

「……孤独の幕開けか……それも悪くはない。さらばだ、天使。……楽しませてもらったよ」

「駄目よ、レヴィアス……!」

レヴィアスはその魂ごと消滅しようとしていた。それを察したアンジェリークの体が目映い光に包まれる。女王のサクリアが水盤を通して、レヴィアスを包み込む。その魂を護る為に。

「駄目よ、レヴィアス……消滅してしまっては……」

貴方の魂を孤独しか知らないまま終わらせたくない。やり直すチャンスを残しておきたいの……。

アンジェリークの思いが、レヴィアスを包み込む。優しさが、慈愛が、彼の魂に安らぎを与える。

〔アンジェリーク……〕

レヴィアスの魂が、アンジェリークの前に現れる。だが、それは生前のような邪悪なものではなく、恐らく彼の本質である、傷ついた繊細な、弱い青年の姿だった。

「貴方は、ずっと選択を間違えてた……。新たな世界でやり直しましょう、レヴィアス。新しい自分になって、本当の愛を、人を愛するということを知ってほしいの」

〔我は……愚かだった……〕

「ええ、宇宙一の大馬鹿よ……。でも、やり直したい、自分を変えたい、そう思っていたはずよ。だから、『アリオス』が生まれた……」

〔そうかも知れぬ……こう在りたいと思った我の姿が『アリオス』となった〕

「ええ。アリオスとしてやり直すことも不可能ではないわ。けれど、もう一度、生まれるところからやり直しましょう。そして、本当の貴方としての生を生きて」

アンジェリークの優しい『母』のサクリアが、レヴィアスを包み込む。

〔暖かい……アンジェリーク、お前には負けたよ。オスカーにも、な……。お前たちの愛は強かった……我にもそれだけの強さが持てるようになるだろうか……〕

「ええ。きっと持てるようになるわ」

〔ありがとう……聖なる白い翼の女王よ……。我がこの宇宙に来たのはこうして救われる為だったのかも知れぬな〕

レヴィアスは微笑んだ。これまで誰も見たことない、いや、彼自身初めて浮かべる穏やかな微笑だった。

〔我が奪ったお前の力……お前に還そう…我が再び生まれてくるまで、お前の優しさが、この宇宙を包み込めるように……〕

「レヴィアス……おやすみなさい……貴方の魂に安らぎを……!」

レヴィアスからサクリアを受け取り、アンジェリークは気を集中し、彼の魂を再び包み込む。彼が生まれ変わる世界に送る為に。

〔…………〕

声には出さずに、レヴィアスはアンジェリークに告げる。そして目を閉じ、穏やかな表情のまま光に包まれ、消えていった。

 

 

 

ロザリアは、じっと言葉を発しないままアンジェリークとレヴィアスを見ていた。

(皇帝は……アンジェリークを愛したのね……)

男が女を愛する以上に、幼子が母親を求めるように。そして、アンジェリークもそれに応えたのだ。

「アンジェリーク……お疲れさま」

そっとアンジェリークに近づき、労わるように抱きしめる。

「ロザリア……ありがとう。何も言わずに見守っていてくれて」

宇宙を危機に曝した男の魂を救ったのだ。非難されても仕方のないことだった。だが、ロザリアは何も言わなかった。

「あんたのやりたいようになさいって、言ったでしょう?」

「うん……ロザリア、大好きよ……!」

「わたくしもよ。まぁ、出来ればもう少しお転婆を控えてもらえると、もっと好きなんだけど」

「もう、ロザリアったら」

2人は顔を見合わせてくすくすと笑う。宇宙に平和が戻った、そんな安心感があった。

「今度こそ、幸福になれるといいですわね、彼……」

「うん……きっと、大丈夫よ」

「ええ。さて、戻って、コレットたちを迎える準備をしなくては行けないわ。あんたはベッドの中でおとなしくしてるのよ」

「ええ~。寝てるの飽きちゃった」

「駄目です! おとなしく寝ないんなら、ジュリアスを監視につけますわよ」

「それじゃあ休息にならないって~~~」

「だったら、おとなしく寝なさい」

「は~~~い……。もう、ロザリアの意地悪……」

「何かおっしゃって?」

「ううん、何も」

女王と補佐官は、危機が訪れる以前のように明るく言葉を交わしながら、瞑想の間を出ていった。帰ってくる守護聖たちを迎える準備をする為に。

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未来

『旧き城跡の惑星』から守護聖たちは戻ってきた。

そして、コレットをはじめ教官・協力者といったこの旅に同行し戦い続けた彼らを労い、宇宙に平和が戻ったことを祝うささやかなパーティが、聖地の宮殿・謁見の間で開かれていた。

「アンジェリーク……本当に、ありがとう。貴女のお陰でこの宇宙は救われたわ。辛いことがあったら旅の日々を思い出してね。きっと新しい勇気が湧いてくるはずよ。わたしも……忘れないわ。貴女が、この宇宙の為に、命をかけて戦ってくれたこと。……ありがとう」

宇宙の歪みを修正する為に聖地を離れられない自分に代わり、侵略者と戦ってくれたコレット。その為に辛く哀しい思いをせねばならなかった彼女にアンジェリークは感謝を込めて言った。

そんなふうに言われてコレットはかえって恐縮してしまう。正直なところアリオス=レヴィアスという事実が判明するまでの彼女の旅は、物見遊山のようなものだったから。自分たちを包み込む女王陛下のサクリアを感じていたから、それほど切羽詰った危機感は持っていなかったのだ。

アンジェリークもコレットがさほど危機感を持っていなかったことは知っている。だが、かえってそれが良かったのだ。ゆっくりと彼女の旅が進んだことで、自分はレヴィアスをる時間を与えられた。でなければアンジェリークの中でレヴィアスは憎むべき敵としてしか認識されず、彼の孤独に気づくことは出来なかっただろう。そして、彼とエリスの愚かしくも悲しい愛を知ることもなく、オスカーとの愛を、互いの想いを見つめ返すこともなかっただろう。

だから、あれで良かったのだと思っていた。

「コレット、本当に、よくがんばってくれたわ。わたくしが助けを求めたときは、あんなに不安そうな顔をしていたのに……今は、自信に満ちていてとても素敵よ。貴女が乗り越えてきたものは大きかったのね」

そう言いながらロザリアは隣で微笑む親友にも同じことを思った。アンジェリークはこの危機を乗り越えて美しくなっている。内面から滲み出る優しさと愛の力が、彼女を美しくしている。受けた屈辱を受け止め、昇華し、レヴィアスを理解したことで哀しさも知った。それは彼女とオスカーの愛を一層強いものにし、アンジェリークはしなやかに、より女王として女性として成長していた。

「今夜は、そんな貴女と宇宙の為のお祝い。ささやかだけど、楽しんでもらえると嬉しいわ」

ロザリアがそう言って、コレットを送り出す。共に旅をしてきた人々と最後の夜と楽しんでもらう為に。

 

 

 

アンジェリークは1人バルコニーに出ていた。室内のホールではコレットを囲んで教官・協力者たちが談笑していた。別の一角ではロザリアと守護聖たちが、宇宙に平和が戻ったことを祝っている。

「オスカー、陛下の許に行ってあげて下さいな。今夜は何が起きても、わたくしたちは関知しませんから」

ロザリアがそっとオスカーに耳打ちする。オスカーは驚いたようにロザリアを見つめる。そんなオスカーにロザリアはにっこりと微笑むことで応える。ジュリアスに視線を向けると、穏やかな表情でジュリアスは肯いた。

「ありがとう、ロザリア」

ロザリアの手を取り、手の甲に敬愛と感謝のキスをすると、オスカーはバルコニーに向かった。

「これで良いのですね、ロザリア」

オスカーの後姿を見送る恋人にリュミエールが声をかける。

「ええ……あの子を本当に癒せるのはオスカーの愛しかありませんもの」

アンジェリークが全てを受け止めているとはいえ、やはり初めに受けた傷は大きかった。そしてその傷を癒せるのは彼女が愛し、彼女を愛する者以外にはない。

アンジェリークは守護聖たちに凌辱を受けた事実を明らかにしていた。レヴィアスの最期の瞬間にアンジェリークのサクリアが彼を包んだことを守護聖たちは気づいていた。だから不審に思い、女王を問い詰めた。それに対し、アンジェリークは凌辱されたこと、エリスとの会話、レヴィアスの孤独を救いたいと思ったこと、全てを話した。守護聖たちには衝撃的な事実だった。レヴィアスの孤独を知ったアンジェリークが彼を救いたいと願うことは当然とも思えた。彼女の広く深い心を知っていたから。だが、彼女が受けた屈辱を思うと堪らなかった。

アンジェリークもその事実を告げたときだけは声が震えていた。そんなアンジェリークにオスカーは駆け寄り、優しく抱きしめたのだ。彼女に安心を与えるように。オスカーの腕に抱かれ、アンジェリークは安心したように微笑み、その微笑みが守護聖たちを安堵させた。

アンジェリークにそんな微笑を与えることが出来るのはオスカーだけだと、誰もが認めていた。だから、今夜だけは彼等に女王と守護聖ではなく、ただの恋人として過ごす時間を与えようと思ったのだ。

 

 

 

オスカーはアンジェリークを求めてバルコニーに出た。アンジェリークは澄みきった夜空を見上げていた。

「星が綺麗ね……。貴方たちのお陰で、宇宙に平和が戻った証拠だわ」

振り向かずにアンジェリークがオスカーに言った。穏やかな優しい口調だった。

「俺たちが戦えたのは君を取り戻したかったからだ。君がいたから宇宙に平和が戻ったんだ」

オスカーは優しく背後からアンジェリークを抱きしめた。

「レヴィアスの生まれた宇宙は……どこにあるのかしらね」

「さぁ……だが、あいつはコレットの宇宙で新たな生を受ける。今度こそ幸福を知る為に。そうだろう?」

「ええ……」

「やつを……愛した?」

アンジェリークを抱く腕に僅かに力をこめながらオスカーは問うた。

「……ええ。でも、貴方への想いとは違う……。放ってはおけないって思ったわ。このままじゃいけないって……。同情だったのかもしれない。でも、この気持ちも多分、彼を愛したことになると思う……。男と女の愛ではないけれど……」

アンジェリークは自分を抱くオスカーの手にそっと白い手を重ねた。

「彼を憎まなかったと言えば嘘になるわ。彼に奪われて……死んでしまおうかと思ったこともあった。暫くはどうしたら死ねるか……そればかり考えてた……」

アンジェリークのその言葉にオスカーの体が強張る。

「でも……わたしが死んだら貴方はどうなるのか……。そう考えたとき、その気持ちは消えたわ。貴方をおいてなんて逝けない。そう思ったの」

ゆっくりとアンジェリークがオスカーを振りかえる。全ての想いを込めた瞳でオスカーを見つめる。

「ああ……君がいなくなったら俺はきっと狂ってしまう。そうなったらサクリアが暴走して、宇宙を滅ぼしてしまうだろうな」

「わたしも同じ……。貴方がいなくなったら狂ってしまう。だから、判ったの」

アンジェリークがそう言って微笑む。気高い、聖女のような微笑。

「貴方が強姦されたわたしをどう思うか、不安にもなったわ。でも、そんな考え一瞬だけだった。貴方がこれまでわたしに与えてくれた愛はそんなことで揺るがないって思ったの。どうして一瞬でも不安を感じたのか、そのことのほうが不思議なくらい……」

そっと自分の胸元に頭を預けるアンジェリークをオスカーは堪らなく愛おしく思った。

「嬉しいよ、アンジェリーク……。君が俺の愛をちゃんと信じてくれていた。それが何より嬉しい」

オスカーはそっとアンジェリークの頤に手をかけ、顔を上げさせると優しく口付けた。

「今夜一晩、君を俺にくれないか」

 

 

 

宮殿ではまだパーティが続いている。2人は宮殿をあとにし、オスカーの館へと向かった。その2人の姿を補佐官と守護聖たちは優しい、安堵したような目で見送った。

 

 

 

窓から月の光が差し込んでいる。部屋を照らす明かりはそれだけだった。

「綺麗だ……アンジェリーク」

アンジェリークは寝台に一糸まとわぬ生まれたままの姿で横たわっていた。白磁の肌は、愛する男に見つめられる羞恥で仄かな薔薇色に染まっている。その姿は生まれたての女神のように美しかった。だから、オスカーの口からは感歎の吐息ばかりが漏れる。

羞恥をこらえてアンジェリークはオスカーを見つめる。やはり全ての衣を脱ぎ落としたオスカーはまるで軍神のように逞しく、また美しい。

「オスカー……」

じっと自分を見つめるオスカーの視線に耐えかねたようにアンジェリークは愛しい男を呼ぶ。オスカーはそれに応えた。

 

 

 

アンジェリークの肌は滑らかで、まるで掌に吸い付くかのようだった。オスカーは限りない愛しさを込めてアンジェリークの全てを隈なく愛する。アンジェリークはその愛に敏感に応える。濃密な、甘い、そして優しい時間。甘い吐息と衣擦れ、そして愛による濡れた音。

アンジェリークはオスカーに愛されるところがどんどん熱くなっていくことに驚きを感じていた。

『セックス』は知っている。無理やり知らさせた。だが、それとは何かが、明らかに違う。

(……オスカーだから……)

単なるセックスではないのだ。愛する者との『Make Love』。愛を生み出し、確認する行為。だからこそ、こんなに体が熱くなるのだ。心が満たされ、熱いから……。

オスカーを体内に受け入れ、アンジェリークはレヴィアスとの行為では得られなかった深い喜びを感じていた。

 

 

情熱の時間が過ぎて、アンジェリークはオスカーの腕に抱きしめられて深い眠りについた。安心しきって幸福そうに眠るアンジェリークの寝顔をオスカーは至福を感じながら見つめていた。

「アンジェリーク……愛してる。君が、いつもこうして安らかに眠れるように、俺が必ず守る。だから、安心して、ゆっくり眠るんだ」

アンジェリークの髪にキスを落とし、オスカーが呟く。それを感じ取ったのかアンジェリークが幸福そうに微笑んだ。

夜が明ければ、また女王と守護聖の立場に徹することになる。だが、それで良かった。互いの心は何物にも負けない強さで結びついているのだから。

オスカーは、腕の中の甘い幸福な重さを感じながら、じっとその寝顔を見つめていた。

 

 

 

「陛下。コレットから知らせが参りましたわ」

ロザリアは女王に重大な知らせを伝える為に私室を訪れた。

「彼が、生まれたのね」

だが、ロザリアが報告する前にアンジェリークが言う。感じ取っていたのだ。彼の転生を。

「感じておいでだったのですね」

「……今度こそ、彼の生が幸福なものであればいいわね」

新宇宙に生まれ変わったレヴィアス――アリオス。彼が今度こそ悔いのない生涯を、幸福な生を生きられるよう、アンジェリークはサクリアを贈った。

彼が再び、この宇宙に現れることなど、このときは想像もしないで。

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