アンジェリーク

哀しみの必要

アンジェリークが眠れぬ夜を過ごしていた頃、聖殿の執務室の1室に微かな明かりが灯っていた。

誰にも出会わなかったことにホッとしていたオスカーとアンジェリークだったが、そんな2人の様子を見ていた者はあったのだ。エリューシオンへ力を贈ろうとして王立研究院へ向かっていたジュリアスとクラヴィスである。

オスカーとアンジェリークは抱き合っていた。本人たちにしてみればそんなことはないと言うだろうが、本人たちの気持ちに気付いている者たちから見れば、それは確かに抱擁だった。

「オスカーが戻ったようだ」

ジュリアスが窓の外を見ながら言った。

「そうか」

カードを捲りながらクラヴィスが応える。

「やはりアンジェリークを早急に即位させたほうがいい」

そう言ってジュリアスはクラヴィスに向き直る。

王立研究院へ向かっていた2人は、偶々アンジェリークたちの姿を眼にした。2人の抱き合う姿を目撃した後、行くのを取りやめ、聖殿へと戻ったのだ。クラヴィスが常にない強引さでそれを強要したのだ。何かクラヴィスに思うところがあるのだろうと、ジュリアスはその意見を尊重した。

だが、やはりジュリアスには焦りがある。もしオスカーが自制することを放棄してしまったら。そして、万が一にもあるとは思えないが、アンジェリークがそれに応え責任を放棄してしまったら……。

「オスカーがそのような男ではないことは、お前が一番知っていよう」

ジュリアスの焦りを受け流すようにクラヴィスは言う。だが……と、クラヴィスは口に出さずに呟いた。かつてのオスカーでは心配要らなかったはずのことも、今ではどうであるのか。今のオスカーとかつてのオスカーは同じ人物ではあっても、同じではないのだ。本当の恋を知ったことによって、人は変わってしまうこともあるのだ。

それをクラヴィスに確信させるようにジュリアスが応える。

「ああ。だが、今のオスカーは理性より感情が勝っている」

「水晶球もカードも、あの娘が女王となることを示している」

淡々とクラヴィスが告げる。

「ならば、無理矢理にオスカーの心を封じてしまうのは良くない。新女王となるあの娘との間に亀裂を生じさせてしまう」

オスカーの恋情は高まっている。今アンジェリークを即位させれば、オスカーの恋は行き場を失う。行き場を失ってしまった恋は荒れ狂うだろう。そうなったとき、新女王となった相手にどう対するのか……。サクリアは安定を欠いてしまうだろう。

全てを諦めていた自分であってもそうだったのだ。現女王に拒絶を受けたとき。けれどきっぱりと拒絶されたことは反ってクラヴィスの心を安定させた。想いに区切りをつけることが出来たのだ。尤も、受けた傷が癒えるまでには随分時間がかかった。傷を癒す為に心を閉ざしてしまった。

だが、今この場でオスカーの恋の行き先を閉じてしまったら、自分よりずっと熱情を抱えているオスカーはどうなるのか。オスカーは反逆者と呼ばれる行動に出るかもしれない。

「では……暫く待つしかないのか」

クラヴィスの言わんとしていることを理解し、ジュリアスは呟く。

冷静になれば予測がつくことだ。仮にオスカーが行動を起こしたとしても、アンジェリークが諾と言うわけはない。アンジェリークは無意識のうちに女王としての務めを理解していた。課せられた使命を理解していた。そして今でははっきりと自覚している。

「オスカーの気持ちが落ち着くのを待つしかないのか……」

オスカーの気持ちが最早抑えようもなく高まっていることを2人は感じ取っていた。だから、オスカーが数日のうちにも行動を起こすであろうことも予測していた。そしてその結果も……。だからこそ、ジュリアスはアンジェリークの即位を早めようとしたのだ。

アンジェリークに拒絶されればオスカーは深く傷付くだろう。オスカーにとっては恐らく初めての真剣な想いなのだから。一時的にアンジェリークとの関係も悪化してしまうかもしれない。

だが、それをいつまでも引きずるほど彼は愚かではないはずだ。守護聖としての自覚を取り戻し、自分の気持ちに決着をつけるだろう。

アンジェリークとの関係を良好なものにする為に、自分たちも陰ながら力を貸そう。多分自分たちだけではなく、アンジェリークを可愛がっているオリヴィエやリュミエールやルヴァも、力を貸すだろう。

「1ヵ月は……試験終了が延びるな」

ジュリアスは溜息をついた。それまで、現女王の力は保《も》つだろうか。だが無理にアンジェリークの即位を強行すれば、アンジェリークとオスカーの間に亀裂が入りかねないのだ。新女王と次期守護聖首座の間に。それは決して宇宙の為に良い結果は生まないだろう。

「当分の間、依頼のない育成は禁止しよう。それで少しは即位までの時間を引き延ばすことは出来るはずだ」

育成の贈り物を中止する分、現女王に捧げる力を増やし、宇宙の安定を支えるしかない。

「そうする他あるまいな」

クラヴィスは頷いた。

だが……2人は思ったのだ。果たしてこれがアンジェリークの真の幸福に繋がるのだろうか……と。

女王も守護聖も、宇宙を支える為には己の幸福を犠牲にせねばならないのか、と……。

 

 

 

ジュリアスとクラヴィスの許、守護聖が召集された。そして、依頼のない育成を禁止する旨、通達された。

(ふ~ん。ジュリアスたちもなかなか味な真似するじゃない)

その理由が何であるのか、ピンと来たオリヴィエは心の中で呟いた。

ほぼアンジェリークが女王となることは確定した。ゆえに急速に女王即位を促すのではなく、アンジェリーク自身に気持ちの整理をさせる為に暫し即位までの時間を引き延ばす――それがジュリアスたちが伝えた表向きの理由であった。女王試験の際の慣例であると言われれば他の守護聖は頷かざるを得ない。

「本当なんですか? ルヴァ様。そんな話聞いたことないです」

不満の篭った声でマルセルがルヴァに問う。

「え~、皆は初めての試験ですから、知らなくて当然ですねぇ。確かに前回も、そんなことがありましたよ。カティスが、わたしたちにそう告げましたからねぇ」

前任の緑の守護聖の名を出してルヴァが答える。カティスに絶対の信頼を置いているマルセルは慣例の存在には渋々納得したようだ。もうカティスが聖地を離れて随分になるのだが、カティスは未だに守護聖たちの心の中に住んでいるのだ。明確な存在感を持って。

だが、ルヴァの科白は勿論大嘘である。そんな慣例がないことを前回の経験者であるルヴァは知っていた。だが、ジュリアスは世界の為に1日も早い新女王誕生を願っていたはずだ。そのジュリアスがクラヴィスと口裏を合わせてまでそんなことをするにはそれ相応の理由があるのだろうと思い、芝居に一役買ったのだ。

「なんか、納得できないな」

集いの間から出て行きながら、マルセルは呟いた。隣にはゼフェルとランディがいる。

「アンジェが女王になるのはもう随分前から判りきってたことだし、彼女だってとっくに自覚できてるはずでしょ? なのに何で今更そんなことするんだろう」

大人たちが気付いている裏面の事情――アンジェリークとオスカーの心の問題――を知らぬ少年守護聖たちはジュリアスたちの配慮が奇異なものに思えて仕方なかった。慣例だと言われて引き下がったが、納得はしていないのだ。

「そう、だな……」

ぼんやりとランディが相槌を打つ。

彼はアンジェリークに恋をしていた。自覚してどうしようもなくて、ジュリアスに相談したのだ。そしてジュリアスからは冷徹な言葉が返ってきた。――守護聖として行動せよ、と。

幸いというか、ランディの想いはまだ抑えきれるものだった。だからこの想いは忘れようと思ったのだ。それにアンジェリークを見つめていた彼はアンジェリークの心が1人の守護聖に向かっていることに気付いていた。

早くアンジェリークが女王になってくれればいい――ランディはそう願っていた。自分の気持ちが抑えきれるものであるうちに。彼女が女王となれば、自分の心に芽生えた淡い恋は女王への忠誠へと昇華させることが出来るから。そして……アンジェリークの心が彼に届いて、彼女が彼1人のものとなってしまわないうちに。

ランディたちは己の恋の所為(マルセルとゼフェルはまだ自覚も出来ないほど淡いものであったが)、アンジェリークの1日も早い即位を願っていた。だから、ジュリアスたちの決定に納得が出来ぬまま、集いの間から去っていった。

「リュミエール……あの者たちに気をつけてくれぬか……」

集いの間から出て行く少年守護聖たちの様子を見ていたクラヴィスが、傍らのリュミエールに告げる。

「はい、クラヴィス様」

柔らかな声でリュミエールは応える。リュミエールはクラヴィスたちが告げたこの『執行猶予期間』を有難いことと思っていた。

リュミエールのアンジェリークに向けた想いは恋ではない。けれど、守るべき存在、支えてあげたいもの、そう思っていた。オリヴィエがアンジェリークに向けた『妹』に対するのと似た感情だった。けれど、やがて少女は女王陛下となるのだ。自分の気持ちを整理する必要がありそうだった。

(アンジェリークが女王となる……)

それはリュミエールにとってとても幸福なことだった。彼女の為にサクリアを使うことは、とても幸福だと感じていた。それにアンジェリークが女王となれば、きっとクラヴィスにも良い影響を齎すだろう。これまでに彼女が守護聖たちに与えてきた良い影響。更にそれは大きくなり、聖地に心地よい変化を齎すことだろう。

だが……リュミエールは視線を移した。ジュリアスと話しているオスカーへと。

(それは……オスカーにとっては良いことなのでしょうか……?)

リュミエールの優しげな表情が曇る。

オスカーとは同期だ。ほぼ同時期に聖地へと来た。正反対ともいえる性格と、心酔した守護聖の不仲から然程親しくはなかったが、互いに気に掛けてはいた。この女王試験が始まってからはジュリアスとクラヴィスの関係が好転したことから、また緑の守護聖に続いての女王交代により、次代を見つめるようになったことから、リュミエールとオスカーの関係も変わってきていた。

だから、リュミエールもオリヴィエと同様に、オスカーとアンジェリークの微妙な関係に気付き気に掛けていたのだ。

そのオスカーはリュミエールの視線には気付かず、ジュリアスと会話を交わしていた。というよりはジュリアスが一方的に話をしていたといったほうがいいかもしれない。

「恐らく、これで1ヶ月前後は余裕が出来るはずだ。その間にそなたも気持ちの整理をつけるのだな」

幾分かの優しい心遣いを含んだ声でジュリアスはオスカーに言った。オスカーは微かに頷く。まさかジュリアスたちが自分の為にこのような期間を設けたとは気付かなかったが、この僅かばかりの時間は希少な、そして最後のチャンスだと思ったのだ。

恐らく1ヶ月もかかるまい。あと10日もすればアンジェリークは女王になってしまう。行動を起こすとすれば、今しかなかった。

何かを決意したオスカーの横顔をジュリアスは複雑な面持ちで見つめていた。

オスカーは最も信頼できる男であり、守護聖としても1人の人間としてもジュリアスは一目置いている。友人と呼ぶには多少語弊があるかもしれないが、そのような感じではあった。そして、アンジェリークは守ってやりたい少女だった。幸福になってほしいと願う少女だった。けれど、女王として最も相応しいと信ずる存在でもあるのだ。

アンジェリークとオスカーの幸福を願う気持ちは確かにある。けれど、ジュリアスは守護聖の首座として宇宙全体のことを第一に考えなければならなかった。そして宇宙のことを第一に考えねばならないのはアンジェリークも同じであり、彼女がそれを十分に認識していることをジュリアスは知っていた。

だから、オスカーの決意が、決して良い結果を生まぬことを予測《わか》っていたのだ。ジュリアスは複雑な気持ちだった。そしてそれはクラヴィスもリュミエールも同様だった。ゆえに、その後の2人の関係に心を砕こうと決意してもいた。

 

 

 

「あっ、天使様! 決められた日でもないのに来てくれるなんて、エリューシオンのことをすっごく大切に思っててくださる証拠ですね!」

アンジェリークがエリューシオンを訪れると、大神官が満面の笑みを浮かべ出迎えてくれた。

「どう? 皆の調子は」

「ええ、もうすぐで『伝説の島』に着きますから頑張ってるです」

ニコニコと笑って大神官は応える。

この素直さと健気さは初めて会ったときから少しも変わらない。土の曜日の大陸訪問をすっぽかしたときでも、大神官は少しも怒らず逆に体の具合でも悪いのかと心配そうな顔をしたものだ(尤も大神官の代わりに王立研究院のパスハに確り叱られたが)。

現在のエリューシオンの状況を説明する大神官の話を聞きながらアンジェリークに胸が痛んだ。

大神官をはじめエリューシオンの民は自分を信じ自分を頼って、健気に生きている。自分もその民たちの思いに応えたくて頑張って来たしこれからもそうするはずだったのだ。

けれど今、アンジェリークの心には迷いが生じている。女王になる決意は変わらない。だが、出来るだけ女王になる日を引き延ばしたいと考えている。少しでも、ただの少女としてオスカーの傍にいたいから。2人だけの時間をもう少し持ちたいから。

「もうすぐですよ、天使様。もう少しで天使様が女王様になるです。わたしたちはそれが凄く楽しみです。わたしたちの天使様が宇宙の女王様になられる日を心待ちにしているです。天使様はわたしたちの誇りです。頑張ってくださいです、天使様!」

大陸を離れるアンジェリークに大神官は告げた。瞳をキラキラと輝かせて。

「ありがとう、大神官。頑張るから、皆も確りね」

遊星盤に乗ってアンジェリークは応える。笑顔を作ったつもりだが、顔が微かに引きつっているのが自分でも判った。

大陸を訪れた後は、心がいつも軽くなっていた。頑張ろう、そういう気持ちがいつも湧いていた。けれど、今、アンジェリークの心は逆に重くなっていた。

 

 

 

王立研究院に戻るとアンジェリークはパスハから『星の望み』を受け取った。近頃パスハの態度が少し変わってきたような気がする。指導すべき『女王候補』から『次期女王』に対するものへと。いやパスハだけではなかった。寮で身の回りの世話をしてくれるお世話係の人も、寮母も少しずつ態度が変わってきていた。周囲が自分を『女王になる者』として見始めているのだ。

王立研究院を出ながらアンジェリークは『星の望み』を見た。

「ランディ様の力、か……」

呟くと、アンジェリークは聖殿へ向かった。ランディに育成を依頼する為に。

育成なんて依頼したくない。依頼すれば確実に建物が建ってしまう。エリューシオンに送られている風の力は、現在128もあるのだ。確実に1件は建物が増えてしまう。

けれど、民の願いを無視は出来ない。頑張っているエリューシオンの民を見捨てることは出来ない。

これ以上迷いが生じないうちに女王になったほうがいいのかもしれない……。そう思いながらアンジェリークはランディの執務室へ向かった。

その夜、ランディは風のサクリアをエリューシオンに送った。その結果、白いドームの建物が2件増えた。依頼のない育成は禁止されたが、依頼されればサクリアを送ることは出来る。だからランディは通常より多いサクリアを送ったのだ。そしてエリューシオンの建物は64件になった。伝説の島到達まで、あと7件となる。

 

 

 

マルセルの執務室を出ると、アンジェリークは溜息をついた。

アンジェリークが執務室を訪れるとマルセルは満面の笑みを浮かべ、『やっと来てくれたんだね、アンジェリーク。だって大好きなんだもん。いっぱい待ったんだよ!』と言った。そんなふうに素直に言葉に出せるマルセルが羨ましかった。子どもだからといえばそれまでだが、その素直さと無邪気さがアンジェリークには羨ましく、同時に心を重くしていた。

民の望みのままに育成を依頼した。力を4つ使って。

「次は……リュミエール様ね……」

重い足を引き摺るようにアンジェリークは歩む。リュミエールの部屋に前で立ち止まる。視線が流れる。隣の部屋へと。

(お逢いしたい……)

隣はオスカーの部屋だ。ほんの数歩歩き扉をノックすれば、オスカーに逢える。

(駄目よ、アンジェリーク……)

会ってしまえば、気持ちにまた迷いが生じる。1日でも早く女王になろうと決意したではないか。エリューシオンの民の為に……。

「こんにちは、リュミエール様」

笑顔を作ってリュミエールの部屋に入る。

「ようこそ、アンジェリーク。わたくしの力が貴女の役に立つことを、わたくしはとても嬉しく思います」

穏やかに微笑んでリュミエールがアンジェリークを招き入れる。

「アンジェリーク……顔色が優れませんね。どうしたのですか?」

無理に笑顔を作っていたが、憂鬱な気分が顔に出ていたらしい。リュミエールが心配そうにアンジェリークの顔を覗く。

「疲れているのではありませんか? 頑張りすぎですよ、貴女は」

女王試験が始まった頃、アンジェリークは夜遅くまで勉強していた。『わたしはロザリアみたいに専門の教育を受けたわけじゃないから勉強しなければならないことがいっぱいあるんです』 当時のアンジェリークはそう言って明るく笑っていた。そのことをリュミエールはよく知っていた。

「今日はもうお帰りなさい。力はまだ残っているようですが、無理をするのは良くありません。力を使えばそれだけ体に負担がかかるのですから」

ソファにアンジェリークを座らせ、リュミエールは優しく言う。

「いいえ、リュミエール様。大丈夫です。水のサクリアをたくさん、エリューシオンに送ってください」

首を横に振って、アンジェリークは言う。

「けれど……無理をしてはいけませんよ、アンジェリーク。貴女の体に何かあっては大変なことです。あまり負担を掛けてはいけません」

アンジェリークを宥めるようにリュミエールは穏やかに言葉を継ぐ。けれどアンジェリークは頑なに首を振りつづける。1日も早く女王にならなければならない。でなければ、自分は……。

「お願いです、リュミエール様。水の力をエリューシオンに。民たちの為に、お願いです……!」

思いつめたような表情でアンジェリークは言う。

「……判りました、エリューシオンに水のサクリアを送りましょう。けれど、本当にいいのですね?」

リュミエールとてアンジェリークの心に気付いていないわけではないのだ。だから、何がアンジェリークを追い詰めているのか、予想がついた。

「はい……お願いします、リュミエール様」

アンジェリークが頷く。その表情をリュミエールは痛ましそうな瞳で見つめていた。

「アンジェリーク、これだけは覚えておいてください。わたくしたちは皆、貴女の幸福を祈っているのですよ。貴女の真の幸福を。きっとエリューシオンの民も……」

アンジェリークに女王になってほしい。けれどそれがアンジェリークの真の幸福に繋がるとも思えない。リュミエールの心は揺れていた。

「リュミエール様……」

哀しそうに、けれど限りない優しさを込めて自分を見つめるリュミエールの瞳をアンジェリークは見つめた。

 

 

 

その夜、リュミエールはオスカーの館を尋ねた。

「少し、話があるのですが……よろしいですか、オスカー?」

執事に案内され、リュミエールはオスカーの居間へと招き入れられた。以前はあれほど周りに侍らせていたはずの美女たちは今は暇を出され、オスカーの館はらしくもなく男の使用人ばかりになっていた。それを見て今更のようにリュミエールはオスカーの想いの深さに気付いた。

「あら、今日はお客が多いこと」

オリヴィエがいた。オスカーと向かい合って、グラスを傾けている。

「オリヴィエ、貴方もいらしたのですか」

リュミエールはホッとしたように言った。オリヴィエは自分と同じだ。多分アンジェリークとオスカーのことを誰よりも心配している。アンジェリークの『兄』として、オスカーの親友に近い友人として。

「まぁ、座りなよ、リュミちゃん」

軽く言ってオリヴィエが手招く。

「多分、あんたもわたしと同じこと言いに来たんじゃない?」

オスカーがリュミエールのグラスを用意する為に席を外すと、オリヴィエが囁いた。

「貴方も、アンジェリークのことで?」

「やっぱり。同志って訳だ」

にやり、とオリヴィエが笑う。

「ったく、オスカーも何やってんだか。折角ジュリアスたちが時間を与えてくれたっていうのにさ」

戻ってきたオスカーを軽く睨みつけながら、オリヴィエは言った。

「で、リュミエールは何の用があって態々来たんだ?」

リュミエールにグラスを渡しながらオスカーが口を開く。

「アンジェリークのことです、オスカー」

オリヴィエという頼もしい味方を得て、リュミエールは言う。アンジェリークの為、と意を決して訪ねてはみたものの、今まで迷っていたのだ。言って良いものかどうか。一時の感情に流されて素晴らしい女王となる少女を失ってもいいものか、と。

けれど、少なくとも彼女の真の幸福が女王となることにはないと考えている守護聖がもう1人いた。それも、恐らく人を見る目は守護聖一確かなオリヴィエだ。そのことにリュミエールは力を得ていた。

「このままで良いのですか、オスカー? アンジェリークをこのまま女王にしてしまって……? 貴方は本当にそれでよいのですか?」

リュミエールの言葉に驚いたようにオスカーが目を見開く。

「本気で言ってるのか、リュミエール? もしかしたら素晴らしい女王を失うことになるのかもしれないんだぞ」

「ええ、アンジェリークが幸せになるのなら。わたくしは近頃感じるのです。このまま女王になることが彼女の真の幸福にはならないのではないかと」

きっぱりとリュミエールは言う。

アンジェリークに依頼され、仕方なくサクリアをエリューシオンに送った。同じく依頼されていたマルセルもサクリアを送った。そしてエリューシオンには68件の建物が建ってしまった。猶予はあとたったの3件しかない。精々があと2、3日しか保《も》たない。

アンジェリークが真に女王となることを望んでいるのであれば、オスカーにこのようなことは言わない。けれど今日、自分を訪ねてきたアンジェリークの表情は決して明るいものではなかった。

「あんたが愚図愚図してると、アンジェリークは女王になっちゃうんだよ。それでもいいの?」

追い討ちをかけるようにオリヴィエが言う。

「2人揃って嗾けやがって」

オスカーは苦笑した。自分とアンジェリークのことをこれほどまでに心配してくれているとは……。

「もし、アンジェリークが俺を受け入れて女王の座を捨てたとしても、俺を恨まないでくれよ」

久しぶりの明るい表情でオスカーは言った。

「振られても落ち込むんじゃないよ、女ったらし」

安心したことを隠してオリヴィエは皮肉っぽく言った。

「アンジェリークが幸福になるのでしたら」

こちらは安心したことを隠そうともせず、リュミエールが微笑んだ。

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